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自分に優しくする™︎ラジオ。この番組は、DoでもHaveでもCanでもないBeの私たちを祝福しよ、おコンセプトにしなやかな筋肉のような心を目指す番組です。
皆さんこんばんは、そしてお目覚めの方はおはようございます。自分に優しくする™︎ラジオソフィーです。
今回のテーマは、プラダを着た悪魔ネタバレありの回です。
プラダを着た悪魔は、2026年5月1日に公開になりました。私も早速、5月1日朝1の回で見てきました。
8時半とか8時40分からだったんですけど、いつもは寝ている時間に、アンディよろしく鏡の前で歯磨きをして出かけました。
隣の席の人が男性一人で、反対の席の人は女性を一人で、終始ハンカチで涙を拭ったり、口を両手で押さえたり、すごいリアクションが目の端っこに見えて、なんともキュートだなと思いました。
さてさて、プラダを着た悪魔2ということでね、1も見た人も多かったと思います。
2006年にプラダを着た悪魔が公開されて、20年ぶりに2の映画化だったんですけども、
とにかくね、私あれ見て、絶対もう1回見に行くわと思いました。
1作目と2作目のネタバレありなんですけど、何でそうしたかっていうと、見てきた人とそれそれみたいな話とか、フィードバックとかコメントが欲しかったんで、
見た人同士で、多分見た人多いと思うんですよ。
1作目のプラダを着た悪魔が公開されて、2006年にプラダを着た悪魔が公開されて、
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1作目のプラダを着た悪魔が公開されて、2006年にプラダを着た悪魔が公開されて、
スタンドリーアイシーという曲が主題歌の1つなんですけど、あれ聴きながらね、盛り上げてます。自分のことをね。
で、そうそうそう、今回のプラダを着た悪魔2は、なんだろうな、アンディーとミランダとナイジェル、エミリーの4人の、本当にちゃんとした4人の物語。
だからアンディーとかミランダにだけスポットライトが当たって、ナイジェルとエミリーは脇役とかじゃなくて、本当に4人の物語で、
アドバタイジングしてる時とか、ちゃんと4人のポスターだったと思うんですよ。
で、この4人がね、ランウェイという架空の雑誌なんですけど、という場所に何を捧げ、何を失い、何をまだ愛しているのかっていうね、ちょっとまだ抽象的なんですけど、
そこにあるタイトル、悪魔とは何なんだろうかっていうことをね、最後に自分なりの回答を見出したので、それについても言及したいと思います。
なんかね、まず1作目のプラダを着た悪魔の概要を見てない方にも分かるようにできるだけ簡単に振り返りますね。
主人公はアンディーという、アン・ハサウェー演じるアンディーですね。
ジャーナリストを目指している女性で、ファッションに全然疎くって興味がないんですよ。
で、むしろ最初はなんかファッション業界を少しバカにしてるんですね。
例えばベルト2本、ミランダがどっちにしようかみたいな感じで迷ってんだけど、アンディーはどこが違うのみたいな、どっちでもいいじゃんくらいのテンションで吹き出して笑っちゃうんですよ。
なんか決めてる時に、だけどなんかその時アンディーが着ているセルリアンブルーのセーターはこういう経緯があって、こういう経緯があって、今あなたが着てるのよ、みたいなストーリーとかプロセスを説明して、それ聞いてるわけですよ。
で、それがセルリアンブルーって、ブルーよ、ブルー。で、そんなアンディーが世界的ファッション史であるランウェイの編集長、ミランダ・プリーストリー、ミランダのアシスタントとして働くことになるんですね。
もうその立場はもう誰でも誰もが羨望する、憧れのポジションなんですよ。
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で、ワンではもうミランダは圧倒的な存在力ね。冷たくて厳しくて要求水準がむちゃくちゃ高くて誰も逆らえないんですよ。
で、もうそのシーンもなんか本当象徴的で、周りのみんながすごいもう、なんか女王様と通るぞ、みたいな感じで、緊張感が走る部分とか、なんだろうな、なんかもう本当女王様が君臨してるみたいな感じなんだけど、アンディーはやっぱり最初はその世界に馴染めないんですよ。
なんていうか、そこを踏み台にして、本当アンディーは編集とか社会的なことについて、記者になりたかったんですよね。
で、その前にここに入って、ちょっと言い方悪いけど踏み台にする、みたいに考えてたんですよね。
で、なんかもう服も言葉遣いも、だからドルチェ&ガッパーナの、
ドルチェ&ガッパーナ、みたいな感じで聞くんですよ。そしたら電話切られて、え、そんなんも知らねえのか、みたいな感じで。
