【再】#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生と
2026-10-15 41:30

【再】#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生と

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #近代英語 #対談
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00:00
つい8月になってしまいました。 8月ももう残り数日というタイミングではあります。 まだまだ残暑続くんでしょうね。
皆さんもお元気にお過ごしのことかと思いますが、さて今日は対談会です。 近代英語における文法的構文的変化
片見彰夫先生との対談です。 どうぞよろしくお願いいたします。おはようございます。
おはようございます。 今日はですね、ゲストをお招きして本の紹介ということになります。
お招きいたしましたのは青山学院大学の片見彰夫先生です。 よろしくお願いいたします。こちらこそよろしくお願いいたします。
今日片見先生においでいただいたのは、実はもうすでに何度かですね、 ご紹介している本ということで、これまでの回についてはまたURL貼り付けておきますけれども、
秋元美之先生が編者を務められました 近代英語における文法的構文的変化
開拓者より6月でしたかね、6月に出た本ということでですね、これまでもご紹介してきたとおり、なかなかユニークな作りの本でですね、
15世紀から16、17、18、19、20世紀まで、各世紀の文法的構文的状況であるとか変化を、
異なる執筆者、研究者が書いているという形の本なんですね。
そしてこれまでですね、福本先生が16世紀、そして田辺先生17世紀、 そして中山先生19世紀ということでお話しされてきたんですね。
そして、満を持してではありませんが、15世紀という一番最初ですよね、お扱われた片見先生にお話を伺いたいということでお招きいたしました。
はい、片見先生、15世紀と言いますと、この本の名前こそ近代英語とタイトルにありますけれども、厳密に言いますと、
だいたい近代英語というのは、1500年くらいからということなので、15世紀、つまり1400年代というのは、時代としてはその一個前。
そうですね、ミドルイングリッシュ、中英語という時代に属しまして、こちらはノルマンコンクエストというのは1066年にありまして、
それ以降に起こった英語の時代の終わりの時代が、この15世紀ということになっております。
ノルマン征服以降の400数十年ですかね、最後の1世紀が15世紀ということで、位置づけとしてはその中英語が終わりかけて、近代英語にこうだんだんとやっぱり近づいてくる。
03:16
そして言ってみれば、現代的な英語にも少しずつ変化していくというタイミングなのかなと想像されるんですけれども、
この15世紀って、舞台はイギリス、まだアメリカは出てきていませんので、イギリスに置かれていた状況であるとか、社会的な背景、これについてお話を伺いたいんですが。
そうですね、実はこれ意外に思われることが多いんですが、英語というとまず2つの観点、現代の観点から見たグローバルな英語という観点ですね。
そして2つ目の観点は、シェイクスピアを中心とした鮮やかな英文学の世界というものを想像されることが一般的には多いと思います。
しかし、それはあくまでも近代英語以降のお話でございまして、英語というのは実は、ラテン語、フランス語に次ぐ当時的にはローカルな言語だった時代なんです。
そしてそれを経て、現代はあるわけですが、その橋渡しとなったのが15世紀かというふうに思いますね。
15世紀というと、まだ標準語っていうんですかね。今はきっちりした英語の標準とか文法というものがあるわけなんですけれども、当時はまだそういうものはなかったっていうことなんですね。
ないです。
非常に揺れているというか、1つの固まったものがあったわけではない。
はい、ないです。
そうすると、まずそもそもの言語が置かれている事情が違うということと、ということはローカルな言語で大して地位が高くないということでよろしいんでしょうね。
だと思います。あくまでも上位言語ではなかった。
しかも当時は、ノルマンコンクエストということをちょっとお話しいたしましたが、支配者階級が英語がわからないという時代があったわけです。
これがちょっと皆さん現在の想像しにくいと思うんですが、英語はあくまでも庶民の言語でした。しかし庶民の方が人口が圧倒的に多いのは事実です。
