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はい、始まりました。【ケアラジ】です。【ケアラジ】は、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
今回のゲストは、寝屋川市民たすけあいの会 事務局長の冨田昌吾さんです。
冨田さんとのつながりは、僕がクラウドファンディングをしたときにつながりができたっていうご縁なので、
割と最初に知ったのは結構前になるんですけども、それは直接お話したことがなくて、
ただちょっと、若者支援内でつながりがある人がいたりとかしつつ、ちょっと気になっていた方ではあって、
今回はソーシャルビジネスっていう言葉があると思うんですけど、
そこに対するモヤモヤみたいなのを、福祉分野の専達である冨田さんに聞いてみようという感じで、
お声掛けしてご承諾いただいたということで、いろんな話ができたと思っています。
大変面白い内容になったので、ぜひ皆さんお聞きください。
はい、では始まりました。けあらじです。
今日のゲストは、にあがわ助け合いの会事務局長の冨田翔吾さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。一応、団体名はにあがわ市民助け合いの会についてます。
失礼しました。市民助け合いの会で市民が抜けておりました。
はい、ありがとうございます。
はい、ちょっと突然、僕がお声掛けして、はい、っていうこの対談になりましたが、
そうですね、まず簡単にできるのがあれなんですけど、自己紹介いただいてもよろしいでしょうか。
はい、実は寺戸さんとこうやって対面で話をするのは、対面で言ってもオンラインですけど、
一対一でこうやってお話しするのは初めてですけれども、
大阪のにあがわ市にあります、にあがわ市民助け合いの会という団体の事務局長をしております、
富田昌吾と言います。どうぞよろしくお願いいたします。
お願いします。
はい、そうですね、あのうちの会自体がもう1978年に会が設立をされている団体で、現在が44年目か。
あーすごい。
はい、なります。地域福祉っていう福祉の分野がありますけど、
地域福祉の分野では早々期、草の作る期って書くんですけど、
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住民が自分たちで団体を作って活動を始めたっていう、日本でももう初めの初めの、
日本でいくつかある団体のうちの一つというふうに言われています。
はい、どうぞよろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。
そうかそうか、僕も一応団体さんのページとかいつも拝見してて、確かに地域とかなり連携しているというか、
はい。
いう印象があって、
はい。
ただ、障害福祉っていう印象もあったので、
はい。
なるほど、地域福祉なんだという。
そうですね。
はい、もともとはボランティア団体なので、
はい。
これこそ1978年当時っていうのは、ボランティアっていう言葉自体が全く市民権を持っていなくて、
事前事業からようやくボランティアっていう言葉が出始めたぐらいで、
もともとは大阪にある大阪ボランティア協会って今は社会福祉法人なんですけど、
大阪ボランティア協会が地域のいろいろな個別のボランティアニーズみたいなのを、まだコーディネートっていう言葉がなかったらしいんですけど、
うんうんうん。
ボランティアコーディネートっていう言葉を作る前に、
いえばうちの団体のうちのエリアですよね、値上川市っていうエリアからすごくたくさん障害のある子どもさんのご家庭からのニーズがたくさん来て、
なるほど。
それに個別でボランティアを紹介するみたいなことをやったんだけれども、うまくいかなくて、
これはダメだみたいな形でうちをモデルにして、
言ったら地域ケアシステムを作ってみようみたいなモデル事業っていうか、大阪ボランティア協会のプロジェクトチームみたいなのができたのが値上川で、
えー。
それが今から50年前です。
50年。
はい。そこから言ったら団体をうちで住民の人とか値上川市の学生さんとか主婦の人とか集めて、
はい。
で、出来上がって会を発足させたのがそれから3年後の1978年。
なるほど。
社協のボランティアセンターができる前。
さらに前ってことなんですね。
はい。社会福祉協議会に今どこでもボランティアセンターってありますけど、
そうですね。
ボランティアセンターがまだできる前に、うちがボランティアのセンターみたいなものを作って、
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民家を借りて、で、言ったらボランティアの集まる場所と、で、サロンをやったりとか、そういった活動を始めた。
っていうのがスタート。
うーん。
だから、高齢障害子ども関係なくって、
あー。
ニーズが来たら答えるみたいな形でやっていたので、基本的にはもう地域ベースでやっていて、
どうしてもサービスが進んで、2000年ぐらいからサービスが進んでくるようになって、
ニーズに答えるっていうことを考えると、隙間になっていたのが障害の方が多かったから、
結局、制度の歩みとともに障害のある方がニーズが増えてきたというか、遅れてきたので、
その流れでNPOを2001年に作ったんですけど、
作った時に障害のある人の方が支援が届かないからっていう形で事業化したのが主に障害の分野だったっていう、
そういう流れです。
なるほど。
だから、今の現段階の団体さんを輪切りにしてみると、なんだか障害福祉のように見えるけども、
そういう経緯があって、今届かないところがたまたま障害っていうところだったっていう。
そうです。
なるほど。めちゃくちゃ納得というか。
だから今でも障害者福祉っていうふうに言われますけど、
