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何がフローを阻むのか? ~限りある「注意」を投射せよ~【カオスの宇宙、フローの自由 vol.2】
2026-03-13 1:34:42

何がフローを阻むのか? ~限りある「注意」を投射せよ~【カオスの宇宙、フローの自由 vol.2】

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カタラジオの新特集シリーズ第9弾「カオスの宇宙、フローの自由」。第2回は、フロー体験を支える「意識」のメカニズムに迫ります。

なぜ、テレビやSNSをダラダラ見ていてはいけないのか?この問いに「意識」や「注意」の観点から真っ向勝負。

フローの根底を探っていく中で見えてきたのは、「意識は有限である」という事実、そして「何に注意を向けるが、そのまま自己を形成する」という驚きの視点でした。思索は経験の有限さ、そして人生の有限さにまでに及びます。

現代社会は、なぜこれほどまでにフロー状態に入りにくいのか。その構造的な理由が明らかに!?

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ひょんなきっかけで、突如ラジオをやってみたくなってしまった中高時代の同級生の二人。医師と企画者という異色で異職の二人が、新しい「概念」と対峙し、そしてインストールしていく様子をお届けする、概念獲得リアリティ番組です。

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🤝 出演者

ヤマガミ:金沢在住の医師、不遜な方、ベシャり担当。

ミント:東京在住の企画者、横柄な方、ゆる進行担当。


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感想

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サマリー

今回のカタラジオでは、「カオスの宇宙、フローの自由」シリーズの第2回として、フロー体験の根幹をなす「意識」のメカニズムに迫ります。まず、幸福の追求という大きなテーマから、意識を統制することがフロー体験、すなわち最適経験につながるという第1章の内容を振り返ります。 続く第2章「意識の分析」では、意識が有限な資源であり、その配分を司る「注意」の重要性が語られます。注意は心理的エネルギーに例えられ、有限であるため、何に注意を向けるかが自己形成に直結すると指摘されます。現代社会は注意を奪い取るものが多く、フロー状態に入りにくい構造になっていることが明らかにされます。また、意識の無秩序状態である「心理的エントロピー」の概念や、それを克服しフロー状態に入るための「自己の探求」と「意識の秩序」について、具体的な事例を交えながら深く掘り下げていきます。 特に、注意を心理的エネルギーとして「投射」するという考え方や、フロー状態が自己の複雑化、すなわち成長につながるという視点は、リスナーに新たな概念のインストールを促します。番組では、現代社会における注意の奪い合いとフロー体験の困難さ、そしてそれを乗り越えるためのヒントが、出演者の実体験を交えながら熱く語られました。

