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皆さん、おはようございます。あやです。 このチャンネルでは、16回イメコン診断を受けた私が、中学校教員を退職し、イメージコンサルタントとなって、服選び、スタイリングについて話をしています。
今日もよろしくお願いします。 さて、見てきましたよ。プラダを着た悪魔Ⅱ。
先週、大腸を崩した時に、ディズニープラスに入って、プラダを着た悪魔Ⅰの紹介作を見ているので、ぜひそちらの感想の方も聞いて欲しいんですけど、
今日はこのプラダを着た悪魔Ⅱの感想を言語化していきたいと思います。 ちなみにネタバレかなりありな予定で話すので、
わかっちゃうの嫌だなって人は聞かないようにご注意ください。 まず、とにかく感じたことは、これ初回作から20年経ってるんですよね。
そういった中で、いろんな変化があるんですよ。 結構ネガティブな変化にスポットライトが当たってたかなっていう印象なんですけど、
でも最終的に私が感じたのは、そうやって20年間、歳を重ねて生きていくこととか、未来へ進んでいくことに対して、
最終的にはポジティブな気持ちをもらえたりとか、勇気をもらえた、そんな気がした作品でした。 それと絡めて、特に好きなシーンについて触れながら少し話をしていきたいと思うんですけど、
前回、アンディが蹴落としてパリに行くことになった、その蹴落とされたエミリーが登場するんですよね。
このエミリーとも本当に右を曲折あるのが、プラダを着た悪魔2なんですけど、私が好きなのは最後に
あの喫茶店、レストランに行って友達になろうっていうシーンがすごく好きなんですよ。
なんかそれこそいろんな隔絶が彼女たちの中にあって、すごい大きな悶着が今回2の中であるんですけど、それを経て最後いろんな執着を持っていた2人がそれぞれ
フラットな1対1の人間になった状態で友達になるっていうことに、すごく希望を私は感じました。
20年前には、そうやって蹴落として蹴落とされてっていうのがあったのに、この20年があったこと、そしてその今回の2の出来事があったからこそ、
2人が初めてフラットにようやく20年経て友達になれるっていうのが、私は展開としてとっても好きです。
この時のエミリーは金持ちの彼氏や、ランウェイの編集長の座につくはずだったっていうものを全てを失っている状態なんですよね。
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それに対してアンディがこんな内容のことを話すんですね。
完璧じゃなくていいんだっていうこと、そしてブランドじゃなくてもお金がなくてもあなた自身がアイコンなんだっていう話をするんですね。
このセリフの部分が私自身が大切にしたい、こう、自己需要、条件がなくて自分を受け入れる、
そういうブランドとかお金っていう条件がなくても自分を受けることができるっていう考え方だったりとか、
あと私がイメコン16回受けて悩んできた、そのスペック似合うものにだけ独占、傾倒していた自分、依存してた自分とか、
あとはそれこそブランド、いろんなお店、あと服に払う金額とか、そういう何かにすがって自分の服選びとか自分らしさ、アイデンティティっていうのを私は一生懸命探してたんですけど、
なんかそうじゃないんですよね。なんかもっとそれを超えた、ありたい自分とかなりたい自分とかっていうのがその人のアイコンであってアイデンティティだと私も思うので、
すっごくこの展開とセリフは本当に大好きですね。
あともう一個好きなシーンがあって、最後の方で結局ランウェイ編集部が復活というか戻ってきて、元の問題がなくなってまた日曜が進んでいくんですけど、最後の方で。
で、アンディが突然またランウェイ編集部に抜擢されるんですけど、
その裏の部分で、ナイジェルっていうすごいおしゃれなおじさん、メガネかけてて、おしゃれで自分のことを全然発言しないというか、自分の思いはあまり言わない、自己主張を控えめにしてるおじさんがいるんですけど、ナイジェルっていうね。
ナイジェルが実はアンディのことを、ランウェイの方の偉い人、もっと上の偉い人、ジェイに推薦してたっていう事実が明かされるんですね。
で、ナイジェルが私のひぞっこだっていう風にアンディに言うんですよ。
もうなんか私ここで泣いちゃって、ナイジェルって普段本当に自己主張しないんですよ。
自分の思いを言わないんですよ。誰に対してどう思ってるとか、本当は自分はこうしたいとか、うちに秘めてるんですよね。
だから、どこかアンディに対しても鼻にかけてるというか、サイズ6の女とか言ってて、ちょっとバカにしてからかってる感じなんですけど、
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ここでしっかりナイジェルがアンディに対して愛情を表現したっていうのが、私はたまらなく、20年越しにこうやって愛が回収されるって本当にたまらないなって思って、