ですから、上位の人が言語の支配権というか、プロミネンスを持っていたとしても、あくまでも英語の力というのは、英語はグツグツとマグマのように力を持っていたことは疑いもないことだと思います。
なるほど。社会的な構図としては英語が一番下で、次にフランス語があって、そして最上位にラテン語があるという形で、15世紀くらいと少しずつ英語が復元と言いますか、だいぶ国内では地位を吹き返していくと言いますかね。
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そんなちょうどタイミングだったかと思うんですが、その頃英語で書かれたものというのは、いろいろと残っているのでしょうか。
はい。英語で書かれたもの、皆さんご存知だったらマロリーの朝尾物語とかは当時の作品にあたるんですが、他にも実はかなりあるんです。
3文の時代がこの時代、かなり大量に実は出ておりました。意外と知られておりません。作品数はたくさんあります。
ただし、その多くがフランス語メインですかね、あとラテン語からの翻訳というのが多かったんです。
翻訳ということですね。
そうすると、元のフランス語なりラテン語なりの言語、語法みたいなものに影響されている側面があると。
あります。
翻訳帳の文体だったり、語法だったりということが多いということなんですね。
それも多いです。ついそれに埋もれてしまって、翻訳帳のということでないがしろにされてしまうこともありがちではあるところが残念だなということを、今回の一筆を通じて自らに気づいた次第です。
そうなんですね。確かに翻訳の正規といいますかね。
キャクストンの作品なんかは本当に翻訳フランス語の影響と見られるのが多いんですが、ところが実は必ずしもそうではない。
かなり英語のですね、本来の、また彼自身のですね、クリエイティビティの入ってきたものも実はあると言われることが書いている本もあるんですね。
今キャクストンというお話が出たんですけれども、イギリスに活版印刷を持ち込んだ人で1476年ですかね。
そうです。
そうしますと15世紀、今回扱われているんですが、その前半4分の3はまだ手書き写本の時代ということで印刷がないということですよね。
そうなんです。
ようやくその1476年キャクストンが印刷術を持ち込んでから、印刷にふさわれるものがどんどん出てきたという流れですよね。
その後肯定本が出てきて、今現在利用できるようになっているという形ではなっていますが、もちろんオリジナルなものはマニスクリプターだと思います。
というような時代背景なんですよね。
現代から想像するとだいぶ昔に来てしまったと思われているリスナーの皆さん多いと思うんですけれども、このような時代背景、ざっと数十年前という感じですかね。
その英語はどういう英語だったのかということが、第1章ですよね。15世紀の文法的・公文的変化ということでお話いただきたいんですが、
09:08
まず20世紀、21世紀の我々英語を学習する者が急に15世紀の英語を読んだら、これどれくらいの感覚でしょうか。
どう思われますか。
面白いと思います。これ実はですね、マロリーのアーサー王物語ですね。これを大学院の修士課程で、青山学院で私読んだ経験があるんですよ。
それで最初はうわーなんだこれはというふうに思いまして、後ろのグロッサリーとかですね、それからもちろんOEDを引きまくってですね、勉強した経験があります。
ところがですね、意外と15世紀というのは近代語に近づいている時代だということもその反面わかってくるんですね。
そのためにはある程度読んでいっていうことで、意外とあれ、古英語とはえらい違うぞということ。
また中英語初期ですね、14世紀のもの。私は14世紀のものを中心に読んできたんですが、それと比べると15世紀は近代語に近い。
その意味では時期が低いというと言えないんですけど、ご興味ある方はぜひトライする入り口が必要じゃないかと言えると思います。
いけますよね。
いけると思います。500年前の日本語とですね、英語とは違うと思います。日本語は難しいか?って難しいかもしれません。
はい。じゃあ具体的にその言語の内容を次のチャプターでお聞きしたいと思います。
それでは具体的にどういう語法があったのかっていうことを見ていきたいと思うんですが、本書の第1章の流れに沿ってですね、今見ておりますが、
まず家庭法ということで、現代ではだいぶ家庭法っていうのは衰退したっていうことが言われますが、15世紀あたりだとどのくらい使われていたんですか?