00:00
スピーカー 2
【カタラジオ】
スピーカー 1
イスと企画者が揺るく語る概念獲得リアリティ番組、【カタラジオ】の時間が、今週もやってまいりました。
フィルシンコーのミントと
スピーカー 2
メキシャリ担当のヤマガミです。
スピーカー 1
よろしくお願いします。
スピーカー 2
はい、お願いします。
特集「カオスの宇宙、フローの自由」開始とフロー体験の定義
スピーカー 1
始まりましたね。第2回でございますよ。
スピーカー 2
はい、初めにね、新シリーズが幕開けたわけですね。
スピーカー 1
いやー、そうなんですよ。
いや、いきなりだけど、この本、すでに名著すぎないですか?
スピーカー 2
いや、名著だし、もうカタラジオに適合すぎて、やっててめっちゃ楽しいんだよ。
スピーカー 1
いやー、そうだよね。前回1章読んだじゃないですか。
今回は2章読んだ、読み終えた状態で、ここに集まってるんですけれど。
この何か、数十ページかな。2章終わった時点で、まだ100ページにいってないよね。50ページくらいだよね。
スピーカー 2
全然、序盤も序盤もいいとこだよ。
スピーカー 1
いや、なんか、やばくない?全部刺さるんだけどみたいな。
スピーカー 2
そうなのよ。てかもう、前回の1章だけで、割といい内容が話せたっていうか、
我々の経験をかなり引き出すことが、引き出されたじゃん。
このミハイさんのこの進言によって、我々の心の中の経験だったりがすごく引き出されたじゃない。
危ない本だなと思って、心を持ってかれてるというか、すごくグイグイ入り込まれてるなって。
スピーカー 1
そうですよね。だいぶグッと引っ張られてる感じがするという本でございますけれども、
もう何かね、うずうずしてしまってるような感じですので、早速特集本編に入っていきましょうかね。
スピーカー 2
入りましょうか。
カオスの宇宙、不浪の自由。
スピーカー 1
うおー、決まりましたね。
スピーカー 2
まあ、アニメは踏み慣れてますからね。
スピーカー 1
はい、ということで始まりました。特集タイトル、カオスの宇宙、不浪の自由ということでございまして、
今回はですね、不浪体験に迫るシリーズですよということなんですけれども、
これね、なんでここにたどり着いたかって話をちょっと改めてですけど、簡単に振り返っておくと、
これまでの特集、前回の特集ですね。
本当は自由について知りたいじゃないかっていうことを言って扱ってきたんですけど、
なんかこの自由の自由さというかね、自由な感じについて扱えてこなかったよねというような違和感が積もってきてるよねっていう話をしていると。
スピーカー 2
そうなんですよね。
スピーカー 1
という中で、今回の不浪体験というキーワードが出てきましたけど、
この概念を手がかりにこの自由というものに迫ることができるんじゃないかというような話題になりまして、今回の特集に移ってきたと。
そんなことですよね。
スピーカー 2
そうなんですよね。前回の自由論の中から二階の意欲という概念があって、その二階の意欲から今回の不浪っていう抜け道を見つけましたっていう、そういう流れなんですよね。
スピーカー 1
はい、まさにそういう流れでございまして。
もうちょっとね、二階の意欲という言葉出てきましたけど、興味を持った方は、
ポッドキャストのね、形状ショーツというものの中にも二階の意欲ってタイトルまんまの回もありますので、ぜひぜひ聞いていただければというところですね。
はい。
というところで早速特集に入っていきたいんですけれども、山上くん、改めて不浪体験ってどういう体験なんでしたっけ?
スピーカー 2
不浪体験というのは、肉体的とか精神的にかなり追い込まれた状態にあっても、その物事にめちゃくちゃ集中してて、それが苦痛にならない。むしろそれから幸せを見出せると。
要は日本語で言い換えると最適経験というものが不浪体験ですというふうにまとまってますよね。
スピーカー 1
書かれてましたね。
もうちょっと日常的な言葉で言うと、ある活動に完全に没入してるというかね、入り込んでる時に生じる最適な心理状態のことを不浪体験と。
そんなふうに呼びますよみたいな言い換えが本社の中にもありましたからね。
ということで、この本のタイトル、改めて何を読むのというところを紹介しておきますが、先ほどから名前がちょこちょこ出てますけれど、
著者、ミハイ・チクセント・ミハイさんという方の書いた、不浪体験・喜びの減少学というタイトルの本を今回はテーマに選んでおりますということですね。
本としては96年に国内で出版されている本で、大体90年代の前半にもともと英語で書かれた本ですよというところで、
このチクセント・ミハイさんというのは心理学者の方なんですけれども、
1975年あたりから続々と学術論文を提出されてきたという中で、
その知見蓄積された研究というのを一般向けに編集し直した、再編成した本というのが今回の不浪体験・喜びの減少学という本にあたると。
そんな感じの本でございますね。
スピーカー 2
はい、そうですね。
第1章「幸福の再来」の振り返りと第2章「意識の分析」への導入
スピーカー 1
ということで、早速ね、オープニングのタイミングでもだいぶテンションが上がっている感じではあったんですけれども、今回も本編読んでいきましょうかね。
スピーカー 2
はい、読んでいきましょう。
スピーカー 1
はい、ではですね、今日読むのはというところでいきますと、今回の大賞を読むところは、第2章の意識の分析というところになります。
ちょっと前回軽く振り返っていくと、第1章はですね、幸福の再来っていうタイトルだったんだよね。
スピーカー 2
そうだね、随分でかいタイトルだよね。
スピーカー 1
でかいタイトルだよね。どんな内容だったか覚えてます?ざっくり。
スピーカー 2
あれではね、まず人間が幸せになる方法は何かみたいなでっかい問いがあって。
それはもうフローに入ることであると。
で、フローに入るためにはもういくつかの障壁があって、その障壁っていうのが宇宙のカオス。
今回の特集のタイトルにもなってますけど、宇宙っていうのは人間の我々の活動と無関係に動いていて、
明日いきなり次の瞬間には我々消えてる可能性もあるみたいな。
そしてカオスと、あと欲求が満たされた時にはそれ以上のものを望んでしまうっていう我々の特性が苦労を得る障壁になってると。
宗教とか文化とかそういったものがカオスに対しての防壁として現れたものの、
それはいずれも有効代になってないと。
で、なんで有効代になってないかというと、
人類が物質的な力を豊かに増やしたにも関わらず、経験の内容を向上させることができていないからっていう。
そういう結論になったんじゃなかったっけ?
スピーカー 1
なるほど、確かにそんな内容でしたね。
まあ今日は幸福、みんな幸せになりたいじゃんみたいなところから始まるんだよね、大使をね。
それこそアリストテレスとか、歴史上の人物たちの時代から幸せになりたいじゃんって言ってるにも関わらず、
どんどんどんどん豊かに生活はなっていくけれども、
全然なんか幸せになっているように見えないじゃん、これなんで?みたいな。
そのとこから始まるというところだったんですよね。
だからその中で、その1個ヒントみたいなやつがまさにフローみたいな話も出てきましたけど、
なんか1個キーワードとして出てきたのは、意識の統制みたいなキーワードが一生の中で出てきたのが、
スピーカー 2
ああありましたね。
スピーカー 1
ちょっとブレッジになるかなと思ってて、
要は自分が何をどういうふうに感じてるか、意識に昇ってくるから昇ってこないことみたいなのがあると思うんですけど、
それを上手にコントロールするってことが、この幸福につながる結構大事なポイントなんじゃないかみたいな、
なんかそんな動機づけというか、モチベーションについて触れられたのが一生だったかなっていう、そんな感じですよね。
でなんか広がって、2章はというところでいくと、先ほどタイトルにもあった通り、
意識の分析っていう、結構カチッとしたタイトルなんですけど、
仮に意識の統制が幸福にとって重要なのであれば、そもそもその意識っていうのはどんな仕組みで動いているのかという、
メカニズムの解説みたいな、そんな位置づけになっている章なのかなというところですよね。
スピーカー 2
位置づけはわかりやすいよね、この。
第一章のまとめとしては、意識を統制することが最適経験、フローにつながるって書いてあるから、
じゃあその意識って何っていう、まず扱うものを具現化させましょうみたいな、そういう章だよね。
いやそうなんですよ。ということで、意識って何なのというところに早速入っていくと。
第2章「意識の分析」の全体構造と意識の定義
スピーカー 2
はい、本題に行きましょう。
スピーカー 1
このテーマね、さっきもアリストテレスみたいなキーワード出ましたけど、
哲学者も何百年もの間、迷子になり続けてきたテーマだということなんですよね。
で、この本の中でもちょっと紹介されてますけど、なんかもう結構いろんな人がいろんなところで言ってるくないみたいな話があるんだけれど、
一方で何というか、それうまく議論できてきてないよねみたいな。
そこに対して、彼は署名突破するんじゃなくて、この切り口からだったらいけるんじゃないみたいな、
そういうことを提案するっていうのがまずこの一章の導入の部分ではあるというところですね。
ちょっと細かくこの後ディスカッションしていきたいんだけど、
その前に先に全体の見取り図というか構造だけインプットした上で、
僕らが各々気になったポイントを掘り下げていく方が今回はいいんじゃないかなと思うので、
ちょっと2章の全体の構造というか、どんなストーリーになってるかっていうのを軽くさまっちゃってもいいですか、ここで。
スピーカー 2
はい、お願いします。
スピーカー 1
ちょっと今ほどお話しした通り、まず入り口としては意識って何なのみたいな、ある種定義だよね。
定義みたいなところから入っていくというところがまず本章の幕開けになってて、
実はここに結構しっかり私服が裂かれてるんですよね。意識って何なのみたいな。
スピーカー 2
そうなんですよね。この解説ページがね。
スピーカー 1
そうそう。これ目次を見ると面白いのがさ、目次って章の名前があって、その下にセクションタイトルみたいなやつが入ってるじゃない。
スピーカー 2
はいはいはい入ってますね。
スピーカー 1
これさ、2章のとこ見てみるとさ、第2章意識の分析30ページって書いてあってさ、最初のセクションがさ、36ページまで飛んでんだよね。
つまりさ、セクションタイトルがない、最初のところでつらつらつらつらつら6ページ分も導入を書いてるっていう、
めちゃくちゃ面白い構造だなと思いながら読んでたんですけど、
この6ページでやってるのが、意識ってこんなもんじゃないみたいな見解を直線とみはいさんが述べてると。そんな構造になってるというところですね。
で、ちょっとその中身が実は結構骨太だったので、ゆっくり扱いたいなと思うんですけど。
先に構造の話をすると、その意識の定義できた上で、その意識っていうものには要領の上限があるんですよっていう話がその次の話題にはなってきます。
つまり無限に意識があるわけじゃない、じゃあどうするという制約の話題を課題として問題提起されるわけですよね。
で、その限られた資源、要領があるものっていうのをどうやって配分したらいいだろうか。
そのための道具として注目されるのが、注意っていう概念がここで登場しますということですね。
で、直線とみはいさんはこの注意というものを自己、自分自身の考えだったりスタンスだったりによって方向づけることができるということを指摘するんだけど、一方でその自己っていうのも意識の一部で循環してるから、だから問題がややこしいんだよみたいな、そんなことを話しますと。
で、そういう意識の構造、それからどういうふうにコントロールしていくかっていう注意という道具の話。
で、そこの道具と自分との関係性みたいなところを紹介した上で、これがうまくいかないパターン、つまり意識が乱れちゃってるパターンとして心理的エントロピーっていう言葉が出てきますけれど、失敗するケースみたいなのを紹介。
それからもう一つ意識が整ったパターン、これがつまり不老体験になるわけですけど、このうまくいく状態、つまり最適状態、この2つを対比させて紹介すると。
で、最終的にこの不老体験を得ることによって成長していくんだけど、成長していくってことが事故の複雑さが増していくってことなんじゃないのみたいな、
そんな流れでですね、意識とは何か、そしてそれをどういう風に不老体験で結びつけていくのかっていうことが紹介されると。
そんな感じかなというのが全体の見取り図になるわけですね。
どうですか?全体通してここおもろかったなみたいなポイントとかありますか?
スピーカー 2
いやー素晴らしいな、フロー本当に流れるように全体を紹介していただいてありがとうございます、本当に。
スピーカー 1
いやいやいや、サブタイトル読んだだけですからね。
スピーカー 2
いや、おもろかったのはもう全部面白かったんだけど、特にね、やっぱ注意の話とかめちゃくちゃ面白くて、
掘り下げたいなと思ってるんだけど、注意によって我々は語り続けられるっていう、要は我々の性格、内向的とか外向的とかそういうのって注意をどうスペクトラム的に割くかっていう、
そこの度合いを性格だと呼んでるみたいなことがめちゃくちゃ面白かったりとか。
スピーカー 1
あー注意のところね、確かに確かに。
スピーカー 2
そう、注意をエネルギーに例えてるじゃん。
注意ってのは有限であって、そんなこと考えたことないじゃん、注意が有限だなんて。
スピーカー 1
確かにね、面白いですよね。
スピーカー 2
そう、心理的エネルギーでそれを避けるところには限界があるから、
割くべきところに割くべきだと、それをばらすのが心理的エントロピーであるみたいな定義がもう面白すぎてさ。
スピーカー 1
確かにね、そこの流れめちゃくちゃ綺麗だったよね。
確かにそれ以外ありえないみたいな。
スピーカー 2
そうなのよ。
スピーカー 1
めちゃくちゃ説得力があるんだよね、この構成がね。
スピーカー 2
納得しちゃった、納得しちゃった。
スピーカー 1
本当にそうですね。
スピーカー 2
なんで納得できるかというと、意識がさ、そもそも意識に限界があるってさっき説明してくれたじゃん。
具体的に意識の量をビット数で表してくれてるくない、この本で。
