2025-08-06 33:31

#218|“努力”はどこまで必要?魂に沿った努力の話

霊性開花の専門家
リアルスピリチュアリスト®︎
橋本ゆみです

この番組は
ビジネスや人生を変えていきたい方に向けて

エンタメでもファンタジーでもない
リアルなスピリチュアルを
なりわいとしながら

人生をガッツリ切り開いてきた
「ゆるっと覚醒マインド」をお届けします。


「今回のテーマは、“努力”はどこまで必要?魂に沿った努力の話」


今日のお話が、あなたの人生の扉を開く
ヒントになりましたら嬉しいです。

この番組のご意見ご感想を
番組説明欄にある質問フォームか
スタエフのレターで投稿してください。

気に入った方は、ぜひチャンネル登録もお願いします!



▼講座やワークショップなどの情報は、
ホームページやメルマガにてお送りしております。
ぜひ、ご登録をお願い致します。
(週1〜2回お便りが届きます)

https://spog-ad.net/p/r/roYxhogC

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

▼amazonベストセラー2部門1位!
やりたいこと探さずみつかる「魂の道」 もぜひ、下記よりダウンロード!

<電子書籍>
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CXN49DL1

<紙書籍>通販サイト
https://spog.theshop.jp/items/85545758

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

ポッドキャストのスピリチュアルラジオ番組
魂に目覚める魔法の知恵袋もぜひ、ぜひ
聞いてみてくださいね。

▼ご感想・質問フォーム
https://spog-ad.com/podcast_form/

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

▼ポッドキャスト
【魂に目覚める魔法の知恵袋】

■iPhone
https://apple.co/36URvzr

■Spotify
https://spoti.fi/3aNAOXP

■amazonポッドキャスト
https://amzn.to/3ryqXvL

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

▼日本リアルスピリチュアル協会HP
https://spog-ad.com/

▼ブログ
https://spog-ad.com/blog/

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

#霊性開花
#スピリチュアル #占い
#ビジネス
#リアルスピリチュアル
#リアルスピリチュアリスト
#日本リアルスピリチュアル協会
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/667ea403b3df4313863cc01b
00:06
人生ついでにゆるっと覚醒してみちゃう?
こんにちは、こんばんは。 霊性開花の専門家、リアルスピリチュアリスト橋本ゆみです。
この番組は、ビジネスや人生を変えていきたい方に向けて、エンタメでもファンタジーでもない、リアルなスピリチュアルで人生を切り開いた、ゆるっと覚醒マインドをお届けします。
今回のテーマは、努力はどこまで必要? 魂に沿った努力の話。
ということで、努力というと昭和の私はドコンジョウガエルを思い出す。全然関係ない。
なんとなくドコンジョウでカエルが出てきたっていうだけなんですけどね。
いやいやいや、努力って言うとね、頑張ることっていう風に考えるかもしれないんですけど、
昭和を生きていると苦しいことを根性で乗り越えるみたいなことを思い浮かべてしまうんですね。
これにはやっぱり我慢とか自己否定、自己犠牲というのが伴ってきてしまうので、やっぱり苦しいよねっていう話です。
もう時代は変わってね。
努力って言っても、やっぱり努力そのものはなくせないと思っています。
努力という言葉の捉え方、定義、考え方、これをアップデートする必要があるんじゃないかなと思うんですね。
今の時代にあった努力って何って言ったら、継続することとか、あとは調整も含まれるのかななんてちょっと考えたりしました。
あと、諦めない。継続に含まれるんだけど、諦めないっていうことですね。
調整と継続の土台にあるのが諦めないかな、話してて今そう思いましたね。
何を諦めないのって言うと、これはね、やっぱり自分であることを諦めない。
ここに尽きるなと思います。
やっぱり個人の時代に入ってきましてね。
