三十六河川の恋歌
では、第2回、今回はキサラギの回、となります。今回のテーマは、三十六河川の恋歌、です。
三十六河川が読んだ歌の中から恋の歌を4種、お届けしたいと思います。恋の悩みや心のきびを情景豊かな自然描写とか、
巧みな比喩で表現したものっていうのを、ご紹介していきたいと思います。
第1回とかでお話ししてたと思うんですけど、『朔人一首8』でこれが多いよっていう話をしたときに、
季節とか風景とかより恋の歌が多いでしたっけ?逆でしたっけ?
恋の歌が一番多いですね。やっぱり心情を読むっていうものなので、恋の歌ってどうしても心が動くことですから。
中でも三十六河川の中からのチョイスですね。
はい、拾ってまいりました。もう残りが少ないので、何をテーマにいこうかなっていうのが一番難しいですね。
では、一首目です。
中名言、浅田田。藤原の浅田田の歌です。
大事の、絶えてしなくはなかなかに、人をも身をも恨みざらまし。
もし会うことが絶対にないのならば、かえってあの人のつれなさも、我が身のつらい運命も恨むことはしないのに。
という歌です。
きらがなで書くと、「あうことの、あふことの」なんですが、音としては、「おうことの」と読みます。
カルターの時にも、「おうことの」って読むので、慣れない方は一瞬びっくりすると、よく言われてしまいます。
この漢字を使うときは、わりと、「おう」って読みそうなイメージがありますね。大阪の関とかの「おう」。
そうですね。大阪の関の「おう」ですね。新寮の会うっていう字です。
これを使うと、男女の応せのことになりますね。
応せっていう言い方もありますよね。この字ですもんね。
そうですね。
で、「たえて」は副詞で、下に打ち消しの語を加えて、強い火で、絶対になんとかしないっていうのを表しています。
だから、「たえてしなくは」っていうのは、二度と会わないとか絶対に会わないのならば、なんとかだろうに、というもの。
二度と会うことがないのならば、っていう訳をすることもありますし、ちょっと違う表情を出すと、一瞬見かけたり、廊下ですれ違ったり、ちょっと声をかけてもらったり、っていうのが辛いっていう取り方もあるそうなんですね。
もう二度と会えないのならばっていう訳の方が本当は、言葉としてが合ってるんですけど、生字ちょっと合うと余計辛いっていう表現にも聞こえますよっていう歌でもあります。
下の句の、「人をも見ようも恨みざらまし」っていうの、言葉としては?
人をも見ようも。人はお相手さんのことです。見は自分のこと。相手のことも、自分の辛い運命も恨むことはないだろうに。ざらは打ち消しの女道士図の未然形です。
なるほどね。
ちょっと言葉が難しい歌でもありますね。
会うことがなければ、相手も自分のことも恨むことはないだろうっていうことだから、生字合うとそういう気持ちも出るよねっていうことですかね。
そうなんです。
最近の歌でも、「あなたと出会わなければよかったのに」みたいな歌がありますけれど、そんな感じですね。
さっきおっしゃったみたいな、生字を見かけることがあったりするからこそ、そういうのが再燃するみたいなニュアンスも取りやすいですね。
そうですね。
「なかなかに」っていうワードも面白いですね。
「なかなかに」がその生字っていうところなんですね。
物事が中途半端だからむしろ現状とは反対の方がいいということを表しています。
面白いですね。
この現在と通じる言い回しのような気もしなくもないけど、ちょっと違ったりする感じ。
なかなかにもそうだし、普段日常的には使わないけど、耐えて久しいみたいな言葉あるじゃないですか。
はいはい。
ちょっとニュアンス違うんだけど、そういうところで耐えてって言葉って出てくるなーっていう気もするし。
繋がりのある歌
あーなるほど。
そうですね。
このチューナドゴン・アサタダさん。
三条の宇大臣、藤原の貞方の後男。
全然知らない人だなって私も思いながら、作者を見てたんですけど。
この人は十三味、チューナゴンにまで昇進したショウという楽器の名手だったそうで。
ヤマト物語という本の中にこの人出てきまして、とても恋愛遍歴が豊かな方だそうです。