数秒間に人間の脳は何ビット処理できるから一生で何ビット処理できますよと。
それに限界があるからこそ、ある場所に意識を絞る、それが注意であるみたいな感じじゃん。
スピーカー 1
はいはいはい、なるほどね。
スピーカー 2
最初に具体の数字を置いてくれたから、すごい説得力があるのかなみたいなことは思った。
スピーカー 1
それは確かにあるかも。
ちょっとね今山上くんだいぶ突っ走って、意識の注意のところをもうだいぶ言っちゃってるんで。
スピーカー 2
すいません。
スピーカー 1
ちょっと多分今聞いてくださってる方は、この本読んでない方もいらっしゃるかなと思うので。
どんな感じでチクセントミハイさんが、その注意の話題にいくまでの道筋をセットアップしたのかみたいなところをもうちょい丁寧に見ていきましょうかね。
そしたらね。
これなんか多分入り口めっちゃおもろいなと思ったのは、さっきアリストテレスの時代の話も出てきてたけど、
歴史的に思考とか感情を意のままに制御するってことがすごい重視されてきてるんだ、みたいなところから入るんですよね。
この章は。
つまり意のままに制御できない人が仮にいたとすると、
その人は人として不完全だよね、みたいな。
そういう価値観が文化として根付いてきてるっていうのがまず人間っていう生き物の特徴だよね、みたいなところから入ると。
スピーカー 2
これはあれだよね。
スピーカー 1
これは確かになっていう感じがしましたね。
スピーカー 2
一章の最後にもあったよね。
フロイト、マルクス、ドストエフスキー、キリストはみんな意識を統制する方を知ってたけど、
それってのは社会的規範になると、彼らが考えたようなN1の有効性は失われちゃうし、
時代によってそれって再提起しなきゃいけないから、引き継がれていくもんじゃないですよ、みたいなことが一章の最後に書いてあったよ。
スピーカー 1
確かにあったね。
だからそれこそ禅とかも確かに意識を統制するための方法の一つなんだけど、
やっぱり宗教的な文明に乗っかっちゃってるから、うまく広まっていかんよね、みたいな。
そんな話があったよね。
スピーカー 2
そうそうそう。
そうなんだよな。
スピーカー 1
その入り口から入りつつ、じゃあシクセントミハエスさんはどういうメッセージを送るのかっていうと、
だからこそ感情とか思考とかを統制できるようになるために、まずは意識を整理する方法を探そうじゃないか、みたいな。
そういうのがこの二章の動機なんだよね、実はね。
スピーカー 2
そういうことだね。
スピーカー 1
だからそのためにメカニズムの把握をした方がいいし、
意識ってまずどういうものなの?みたいなことを一旦受け止めましょうや、みたいなのがこの最初の6ページで展開される内容という感じですね。
ここで結構僕が面白いなと思ったのは、
意識と「意図」、そして「二階の意欲」との関連性
スピーカー 1
意識って結構神秘的なメカニズムだとかブラックボックスだみたいな、そんな感じに取られがちだけど、
ちゃんと当たり前ですけど、人間の脳機能の中から登場するような役割で、ある種生理学的なプロセスの結果だよというふうに見ることができるし、
それから一方で単純に勝手に発生しているメカニズムだというわけではなくて、
スピーカー 1
生理的なプログラムなんだけれども、一方で自分自身もその意識に対して働きかけることができる。
あるいは遺伝子がこう行こうと思っているけど、それを無視して別の行動をすることができる。
これが意識の特徴的なポイントだよね、みたいなことを指摘しているというところが僕は結構印象的だなと思っていて。
スピーカー 2
そう、わかる。俺も印象的にはそこに関してすごく思うところがあって、
これここ読んだ時フランクファートが頭によぎったのよ。
スピーカー 1
そうなのよ、わかる。
スピーカー 2
わかる?
スピーカー 1
これ聞いてない方に補足しておくと、フランクファートっていうのは前回の特集、自由論の方で登場した二階の意欲っていうね、
自分の欲求に対してメタな欲求っていうのを定義して、これが大事じゃないっていうことを指摘した人がフランクファートさんなんですけど、
まさにそのことを言ってんだよね。
スピーカー 2
そう、二階の意欲、よう出てくるな。
そう書いてあるのが、意識の中の情報に秩序を持たせる力を意図と呼ぶと。
意図は人があることを従う理由ではなく単に従っているという事実を指すって書いてあるんだけど、
それはすなわちフランクファートというところの一時の欲求ってことねって思ったわけよ。
スピーカー 1
はいはいはい。ありましたね。
スピーカー 2
そうそうそう。でその後続くのが、腹が減っても意図の力遺伝情報を制圧して合致することができると。
ここで俺は思ったのが、ここで飯食っちゃえばフランクファート的にはウォントンになると。
ここでウォントンを出して決定的なコミットメントをするってことが、
二階の意欲なんだなっていうふうに綺麗にまとまるじゃんってことをすごい思いながら読んでた。
スピーカー 1
僕もまさに二階の意欲のことを思い浮かべながら読んでて、
まずその一個手前のところでいくと、さっきヤンガミ君が言ってくれたように、
意識とは意図的に秩序付けられた情報であるっていう定義やばくない?と思って。
スピーカー 2
そうなのよ。そうなのよ。
スピーカー 1
この定義、なんかね、僕ね意識、これまでもさ、情報統合理論の話とか、
とのうにさんのやつとか、過去の特集で読んできたじゃないですか。
意識みたいなものの周辺に触れる機会があったと思うんだけど、
この定義は僕がこれまで読んだ意識の定義の中で一番負に落ちたと思って。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
つまりその一生でさ、宇宙、つまり自分の外部はカオスなんですと。
自分がコントロールできなくて思い通りにならないものはすべてカオスなんですと。
じゃあ自分がコントロールできるものって何ですか?っていうときに、
自分のそれは内側にあるもので、それを自分の意図を持って秩序付ける、
そういった情報のことが意識なのだっていうふうに、
もうこれめちゃくちゃ鮮やかに定義してるなと思ってて。
スピーカー 2
だからカオスと対になってるよね、ちゃんとね。
スピーカー 1
そう、そう、まさにこの特殊のタイトルが、
まさにそのカオスとフローを対概念として紹介しているタイトルになってるわけですけれど、
まさにそのフローを生み出す自由さの根源にあるのは、
この秩序付けられた情報なんだっていう、
この構図がね、まずなんかこの意識を理解する上でめちゃくちゃ大事だなと思って。
この直線とミミトの捉え方だと思うんだけど。
スピーカー 2
美しい。今なんでこの意識に関して深めていってるのかがわかるよね。
スピーカー 1
そう、そう、まさにそうなんですよ。
スピーカー 2
なんで意識ってなるけど、
たぶんこの意識が進化して行き着く先にフローがあるんだなっていうのを予見させるような登場ですよね。
スピーカー 1
そうそう、そうなんですよね。
で、この意識、自分は自分の心に浮かんできたり浮かんでこなかったりすると思うんだけど、
その意識の中に、その情報に秩序を持たせるためのこの力のことを意図と呼ぶ。
っていうのが山上くんがさっき言ってくれたけど、このことがその次のステップとしてあるんだよね。
意識はこういうものであって、そこに秩序を持たせる、この力のことを意図と言うんだみたいな。
この構図がね、やっぱりめちゃくちゃ美しいというか、超わかりやすいと思って。
スピーカー 2
そうなんだよ。
スピーカー 1
そうそう、これまで二回の意欲とかもそうだけどさ、本能とかさ、欲求とかさ、欲望とかいろんなキーワード出てくるんだけど、
なんか全部この行動を何でやったの?っていう時の説明に使う言葉だよっていうふうに直線とみはやさんはカッパするんですよね。
だけど彼が言ってるこの意図っていうのは、いやもっと中立的で単純に現象を記述するための言葉遣いなんだよっていうふうに彼は言ってて。
だから行為の理由っていうと、なんかこう方向性があるというかさ、因果関係があるように見えちゃうけど、そうじゃなくて、
行為を従ってるんだ俺はっていうこの事実を記述するために、それを意図っていうふうに呼ぶんですよっていうふうに整理してて、
これもねめちゃくちゃクリアだなっていうふうにね思って、この辺りの定義というか意識って何?意図って何?でその意図ってどういうことなの?
理由じゃなくて説明なのねみたいな、ここの構図がなんかねまず超美しいなって思って読んでました。
スピーカー 2
理系的だよねすごく。 理系的。
申し訳ないけど前の本は結構文系的だったけど、これは理系的に落ちるなというふうに思った時代でございますよ。
スピーカー 1
そうそうそう。前の本との対比をするのは非常に忍びないのだが、もう一個だけ対比で言わせてもらうと、あれなんだよね。
意識研究における立場表明と「現実・Y極フィールド」
スピーカー 1
筆者はこの立場に立脚しますっていうスタンスを明確に示しているポイントがあって、これ気づきました?
俺はこのスタンスで行くよみたいな言ってたんだけど。 そのこと書いてあったっけ?
そうそうそう。なんかね冒頭の方でさ意識研究ってなんかマジコンセンサスないからカオスだよみたいな話を結構言ってたじゃない?
ああそれ書いてあった。 そう書いてあって。
なんか意識を直接研究してる文明は、これ書かれたの90年代だから今は違うと思うけど、
少なくとも当時は意識土本流の研究分野ってなくて、だから神経科学の人も認知の人も人工知能の人も精神分析の人も哲学の人もみんなやってると。
みんなやってるんだけど、意識の問題そのものについて定義をしたりとか、これをこういう体系で解こうぜみたいなことを誰も言えてないという状況をまず言うんですよ。
その中でいろんな立場があるんだけど、俺が一番信じてるのは情報理論に基づく意識の現象学的モデルですよ。この立場の見地から全て語りますよって態度表明してるんですよね。
スピーカー 2
ああ苦手な。
スピーカー 1
そうでこれ見たときにありがたいと。この立場が仮に間違ってたとしてもそのスタンスを取ってるということによって後の議論がめちゃくちゃクリアになるから超ありがたいと思っていて。
だからやっぱりこのスタンスを取ってそこに対して自分の理論を構築するみたいなこの鮮やかさがめちゃくちゃ輝いてるのがこの2章の冒頭部分だなと。
スピーカー 2
この本は教科書ではなさそうだね。
スピーカー 1
そう教科書ではないんですよ。メッセージがあるんですよ。
スピーカー 2
ありがてえ。
スピーカー 1
そうそうそうありがたいよね。
スピーカー 2
ありがてえけど教科書を読んだおかげでこうやって教科書と対比できるのもまあまあよかったかなみたいなところがあるよね。
スピーカー 1
確かにその意味では教科書を読んで体系的な知識を一旦インプットした上である得意なアプローチの一つを今インプットしているという状態なんで、
勉強の順序としては非常に正攻法というか正しい順序なんじゃないかなという。
スピーカー 2
そうだね。正直自由論入門がここまでチクシェントミハイに食らいついてくると思わなかったからなんかすげえと思いながら読んでる。
スピーカー 1
確かに。2回のよく引用され続けてるからね。
スピーカー 2
そうだね。フランクファとかすごいんだけどね。
スピーカー 1
そうだよねそうだよね。でなんかさっきちょうど山上くんがその上の話をしてくれたじゃない。
スピーカー 2
はいはいはい。
スピーカー 1
腹が減ってるときにさ食べるのか食べないのかみたいな。
そういう例が出てきていて、それって要はさ食べようと思ったら食べれるんだけどウォントになることもできるんだけどウォントにならないっていう判断をすることもできるよねっていう話をちょうど紹介してくれたけど、
なんかそのセクションの最後にさちょこっとだけいいことが書いてあってさ、そういう人がいるんだけど、多くの人は自分の欲求にしたがって、あるいは社会的なすり込まれた欲求にしたがって、いわゆる分別のある人間らしい振る舞いをすると。
スピーカー 2
ゴミを拾うとかね。
スピーカー 1
ゴミを拾うとかね、例えば人に親切をするとか、それは悪いことじゃないんですけど、なんだけど規範から外れてる人っていうのも一部でいて、それが具体的にはヒーロー英雄とか聖人とか芸術家とか賢者とか、賢者なんて日常で使わねえよと思ったんだけど。
スピーカー 2
逆に犯罪者とかも書いてあったよ。
スピーカー 1
そういう人たちっていうのは、要はそのすり込まれている欲求とは違う行動をしますと。で、その違う行動をする人がいるってことが何かの証明になってると。それは何かというと、意識っていうものがそれぞれの個人にとって異なる意図とか目標に従って執著化される可能性があるよってことをまさに表してるじゃないですかって、畜生とみはいさんは言うんですよね。
スピーカー 2
そういうことだね。
スピーカー 1
だから我々の一人一人が主観的なこの世界観、現実の受け止めっていうのを制御する、統御する自由っていうのを持ってるって言っていいよねっていうのがこの最初のセクションのメッセージになってて、ここで初めて自由っていう言葉が登場するのよ。
スピーカー 2
確かにね。
スピーカー 1
そう。
現実を統制する自由を持ってる。
そうそう。
主観的な現実を統制する自由を持ってる、これが我々の自由の所在なんだっていうふうに言ってて、ようやくテーマ本丸に切り込む角度で意識が語られてきたぞみたいな、そんな感じを受けたんですよね。
スピーカー 2
そうだね。この自由はむしろ我々カタラジオに乗ってる自由であるかもしれないっていうのもある。
スピーカー 1
そうそう。
うん。
そうなのよね。
そうなのよね。
そんな感じのことを持って読んでましたね、この後はね。
スピーカー 2
はいはいはい。
スピーカー 1
ちなみにこの主観的現実を統制する自由っていう、すごい堅苦しい言葉だけどさ、この言葉を読んで思ったのは、スティーブ・ジョブズを思い出しまして私は。
コネクティング・ザ・ドッツですか。
アップルの創業者であり、1回クビになり、そして戻ってきたCEOであるスティーブ・ジョブズさんなんですけど、彼はよく広告キャンペーンとかでもThink Differentって言って、
Think Differentって多分文法的に間違ってるらしいんですけど、他と違うように考えてる人達っていうのをターゲットにして、彼らのプロダクトを紹介するっていう事態があるんだけど、