個人の時代何かっていうと、いろんなところで言われているけど、本当に簡単な事象としてわかりやすいのが、テレビの世界で人気になっている人が、今誰でもTikTok、YouTube、自分で番組を持って、スタイフもそうですが、
発信ができる。発信ができる。考えを発信することができるもそうだし、
あとは自分の用紙が美しい方であれば、その用紙っていうものを、ちょっと言い方悪いかもしれないけど、
それを武器に、キャラクターとして、自分がやりたいことを表現したいこと、物を売りたい人なら物を売るために活用すると。
03:10
いろんな個人ができちゃう世の中になっているよねって意味ですね。
今までは個人が何?個人っていうよりも特別な個人。でも特別な個人ってもう公人になってしまう。
例えば芸能人の人は公人、公の人扱いなんですよね。
どこまでっていうのが難しいところなのかもしれないんですけど、
芸能事務所に所属をして、キャラクターとして、要するに商品として販売されているわけですよね。
すごく嫌な言い方をしちゃいますけれど。
でもそこにアイデンティティっていうのがゼロかっていうと、
俳優さんなんかはやっぱりそこにね、自分のアイデンティティがありつつも違う人生を表現するということをするわけだし、
アイドルだとね、偶像っていうことなので、
偶像崇拝したい人のために存在するっていう、だんだん身も蓋もない話になってきたからやめますけど、
ちょっと特別というか作られた何かではなく、本当に個人個人素人が芸能界のようなことができるわけですね。
もちろん才能があればとかいろいろやり方とかあると思うんだけど、
この時代本当に個人の時代になっていて、ちょっと話広げて話しちゃいますけど、
お金がなくなるっていうのは私も結構コロナ前からそういう時代来るよねって言っていて、
やっぱり経済学とかとそういう社会的なことを勉強されている方はもっと現実的な話で、
資本主義が終わり、歴史から見ても終わるっていう話だったりとか、
あとは社会的な流れ、価値観移行というところでお金というものがなくなっていく。
前沢さんとか成田さんとかがそんな話をされていて、
そこの言葉の使い方や思考の視点というのは各自あるわけですけど、
その話を聞いていると像様というところに私のしびうる単語だと行き着くんですよね。
そこになると縄文時代とかそういう話が出てきて、
06:01
いろんな思想と歴史とが絡んで、
そういう研究している方の方がもちろん具体的に詳しくお話しされていると思いますが、
こういうスピリチュアルでビジョンを見るだけの人が言っていることと、
研究していることとお金を動かしている人が言っていることが共通しているというのは非常に興味深いなと思います。
非常に興味深い。
話をね、努力って必要なのかというテーマなんですけど、
そういうところで自分自身を諦めない努力というのがこの時代必要であるという話が、
個人の時代ということの説明からお金がなくなる話にふわっと広がったわけだけど、
戻しますと結局やっぱり答えがない時代、不可知な時代、
それを世の中では文化とか言ったりするんですけど、
結局単純に言ったらさ、未来わかんねえって話なわけですよ。
そんなの誰でもわかんないよみたいな。
でも今までは予想の延長である程度未来がわかる、コントロールできるという幻想がどこかにあったわけですよね。
そういうところをいろいろな部分から見たり、
実際の現実を感じていくと、
もうすでにいろんなことは自称として起き始めているので、
AIの発達とかその裏側とか、
本当に生物とかの探求、研究、文学とかもそうか、
ちょうど宮沢賢治の本を読み直したりしてて、
その時代ちょうど明治になる大正から、
間違った、幕末から明治、明治の初期のあたりの混沌とした時代と言うんですかね。
やっぱりいろんな文学で残っているものとか、
あと思想とか東洋、西洋、
時代で見たことがないけど、やっぱり共通するものがあるんだなと。
宮沢賢治の話を読んでいて、
宮沢賢治と伊波東部に行くから、
09:05
柳田邦夫の柳田邦夫もそんなに読んでいたわけじゃなくて、
なんとなく知っているぐらいだったの。
柳田邦夫によってどんどん広がっている民族学で、
非常に興味深いところでなんですけど、
そんなに私は知識があるわけではない。
ただ、なんかいろいろ読んで調べていくと出てくる人物名なので、
それで触れていたってことがあるんですよね。
ちょっと今回東北へというところで、
東北の話をしだすとまた長くなるから、それは脇に置いておいてですね。
やっぱりそれを見ていたら、
みなかたく、マグスも同じだなと思ったら、
時代一緒なんだよね。
知っている人は当たり前なのかもしれないけど、
あまり時間軸を捉えていなくてですね、私自身が。
そうすると森養飼とかいろんな残している人たちがみんなつながっていくわけで、
