2025-09-14 25:54

heldio #421. 価値なきもの:イチジク,エンドウ,ピーナッツ,ネギ…

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #文彩的否定
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サマリー

今回のエピソードでは、イチジク、エンドウ、ピーナッツ、ネギが価値のないものとして考察されています。また、価値がないことを示す英語の表現や言語的観点からの分析も行われています。議論の中では、一軸、エンドウ、ピーナッツ、ネギ、豆、藁といった植物の例が取り上げられ、それらがいかに価値を持たないとされるのかが論じられています。さらに、言葉の標準化に関する生放送のお知らせもあります。

価値のないものの象徴
おはようございます。英語の語源が身に付くラジオ、heldioのパーソナリティ、そして英語の歴史を研究しています。堀田隆一です。7月26日、火曜日です。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。火曜日というのは、私、個人的な話ではありますけれども、大学の学期がある時にはですね、火曜日って一番きついんですね。
1弦から5弦まで、みっちり入っているっていうことでですね、非常に緊張すると言いますか、隣戦状態に入っているんですね。決して嫌いな曜日ではないんですけれども、ちょっと構えるという曜日なんですけれども、学期が終わるとですね、急にあの隣戦状態っていうのがですね、緩和されてと言いますかね、平和状態になってですね、こんなに気が抜けるものかと思ったりする。
むしろ曜日になっているんですけれども。リスナーの皆さんにとって火曜日っていうのがどういう曜日かっていうのはそれぞれかと思いますが、そのような話は別としまして、今日は今日の話題なんですけれども、昨日の話題ですね、小銭は価値がないものの象徴ということで、昨日420回の放送をお届けしたんですけれども、それを受けてと言いますか、その続編みたいなもので、
価値なきもの、一軸、遠藤、ピーナッツ、ネギ、豆、藁というような話です。何のことかお分かりにならないかもしれませんが、聞くと分かってくるかと思います。
今日の本題に行く前に、この3日間ほどの放送に対して寄せられたコメントを簡単に紹介しておきたいと思います。まずはですね、3日前の放送になりますけれども、418回です。
なぜアンアライブパーソンとは言えないの?というアライブの使い方に関する疑問にお答えした回なんですが、これに対してリスナーののっこさんからコメントをいただきました。ありがとうございます。
こんにちは。除述用法のみの形容詞は不思議に思って、ひょっとして名詞の後に形容詞また副詞が来るのは、語順としては意味が成り立つので、any man, being aliveで、beingの省略化と考えたこともありました。
声語の全知識からの由来なんですね。
窃盗語のあが何々の中という意味がありますから納得です。
唯一、aliveの限定用法で用いられるのは、生き生きしたという意味で、就職を伴えば大丈夫のようですね。
例えば、she is a really alive studentのような言い方。
これはどうも可能だということなんですね。
一般的には、aliveというのは後ろから就職すると言いますかね。
名詞の後ろに置かれるということですが、特別な場合にはこのような前からの就職という普通の形容詞っぽい用法もあるということでお教えいただきました。
ありがとうございます。
確かに、起源的には全知識だから後ろなんだよっていうこの間の説明ですね。
これはこれで非常に納得いくものかと思うんですが。
ただ、教授的に言えば、もう形容詞になってしまって、これが全知識に由来するなんていう発想は教授的にはほとんどないわけで。
であれば、普通の形容詞として前に出てもいいでしょっていうような発想ですね。
これっていうのは常にあり得ると思うんですね。
通知的な説明、歴史的な説明っていうことと、ただ教授的には昔全知識だったっていうようなことなんて普通知らないでしょということに基づいて、
ということに基づく教授的な発想っていうのは常に緊張関係にあるんですよね。