彼の経営スタイルというかやり方ですごいよく言われてるのが、自分の目指したいものを押し通す時に彼はめちゃくちゃ主張すると、これじゃないとアカンみたいなこと言い張るみたいなことがあるんだけど、
その状態を同僚の人に現実・Y極フィールドって言われてたんだって。
現実・Y極フィールド そう、現実・Y極フィールドっていうのは事実とは全く異なることを言ってるんだけど、和術とかカリスマ性で解き伏せるみたいな、そういうモードに入る時があって、
絶対これをやらないといけないんだみたいな、堅い信念を貫きまくるみたいな状態になることがあって、でもそれを聞くと不思議とプロジェクトとか目標を実現させてしまうみたいな、
そういう不思議な信念みたいなやつを貫くときに、その状態のことを現実・Y極フィールドっていうふうに呼ばれて、
スピーカー 2
今ヤバい、現実・Y極フィールドモードだみたいな感じで言われてたらしいんだけど、
スピーカー 1
その状態は主観的現実を投与する自由を持って、それを振りかざしているスティーブ・ジョブズさんっていうその構図にすごい当てはまるなと思って、
僕は彼のことを思い浮かべながらここを読んでました。
スピーカー 2
それこそジョブズだけじゃなくて宗教、例えば今の話聞いたらさ、朝原商工とかもそうじゃない?
スピーカー 1
いやある種カルトだよね、これはね。
スピーカー 2
そういう宗教って全部そういう現実・Y極フィールドに入ってくるのかなみたいなことを思ったり。
スピーカー 1
確かにね、確かに。おもろいっすね。
スピーカー 2
だから結構宗教ってのは割とフローに入りやすくする一つの手法、あ、でも宗教は否定されてたよね一生でそういえば。
スピーカー 1
まあ否定はされているけれど、なんかそれはなんか手法だったりとか、手法の面でやっぱり有効ではないっていう意味での否定のされ方だったんじゃない?
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
宗教そのものが悪いというより、むしろその宗教の信じられる余地みたいなやつがなくなってきちゃってるから武器にならないよねっていう否定のされ方をしてた気がするから、
なんかそれが機能するようなやり方なのであれば、ある種のカルト的なファンを持ってるブランドでもいいし、チームとかでもいいし、ミュージシャンとかでもいいかもしれないけど、
なんかその意味ではもしかしたらパワーを用いる可能性はあるのかもしれないよね。
フローに入るメソッドとしての宗教であれば別に問題はないと言う可能性はある。
みたいな話がありまして、実はこれがね、最初のセクションのタイトルが出てくる手前のさっき言った6ページのところにここまで意識の捉え方みたいなのが書かれているという感じなんですよね。
これをインプットしておかないとさっきの注意の話題とかがやっぱちょっと面白く読めないのかなっていう気もしていて、ちょっとね足踏みをしながら読んでみましたけど、
これがまず意識の定義というか、意識って何ぞやみたいなところに対する畜生富肥さんの見解というところでしたね。
意識の限界と「注意」の概念:心理的エネルギーとしての注意
スピーカー 1
この次にやってくるのがさっき山上くんがちらっと言ってくれたけど、意識の限界っていうのがあるんですよみたいな話題が出てくるというのがその次のセクションなんだよね。
ここではさっき山上くんが伝えてくれたみたいに、一定時間の中で意識って要は生理的なプロセスだから神経系が処理できる情報量には限界があるよという話が出てきていて、
これをね注意の要領っていうふうに畜生富肥さんは読んでましたけれど、要はどういうことかというと同時に意識に現れることのできる出来事とか現象の数にはどう考えても限界がある、上限があるよねというような話をするわけですよね。
具体的にさっき言ってくださったように、1時間に50万ビットみたいな情報量が出てきて、なるほどそんだけしか処理できないのかみたいになるみたいな、そんな感じだったよね。
スピーカー 2
意外と少ないんだよね。
スピーカー 1
しかも会話処理するだけで毎秒40ビットも消費しちゃうからできること結構限られてるじゃんみたいな。
そのためにそれを解決するために例えば我々はね、言語を使うこともそうかもしれないし、概念を使うこともそうかもしれないし、あるいはレトリックとか和法の型を使うことで情報を圧縮して会話の流れを滑らかにするみたいな、そういう工夫をやってきたという側面もあるよねっていうのがまずこの意識そのものの限界として紹介されるわけですよね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
その上でっていうところがこのセクションのおもろいところかなと思ってて、その意識の限界がありますってことはつまり経験できることにも限界があるんですっていう風に論が推移していくんだよね。
それがなんかこのセクションのおもろいところかなと思ってまして、要は個人が経験できることっていうのには限りがあると。
個人が処理できる情報に対して世界中で起きていることっていうのは多すぎますよと。
だから全部を意識の上に上らせることはできないと。
なので逆説的に個人が経験できることには限りがあるんですと。
そんなようなことを紹介すると。
そうなってくるとさっきの幸福の話とつながるブリッジになるけれど、どんな情報を意識に上らせてどんな情報を捨てるのかっていうことは生活の内容とか質とかそういったものを決定する上でめちゃくちゃ重要じゃないみたいな。
それがこの意識の限界っていうところで語られている中身って感じですよね。
そして注意ですよ。
ヤマミ君。
スピーカー 2
面白いよねここね。
スピーカー 1
面白いですよね。
スピーカー 2
最初に言っちゃいましたけど。
スピーカー 1
あれちょっとさっきの話に振り返るとここは注意、心理的エネルギーの話だよねここね。
スピーカー 2
そうそうそうそう。
スピーカー 1
ここはどこが面白かったですかヤマミ君には。
スピーカー 2
そもそもその意識に限界があるっていうところがさ、まず全然そういうふうに考えたことがなかったしさ。
スピーカー 1
まあね確かにね有限だってあんま思わないですもんね。
スピーカー 2
そうそう無限だと思うじゃん意識って。
でもそのビット数から明確な数学的なさ限界が割り出されて、もう限界があるからこそ全てを削くと数学的にもう意識がゼロになっちゃうわけじゃない全部消費しちゃうとね。
スピーカー 1
だからこそ意識をピンポイントに絞ってそれを注意って呼ぶんだけどそれを注意って呼びますよって定義がまず面白かったね。
あー確かにだから注意の定義そのものが面白いっていうことだね。
スピーカー 2
そうそうそう。
スピーカー 1
それは確かにな。
だから今たくさんある情報の中からどこにこうフォーカスしてどれを重要な情報だと思ってピックアップするのかっていうその処理自体を注意というふうに呼んでるんだよね。
スピーカー 1
そうだよね。
それこそ運転中に電話をしたら目の前のことに対応できなくなるよねとかつまりそれは限られたリソースを取り合ってるからそういうことが起きるんだよねみたいな事例も紹介されてましたけど。
スピーカー 2
かつこの注意をどういうふうに注意の表現形によって我々の内向的とか外向的っていう性格が変わってくると。
そうなんだと思ってそんな我々の性格ってどう注意を向けるかによって変わってくるんだってこれかなり新情報だなと思って。
スピーカー 1
あーなるほどねつまりその人の性格っていうのは注意の向け方とかどういうふうにその注意に対してエネルギーを注ぐかっていうことのパターンだよっていうふうに紹介されてた。
スピーカー 2
そうそうそうそう。
スピーカー 1
いやでもこれ面白いのはさだから要は外向的な人が一見するとすごいなんか流暢に話してて自由なように見えるけど別にそれだけじゃないよっていうことを言ってるんだよね。
なんか内向的な人は注意の向け方が内向的なだけでその内向的なアクションの中でめっちゃ自由を感じてるというか意識を上手にコントロールしてるみたいなパターンもあるぜみたいな。
スピーカー 2
そうそう。
スピーカー 1
そんな説明がついてたよね。
スピーカー 2
内向的な人が不自由なわけでは全くないと。
注意の向け方が違うだけですよっていうのは面白いよね。
スピーカー 1
いやそうねそうね。
だからそうなってきたときにこのセクションのさ後半のところでちょこっと触れられてたけど
注意は要はどこにフォーカスを当てるか何を意識にあげて何をあげないかっていうのを決めてるのが注意だよということだけど
それをある種コントロールすることもできるよねという話題があって
つまりこれをコントロール自分の思い通りにコントロールできるというようになるようであれば
この注意っていうのは実はその経験の質を向上させる上で一番大事な道具になる。
それが注意なんだよねっていうところに戻ってくるというか着地するというところがこの注意のセクションの面白いところ。
スピーカー 2
そうなんだよね。
結構注意を無限にすることも全然できるんだよね。
スピーカー 1
そうなんだよね。
スピーカー 2
要はここでは生活を惨めにする形って書いてあるけど
全然自分のこの興味関心じゃないところに注意を向け続けてしまうとその人の人生が惨めになると。
そういうようなことが書いてあるじゃない。
スピーカー 1
はいはいはい。
要はYouTubeとかインスタとかで無限スクロールしてるみたいなのもある種注意の無限にしてる使い方みたいなことじゃない?
スピーカー 2
そうだねそうだね。
あれもずっと一応注意を送り続けてるわけだからね。
あそこの画面にね。
スピーカー 1
何か気になるなつって次何かでいいんじゃないかみたいなことを思いながら見てるみたいなことっていうのは要はある種注意をもったいなく使っちゃってエネルギーを上手に向けられてない状態ということなんだよね。
スピーカー 2
そうなんだよね。
エネルギーの無駄遣いなんだよね。
注意っていうのは心理的エネルギーっていうふうに表現されてて有限なのよ。
だからくだらないことに注意使っちゃいかんのよっていうのがすごいハッとしたね。
スピーカー 1
確かにね。
スピーカー 2
なんでこう横になってゴロンとテレビ見てちゃいけないのかなんでこうぐだぐだSNS見てちゃいけないのかっていうことに関する一つ明確な答えが出た。
注意は有限だからっていうのか。
スピーカー 1
注意は有限だから。
スピーカー 2
大事に使いましょうって。
スピーカー 1
みんなよく時間の話はするじゃないですか。
時間は有限だから有効に使おうって言ってるんだけど時間だけじゃないんだと。
何に頑張って何に注意を向けるのかっていうこと自体も有限のエネルギーなんだと言うことがここで言われてるっていうことですよね。
スピーカー 2
これはかなり新しくない?
注意は有限だなんてことを考えたことがなかったからさ。
スピーカー 1
本当。
ある?
いや僕は意外とありますよ。
僕は意外とあるかな。
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
だからちょっとこれは仕事の特性もあるかもしれないけどさ。
僕も企画をするみたいなさ。
ちょっと深く考えないといけない仕事をしてるじゃん。
そうするとさ、ある仕事から別の仕事に切り替えるときの最初のエンジンのかかりにくさみたいなのがあったりするじゃない。
分かります?
気が乗りにくい。
気が乗りにくいっていう言い方もできるかもしれない。
例えば物を描くという仕事をしてるところからある物事の構造を考えるみたいな仕事に切り替えるとするじゃないですか。
そうすると頻繁にこっちだって頻繁にこっちだってみたいなことやってたらさ、全然かからないじゃんエンジンが。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
みたいなときに注意が散漫な状態でやると難しいから、
要は例えば同僚間の連絡の情報が入らないような環境を作ってワーッとこっちにやるとか、
そういうことはやっぱりすごく仕事の中で僕は意識することが多かったので、
その意味では注意というか、自分がフォーカスできる物事っていうのは有限だなっていうのはすごくよく感じてた。
スピーカー 2
これはあれだよね、今話してて思い出したけど、ダニエル・カーネマンのファスト&スローにそのようなことが書いてあって、
自分の頭の働きを2つに分けるシステム1とシステム2っていう。
スピーカー 1
どんな人にも両方あるんだよね、実はね。
両方のシステムがあるっていうのが大事だよね。
この人は1でこの人は2とかじゃなくて、一人の中に両方あるんだよね。
スピーカー 2
自分の頭の中でパッと考えて結論出しちゃう脊髄反射みたいな考えちゃうのをシステム1と呼んで、
ゆっくり考えなきゃいけないことをシステム2と呼びますよと。
例えば1たす1割って2は多分これはシステム1で処理してるんだけど、256かける525割っていうのはシステム2で処理すると。
現に今のトイを車の運転中に考えると、後者のトイは一回車止めて考えなきゃいけないと。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
つまりだからシステム1で生きてると幸せになれないよっていうことになってくるのかな。
スピーカー 1
そうね、だからそれ結構僕がこの注意を心理的エネルギーというふうに呼びながら思ったところはまさにそれで、
つまりほっとくと目の前で動いてることとか入ってくる情報とかに反応しちゃうじゃないですか、僕らの脳っていうのは。
スピーカー 2
しちゃう。
スピーカー 1
つまりファスト&スローで言うとこのファストな方のシステムっていうのはどんどん起動されちゃうんだよね。
その起動ボタンを押さえ続けてるような情報型な世の中に僕らは生きてるじゃないですか。
スピーカー 2
そうなんだよね。
スピーカー 1
テレビを見るでもいいし、スマホの画面を見るでもいいけどとんでもないほど通知もそうです。
僕めちゃくちゃ通知切ってるんだけど、めちゃくちゃとんでもないぐらいのインタラクションが入ってくる。
それに自動的に反応しちゃうんだよね。
カーネマンの言ってるところに行くと。
それが多分システム1でファストの方のシステムなんだけど、