でも仕事のスピードも速いし、望まれるレベルとか量とかもものすごいんですよね。多いんですよね。
で、もう価値観ももう全部違う。で、ナイジェルっていう男性に、スキンヘッドの男性に助けられながらね、彼女は少しずつ変わっていくんですよね。
で、ナイジェルがほんといつも要所要所でめちゃくちゃ、なんていうのかな、アンディーに影響力を与えているんですよ。
あなたは承認されたいのか褒められたいのか、それとも、なんて言ったかな、なんか、それとも、なんだっけな、
なんかね、ワンでアンディーがこんなに頑張ってるのにどうして認めてくれないの、みたいなの言って、ナイジェルがそんなに承認されたいのか、みたいな感じで言ってくるわけですよ。
でね、2でもナイジェルがロリポップが欲しいのかよ、みたいな、それともなんだっけ、それ忘れちゃったんだけど、でもそれもなんか同じことじゃない、承認欲求とロリポップってなんか褒められたいか、褒められたいのって、再びそのセリフをね、似たようなセリフをね、言うわけですよ。
で、彼女は何がしたいんだろうって、やっぱその問いを問いかけられながら、仕事をしていくんだけれども、ファッションってただ見た目じゃないんだなって。
ランウェイっていう雑誌はただ巨影の場所ではなくて、本当にそこに人がいて、人の手を通って作られているもの。
で、ミランダもただのなんかこう傲慢で意地悪な上司ではないんですよね。
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で、そのことは、そのことをワンの方ではアンディは次第に理解していくんですよね。
で、まあその象徴的だったのが、先ほど申し上げたセルリアンブルーのセーターのシーンなんですけど、
アンディは自分の服なんてファッション業界とは関係ないと思ってるから、
思ってるんですよ。
でもミランダはその青いセーターがどんな流行や産業の流れを経てね、アンディの手元に届いたのか語って、
さっきも言ったけど、そこでアンディは知るんですよね。
自分はファッションの外側にいるつもりだったし関係ないと思っていたんだけれども、自分は実はすでにその巨大な構造の中にいたわけですよね。
で、変わるんですよ。ナイゼルの手を借りながら、その場に会うね。
なんだろうな、ある意味ファッション業界をバカにしたような態度でだったでしょ。
なんだけどナイゼルが高級ラインの洗礼された服を貸してくれるんですよ。
で、シャネルのニーハイブーツとか象徴的だったのが、
エミリーっていうもう一人のアシスタントがあなたまさか言いかけたら、
あ、シャネルブーツ?みたいな感じで、もう全然変わったの本当に、モデルさんみたいに変わって、
なんかそれが誠意みたいに私は捉えたんだけど、
で、結局1の最後にね、アンディはランウェイを去るわけですよ。
で、編集の会社?なんだったっけな、新聞社だっけ?
なんかそういう当初、自分が目指していた業界に行くわけで、
で、そのミランダが私はとても失望しているみたいな、あなたが去ったことに対してって。
で、相手方に彼女を取らないなって信じられないわ、みたいなことを書くわけですよね、推薦状として。
で、なんかその書き方もミランダらしいなと思ったんだけど、
なんかその前に確かそうだ、パリでファッションウィークが開かれて、
本当はエミリーが行きたかったんだけど入院しちゃって、アンディが行くことになったんだけど、
もう電話も鳴るし、華やかな世界に置かれて、
なんかそこでね、電話が鳴って、それを湖、なんていうの、ファウン、湖じゃない、噴水?
噴水、そう、ファウンテン。噴水に投げちゃうの。
めちゃくちゃかわいいファッションだったんだけど、
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なんていうの、コーディネート、もう髪から、お化粧から、着ているものから、
すごいね、印象的だったんだけど、携帯をね、湖じゃなくてさ、ほら、
同じとこにつまづいてる、噴水に投げ込んで去るわけですよ。
で、ミランダと同じ、その前かな、ミランダと同じタクシーの中で、
ナイジェルを裏切ったの、ミランダは、ある、なんていうのかな、パーティーで。
本当はこうなるはずだったっていうのが、裏切られて、
で、ミランダもナイジェルを裏切って、みたいな。
で、車の中ですごいショックを受けてるんですよ、アンディは。
でも、ミランダからね、アンディに、あなたも同じことやったのよ、エミリーに対して、
って言われて、ハッとするわけですよね。
で、たぶん携帯捨てたのかな、ちょっと流れがそうだったかと思うんだけど、
で、そのランウェイを去ったのは、くだらないと思ったからでは絶対なくて、
理解できなかったから逃げたのでもなくて、むしろ全部理解したからこそ離れたっていうか、
何が大切かっていう選択?
