2025-12-12 20:16

【再】#510. 中高生に向けて モヤり続けることが何よりも大事です

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #中高生のための英語史
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サマリー

中高生に向けたメッセージとして、受験勉強とは異なり、大学以降の学びでは正しい答えが存在しないことが多く、自ら問いを立てる重要性が説かれています。また、未解決の問題に喜びを見出すことの大切さが強調されています。もやもやし続けることの重要性とその価値についても語られ、解決を急ぐのではなく、問いを持ち続ける中で得られる幸福感について深く考えさせられます。

中高生へのメッセージ
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
10月23日日曜日です。いかがお過ごしでしょうか。 英語の語源が身につくラジオheldio。本日の話題は、【中高生に向けて】
モヤり続けることが何よりも大事です、と題してお話しします。 今日はですね、少し変わり種ということになるんですけれども、昨日の放送
509回なんですけれども、毎月中高生のために英語史連載を書いています。 と題して、NHK中高生の基礎英語in Englishの連載にですね、
私が昨年度から、英語で謎解き、英語の素朴な疑問と題する連載シリーズを書いているんですね。 毎月1本6ページほど書いているということで、ご案内そして宣伝したというのが昨日の回なんですけれども、
そこでですね、私、普段大学生を相手にしてですね、大学で授業をしているっていう、これが本業なわけですね。 それから、社会人向けに朝日カルチャーセンターの講座であるとか、あるいは広く一般にブログであるとか、このVoiceのheldioもそうなんですけれども、
英語史の魅力について、そしてその面白さについてですね、広く発信するというような活動を行っているんですが、ピンポイントで中高生、いわば大学生に至らないその前の段階ですね、英語は勉強してきたというような、主に中学生、高校生あたりに対して発信直接するっていうことはこれまでなかったのが、
このNHKのラジオ講座ですけれども、中高生の基礎英語in Englishのテキストにおいて連載させていただくということですね。非常にこれ新しい機会、嬉しい機会として1年半前に受け取ったっていうことなんですね。
私自身は中高の英語の教員免許を持っていまして、中高で教える資格は持ってるんですが、実際にはそれを役立てているわけではなくて、実際に教えるということをしているわけではないわけですね。
ただ、大学の卒業生といいますか、教え子が英語の先生になって、中高の英語の先生になって、そこに訪ねる機会があったりですね、研究授業とか、あるいは講演に呼ばれたりという機会があって、たまに中高生と直接関わるという機会はあるんですが、基本的には今までほとんど直接の企画がないっていうことでした。
なので、このラジオ講座での連載というのは非常に嬉しいわけなんですけれども、考えてみればこのVoicyもですね、広く一般に聞いていただきたいという思いで毎日お話ししているわけなんですけれども、たまには中高生向けにピンポイントにですね、ターゲットを絞って話してみるというのも面白いんではないかなと。
しかもそれが中高生だけではなくて、他の世代あるいは立場の人にも響くかもしれませんので、こんな趣向で何かお題を立ててですね、話してみたいなと思った次第なんです。
大学以降の学び
そう考えだしたら、実はいろいろと発信したいことといいますか、伝えたいことってあるなと思って、じゃあ何にしようかというふうに思ったんですね。
英語の素朴な疑問に関しては、昨日お伝えしたように、連載中にいろいろともう20回書いていますし、これからも続けていくわけなんですけれども、ですのでちょっと違う角度から、日曜日ということもありますし、英語誌と直接には関係ないかもしれませんが、お伝えしたいなということを思いつきましたので、それについてお話しいたしたいと思います。
それではよろしくお願いいたします。
私自身が中高生の時を考えてみますと、特に高校では新学校に行きまして、ある意味3年間勉強勉強という感じで、受験勉強ですよね、それを目指すということになるわけです。
そして受験、入試というのは問題が与えられて、それに対して正しい答えを答える、それによって点数をもらって、そして合格していくというのが目標なので、当然当事者としては答えが決まっている問い、その正しい答えにどうやってたどり着くかということで暗記したり考えたりというような様々な科目があるわけです。
英語の場合、結局知っているか知っていないかというところに落ち着くことが多いですよね、ただ長文のような問題だと読解力ということで暗記そのものではなくて、やはりしっかりとした文法力読解力がついているかどうかということを確かめるわけなんですが、最終的には選択肢問題だったりあるいは書かせる問題にしてもですね、やはり答え、理想とされる答えというのが決まっているということです。
ですからそこを目指す、そこを習得することに全身全霊を注ぐということですよね。これは小学生でも中学校でもですね、それから高校でも基本的には一緒です。そのことが求められるという社会ですから、ある意味では。それは当然だと思うんですね。答えを目指すということ。