自動的に起動するみたいなやつを押さえないと有限な注意のエネルギーっていうのが無産無償してしまうみたいな。
そういうことなんじゃないかなって思って僕はここを読んでたんですよね。
スピーカー 2
なるほどね。
俺は仕事の特性上、システム1を常にオンにしておかなきゃいけないというか、
オンコールってシステムがあって、
スピーカー 1
もうすぐに反応しないといけないもんね。
スピーカー 2
常に病棟を建ったりか、周知室からの電話に出なきゃいけないから、
スピーカー 1
常に自分のシステム2フローに入っている状態を遮断されてしまうリスクがあるからさ。
スピーカー 2
そことの付き合い方って結構難しいよなって。
スピーカー 1
でもね、めっちゃわかる。
例えば僕の場合さ、結局業務時間みたいな、
システム1とシステム2、そして注意のエネルギー消費
スピーカー 1
仕事が始まると連絡来るじゃない?
声かけられるじゃない?
だから結局僕システム2を起動するために、
みんなが仕事してない時間の方が仕事ができるっていう構造にやっぱりどうしてもなっていって。
だから早朝やるとか、夜やるとか、
仕事時間っていうのはむしろスタンバイ状態でいないといけない。
システム1状態でいないといけないから、
システム1が起動しないような時間帯に仕事しないと効率悪いなって最近めっちゃ思うとか。
スピーカー 2
いやすごくわかる。
だからこの常時システム1にしなきゃいけない医者って仕事は、
どうシステム2を起動させるんだろうみたいなことを、
医者になって10年思ってるけどなかなか答えが出てないわ。
スピーカー 1
なるほどね。
やっぱりそれはオペの時じゃないの?
そうだ。
スピーカー 2
そう、まさにだから手術中はどんな電話がかかってくると、
今はオペ中だからって言えるから、
確かにあの瞬間だからフローに入ってるのかね。
スピーカー 1
これ多分ちょっと後半の方で出てくるのかもしれないですけど、
今これやる時間だからっていうのを自分の中でも大概的にも定義するというか宣言すると、
そうした途端にシステム1のことを無視できるようになるというか、
むしろシステム2的に考えなければいけない、
じっくり考えなければいけないところに関しても、
ある種自動的に動くような状態に持っていくことができる。
それがある種最適経験と呼ばれているものなのかもしれないよねっていうところは、
結構繋がってるかもね、もしかしたらね。
注意の話からここに切り込んでいくのは確かに新鮮だね。
注意の「投射」という概念と心理的エネルギーの管理
スピーカー 1
意識の話から注意に入って、それがフローに繋がっていく。
このステッピング結構ユニークなのかもしれないね。
スピーカー 2
そうだね、面白い。
スピーカー 1
ちょっと今の注意を向けるみたいな話で、もう一個だけ最後に話しておくと、
チクセントミハイの言葉遣いでユニークというか、
僕があんまり関連する本を読んだことないからだけかもしれないけど、
面白いなと思ったのは、さっきまず注意というもの自体を心理的エネルギー、
エネルギーの比喩で捉え合わせっていうのが、このセクションの一個大きな提案じゃん。
チクセントミハイの。
他にエネルギーと呼ぶとしたら、このエネルギーっていうのを何かに対して注意を向けるときに、
彼はエネルギーをそこに投射するっていう言い方をしてたの覚えてます?
投げているって書いて、投射。
これが僕結構ユニークだなというか、すごい感覚的にわかるなと思ってて、
スピーカー 1
自分がある程度エネルギーを持ってます。心理的エネルギーを持ってます。
それはどこかに向けることによって、注意を向けて、それを意識に登らせることができるんだけど、
これを何かどこに向けて投げかけるかっていうところに関しては、
自分もある程度コントロールを持っているっていうことじゃない?言い換えれば。
それをここに向けようって意識的にやっている人もいれば、
なんかいっぱい来たからそこに行っちゃったっていうタイプの人もいて、
これはどっちがいいの?っていう話であるし、
どっちの方が幸福なの?って話でもあるし、
どっちの方が自由なの?っていう話でもあると。
そういう議論をしているんだなと思った時に、
投射するっていう感覚って結構大事な感覚かもしれないなっていうのはね、
この注意のセクションで最後に結構思ったところだね。
スピーカー 2
注意を向けるイコール心理的エネルギーを投射するだと。
スピーカー 1
そうそうそう。
で、吸い取られちゃうこともあるから、吸い取られないようにするために最初からこっち向いておいて、
そこに向かって投げかけるとかも結構大事なことなんだろうなみたいなことが、
この言葉遣いから何か想像することができるというか。
投射、糸を持って投げかけるっていうのが投射であると。
スピーカー 2
向こうから働きかけて吸い取られてはダメだと。
自分から働きかけなきゃダメだと、いうことだよね。
スピーカー 1
そうね。そんなニュアンスを僕は何か受け取って、
あーなんかめっちゃわかるなーみたいな、そんな感じをしましたね。
スピーカー 2
ってかもう既に自分の中に新しい概念がインストールされたってか、
これからの生活変わりそうで、
自分の今の有言の注意をくだらんごとに吸い取られへんように投射していこうっていう、
そういう自分の中の何か黄金率が今出来上がったから良かったなーみたいなのが既に2章でしてね。
スピーカー 1
そうだよね。てかね、この2章のセクションタイトルがさ、
自己の探求と注意・意識の関係性、そして「心理的エントロピー」
スピーカー 1
何かそこら辺に転がってる本の本一冊のさ、
章立てのタイトルぐらいでかいんだよね、彼の本は。
なんか小すぎじゃない?と思って。
スピーカー 2
なんかね、そうなんだよ。学べることが多すぎる。
スピーカー 1
いやそう、名著だな。
スピーカー 2
そう、マニュアル本じゃないとは言ったけど、やっぱりこう引っ張ってくれてるし、実践したくなる。
だから毎週毎週実践できるよね、これやってれば、我々。
スピーカー 1
うん、そうだね、そうだね。
スピーカー 2
なんかめちゃくちゃヒントがいっぱいあるなっていう感じがするよね。
そうなんですよ。
スピーカー 1
っていうのが注意のセクションでした。
で、この後ね、何かいきなり転換があるんだよね。
章立てでいくと、章立てというか、セクションの名前でいくと、次、事故の探求っていうさ、
自分についての話があったけど、ここは何かおもろいとこありました?
スピーカー 2
注意によって自分が片付けられるっていう風にあったじゃん。
要は注意の調査の仕方によって自分が出てきますよって、自分を片付けてますよっていうのが前のセクションでの話で、
で、その自分がさらに注意を向けますよっていうのが面白かったね。
注意と事故って相互関係でどんどんポジティブフィードバックしていく関係なんだっていうのは学びですね。
スピーカー 1
確かに確かに。そうだよね。
だから自分自分って言ってるけど、その自分っていうのもまた意識の内容の一つであるみたいな書き方がされてて面白いなと思った。
スピーカー 2
そうなんだよ。これで思ったのが逆に、注意をどこにも向けないと何でもないような色のない人間が出来上がってしまうんじゃないかなっていう恐れをこの文章から感じたね。
スピーカー 1
そんなことが出来るんですか。注意をどこにも向けないってことが出来るんですか。それなんか逆にすごくね。
スピーカー 2
いやいや向けないっていうか、この注意をSNSとかそういうのに吸い飛ばし続けてる人間は。
スピーカー 1
ああなるほどね。だから今山上くんが言ってくれてる注意っていうのは意識的な、つまりこちらがハンドリングできてる注意みたいなもののことを言ってるんだよね多分ね。
スピーカー 2
そうそうじゃないと事故を規定できないから事故がないから、次の注意をすることもないから、永遠にこうシステムワンの注意に吸い飛ばれ続けてそいつの注意がゼロになっちゃって、その時に出来上がったそいつっていうのにウォントンが。ウォントンが出来上がるとかね。
スピーカー 1
ウォントンがね。なるほどね。これなんかもしかして言葉遣い気をつけなきゃいけないかもなと思ったのは、意識的なものだけが注意ではないよっていうのはちょっと注釈としてつけられたかもね。
つまり注意イコール心理的エネルギーだから、そのエネルギーの使われ方はどうであれ消費されていくのが注意っていう心理的エネルギーだから、もしかすると意識的に投射する。さっきの言葉で投射するっていうパターンが多分山上くんが言ってる良い使い方みたいなことだよね。
こっちに意識向けようっていう投射する積極的なアクションっていうのが仮に一個良い使い方としてあるとしたら、そうじゃなくて投射するほど積極的に向け先を検討できてないんだけど向こう側からいっぱい注意を奪われちゃって、エネルギーがどんどん吸い取られちゃって。
で結局自分のハンドリングで投射できるようなエネルギーはもう残ってませんみたいな。そうなるともうこれはまさに前の特集で言うウォントンになっちゃうよね。それは確かにあるかもなーっていう感じだよね。
これ結構難しいのはさ、1回だからこのウォントンサイクルに入っちゃうとさ、そのウォントン的なインプットによって得られた意識内容っていうのはさ、次のウォントン的な動機にどうしても結びついちゃうからさ、ダウンワードスパイラルに入っちゃうというかさ、どんどんどんどん負の連鎖が作られていっちゃうみたいな。
スピーカー 2
そっちがアリウルじゃない?ウォントン落ちるみたいな感じ。ウォントン落ち。だってエネルギーがゼロで吸い取られ続けてるわけだから、もう投射できないってことだから。
スピーカー 1
そうそうそうそう。あれアリウルよね。
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
それはめちゃありそう。めちゃくちゃありそう。だからこそ結構難しいというか、最初のきっかけは自分でハンドリングできるように見えるけど、そのハンドリングする自分自体がさ、まだエネルギーがなくなりきってない状態じゃないといけないっていうのがやっぱりこのサイクルのうまくコントロールしなきゃいけない側面で。
これどうやってうまいことやるのかみたいなところがちょっと、この次は読んでみたくなるなっていう感じは。
スピーカー 2
そうだね。
いやーでもこれね、話してて思ったけど、現代社会って本当にね、この注意を奪い取ってくるものの多いこと多いことじゃない?
スピーカー 1
いや本当ですよ。本当ですよ。なんかね、ニュージーズの曲にアテンションっていう曲がありますけれどもね。
誰かの気を引きたいみたいな。
みんなそういう世界じゃないですか。アテンションエコノミーとか言われてるよね。確かね。みんながみんなの注意を引きたがっているみたいな。なんかそういう世界になってるけど、マジでフローと真逆の世界だよね。
スピーカー 2
そうなんだ。現代人ってフローにおすりにくいのかね。
スピーカー 1
いやーだからこれはなんかもしかすると本当にこのフローになることが幸福ということと直接結びつくような概念なのだとしたら、
現代はマジで幸福から遠ざかっている社会だと言わざるを得ないですよね。
スピーカー 2
そうなのよね。物業的にはかなり増えているのに、フローにはこれは入れないよな、この感じだと。
スピーカー 1
だからなんかこれ、冒頭でアリストテレスの話が出てきたけど、物質的に豊かになっているはずなのに、なんで精神的に幸福になっているように見えないのみたいな話に対する逆説がここで明らかになるなと思ったけどさ。
つまり物質的に豊かになればなるほど、その豊かになった物質が自分のアテンションを引きまくってくるわけじゃない。
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
こっちもさ、例えばね、やれNetflixだ、やれHuluだ、やれAmazonプライムだ、この動画だけでもアテンション引いてくるやつがいっぱいあるみたいな状態なのがさ、
動画以外の世界でもアテンションを引こうとしているやつがあって、別の世界でもあって、これがさ、豊かになりすぎているからさ、
頑張ってこれを潰してもさ、隣のやつがムクムクムクと立ち上がってきて、こっちにはアテンション奪われるみたいな。
これは物質的に豊かになればなるほど、その精神的な豊かさを削がれる要因にめちゃくちゃ暴露してしまう、晒されてしまうっていう構造にあるよねっていうのが言えるかもしれない。
スピーカー 2
とけばさ、避けられうるけど、これ知らなかったらどんどんどんどん搾取されちゃうから、これは今現代を生きる皆さん、この概念をインストールする方がいいんじゃないの?って思うよね。
いやこれマジで、この何ていうか、仮処分時間を奪い合っているこの現代において、身に付けるべき武器は、この注意を奪ってくるやつにどう対処するかっていうことかもしれないね、マジで。
自衛しないと、注意を奪ってくる注意泥棒から。
スピーカー 1
いやー、いいっすね。
スピーカー 2
自分すごい注意を奪われるの嫌いなんだなってことをお話しながら思ってて。
結構YouTubeのサジストとかは割と切る、サジスト来たらもう見たいの見終わったらすぐやめるし、無駄にテレビもつけないし、あと仕事中に業者とかが電話かかってくるのマジでムカついたりするし。
みんなそうなのかもしれないけど、俺は特にこう、注意を他の人に奪われることをかなりケアしているなってことを、みんなそうなのかな。
スピーカー 1
いやー、そうね。だけどそれをなんか、ちょっと、なんか、うすうす勘づいてはいるけど、具体的なアクションに落とし込んでる人とそうじゃない人みたいなところで、なんか、結構、なんていうか、生活の質にめちゃくちゃ差が開いている可能性があるよね。
僕もさっきチョロチョロと言ったけど、マジで僕通知めっちゃ切ってるんですよ。通知がそもそも鳴らない。
スピーカー 2
ピコン あー、そうなんだ。
スピーカー 1
またいろんなアプリとかもあるけどさ、通知来るじゃない。
スピーカー 2
ピコン あ、でも、それ一緒、俺もね、主要なアプリ以外通知来ないし、メールも必要じゃないと思ったらすぐ迷惑メールに入れるし。
スピーカー 1
はいはいはい、わかるわかる。
スピーカー 2
ピコン じゃないと、現代駅的ないなって。
スピーカー 1
いやー、そうなんだよね。みたいな話が、実は次のセクションにまさに書いてあるっていうところにつながりますね。
