江戸時代の政治的変遷
というわけで、最後ですね。秋の章の最終、始末の回ですので、もう秋でもないんですけれども、始末の回は江戸時代の政治というか、ちょっと江戸時代の流れを把握してみましょうっていう感じで捉えてもらった方がいいかもしれないですね。
ざっくりね、まずはじゃあどっから行くか。政治的にまず見るとどうなってるのかなっていう話をします。
改革っていうのが大きく出てくるんですけど、まず家康が天下取って江戸幕府開きましてってなって、しばらく戦乱がありますよね。
江戸幕府開いた後に大阪の冬の陣、夏の陣があるし、あと島原の乱。今ちょっと言い方変わってますけど、島原の乱とかもあるから、海域とかも多かったはずなんですよ。
ちょっとごめんなさい、正確なことはわかんないんで間違ってたら申し訳ないですけど、福島政典とかが大名で亡くなっていったりするわけじゃないですか。
みたいな強引なことをやってる時代っていうのは、後の文字政治という言葉と比較されて武断政治と呼ばれる時代なわけですよね。
武を持って断ずる、みたいなことですか。その次の時代っていうのが文字政治と言われる時代で、ざっくり1680年から1709年というふうになってますけれども、
これはもう明確にきっかけがあって、慶安の変っていう言い方でいいですかね。1651年なんですけれども。
あれ、忘れちゃった。
あ、えっと、優位小説の乱。
あーそうそう。優位小説の乱っていうやつです。
が起こって、政治的に武断政治でやってくるのは無理があるっていう直接的なきっかけになって、文字政治という形になってきます。
徳川吉宗の改革
文字政治って言った場合に1709年までっていうのがあるんですけれども、
じゃあそもそも武断政治って何だったのかっていうと、
家康秀人家光までが武断政治です。
文字政治っていうのは、家綱綱吉です。
家綱綱吉。
四五代ですね。
この時代、1651年から1709年の間には、江戸時代最初の大化と言ってもいい、明暦の大化。
振袖家事ですね。
とか、じりぎりこの文字政治の時代に入るのは、1707年に法営地震というのと、富士山法営大噴火というのがあるんですよ。
そんな時代です。だからもうぐちゃぐちゃってなってる時代があって、
これを立て直していくのが六代、七代というところで、この時は聖徳の地と言われます。
正しい徳派の徳に収まるんですね。
ここで結構お金が積むんですよ。
綱吉ってそもそも貨商浪費化傾向があるし、犬窪だったので、
確か現在の中野かなんかに犬の収容施設みたいなの作ってるんですよね。
すげー数の犬飼ってるじゃない。飼ってるっていうか、保護してるじゃないですか。
大切にしろって言ってる手前、いい加減に餌もあげられなくて何百頭とかいるかもしれないけど、
それだけでも相当なお金が出てくるわけですよね。
考えると、その綱吉の時代から浪費があったり、地震と富士山の噴火。
たぶんこれが最後の富士山の噴火だと思うので、大きいやつなんですよ結構。
結構被害もあったはずなんで。
そうすると聖徳の地は比較的安定してたようだけれども、財政的には結構圧迫された時代。
ついに登場、徳川よしむね。で、教法の改革ですね。
これかな、玄武が教法って覚えてるんですけど、教保とも呼んでるような気がしますね。
へー。
で、教法の改革、主たる目的は幕府の財政再建です。
はい。
で、有名なのがあげまいの霊ってやつです。
わかります?あげまいの霊って。
あげまいは、お米を国が買うんでしたっけ?
うん。
あれ?