飲まれていくんじゃなくて、自分自身の道を選択したんだと思うんですよね。
ランウェイの価値も、ミランダのすごさも、ナイジェルの美への信頼もね、
ナイジェルがそのミランダの影にいる、とにかくずっといるっていうね、目立たないけど、
黙々と仕事をして、そしてその美への憧れをね、幼い頃に持ったと。
そこでずっと変わらず仕事をしていて、そこへのリスペクトも分かった。
でも自分の人生としては、そこに残らないっていう選択をした。
で、今回のやっとプラダを着た悪魔2ですよ、今回の。
この2作目ではね、アンディが再び、ひょんなことからランウェイと関わることになるんですけど、
ただし1作目のように何も知らない新人として戻ってくるわけじゃないですよね。
彼女はもう知っている、ランウェイがどんな場所なのか、ミランダがどんな人なのか、
ファッションがどれだけ大きな文化やビジネスや人間関係の中にあるのか。
で、今回、アンディはミランダをランウェイを救うために東奔西走します。
なんだろう、やっぱ、時折ね、見せるアンディがミランダを見る眼差しが、
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本当に、なんていうのかな、リスペクトと愛情に満ち溢れていたっていうか、
本当に支えようとしていたっていうことがよくわかって、
そこが結構大きいなと思って、結構見えないじゃない、そういう。
ミランダはそういうふうに見られていることとか、
あとナイジェルがずっとそばにいて支えてくれたこととかっていうのを、
意外と気づかなかったりする。
忙しかったり背負うものが大きかったりするからかわかんないけど、
1作目ではアンディはランウェイから自分を救った人で、
2作目ではランウェイそのものを救おうとしてる、そういう人になってる。
もしかしたらランウェイっていうかミランダなのかもしれないけど、
この変化だけ見るとアンディは大人になってようやくランウェイの価値がわかったんだと思うかもしれないけど、
私はそうじゃないなと思ったんですよ。
アンディは、みんなもそうかもしれないけど、アンディは1、1の時点でもうわかっていた。
だからこそ2でランウェイを救おうと、ミランダを救おうと必死になっているわけですよね。
知らなかった場所を救うのではなくて、価値を知ったその場所を失わせたくなかった。
だから嫌だったから去ったわけじゃなくて、とってもいい場所だっていうことを、
いいって言うとちょっと抽象的だけど、そのわかった場所だからこそ失わせたくなくて、
東奔西走するわけだけど、今回の2作目は華やかなファッション業界の続編であるとともに、
前回は本当にアンディがコロコロ洋服変えていって、進化していって、
素敵ってなったんだけど、今回はファッションそのものについてフォーカスされるところは割と少なくて、
しかも肌見せするファッションが、スタイルが少なかったかなっていう感じがしました。
ファッション業界の続編であると同時に、時代性、紙の媒体とか雑誌とかも読まれなくなってるし、
あとはタブレットとかで見るようになって、アプリとかそういうデジタル化されるじゃない。
あとは役者さんの多様性、アジア人だったり、アフリカンアメリカンの人だったり、
あと体型がモデルみたいにすごい細い人じゃなくて、しかも女性じゃなくて男性で結構体格のいい人だったり、
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本当に多様性も今の時代だなっていう風な見方をしました。
かつ本当にそういうものが存続するためにはビジネス性があって、マッキンゼ、私の知り合いでもマッキンゼいった人がいてめちゃくちゃえぐいって言ってたけど、
コンサルが入ったりして、関係性も4人の関係性も絡み合うわけですよ。時代も経ったし環境も変わっている。
あと変わってないところもあるけどね。一見華やかに見える世界の現実。
本当なんだろうな、1がキラキラしてる、全部キラキラしてるってわけじゃないけど、仕事とは、自分にとって仕事とはみたいなビジネスキャリアについてのお話だったけど、
2では4人の関係性がさらに絡み合って、新しい物語だったんですよね。その華やかな世界の現実を見せる映画でもありました。
そしてその現実の中でね、4人の登場人物がそれぞれ何を変え、何を変えなかったのか、何が変わらず、何が変わったのかっていうのが、もう今回の見どころだったと思います。
ここまで来るのにすごい喋っちゃった。冒頭のシーンね、最初から印象的だったのが冒頭で、1作目と同じように鏡を雑に拭いてね、歯を磨いてるシーンだけど、朝の身近くから始まるんですね。
同じ、1作目と同じ始まりで始まって、もういきなりグッと心を掴まれるんだけど、そこには小さな違いがあるんですよ。
アンディが磨いてた歯ブラシが、前回は普通の歯ブラシだけど、今回は電動歯ブラシに変わっていたの。これすごい象徴的だなと思って、同じ朝、同じ鏡、同じ歯磨き、でも道具が変わってる。
あれもデジタルって言ったらいいの? 手で動かしていたものが自動で動くようになってるし、そこにステータスっていうの、本当そんな値段、歯ブラシは安いじゃない?
電動歯ブラシはちょっと高いじゃない?そこにアンディの経済的成功っていうか、業界での成功。一番最初はアンディが表彰されるシーンがあるんだけど、経済的にも成功してるっていうのが垣間見れるなと思って、そこだけで。
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でもこここそに、映画全体のテーマが入っている気もしてて、さっきも言ったけど、変わらないものと変わったもの。鏡の前で自分を整えて外の世界に出ていくっていう行為は変わらないんだけど、道具は変わってて、かつ時代も変わってる。
電動歯ブラシ使ってる人も多いと思うけど、世界の速度も仕事の仕方もファッションを取り巻くビジネス、消費じゃなくて、サスティナブルみたいなものが歌われたりしてるじゃない?