次のセクションが、なんか不思議な感じだよね。途中でさ、これまで意識とか注意の話してたのにさ、いきなり事故の探求とかって言って、もう何?って思うんだけど。
要はさっきの話との繋がりで語ると、自分と注意、もしくは意識の内容っていうのがこう、循環な状態にあるよっていう話をしてるというのがこの事故の探求っていうセクションでした。
で、今めっちゃ注意奪ってくるものあるやんっていう話なんだが、次のセクションのタイトル何かっていうと、意識の無秩序、心理的エントロピーっていうタイトルがついてるんですよね。
スピーカー 2
ピコン ほうほうほう、面白いね。
スピーカー 1
なんだそれって感じなんだが、これは僕は結構素晴らしいネーミングだなと思っていて、なぜかっていうと、さっきさ、注意のことを心理的エネルギーと呼ぼうというふうに言ったわけですよね。
エネルギーの比喩を持ち出すことによって、このエントロピーっていう概念が利用できるようになる、利用可能になるっていうのが、すげー素晴らしいと思って。
スピーカー 2
ピコン なるほど。確かにね。
スピーカー 1
そう、つまりエントロピーって、理系学部を出た人だとなんとなくイメージできるかもしれないですけど、つまり物事の乱雑さというか、情報の乱雑さ、どれくらい整っていないかっていうことを表しているのがこのエントロピーという概念ですけど、物理学とかで出てくるのかなっていう概念かなと思うんですけど、
つまりさっきの例でいくと、いろんな情報がいっぱいあって、いろんなところからプッシュが来て、通知が来て、アテンション奪われて、っていう状態はめちゃくちゃ心理的エントロピーが高い状態ですよっていうのがチクセントミハイさんのこの章での指摘ですということですね。
つまり意識に対してマイナスに働く、自分の注意を吸い取っていく者たちっていうのがたくさんある状態は、心理的に無秩序だし、心理的エントロピーが高い状態だと。だからそういう状況に自分の身を置いていると、つまり望ましくない方向に注意を向けてしまうよねっていうことが書かれていると。
つまり単純にシンプルに言うと、気が散ってますよねっていうことですね。
そうそうそう。で、なんかこのことについて彼の言葉で説明しているところが僕面白いなと思ってて、どういう状況かっていうのを説明したところで、現在の意図と葛藤する情報、あるいは意図の遂行から軸を反らしてしまう情報があるっていうのがこの心理的無秩序状態だよっていうふうに言っていて、なるほどと。
つまりこれを入れりたいんだけど、そうじゃないことっていうのがやってくる、その情報として立ち上がられてくるっていう状態は心理的無秩序だよねみたいな、そういう言い方をしてるんだよね。
これはまさにさっきの通知切るとか電話かかってくるとちょっとイラッとするみたいな話の逆状態というか、それを全て受け入れた状態っていうのは確かにこういう状態なのかなっていう、そんな感じのことが書かれている。
マズローの欲求段階説との比較と意識の無秩序状態
スピーカー 2
これはわかりやすいよね。でもさ、具体例にも書いてあったけどさ、例えば自分が今がんですって言われたらさ、仕事どころじゃなくなるじゃん。そういうことだよね。自分のアテンションをより大きく引いてくるものがあった場合、風呂に入りづらいということなんで、これを聞いてさ、末路の五段階の欲求って知ってる?
スピーカー 1
安全の欲求とかね。ピラミッドの欲求ってやつだよね。
スピーカー 2
そうそうそう。一番下に生理的な欲求があって、その上に安全の欲求で所属と愛の欲求があって、承認の欲求で一番上に自己実現の欲求っていうのがあって。だからこれ同じこと言ってるなと思って。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
生理的欲求が満たされないっていう状態がもう生理的エントロピーなわけじゃない。
スピーカー 1
さっきちょっとで言った上の例とかまさにそうだよね。
スピーカー 2
そうそうそう。
スピーカー 1
飢えてる状態にあって、腹が満たされないと死にそうみたいな状態にあると、そっち側に奪われちゃうということを言いたいんだよね。
スピーカー 2
そうそうそう。そこが全て満たされてこそ自己実現すると。末路は晩年にはさ、その自己実現の上にさらにもう一個六段階の欲求にしたらしくて。
スピーカー 1
あ、そう。
スピーカー 2
自己実現の欲求の上に超越的な自己実現の欲求ってのを設定したらしい。
スピーカー 1
やべえじゃん。なにそれ。
スピーカー 2
超越的な自己実現者とは思考体験を持つ自己実現者で、思考体験とは注意を完全に保持するに足るような興味深い事柄に魅惑され熱中し夢中になることって書いてある。これ不浪じゃんって思って。
スピーカー 1
思考体験って字面が浮かんでないんだけどどういう感じ?
スピーカー 2
思考って至る高い。思考の。
スピーカー 1
なるほどね。最もスプリームな状態ってことね。
スピーカー 2
そうそうそう。スプリームな状態。
スピーカー 1
なるほど。
だからマズロも同じこと言ってると思う。フランクファードの決定的なコメントとミハイの不浪体験とマズロの超越的な自己実現が全部イコールで結われたって思ってたのよ。
そうか。じゃあこの時代の人たちも大きく心理学領域に関わってきた人たちということなんだと思うけど、
なんとなく意識をある特定のところに向けられるような余裕を作るためにも、マズロの場合はそこにステップを積み上げて、ある特定の方向まで持っていこうぜっていう話だし、
今こうね直線とミハイが言ってるのは、そこからこう意識を削いでくるもの、注意を削いでくるものっていうところは、
自分の意図と葛藤してるとか、意図と違うっていうところが、要は自分の気が落ちらせる原因になっちゃうよみたいな、そういう構図が説明されてると。
そうなんですね。
なるほど。
スピーカー 2
結構引っかかってることがあってさ、マズロの五段階欲求だとさ、生理的欲求があるともうすでに自己実現できないになっちゃうんだけど、
ミハイはさ、1章の最初でさ、今センズ中とかでもフローに入れるみたいなこと言ってるから、そこは違うんだなみたいな。
スピーカー 1
確かにね、確かにね。今回ね、マズロの紹介ではないというか。
スピーカー 2
ミハイ そうそうそう。
スピーカー 1
ちょっとね、シクセントミハイのほうに乗っかっていきたいなっていうところですけど、
確かに一般的にはマズロの五段階欲求説は、よく引用されたりとかよく見るから、
それをね、よく見るよね、いろんなところで言われるけど、どれくらい本当なのかなとかって思ったりしますけれど、
そこの関係性とか、どっかで触れられると面白いのかもわからないですね。
なるほどな、面白いですね。
でもなんかこの無秩序のところ、心理的エントロピーのセクションの後半で書いてるのは、
まさにその1,000字下でもフローに入れるんじゃねっていう話につながるところではあるんだけど、
彼がさ、結構よく言ってるなと思ったのは、自分がコントロールできるのは意識。
もしくはその意識を司っている注意だよっていうことをよく言ってるじゃない。
だからこそ、なんか彼が言ってるこのセクションの最後のね、締めのところで言ってて印象的だったのは、
外部で起きたことっていうのは、何かその心理的無秩序、つまりマイナスに働く力に直接的に働くことはないんだっていう指摘をしているところが、
僕はすごく大事だなと思っていて、
つまりある出来事が起きた時に、それが意識に昇ってくる時にさ、
その情報っていうのはそれがポジティブなのかネガティブなのかみたいな価値判断を、
まずは伴わない純粋な情報として入ってくるんだよね。
そこに対してその情報が、これは有害だとか、これは有害じゃないとか、
そういう決定をしていくっていうのは、さっき出てきた事故、自分自身であると。
言い換えると、僕らが処理している、つまり日々入ってきて、
アテンションを奪われてくるような情報が入ってくるけど、
その入ってくる情報の一個一個っていうのを全て、
僕らは自分に対するこの情報の意味ってなんだっけっていう評価をし続けているっていうのが、
僕らの意識っていう機能なんだよという説明を最後にしていて、
ここが結構僕は大事なんじゃないかなと思ったんですよね。
つまりマイナスに働くようなインシデントでもいいし、出来事でもいいし、
何かのアテンションでもいいけど、そういう出来事が起きた時に、
それを自分にとってどういう意味があるかっていうことを、
ちょっと一個俯瞰したところで適切に意味付けする評価をするみたいな。
その機能が働いていれば、無窒状態を出せることができる可能性があるよねみたいな。
そういうことを示唆しているところが、このセクションの後半で結構大事なポイントなんじゃないかなって。
そんなことを思ったりしましたよと。
スピーカー 2
審議的エントロピーからの防護壁というか。
スピーカー 1
そうそうそう。確かに防護壁っていいですね。
それこそ一緒の時にはそれがやはり文化だとか宗教だとかってなってたけど、
自分の個人という意味で言えば、自分の個人のある出来事に対する意味付けのフレームみたいなものを持っていれば、
それが防護壁になる可能性があるかもねみたいな。
そんなニュアンスがあるなと思ったりしましたね。
スピーカー 2
今ミントさんが言った力が、エントロピーを元に戻す力というか、
意識の秩序、フロー体験と自己の複雑化
スピーカー 2
エントロピーってさ、ご存知だと思うけど、エントロピー増大の法則というのがあるじゃない。
放っておいたら崩れていくんだよね。
だからそれに対して何か力を加えないといけなくて、
その審議的エントロピーの増大の法則を逆に戻すのが意識の力なんじゃないかなというふうに。
スピーカー 1
確かに。でもそれ山上くん冒頭に言ってくれてたじゃないですか。
意識の中の情報に秩序を持たせる力を意図と呼ぶんだっていうのがね。
大事なポイントだって言ってましたけど、まさにこれのことじゃないですか。
スピーカー 2
まさにそういうことだね。
審議的エントロピーを整える、大意識の中に秩序を持たせる、そういうことだよね。
スピーカー 1
意図があれば、乱雑な情報もシュッと整理されて秩序を出すのだということだよね。
スピーカー 2
そういうことですね。
スピーカー 1
その乱雑さをシュッとさせるためのエネルギーのところにちゃんと
心理的エネルギーを注ぎ込もうぜ、投射しようぜ、それがフローだぜっていう
そういうメッセージだということなんでしょうかね。
ということで、この心理的エントロピーの次の章に、章じゃないですね、セクションにやっていくのがまさに
意識の秩序、フローということで、ここがある種ハイライトですね、この意識のエネルギー。
で、散々出てきてるけど、意識の秩序状態、これを最適経験というふうに呼びますというのは、
この本の1章でも紹介されたことかなと思いますが、
この最適経験ってやつが今回のフロー体験と呼ばれてるやつですよね。
で、要は無秩序状態、秩序だっている状態っていうのは、
エントロピーの逆、エントロピーが高くない低い状態ということなんですけれども、
この状態ってどういう状態かっていうと、意識に昇ってくる情報と、
それから自分が元々持っている目的、これが一致している状態、
つまりこういうことをやりたいんだって言ってるときに、
そこにこういうことをやりたいに適応してくる情報だけを自分の意識に上げられることができるというのが
この最適経験状態のことだよねということで、
ここの説明はさっきちょっと話題に挙がった2階の意欲と全く同じじゃねえって感じがするよね。
そうだね。
うん。
スピーカー 2
腑に落ちるよね、すっと。
スピーカー 1
そうだよね。
で、そのときにさっき事故の探索、事故の探求みたいなところでさ、
自分と意識の関係って循環してるよねっていう話があったけど、
このフローのところで指摘されてて面白いなと思ったのは、
例えばそのある行動したときに、
意識の上ってくる情報と目標一致してるやんって言って、
で、ある行動やったらうまくいったやんみたいなフィードバックが返ってきたときに、
このフィードバックが事故を強化して、
より多くの注意をそのアクション、その対象に向けることができるようになると。
つまりフィードバックサイクルみたいなのが働いてて、
入ってけば入ってくほどここに集中できますみたいな、
なんかそういう状況が作られるんだという話があって、
これがその集中立っている状態、フロー状態なんだよみたいな説明があって、
これは面白いですねというところがありますよね。
スピーカー 2
そうですね。どんどん奥深いフローに入っていくというか、
これ読んでたら専門性を極めていくみたいなのと近いのかなみたいな。
自分もさ、学生から医学部に行って、
医者になって、さらに循環器になって、そこから家庭というか遺伝をやるようになって、
そこなんかどんどんどんどんフローに入った道、
フローに入った道を進んでいってるんじゃないかなみたいなことを思って。
スピーカー 1
なるほどね。面白いですね。
工場労働者の事例とフローに入るための取り組み方
スピーカー 1
なんかそのことをさ、思った時にここに紹介されている事例、
僕すごい好きだなと思ったんですけど、
リコメデリンさんという人が事例として登場してくるんですけど、
この人の個人はいいんだけど、
この人は一般的には退屈だとか飽きるとされているような、
いわゆる工場のライン労働者の方なんですよね。
なんだけどこの人は今5年続けている状態で、
かつ自分もその仕事がとても楽しいと思っているという風に言ってるんだと、
という事例が紹介されます。
で、今山上くんの話だと、
それこそ専門性が高くなっていくところにフロー状態があるんだなっていうのは、
なんかなんとなく想像しやすいようなというか、
どんどんどんどんなんかその仕事の難易度が上がったりとか、
扱ってる事象の難易度が上がっていくっていうところになんかフローがあるっていうのは、
まあなんかイメージしやすいかなと思うんですけど、
このリコメデリンさんの事例は実はそうではないということを言っていて、
一般的には退屈だと言われているような、
ラインコーの人でもそれを楽しむ方法があると。
それはどうやってやっているのかというと、
自分の仕事に対して目標を作って、
オリンピック選手がやっているように、
毎日毎日自己ペストを更新するっていうような取り組み方で、
日々の仕事をやっていると。
そうすると彼はめちゃくちゃこの仕事楽しいんだという風に言うんだよね。