買うっていうか、諸大名から行ってみれば調勢するんですよ。
おー。
米を納めさせるんですよ。
その代わり、参勤交代で江戸になきゃいけない期間を半分にしてあげるよっていう話。
おー。はい。
だからそちらの財政もその分、米もらう分はお金かかんないようにするよっていうような話。
ほー。
なんですね。で、他にもいろんなことやってるんですけども、足高の制。
足高の制。はい。
人足の足ですね。
はい。
高い。
はい。
高い低いの高いの制。
はい。
人材投与に力を入れられた人でもあるので、
この役職に就くにはこの国だからないといけないみたいなのがあるんですよね、当時の江戸幕府の中には。
はい。
で、一時的に手当てをつけてそこに届かせるんですよ。
おー。
で、国だから足りたからこの役職ついてねってやるんですけど、その役職から外れたら元の国だからに戻るんですよ。
おー。はい。
だから役職手当てみたいなものなんで。
ええ、ええ。
一時的につくし、これをそれまで7代までだったら、そこに加増してあげて国だからあげてあげっぱなしになっちゃうのを、
一時的にあげるだけで返してもらうよっていうふうに、やめたら返してねってやってるから。
はい。
財政的には不必要なお金がかんないようになってるんですね、お金というか。
ああ、ええ、ええ。
っていうような制度であったりとか。
はい。
まあまあ、もともと米将軍っていうぐらいなんで、開墾?
はい。
新年開発。
新年開発とかにも力を入れてましたし。
はい。
で、後の改革とかでも出てくる県役について言うと、
はい。
多くの人員整理とかが割と有名なのかな。
おー。はいはいはい。
だから、なんていうのかな、リストラですね、言ってみれば。
多くに限らずですけど、幕府体制の中のリストラみたいなことをやってるようなイメージ。
あとは法律系定め、整備したりとかもしてますね。
はい。
えーとね、どこだっけな。
ちょっと事前に調べておいたんですけれども。
うーん、はい。
あと有名なのが目安箱とかですね。
はいはい。
で、あげまい新年開発話してましたよね。
人員整理も話しました。
聞くのはあれですか、くじかたおさだめ書きですか。
あ、それですよね。そうですね。くじかたおさだめ書き。
幕府の法典を編参し、司法制度の整備を図りましたと。
うんうんうん。
あとは、えー、小石川養老所。
あー、病院ですね。
はい。
なんかを作って、かなり成功した部類の改革になりますけれども。
はい。
田沼時代の商業重視
六日高はあんまり収まらなかったよという風に言われています。
はい。
で、えー、その次の世代ということになると。
はい。
で、この間に強法の基金が入ってますね。
えー。
なので、まあ、不作の年もあったので余計厳しかったと。
そうですね。食べ物がどうしても。
そうですね。
はい。
で、えーと、吉宗の時代が終わってちょっと経つと、
多沼時代がもう始まります。
はい。
九代将軍家重と十代将軍家春の時代。
はい。
で、えー、まあまあ、えーと、
多沼時代のことはまあ大河でまあ説明はしてないんですけれども、
まあまあ、えーと、重商主義と言ってもいいかなと思います。
はい。
で、それまでが重農主義。
はい。
えー、農業重点主義から商業重点主義という流れ。
はい。
で、えーと、いろんなところでよく聞く話ですけれども、
はい。
えーと、多沼と言えば和色っていうイメージは違いますよっていうところまで
もうワンセットで言われるようになってるのが昨今かな。
はい。
で、この話もなんかちょっとね、あのー、
ちょっと前に三ヶ月でわかる江戸時代みたいなやつNHKでやってたんですよ。
はい。
で、それ全部録画してみたん、全部は見てないか。
必要そうなとこだけ見たんですけど。
はい。
で、やっぱりそこでもそんな話をしていて、
えーと、こんな言い方してないですけどそういうことだよなって思ったのが、
現代的にもわかるところで言うと、
お中元とかお世話、つけ届け。
つけ届けって言ってたな、マグミの中では。
え、え、え。
そういう文化は当たり前にあって、
はい。
お世話になった偉い人とかに、
はい。
物を贈るって当たり前のことなんで、
え。
それは度が過ぎたかどうかみたいな話はあるんだろうけど、
え、え、え、え。
それでワイロワイロって今の現代の感覚で騒ぐのは無理があるよね。
でも別に田沼だけじゃないしね。
田沼の権力があったからいろんな人が来ただろうねってのはあるけどっていうような話みたいですね。
はい。
田沼はドラマにも出てきた通り、
はい。
玄内先生にいろんなこと言われて、
はい。
公脈を探しに行ったり映像地に絡んだりとかして、
え。
どちらも失敗していると。
うーん。
いうあたりが田沼としては結構きつかったかなと。
はい。
で、田沼の時代にも法力の危機っていうのがあります。
はい。
で、明和の大化っていう舵もあって、
はい。
その後に天明の大規禁っていうのがあって、
はい。
大河ドラマのリアルタイムはこの辺です。
おー、あ、そうなんですね。
噴火が続いた時期ですもんね。
そうですね。
はい。
浅間山の噴火が1783年なので、
はい。
天明の大規禁って82年から87年なんで、5年間も続いてる。
はい。
いや6年間か。
はい。
足掛け6年。
はい。
で、その前半の方で浅間山の噴火もあってっていうような、
はい。
流行っています。
で、ここの田沼時代の後には、
はい。
えーと、なんだ?