ここが歴史言語学と言いますか、英語史を研究していて面白いところで、過去が全知識だったから、だからこうなんだよっていうのは一定の説得力があるわけなんですけども、一方で過去は過去でしょと。
現在としてはもう形容詞になってしまっているんだから、その昔の規則であるとか、それに従う言われはないでしょっていうのもまた一つなんですね。
この辺の兼ね合いと言いますかね。
いつ通知的な規則が破られて、教授的な規則の方になびくかというようなね。
こういう関係というのが常にあるような気がするんですね。
教事体と通事体の競合と言いますか、相互と言いますかね。
この辺は永遠の課題のような気がします。
コメントありがとうございました。
そして2日前の419回の放送なんですけれども、23が3&20というね、この23でなく3&20というのが実は公英語としてはあるいはゲルマン語としては通常のデフォルトの言い方なんだっていう、そういうお話だったんですけれども。
この放送会の話題のきっかけとなった疑問をいただいたユキさんからその後、この放送の後、コメント、お反応をいただきまして。
ホッタ先生早速の回答ありがとうございます。
公英語では3&20の方がデフォルトだったのですね。
通しに関しては中学生の頃から不思議に思うことが多かったので、MKさんの修士論文、とても興味があります。
先生がおっしゃっていたように、疑問に思うことはとても大事だと思います。
今まではどう調べたらいいのかわからず、そのままにしていたことも多かったので、先生が質問を歓迎してくださるのがとても嬉しいですということで、こちらこそ本当に嬉しいです。
ありがとうございます。私は大学の授業でも、このVoicyでも常に発信しているんですけれども、本当に質問なんですよね。
英語における価値の表現
学生に何でもいいから質問をちょうだいと言うと、身構えるんですよ。
バカな質問をしちゃいけないなというふうに考えちゃうんだと思うんですよね。
バカなと言いますか、あまりにも素朴すぎるとバカにされるんじゃないかということですね。
そこのハードルを避けるのにいつも不信するんですけれども、確かに質問の仕方というのはいろいろあると思うんですけれども、私は本当に素朴であればあるほど、いわゆる子ども相談室ですよね。
そのようなタイプの質問って本当に本質的だったりプリミティブだったりして深いんですよ。
ここから全て思考が始まるというようなですね。
逆にそういった質問を歓迎しているということで、このVoicyの番組でもいつもエンディングに皆さんにご質問を寄せくださいというのは、質問から全てが始まるからなんですね。
思考の歯車が動き出すんですよ。
ということで確かにいい質問悪い質問あるはあります。
ただ何がいい質問で悪い質問かっていうのは質問してみないとわからないっていうことも本当で。
なのでバカバカしいなと思われるかもしれないような質問を問うっていうことはとても必要だと思うんですね。
私のこのVoicyで扱っているものもですね。
タイトル見ていただけるとわかるんですが、だいたいバカバカしいんですよ。
ただこれが本当にバカバカしいかっていうとそうでもなくて非常に中身の濃いと言いますかね。
歴史的文化的な意味合いが実はこもっているっていうことになるケースが多いんですよ。
全部が全部とは言いませんけれども。
なのでこれは本当の本当に心から言ってるんですけれども質問をお寄せください。
それが答えるに値する質問か質問じゃないかっていうのはこれはやってみないとわからないっていうことなんですよね。
まずは質問から始まるっていうのが私の学術的な姿勢でもありますし、そもそもその発想をベースとしてこの放送をお届けしているっていうことです。
私自分自身でもいろいろ問題を出してきたんですけども出し尽くしてなかなか新しいの出ないので皆さんの力を借りたいというそういうことなんです本当に。
よろしくお願いします。
そしてこのコメントをいただいたユキさんは点数とかアスペクトっていう問題に興味があって研究されているという専門家なわけですよね。
ということを伺いまして私もですね点数とかアスペクトの問題いろいろと関心はありますので今後英語に関するあるいは英語字に関してこの点数アスペクト時勢とかそうって言われる問題でやや専門的な響きのある問題話題なんですけれどもこれについて考えるところですね。