その当時の思想とか考え、時代背景、そして土地柄、いろんなものが急にかみ合っていくわけなんですけど、
そこでやっぱり生物、話が広がりすぎたんですけど、話したかったのはね、
生物、そして科学、数学、物理、ここはですね、
ポッドキャストで岡田さんとも話してたんですけど、
数学を極めていけばいくほど生物に行ってみたいな、
スライドするんだよね、物理を研究するほどに数学に行くんだけど、
とにかく学問がスライドしていく。
これは結局何やってるのかって言ったら、やっぱり知らないこと、見えないこと、
何で生きてるのか、何で動いてるのか、何でこの世界なのかっていう、
もう何で何で何での集合なんですよね。
それはね、突き詰めると結局向こう見えない世界への扉になっていくわけですね。
そこを知りたいという欲求でしかもうなくなっていく。
そこには生命とか、生っていうものが絡んできて、
結局ね、私は宗教を語ることはないんですけど、
道教とかでもやっぱりそこに行き着くわけですよね、老子の思想なんかだとね。
結局自然のそこに帰っていく。
そうすると、やっぱりアミニズム的、シャマニズム的な考え方っていうのがかなりしっくりする。
それがしっくりすると、お金ではない象よっていう表現がさらに負に落ちていくわけです。
12:04
その中でね、だんだん暑くなってきた。
その中でね、結局それって、これは私の感性で捉え方なんですけど、
やりたいもやるべきも、その余分なものが、余分なものっていうのは、
英語で言えばI wantとかI willとかって、Iの次に何かつくでしょ。
もうね、それがつかない。もう愛、愛っていうそれしかない。
愛はラブじゃなくて、I amの愛ですね。
I amしかなくなっていく、存在しかなくなっていく。
音、ちょっと話してくれるけど、音的にI amの愛とラブの愛が、
同じ愛なのもね、やっぱり音として非常に興味深い。
母音であることも非常に興味深い。
この辺の話をしていくとどんどんマニアックになっていくんですけど、
それ置いといてですね。
結局、象よの話につながるんですけど、
ちっちゃい時って自然とやろうって思ってやったことってないですか?
あのね、本当に自然にやったことを他から褒められて、
それいいことなんだって認識して、
そっからなんかラベリングされてったなっていうのが結構あるなと思っていて、
それは何かっていうと、
昔何時かね、ちょっと経緯はもう覚えてない。
保育園の時なんですけどね、
父が仕事で大量のシールを持って帰ってきたんですよ。
子供、ほらシール好きじゃない?
私も好きで、なんか貼りたい衝動ってあるでしょ?
シールをはがして、ベタベタ貼っていきたい感覚の衝動ってあるでしょ?
あれも自然なんだけど、
その大量にもらった瞬間にね、
これ保育園でみんなにあげようって思ったんですよ。
自然にね。
子供の時ってそういうの自然に思うでしょ?
思うでしょ?って思わないかもしれないけど、
その本当にね、ごくごく自然に、
これいっぱいもらったからあげようって。
別に喜ばせようとか、そういうの一切不随してない。
思考不随してない。
説明すればみんなも嬉しいよねっていう説明はつくんだけど、
その瞬間は、あ、もらった瞬間にはたくさんある。
たくさんある。
じゃあ明日保育園持ってってみんなにあげるわって言って。
そしたら父がね、びっくりして。
それいいねって。
じゃあ明日もっと持ってきてやるから、
15:01
待ってろみたいなね。
そんなのがあったわけです。
そんなのとかね、
あとこれは夢の話なんだけれども、
私は両親と暮らしている記憶がほぼない。
本当にないのでね、一切ないので。
それぞれ、母の顔とかも存在は覚えてるけど、
顔とか思い出せないぐらいの幼少期に分かれてるんですね。
ある日夢でね、産んだ母の方がね、
ゆみちゃん申し訳ないけどこれやってみたいな、
なんかお願いされたときに、
私なんだけど柿ピー食っててみたいな、
ポリポリ食べながら。
すごい自然とはいいよって。
何にもそこにはない。
純粋にやってあげようって言葉にしたら、
やるよ、やってあげるよみたいな感じなんだけど、
なんだけど、
なんだけどもう本当にピュアにやろうっていう感覚。
子供の時の方が純粋に多かったなって思います。
大人になるとね、それが忖度が入ったり、
やっぱりね、頼むの申し訳ないなみたいなこととかね、
頼まれてなんかこれやったらお礼されるかなとか思わない。
まあないんだけど、
例えばね、
大人になっていろんな人と話をして、
やっぱりその考え方って人それぞれあってね、
面白いなと思ったことが多々あります。
話を、軸はぶれてないんですけど、
少し広がってはいるので戻すと、
自分を諦めないっていうのは、
I wantでもI willでもなく、
愛っていうところ、
それはラブと捉えてもらってもいいと思うレベルの存在ですね。