完成の改革が入るのかな?
はい。
そうですね。
完成の改革は、えーと、松平定信。
はい。
松平定信って誰のことか大河ドラマ的に言うと分かります?
役者とかじゃなくていいんですけど。
え、いえまだ分かってないです。
えーと、大河の割と序盤の頃に、
はい。
養子に行くの嫌がってた子役の子がいたじゃないですか。
はい、はい。
彼です。
おー。
田安家の子なんですけど、
はい、はい、田安家の子いました。
強引に白川藩松平家に養子に行かされるんですよ。
はい、行かされてました。
で、白川松平藩主として老女になるんですよ。
へー。
江戸時代の政治対立
で、大河ドラマでもよく描かれるんですけれども、
そのNHKでやってた三ヶ月でわかる江戸時代みたいなやつで、
もう専門家の準教授の女の先生が言ってたんですけど、
はい。
あのー、たぶん嫌いだっただろうと。
あのー。
はい。
松平貞信は田沼憶次が嫌いだっただろうっていうのの理由として、
自分は田安家の子供だったので、
はい。
流れによっては将軍になったかもしれない人間だったんですよ。
ええ、ええ、ええ。
でも、白川松平家に行っちゃえば親戚だけど、
はい。
そのまま将軍にはなれない。
よっぽど誰もいなければ、一旦田安に戻して将軍とかあるかもしれないけど、
そうでもならない限り将軍になるチャンスもゼロになっちゃった。
はい、はい。
そういうとこでも恨みがあっただろうし、
さっきも言ってた、何ですっけ?
ご家人不全って思ってるから。
田安家、名門田安家の人間からすれば。
田安家って一応補足で言っとくと、
御三教と言われる吉宗の子供たちが持った、
一橋、田安、清水っていう三つがあって、
家康の時の御三家みたいなもんですよね、形としては。
はい。
将軍にならなかった息子たちに家を構えさせて、
将軍の家族として扱うみたいなルール付けになってるので、
御三家じゃなくても田安家とか一橋家からは将軍が出し得る、
という形になってて。
はい。
そういうところから、そうじゃないところに移されちゃったよっていうのがあると。
え、え、え。
ということで恨みが強いのと。
はい。
あと、出土地が低いから重商主義みたいなことができた田沼御吉宗に比べると、
出土地が良いからこそ商業みたいなものを、
低いものとして見るタイプの人間として育っている松平貞信からすると、
重商主義に走るのも一理あるかなという感じになってきます。
はい。
で、時代の流れ的に言うと、今ので。
で、ただ、
はい。
佐田信は、
社会福祉的にはいい政策も行ってるんですけど、
基本的に東京で食えなくなっている人間、江戸で食えなくなっている人間は、
農村に帰れっていうスタンスなんですよ。
勝手に帰るじゃなくて、お金出してあげたりみたいなのも含めて、
帰らせる。要するに農業がもっと充実させたいから。
はい。
っていう感じなんですけど、
その一方で江戸を住みづらくさせようっていう傾向があった人で、
へー。
江戸に庶民が多くなりすぎると農家に人が減るとニアリーイコールなんで、
はい。
農家に人がいる状態にして生産力を上げたいっていうのがあるので、
江戸は、江戸の庶民には支出と減額をかなり強く押し付けたので、
はい。
住みづらくなるっていう現象が起こってたんですね。
はい。
それが彼なりの経済政策なんだけど、
ええ。
江戸で締め付けを行うと経済が回らなくなるので、
本当はうまくいってないっていうのがあるんですけど。
はい。
理想論があるのと、
理論倒れというか、
ええ。
原則論に従事すぎるというか、
はい。
時の天皇が、
はい。
実婦を、実婦は天皇じゃなかったんだけど、
はい。
実婦を上皇と同等に扱うようにしたいと。
はい。
幕府が力が強いので、幕府に意見越しみたいなことをするわけですよ。
ええ。
でもその時に松平、何だっけ?