人間関係のあり方も変わってくるわけですよ。時代を経て、環境が変わったりとか、人間関係が変わったりとか。一作目のアンディはまだ服や見た目を単なる外側だと思ってたわけですよ、最初は。
でも二作目のアンディはもう知っている。服は言葉であり社会でありビジネスであり関係性でもある。見た目だけの問題じゃなくて、自分の意思みたいな自分の選択っていうのを表しているものだと思ってて。
ずっとアンディは同じネックレスをどのスタイルでもコーディネートでもしてるの。だからそこに私はね、これもまたグッと着たんだけど、どの服を着ても私のアイコニックな象徴っていうか、ずっとそれをつけてるっていうのは変わらないことで。
相変わらず汽車っぽい、言ったらファッションモデルっぽい格好はしてなくて、相変わらずバッグは使ってたバッグで、そこも何て言えばいいの?めちゃくちゃいいって思って。
だけどオケーションはちゃんとわかってるから、そういう時にはそういうちゃんとした服、言ってみれば高級ブランドの服とかを着ていくわけだけど、オケーションがあるからね。
で、冒頭はただのオマージュではなくて、鏡から始まってるんですよね。自分を映してるの。ここが深くないですか?映ってる人間も使ってる道具ももはや同じではない。小道具が働きすぎです。
歯ブラシにここまで背負わせる映画、背負わせてる私、なかなかの職場だなっていうね、ランウェイだけに。で、もう一つ自分が笑ってしまったんだけど、すごく意味があると思ったのが駅で、一作目ではコロコロコロコロファッションが変わっていくシーンがあるのね。
結構もう象徴的なシーンで、その時グリーンラインの51駅っていうのがあって、これは私アッパーイーストに住んでたんだけどニューヨークの、私同じグリーンライン使ってて、51の駅ってミッドタウンの職場とかが集まるところ?
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だよな。51より下は、そうそうそう、51あたりがなんかでっかい会社とかもあったりして、その51、グリーンラインの51駅の前でコロコロコロコロ変わっていく、その象徴的なシーンがあって、二作目では電車で行きなさいってミランダに言われて、電車があるでしょって言われた時に、え?って見たのが34駅だったのね。
34駅ってなんていうか、いわゆるハブみたいな感じで郊外に行く電車もあるし、郊外に行くバス停もあるし、なんかこういろんな地方に行く電車でもあるし、場所的に超ごちゃごちゃしてるんですよ。
ここで笑ったっていうか、なんか、ああ単なる場所の違いじゃないんだっていうふうに理解して、一作目のイースト51は、グリーンラインの51は、なんかランウェイっていう権威ある世界へ向かう入り口、アップタウンに行くみたいな、で、アンディがファッション業界という閉じた王国に入っていく感じがあるわけ。
で、なんか綺麗な会社だったよね。
てか、イースト51見た人は、そうおっきな入り口でね。
で、ミランダがいて、ランウェイがあって、そこには特別なルールがあって、一作目のアンディはそこへ外から入っていくわけ。
でも二作目の34駅はね、もっと雑多で商業的で、人がめちゃくちゃ人が多くて、ゴミゴミしてんの。
で、街の現実と繋がってる感じがあって、なんか象徴されてて。
だからもう二作目ではランウェイがもう神殿の中だけにあるものじゃなくて、街や市、市街、あと時代の中で生き延びなければならない場所っていう風になってるわけですよ。
なんかこの違いが駅の変化、ちょっと出てる番号だけでもあって思わせるものがあって。
だから鏡、電動歯ブラシ、駅、全部がなんか同じことを言ってるように見えたんですよね。
同じように見える、でも細部が変わっている。で、ちょっとずつそれを小出しにしていく。その細部が、なんか時間の経過を物語ってるんですよ。
で、映画に地下鉄の駅名で人生を語られるとは思わなくって、ああニューヨーク油断できないと思って。
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あとはやっぱ雑誌についての映画じゃないですか。雑誌が置かれている時代性、今回強く感じたのはランウェイという雑誌が置かれている時代の変化。
1作目のランウェイはまだ圧倒的な権威を持って20年前だから、なんかランウェイに乗ること、ミランダが選ぶこと、編集部が流行を作ること、そこで働くこと、それ自体に、そこに関わること自体に大きな意味があったわけですよ。
で、1作目のランウェイは世界に命令するような、ちょっと言い過ぎかもしれないけど、そういう雑誌だったと思うんですよ。これが美しい、これが次に来る、これが選ばれるべきもの。
そうやってね、なんか雑誌が世界の価値観を決める時代の象徴だったと思うんですよ。
でも2作目では、その前提が圧倒的に揺らいでいる。今は雑誌だけがファッションを決める時代じゃないし、SNSがあるし、インフルエンサーがいるし、ブランド自身が発信するし、読者や消費者の声もね、可視化されるし、
本当に多様性で、誰が美しいとされるのか、誰が表紙になるのか、誰が選ばれるのか、その基準が昔よりずっと複雑になっているわけですよね。
