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カタラジオショーーツ!
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
カオスの宇宙フローの自由第2回のアフタートークでございます。
よろしくお願いします。
お願いします。
いやー、語り足りないわ。
全然語り足りない。
あの、明確に途中でフローに入ったのがわかったなっていう収録回だったね。
え、フローに入ったんですか?
フローにね。
フローには入ってから望んでるんだよね。
本編収録でもそのギャグやってるけど。
またどっかでコスプレしたね。
入りましたね。止まんなくなったね。
いやー、止まんなくなった。
なんか途中からちょっと時間をやっぱり忘れていたし、
なんかこれを終わらせなければいけないみたいな感覚がどこかからなくなってしまっていたよね。やっぱりね。
いや、そうなんだよ。だからこそ収録時間も90分超えてやってたわけだけどさ。
いや、そうなんだよ。これなんかね、やばいなと思うな。
90分喋ったけど、なんか全然喋れたいことの2割か3割ぐらいしか喋れてないんじゃないかっていう感覚に今なってるっていう感じがする。
全然まだね、そう。エピソードエピソードからまだまだまだまだ自分の話だったりさ、話せるじゃない。
過去の経験をどんだけでも引き継ぎ出せるじゃない。
そうね。そうそうそう。なんかちょっと本編の中でも出てきてたけど、今回さ、小舘が第2章を読んだんだけど、第2章の中でさ、項目が4つか5つぐらいに分かれてるのかな。分かれてると思うんだけど、
なんかね、それ一個一個が普通の本の第1章、第2章でいいくらいのテーマなのよ。扱ってんのが。
いや、そうなのよね。そうなのよね。
いや、密度濃すぎんかという感じがするけれどね。
すげー本出会ったなー。なんか、みはいさんに直接指導を受けてる気持ちになるよね。なんか引っ張ってくれてるんだよね。前も言ったかもしれないけど。
確かにね。でもこれ前回のボリューム1の時にちょこっと触れたかもしれないですけど、1章の最後の方に書いてあるんだよね。
この本はさ、ハウツー本じゃないけれど、自分たちが自分たちで意識をさ、ちゃんと制御する方法を考えなさいみたいなメッセージが書いてあったじゃない。
うんうんうん。そうなの。
なんかまさにそれを字でいくような特集だなと今回は思いますよね。
そうなのよねー。そうなのよね。ほんとに。
いやーこれちなみに、素朴にどうでした?2章。どこが面白かった?
やっぱり注意のとこじゃない?注意を当初するって考え方だったりとかさ、自分もさ、経験があるわけよ。結局これはあんまり次的にどの辺に関して自分の経験話してなかったけど本編でね。
結局、自分にいろんなことが起こったりして、自分とか周りだったりね。
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で、仕事に集中できないとかさ、それこそ自己実現に関わるようなことが何もできないみたいな状況になったことってあるわけよ。
なるほどなるほど。
そうだから、これはそういうことだったんだっていう。
心理的エントロピーの状態だったんだ。注意が導入されるような危機が出現して自由な注意が減少してたんだなと思った次第でございます。
定義通りっていう。
はい定義通り。だからわかりやすいんだよね。心に寄り添ってくるんだよミハイの言葉。そうですってなる。
いやそうなんかこれその方法論のとこにちょっと書いてあったけどさ、なんだったっけ、なんとかその情報理論に基づく意識の現象学みたいな、ちょっと言葉遣い今すごい適当に言ったんですけど。
自分の立場をさ表現されてたじゃない。
なんかそのそこの説明のとこにちょこっと書いてあったけど、その現象学っていうアプローチがその何か生理的なメカニズムとかから説明するんじゃなくて、今その自分の主観に起きてることをそのまま受け止めるようなアプローチで研究するんだよって書いてあって、
僕らが欲しかったアプローチこれだなって思ったんだよな、その時に。
いや客観すぎたからね今まで。
そうそうそうなんかその客観すぎてさ、こういうテーマを使うとさ、いや何脳が汚れてんだよみたいな気持ちにやっぱなるじゃないですか心の中で。
そうなりましたね。
そう、だけどなんかそのやっぱ主観に浮かんでることをその科学的には分析できないよっていう立場の人の意見もまあわかるんですけど、でもこの本を読む限り全然できるじゃんって思っちゃうというか。
もう彼もだから自分がさ不老退期を経験したことあるからこそ多分できてることなんだと思う。
そうなんだよ。
そう、まあすぐさに自分の心の中でどういうことが起きてるのかとか自分の注意がどういうふうに働いてるのかってことを、なんかこんなに簡潔にかつ僕らがグッと理解できるような例をね伴いながらなんか説明されるっていうのはなんかマジでなんていうか感動に近い感覚だよね。
そうなんだよ。
まあこれもしかも我々が不老経験者だからこそ共感できてるってとこもあると。
不老経験者ってなんか面白いね。いきなりこうなんか不老って不老不死の不老が浮かんできて。
不老経験者。
そっち、我々もこう不老に入ったことがある人間じゃない多分ね。
はい。
だからこうしっくり風に落ちてるってことなんだよね。
そうかもしれないね。だしなんかそのもともと初発の問いだったその自由落下のメタファーみたいなやつはまさにその高いところ低いところに流れていく水の流れ不老そのものだよね。
そうなんだよ。
そこで言わんとしていたこと。
そうなんだよ。