貞信。
貞信。貞信は天皇経験者じゃない人は上皇になれません。
突っ跳ねるのよ。
うん、はい。
で、時の将軍、今の時の将軍誰ですか?
家貞かな?家吉か。
この頃は。
家なり挟んで家吉にもなってるのかな?
そうですね、はいはい。
家吉なんですけど、
はい。
家吉は実婦が一つ橋なんですよ。
はい。
だから一つ橋にも大御所に、一つ橋を大御所にしたいって言い出すわけ。
家吉は家吉って。
家吉じゃないか、違うか。
家なりかな?
家なりかな?家なりですね。
はい。
そうですね。って言い出すんですよ。
はい。
で、それも将軍経験者じゃない人が大御所にはなれませんよって突っ跳ねちゃうんですよ。
はい、それはそうでしょうね。
正しいんだけど、嫌われるじゃないですか。
はい。
時の天皇と時の将軍から同時に嫌われたんですよ。
あー。
で、実質老中にいたのは6年ぐらいだったと思います。
へー。
ですので、関西の改革は福祉面でいいこともしたし、そこそこ成功したんだけども、
はい。
江戸では市民を締め付けたり、幕府でもね、奸役方向に走ったり、
はい。
理屈が先行して人情がないようなことをやってるので、嫌われたりとかして、
はい。
半分成功半分失敗ぐらいの感じになります。
はい。
吉宗も失敗がなかったわけではないんだけど、吉宗はだいたい成功。
田沼は前半良かったけど、終盤ちょっと運が悪かったねみたいな感じ。
社会福祉政策の影響
まあその、噴火があったり、基金があったり。
はい。
政策的にも失敗が、金山とか江戸地とかで失敗があってっていうのが、
終盤に集中するので、まあこけたかなと。
はい。
で、これが終わって、しばらくは家成の時代ですので、
はい。
大御所政治と言われる時代ですね。
おおー。
大御所時代とも言いますかね。
はい。
家成は、たぶん確か幕末者とかでも、
はい。
ちょっと出てきたりするんですよ。あのー、龍馬とかだと出てこないけど、
はい。
徳川よしのぶみたいな感じの対話ドラマとかだと、
家成はたぶんちょっと出てくるはずなんですよ。
へー。
そのぐらい長生きなんで。
え、え、え、え。
大御所時代っていうのは、たぶん将軍になってから大御所時代までって意味だと思うんですけど、
1787年から1837年。
はい。
実に50年間、実質的権力の頂点にいたという感じですので。
はい。
で、この人は、綱吉みたいな浪費家ではなかったんだけど、
はい。
馬鹿みたいに子供がいっぱいいるんで。
そうでしたね。
だから、もちろん性質もいるし、側質もいっぱいいるし、子供もいっぱいいるから、
で、どの子たちもどの側質たちも、もしかしたら後の将軍になるかもしれないっていう広い意味でね。
へー。
わずかな可能性でもっていう意味で言えば、そういう人たちなんで。
はい。
えー、あんまり粗雑な扱いはできませんので、
え。
必然異常にお金がかかるんですね。
あー。
何かあったような時代でもないんだけど、財政はどんどん逼迫していくと。
え、え。
いうことがありまして、
はい。
ここで、店舗の改革と進んでいきます。
はい。
えーと、店舗という年間、店舗年間というものに対しても、
私、さとみ発見での話した回で間違ったことを言ってたんで訂正しておくと、
はい。