なるほど。
元カノと言われるのが、百人酒にも登場するウコンという女性歌人です。
これはウコンの歌にもつながってくるんですね。
ウコンの歌は実は来月ご紹介しようと思っているので、詳しくはそちらでまたお話ししたいと思うんですけど。
随分女性を泣かせていた人の方です。
なるほどね。
この人のお名前、ちょっと面白いなって思うのは、朝タダなんですけど。
モーニングの朝にね。中世紳とかの中で朝タダなんですけど。
このぐらいの時代だと友って読みそうなんですよね、朝の字がね。
源のより友の友とかで。
藤原の友タダって言われても別に違和感ないと思うんですけど。
でも実際には朝タダって読むってことですもんね。
そうですね。
別にそこに疑いがあるわけじゃないんですけど、面白いなと思って。
そうですね。
確かに。
出会わなきゃよかったなんて嘆いてはいますけれども、
こうチラチラって会う方が恋は長引くというか、思えていくというか、
そういう駆け引きをよく知っているからこその歌だったのかなって気がしますね。
なるほどね、プレボーイらしさというところね。
そうですね。
ではそんな朝タダとちょっと逆の歌読みさんの方が次の方です。
ソネエノヨシタダの歌です。
ゆらの塔を渡る船人舵を絶え、行方も知らぬ恋の道かな。
ゆら川の河口の流れが速い瀬戸を漕ぎ渡る船頭が、貝をなくして行く先もわからずに漂っていってしまう。
そんなように、これからどうなるのか行く末がわからない私の恋の道行きだ。
その役になります。
ゆらの塔、現在の単語の国だから京都府の宮津の方ですかね。
流れるゆら川の河口になります。
塔っていうのは海峡や瀬戸とか水流の寄せ引く口という意味で、
河口で川と海が出会う潮目で潮の流れが激しい場所の塔です。
そんな流れの激しい場所なので、瀬戸さん船人も舵を落としてしまった。
なるほど、はい。
今でいうオールですね。
オールを落としてしまって、立ち尽くしてどうしようっていう状態。
そんな船のように、私の恋もどうなってしまうかわからない。
なるほどね。
島の句が主題で、紙の句がそれを形容するようなニュアンスですね。
そうですね。
途方に暮れて頬杖をついている曽根さんの姿が見えてしまうような姿です。
でもちょっと面白いのが、恋っていうワードがそもそも出てくるって案外珍しくないですか?
そうですね、確かに。
結構ストレートな感じの歌ですね。
内容が非常にわかりやすい歌でもありますし、
確かにねっていう実感も得やすいというか、聞いてる人が確かにって思います。
そうですね、共感やすい。
状況的にね、自分の恋の道の行方がわからないなって思ってるような時に聞けばすごいしっくりくるというか。
そんな感じがしますね。
割とこう説明されると、ああそうねってわかりやすい歌ではあるんですけれど、
これ、縁語って言って縁のある言葉がいっぱい入っているもので、
まずと、ゆらの戸の戸。
それから渡る。
船人が舵を持っている。
籠を持っている。
行方とか道とか。
っていう全部縁語なんですね。
これをふんだんに使って盛り込んで、きゅっとまとめた歌。
というのは非常に知的っていうね。
読む人の知識というか、技量というかを表していると言われて、
どうも帝歌が好きだったみたいですね。
そこがね、そもそも縁のある言葉だってわかってないと、読むことも理解することもできないので。
これもだから、今出してもらった戸、渡る、船人、舵、行方、行い、道。
っていうのは全部繋がってるっていうんじゃなくて、これとこれが繋がってるっていうのが連鎖してるようなイメージなんですかね。
そうですね。
まあそういうふうに読めますね、確かにね。
なるほど。
和歌って割と即興性も求められたりするし、そういう中でこういう工夫を入れる技術みたいなところで。
先月も落語の話をしてるんで、また落語の話をちょっとしますと。
いつもやるってわけじゃないんですけど、
ベテランの方とか終盤に出る方がたまにやるのが、それまでに出てきた方の落語とか枕のエピソードを自分の話の中でちょっと付け足すっていうのをやる人がいるんですよ。
へーすごい。