登場人物の多様性もそうだし、ポリコレに反しないように、ミランダが言葉遣いを気をつけるように、アシスタントに注意されたりするんだけど、だから2作目のランウェイは神殿としての不可侵の場所じゃなくて、それが1作目ね。
2作目は、むしろ時代の中で自分の存在価値を問い直されている場所だなと思って、だからランウェイはまだ美しいし影響力もあるんだけど、かつてのように私たちが世界を決めていますとだけは言えなくて、
世界の変化に応答しなければならない雑誌になっていて、そうしないと生き残れないっていう時代性があって、あとは多様性とコンプラはさっきも言ったけど、登場人物の人種や体型も明らかに多様していたし、
ここもただ今っぽくしましたっていうだけじゃなくて、1作目のファッション雑誌は、ちょっと今回絶対長くなるぞ。ちょっとコマ切れに聞いてくれれば。
1作目のファッション雑誌は、業界はかなり限られた美の基準の中で描かれてましたよね。ランウェイを歩くモデルとかも本当に細くて細長い人が選ばれてた。細くて若くて白人中心。
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アフリカ、アメリカの人もたまにいるけど、アジア人も本当にごくわずかいたけど、かなり限られた美の基準の中で、特定の階級感とか洗礼をまとった世界だったわけで。
もちろん1作目の華やかさもあったんだけど、その華やかさの中に入れる人は限られていたわけで、その分2作目ではその基準は広がってて、さっきも言ったようにいろんな人種、体型、背景があってね、美しいとされるものの範囲が明らかに広がっている。
これも時代性だと思うんだけど、これは同時にビジネスだなと思ったんですよね。多様性ってもちろん大切な価値なんだけど、でも同時にファッション業界ではそれがブランドイメージや市場戦略にもなるわけですよ。
このブランドは何を大切にしているとか、誰を可視化してどんな体を美しいとしているか、どんな顔を紙面に載せるか、それは何か価値観だし、同時にビジネスでもあって。
2作目は多様性を単純にキレイごととして描いているのではなく、美しさの基準が変わった時代に、ランウェイがどう対応するのかっていうのを見せているように感じました。
ランウェイにある問題が起きて、それを助けるためにアンディが東奔西走する物語なんだけど、要所要所で他の3人のね、登場人物の何だろうな、なんかドラマがあるわけですよ。
なんか超笑えるのが、ミランダがコンプラに配慮してるシーンで、これはOKよね、みたいな。笑えるんだけど、なんかやっぱ象徴的で。
1作目のミランダはほとんど絶対要請だから、彼女の一言がルールだし、彼女の沈黙は明らかに圧力だし、彼女の視線は判決であったわけですよ。
でも2作目はミランダですら時代のルールを無視できない。
1作目ではコートを秘書のデスクにぶん投げてたわけですよ、コートとバッグを。
でも2作目ではミランダが自分で自分のコートをかける、それを見たアンディが驚愕するっていうシーンがあったんだけど。
コンプラ、発言のリスク、ハラスメントへの意識、組織としての説明責任、問題が起きたからね、世界からどういうふうに見られているかっていうね。
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かつてはランウェイの中で完結していた権力が、今は外の社会に監視されているっていうね。
つまりミランダの本質は変わらないんだけど、でもミランダが存在できる社会のルールは変わってしまっていて、
言ってみればミランダを悪魔とするならばコンプラに配慮する時代になった。
地獄にもホームページができたんでしょうねっていうね。
嫌な近代化?
嫌なわけじゃない。
自分にとってはいいと思う。
私が気づいたのは、ミランダのサングラス率が下がったなと思って。
ここ面白いと思ったのが、サングラスの印象が結構ミランダって強いじゃないですか。
彼女の視線を隠して感情を隠して人間性を隠すわけですよ。
つまり一作目のミランダはかなり見られない人。
彼女は他人を見るし判断するし選ぶし着る。
でも自分の内面は見せないんですよね。
サングラスは一種ミランダを神にする小道具だったと思うんですよね。
彼女は人間というよりもランウェイという権威そのものに見えていて、
でも二作目ではミランダがサングラスをかけている率が明らかに下がったように感じて、
これも象徴的だなと思ったんですよ。
二作目のミランダは一作目よりも人間として見えて、
例えばお子さんである双子の成長を見られなかったこととか、
私に申し払ったコストがあったっていうこととか、
でも私は仕事が好きっていうこととかね、そういう内面が語られるわけですよ。
サングラスが減るっていうことはミランダの目が見えるっていうことで、
つまり観客は私も含めてミランダを悪魔とか絶対的編集長としてだけでなく、
仕事に人生を捧げ代償を払い、それでもなお仕事を愛している人間として見ることになって、
これは弱くなったっていうことではなくて、
一作目では愛というと隠す強さ、
二作目では見られても崩れない強さ、
この違いが結構大きいんじゃないかなと思って。
4人の話だから、4人ちょっと絶対長くなるんだけど、
もう語りたい。
まずアンディは、今回のアンディを語る上で大事なのは、
彼女は二作目で初めてランウェアの価値を理解したわけじゃないっていうことが前提でね。