えーと、さとみ発見で完結した時点が店舗年間なのは確かそうで、
はい。
で、店舗年間といえば、西郷貴森が生まれたのが店舗年間だと思うって言ってたんですけど、
はい。
そこが間違いで、西郷貴森はその時にはもう全然生まれてます。
へー。
で、店舗年間に生まれてるのは幕末の主、まあ最後も主役ですけど、
はい。
最後奥本も主役ですけど、もう少し若めの主役たちの時代。
へー。
えーと、店舗年間に生まれてるのは、確か、えーと、勝良小五郎、坂本龍馬、近藤勲、肘形俊造あたりが、
えー、店舗年間生まれたと思います。
はー。
35年…な気がします。ちょっとあんまり自信ない。計算してないんですけど。
はい。
えー、っていうぐらいなんで、もうほぼほぼ幕末が見えてくるような時代なんですよね。
ええ、ええ、ええ。
で、この時期に、えー、店舗の改革っていうのが行われまして、
はい。
えー、これは老中水野忠邦。
はい。
この人は、なんか家柄的には、なんか出島の方で仕事してた家柄らしくて、
へー。
まあ、出島って天良直轄地なので、もちろん幕臣なんですけど、
はい。
直臣と言っていいのかな、わかんないけど、
え、え。
えー、ただ、老中になれるような家でもないと。
うんうん。
いうところを、えーと、勉強したり、コネクション作ったり、付け届けしたりとか、
死ぬほど頑張って老中になったっていうタイプの人らしいんですよ。
へー。
ただ、
はい。
この人は、えーと、たぶん、実力じゃない、実験っていうものに対する、
はい。
執着が強かったんじゃないかなと思うんですけど、
はい。
基本的には、政策内容としては、えー、老中松平勒の完成の改革の経費を引き継いでいるとは思うんです。
はい。
と、あとは、えーと、確か、えー、イエアス時代とか、そういう結構古い時代の方向性を真似ようとしてるような傾向が確かあったはずで、
はい。
あと、えーと、大御所時代っていうのが、
はい。
一個前の時代ね。
はい。
大御所時代っていうのが、えーと、それこそタヌが置き継ぐの四難防火なんかとかも割と使われたりしてる時代で、
はい。
ちょっと揺り戻してるんですよ、その柔納主義から。またもう一回重商主義寄りというか、
えー。
傾向として、その完成の改革に反するようなことを大御所がし始めちゃうっていう時代があったので、
はい。
またそっからの揺り戻しで、完成の改革に近い形で天邦の改革をやるんだけど、
はい。
あのー、完成の改革は割と福祉面とかで良かったのに比べると、
はい。
天邦の改革は割と締め付けのほうばっかり頑張っちゃったみたいな感じで、
あー、はい。
かなりうまくいかなかったということと、
店舗の改革とその結果
えーと、この時代、天邦の改革の時代ってバックの改革やってるんですけど、
はい。
諸阪も改革をやっていて、
はい。
で、諸阪の改革は成功してるんですよ。
おー。
えーと、長州藩で言えば遠伝開拓って、まあもう長州藩は遠伝開拓ずーっとやってるから、
えー。
その一部でしかないんですけど、
えー。
で、えーと、薩摩で言えば隆起を通しての貿易とか、
はい。
えーと、あそこはどこだ?
えーと、肥前佐賀藩とかは、
はい。
工業化?藩舎炉みたいなやつ作ったりするんだっけ?