今後と話題としても取り上げたいと思います。
ユキさんありがとうございました。
そして昨日の話なんですけれども420回小銭は価値がないものの象徴ということで。
先ほどのユキさんがですねこれにも反応していただきましてプライダープレジェディスを読んでいたところまさに6ペンスというこれあの価値がないものの象徴ということでですね。
昨日取り上げたまさにその表現なんですがたまたま。
昨日読んでいたプライダープレジェディスの中に出てきたという報告をいただきました。私実はこの表現知らなくて質問があったので調べてみたっていうことなんですけれどもどうもこのボイシーのチャンネルのリスナーさんの中にはですね複数通じ合うと言いますかね同じ表現に出会うような人がいるようで6ペンス。
これがですね価値のないものという表現として決して頻度の高い表現ではないと思うんですけれどもこれに出会ったという方が少なくとも2人いたということでこれはなかなかすごいことだなと取り上げてよかったなとこういう報告がいただいたりするとですね私も定着しますよね。
これ初めて昨日調べて放送しただけなんですけれども6ペンスこれは価値少ないのかっていうふうにエピソード記憶っていうんですかね完全に定着した感がありますね。
コメントを通じて私の方も勉強させていただきました。ありがとうございます。
というよりもコメント返しでほとんど10分使い切ってしまってチャプター終わってしまうんですが今日の本題はこれからです。すいません長引いてしまいまして。
さて今日の本題は昨日のですね420回の小銭には価値がないものの象徴という話題6ペンスという表現ですねこれを受けて価値がないもの代表象徴なんだということで紹介したんですけれども英語ではもっと価値がないものですね。
これがたくさんあるんだというような話この例を挙げていきたいと思うんですね。
昨日の放送にいろいろとコメントをいただきましてもう1つコメントを紹介させていただきたいんですけれどもケンゴさんはボイシーのパーソナリティでもありまして。
1つはボイシーニュースブリーフという毎日ニューヨークタイムの海外ニュースを英語と日本語解説でお届けするというこういう番組の金曜日のパーソナリティを務めていらっしゃいます。
それから独自に本当は使える汚い英語という番組放送のパーソナリティも務められています。先日私のこのチャンネルをご紹介いただきまして。
私も意識しながらスラングと言いますが汚い英語ですよね。これというのが非常に日常的で実はよく現れるんだ。英語詞的にも実は面白い話題が多いんだということでご紹介させていただいたんですけれども、ケンゴさんからコメントをいただきました。
ケンゴさんありがとうございます。この英語では価値がないものっていうことで確かの金銭で小額の金銭を指す表現ってあるんですけれども、他に金銭以外にもある単位としてアカポとかダズンというような2とか12っていうのをベースにした表現があるっていうことですね。
12までがティーンじゃないのに関係していますかねということなんですが、これはですね私いろんなところでヘログですかねブログではいろいろ書いていてこのVoicyで話したことがなかったかもしれないんですけれども。
確かにこの十二神数ですね。これと英語って深い関わりがあって、カポっていうのは2なんで十二神数というよりは量数総数というインドヨーロッパ祖国のですね2を一組と考える発想っていうこれに基づいた発想なんだと思うんです。カポとかペアとかですね。
だからダズンっていうのはまさに十二神法っていうことで、その半分っていうのも一種の単位としてサブ単位として意味がありますので6で6ペンスっていう機能の話になっていくのかと思いますね。確かにこの話題ですね。
Voicyで取り上げてきていなかったかもしれませんので、また取り上げていきたいかと思いますが、数字って本当に面白いですよね。言語ごとに注目する単位であるとか個別の数ですね。これはだいぶ違うっていう話を昨日したんですけれども。
今回、昨日と今日ですけれども、価値がない数字って何かっていうことに注目してきたんですけれども、価値がない数字だけではなくて価値がないものって言いますかね。これってあると思うんですよ。あるものに価値がないっていうことを表現するのにnot worth何々っていう表現ですね。