そうですね。実はですね、これかなり助動詞を使う用法が当時ありまして、これ日記のザ・ストーナーレターズという、これ私の本の第1ページにちょっと紹介した、この書簡集ですね。
これでは強調を和らげる、要するにウルなんかがですね、実はすでにあったことが分かっているんですね。
そして相手によって使い分けているなんていうのはあるんですが、ところがじゃあ15世紀はそういうものだというふうに一括りに見ない方がいいと思いまして、
実はかなり揺れがあるということは言えると思います。
ただ助動詞がある程度、要するにサブジャンクティブと言いまして、実はあの小英語中英語の時代はですね、家庭法というその別の法があったんですよね。
今の家庭法とは違いまして、動詞の変化がですね、現在形過去形ですよね。
12:00
未来形というのは助動詞をつけて表して、未来形というのは変化は英語はないわけですよね。
他のヨーロッパ語と違って。
ところが当時の中英語まではですね、このサブジャンクティブ家庭法変化というのがあったんです。
そしてその屈折がですね、消失していって、そしてまあよりアナリティカル分析的な用法として助動詞がそれに変わるようになったんですね。
ちょうどこの15世紀のその過渡期をちょっと過ぎたあたりだと思います。
もうかなりこのサブジャンクティブはもう消えているので、ただ揺れが少し残っているということで。
だいぶじゃあ現代に近づいているという感じがあるわけですね。
後英語などはもっとしっかりといますかね。
比較するともっとしっかりした家庭法のサブジャンクティブの体系があったわけですが、
もう現代に向かって過剰を切っているという感じがあるわけですね。
揺れを残しながらということですね。
そして駆動詞なんですけれども、この本書では駆動詞というのが一つの定点観測的なものとして、
先ほどの家庭法もそうでしたよね。
駆動詞、Phrasal Verbと呼ばれるものに関しては、
現代は非常によく使うわけなんですが、この時期というのはもう使われていたんでしょうか。
そうですね。実はこの本調査ではですね、
最も現代で頻度が高い動詞として駆動詞で用いられる、
Take、Get、Bring、Put、Turnというものを調べたんですね。
それにつきましてはですね、かなりしっかりと根を下ろしつつあるという時代だと思います。
駆動詞としてもう出来上がってきていると。
そうです。この今対象とした動詞についてはですね。
意外と現代的といいますか、もう使われているんですね。
はい、出ています。ただ今のように比喩的な広がりでどこまで使われているかというものは、
より調べる必要はあるんですが、ただ起きてはいるんですよね。
必ずしも語だけの意味ではなくて、駆動詞としてセットとして新たな意味を振る。
イディオム。
はい、イディオムですね。は現れています。
その点でも突きやすそうですよね。やっぱり15世紀はまだ。
その前に遡るとやっぱり駆動詞はまだそんなにないということを言うと。
そうするとこの本の趣旨として、私最初思ったんですよ。
近代語なんで、16世紀から1500年ぐらいからっていうのが一般的なんですが、
その前の世紀を含めるという方針で書かれたら面白いなと思っていたんですが、
ちょっとずつその意味がわかってきたようなところがあります。
ありがとうございます。
そしてですね、進行形。
15:00
ここは私、とても面白く読ませていただいたんですけれども、
現代であると進行形というのは一つの大きな文法事項として、
必ず我々も学ぶっていうぐらいよく使うんですが、
これは15世紀は出ていたんでしょうか。
実はですね、意味の点は先におきまして、また文体的効果というのは横におきまして、
形式としては現れ始めた時代と。
現れ始めたという感じなんですね。
中英語にもあるんですが、本当それは進行形と言えるのかどうかというレベルだと思うんですね。
近代の観点から見た進行形としては、15世紀、存在しています。
15世紀は進行形の発達において節目となる時代というふうに書かれているわけなんですが、
今のように本格的に現代の使うような意味、役割で使い始められたのが15世紀ということですかね。
かなり南部なんかでは標準形式というふうに15世紀にはなっています。
そうなんですね。