これは結構なんかヒントだなというか、
つまりどんな出来事であれ、
さっきのセクションの最後に出てきたことにも繋がりますけど、
どんな情報であれ、どんな出来事であれ、
自分がそこにどういう風に評価をして、
どういう風に取り組もうと決めるかによって、
それが楽しいかどうかが決まるみたいな、
そういうことがこれ紹介されていて、
これはなんか結構素晴らしい観点だなという感じをいただきましたね。
スピーカー 2
物事を楽しんでやろうぜってことだよね。
スピーカー 1
まさにまさにそういうことだよね。
しかもそれを誰か他人に話したりしないというか、
スピーカー 1
彼はそのことを自分自身でおもろいと思ってて、
自分が出来るって分かってるだけで十分なんだよねみたいな、
そういうことも紹介されていて、
スピーカー 1
つまりそこに他者の目線がないというか、
他の人にどう見られるんだろうみたいなことを一切考えてない。
それもある種アテンションを奪う要因の一つなわけじゃない。
スピーカー 2
それを意思に入れないってことでしょ。
入れない。まさに入れない。
スピーカー 1
他の人がどう思うかと関係なくて、
自分が自己ベストを更新できるっていうところに、
スッと自分の目標を修理させられていると。
だからフロー状態のような状態に入ってるんだよねみたいな。
だからそんな説明があるところは、
スピーカー 1
このフローという概念を理解する上ですごい補助線になりそうだなという感じがしましたね。
スピーカー 2
この話を聞くと、
スポーツ選手と「自分との戦い」の真実
スピーカー 2
俺結構フローに入るの上手いのかなっていうふうに思うことがある。
スピーカー 1
面白い。
何するにしても、
スピーカー 2
まず目標というか、
全ての事象をゲームみたいにすることが自分上手だと思うのよね。
でも言ってたよね、受験の時もゲームだと思ってやってるみたいな。
そうそうそう。
スピーカー 2
受験もそうだし、
日々の受験勉強ですら毎日Aを見ますに、
何字から何字数学何問解くとかさ、
スピーカー 2
過去の自分に対して打ち勝つようなゲームを毎回やって、
英単語とかも昨日の自分と勝負するみたいな。
マリオカートのゴーストと戦うみたいなのわかる?
スピーカー 1
わかるわかる。
自分が過去走ったラップタイムをゴーストが走ってくれるやつだよね。
スピーカー 2
そう。
ああいうことを日々常に人生でやってるから、
なんかこれは割とフローに入れる人な気がしてきた。
スピーカー 1
なるほどね。
なんかさ、それ確かに、仮に受験勉強という例を取るなら、
受験勉強を上手くできた人っていうのは、
自分でフロー状態みたいなところに入り込む環境を上手く作れた人だ、
みたいな言い換えができる可能性があるかもしれないよね。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
受験勉強そのものがつまらないかどうかは人によって違うかもしれないけど、
英単語を覚えるとかもある意味めちゃくちゃ単調な作業じゃん。
だけどそこにさ、例えば意味も一緒に覚えてみっかとか、
語源も一緒に覚えてみっかとか、
その人によって面白がり方みたいなのがいくつかあって、
そういうのをハックできる人は上手くいくというか、
それ自体を楽しむことができるみたいな。
そういうところはあるよね。
スピーカー 2
全部語呂合わせとかを作ったりとかしてやってたんだけど、
それが面白かったみたいな。
スピーカー 1
いやーそれめっちゃわかるな。
スピーカー 2
そうだよね。
だから多分ある程度受験とかでいい思いしてる人がフローに入ってると。
だからこれもし受験っていうシステムがフローに入れる人間を採用するシステムだとしたら、
日本の受験ってすごいよね。
スピーカー 1
確かに。だから詰め込みしてる知識がどうこうとか言ってるのは、
実は本質じゃないと。
ある種それはつまらないからこそ意味があるのだという言い方が、
逆説的だけどできる可能性があるよね。
スピーカー 2
そうなんだよね。
スピーカー 1
これ何の意味があるの?みたいなことを自分ごと化して、
これ意味あるからって言って、そこにシュッと入り込んでいくみたいな。
スピーカー 1
そのスキルを試されてるわけじゃない?ある意味。
スピーカー 2
だってフローにでも入れないと無理な内容じゃん。
その石文がどうとか古文がどう、漢文がどう、あんなもんさ、
今考えたらなんであんなこと好きなんだろうって思うじゃない。
面白かったけど、今考えても。
だから明確なフローに入れないとある程度のところにはいけないんだと思うんだよ、
あのシステムって。
スピーカー 1
まあそうかもしれないね。
スピーカー 2
だからすごく短絡的な言い方すると、
それなりに学歴がある人ってフローに入った経験がある人が多い気がする。
なんとなくね。
フロー体験の成立プロセスと「流れ作業」
スピーカー 1
なるほどね。
なんかもしかしたらあれかもね、スポーツ選手とかも同じかもしれないね。
勉強でたら学歴でし、プロ野球まで行った人っていうのさ、練習みたいなさ、
鍛錬みたいなやつをさ、息を吸うようにやれるわけじゃない。
それは本当にフローだよね、ある意味ね。
スピーカー 2
いやフローだね。
何の話かというと、自分がフローに入るの結構うまいかもしれないって話だけど、
なんかそんな気がする。日々フローに入って仕事してる気がしてきた。
スピーカー 1
面白いね。今喋ったとこで切り取ると、日々フローに入って仕事をしてるみたいなね。
めっちゃ面白いですけどね。
スピーカー 2
フロー。日々フローに入ってるよ、はい。毎日フローに入ってるんだけど、
そこは否定はしません。そこは否定はしません。
スピーカー 1
面白いですね。
そういうふうにね、このセクションで今の話に繋がるところでいくとさ、
なんでフローって言われるのだったんだっけみたいなところが書いてあったのは面白かったなと思いまして、
この研究自体をさ、いろんな被験者のサンプルを取ってきて、
これってフローっぽくない?みたいなやつをチクセントミーハイが検証するみたいなプロセスなの。
その被験者の人にインタビューするとさ、今どういう状態でした?みたいなこと聞くとさ、
いやなんか流れてるような感じでしたとか、流れに運ばれてるような感覚だったんですみたいな。
そういうふうに僕が書いてきた。
っていうところから、この最適経験っていうあんまり無味観そうな名前にフロー状態っていう名前を付けようぜってなったみたいな話が書いてあって、
これなんか面白いなと思いましたよね。
スピーカー 2
いいねー、なるほどねー。
お前また自分の仕事の話になるんだけど、この1週間くらいめっちゃ忙しかったんよ。
はい。
いや、ほんとに少なくともこの1年では一番忙しい1週間だったし、
なんとなく医者人生順でも結構忙しい目の1週間で、
1週間で緊急の入院患者が多分10人弱、多いんだけどこれって、
1日に朝夜2件緊急の心筋梗塞の人がいて、深夜に家庭帖するみたいな状況になってたんだけど、
スピーカー 1
やばいね。
スピーカー 2
そう、めっちゃ忙しかったんだけど、これってかなり幸せなんじゃないのって。
俺、深夜の家庭帖をしてる時ってさ、マジでこの深夜の心筋梗塞病院に家庭帖のスタッフだけで、
自分の主義と患者と向き合って手術してるわけよ。
で、ご存知で俺は家庭帖好きだから、やってる時フローに入ってるんだけど、
これ、フローに入ってるっていう風に、意味付けというか言葉を与えることによって、
これから夜中の呼び出すに全く怯えずというか、むしろ喜びいさんで病院に向かえるようになるなってことを、
むしろ呼び出してくれてありがとうって、俺の人生に意味ある時間を与えてくれてありがとうっていう風に思えそう。
スピーカー 1
なるほどね、なんかあれだよね、千本ノックやってるみたいな状態に近いのかね。
なるほど、千本ノック。
次の球が来るかどうかというところにはさ、もはや意識はなくて、
球はもう来るんだからやるのみみたいなさ、そういう状態じゃん、なんとなく。
スピーカー 2
そうなんよ、なんかさ、もう10人来たって言ってたけど、5,6人来たぐらいからもう来い来いって思い始めた。
もう次次来い来い来いみたいな、来た来たみたいな。
むしろ、おっしゃ来たぞぐらいのテンションになってくるのは、それってフローだよな、明確に。
最初2人目の時はマジかって思ったけど、途中からよっしゃって感じになってきたから、
あ、俺はフロー入りしましたなっていう感じか。
スピーカー 1
なんかおもろいね、そう考えるとさ、世の中一般的にはさ、流れ作業ってさ、ちょっとさ、やゆするようなニュアンスがあるじゃない。
だけどさ、流れるように作業してる時はさ、実はすごくフロー的な状態ってことですよね、みたいな。
スピーカー 2
ってか、流れ作業とかの単純作業って意外とフローに入りやすいんじゃないかな。
スピーカー 1
入りやすいかもしれない、入りやすいかもしれない。
スピーカー 2
入りやすいかもしれない。
スピーカー 1
まあなんか、そうだよね、そうだよね。なんかそれ分かるな、それ分かるな。
なんかちょっとさ、このセクションにそんな言い方出てきてたか分かんないけどさ、なんかちょっと、鍛錬するとかさ、練習するみたいな類のものってさ、
ちょっとそういう側面あるじゃん。同じことを繰り返してやるとかさ。
スピーカー 2
うんうんうん。
スピーカー 1
例えばこの主義を身に付けますみたいなこともそうだと思うけどさ、自分の中にインストールしていくみたいなことあるじゃない。受験勉強とか。
スピーカー 2
あるあるある。
スピーカー 1
なんかその時ってやっぱちょっと、なんていうの、流れ作業に近いというか、
なんか同じことを繰り返し繰り返しやりながら、なんか自分を馴染ませていくみたいな、なんかそんなフロー説だったりすると思うんですけど、
なんかそういう状態がもしかしたらね、フローというかこの実情だった世界観みたいなのを作るのに役立つのかも分かんないですよね。
スピーカー 2
そうだね。面白いね。
スピーカー 1
面白い。
スピーカー 2
面白いわ。
フロー体験の重要性と「注意」の投射
スピーカー 2
俺、少なくとも5年前とかカテーテルしながらフローに入れてなかったからさ、今入れてること考えると、
カテの積み重ねでカテーテルが好きな事故が形成されて、まさに事故が作り出されていったんだなって。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
注意によって。で、フローに入れるんだなって。
スピーカー 1
山上くんが言ってくれたことがそのままの言葉でね、このなぜフローかというところに書いてますけど、
多くの心理的エネルギーっていうのを自分自身が選んだ目標にうまく投射できることができれば、
そこから帰ってくる、成功したとかうまくいったっていう結果が得られるから、
その自分自身のある事故っていうのを発達させたことに繋がるんだって、いいフィードバックサイクルがあるってことだと思うんですけど、
スピーカー 2
まさに山上くんはこの忙しい1週間そこに生えてたってことだよね。つまりね。
そんな気がする。
スピーカー 1
ああいいですね、いいですね。
スピーカー 2
うまくいったときの喜びはでかかったかなり。そういうことだね。
そうか。
いいねフロー。
スピーカー 1
なるほどね。
なんかさ、スポーツ選手とかもそうだし、今のめっちゃ勝て頑張るみたいなとこもそうだけどさ、
なんかそういうある種追い込まれた状態で、どんどんどんどん自分を高めていくというか、
自分をある種、ランナーズ範囲みたいな感覚にも近いのかね。
スピーカー 2
まさにそういうことだね。
スピーカー 1
いっちゃってる状態みたいな。そこに持っていくみたいなことが、今大事だよって話をしてるんだと思うけどさ、
なんかそういう状態は例えばさ、特にチームプレーじゃなくて、個人競技とかをやってるスポーツ選手とかってさ、
自分との戦いですからみたいなこと言ったりするじゃない。
スピーカー 2
ああ言うね。よくインタビューとか言ってるよね。
スピーカー 1
そうそうそう。なんかそこに対するさ、補足というかコメントがね、チークセンターミーハイからあって、
これ僕面白いなと思ったんでちょっと紹介したいんですけど、よく自分との戦いとかって言うじゃないですか。
だけど実際は何と戦ってるかっていうと、意識を無秩序にしてくるエントロピーとの戦いなんだって言うんですよね。
スピーカー 2
ああはいはいはい。
スピーカー 1
そう。だから自分と戦ってるというよりは、自分を守るため、自分のための戦いであって、
注意に対する統制、注意をどこに向けるかっていうものを確立する、そのための戦いなんです。
スピーカー 1
それを自分との戦いって言ってるんだと思うんですってチークセンターミーハイさんが言ってて、めっちゃおもろいと思いました。
スピーカー 2
いやおもろいね。すごくおもろいし、今の世の中だとその自分との戦いがどんどんどんどん激化してるわけね。
スピーカー 1
今みんな険しい戦いを送ってるんだと思うよ。マジで敵だらけだもん。周り。
スピーカー 2
そうだよね。やばいよね。
スピーカー 1
やばい。四方八方アテンションだらけですから。
スピーカー 2
そうなのよね。なかなか全員がインストールすべきだね、このフローの概念を。
スピーカー 1
そうね。めちゃくちゃ大事な概念だね、フローはね。
スピーカー 2
めちゃくちゃ大事だぞ。
フロー体験と集団、そして「受験は団体戦」
スピーカー 1
これめっちゃ長くなってるんですけど、最後にこれをどうやって使っていくのかっていうところが書かれてるセクションがあるんで、
一応ちょっと触れておしまいにしたいなと思うんですけど、行っちゃっていいですかね。
これ今フロー体験がどういうふうに成立するのか、どうのあったらいいのかみたいな話をしてきましたけど、
これが事故の複雑さってものとつながっていて、それによって人間は成長するんですよっていうのがこの章の最後の話題なんですよね。
さっきまさに事故との戦い、自分との戦いっていうのは、実は自分のための、自分の注意をあるところに向けるための戦いだみたいな話をしたけれど、
じゃあそうした結果何が起きるのかっていう話が最後に語られていて、そうした結果どうなのか、自分はより複雑になるっていうのがチクセントミハイの意見です。
どういうことって感じだよね。
どういうことだよね。