ただですね、その後大学生になりました。さらに進学を決めて大学院生になって研究者という道を目指したんですけれども、大学生になって何が一番変わったかというと、ある問題っていうのが与えられたり設定されたりするときに、その本当の答え正しい答えっていうのが、それまではあるもんだったんですね。
回答欄を見れば、後ろを見ればですね、必ず答えがあるっていうのが受験勉強だったりするわけなんですが、実際上は問題が与えられたとしても、それに対する正しい答えっていうのがまだ存在しない、あるいは永遠に存在しないかもしれないんですが、少なくともですね、参考書の後ろの方とか見ると答えが載ってるっていう状態ではないっていうことに気づいたことなんですね。
ここまでと同じように、確かに問題に対して答えがあるっていうのがわかっていて、正しい答えがあるっていうのがわかっていて出される試験問題みたいのは、大学に入ってからも続くことは確かなんですけれども、最後の卒業論文であるとか、自分で研究をするって言ったときには、そもそも答えのない問題に捉えしなければいけないんです。
しかも、もっと大変なのはですね、この問題自体が選択肢があって、その中から選ぶという形ではなくて、問題自体を自分で作り出さなきゃいけないっていうことなんです。
ですので、答えがそもそもあるのか、正しい答えなんてあるのかってわかんない状態で、問いを自分で立てるっていうことから始まるのが、大学以降の学びっていうことなんです。
これは、例えば大学院にですね、私のように進学しなくても、例えば社会出るわけですよ。会社に入って働く、あるいは自分で起業するっていうときに問題だらけなんですね。解かなければいけない。
ですがそれに対して本当に答えがあるかどうかっていうのが、わからない状態で問いをまず立てるっていうことになるわけです。
正しい答えがあるかどうか、わからない状態で問いに突っ込んでいく。あるいはですね、答えがそもそも正しいも正しくないもんに関わらず、答えがないっていう問題に突っ込んでいくっていうことすらあり得るんです。
これは今まで確実に正しい答えがあるよと言われてきた教育の中にあったものにとって非常に不安なことだと思います。
急に海に放り投げられた感じですね。これ徒歩にくれるんですよ。
なんですけれども、ある意味でこの徒歩もない大海原に投げ出された感じなんですが、舵取りは自分一人ということですね。答えがあるかもわからない。ちゃんと陸地に到達するかもわからないっていうところで、
ひたすら自分でこっちの方角だと思いながらですね、オールを漕ぎ続ける。全く何も見えないのにっていうこの面白さに気づいたっていうことなんですね。
そして大体大学以降の学び、そして社会も含めてですが、問いってこれなんですよ。
問いには答え、正しい答えがつきものだっていうのがおそらく高校までの学びですね。
そしてそれ以降は、問いを立てても本当に答えがないかもしれないっていうことってあり得るんですね。
未解決の問題の重要性
あるいは様々な答えがあり得るというそういうパターンもあるかもしれないんですけれども、これが大多数の人生、世の中において遭遇するあるいは自分で作り出すタイプの問いのタイプなんです。
答えが本当にあるかわからないっていう状態ですね。これは大変不安なんですが、一方でまさに冒険という感じでですね、これが面白いわけです。
冒険の比喩を先ほど出しましたけれども、私自身が旅行、旅っていうのが大好きで、大学生の頃からバックパッカーやっていましたし、自転車も好きで自転車で旅行すると。
自転車旅行みたいなものも大好きでよくやっていたわけなんですけれども、旅行の何が楽しいって道中なんですよね。
そこに着くまでが楽しいっていうことなんだと思うんですね。そしてもちろんですね、着いたら着いたで、それはそれで面白いんですけれども、私の場合に着いた瞬間に次の目的地、次の行き先というのを定めたくなっちゃうんですね。
そしてそれに今向かっているんだっていう状況が好きっていうことです。なのでゴールについてしまうと、その瞬間は楽しいんですけれども、持続的じゃないので、やっぱり持続的なエクサイトメントみたいなのを求めると、次の目標を設定しないといけないんですよね。
いってみれば、まだ解けていないお題が欲しい。それを常に求め続けているということなんですけれども、問題もやはり解決するために設定しているっていうことはあるので、うまく解決したときは嬉しいです。
研究の場合、その確率って実は少ないんですけれども、それでもある程度のところに到達したとなると、やっぱり嬉しいっていうことはあるんですが、その瞬間にふっと冷めてしまうんで、次のエクサイトメントが欲しいんで、さらに遠いところにお題をまた設定するんですよ。
これを繰り返すので、要するに究極的なゴールってないっていうことになりますよね。常にゴールに向かって進んでいったり、ということは未解決の問題を常に抱えているっていうことなんですが、中高生の皆さんに伝えたいことは、未解決の問題、そして解決するかもわからない問題を未解決のまま持ち続けることに喜びを持ち続ける。
喜びを持つ。これを心がけるといいと思うんですね。喜びを持ち続けるっていうことは強制はできないわけなんですけれども、別の言い方をしますと、今日のタイトルに掲げました。もやり続ける。もやもやし続けるっていうことです。