本題には関係ないけど、ちょっと入れる。
例えば、前の人が長屋の大屋さんと田中が喧嘩してる話があったとするじゃないですか。
で後から出てきた人が同じく長屋が出てくるんだけど、そこは特段平和な場合に、
あっちの長屋じゃ大騒ぎになってるらしいぞとかをチラッと入れる。こっちは穏やかなもんだなみたいな形でチラッと入れるみたいな。
なくてもストーリーに影響ないし、入れたところでストーリーに影響がない感じで、そういうのを入れたりするっていうことをする人が多くはないんですけど、やっぱりいて。
あるいは、今日やってる演目じゃないけど、演目知ってるとこれチラッと出すと、今出した名前ってこいつのことだなっていうのがわかるとかいうことをされる場合があるんですね。
そういうのもやっぱり知識がない人とか前の人の見てない人とか、落語の知識が多いと笑える。
そこ笑えなくったって絶対全体としては面白いんだけど、知ってるとより笑えるみたいな感じに、いわゆる伏線回収的なニュアンスになるようなことをすることがあって、そういうのとちょっと似てるといえば似てるのかなって知識があると。
源信恵の歌の分析
書き言葉とかも単純にそうだと思うんですよ。こういう意味で書かれてるなってわかるとより面白い。歌としてね。
そうですね。
そういうののよりコードバージョンみたいなね、演技師のある言葉っていうのを、そういうのがあるんだなとかを知らないとなかなか気づけないし、作れないし。
でもこんだけ盛り込むのは大変っていう感じですよね。
大変。
先月、こういう知識はお金の裏打ちってお話をちらりとしたんですけど、この方は貧乏だったんです。
とても身分が低くて地方の方だって単語のあたりのお仕事をしていたので、単語のソネさんだからソタンとかソタン語なんていうあだ名がつけられていたんですけど、
性格が超強気で自信家で、とある事件を起こしてまして、この方ちょうどヒカルキミエにも出てきていたカザン天皇の時代の方なんですけど、
この前の英雄院の開いた歌会に自分が招かれなかったんですね。
そしたら怒っちゃって、わざと粗末な格好でそこに乗り込んで行って、各そこにいるお歴々を指差して、
才能は決してこいつらに比べて劣ってない、自分のような名歌人が招かれるはずがないって言って回ってて、
どうも襟首つかまれて追い出されたというエピソードがあるようです。
確かに相当勝気な性格ですね。
そうなんです。
自信もあったんでしょうけどね。そもそも100人一首に選ばれてるぐらいですから。
36カセンにも選ばれてるわけだから、実際才能もあった人なんだろうけど。
とはいえ、格が左右する時代でもあるから。
そうですね。世間では物笑いの種でなかなか出世もできなかったようなんですけれども、
歌の実力は本当に確かなもので、後々低下に沿って恐怖されている方ですね。
恋愛と自信の葛藤
今で言うパンクロッカーみたいな感じでしょうか。
そうですね。先月の天皇とかに優勝してるような歌に比べると、歌も…
これは個人的に別に社会批判とかではないけど、でも割とそういうタイプなのかもしれないですね。
こびるよりも。
そうですね。では3首目に行きます。
源の茂雪の歌です。
風を痛み、岩打つ波の己のみ。
砕けて物を思う頃から。
風を痛み、岩打つ波の己のみ。
砕けて物を思う頃から。
風が激しくて岩に打ち当たる波が、岩はびくともしないのに、自分だけ砕け散るように。
相手は平気だって言うのに、私だけが心も砕けんばかりに、物事を思い悩んでいるこの頃だな。
という現代語訳するとそんな感じになります。
風を痛み、痛し、はなはだしという意味の形容詞ですね。
なんとかをなんとかみで、なんとかがなんとかなのでっていう原因と理由を表す言葉になります。
ここは風が激しいのでという意味になります。
己のみ、自分だけが砕けてしまう。
自分の心だけが砕けてしまって、あなたの心は砕けないのかいっていう感じですかね。
あなたは振り向いてくれないのかなーっていう悩みの歌です。
わりと好きかもしれないですね、こういう歌の。
ああそうですか。愛?それはどういうところが?
片思いといえば片思いなんでしょうけど。
愛?
