1. ミッドライフは憂鬱で~お転機雨の降る世代
  2. 「手抜き」がわからないミドル
2026-01-15 14:27

「手抜き」がわからないミドル

「手抜き」と聞くと

 

なんか悪いイメージが。

 

かつての私は手抜き加減がわからず、どこでどのくらい抜いていいのか・・・

 

ミドルエイジからは社会の正解に合わせるのをやめよう!

これ正解!

 

ミドルの状態整理のセッション

60分 5,000円

 

welcome.dai3sessyoku@gmail.com

 

今の自分がどんな状態にあるのかを

評価や結論を急がずに言葉にしていく時間です。ヒューマンデザインをひとつのツールとして

対話からご自身の解釈に触れていきます。

何かを決めるとか、行動を起こすためのものではなく、

今の状態をまるっとそのまんま把握することを目的としています。

現状把握は今後の方向性を決める上でとても大切です。

 

地球に降臨した時のデータを持って逢いに来てください。インターネット上でね。

※生年月日と出生時間と出生した土地の名前

 

 

サマリー

このエピソードでは、「手抜き」の意味を再考し、ミドルエイジにおける頑張りの概念や持続可能な生き方について考察しています。自分の限界を見極め、どのようにエネルギー配分を行うべきかを探っています。

手抜きの意味を再考
Hello, my friends and beautiful souls! こんにちは、ライフキャリア・エコロジー・エディターとして活動しています、仲西ミナツです。
今日は、「手を抜くことは頑張っていないことなのか?」っていうテーマでお話ししてみたいと思います。
あの、「手抜き」って言うと、ちょっと罪悪感を感じたりしませんか? 私はすごくするんですけど、ちょっとなんかね、ネガティブワードっていうか、
あの、人が使うこともさ、
それ、手抜きかよ、みたいな。 手抜いてんじゃねーよ、みたいなね、まあふざけて言ったりとか、そういう感じなんだけど、なんかね、やっぱこう、手抜きって言うとね、
頑張ってない感じ? そういう印象を持ってしまうのではないかなって思ってて、
で、ミドルのみんなは、しっかり、ちゃんとやってきた期間が、
まあそれなりにね、長くなってきているので、手抜きの加減というのがわからなくなったりしませんか?
私はね、完全にわからなくなっていまして、かつてね、
子育て、仕事、人によっては、親の介護のこととかが入ってくると、
どれも自分には重要だし、もう、何て言うんだろう、もう必死、日々必死だから、どう抜いていいのか、
どこで抜いていいのかっていうのがわからなくなっちゃって、手抜きって何?みたいなね、そういうレベルでわからなくなったり、
しませんかね? 私するしてたんですけど、
手を抜いちゃいけないっていうことに、そもそも慣れすぎちゃった、
ミドルの私たちっていうことでね、私たちって長い間ちゃんとやる、最後までやる、
期待に応える、なんか結構それを大事にしてきたと思うんですけど、だからこそ、少しちょっとこう、
力抜くっていうかさ、 手抜きしようとすると、
どこかでこんな声が聞こえてきませんでしょうか? それってサプリじゃない?
頑張ってないよね? まだできるでしょ?
なんかこんな声聞こえてきたことある人いないですか?この感覚どうですか?
なんか多くのミドルエイジの人が持っているんじゃないかなって思っているんですが、
でもそれは本当に、 手を抜いているのか?
そこで一度問いをおこうと思います。
本当に手を抜いているんですか? それともただ、
今までと同じやり方では自分には合わなくなってきたんだよ、なのか?
体力とかね、集中力がどれだけ持てるのか?
なんか、 時間がないし、あれもこれもって入ってくるから、
子供が泣いたらそっちに反応するし、
いろんなことが自分の中に割り込んでくるっていうのかな? そういうのでも集中力なんてもう持続できないですよね。
それから、 年齢とともに自分のライフステージで興味関心も変わってきますよね。
そういう固定されてないっていうんですかね。 自分の人生のフェーズに合わせて、
移り変わっていくもの。 興味の対象。
変わりますよね。 昔はこういうの好きだったけど、今はなんかもう全然興味なかったこういうことに今すごく
関心があって興味があってとか、そこちょっと注目してるんだよね、みたいな。
なんかそういう変化ですよね。 だからやり方が前みたいなやり方、
同じようなやり方が合わなくなってくるっていうのは 自然なことです。
エネルギー配分の重要性
頑張ると続くっていうのは 同じではないっていうことで。
まあ若い時の頑張り方っていうのは 陸上の短距離走みたいにこう
ワーッて突っ走り切る。 もうその勢いでワーッてやりきれちゃう。
っていうのが それまでの私たちで
それができたんだけど ミドルエイジからは
続くかどうかっていうこと。これがすごく大事じゃないかと思います。 毎日全力じゃなくていい。
やりきるっていうことは大事だと思います。 明日のことは本当わからないから
もう今日が終わり、最後かもしれないし なんかねいきなりちょっと悲しくなっちゃう。
悲しい、暗い話になっちゃうんですけど 明日のことは本当にわからない。