だからむしろこれ読んだっけはどれだけ視界が開けたことかっていう感じもありつつ冒頭お話しましたけどやっぱり教科書があるからこそのこの主張りじゃないですけどね。
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そうだね。
この事例というか1個のスタンス取ってる人とフラットにいろんな理論を扱ってる人とみたいなこの対比もまた面白いなという感じが新たにあるんですよね。
っていうか自由っていうのは主観の中にあったんだよね。
なんか我々が最初自由を客観で求めたじゃん。自由の定義。
あの本に入ったのもそうかもしれないけど自由って何なんだろうっていろいろ科学的なところで探ろうとしたじゃない最初。
そのアプローチがそもそも全然間違ってて自由は主観の中にしかなかったんだから客観で見つかるわけないんだよっていうのが。
なんかそもそも我々の過ちだったのかもしれない。
まあでもそれに気づけたという意味ではすごくいいプロセスだった可能性があるよね。
いきなりスッとこれを読んでたらさそういう対比さえ思い浮かばないというかさ。
自由に客観的な理解があるんだみたいな頭になりさえしないという感じもあるからやっぱすごい良かったのかもしれないね。
知らないもんね自由論なんていうものがあったってことをさ。
そういうフランクファート型モデルとか取って議論するみたいなそういう学問体系があったのかみたいな。
確かに確かにでもなんかそう考えるとさあのもともと自由論の本で出てきた
僕らが比較的予感できるんじゃないかって言っていたフランクファートの話とかもそうだけど
あのそちらのモデルはさ自由の厳選性モデル。
厳選というのはつまり内側の話じゃないですか客観じゃないですか。
まあ主観というとちょっと語弊があるかもしれないけどその人の感じている内側にあるもののことを厳選に自由が定義されるんだっていう話でしたけど
なんかまさにそういう話題を別の角度から情報理論と現象学に基づくアプローチでやってるっていうのは今回の本なんだなっていうそんな理解ができるよね。
そうなんだよだから一応つながってるんだよねちゃんと。
つながってるところねやっぱりね。
まあてかまさにほら2階の意欲からこの本にジャンプしたってところもあるけどやっぱり厳選性モデルとは結構深く関わってるんだなってことは思うよね。
そして選択も責任も全然出てこないですね。
ありがてえありがてえ。
ありがてえありがてえだよ。
それらを語らずしてこんなに語るべきことがあるんだからありがてえのよ。
いやそうなのよね。そうなのよ。面白いね。
いや面白いっすよね。しかし濃いわ中身が。
そうだね。こんなに著者の立場を明確にして意見を述べてくれるって語りやすいことなんだってことを改めて学んだ収録会でございますね。
めちゃくちゃスタンス取ってくれてるからね。
これちなみにさっきちょっと本編の最後の方でもチャット出ましたけど、1章ずつ読んでいくスタンスでいいかね今回は。
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いいんじゃない。十分できてるしもう。むしろ1章、俺今日さ2章これ終わるんかと思ってこれ2回に分けるかっていうのが一瞬頭に起きた途中で。
確かにね。確かにそんな感じもあるよね。
でも山上くんフローしてますね。
フロー状態はめちゃくちゃ集中してるけど一方で俯瞰してね、引きで全体像が見えるのがフローですから。
めちゃくちゃフローしてますね。
もう今だからこのショーツでフローを捨てた客観的な証拠がここに残ったわけだ。フローを捨てたのやっぱり。
面白いね。いいですね。別にただただ没頭して周りが見えなくなるのはフローじゃないからね。
そうだね。
すごく大事なニュアンスだよね。統合が必要だからね。
そうなんだよね。これねこのフローの具合ちょっと今の世界の皆さんに聞いて欲しいなってか。
聞いて欲しいね。ちょっと僕らの力でどこまで届くのかわかんないですけど。
かつこの本多分いろんな人がいろんな形で紹介して、本当に有名な本だし、
現代の心理学の多分一領域の本当にそこにある本だと思うから、いろんな人が参照されてると思うけど、
なんかこの今の僕らのスタイルで読んでいく本としてめっちゃピッタリじゃん。今回の本で。
ピッタリなんや。そうなんや。
だからなんかこの答えをあえて出しに行かないというか、これが全てじゃないよみたいな。
これを読めることがなんか非常にハッピーだねという感じを持ってますね。
しかもこれ96年の本でしょ。
うん。
SNS前線の今にこそこれが届いてほしいなってこと思うわけよ。
この気をすらすことがさ、あまりにも多いこの令和の世の中にこの本を投下したい。
いや多分96年よりも2026年の方がこの情報のエントロピー高すぎなんで、今読まないわけにはいかないですよこれは。
ミハイさんってもう多分亡くなってるけど、最近ではなくなったの。
21年じゃなかったかね、確かね。
何を、晩年彼は何を思ってたんだろうって気になるよね。
確かに。ちょっと俺でもエントロピーが高すぎるとか言ってなくなったかもしれない。
人生の苦。
人生の苦。
こんなご時世だからこそ扱いますかそれ。
面白いよね。
エントロピーが高すぎる。
エントロピーが高すぎる。もう乱雑さには勝てない。
風呂に入れない。
あなたの病気になって風呂に入れないって言ってなくなったかもしれない。
面白いですね。
そんな感じですかね。
なんかすごい心地よい独語感ですね。まだ読み終わってないですけど、2章の独語感。
読むの楽しみ。3章読むのがめちゃくちゃ楽しみです。
はい、ということで次回はひねらず3章も正面からやっていきたいと思います。
ということで今日はこの辺でお会いしましょう。