なんだろうな。片思いなんですかね。
あ、そうですそうです。ずっと振られ続けてるんでしょうかね。
なんか僕がイメージしたイメージとしては、もうちょい相手の方も気のあるような振りをしてるのかなーみたいな雰囲気もちょっと感じていて勝手にね。
最近ね、冬のライオンでちょっと前に、バービーボーイズっていう90年代ぐらいのバンドのことを話したんですけど。
そこに何だったんだセブンデイズっていう歌がありましたね。
この歌はね、今僕が言ったようなニュアンスがあるんですよ。
多分男の方はいい感じに言ってるところだなって思ったけど、女の方はちょっと連絡も取れないけどどうも夜遊びしてるらしいみたいな感じの状況を歌ってるように聞こえるんですね、歌詞を読んだりすると。
バービーボーイズって男女コンビがボーカルでいるので、男のセリフ女のセリフみたいにラリーができるんですよ。
で、その歌詞の中で嫌いだなんて言ってない思い詰めないでとか、気楽に行こうよっていうのが女性側の歌詞で出てくるんですよ。
男の方は結構ウジウジしてるわけですよ。女の人と連絡が取れないとか会えないとかみたいなことでウジウジしてるんだけど、女の人の方は気軽にやってるっていう感じの歌で、ちょっと面白い歌だなぁとは思ってたんですけど、
そういう歌のことが頭に残ってたので見ると、こっちはウジウジなんだったんだって思ってるのに平気でね、気楽に行こうよとか言ってる女の人っていう感じにも読めて、ちょっと面白いなぁ。
全然、こっちに気がない人にはそういう気持ちってならないような気もしていて、モテモテでいろんな人からくどかれてる人に対してこっちが勝手に思ってても、こっちはこんなに心を打ち砕かれたりしてるのにそっちはなんともないんですかなんて、
思うまでもなくそうでしょって感じがするんだけど、ちょっと気がある振りなんかされると、そっちも好きなんじゃないの?みたいな感じになるっていうのが出るのかなっていうふうに解釈して。
なるほど。今そのお話を聞いていたら、逆うるせえ奴らって感じでしょうか。
なるほど。面白い発想ですね。
あの漫画は男の方が浮気性で、女の人の方が帰り見ない感じですからね。
言い入れてみようですね。かといって、あの漫画の男の子は諸星だったら別にラムが嫌いなわけではないので。
そうですね。
まあその感情の現れ方が、うじうじした感じで出るか、怒って電撃かっていう違いがありますけどね。
そうですね。
そこもなんか一概には言えないですけど、男性性と女性性の差なのかもしれなくてちょっと面白いですね。
あー確かに。
その感情の現れ方。
はい、そうですね。
「砕けて物を思う頃かな?」っていうのは、割とこの頃の歌によく使われる恋の悩みの表現だったんですけど、
これを枕言葉に嵐の海を読み込むことで、急に劇的な激しい歌になるっていうのが、
この作者の源信恵さんのすごさかなっていう表現はあります。
そうですね。
はい。清和天皇のひまごさん、源征の方で、
でもひまごくらい。
霊勢天皇の時代の方なんですけど、天皇の東風時代の先生。
八幡の戦場という地位にいまして、
だいぶ出世はしてますが、国師として九州とか六つとか、すっごいあちこち行ってた人のようです。
そうなんですよ。
そこまで、上までは行ってないけれどもぐらいのあたりですかね。
確かにさっきおっしゃってた、砕けて物を思う頃かなっていうのは、
心を砕いて程度の意味に取れるから、髪の毛の荒らし感がないと、
もうちょっとシンプルな意味合いに取れるところが、髪の毛の激しい感じで、情熱的といえば情熱的っていう感じになるんですね。
それを読んでる方が、清和源氏の人なんだね。
はい、そうなんです。
今月最後の歌になります。
大中富の吉信という人の歌です。
三ヶ木守、栄地の焚く火の夜は燃え、昼は消えつつ、物をこそ思え。
九中の五門を守る三ヶ木守である栄地、守人の燃やすかがり火が、夜は燃えて昼は消えているように、私の心も夜は恋の炎に身を焦がし、昼は消えるように物思いにふけり、恋情に悩んでいます。
という歌です。
情景は浮かんでくるけれども、この心情がちょっとなかなか、うんって思ってしまう歌なんですが。
比較している情景としては、三ヶ木守の栄地の焚く火は、火を焚くっていうのは夜暗いから焚いてるわけだから、夜は燃えてて昼は消えてっていうのは言ってることはわかるけど、
それを自分の心情と考えた時に、恋の炎みたいな言い方で言うと、夜燃えるはいいとしても昼消えるの何?っていう感じがするってことですかね。
そうなんですよね。恋の心が夜には常年で燃え上がっていて、だけど昼は息承知して、はーんっていう感じって書いてあるんですけど、ちょっとすいません、私にはわかりませんという。
私自身は?