決定的な答えを持たないという状態を持続し続ける力っていうことです。これは最近ではネガティブケイパビリティと言われるようになって、少しよく知られるようになってきているんですが、要するに答えを求めない。すぐに答えを求めるんではなくて、もやり続けるということを生活の一部にするっていうことです。
解決された時の快感っていうのは、これは確かにありますし、人類共通だと思います。しかしその快感って一瞬なんですよね。それよりも解決に向かっている道中を楽しめるということの方が長く細く幸福感を味わえると、そういうふうに感じたりするんですね。
このチャンネルでも、英語に関する素朴な疑問っていうのをいただいて、それに対して歯切れよくズバッと答えたりすることってあるんですね。これはだいたい答えを知っているっていう場合には、もちろんそれを私は答えとして与えるんですが、その快感っていうのを味わってもらうということもしてるんですが、あまりこれをやりすぎるとですね。
今日お話ししている趣旨で、本当は問いってもっとズバッと起きれるものではなくて、複雑でもやもやしたまま抱いていかなければならないっていうことなんですけどもね。それを伝える機会を失うことになっているんではないかという、それこそ私の中でのもやりもあったりします。
ズバッと言ってしまっていいのか、それよりもズバッとじゃないよっていうことを伝えていく方がいいのかっていう、そんなことを考えたりします。
今日はなんとなく思いついた話題でですね、中高生に向けてお話ししたいなと思ったことを自由にお話しさせていただきました。
最後に述べましたけれども、ある問いに対して、私なんかもですね、このチャンネルで歯切れのいい回答をしたときには疑ってください。ちょうど試験問題、入試の問題なんかでもいいですが、必ず○か×か決まりますよね。
つまりはっきりと正解っていうのが決まっている、歯切れがいいってことなんですが、これは気をつけたほうが本当はいいんです。もちろん当面の目標として、例えば大学受験のときに正しい答えを暗記したり導き出す方法を学んだりっていうことは当面は大事なことだとは思います。
ただ一旦そのステージを越えたらですね、質問に対してそんなに歯切れのいい答えなんて滅多にないんだと思っておく方が多分あっていると思いますね。
大抵はよく考えるとそう簡単ではないはずなんです。ですのでそこを見抜いて、もやもやし続けること、もやり続けるっていうことが大事だ、考え続けるっていうことが大事だということを気に留めておいてもらうと良いかなというふうに思います。
リスナーの背景
このチャンネルなんですけれども、実際どういうリスナーの方に聞いてもらっているかっていうことのざっとした概要みたいなものはデータ分析みたいなものでVoicyからいただいているんですよ。
それによりますと現段階ですけれどもね、半分ぐらいが会社員の方なんですね。広い区切りなので内訳っていうのはよくわかりませんけれども、会社員という方が47%ぐらいいるんですよ。
そして次に自営業、自由業という方が続き、そして学生ということですね。学生といっても広いと思いますので、中高生、大学生、それ以上ということもあるかと思うんですが、一方で年齢構成見ますと10代ってほとんどいないんですよ。
全体の3%なので、今日お話した中高生に聞いてもらいたいといった中高生はほとんど聞いてないっていうのが現実だったりするんですよね。20代も実はそんな多くなくて一番多いのはですね、この統計データによると30代と40代50代で合わせてこれどれくらいいくんでしょうね。
4分の3、75%ぐらい30代40代50代の方なんですよ。そして60代以上の方もいるっていうことで、今日ターゲットにした中高生、つまり10代ですけれどもは3%しかいないということですので、
これを知っていて何で喋ったのかといいますと、皆さんの多くのリスナーの方の身の回りのお子さんだったりお孫さんだったり、あるいは学校の先生という方もどうも少なくないようなんですけれども、その場合にはまさに中高生、生徒になっているかと思うんですが、
この辺りの内容を直接今日の放送を聞いていただくということでも、もちろん嬉しいですし、あるいはかいつまんで要約して伝えていただくということでも多いんですが、私から直接中高生につながるルートっていうのがNHKの連載の文字媒体でしかなかったわけなんですが、
今日こういう形である意味トライしてみたということです。直接聞いてもらっている10代の中高生っていうのは非常に少ない、ほとんどいないんではないかとは思われるんですけれども、一度こういう形で発信するということを試みてみた次第です。
ただもちろんメインターゲットが今日の話に関しましては中高生だったということで、それ以外の世代の方あるいは立場の方にも参考になることがあれば良いなというつもりでお話ししました。
今日の話は英語の語源であるとか、英語詞のN字にも触れなかった、おそらく今までで初めてに近い回になるんではないかと思いますけれども、日曜日の戯れということでお許しください。
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それでは本日日曜日、皆さんにとって良い休日となりますように。
ほったりうちがお届けしました。また明日。
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