複合的な進行形、例えば現在官僚進行形であるとか、このあたりの複雑な形というのは。
そうですね。官僚時世の進行形が頻度を、存在はしているんですが、
頻度を増してくるというのはやっぱり15世紀が終わってからかなということはですね、
先行研究、中尾先生の1972年英語学体系という大きな本があるんですが、
そちらの方ではそのような指摘がされています。
ただですね、be going to現代は、
未来を表す。
はい、そうです。その方が、出始めのようなものがですね、
ヘルシンキーコーパスという、電子コーパスがあるんですが、
たくさんの資料を集めて電子的に検索できるコーパスなんですが、
そちらでは見られるんですよね。
本の方にはそちらの方にも挙げております。
また書簡ですよね。手紙文。
先ほどちょっとお話ししたthe Stoner Lettersなんかには、
実際be going toプラス動詞の原型というのがありまして、
進行形はまだフォーマルな分配体としてではなくても、
実は存在していたのではないか。
そして一般的にないというのは、実は現代に残るということで考えるとですね、
やはりフォーマルな文学作品とかフォーマルなものが多くなってくるわけですね。
インフォーマルなもの、それからコロックやらなものには、
資料を調べると起こっていっている。
つまり進行形の方がの時代ということが、
このでいいんではないかと私はこの調査をついて思いました。
なるほど。じゃあその口語レベルでは、おそらくもっと使われていて、
一般化しつつあったのではないかというような、
そんな段階が15世紀ということですかね。
だということを調べた途中ではそう感じます。
ただ今のように自然に皆さんが使うかというと、
そこまでは言っていなかったと思うんですね。
18:00
そうなってくるのは、やはりこれもゆっくりだと思うんですが、
16世紀以降というか、近代動きをかけてということでしょうかね。
そうですね。会話文では既に調べてきた調査テクスト、
デジコーパスでは存在しています。
面白いですね。
全てが会話文ですね。
ゲスタロマのルームという作品、皆さんなじみがないと思うんですが、
これもともとはラテン語なんですね。
ところが、これは英語的なスタイルをかなり入れているんですよ。
英語的なスタイルが多くて、
その中で6例、Be Going Toというのがあって、
全て会話文にそれが記されているということですね。
面白いですね。
それ個別に深掘りしていくと何か面白い発見があるかもしれませんね。
ありがとうございます。
進行形という話題だったんですけれども、
続いてですね、自動詞化。
こちらも私は面白い話題だなと思ったんですけれども、
再起動詞の変遷ということですね。
いわゆる再起代名詞、MyselfとかHimselfという形なんですが、
これはもう正規はしていたんですか、15世紀。
ただですね、これは今と違いまして、かなりエンパティックな意味なんですよ。
強調的な意味、強める意味ですね。
あったんですが、今のように文法的な働きの中のOne Selfというのはあまり、
語彙語、中英語ではあまりなかったんですね。
ところがこの15世紀以降はですね、その強調が薄れていきます。
これは他の先行文献についても、この本では触れてあるんですが、
この転換点なんですよね。
ちょうど15世紀から16世紀。
今、Selfというのはもちろん強調、意味のある意味で使うこともあることはあるんですが、
それだけのイデオマティックな意味のOne Selfというのはあるわけですよね。
それの転換点が15世紀から16世紀だと言えると思うんですね。
なるほど、15世紀面白くなってきましたね。
実はその前の時代は、中英語らしい中英語だったのが、
むしろ16世紀じゃなくて15世紀くらいから近現代的な雰囲気が現れているというような
ご指摘が何回か続きましたけれども、ありがとうございます。
続きまして、動詞の補文という話題なんですけれども、
これについては15世紀、どんな振る舞いを示しているんでしょうか。
そうですね、動詞の補文ということなんですが、
例えば前代英語とは、一番馴染みの近いアジュレイはアボイド、
A-V-O-I-Dですね。
これを皆さんがINGを従えると動名詞というふうにお考えになっていると思うんですが、
21:04