うちがやってるのは柔道重複の人と、高機能の人と、難病と、引きこもりと、みたいな形になります。
なるほど。
やっぱりあれなんですかね、さっきおっしゃったみたいなサービスっていうところが、介護保険はまさにそうですけど、
2000年、障害の福祉サービスが結構の時に整備されてきて、それでもやっぱり届かないっていうところが今おっしゃったような、
難病とか保健所管轄だけども、なんだか手も足りてないな、みたいなところになってきてるという。
そうですね、グループとしてというか、こういう集団、例えば難病なら難病とかっていうふうにグループするのが、難病なんかは広いので難しいですけど、
例えば、うちで今主に高知能機能障害の方の支援をしてますけど、高知能機能障害といっても、うちの場合は65歳になる前、だから若い人。
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だから一番若い人は10代から、みたいなもう基本的には本当にレアって僕は好きな言葉じゃないんですけど、
一般的に言われるその少数の、さらに少数みたいな方のサポートみたいなのがやっぱり圧倒的に多いですね。
なるほどな。
だから制度が作られていっちゃうと、うち離しちゃうので、制度とかサービスが充実していったらもうそれはうちがやることじゃないよ、みたいな形でリリースしちゃうので、
はいはいはい、なるほど。
だから、ずっと隙間を埋め続けてるみたいな感じ。
なるほどな。
でも今の社会って言ったらいいのかわかんないですけど、全体見てると、まさにその1978年の状態に戻ってきてるというか、
確かにサービスはできていってるんですけど、
またやっぱりごちゃもぜにしないとね、みたいな地域福祉っていう観点がかなり揺り戻しがきていて、
なんかその障害がある方もやっぱり高齢の方も多世代交流とかって言われ始めてるなぁと思ってて、
それはちょっと富田さんからの目を見て、どんな風に映っているのかなっていうのが。
寝屋川市っていう地域自体が高度性経済成長時に、多地域から流入してきた方が圧倒的に多い地域なんですよね。
1960年代の半ばぐらいに人口3万人だった寝屋川市が、15年ぐらいで10倍に増えたらしいんですよね。
だから一気に田んぼと蓮根畑ばっかりだった寝屋川市が、一気に人口がわーっと増えた。
多地域ですよね、特に岡山県の北部とか広島とか沖縄とか、あと九州も多いのかなのエリアから割に働きに来て、
京阪沿線1本なので、北浜とか淀屋橋に働きに行ける。隣が門真市なので、今パナソニックですけど松下があるので、松下の孫受けですよね。孫受け、非孫受けの町工場がいっぱいあるので、
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そういうところでみんな働く。結婚してお金が貯まれば寝屋川から出ていく。
結婚して子供さんができた時に仮に障害があったりとか、ちょっといろんな経済的な事情とかでサポートが得られないとなると、頼るべき家族もいないし、知り合いもいないみたいな。
そういうのがちょうど今から50年ぐらい前の寝屋川の状況だったみたいなんですよね。そういう観点からも今おっしゃったように、今の時代と似てますよね。家族が崩壊して家族機能がすごく脆弱になって、
言ったらサービスで頼らないといけない。今はサービスがどんどんあるから、お金を持っている方はそのサービスを利用して何らかのサポートは受けられるけれども、お金がなければ言ったら自分たちで何とかしなきゃいけないみたいな状況は、
たぶん、ありようとしてのごちゃ混ぜというよりは、地域の構造としてはすごく似てるなというふうには思います。
構造的にちょっと似てきてるよという。
そうですね。
なのでやっぱりそれが必要だっていう人が当然出てきてる。
そうですね。
かなという感じ。
出ますね。はい、それはそのように思います。
最初、富田さんにお声掛けした時に、なんかモヤモヤしてるんですっていう感じの問いを投げさせてもらって、
僕35でもう6になるんですけど、割と中堅というか、この福祉分野だと若手と言っていいかなと思うんですけど、
なんかこの若手、ワーカーのモヤモヤってあるなと思って、僕らより下の子たちはもっとあるのか、
僕が結構板挟み世代なのかもしれない。
そうですね。
割とその、何て言うんですかね、そのサービスっていうものと、行政サービスっていうものと、
あとは民間の本当に株式会社とか、ある種の利益を上げていかないといけないっていう形態と、
NPOとかそれこそボランティアベースの団体っていろいろあると思うんですけど、
僕ら世代で言うとやっぱりちゃんと飯を食っていかんといかんっていうところがあって、
なんかもうちょっと収入を得られる手段ないかなとか、考えながら今のお仕事やってるんですけど、
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他方でNPOとかもかなり、まだまだなんでしょうけど、割と賃金を上げるんだみたいな、
しっかりそういうことを宣言するNPOさんも出てきたりとか、
それは良いことだなという一方で、なんかやっぱり基本福祉のサービスで、
先の流れで言うと自営記者の方からお金を取れないっていうのはまず構造的に根本にあって、
で、なんか僕は嫌か思ってるのはやっぱりNPOとかがすごい相談者さんとのエピソードとかをバーンと出していくわけですよね。
- 出しますね。
- わかるわかる、それ必要だよねってわかるんですけどやっぱ燃えちゃうっていうか、
なんて言うんですかね、なんか僕は公的な立場から言うと毎日起きてることなんですよね、
ある種の感動的なエピソードって、それを周りとパッケージしてバーンと打ち出すっていうところにまずちょっと、
わかるけどなーっていうちょっと違和感があって、
わかりますか?
- わかりますね。
- この辺ってどうなんか消化していったらいいんだろうっていうのがちょっとあるんですけど、
なんか富田さんどういうふうに捉えてらっしゃいますか?