え、え、え。
みたいな風に、それぞれ発展していくんですよ。比較的成功していく。
え、え、え。
中で幕府だけが、だけじゃないんだろうけど、幕府の方はそれに対して改革を失敗していく。
ほー。
で、この人は松平定信よりも短い、たった2年で、
ほら。
その座を奪われて、失っております。
ほらー。
あまりにきついことをしすぎたせいで。
へー。
で、この人が店舗の改革に失敗して、老人の座を追われたのが1843年で、
はい。
その10年後には黒船来航ですので、
えー。
もう言ってみれば、ちょっと10年ブランクがあるというか、少しゆっくりめではあったけれども、
この失敗の反動はそのまま目自身につながってると言えなくもない。
ふーん。
不満とかはそのまま10年間たまってただろうし、
はい。
で、突き詰めていけばええじゃないかとかにもつながっていくんだろうし、
ええ、ええ。
というような感じに政治の流れとしてはなってきますね。
ちなみに幕末に入ると安政の大地震とかも起こってますね。
ええ、ええ、ええ。
確かそれこそ藤田徹が死んだんじゃなかったかな、安政の大地震。
あー。
はいはい。
あとは、ちなみに文化分製時代にも文化の大化っていうのがあったり、
明和の大化があって天命の大危機があったのは言ったかな。
経済と米の問題
はい。
っていう感じですかね。
あと元禄文化の時代には、あ、こう事件がありますね。直接関係ないですけど。
そうですね。
で、あとはね。
あ、そうそう。
天保の改革のきっかけになってるところでは、王子を兵八郎が。
あー、はい。
あるいは小説のあとの文字政治っていうのがあるとちょっと通じるものがあるのかもしれないですけど、
庶民の運動みたいなものが幕府の政治に影響を与えてるっていうケースとしては大きいですね。
はい。
で、大河ドラマでもちょうど打ち壊しとかが起こってるんですよ。
ええ、ええ、ええ。
私が見てるぐらいのタイミングね。
お聞きの皆さんからすると半月か一月ぐらい前の話になっちゃうんですけど。
打ち壊しも大阪で始まって伝播してくるんですよね。
だんだん静岡のほうを通って江戸まで来る。
情報はもうすぐ来てるんだけど、行為として行われるのはゆっくり。
東海道を上ってくるみたいなイメージなんですけど。
一方で、大塩平八郎の乱も半日で鎮圧されてるにもかかわらず、
同じようなことを各地で多発するようになってくっていうのが、
大塩平八郎の乱自体がきつかったっていうよりも、
その呼び水になったっていう意味で大きい存在だったということみたいですね。
で、大体話したいことを話したんですけれども、
やっぱりキーになるのはどう考えても米の問題なんですね。
令和の世でも米は問題になってるんですけど、
言ってみれば米本位制みたいな感じなんですよね、江戸幕府って。
年号を米で収めるのが前提。
米で収めるのは別にいいんだけど、
それをやってて世の中が、これってどっちかっていうと戦国時代の発想なんですよね。
平老がいるみたいな。
でも平和な時代になってくると余裕ができてきて、
文化的にも発展してきて、お金も貯められる人は貯められるようになってきてってなって、
文化が発展するわけですよ。
だから工業商業にウエイトが置かれるようになっていく。
そうすると、米は相対的に値段が下がるんですよ。
で、米の値段が下がると侍は給料は米でもらってるけど、
米だけ食ってりゃいいわけじゃないから、魚を買うでも、家を不審するでもなんでも、
安い米で高い代金を払わなきゃいけなくなるんで、
きつくなって、氷菓子から金借りたりみたいなことになってくるわけですよ。
それこそ兼業みたいなところに金借りに行ったりするわけですよ。
ありましたね。
そういうことが起こっていくっていうのが、まず負のスパイラルになっていたり、
じゃあお米の生産量を上げようっていうのもいいんですよ。
吉宗とかの時にやってることだし、
確か店舗の改革でもやってたと思う。どっちか関西か店舗かでもやってるんですけど、
農村が荒廃するんですよ。
米作るぐらいだったら、江戸に出て慣れない商売でも商売した方が儲かるとか、
そういうのがあるから、江戸とか都市に出てくる大阪とかに出てくると、
農村は荒廃する。米の収入は減る。
米の出来高によって収入がある幕府としては、収入が減るわけだから良くなくて、
だから戻そうとするわけ。江戸じゃなくて農村に戻りなさいよってやるんだけど、
だって戻りたくないですよね。江戸の方が食ってきやすいんだもん。
戻りたくないんだけども、競争的に戻されるとかあるし、