アンディは一作目の時点でもう理解していたわけですよ。
最初はファッションをバカにしてた。
自分には関係ないと思ってた。
セルリアンブルーの生誕のシーンで、彼女はミランダに解き伏せられた。
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あのシーンでミランダが語ったのは単なる服の話じゃなくて、
あなたは自分で選んでるつもりかもしれないけど、
その選択は巨大な文化と産業と流行の流れの中にあるんだよって。
つまりアンディはそこでファッションがただの見た目ではないっていうふうに知るわけですよね。
あと、ランウェイで働くうちにナイジェルっていう男性の神殿も知る。
ミランダの凄さも知る。
あの世界で働く人たちがどれだけ本気で美しいものを作ろうとしているのかも知る。
でもその上でも彼女は去った。
自分のしたいことに従った。
だから一作目のラストは分からないから逃げたではないわけですよね。
分かったから距離を取ったし、分かった上で自分の選択をした。
ここがアンディの強さだと思ってて、
なんか二作目にずっとしてるネックレスにそれがなんか
象徴されてるなと思ったんですよね。
自分の核はここにあるみたいなアクセサリーで。
二作目でアンディはランウェイを救うために戻ってくるわけですよ。
ランウェイの価値を知っていたからこそ失わせたくないっていう。
あとミランダの人間性を知ったからこそ、
例えば一作目で涙を見せるシーンがあるんだけど、
見えてるか見えてないかっていうか、
結構ショッキングなパーソナルな場面を見ることがあって、
この人も人間なんだって多分思ったと思うんですよね。
なんか未練で戻ったんじゃなくて、経緯があったから戻ったわけで、
嫌ったからじゃないし、価値を理解したまま離れて、
だから2ではその価値を失わせないために走るわけですよ。
自分ができることを精一杯ね。
この一貫性と純粋さ、真摯さがアンディの美しさだなと思ってて、
ミランダは編集長で、仕事という悪魔と契約した人って私は思ったんですよ。
タイトルにある悪魔はね、よくミランダのことを指すけれども、
本当に彼女は悪魔だったのか?
私はミランダ個人が悪魔だったとは思わなくて、
なんかついつい私は抽象的になってしまうんだけど、
悪魔ってもっと概念的なものだと思ってて、
外国のタイトルだとデビルがプラダを着ているなんですよね。
だから仕事、成功、美しいものを作りたいという欲望、
執着とも言うかもしれない、世界を動かすっていう衝動、
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好きな仕事なら何かを失ってもいいっていうか、
何かを失っても仕方ないと思わせてしまう力、
これがこの作品における悪魔なんじゃないかなと思ってて、
だから短く言うと仕事、自分のパッション全てをかけられることが悪魔。
なぜなら、今回ミランダがトロしてたけど、
双子の成長を見られなかったこと、
私にも支払ったコストがあったことっていうのを語るわけですよね。
でも最後、ワンと同じように車の中で仕事が好きだっていうふうに言うんですよね。
ここがすごい大事だなと思って、
ミランダに後悔させることもできたと思うんですよ。
でも仕事のために大事なものをトレードしたし、
家族のことも大切に思っている。
でもミランダはそう単純にはならなくて、
失ったものを知ってるし、コストもわかってるし、
でも仕事が好きで仕事を否定しない。
仕事は言ってみれば彼女から奪ったものがあって、
でも同時に仕事は彼女に与えたものもあって、
美しいものを作る喜びであったり、世界に影響を与える力や、
自分の神秘眼で時代を動かす誇りだったり、
誰にも変われない場所に立つ意味。
そういうものもそうだし、もっと本質的にファッションへかける
パッションみたいなものがものすごい強かったんだと思うんですよね。
だからミランダは仕事を憎めないし、
本当に彼女の口から好きだわって言ってて、すごいなと思って。
だからミランダが悪魔なんじゃなくて、仕事という悪魔と契約した人。
それはキラキラしたハイブランドのプラダ。
ここではプラダだったんだなと思って。
彼女は魂を売ったっていうか、魂の一番濃い部分を仕事に捧げた。
それがミランダの強さであり、切なさでもあるなと思って。
仕事という悪魔と契約した人。
それを2作目で強く感じました。
そしてナイジェルという男性が、もう前回と変わらず仕事を続けている人。
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変わらず美を信じ続ける人。
今回、ナイジェルだけは変わらなかったかなって思ってて。
ここがすごい重要で、ナイジェルは1作目でも2作目でも、
ランウェイの華やかさと残酷さの両方を知っている人ですよね。
自分が裏切られたこともあるし、それはもう過去のことだからみたいなことを言ってて。
才能があっても報われないことを知っているわけですよ。
でもあえて美しい世界の裏方にビジネスや政治や犠牲があることも知っている。
それでもなお美を信じているわけですよ。
だから言ってみればナイジェルは単なる良心ではないと思ってて。
彼はこの物語の基準でもあるのかなと思って。