めっちゃ泣けました。私このファッションな映画っていうの、プラダを着た悪魔2っていう映画で泣くと思ってなくて、お涙頂戴な映画じゃないじゃないですか、展開的に。
だけど、やっぱりそういうふうに人の気持ちが繋がってるっていう思いがけない瞬間っていうのは、やっぱ私自身はとても弱い。
アンディのこれまでの頑張りとか努力とかっていうのをちゃんと見てて、それを言葉にしてくれる人がいるって本当にめちゃくちゃ素敵だなって私は思いました。
ナイジェルってめっちゃ深いですよね。あの人本当にあの作品の中で主張が少ない存在として描かれてるから、
ああいう人こそ考察するとすごい面白い。前作では出世しようとしてたのに出世できなかったりとかね。今回の作品では後半、ミランダに代わって
ランウェイ代表としてスピーチを任される場面があったりして、ちょっとスポットライトが当たったりしてるんだけど、あの人も絶対考察のしがいがあるなみたいな。
分析のしがいがあるな、すっごい奥深くて大好きな人物ですね。結構発言はファッションに対しての凛としたフレーズが多いから、
そんなところも含めてファッションについて発言するけれども、自分の思いとかそういう肝心なことを発言しないって絶妙なキャラクターですよね。
大好きです。すいません、ちょっと暴走しました。私自身がすごい思ってること言うじゃないですか、こうやってラジオとかで。
自分の思いとかこんなツラツラ何十分も喋ってるって変態ですよね、ある意味。変態なんですよ。
自分の思いを表現しないと気が済まない。どんどんどんどん出していきたいっていう人間からしたら、なんかナイジェルみたいな内側に燃えてる人ってすっごい憧れるんですよ。
それはそれですごく厚さがあるものだと思うし、ガンガン出さないからこその美しさがある。私にはない美しさだなって本当に思う。
ごめんなさい、台本作っててこんなにナイジェルについて喋るつもりなかったんですけど、喋ってる中で自分の気づきとか気持ちと出会うって最高ですね。
今日もヤバいわ、ナイジェル考察でラジオ一本撮れるわ。次に行きたいと思います。
あとはね、全体通しさっきのナイジェルのファッションに関するセリフは凛としてるってこともそうなんですけど、やっぱセリフが全部本当美しくて深いなって字幕で見たんですけど、
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なんかもう美しすぎて全部自分の中に一時期インプットしたい、暗記したいのにスーって水のように全部セリフが流れてっちゃうからもどかしくて、
これめっちゃDVD、ブルーレイかもうブルーレイの時代か欲しいなって思いました。何回もリピート再生したい、もうセリフが美しくて。
それはね、初回作の時感じなかったんだけど、2でなんか劇場で見て改めてすごく感じましたね。
次、ごめんなさい、まだ話しますよ。一番共感したシーン、共感した部分はアンディの書きたいジャーナリズムという視点と雑誌として、
電子版の雑誌としてね、世の中に求められているニーズが違うんだっていうところがめちゃくちゃ自分と重なって、
私もアンディと同じで伝えるべきこととか、価値があること、信じてることをすごく発信したいんです。
でも、それって晩に受けしないんですよ。
例えば、内面が本当は大事なんだよとか、自分のことを理解して自分と仲良くなることが大切なんだよとか、
言うこととかね、どんどん発信したいこと、深いこと山ほどあるんだけど、世の中というか、インスタグラムはね、私の場合は、
SNSはね、特にリールなんていうのもキャッチーで浅瀬なことしか受けが良くないわけですよ。
でも、私が一番勝負できるところってここなんですよ。
ラジオみたいな言語化、効率よくしゃべれない私はね、結論からしゃべれないんですよ。
簡潔に言えないから、一緒になんだろう、なんだろう、こうじゃないっていう思考の過程を一緒に楽しむのが私の得意な媒体であるので、
だからラジオだったりするんだけれども、でもそれってごく一部の人しか好みじゃないじゃないですか、ブログとかにしたって、
一番みんなが供給して、割と価値が分かりやすいものって、結局インスタだったりリールだったりするわけですよ。
っていうふうに世の中が求めているものと、私が伝えたいものとか伝えたい方法って全然違うなっていうのは、本当に本当に感じてきてるので、
なんかすごいそのね、アンディがどうせ読まれない記事とかいろいろ言われてて、本人がすごいでも大切にしたいものがあるのにって葛藤してる感じが、
マジ自分って感じがしました。どんどんどんどんいろんなことが簡略化されていく。雑誌だったものが電車席になってっちゃってとかいうところで、
なんかどんどん魂が抜かれていくじゃない、縮小化されていくじゃないって、アンディが嘆くシーンがあるんですけど、本当それなって思いました。