- えーと、まあ何だろう、いろんな切り口があると思うので、
すごく最近発言をしたりとか発信をするときに気をつけないといけないなって思うのは、
やっぱり今の社会のそういった情報の捉えられ方っていうのが、
いろんな方、いろんな立場で発言をすることができるようになったっていうことはすごくいいことだと思うんですけども、
一方で、すごく門切りで、
Twitterの世界なんかがまさにそれの典型だと思うんですけど、
門切りでそこだけを切り取って、
発言を利用されるっていう、すごく器具を持っていて、
それは先ほど寺田さんが言われたように反面逆側から見ると、
消費されるものとして情報が前提として存在するっていう、今僕は社会にあると思っていて、
で、例えばそれが営利事業であろうが非営利事業であろうが、
例えば先ほど言われたように、何らかの利用者さんであったり、利用者っていうのがいいのか自営記者っていうのがいいのかわからないですけども、
利用者さんとのエピソードみたいなものを、
上手に商品化する、要するに消費されやすいように行っていって、
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例えば寄付であったり、自分たちのビジネスに利用するっていうことが、大前提の社会に今なっていると思う。
だから、うちも基本的にエピソードをそういう形で発信することはしないんです。
当事者の方が自分たちで発信をするのは止めません。
基本的に応援をしますが、支援者とか団体がそのエピソードをして、
何らかの形でそれを商品であったりとか、寄付を集めるっていうのもそうですけど、
そういう形で発信するっていうことは基本ほとんどしない。
全くしないかな。
そこはマーケットっていう言い方がいいのかわからないですけど、
ソーシャルマーケットみたいなものがもうすでに醸成されていて、
そのこと自体は全然否定はしないですけども、
基本的にその世界にうちは足を踏み込まないっていうスタンスにしてますね。
なるほど、なるほど。
そうですよね。結局それが前提だということですよね。
そういうふうにポンと出して、どういう人がそのマーケットにお金を出しているかはわからないですが、
企業のそういうCSR部門の方とか、一般のそういう何か自分が貢献できないかみたいなのが出らっしゃる方が、
いわゆるソーシャルマーケット的には消費者側で、市場がもうすでにあるんだと理解したらいいですかね。
僕はそうかなと思っていて、うち初めに申し上げたとおり50年近くやってて、
僕が1990年ぐらいからこの世界にいるんですね。正確に言うと僕は障害のある方と小中高と一緒にいたので、
それこそその中学校の時、高校の時から、今はもう作業所と言わないですけど、
作業所の運動であったりとか、それから地域の学校に行くっていう大阪っぽい運動ですけど、
高校に障害のある人と一緒に行こうみたいな運動をやってたので、そこまで行くとだいぶ元になりますけれども、
今の団体にきて、僕が今30年なんですね。
ちょうど景気になったのが、昨日オリックスが優勝しましたけど、オリックスが優勝したのが26年ぶりって言ってましたけど、
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ガンバロー神戸の時が日本一だったらしいですけど、
だからまさにあの阪神淡路大震災っていうのが大きなやっぱりターニングポイントで、
ボランティアっていうことがその7,8年前からいろんなムーブメントが起こっていて、
そのボランティアムーブメントの中に阪神淡路を契機にしてNPOっていう言葉が流行って、
90年代の終わりにNPOが言葉として成立するようになってきた。
多分そこの時代はそんなにNPOとか核あるべきとかっていう話ではなかったんですよ。
ところがちょうどその介護保険が始まって、福祉の分野で言ったら一番わかりやすいのは介護保険。
実は介護保険っていうのは福祉の分野では典型的なものだと言われますけど、
やっぱり介護保険を要求したのは別に高齢化社会になったからというわけだけではなくて、
あの仕組み自体はやっぱりそのバブル崩壊から日本の社会の構造が変わっていって、
ちょうどあの前後から小泉改革って言われるものが進んでいきますけども、
やっぱりその日本の経済が、それまでの構造、経済成長の流れみたいなものではダメだっていう流れの中の延長線上で、
やっぱり介護保険の仕組みっていうのができてると思うんですよね。
だからやっぱり企業が参入していてマーケットを作っていくっていうような流れが、
その福祉分野、高齢者福祉の分野、高齢者介護の分野が介護保険だっていう理解をやっぱり僕なんかはしてて、
だから介護とか福祉の分野以外もやっぱりNPOのいろんな流れみたいなものが、
行政の第三セクターからその次の指定管理っていう流れに流れていく時代も同じ時代だと、
要するに行政も考えていかないといけないっていう風に、
行政の財政の構造改革、それから自治体の豊かっぺみたいな、
いろいろな公的なセクター、まあ行政ですね、行政のセクターも民間の株式会社も、
やっぱり1990年代の終わりから2000年かけてそういう流れが来たと思うんですよね。
でNPOが、そうやってNPO法人ができて、まだまだ混沌としてた時に、
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やっぱりその流れの中に2005年前後ぐらいかな、ガッサーと入れられた感じがあって、
で、先ほど寺田さんが言われたように、そのNPOでくれるようにみたいな話が、
実はもう15年ね、だから17、18年か、18年前からその流れの時からあった話なんですよね。
それを目標にするという流れで、まあ言ったらずっとやってきはった人たちが、
今、なんだろう、反省してはるかな。
僕らより上の世代、あの時はまずかったよな、みたいな。
あのドラッガーであったりとか、言ったらあの当時NPOのいろんな研修であったりに、
必ずドラッガーの話が出て。
なるほど。英系の本も出してますもんね。
ドラッガーであったり、あと2、3人の方がずっと出てきた時に、
あれは正しい方向性だったのかっていうことを、
僕らより上の世代の人は、やっぱり何人かの方は言ってはりますね。
なるほど。
で、僕らは第二世代なので、
それこそその30、僕は30代ぐらいかな。
僕は今54なので、
僕らが30代になった時、ちょうど寺田さんと今同じぐらいの時がまさにその時代。
介護保険が始まり、障害が支援費が始まり、自立支援法が始まりっていう、
そういう時代なので、
もやもやしながらも、その大波に乗っていかなければならない。
でもそれでいいのか、みたいな。
で、たぶんグラミン銀行の話とか、
企業のCSRがアップデートされて、
新たな形でファンドができたりとか、
いろんなそういった構造がアメリカ型のNPOの世界みたいなものが入ってきて、
2000年代の後半に突入していった、みたいな形になるかなと思いますね。
だから1990年代に、うちはちょっと違いますけど、