今日は7割でやりきる。
明日もできる余白を残す。 これは手抜きじゃなくて
自分がいかに続けられるかっていう
持続できるか、持続可能な
持続可能ってよく聞きますよね。サスティナビリティですよ。
地球が持続可能であれみたいな感じで使われるけど、自分もそうですからね。
自分が持続可能であること。 これがないと地球も続かないんで。
それが自分のエネルギー配分。 持続可能な自分のエネルギー配分。
これが見極めっていうのが大事だと思います。 本当に頑張っている人ほど
自分のエネルギー配分っていうのはわからなくなっているんじゃないでしょうか。
燃え尽きますからね本当に。 朝起きれないとかね。
いきなりきますよこういう感覚って。 私も会社員だった時にね
結構人事的なところにいた時もあって 結構ね
精神的なメンタルの面で給食する社員の人が結構いるんだなぁって思って
あのなんかすごく明るそうに見えたあの彼が数年前ね あの彼が今なんかそうなんだメンタル今給食してるんだねっていうなんかそういうのを
結構私見てきて あのちょっと不思議なんですけど
女性はね意外といなくて あのほぼほぼっていうかもう私が知ってる限り
私の職場では男性が多くて あの私今ミドルエイジの女性を女性に向けて話しているつもりなんですけど
あの意外とね男性の方がメンタルで給食するとか あのそういうねあの
なんて言うんだろう 人が多いんですよね
女性はね見たことないんですよね女性で給食 メンタルで給食っていう人をねあのそう私は見たことがなくて
もしかしたらねもうそれすら 全無視してもうぶっちぎり頑張ってるのかもしれないですけどね
もう気力で もう落ちたらもう終わっちゃうよみたいな
なんかそういう圧で もしかしたら本当は休んだ方がいいのかもしれないけれども
もうそんなことをしている場合じゃないみたいな なんか感じでねやっちゃってるのかもしれないですけど
そう ってね
えっと そう思いつきちゃうからね
手を抜くっていうのは自分を雑に扱うっていうことではないですよっていうことで
あの手抜きってねあのネガティブなイメージが湧いてくるんですけど あの手を抜くっていうことを自分を大切にしてないとか
雑に扱ってるって思ってしまう人もいるんじゃないかなって思っててでも逆で 無理しない
限界まで自分を使い切らない 今日はここまでって
決めてしまう これは自分を消費しない選択だと思います
自分を消費しないってね なんかね私これあのなんだろうな何かで
導き出した ことなんだけど
あの本当に消費 浪費
してただってあの自分をね使い切るっていうのかな本当にあの 社会でやたら自分を使ってたら使い切ってたなんてなんかすごく思ってて
もうなんかそういうもんだって思ってたからそこがね闇ですよね 闇深い
で結構気づかないんですよね自分を活用しているのか 活用しているつもりなんだけどすごく使い切っちゃってるんですよね
ミドルエイジの働き方や生き方はどれだけやれるかって言う
ことよりどうすれば続くか 続く方法続くやり方っていうの視点をね移していい時期だと私は思います
手を抜く勇気は感覚を信じることです 手を抜くっていう言葉の裏側には
自己判断の重要性
自分で判断するっていうそういう意味があって 誰かの基準じゃなくて
社会の正解とか正しさでもなくて 今の私はこれでいい
って決めてしまうことです
これは もう頑張らない
何もしない 逃げるっていうことではなくて
今日の体調 気力
気力言えない気力 状況をちゃんと見た上で
今日の状況ね ここまでが今の私の適量で判断する
っていうね結構現実的なことなんですよね そういう
判断自分で判断するっていうのはそういうことです 自己放棄ではなくてもうね自分をねもう捨てちゃうとかそういうもうなんつーんだろうな
諦めちゃうとかねそういうんじゃなくて 自分を観察した結果ですね
これまでずっと外側の基準で 判断してきた人が
判断を自分にこう委ねるっていうか自分にこう その権限を取り戻すっていうのかな
それはね甘えじゃなくて
その感覚を信頼する行為 取り戻すっていうね
社会の 社会とか周りの理想の姿より
今の自分のコンディションを優先する 若い頃は
感覚を全無視してもねなんとかなったんですよ ねあのちょっと思い起こしてほしい
かつての自分を なんか
どんな状況でも できませんでしたなんとかやれるっていうか
でもミドルエイジ からはね
感覚を無視しちゃうと 疲れもいつまでも溜まったまんまで
どんどんどんどんちょっと蓄積してってですね 疲れが抜けない
生活崩れます あの
子供に対しての態度とか 夫への態度とか
どうだろう洗い物そのまま面倒くさい なんかもう
散らかってるずっと間散らかって家も散らかってるけど 今でも散らかってるけど
なんかもうぐしゃぐしゃでもそのままみたいなね 心がね折れちゃいます
もし今 最近頑張れなくなったなぁって感じてたら
それは自分がダメになっちゃったわけではなくて 次の音リズム自分のリズム
あうリズムを今ちょっと多分模索している ところなのかもしれません
手を抜くっていうことは頑張らないってことでは なくて
これからも生きていくための調整 ですね
今日はそんなお話でした ありがとうございまーす
14:27

コメント

スクロール