頑張って米の値段は量を作れば作るほど儲かんないわけですよ。
相対的に物価として下がるからね。
だから昔は米が足りなかったから、米が増えれば税収も増えてっていうところで良かったんだけど、
相対的に他の物の物価とのバランスが崩れてるから良くないし、
穀高を上げれば上げるほど米の価格が下がって、
年貢が増えてもお金に換算したら増えないみたいなことが起こってくるわけです。
みたいな感じで、やっぱり米に頼ってる、軸にしてる。
米を大切にしなくていいって意味じゃなくて、米を軸にしていることによって上手く回らないっていうのがあって、
その中で米を軽視したわけじゃないけど、
文化と経済の関連
他に軸足を置いた田沼時代が比較的上手くいってるのは、それは理由なんですよ。
商業に重点を置いてる。
でも結局米の問題で苦労することになるんですけど。
やっぱり今の感覚から見ちゃうと、米米って言ってるのは無理があるなっていう話になっちゃうし、
商業っていうのは、市の交渉って本当にそういう意味だったのかって話はあるんですけどね。
商が一番下って意味だったのかっていうふうに言われることもあるんですよ。
市が上っていうのが意味があるんですよ。
生産性のないくせに一番上にいるってことを明確に主張しなきゃいけないから、
物資が一番上っていうのは大事なんですけど、
農交渉なんて同じ場所にいないから、
五福屋の隣に田んぼがあるわけではないから、
農家の人がお前より俺の方が上だとかいう機会はほぼほぼないので、
そこに上も下もなかったんじゃないかっていう説もあるんですけど、
いずれにせよ商業、飽きないっていうのを低く見てたから、
この感覚って、氷菓子とかはもっと悪く言われるじゃないですか。
貸金業。貸金業は世界的にも悪く言われがちなんですよね。
キリスト教徒は嫌うから。
だからユダ教徒が貸金業やってることが多くて、
それがまた不満を呼ぶみたいなこともあるんですけど。
っていうのがあって、やっぱり低く見られる。
生産性が低いからっていうのが大きいと思うんですよ。
商業も物を売って流通で儲けてるんだから何もしてないわけじゃないんだけど、
作ってるわけじゃないよねっていう部分があるんですね。
濃厚に比べると。
っていうところが、
そこにこそ意味があるっていう現代的な解釈ができないのは当然なのね、
江戸時代の偉い人たちにも。
なんでしょうがないんですけど、
そこがネックになったし、逆に言うとそこが、
そこを分かってたタルマがどれだけすごいかっていう話なのかなっていうように思いますね。
いくつかこぼした話もあるんですけど、
玄禄文化のところではね、
テレビでやってたNHKの3ヶ月でマスターみたいなやつでやってたので言うとね、
山梨県、今で言う山梨県の私の地元に、
なんとかいうおっさんがいて、農家の人なんですよ。
当時の農家の人でも、
比較的に儲かってる人とかは、
敷地率がそれなりにあったみたいで、
ヨダ長安っていう人ですね。
人便に衣っていう字でヨですね、田んぼに田んぼの田。
長安は中国の長安の長安ですね。
長安って書く。
この人、当時ですよ、玄禄時代とかですよ。
田舎ですよ、土田の農村の合農ですかね。
蔵書470冊っていう蔵書家で、
しかもそれの中で良かったこととかを自分で書き出して、
それを家訪じゃないけど、家訓的に家に残したりしたみたいな人がいたりとか。
あとね、文化史の方のために買った本では、
植木とか造園みたいな文化とかのことも
言及されてたりしたんで面白かったんですけど、
こんなに当時の人って花をめでるみたいな文化。
桜とかは別格になるんでしょうけど、
庭に、たとえば菊を植えるとかみたいな、そういうことね。
そういう意味の花をめでる文化なんかが、
割と結構充実してたみたいだっていうのが意外だったりとか、
そういう話もあったんですけれども、
ひとまずね、長くなってきてるような気がするので、
3ヶ月にわたりまして、江戸時代の政治と文化、
ざっくりでべらぼうも絡めてお話できたかなと思います。
ということで、これを聞いてる頃には、
もうそろそろ大河も終わりそうってことですね。
そうですね。12月の初めですので。
そうですね。もうそろそろ、たぶんあと3週4週で終わりなんで。
3週ぐらいかな。たぶん最終週やんないとかあるから。
で、もう走行してるうちに豊臣兄弟が始まるってことですか。
はい。
あれ、そうだよね。
そうです。
次が豊臣兄弟ね。
はい。
ってことはもう豊臣兄弟の次も決まってる?