介護保険をほとんどのところに参入してはりましたけども、
住民参加型の、
住民参加型在宅サービスって言ってたかな、
そういうふうに住民の人たちがサービスを作ってやってたところが、
介護保険を参入しなくて、そのまま活動を続けてはったところは、
もう2010年ぐらいに全てなくなっているので、
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解散してはるので、
その大波に結局は生き残っていけなかった。
介護保険のサービスみたいな形に、
参入していくか、
豊中みたいに社会福祉協議会が地域福祉の展開をして補助金を出して、
社協のサポートを受けて、
より公的なサポートを受けて、
自宅活動を続けられていた、
みたいなところしか残らなかったですね。
なるほどなぁ、
そういうやっぱり波があるわけですよね、
その全体を見た時に。
そうですね、東日本が来て、東日本の震災が来て、
今度は第三世代に移っていきますから、
やっぱりあれで構造がガサッと変わってしまったので、
やっぱり東日本を契機にして、今多分、
テラトさんたちの世代の人たちがNPOを食べれるように、
みたいな形で、
積極的に、
ちょっとテラトさんは上ぐらいかな、
今40前後ぐらいの方々が積極的に動き始めていく、
みたいな、こんな時代が三世代目かな。
なるほどなぁ、やっぱりその流れは、
結構繰り返してますね。
繰り返してると思います。
これをやっぱり外観取得ことが結構、
もやもやを、もやもやじゃなくて、
一個の手段かなって、今お話聞きながら思ったのと、
でもやっぱり大波には乗っとかんと、
いうのもありますよね。
ありますね。
大波にただ飲まれるだけじゃなくって、
僕よく言うのは、
波には飲まれないといけないけど、
溺れないようにしようね。
だから飲まれなければ、
食べていけなかったり団体相続しない。
だから、本当に昔の武士の話じゃないけど、
肉を切らして骨を断つじゃないけど、
そういう風にしてじゃないと、
やっぱり特に地域型の家みたいな団体は、
生き残ってこれへんかったなっていうのはありますね。
なるほどなぁ。
やっぱりなんかそのギャップに、
結構しんどくなるというか、
いやわかんねんけど、
もうちょっと例えばですけど、
これもずっと続いてきてる流れなのであれなんですけど、
やっぱりこれって公的事業としてやるべきでしょみたいなとか、
もっと行政がやるべきでしょみたいなところのモヤモヤってあると思うんですよ。
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ありますね。
でもやっぱり、
その流れはなかなか戻しづらいんだろうなっていう構造もなんかありそうで。
ただそこの議論だけは本当に、
40年前50年前からちっともアップデートされてない。
だから行政がやるべきですよねっていうのが、
ものすごい関連的でしかない。
だから具体的に、
こうだから公的なものとしてやらなければならないっていうことを、
明確に言ってくれる人たちがあんまりいない。
なるほど。
すぐそういう議論をすると出てくる議論は2つだけなんですよ。
ビジネス的に再三が取れるか取れないか。
これはより日本国憲法をはじめとした権利に基づいて、
公的に行わなければならない。
正しいんですよ。正しいけど、
その議論は50年も60年も前からずっとある話あって、
今の社会事情に合わせて、
ここがスタートラインだとしても、
もう少し建設的で、
発展的な議論をしましょうよって、
上の世代にも下にも言うんだけど、
この議論はめっちゃ嫌われますね。
何なんでしょうね。
だから、
確かに確かに。
セオリーがないんだなと思う。
セオリーがない。
確かに。
そうですね。
なんかでも新しいここに、
ここに何かイノベーションが必要というか、
新しいロジックがないと、
結局対立で終わっちゃうというか。
そうなんですよ。だから、
パターナリズムになっちゃってて、
だから、
例えば、
いまだに福祉の世界なんかで、
北欧ってこうだよね、
アメリカってこうだよねっていうのを、
すぐみんな言うじゃないですか。
北欧の委託じゃねえ、言いますね。
でも、
実際、
例えば、
デンマーク、スウェーデン、
それからノルウェー、フィンランド、
アイスランド、
5つ北欧5国の国の状況を、
原文に近い形で読んでみたら、
90年代に言われてた、
北欧の状況と今全く違うわけですよ。
社会構造も変わってるし、
全く変わっていて、
それをでも、
日本の場合ものすごい切り取った、
フィンランドの教育はいいとか、
学校教育はこうだとか、
デンマークのコミュニタリズムはこんなんだとか、
っていうようなことだけが入ってくる。
確かに。
いやいやいや、
もう30年も経ってねえから、
ええ加減にアップデートしようよって思うけど、
こういう議論には日本ではならない。
33:03
アメリカはこうだよねって、
いやアメリカも言ったら、
公的なオバマで言ったら、
医療保険が制度化されて、
変わっているわけだから、
州によっても全然差があるし、
っていうことが、
一方で民主党と共和党の話で、
青や赤やっていうのがあるにもかかわらず、
その州の違いであったり、
自分たちの分野の福祉であったり、
そういった社会保険の制度には、
議論がかみ合わない。
要するに合致して議論ができる人が少ない。
確かになあ。
思いっきり本、
今ここに手元にちょうどあって、
ポルケホイスコーレの、
まさに切り取ってる。
いいんでしょうけども、
やっぱりずっとずっと、
例えば僕たちも、
僕は本当に民間で、
システムエンジニアやってて、
ポンと介護の世界に来たっていう人間なので、
一応なんか外観的なものって学ぶんですけど、
じゃあ今自分たちがどういうフェーズに出て、
とかってやっぱりなんか、
学べない。
学べないのと、
団体によっちゃうというか、
しかもそのやっぱり、
大波に飲まれないぞっていうのがすごい大事なので、
結局そういう根本的な議論をする時間も、
場もないので、
なんだ、なんかモヤモヤするなっていう、
若手ワーカーが、
対応生産されているっていう構造がやっぱあるなっていうのはあって、
もうちょっとこう根本的な議論をなんかしていきたいなとは思うんですけどね。
だからソーシャルビジネスっていう言葉は、
バングラディッシュのグラミン銀行の、
平和賞を取った彼が使った言葉だっていうことはみんな知ってても、
今そこからもう20年30年近く経ってて、
ビジネスの世界では例えばグラミン銀行の、
マイクロなんとかっていうんだよな、
ごめんなさいちょっと名前忘れちゃったけど、
あの方法自体が成功してるか成功してないかっていうことは客観的にビジネスの世界では、
計画なんかでは評価をされているわけですよね。
ところがそれを言ったら日本のソーシャルセクターの人たちが、
その議論に乗れるかって言ったら乗れなくて、
じゃあ、あなたたちが言っているソーシャルビジネスって一体何?っていう議論を問いかけたときに、