実は15世紀の時代、名詞を直接取る例が最も一般的なんですね。
例えば、アボイドロングライティングなんて言い方があるんですね。
これは要するに動名詞と取れないこともないんですが、
多分これは名詞的なものだろうというふうに思います。
ロングがありますしね。
はい、そうなんです。
つまり、他の先行文献、これ本の方には先行文献、
ちゃんと誰が書いた本だって書いてあるんですけども、
16世紀末あたりに動名詞を取るというふうに言われているんですね。
しかし、実際にはよく見ると、注意深く各コーパステキストの料理を見ますと、
動名詞本文が出ている先例みたいなものは伺えるんですよね。
例えば、喧嘩を止めるアボイド・コーレリングですね。
これは、形容詞を取らない、直接コーレリングという形で従えている例ですね。
そのような例も見られたりですね。
または、動名詞を伴う受動態アボイド・ビーング・プレストとかですね。
という例も、もちろん現代にたくさん出てくるわけではないんですが、
よくコーパスを見ていると出てくるということなんですよね。
ですから、あかまでも現代につながる用例の方書きになってくるんだと思うんですね。
現代ある形が、そのまま使われている例があるぐらいの感じですかね。
そうですね。
たくさん使われていないという感じですかね。
そういう感じですかね。
そして次は、否定というこれも大きな話題かと思うんですが、
否定の仕方、ノットに相当する語の使い方だと思うんですが、
これは現代とはやっぱり違うんですか。
かなり違いました。
特に、小英語、中英語はですね、皆さん否定と言いますと、
ドーンと何々とか、ダズンと、ウィルノットなど、
そういう形の否定を想像すると、その後動詞が来ると。
そういうものは存在しておりません。
直接動詞をノットで否定するんですね。
そういう形が中英語までは普通でした。
また、15世紀においてもそうでした。
ただそのノットもですね、いろんな実はバリエーションがありまして、
NEというふうに書いて、それを動詞の前に持ってくるとかですね。
そのようなもの、それからNA、NONとかですね。
最後は省略しますが、他にもそのようなスペリングバリエーションがあったということなんですね。
スペリングバリエーションだけではなく置き場所?
はい。
前だったり、後だったりとか。
そうなんです。
これ大変な動きをですね、現代から考えると。
挟むのもあるんですよね。
そうなんです。
いろんなものが出そろって並立している状態っていう感じですね。
15世紀は。
それがまた書き手によってどれを選択するかというある程度傾向がありまして。
24:01
これスタイルというか書き手の癖とか習慣みたいなところなんでしょうかね。
そうです。現代語では文法的に決まっているので、そのようなものが一般的には出てこない。
ところが当時はまだ文法というものが存在していないと言ってもいいと思うんですね。
一つの標準的なものが固まっていないということですね。
プレスクリプトプログラマーとか出てくるのもこの後の時代ですので。
ですから作者の個性とかですね。
たぶん写辞性の癖もあるんでしょうが、そういう意味のバリエーションは存在しているし。
今、ホッター先生がおっしゃった位置ですよね。
これも実は面白くてですね。
古英語では動詞の前にNEを置くのが一般的だったものが、15世紀以下は動詞の前にNOTを置く。
大雑把に言えばですが、そういう形が一般的になってくるということが言えるんですね。
そしてその後に右元形ですよね。
ペリフラスティックドゥというものがこの後の時代に出てくる。
その前なんですよ。
ですから否定については非常に面白い時代で、選考文献をたくさんやっている方がいらっしゃいます。
そうですね。
いろいろなバリエーションがあって、それを個人が選べるというような時代ですかね。
今は決まってしまっていて選べないですからね。
作り方が。
そういう自由さとか大らかさというのは15世紀あたりはあるのかなと思いますね。
はい。そして次は非人称動詞ミッフィンクスというものなんですけれども、
現代では実情を使わないというか普通には使わないと思うんですけれども、
15世紀以下がどうだったんでしょうか。
ミッフィンクスというのはごく普通でしたね。