えっとね、なんか出てた気がしますけど。
えっと。
歴史的キャラクターの考察
2028年。
あ、でもまだ正式な発表がない。
あ、えっと、27年が逆続の爆心?
そうなんですね。
豊臣の次ですよね。
豊臣は26か。そっかそっか。
2027の話ですもんね。
はい、27。
逆続の爆心。
はい。
小栗忠さん。
あー、そうだそうだ。
はい。かつ回収のライバルを。
ライバルのね。
松坂通りさんがされるようですね。
あれですよ。あのー、なんだっけ。
僕が埋蔵金を隠した人ですよ。
へー。
と言われるんですよ。
この人が埋めたんだって言われてて、小栗って神戸之助だから、神戸に埋まってるはずだっていう話とかがあったはずですよ、確か。
あの、バカバカしくて見てなかったんですけども。
なるほど。
そんな話があったような気がします。
ちなみに、28年がまだ確かに出てないんですけど、
インターネットではこれ、これなんだ、Google?
GoogleのAIでは、出てません。正式な発表はまだ出てませんが、
インターネットでは、長坂部基地香を主人公とする鬼若子?って呼ぶの?と呼ばれた男や、足利義満、無名の浪人などが候補に上がっています。
へー。
鬼若子?和子?和子だった気がしますけど。
鬼若子?鬼若子か。足利義満なんでかなー。
義満ですかー。
ちょっと待ってください。
無名の浪人っていう説があるんだ。
目黒伝参主演という噂がネット上にありますが、信憑性は低いとされています。
大河ドラマでシンさんって出てくるんですよね。
もともと平川玄内先生のところに弟子みたいな感じでいる人。
吉原の女に惚れて足抜けして捕まっているみたいな色々ある人。
鬼若子に逃げていきました。
あの人も後々また出てきて、打ち壊しとかで絡んでくるんですけど。
あの変な活躍の方からすれば歴史ある程度知ってる人ならわかると思うけど、
あんな目立つことをしてたら、たぶん実在したら知ってる名前なんですよ。
そうでしょうね。
だからフィクションなんですよ、あの人の存在って。
一応ネットで調べた感じだと、いわゆるあの時代の浪人者っていうのは
象徴するようなキャラクター造形にしてあるんだみたいなことが書いてありましたね。
なるほどなと思いました。
話はつきませんけれども。
次回の配信と総括
そして次回の配信は2026年、令和8年ですね。
冬野翔ということになりまして、冬野翔は作家さんがメインパーソナリティという感じになりまして。
昨日集でいいですかね。
昨日集頑張ろうかなと思っております。
お楽しみにしていただければと思います。
お願いします。
では大体の日本史はこれまでにしようと思います。
それでは1年間お付き合いありがとうございました。
ありがとうございました。良いお年を。
良いお年を。
1ヶ月あるから早かったかな。
そうですね。
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