いやーってなんかもうソーシャルっていう言葉が、
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その戦略的に使っておられる方に関しては否定はしないですけど、
あの戦略的じゃなくてぼーっと使ってる人には、
じゃああなたの言うソーシャルって一体何?って。
やっぱりビジネスって基本的にマーケットを作っていかないといけないわけだから、
隙間になっているものですよね。ニッチな部分っていうのを、
ニッチじゃないようにすることで商品化していく。
ってことは逆に言ったらソーシャルであろうがなかろうが、
ビジネスって生活の中で何かのグッズ商品を開発していかなければビジネスとして存在しないわけだから、
別にソーシャルビジネスって言わなくたって、
ビジネスそのものは、まあ言ったら還元の仕方っていう別のフェーズはありにしても、
ビジネスそのものはソーシャルじゃなかったら成り立たないはずなんだよね。
そもそもソーシャル。
そもそもソーシャル。
そうですね。
ただその会社、カンパニーなり、
言ったらオーガニゼーションがその利益っていうものが出た時の還元の仕方みたいなものが違えば、
A、Bっていう商品ができそうなものがあった時に、利益率を下げてでも、
Bを商品化して作っていく必要があるという風に経営判断をするかどうかっていう議論にしないと、
本来はダメなはずで。
そうですね。
そういう議論が、自称NPOって言ってる人たちとなかなか議論できない。
確かに確かに。
僕も全然ビジネスの感覚がなくて、会社作って、
いよいよそういうものはほんまにちょっとずつわかってきたっていう感じで、
ある種のビジネスの厳しさも知るというか、
結構福祉分野にいてると、僕会合の時とかほんまそうやったんですけど、
なんでこのタイミングで値上げすんねんとか、
それの今振り返ってもそのタイミングとかも、
全然ビジネス的に見てもあかんかったなと思うんですけど、
でも結局福祉畑にいると、なんかそういう風になっちゃうというか、
利用者サイドに立ちすぎるっていうんですかね。
単眼になりする。単眼なんですよね。副眼にならない。
そうですそうです。ほんまに単眼になっちゃってたなって思って、
副眼的になるためにやったわけではないんですけど、
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結果としてやっぱり経営者側の立場もわかって、
僕今就労支援もやってるので、
ともすればその企業バッシングになっちゃうわけですよ。
もっと企業を受け入れろとか、
例えば内部留保こんなあるやんけみたいな、
それは確かに構造的にあるんですけど、
でも人を雇うってどんだけやっぱり大変なのかとかがわかって、
ちょっと在り方変えなあかんなあみたいな風に思えたので、
そうですね、なんかやっぱり副眼的に社会をちゃんと見て、
議論ができるまずそこの基盤を作らないと、
さっきみたいにふわーっとしたソーシャルビジネスとか、
じゃあこれはもうこうがやるべきだってなっても、
じゃあそのこうって何なんですかとか、
どこまでどういうロジックで公的機関をじゃあ動くんですかみたいな議論、
なかなか発展していかないっていうことですね。
そうだと思いますね。
だからこうという言葉を、
そもそも日本にNPOが入ってきて売ろうとした時に、
セクター論が盛んにその時に言われたわけですよね。
そのセクター論も何かいつの間にかすり替えられていて、
公共を行政以外のものが作るんだって言った議論が、
ものすごくいつの時代かな、
たぶん典型的だったのは東日本以降だと思うんですけど、
すごく賄賞化されて作られるようになってしまった。
本来日本の今の状況を考えた時に、
高齢化社会が進んで、都市東京圏一極化が進んで、
家族機能がどんどん脆弱化していって、
家族の人数が少なくなっていった。
ということは、行政が何かするっていうものを、
公的なセクターだと言ってるのではなくて、
会社、要するに営利のセクターでもなく、
行政のセクターでもなく、
それから安上がりどうのこうのではなくて、
自分たちも参加をして、
コミュニティに移っていくみたいなセクターが、
本来NPOの役割だったはずなんですよ。
だから日本はすぐ自治会とか、
これは明治の天皇制からの流れで、
そういうふうに共同体とかって言っちゃうんですけど、
例えばカナダとかアメリカとかオーストラリアに行くと、
必ずコミュニティディフェンスみたいな、
要するに自分たちの地域は自分たちで守るよ、
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みたいな活動っていうのが基本的にあるんですよね。
それは良い部分も悪い部分ももちろんあるんですけど、
住民同士の、日本で言うと助け合いの活動みたいなもの、
要するに参加をするっていうことに対して、
日本なんかよりもものすごく積極的なんですよね。
だからそれがおそらく個人の行が、
どんどん個人主義的にって言い方、
個人主義は難しいんですけど、
この社会になっていけばいくほど、
そういったものを改めて作り直さなければならないっていうのが、
本来の行と行だった話なんですよ。
ところがなんかその議論が、
特に東日本以降、おかしな議論になってしまって、
どんどんそういった議論じゃなくって、
NPOが作るやとか公的なものがお金を出して、
今度はあなたに今日を作るようになってしまった。
共同体の今日みたいな、
その方の今日を作るようになってしまって、
職業団体にお金を出すとか、
いわば何かの商店街のところにお金を出すとか、
そういったビジネスじゃないのっていうようなところにも、
公的なお金がどんどん入るようになって、
公のようなものがすごく歪んだ形で、
特に東日本以降議論されるようになってるなっていう気がしますね。
いやー、なんかこの公っていうパブリックの、
すごい概念的にも難しいし、
でもだからこそやっぱり積み上げていって、
知識もそうだし歴史もそうだし、
これなんか哲学だと思うんですよ。
で、その僕が多分もやもやしてるのってもうそこかなって思い始めてて、
結局まあその組織が波に飲まれないように存続していく、
そのためにビジネスも学ぶっていうのはあるんですけど、
なんかそこの議論しないと、
なんかこう、全然それぞれの船に乗って、
バラバラ進んでて、
で、その公っていうものもなんかよくわからんままだし、
日本の深度差みたいなものって全然発展性なく、
で、公っていうそのパブリックの意味で言うと、
わかんないですけど僕の感覚的にはどんどんシュリンクしていって、
ちっちゃくなっていってる気がしてて、
45:00
なっていってると思いますね。
で、復興しようっていう動きもなんかちぐはぐになっちゃうっていうのがあるので、
これはそうですね、言ったら民主主義というか、
その民主主義に行き着くのかなって今ちょっと話聞いた。
そうですね、デモクラティックなものに行き着くっていうのは正直よくわかります。