何が変わったのか、何が変わらなかったのか。
誰の中にまだ純粋さが残っているのか、それを俯瞰してみる存在。
だから彼はアンディを純粋な秘蔵っ子と言っていたんですけど、
その時ウインクしたの。あれがもうたまらなくウインキだなって思って。
ここで言う純粋さっていうのは何も知らないっていう意味じゃなくて、
アンディはもちろん知っているし、ラウエの価値も残酷さもミランダの厳しさも業界の構造も知っている。
それでも濁りきっていない。
知った後も残っている純粋さ、誠実さっていうのかな。
それを見抜けるのはナイジェル自身が変わらず美を信じ、真摯に誠実に仕事に向き合っているからだと思ってて。
最後、ナイジェルにバーンが回ってくるんだけど、それを後押ししたのはアンディで、
二人の指定関係も垣間見れてすごいグッとくるものがありましたね。
エミリーね、4人目。今回結構嵐を呼ぶエミリーと言ってもいいかもしれない。
ラウエへの欲望を一番人間らしく表現している人かなと思って。
エミリー絶対今回外せないんだけど。
確かプロモーションでラウエっていう雑誌が企画で発売されたのかな。
で、なんか表紙がエミリーだったんですよ。
エミリー単体ね。
で、それを2の映画を見た後見るとめちゃくちゃ面白いっていうか。
なんか彼女って結構笑いものにされやすいんだけど、
実はラウエという世界の欲望を一番生々しく背負ってる人だと思って。
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選ばれたいし認められたいし、その世界にファッション業界に残りたいし、自分の価値を証明したい。
1作目のエミリーはラウエの中で必死に生き残ろうとしてたんだけど、
結局美味しいところはみんなアンディーが持って行っちゃったりとかして。
で、最初からあの世界の残酷さを知っていて、でもそこにいた人だった。
ある意味すごいクレバーだったし、アンディーがラウエを理解して距離を取った人なら、
エミリーはラウエの引力に体ごとを引っ張られて、そこにベッドしてるって感じで。
でもある意味クレバーなんだなって思って、今回見て。
2作目では立場や関係は変わっていて、エミリーはもうラウエにいないんだけど、
根っこにあるものは変わらないような気もして、
あの世界に選ばれたくて、美しい場所にいたくて、自分の力を証明したいっていうね、
その欲望を一番人間らしく背負ってるのがエミリーだと思っています。
エミリーがいることで、ラウエがどれだけ人を惹きつける場所なのかっていうのが分かるし、
笑えるけど切実だし、騒がしいけど真剣だし、エミリーって多分一番人間くさいんだなと思って。
人間くさすぎてたまに部屋の温度が上がる。迷惑ってわけじゃないけど、絶対必要な人で。
私はなんか特に個人的にエミリーの話す英語がすごい好きで、イギリス英語なのかな。
彼女の発音がすごい好きなんですよね。
最後なんか最初にも言ったけど、セルリアンブルーのセーターね。
1作目でアンディがファッションをバカにしていた時に着ていたセルリアンブルーのセーターが、
なんかまあきっかけでもある。アンディがファッションの構造を理解するきっかけでもあったんだけど、
2作目ではラストシーンでセルリアンブルーが戻ってくるんですよ。
最初はセーターだったんだけど、2ではベストにして、インナーはブルーのシャツだったんですよ、両方。
でもなんかスタイルが、例えばシャツを腕まくりしたりとか、そのベストになったとか、
あの色は同じなんだけどスタイリングはアンディらしく、アンディなりに、
なんかそこは全然理解してないのとは違う着こなしをしていて、
でも変わらない色であって、デザインはちょっと変わってて、着こなしも変わってて、
なんかわーってちょっと声出しそうになったぐらい。
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なんか、1ではセルリアンブルーはアンディを黙らせて、2でセルリアンブルーはアンディ自身を体現していた。
いやー、なんかその、記憶をね、アンディは自分の形で表現していて、
いやー、なんかすごいエモかった。
だからセルリアンブルーのね、ラストはアンディがランウェイの価値を今も持ち続けている証拠でもあって、
ランウェイを選ばなかったけど、1とちょっとごちゃごちゃになってるんだけど、1ではランウェイを選ばなかった。
でも軽んじたわけではなかった。だから危機にあるランウェイのために必死になれたし、
セルリアンブルーはアンディがあの世界を忘れていなかった記憶の色なんだなと思って、
すごい美しい回収だったなと思いました。
ここまで見てくると、ランウェイってただの職場じゃないんだなってことが分かって、
アンディにとってランウェイは知らなかった世界を理解させてくれた場所。
だからこそ失わせたくない場所。
ミランダにとってランウェイは魂の中、濃い部分を捧げて代償を払ってでも仕事が好きだと言える場所で、
ナンジェルにとってランウェイは傷ついてもなお美を信じるっていう、
一種の信仰みたいなもので、
エミリーにとってランウェイは選ばれたいし認められたいし、
ひょっとしてそういう承認欲求っていうか、あるか、雑誌の表紙になりたいって言ったシーン、
モンジュース界とか言って、言われて笑えたんだけど、見た人は分かると思うけど、