ここがなんか20年っていう中でのネガティブなスポットライトのシーンの一つなのかなって思いますよね。
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あとあれか、ミランダがあの途中でパーティー、パーティーって言うのに最後の晩餐的なご飯のところ抜け出して、
広いおしゃれな、なんだっけ、それこそプラドとかだっけ、いろんなお店があるところを広場の中心でため息つくっていうかね、そういったところ、
そんなところも非常に共感しました。
初回作の時に全部を投げ打って、家族を投げ打って、仕事に打ち込んでいく、ミランダがかっこいいみたいな描かれ方がしてたかなって思うんですけど、
ちょっとそれで、しょげるミランダっていうところも今回印象が強かったなって思って、なんかその時のパートナーいるじゃないですか、今回の。
で、もう編集長の座が怪しい、ご覧ウェイ自体が怪しいってなった時に、なんかもうやめてしまおうかしら、みたいな小らしい発言をするんですよね、ミランダが。
そしたらね、そのパートナーが、やめても双子と犬と僕がいるって言ってくれるんですよね。
それがなんか初回作では描かれなかったミランダ、確かに葛藤のシーンはアンディに対してちょっとポロッとこぼすシーンはあったんだけれども、
なんかやっぱそういったところも、2で一つ回収されてるなっていう感覚が私はあって、あそこもすごく好きだなって思いました。
でもね、ミランダはね、最後ね、それでも私は仕事が好きなのよって車で言うシーンが、ほんとミランダで、
いやーなんかみんなそれぞれなんか人間くさーくて、葛藤も描かれてて本当に素敵な作品ですよね。
なんかそういう、初回作を意識した伏線回収のシーンがめっちゃ多くないですか。優しいですよね、ファンに対して。
本当に、車でミランダとアンディが並んで話すシーンなんかもそうだし、ミランダの家に上がってアンディが階段を上がるシーンだってそうだし、
そういう伏線回収、あとあれ、コートでコートを自分でかけるミランダのところもすごい私は好きだし、
なんかパワハラとかモーラハラの時代だよねみたいなところとかも時代がよく切り取られてて面白いし、
あと最後のスタバのところなんかもそうですよね。前はスタバをすっごいたくさん持って朝一にアンディがミランダのところに駆け込んでいくわけじゃないですか。
だけど最後の方のシーンは今回はアンディが自分のスタバのコーヒーだけ持って、ミランダのところに頼まれものかなんかを届けに行くんですよね。
絶対そんなありがとうなんて言わないのに、しれっとありがとうってミランダ言うんですよね。
なんかやっぱりそういう初回作から今の今回の20年経っての作品のつながり変化っていうところは本当に上手に壺を抑えてる作品だなっていうふうに思います。
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最後ね、小物を使うのがマジで上手いって思いました。
メガネとかサングラスをかけたり外したりする表現がすごい上手。表情とかもそうだし、なんて言ったらいいんだろう。
やっぱりメガネをどうやって言ったらいいか言語化できないなまだ私。
メガネを外すシーンで本音を言うとか本音を隠すとかなのかな。
ちょっとここもっと考察したいところなんですけど、メガネサングラスの使い方めっちゃ上手いなって改めて今回見て思いました。
あとそうだ、ごめんなさい次から次へと。
バックロボを出さないっていう車の中のシーンで、バックロボを出さないことによってミランダを救うみたいな着地をしようとするのかな。
だけどミランダはその本質をついていて、でもそれって自分を救おうとしてただけなんじゃないっていうんですよ。
それを聞いてアンディが確かに自分を救おうとしてただけかも。
これって結構人間の本質かなって思ってて、人を救おうと思いながらも自分を救おうとしてるってめっちゃ多い。
私も自分を救いたくてやってることってほんと山ほどあるし、そういう本質もすごくおしゃれに上手についてくるところもフラダを着た悪魔2のすごく好きなところですね。
ということでファッションの人のはずなのに、結局20年を経ての人と人のつながりとか、それぞれの人の生き様、人間らしさ、葛藤、人生としてのあり方の本質とか、
そういうことがたまらなく大好きで、ちょっとかつてなく大興奮で喋っちゃったんじゃないでしょうか。
私何の人なんでしょうか。ファッションも好きなんですよ、めっちゃ。私いつもファッションと絡めて話してると思うんですけど。
30回終わったし、こんな感じの考察もいいんじゃないかなって思います。
なんか気づきや共感があったら嬉しいなぁなんて思ったり、フラダを着た悪魔2見た皆さんはどうでしたか?
ぜひ私と議論をしてほしいです。では長くなってしまいましたが、今日もご視聴ありがとうございました。