個人としては。
それはないなっていう。
そうね。
当時はあったんでしょうかね。
昼間はさ、今の現代的な感覚で昼間は仕事とかで忙しくあったりしてさ、あんまり好きな人のこと考える時間もないけど、夜に時間に余裕ができると思うって言うんだったらまだわかるんだけど、
思いを寄せてる暇がなければ消えてるって言うんだったらわかるんだけど、この解説の感じからすると息承知してるんだもんね。
そうみたいなんですよね。
でも昼のテンションと夜のテンションっていうのはあってさ、ラブレターに限らないけどラブレターがわかりやすいから、夜テンション上がって書いたラブレターを出す前に朝読むと恥ずかしくて出せないみたいな話ってよくあるじゃないですか。
そうですね。
そういうのに近いのかなって気はちょっとしますけどね。
ええ、ええ。
昼間の明るさと夜の暗さがそういう情緒に影響するというか。
はい。そうなんですよね。
昼と夜と別人だって思えるほどに恋に焦がれている人の男の歌を歌ったっていうものなんですけれど、
恋の話はちょっとした味付けの一つで、この歌の進行調は夜の闇に浮かぶ炎の美しさを描いたことにあるっていうのは後の方の評判ですね。
情景と心情の対比
なるほどね。それの方が、これだからあれだよね、どっちかっていうと風景として三ヶ木守の松明の燃えてる感じっていうのはすごくいいと思うけど、
心情の話で言うと、昼は聞いてるけど夜になると燃えるって言った方が、まだ感情としてわかる。
なんかしりつぼみな感じになるじゃないですか、話として。昼になると息承知してますって言われちゃうと。
はい、はい。
そういう感じはしますけどね。
確かに。
でも確かにこの石野拓博とかっていうところは、ダイナミックというかね、
いわゆる貴族っぽいっていうよりかは、どちらかというと武士っぽいというか、
雰囲気的にね、まあ貴族なんでしょうけど、風景としてはそういう感じ、ワイルドなニュアンスが伝わってくる気がしますね。
確かに。
前半の髪の毛がね。
ビジュアルはすごい私はとても好きで、恋の歌っていうよりは美しい夜の日と、昼間くすぶっているっていうのの対比を歌っている歌だと自分の中にはあるので、私はこれカルタで撮るのすごい好きな歌でもあるんですけど。
なるほどね。
昼は消えつつがさ、実際のこの歌の意味合いとは違っちゃうけど、昼暗鈍みたいな言葉も思い浮かびますよね。雰囲気的に。
確かに。
昼間。
それで夜だけ恋に燃えてるとちょっと変な人ですね。
そうですね。やっぱりちょっと変な感じが残っちゃうのかな。
すごいエリートのインテリさんなんですけどね。
伊勢神宮の祭司を務める大中富家の出身の方で、彼自身も神道の高官なんですね。
三ヶ木守っていう言葉のチョイスが宮中とか神寺を守る家らしいっていう雰囲気は確かにあって。
エリート集団なしつぼの5人の中の1人なんです。
村上天皇の命令で結成された若狩の特命プロジェクトチームなしつぼの5人の1人です。
そのミッションというのが、新しい直戦衆を作って作ったのが五千若衆です。
それから万葉集を解読せよっていうのもミッションにあったそうで。
当時の清原の元助、清少納言の家系の方ですね。お父さんかな。
お父さん。
源の下郷、木の時組、坂上の餅木っていう天才集団の1人です。
先ほどの曽根の吉田さん。貧乏のキラまむりの人とは正反対の王道エリートさんです。
エリートだけど家というか、宇治としては中富が含まれているのが良さそうな気もするけど。
そうですね。
恋の歌の情熱と描写
でも大中富自体が他にこういう人がいるよっていうような感じがあんまりしない宇治ではある?
そうですね。なかなか他には聞かない宇治ですね。
でもね、ご本自体はエリートだったんですか?
はい。そしてちょっとした小ネタなんですけど、歌に対してとっても厳格だったそうで。
息子が下手な歌を読むと枕を投げつけたっていう偽話がありまして。
ありそうね。
突っ張るった。
エリートのお子さんが苦労するパターンとしてありそうな話ですね。
そうですね。当時の枕ですから柔らかくないですからね。
おーそうか、そうだ。そうですね。
いやー大変でしたね。このお子さんどんな人だか知らないけど。
私もちょっとお子さんまでは調べてなかったんですけど。
あらーって思っちゃいました。
まあまあありますよね、本当に。
どんな世界でもあることですけど、自分ができることができないと、なんでできないのかわからないから腹が立つみたいなケースは。
それはありますね。
まあでも言うだけのことはあるようないい感じの響きの歌ではありますね。
そのしばらく微妙なのはちょっと落としても。
そうですね。もうちょっと別の歌を入れてくれたらよかったのかもしれませんね。
まあまあまあそうかもしれませんね。
はい、という今回は36カセンの恋の歌でした。
いろいろでしたね、恋の感情がね。
そうですね、割と情熱的で風景描写も読み込んでいて美しかったりしっとりしていたりっていうのが多かったかなと思います。
はい。
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