自分の価値を証明したい場所だと思うんですよね。
つまりランウェイは4人それぞれの欲望とか愛とか代償、記憶を残している場所で、
そこでの関係性が美しく絡み合っていて、
華やかで残酷で美しくて、ビジネスでもあり、
売れなきゃいけないから。
関係性もあって、欲望もあって、愛もある。
めんどくさいですね。名作ってだいたいめんどくさい。
安いドーナツみたいで簡単な味では済ませられない。
けど最後、お昼、ランチでそんなもの食べるのかってナイジェルに言われてたの、アンディが。
でも最後、エミリーと2人でバビーズっていうね。
バビーズもすごい懐かしくて、バビーズ行ったの。
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日本にも来てるかな。よく行くんだけど、バビーズで、
言ったらアメリカンダイナーみたいな感じで結構アメリカンなものが出されるんだけど、
そこで注文したものをシェアするわけね。
そんなものワンだったら絶対食べないんだけど、
なんか2人で分けましょうと。
2人で分けるからカロリーゼロねっていう。
まさかのカロリーゼロ理論なんだっけ、笑い芸人の。
笑い芸人の人、頭には浮かんでるんだけど名前が浮かばない。
そう、あの人たちです。カロリーゼロ理論の人たち。
あれが出てきてなんかすごい面白かったなと思って。
じゃあもうここら辺でもう結論にしないといけないですよね。
最後もう一度タイトルの問いに戻ります。
ミランダは悪魔だったのか。私はそうではないと思います。
悪魔だったのはミランダ個人ではなく、
ランウェイという場所が持っていた引力、あるいは仕事を愛してしまう仕事そのもの。
この英語のタイトルはThe Devil Wears Prada。
つまり悪魔は怖い顔でやってくるわけじゃなくて、
プラダを着ていて美しくて洗礼されて憧れてしまうキラキラした姿でやってくる仕事も同じです。
どこどこに所属している、何々をやっているっていうね。
好きな仕事、憧れの場所、一流の世界。
自分の才能を使い切れる場所。
それはまるで高級ブランドのように美しくて、背伸びしてでも手に入れたくなる。
でも手に入れた後には大金というか代償がある。
時間、家族、穏やかな日常、自分の弱さ、戻れない瞬間。
特にミランダはその代金、代償を払い続けたんですよね。
それは彼女が仕事が好きだったから。
アンディはその価値を理解した上で、自分の愛する仕事、職業を選んだわけで。
ダイジェルはその美しさを信じ続けて、エミリーはそこに選ばれたい欲望を抱い続けた。
だから、なんで私を晒せたの?って怒って、ミランダのことを大きな声で反論する場面があるんだけど。
だからね、悪魔だったのはプラダを着た仕事への愛だったのかな、なんて思ってて。
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プラダっていうのはキラキラしたものの象徴。
プラダを着た悪魔2は悪魔を倒す映画ではなく、悪魔的なほど魅力的な仕事をそれでも愛してしまった4人の映画だったんだと思います。
それぞれの愛し方があったんだと思います。
美しかったし、ちゃんとワンのオマージュを、なんていうのかな、形を変えて入れ子状になってる。
そういう感じで表現されてて、ぐっとくるし、ちゃんとストーリーはあって、時代性もあって。
公開初日朝1で行ってすぐ配信したかったけど、じわーっとした純粋経験をしばらく味わっていたくって。
1作目と2作目がちょっとごっちゃになったかもしれないけど、繋げながら、今回は感想を配信しました。
ネタバレありで濃密だったと思います。
ぜひ見てない人は見に行ってほしいなと思います。
いやー、私ももう一回行くから。
中小化して考えてみたりとか、細かい部分的に具体的な部分を見てみたりとか、いろんな見方をしてみたいなと思って。
だってさ、1作目20年前なのにめちゃくちゃ鮮明に覚えてて。
全然無駄話なんだけど、何ていうの、こういうの。
打足なんだけど、ニューヨークでね、私よく走ってたんですよ。
言われたのが、ニューヨークで走ってるのって泥棒だけだよって言われたの。
で、私それを思い出して、アンディめちゃくちゃ走ってんの一人で。ずっと走ってんの?言ったら。
それを思い出しました。
いやー、もう一回行ってみたいな。
なんか、めちゃくちゃジンとくる。
4人それぞれのストーリーとか信念とかがあって。
仕事、どうですか?今どんな気持ちでお仕事してますか?
私は仕事が好きって、悪魔に取り憑かれたようにね、仕事が好きって言えるって、ある意味幸せですよね。
はい、無職の私が言いました。
どういうことやねんっていうね。
こんなに長い時間一人で喋って本当にごめんなさい。
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以上、プラダを着た悪魔2のネタバレ感想でした。
私はここに注目したよとか、ここが好きっていうシーンがあったら、
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ツイッターを添付してあるので、そちらの方でもどんどんメッセージ寄せてください。
私も聞いてみたいです。
それでは、次の配信でお会いしましょう。またね。