かえってこの方が古英語、中英語では多かったと思います。
ところがですね、これが特別なマークとの表現というか、特別な意味を持つI thinkとは違うよという意味で現れたのが、
これが出始めが15世紀だろうと考えられるんですね。
それで他の実は中英語まで非人称動詞たくさんあったんです。
たくさんというか結構数は多かったんですよね。
ところがですねミッフィンクスだけ残ったということで、
理由としてはこれがグラマティカライゼーション、文法化として残ったんじゃないか。
つまり動詞として私が思うというよりか、
副詞的なミッフィンクスで一つのミは要するにMEですよね。
愛の目的語の形なんですね。
そしてthinkは動詞の後がミッフィンクスという形にSを伴うんですが、
これが15世紀に証拠性というか、
それを表す意味で文法化していった。
つまり一つの文法標識としてミッフィンクスが機能したのが15世紀だろうというふうに言っていいんじゃないかと思います。
いわばそういう形の一つの副詞なんだっていう。
一文副詞みたいな。
そうです。非人称のthinkというのは急速にこの時期減少してます。
この一つの固まった表現として生き残ったという感じでしょうかね。
はい。それからですね、動詞派生全知詞というものでING系のものが多いと思うんですけれども、
27:09
例えばconcerningとかtouching、duringなんかよく使うと思うんですが、今でも。
この辺りは15世紀にできたということなんでしょうか。
そうですね。既にもう使われてます。
例もたくさん見出すことができますし、意味的にもかなり全知詞化してる例がこの3動詞に限ってですが、もう多いと思います。
INGがつく動詞派生全知詞を一覧されているページが33ページにありますが、
今ではあまり使わないというか一般的には見ないものも結構使われていたりして、
当時生産的というほどではないかもしれませんが、いっぱいできてたんだなということですね。
そうですね。これはFischerからの引用で33ページに載せたんですが、これについては現代が一般的でないものも残ってますね。
そして最後の本になりますが、メタディスコースという。
ここも面白いんですが、メタディスコースってそもそもどういうことか。
そうですね。これは非常に興味深い。私も面白いなと思って調べたんですが、
これは要するにテクストの中に物語がありますよね。そこに書き手が開催してくるんですね。
そして読み手との関係を築くというものですね。
つまり具体的に言いますと、ある辞書があった場合、それをザリーズということで説明を加えたりですね。
いわゆるネームリー、What is to sayとかですね。
作者が顔を出してコメントを加えるというような。
そうです。読み手を意識して、そしてわかりやすくしようという伝達内容。
これは15世紀という背景で、私は切らなさいと思っていまして、
実はテクストの種類がですね、この時代はですね、いろいろ中山会見の台頭ということもあって、読者層が広まっているんですよね。
ですから実用書なんかも実はありまして、私の中にも魚釣りとかですね、あとは鷹狩りの本なんかもあるんですよ。
そういう読み手を想定すると、やはりわかりやすく読み手の立場でですね、メタディスコースで開催してくる。
これは中英語の中ではあまり、あることはあるんですが、一般的ではないんですよね。
面白いですね。物語をそのまま進めていくという文章だけじゃなくて、
中にカッコみたいな形で作者が補足を加えるという、説明してあげるというようなことですかね。
そういうダテイズのような表現、ネイムリーのような表現が多くなって、バリエーションもいくつかあるようですけどね。
そうです。これはあまり中英語時代では一般的なかったですね。
30:02
ですからもちろん15世紀は中英語の時代ということで、英語史上はそういうふうに言われているんですが、
ただし、こういうところは近代的だなということを感じました。
ありがとうございます。
この第1章につきまして、片見先生にざっとですね、サマリーのようなものを伺った形になるんですが、
この15世紀の文法的・公文的変化をこの章を執筆するにあたって、いろいろと研究・調査されたと思うんですが、
その中で一番印象に残ったと言いますか、意外だったとか面白かったという点をお聞きしたいんですけど。