でもそこの復興ってすっごい手間がかかるので、
でもそういう動きも出てきてるっちゃ出てきてるというか、
教育分野だと、
トマの一徳さんとかがそうだったり、
そういうちょっと民主的なとかごちゃ混ぜとか、
そういう概念を学校っていう教育の現場にもちゃんと持ち込もうとしてたりとか、
そういう、そうですね。
金城さん的に言ったら学校潰しちゃえばいいんだけどね。
過激派。
だってもう基本的に崩壊してるから。
そうですね、この大きな箱を動かせたら無理があると思うんですよね。
どんだけの変えなあかんことがあるかみたいな。
教育制度から何から全部変えなあかんっていうので、
動かないんだろうなと思うんですけどね。
学校って過疎地に行くとやっぱり地域資源なんですよね。
要するにすごく地域の方から大切にされるものなんですよ、学校っていうのはね。
ところが都市部に行くと学校っていうのは疎まれるものなんですよね。
それなのに日本の学校教育っていうのは、東京も沖縄ではなくてもいいですけど、
どこの離島も同じ教育をしてって言うんですよね。
そこの確立化にそもそも無理があるんだと思うんですよ。
だから文化っていうものを尊重する、地域文化って僕よく使うんですけど、
地域文化を尊重していった時に本来学校の利用ってもっと地域に委ねられていいものだったはずなのに、
日本の場合はやっぱりその第二次世界大戦のまあ言ったら、
確立化教育みたいなところでそれがおかしくなってしまった。
いや、そうですよね。だからやっぱりそれも歴史と制度とかの結局問題につながってくるなと思って、
それがやっぱり抜け落ちてるっていう。
そう、そう、そう、そう。
結局、富野さんがおっしゃってたのはある種の発明だったっていう、
制教育っていうのは、戦争のためとか、不国共兵とか、
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一斉にその同一年代の子たちを一斉に教えるっていう意味では、
よくできたシステムだったけども、
それはあくまでもその輪切りにして、その時点はすごい良いシステムだったけども、
今全然合ってないやっていう。
合ってないですね。
登校どんだけ増えてんねんみたいな、
で、その個別性とか、それこそ地域性と同じだと思うんですけど、
個別性とか個別の学びをちゃんと尊重してというか、
できるようにっていう風に変えていくべきだよねっていうのは当然の議論かなと思うんですけど、
なかなか確かに学校は変わりづらいので、
陰陵さんおっしゃるみたいに潰しちゃえばいいじゃんっていう。
実質潰れかかってるんですけどね。
崩壊はしてる。
自分の重みで耐えられず崩壊しちゃうみたいな感じにはなってくるんですよね。
それはそうだと思うんですよね。
だから福祉が今そのルートを歩み続けているから、
今度福祉も言ったら自分たちの重みで自分たちを潰していくっていうような仕組みに突入し始めてますけどね。
それってなんか、
いや僕もなんかその潰れる中に入りつつあるのかなとかちょっと思っちゃったりして、
具体に言うとなんかどんな構造がありそうですか?福祉業界のそういう。
基本的にすごいパターナリズムで言われるのは福祉介護もそうですけど福祉も介護も増大していく財政負担に耐えられないから、
最終的にはサービスの質であったりサービスの量を減らさなければならないですよっていう議論しかしないじゃないですか。
先駆的な業界の人たちはその介護保険以降のマーケット主義に乗っかって、
サービスを別に言ったら作っていくっていうような、要するにその購買して売っていくもので福祉サービスであったり介護サービスを成り立たせますみたいな、
そんな議論をし張りますよね。でもこれって完全にトリクルダウンの話で、
マーケットの話で言った、要するにそのお金がある人がお金を出してくれたものでその会社であったり、
ビジネスが成り立ったものをお金を出さない人に回せますよっていう議論をして張るだけなんですよね。
だからこれって実はその福祉そのものの価値文化みたいなのを叩き潰しているとしか思えないような話であって、
言えば。だからそこにどんどんどんどんみんな、社会福祉法人であろうが企業であろうがみんなそこに行っているってことは、
51:10
要するにサービスユーザーとしてしか見ないという考え方を言ったら、みんなが寄ってたかってやってるわけで、
ってことはサービスユーザーとしての市場で言えば弱者みたいなものを、ある意味ビジネスとして許容して、
人権を否定しているわけですよ。
だからすごい嫌いを言う人たちがたくさんいるけど、
いやいやそれはでもあなたたちご本人さんたちがそのサービス嫌って言ったら成り立たへんよねっていうのは、
誰も言ったら直面した課題としては向き合ってないように思う。
で初めの方に出てたようにそういうことを自分たちで頑張ってやってますっていう人たちは、
さもその自分たちのサービスの箱にはまらないものを言ったらどんどんどんどんエピソードとストーリーとして商品化して、
自分たちはこういうことをやってるからっていう風に売っていくわけでしょ。
結局やってることはそこにしかないから、そこに言ったら、
自分たちの自己崩壊システムの中にどんどんエネルギーをくべていってるようにしか見えない。
そうですよね。
やばいよねーと思うけど、誰もそのヤバさには今もう物を言わなくなってきているので。
確かに。
で言うとちょっと狂気じみた感じで、
本当あの介護の世界で言うと三好さんが、
三好はるきさんが今、
某県外者のこと結構運動的に、
運動しましょうみたいな。
僕はすごいわかるんですよね。
でも、
いや今の流れに合ってないですよみたいなこと言われてあったりとかしてて、
確かにそういう福祉の視点とか、
価値文化みたいなものを、
ちょっとでもエッセンスとして自分の中に持ってないと、
そこをむしろバッシングしちゃうっていうか、
でも崩壊ですよね。
崩壊。
どんどんどんどん、
辿っていってるなーっていうのは確かにおっしゃる通りで、
僕もその若者支援業界にいるので、
例えばこう、
引きこもりとか、
まあこれは、
議論を円滑にするためには割と使ったりするんですけど、
引きこもり、不登校児とか、
発達障害者とか、
54:02
最近だとヤングケアラー、
その人の属性化のように、
そういう状態像でしかないものを、
その人がそうであるっていうふうな、
文切り型の言い方をするところに、
僕はすごい違和感があって、
それって商品化ですよね。
商品化です。
で、そこにはお金が必要ですっていうちょっと、
そういったファンドレイジングの仕方っていうあり方も、
必要と思いつつ、
僕はすごい違和感があって、
そんなヤングケアラーなんか、
年齢、
じゃあヤングケアラーが年取ったらどうなんねんとか、
そういう話なんですよ。
結局人を人として見てないところがあるので、
まあなんか僕もそれでどうしたらいいか、
それどういうふうに運動に展開していったらいいかっていうのがやっぱり、
分からないっていうのが今の正直なとこなんですけど、
でも考えないといけないし、