これ昨日見た通りなんですけれども、worthの後に何々っていう名詞が来るわけですよ。名詞句っていうんですかね。それにすら値しないっていう言い方で全く価値がないっていうことで、この名詞の部分っていうのは、ただでさえ価値がないものを置いて、それを否定してこれすらの価値もないっていうような、そんな表現っていうのが英語にたくさん備わっているっていうことなんですね。
昨日の例ではsixpenceとかtapence、threepenceのような言い方で、つまりそもそもが小額のコインみたいな価値がないものを後ろに添えて、それすらの価値もないっていうふうに否定するって言い方です。
もうちょっと一般化させますと、まずはやはり数にカコつけて、一つも何々ないって言いますかね。この表現は英語にあふれてると思うんですよ。
価値なき植物の紹介
例えば典型的にはnot aっていうのがそうですね。例えばnot a soul was to be seen in the streetなんていう文が典型的ですね。
それからnot a singleというと、さらに強くてですね、つまり一つの何々もないっていうのをより強めてるんで、not a single dayっていう言い方ですね。
そしてよく皆さんが知っているnot anyっていうのがありますね。全く何々ないっていうことなんですけれども、anyっていうのはこれanたすy、形容詞を作るyなんです。
anっていうのは1です、1です。つまり1にyをつけて形容詞化したっていうのも変な話ですけど、つまり一つも何々ないって意味になるわけですよ。
それからnotというのも実はnotですけれども、これ語源的にはねたすautoっていう単語なんですね。autoっていうのはa-u-g-h-tと変えてsomething、anythingぐらいの意味です。
なので結局not anything全く何々ないっていうことでゼロを表すっていうことですね。否定を強めるっていう言い方があります。
このような1という表現ですね。基本的に1を意味するようなあるいは何らかのっていう意味をするようなものを否定して、それすらもないっていうことで完全に否定するっていうこの表現はよくあると思うんですよね。
このようなある意味無味感想の例ではなくて、このnotの後にちょっと意味のある具体的な名詞が来て、つまらないものです。つまらないもの、ちっちゃいものが来て、完全に何々ない、全く価値のないというような意味合いを込めて否定を強調するっていう、そういう表現。
実は溢れてるんですね。そして今日の放送のタイトルコールからもう15分ぐらい過ぎ去ってるんですけれども、タイトル何だったかと言いますと、価値なきもの、一軸、遠藤、ピーナッツ、ネギ、豆、藁ということなんですが、これそれぞれ英語ではつまらないもの、ちょっとした小さい植物ですよね。
これがですね、全く何々ないという意味で使われるって言うんですね。
not worth a の後に今挙げた一軸遠藤ピーナッツネギ豆藁というのが続くわけですよ。
例えば、not worth a fig, pea, peanut, leek, bean, strawのような言い方です。つまり、一軸ほどの価値もないとか遠藤ほどの価値はない、ピーナッツほどの価値はない、みたいなこういう言い方ですね。
表現の歴史と文化
not worth a 植物名という言い方になります。
今6つほど挙げてみたんですけれどもね、割と典型的なもの。
これなんで英語ではつまらないものっていうことになってるんだろうっていうのが、私にはちょっとよくわからないですね。
私はお酒が好きなんですけれども、一軸遠藤ピーナッツネギ豆結構じゃないっていう感じなんですね。
最後の藁はちょっとさすがにつまみにならないので考えますけれども、なんでダメかなという感じなんですね。
確かにちっちゃい植物っていうか実と言いますかね。
ちっちゃいものの象徴ということで考えると、そこから転じて価値も小さいというような、そんなふうに考えられているのかなと思うんですけれども。
もともとはこういう表現ってある意味生活に密着しているので、口語的で俗語的だと思うんですよ。
極めて生活に密着した俗語的なものから発展してきていると思うんですね。