スピーカー 2
どういうことって思ったよ。
スピーカー 1
これを読み解いていくと、複雑になるということは一見するといいことだとあまり思われてないんだけど、彼はそれをポジティブに捉えていて、複雑さっていうのは、
最下、つまり違いを作っていくっていう能力と統合化、つまり一方に合わせていくっていうこの2つの営みの結果、複雑さが起きるんですっていうことを言ってるんですよと。
まだわかんないよね。何言ってんのって感じで。
スピーカー 2
全然わかりません。
スピーカー 1
この最下って何って話でいくと、他の人と自分自身との区別をどんどんどんどん強めていく方向。
つまりさっきの勉強の例で言ったらさ、より計算ができるようになる、俺すげえみたいな状態ってのが多分最下だよね。
スピーカー 2
最下だね。
スピーカー 1
一方で統合化っていうのも大事で、他者との結合、他の人と結びついたりとか、自分を超えたものと繋がっていくみたいな感覚を持つことが統合化だというふうに言っていて、
まあちょっと抽象的ではあるんだが、その2つが両立しているときに複雑な事故になっている。
つまり成長しているっていうふうに言うんだよっていうのがこの畜生富編が言ってることなんですと。
まだわかんないよねでもね。
まだわかんない。
これなんか具体があって、例えばロッククライマーってめっちゃ険しい状況で壁を登っていくわけだよね。
あれはある種めちゃくちゃ高度な技術、さっき山上くんは糧のこと主義っていうふうに言いましたけど、
高度な技術を身につけることによって、ある種他の人にも圧倒的にすごい状態になるわけだよね。
これは最下をしている状態だと。
なんだけど、それだけだと独りよがりですよということを言っていて、それだけだと多分他の人を蹴落としたりとかしていくことになるだろうと。
そうじゃなくて、もう一個大事なのは統合っていう概念で、つまり難しいことをいっぱいできるようになると、
それを一個の目的のために集約して機能させないとうまく成立しませんよねということを言っているんですよね。
その時にさっきのロッククライマーは、例えば他者、一緒に登っている人とか、世界とか地球とかと一体化している感覚を抱くんですみたいなことを言っていて、
この状態になると、めっちゃフローに入っているみたいな、そういうことらしいということなんですよね。
これを読みながら思ったのは、あれだ、これ情報統合理論じゃないと思って。
これ意識の情報統合理論っていうのを、4回か5回くらい前ですかねに扱ったんですよね、僕らね。
その時に意識が立ち現れてくる条件って何みたいな話があって、
一つは情報ですと、つまり局所的に違う情報があるってことが情報が高いっていうことを言っていて、
もう一つは統合ですと、局所的に情報があるんだけど、それが一個のものとして統合されてないと現象を認識できないと。
この二つが成立することが意識の成立要件なんだみたいなことを言っているのが、
スピーカー 1
ジュリオ・トドロニさんが書いた情報統合理論、IITって言われているやつなんですけど、これじゃんって思ったんですよ。
スピーカー 2
まさに意識だもんね、あれ。
スピーカー 1
そう。意識が現れてくるときには、この最下と統合が、つまりめちゃくちゃ特別な状態になるってことと、それを他と統合していくっていうこの二つが必要なんですよみたいなことを言っていて、
ちょっとした符号があるなと思って、面白いなっていうふうに。
スピーカー 2
これはなんだっけ、このミハイさんがさ、ミンキーが最初の方に言ってくれた、なんちゃらかんちゃら理論の立場に立って話しますよっていうのはさ、情報統合理論と近いところにあったりするのかね、もしかしたら。
スピーカー 1
確かにね、情報理論に基づいた減少学みたいなことをやるよって言ってたんだよね。確かにね、そこは繋がってる可能性あるよね。
スピーカー 2
なるほどね。俺はこの話を聞いてさ、俺もこの最後の章、全然よくわからなかったのよ。さすがに最下の統合がどういうことって思ったんだけど、結局ロッククライマーの例えでさ、個人距離に見えてみんなでの持ってる感覚を共にしていくって話を聞いて、
あ、なるほどと思って、さっきの受験勉強の話に戻るとさ、よく覚えてる?俺たちの担任団がさ、受験は団体戦って言ってたじゃん。
スピーカー 1
言ってましたね。
あれかと思って。
そんなのよく覚えてるね。確かに言ってましたね。
スピーカー 2
いやいや、ふと言葉がピンときて、これ、あの受験は団体戦ってやつじゃんと思って、勝手に踏み落とした。
スピーカー 1
なるほどね、なるほどね。
だからこの統合っていう言葉に落とし込まれると、なんかようわからんなってなるんだけど、何によって統合されてるのかって考えると、それはなんかもしかすると目標とかさ、
どこに向かっていくのかみたいな、そういう大きなビジョンみたいなやつがあって、
多分みんなさ、ちょっとでもさ、いい結果を得たいなと思ってたりとかするわけじゃない?
その時にみんなで、俺があいつより良くなるってことじゃなくて、みんなで上がっていくんだみたいな、そういう感覚を持つっていうことなのかもしれないね。
スピーカー 2
そうなんだよね。だからなんか、面白いよね。
フローって、自分の内面の意識の正義っていう意識の秩序立てっていう過程なのにも関わらず、そこで集団って概念がここで出てくるのが唐突ではあるけど面白いよね。
スピーカー 1
そうだね、確かにね。いきなり個人っていう概念から解放されるんだよね。
スピーカー 2
そうそうそうそう。だからなんでって思ったけど、面白くはあった。
しかもなんか、ピンときたから、どういうことなんだろうなっていう。
スピーカー 1
面白い、面白い。
そこは確かにおもろいですね。
でもなんかちょっとさ、そもそも今回その注意というか、フロー体験に入るためのキーファクターとして注意を投射するっていうことがあって、
その注意っていうのは、実はエネルギーなんですと。心理的エネルギーという風に言われてるけど。
そのエネルギーをあるところに向けることによって、うまいことフロー体験に入ると。
そのエネルギーっていうのは確かに、別に由来がどこであってもいい可能性はあるよね。
自分だけのエネルギーよりは10人のエネルギーの方が絶対大きいから、それが同じ方向に向かってったらめっちゃすごい力になるやんみたいな。
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
そういう比喩で捉えることもできるかもしれない。
スピーカー 2
なるほどね、投射するところが全員結果的に同じでしたっていうパターンね。
スピーカー 1
そうそう、だから投射するベクトルが合ってればベクトルの和が得られるわけですから、よりこっちにグンと進めると。
でもそれが統合されてなかったら、向かい合ってたらベクトルを投射しあって打ち消しあって終わっちゃうかもしれないみたいなことが起きるから、
そういう不和みたいなことが起きないように統合して、ある一個の目標に向かってずんと進んでいくみたいな。
そういう構造になっているとエネルギーは有効に活用されるよねっていう言い換えができる可能性があるかもね。
スピーカー 2
そう考えると分かりやすいね、確かに。
スピーカー 1
うんうん。
スピーカー 2
風に落ちるよね。
スピーカー 1
なるほどな、面白いですね。
第2章のまとめと今後の展望
スピーカー 2
面白いね、本当にね。いろいろ考えるね、やっぱね。
スピーカー 1
いろいろ考える。
うん。
いろいろ考えるね。
具体的な自分の生活の中の事例とスッと結びつけることができる場面が結構いっぱいあるじゃないですか。
スピーカー 2
そう、エピソードがどんどん湧いてくるこの収録会。
スピーカー 1
そうなんだよね、だからなかなかコンパクトにまとめるのが難しいというか、
一個一個掘り下げがいがある話題だなっていう感じがするところが名調ですね、その意味で。
スピーカー 2
そうですね、これリスナーの皆さんもいろいろこう、自分のエピソードとか重ねて聞いてくれるんじゃないかね。
スピーカー 1
確かにそうかもしれないですね、こんなことあったなみたいなところにね、かなりこうパッと繋がっていく、いきやすい話題がたくさんあるもんね。
スピーカー 2
ですね。
スピーカー 1
はい、ということで、何とか頑張って2章を読み切ることができましたということでございますが、だいぶたっぷり時間使ってきて。
スピーカー 2
そうですね、まあ楽しかったね、でもね。
スピーカー 1
いやー楽しかった、面白かったですね。
はい。
スピーカー 2
かたらじお。
はい、ということでお疲れ様でした。
AIとの比較とカオスの宇宙、フローの自由シリーズの継続
スピーカー 2
お疲れ様でした。
スピーカー 1
いやいやいやいや、第2章面白かったですね。
スピーカー 2
いや、面白すぎるよ。面白すぎるよ。やっぱね、かたらじおいいなって思うのが、
事前に自分で読んで出した結論と全然やっぱこう、みんと喋ったときに出てくる結論が違うんだよね。
スピーカー 1
あー確かに、それあるよね。なんか僕が書いてあるメモに全然入ってないことをやっぱ山上くんがぶっこんできてくれたりとかするもんね。
スピーカー 2
お互いなら。
スピーカー 1
あ、そこ残ってたんだって思う。
スピーカー 2
そう、そう。しかも俺今回、俺ついにね、チャットGPTプラスに課金し始めたんよ。
はいはい、そのタイミングで。
スピーカー 2
よくミントさんが、壁打ち相手にチャットGPT使ってるって言ってたじゃない、本の。
スピーカー 1
はいはいはい。
スピーカー 2
で、俺もそれ始めてさ、今回のショーとか、結構俺チャットGPTとか語ってさ。
スピーカー 1
うんうんうん。
スピーカー 2
しかも今回の収録会かたらじおだったらどういう結論出すと思うみたいなことも聞いてみたいとかさ。
スピーカー 1
ほうほうほう。
ちょっと試しに実験してみたんよ。
スピーカー 1
なるほど。
全然違うやっぱね。生のかたらじおはね、チャットGPTと全然違うなっていうことに。
スピーカー 1
いいね。
スピーカー 2
気づいた。
いいね。
もはやチャットGPTすらノイズというか、このフローに入るためのノイズなんだなっていう風な。
スピーカー 1
いいね。
はい。
いやー、そうか。いいですね。
スピーカー 2
そう。
スピーカー 1
だって今回この本やっぱ面白いから、全然、あれですよ、AI使ってないもん読むとき、逆に。
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
そう、だって前回はやっぱ読むのしんどかったんだから。
たしかにね。
スピーカー 2
たしかにね。
スピーカー 1
ちょっとこれまとめてもらうとあかんなーみたいなそんな感じだったんですけど、今回むしろメモをまとめていくのが楽しくて仕方がないみたいなそんな感じの本。
スピーカー 2
いや、俺も実験的に使ってみただけなんだけど、確かに不幸幸福の話をすると、チャットGPTと壁を写してて面白くないのよ。
あ、そっかーって思うし、こういう風にまとめるんだーって思うんだけど、なんかいまいち記号設置しないというかさ。
結局やっぱりチャットGPTはバージョン5.2になったところでチャットGPTなんだなっていうのが、今回の本で壁写してみた結論だね。
やっぱ生の人間と喋ってても何百倍楽しいというか語らずですよ、やっぱり。
スピーカー 1
いやー、だってあれでしょ?チャットGPTは何かに没頭したことないでしょ?
スピーカー 2
そうだ!彼らはグローに入れないんです、残念ながら。
スピーカー 1
そう、入れないんですよ。入れないんですよ。
スピーカー 2
かわいそうにチャッピー。
スピーカー 1
まあまあまあ、そんなところでもありますけど、面白かったですね、やっぱりね。
そしてそれぞれ読んできて対応するというところがやっぱこんなに楽しいなという感じが改めて感じましたね、というところではありますけれど、
ちょっと改めてサクッとまとめると、なんか第2章っていうのはやっぱり全体の中でいくと、
意識の分析というタイトルの通り、その意識っていうね、今回フロー全体の概念の中で大事なパートになる意識というもののメカニズムを解き明かそうじゃないかみたいな、
そんな続きの章だったかなというところではあるんですが、
もう早速3章以降に今後入っていくと思うんですけど、3章以降ではね、
じゃあ俺らどうしたらいいの?というところがまさにテーマの主軸に入ってくるというところなので、
ここまでもね、かなり自分たちの生活だったりとか経験に見せずに結びついていたけれども、
3章以降はより具体的に僕らの日々の生活、楽しさと生活の質っていうね、
スピーカー 1
マジでそのまんまみたいなタイトルが3章についてくる。
スピーカー 2
いいね、次具体来る。
スピーカー 1
そうなんですよ、具体が来る。
スピーカー 2
来るんでございます。
スピーカー 1
というところでございますと。
スピーカー 2
はい。
ところでね、なんかこれむしろゆっくり読みたいっていう気持ちになるね。
スピーカー 2
これ一章一章でいいよね。
一章一章からどんどんどんどん我々の中身を引き出せる気がするんだ、この一章一章から。
むしろ早く読んだらもったいないよね、これね。
スピーカー 1
いや、もったいない。もったいないのよ、本当に。
そんなもんあるっていうくらいもったいないんですけど、やりましょうと。
スピーカー 2
やりましょう。しゃぶり尽くしましょう。
スピーカー 1
いやー、それがいい。
スピーカー 2
はい。
ということで、今回のカタラジオは、すいませんね、久しぶりに収録時間だけでいくともう1時間半を超えてしまってるという。
スピーカー 2
本当だね、長いね。
スピーカー 1
ここまで聞いてくださった木戸くんの方は本当にありがとうございますと。
スピーカー 2
ありがとうございます。
スピーカー 1
というところで、次回は3章1個進めていきたいなと思いますので、ぜひ皆さんもこの本をお手元に取って一緒に読んでいければ嬉しいなと思います。
スピーカー 2
ですね。
スピーカー 1
よろしくお願いします。
スピーカー 2
お願いします。
スピーカー 1
ではでは、今回の特集はこの辺で。
スピーカー 2
はい、おやすみなさい。
01:34:42

コメント

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