皆さん多分印象として15世紀というと、ちょっと遠いな、シェイクスペインより前かという印象。
中英語だなというふうに感じる方が多い。もちろん中英語なんですが、
ただですね、この時代はかなり近代とつながる英語が始まっていた時代なんですね。
私、大学院の修士論文はトーマス・マロリーで書きました。
最初学部を出て修士で入ってそれを読んだ時に、これは難しいぞ、中英語だというふうに思ったんですが、
そこで諦めなくてよかったです。
実は読み進めていくうちに、あれかなり読めるぞと、現代英語の知識があれば結構楽しめるということに気づいたんです。
つまり一般的に15世紀の英語というと難しい。
もう一つから、もう一つの理由はフランス語の原点、翻訳の影響が多いんじゃないのということを考えがちなんですが、
実は英語独自の文体というものを磨き上げている時代なんですよ。
ですから各作家ごとに創造的、クリエイティブなものがある。
そして各種の文体、先ほどトーマス・マロリーの話をしましたが、マロリーにはカクストン版というものがありまして、
調査もカクストンが印刷しているんですね。
そしてこのカクストンの文体というのは、明らかにフランス語の影響は多いんですが、
しかし関係代名詞の使用方法とか、文を並べて並列的にパラタクティックというんですが、これを使う用法、
あと実はコメントクローズなどの使用も論文を調べると出てきます。
またはハカク公文と言いましてアナコルーサと言って、文法的ではちょっとない文なんですが、
実はこれもある程度英語的なですね、癖を反映して現れている。
これはフランス語の影響じゃないぞというものも出てるんですね。
その意味でクリアリーイングリッシュとまで言われている人もあるぐらいでして、
談話標識なども実は現れ始めているんですね。
その意味で15世紀は遠い時代、中英語の時代というふうに考えがちなんですが、
実は読む方においてもある程度現代の知識で読み進むことは楽しめることができる。
33:00
それから現代に通じる英語のホットなトピックですね。
その方書きが実は15世紀にあるということで、実はとてもお勧めの私自身も含めてですね、
勉強していきたい分野だなと思いました。
私も盲点で15世紀というのも、14世紀のものは調査のものも含めて、
やはり一つの中英語文学の花と呼ばれる時期ですので、読む機会がありまして、
片道先生も14世紀もたくさん読むかと思うんですが、
確かに14と15って同じ中英語でも違いますよね。
違います。
何と表現するべきかと思っていたんですが、
今日具体的に色々お聞きして、やっぱり一方近代に近いっていうのが、
両方14、15を読み比べると実感としては分かりますね。
ただ、どの部分が近いんだろうっていうことについては何となくだったのですが、
今回具体的な方法であるとか、そういうことで示していただいたのかなというふうに思います。
そうしますと、一つの提案というか考え方なんですが、
中英語は1400年でもう止めてしまって、
166年から1400年くらい、
1400年から、せめて過渡期とか近代英語に向けての、
近代に向けての助走期間みたいな感じでもいいのかなと見る側面によってだと思うんですけどもね。
今回の講座は本当に限られたものでございまして、
より広く勉強して教授する必要があると思うんですが、
ただ今、ホッタ先生もおっしゃったようにですね、
ある程度この時代は英語という文体を磨き上げている時代だと言えると思うんですね。
しかもそれにクリエイティビティ、創造性も発揮されてきている。
そしてフランス語原点というのをモデルとして存在しているということを片隅に置きながら、
その英語を見ていくことでより楽しめる、味わえるんじゃないかと思います。
15世紀の魅力がとてもよく伝わりましたし、
私も改めて15世紀、そういう目線で見ていきたいなというふうに思いました。
このお聞きの方もですね、中英語はちょっと手強いというふうに思いの方多かったと思うんですが、
今熱弁されたようにですね、片見先生が、割と頑張れば読めるというところはありますね。
慣れてしまうと、そこそこ思った以上に読めるというところがあるので、
せっかく15世紀の3文という話が出たんですが、
どれか一冊、何かこれから始めるといいんじゃないかというようなお勧めというのがあります。