いうところでちょっと、
そういうのもあって、
連帯していきたいなというか、
近所さんもそうかもしれないし、
つながっていって、
もう年齢、世代関係なく、
本当にちょっとやばくないっていうのを、
ちゃんとしっかりロジックを作っていくっていうのは、
ちょっとやっていきたいなと思ってるんですけどね。
僕らは、
あんまり世代論好きじゃないんですけど、
ただ、
その時代生きてきて、
その時代の、
いろんな情報であったり、
生き方であったりって、
時代と地域とによってやっぱり違うときに、
今30代の人たち、
30代40代関わりの人たちが、
NPOでご飯を食べていく。
この時のNPOと一体何かっていうのは、
ちょっと議論としては複雑なのが置いといたとして、
そういういわゆる非営利セクターでも、
きちんと活動ができるようにっていう、
運動であったりとかアクションっていうのを、
僕は基本的に否定しないんですよ。
僕らの世代より上の人たちって、
表では英括弧を言うてはるけど、
裏ではそんなもんって言うてる人たちも、
たくさんおられるのも知ってるけども、
基本的に僕はあんまりそれに関しては、
そのありようというか、
その時代その人たちのありようっていうことでは、
すごいなぁと思いながら見させてもらっていて、
ただ、
すごくその業態的に、
今話が出た介護であったりとか、
それから若者もだんだんそうなってきてるかな、
57:01
障害児が一番わかりやすいですけどね、
障害児の発達障害のっていうのが、
やっぱり出てきてるのを見てると、
そこの分野だけで、
それを言うのはちょっとなぁって思ったりする。
要するにさっきの単案なんですよね。
ビジネスとしてそこを言っていくっていうのは、
全然いいねんけど、
すごい議論が、
すごい狭いなぁってすごい思ってて、
大きなお世話やけれども、
大丈夫かって思ってしまう。
最近、
周りにいてる20代30代の、
いろんな若者、若者というか、
自分から見たら年下の人たちの活動の、
ロジックではないな、
看板の立て方みたいなのが、
すごいオルタナティブなものを言おうとして、
おられるんだろうと思うんだけど、
すごくオルタナティブじゃないよな、
それって思うような、
言い方をされるんですよ。
例えば、
日本ではコメディカル、
セラピスト、PTとかOTとか、
そういう仕事をしようと資格を取った、
でも病院じゃないところで、
それ以外のものでビジネスとしてやりたいな、
っていう風な人たちとたくさん会う。
看護でもそう。
いろんな社会保険法を無視であったり、
いろんなライセンスを表に出して、
でも今までのシュタルヒールドじゃなくて、
違うところでビジネスを起こしたい、
そのことは全然いいんやけど、
ただそれってオルタナティブじゃないよって、
僕なんか思ってしまって。
そうですよね。歴史を踏まえないと、
こんなこと考えたんですっていうことって、
いや、それあるよみたいな。
あるし、下手したら市場を見た時に、
さっきの行政サービスとの兼ね合いとか、
そこにはそういう団体さんいるよとか、
そうなんですよ。
だからそこで、
例えば今、
キャリーコンバイアリーじゃないですか、
キャリアコンサルタントバイアリーやけど、
あれも、
大丈夫かなとかって思ってて、
別に就寝雇用性がどうのとか、
同じ会社で長く、
同じ業態で長く勤めることがいいなんていう価値観を
振りかざすつもりは全くないですけど、
でも一応コンサルティングっていうんやったら、
そのビジネスであったり、
そのライセンスに対しての責任もっては喋ってはね、
って思ったりもする。
1:00:01
で、
ベースですよね、
基礎、ベースみたいなものを、
軽くやるっていうのが、
今の風潮なのかもしれないけれども、
やっぱりベースを騙したら
あかんよなって、
そこは古いって言われれば古いのかもしれへんけど、
そこはなんとなく違和感があるんですよね。
だから、
NPO非営利セクターできちんと食べていけるようにするっていう風なのは
全然いいと思うんだけど、
でもそれはビジネスの世界でも食べていけるけれども、
あえて非営利選べよなって、
厳しい言い方すれば僕はやっぱりそう思ってて、
僕はずっとそう思い続けてて、
自分はずっと非営利の世界にいますし、
福祉の世界にいますけど、
別にビジネスやるモチベーションがないだけで、
ビジネスの世界で生きていけへんかって言ったら、
別に自分をごまかしたら生きていけるよって、
思ってて、
それぐらいのオルタナティブなものを
提案するっていうのは、
そういうことだと思って、
10日じゃないとオルタナティブにならないよって、
厳しい言い方すれば僕はそうかなとは思いますよね。
いや、すごい分かりますね。
なんかちょっとこう、
僕もそんな別に偉そうに言える立場じゃないですけど、
どっちかというとこう、
一時産業、二次産業とか、
シュタル、
いわゆるスタートアップが狙うような市場って本当もなくて、
それこそITの厳しい中、
っていうのしかなくて、
そうしたらなんとなくソーシャルな、
ふわっとしたソーシャルのビジネスやろうかなみたいな、
人がもううじゃうじゃいるんだろうなっていう。
で、やっぱりそのベースがないので、
なんかよく分からんなみたいなとか、
いやそれってだいぶ、
なんかともすれば、
いやその、このサービスに、
なんていうんですかね、
お金が集まってその一部を例えば還元するとか、
でもなんかそもそも、
それって税金やんみたいな、
税金の仕組みやんみたいな、
そっちのどうしたほうがいいんじゃないとかちょっと思ったりとか、
なんかそう、やっぱベースですかね。
ベースは必要かな。
なんかこう、
すごい今の若者支援してて思うのは、
ベースがない子がすっごい多くて、
ネガティブなフィードバックができないんですよ。
そもそもが。
ガラスの。
それは別に叱り飛ばすがそういう意味じゃなく、
1:03:03
そこにの免疫がないとかっていう意味ではないんですけど、
それはもう僕らも叱られるの嫌やったし、
別にそんな、
僕らがそういう指導をするっていうことはないと思うんですけど、
やっぱりある程度こう、
基盤を作るための、
自分に対してネガティブなフィードバックもちゃんと受け入れて、
職人としてというか職として何かこう、
ベースをしっかり作っていったり、
今までこう話してきたみたいな歴史とか、
背景っていうのを踏まえた上で、
みんなで議論できる基盤を作んないと、
泡がぽこぽこ出てきて消えていくみたいな、
そういう福祉分野になっちゃうと、
それこそ本当、
底が抜けちゃうような気がするので。
何か。
クリティカルな、本当に批判ネガティブっていうことばっかりが出てて、
建設的な、
クリティカルな、
批判し合える文化みたいなのがないと、
すごく議論って発展しないと思うんですよね。
ところが、
今本当にそういう議論ができなくて、
何かあったら、
それはハラスメントよっていう風に、
話が変わってしまう。
そもそも上下関係のない人間関係って、
何っていう議論をしたくなる?