それがこういった表現なんですけれども、つまらないものを後ろに添えて否定的な意味を表すという、これ分歳的否定というふうに呼ばれてるんですね。
フィギュラティブニゲーションというかっこいい名前がついていますが、実際にはスタートはこれ口語俗語なんだと思うんですよ。
まさにケンゴさんが得意とするですね。いろいろと教えてくださっているスラングみたいなものから発展して、それがやや古風になるとですね。
なかなか活かす表現ではないかと文学的にもいけるんではないかということで、分歳的否定フィギュラティブニゲーションなんていうかっこいい呼ばれ方をするようになるんですが、スタートとしては私はこれは極めて口語的俗語的な匂いがするというふうに思うんですね。
生放送のお知らせ
そして今使われているかどうかは別として、歴史的に利用されてきた植物っていうのは他にどういうのがあるかというとですね、これ実は私自身ではなくて大学院生が調べたことで、このチャプターにですねURLコンテンツへのリンク貼っておきますが、そこに詳しいです。
クレス、カラシナとかですね、スオウ、リンボクとかわけのわからない植物がいろいろあるんですね。これ本当面白い。
今日も最後まで放送を聞いていただきまして本当にありがとうございます。コメントをいただいたということがあって、今日はそのコメント返しということで白熱しながらお話ししてしまったんですけれども。
本当に1、2単語ということで9を皆さんにいただいたということで、それに触発されて熱く語ってしまいましたけれども、A単語本当に面白いですよね。文化が詰まっている感じがするんですよね。
リスナーの皆さんと触発しあって、このように話題を日々お届けしているっていうのが、私も大変楽しいですし、何よりも勉強になるっていうことですね。また皆さんも気づいたことがありましたら、ぜひぜひお寄せいただければと思います。
今日の放送内でも述べましたけれども、私は本当に質問が命だと思っているんですね。学術にせよ生活においてもですね、これが全てのエネルギーの歯車を回し始めるスターターだというふうに思っていますので、ぜひどんな英語に関する質問でもお寄せいただければと思います。
このチャンネル、英語の語源が身につくラジオヘルディオでは、質問ももちろんですけれども、ご意見ご感想、そしてチャンネルで取り上げてほしいトピックなどがありましたら、ぜひご投稿をしていただきたいと、そのように思っています。
ボイシーのコメント機能からでも結構ですし、あるいはチャンネルプロフィールにリンクを貼っています。専用フォームを通じてお寄せいただければ幸いです。
番組の最後に生放送のお知らせです。連日のようにお知らせしていますけれども、7月31日、今度の日曜日なんですけれども、午前11時から12時にですね、生放送を行います。
言語の標準化を考えるという本が5月に大週刊書店より出版されました。その編者3人、私はその1人なんですけれども、この編者3人が集まりまして、この本について、そしてテーマであります言葉の標準化という問題、あるいはそのアプローチであります対象言語史というものについて、
1時間近く生放送をお届けしたいと思います。
編者はそれぞれ、ドイツ語、日本語、英語の歴史の専門家です。このように異なる言語の歴史を研究している人がですね、集まって1つの本を作るであるとか、そしてそのお互いの言語を意識しながらと言いますかね、比較対象しながら言語史を語るという機会はなかなかありません。
なかなか国内外でもなかったかと思いますので、なかなか貴重な機会になるのではないかということで、私自身大変楽しみにしておりますが、ぜひリスナーの皆さんにもこの話題について関心を持っていただければと思います。
放送当日までに、あるいは放送本番最中でも構わないんですけれども、コメント等もいただければと思います。それに対して提談する編者3人が何らかの形で、なるべく時間の許す限りお答えしたり、話題として取り上げたりしたいと思っております。
生放送の詳細、それからコメントの仕方云々につきましては、こちらのチャプターにリンクを貼っております、その先のページの情報をご参照いただければと思います。
それでは本日の火曜日、良い1日になりますように。ほったりうちがお届けしました。ではまた明日。
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