そうですね。実はこの時代、実用書なんかも結構多いんですが、
県内の実用書には使えないものなんですね。
そして俗人向けのテクストというのがこの時代に結構出始めているんですよ。
でも皆さんが一番楽しめるものとしては、やはりアーサーオ伝説ですね。
36:05
これはトーマス・マロリーという人が一つの物語にまとめ上げた話があるんですね。
これは翻訳も出ております。
もちろん皆さんご存知のように、いろんなゲームとかにもなっているそうですね。
それから映画化もたくさんされておりますので、
このマロリーの作品からお入りになるとよろしいかと思います。
私も終始論文で最初、このマロリーの本が最初の中英語の入り口になってくれました。
マロリーのアーサーオの詩ですね。
こちら翻訳もありますし、そしてこの原点でも読めるという、
頑張ると読めますよというのが今日のお話でしたので、
分厚い本ですので。
分厚いですけどね。面白いところだけでも読んでいただければと思います。
本日はですね、大変貴重な15世紀の話を聞くっていう機会もそんなに多くはないかなというふうに思ったんですが、
本当に貴重な機会でした。
片見先生ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
今回ご紹介した本、近代英語における文法的・公文的変化につきましては、
これまでも他の章を執筆担当された先生方と対談を重ねてまいりました。
このボイシー・ヘルディオでの対談会、それぞれですね、各チャプターによって、
リンクを貼っておきますので、そちらも併せてお聞きいただければと思います。
今回は最も古い15世紀ですね。
この本の中で扱われている時代範囲としては最も古い世紀、15世紀に焦点を当てました。
本編の中でも対談でお話しした通りですね、
15世紀というのは伝統的な英語史の時代区分では、中英語期、ミドルイングリッシュの最後の1世紀ということになっていますが、
今回、片見先生が注目された言語項目ですね、文法項目についていえばということなんですけれども、
むしろ近代英語期の方が中世というよりは、中英語期というよりは近代英語に一歩近づいている。
ですので、考え方、見方によっては、近代英語の始まりというのを1500年、16世紀以降とするのではなく、
15世紀以降という考え方もできますよという一つの提案、示唆だったと思うんですね。
39:01
議論の中でもお話ししましたが、これはもちろん見方という問題で、時代区分というのはですね、このボイシーでもいろいろと論じてきましたけれども、見方一つなんですね。
今回注目された点に重きを置くのであれば、むしろ15世紀っていうのは一歩近代英語寄りということは、
現代英語寄りということでもありますよねという形でですね、今回の対談終わったということになるんですが、
対談後にですね、片見先生、英語辞典からも改めてコメントいただいています。
その趣旨はですね、15世紀から近代英語とするという発言には議論があるかもしれませんが、
本書のタイトルに沿った内容でもあり、私としては賛成いたしますというコメントをいただいています。
私もですね、14世紀より前の中英語を読むという機会の方が圧倒的に多いんですね。
15世紀って言うほど読んでいないなということなんですけれども、今回ですね、15世紀の英語の魅力ということを教えていただきまして、
改めてですね、15世紀注目してマロリ読み返してみたいなというふうに思いました。
お聞きの皆さんもぜひですね、15世紀なんとか読めますので、ぜひですね、本などを手に取っていただければと思います。
少なくともこの15世紀、関心を持っていただければ幸いです。
このチャンネル、英語の語源が身につくラジオヘルディオでは、あなたからのご質問、ご意見、ご感想をお待ちしています。
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それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように、ほったりういちがお届けしました。また明日!
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