だから、
社会って人と人が、
いろんな人が生きていれば、
当然瞬間的に上下関係っていうのはできるだろうし、
上から下っていうものだけじゃない、
関係性をどう構築していくのか、
っていう話だと思うから、
お互いのリスペクトし合う、
今の言葉で言えば、尊敬し合うっていうのは、
年齢も立場も肩書きも関係なくできることなんだよ、
っていうメッセージが通用しないんですよね。
だから、すぐ偉そうに言うとか、
批判的なことを言うとか、
っていう話になってしまうんだけど、
いやいやいや、そういう話じゃないですよね、
っていうあたりが、
なかなか難しいなとは思いますよね。
そういう基盤作りから、
長い目で見て、やっぱりやっていくしかないっていう。
うん、と思いますよね。
だから本当に、
きちんとした、
もちろん、いつもいつもそんなこと考えたら、
しんどくなるけれども、
基本、歴史であったり流れであったり、
自分たちが今、どういう世界の構造、社会の構造の中の、
どの位置にいるのか、
自分たちはどういうふうにその職業に、
1:06:00
職業の奥底に置かれていて、
この仕事をしているのか、
どういうふうに生きているのか、
みたいなことを考えるような時間って必要だと思ってて、
そこを、
いろんな人たちと共有できるようにしないと、
飛び交っていく情報にだけ、
左右をされてしまっていて、
自生もすんのみんな嫌いやし、
自生も自家へも嫌いやから、
福祉の仕事って、
常に自家やと思ってて、
常にやっぱり、
僕は権力を持っている立場にしかならないっていう前提から、
スタートしないと、
ご本人さんたちと対峙できない。
そうですね。
それは自分がいくら、
下に下にって思っても、
それは絶対ゼロになることはないっていうところから、
スタートしないとダメだと思うし、
そこが本来のスタートラインだったはずなんですけどね。
いやー、
僕らみたいな対人上技術を、
なりわにしている人って絶対、
スキルとして持っておかないといけない部分であって、
そういうのも、
学び合えるような、
特に下の、
僕もこうやって富田さんの話を聞いたりとか、
それこそ近所さんに話を聞いたりとか、
自分を修正していかないといけないと思うんですけど、
そこにまた、
僕らより下の世代の子たちを巻き込んでいかないと、
結構しんどいなっていうのが、
そうですね。
僕らの世代、福祉の人たちって、
すごく少ない世代ですけど、
ここでも毎日毎日直に、
直接何かの支援させていただくときであったり、
相談を受けたりするときは、
ずっと失敗と自戒で、
毎日毎日へこみますもん。
そうですよね。
福祉の仕事、そこが面白いというか、
もうちょっと時間なので終わろうかなと、
福祉の世界で、
この人すごいなって思う人ってやっぱり、
近所さんもそうなんですけど、
本当にすぐ手放せるというか、
今はこう思ってるんだけどっていう近所さんから、
すごいそういう、
そこも学ばせてもらっていて、
そういうスタンスがやっぱり、僕らみたいな仕事を、
僕らだけじゃないと思うんですけど、
福祉業界だけじゃなく、
必要な要素なんだろうなと思うので。
明日何が起こるか分からないけど、
明日に希望を持たないと仕事なんかできないから。
1:09:01
そうですね。
でも明日に期待はしないって。
特に対人援助の場合、自分じゃないから。
そうですよね。
人に期待はしてはいけないっていうことが、
しんどいけれども、多分真実なんかなって思いながら、
やってますけどね。
そこを楽しめる人はいいですよね。
そうきたか、みたいな感じで。
いかに自分をアジャストしていけるかっていう、
すごくクリエイティブな仕事だと思うので、
現場目線で言うと、
でも一種の、
時にはやっぱりそういう、
社会構造の中で、
そういういろんな社会構造があるから、
僕たちみたいな仕事があるんだっていうところも、
視点を向けられるといいかなと思うので。
なんか今回めちゃくちゃ面白かったです。
それは良かったです。
お機会に添えて良かった。
聞いた方も色々学びがあるんだろうなと思いますので。
僕もでも面白かったです。
すごく勉強になりました。
面白かった。またこれに懲りずに、
またぜひ、
出ていただけたらと思います。
今日のゲストは、
値上川市民助け合いの会事務局長の
富田翔吾さんでした。
どうもありがとうございました。
またよろしくお願いします。