自分であることをやっぱり諦めない、
この努力がこの時代必要な努力じゃないかなと思います。
自分を諦めるっていうことは、
自分自身が損っていうのもあるんだけど、
先ほどの贈与、贈与っていうのは結局、
生かされているというのも含まれてるんですね。
生きているのは自分であるっていうものではなく、
まだ宮沢賢治とか読むと、
もうそんな感じの人なんだなって、
本当にね純粋に、
純粋に命として生きてるんだなっていうのがすごく分かるんですけど、
生かされていて、
ある種生もなく死もないっていうところにも
繋がってはいくんだけれど、
その中でのありようっていうところで、
18:02
多くの方がサバイバル、
生死の危機に至るような時代ではなく、
豊かな資源とご飯もあって、
寝る場所もほとんどの方があってっていう、
そういうサバイバルの危機がない分、
心の本質っていうのを求める余裕があるからこそ、
生きるっていう自分を諦めない、
自分の光を見るでも星を見るでもいいんだけど、
自分を知って自分を生かすっていうところに、
やっぱり意識がフォーカスしやすいんじゃないかと。
それも不可思な未来と、
未来がわかりにくくなっている、
想像できない、
つまり今まではある程度レールが見えていたものが
見えなくなってしまったがゆえの、
占いブームやスピリチュアルブームっていう捉え方もできるし、
今言ったみたいに生活レベルに不安がそこまでないときは、
心にフォーカスしやすくもなってくるので、
そこでね、スピリチュアリティ、精神性、哲学っていうところに意識が向いて、
スピリチュアルブームとか、やっぱり死後どうなるのかとかね、
生まれる前の記憶、
どこにいたのかとかね、そしてどこに向かうのか、
ここにも意識が向く時代背景っていうのがあるんじゃなかろうか。
こんなふうに考えるわけです。
少し思想的な話でもあったんですが、
じゃあ自分を諦めない努力って何やねん、みたいなところで、
これちょっとわかりやすく言うと、
魂に沿った生き方、沿った努力っていうところでね、
3つほどサインっていうのをちょっとお伝えして、
今日は終わろうかなと思います。
まずね、1、続けることに抵抗がないやつです。
続けることに抵抗がないやつ。
これね、たまに続けるの大事だよみたいに捉えちゃうと、
私何も続かないんですっていう人がいるんですけど、
続かない人はね、続かないことにフォーカスせずに、
やってること、かいつまんだものにフォーカスしていくといいですよ。
何をかいつまんでるか、その中にはね、絶対つながる意義があるんですよ。
三食団子の一つずつを食べてた人が棒を刺したら三食団子になるみたいな感じですね。
なんか串焼きでもいいんだけど、
21:01
何刺すかは自由なわけ。
軸は絶対誰もが持ってて、そこに何を刺すかは決まってるけど、
刺さずに食べてるっていう状態なので、
一回並べて刺してあげるみたいなイメージですね。
これはイメージなんですけど、
簡単に言うと、かいつまんだやつ、あれもやった、これもやった、それもやった、
の中に共通するものを見つければ、それは続いていると言えます。
そこを軸にしているというふうに見えてきます。
一見バラバラなことでもつながっているものです。
それを見つけるのはね、結構ね、やっぱりね、その努力は必要ですね。
考える自給力って言えばいいのかな。
考える努力、これが面倒くさいってなっちゃうと、
何も続かないし、綴れないし、
結びつかない。
全てが点で終わってしまう。
別にその人生でもね、
時間なんて細切れの集合体でつながって時間になっているっていうのを
錯覚しているようなものだから、
それでも全然いいんだけど、
なんかやっぱり人間どこかで、なんだろうな、
求めていると思うんですよね。
自分の軸みたいな。
なのでね、バラバラです。
続けることに抵抗がないものが一つ目、三位なんですけど、
続けられないですっていう人は、
かいつまんだやつの中に必ず共通項があるので、
それを見つけたら、それが続けることに抵抗がないと等しいものになりますので、
やってねと。
二つ目、結果よりね、プロセスが大事なんです。
成長変化を感じられているかどうか。
この言い方をしちゃうと感じられませんで終わっちゃう人が多いんですけど、
むしろ成長や変化をどう見つけるか、
これが本当に力が必要になるというか、
力がついてくると、
魂に沿った努力ということにつながっていきます。
三つ目、自分を好きでいるっていうね、時間が増えていく。
これが魂に沿った生き方をしてますよっていう三つ目のサインなんですけど、
自分を好きでいるっていうのがちょっと抵抗が出る人もいるかもしれないんだけど、
自分らしいなって許容できる時間というか、
これが自分でいいなっていう感覚ですかね。
例えばですけど、
何かいつも遅刻をしてしまうと、
そんな自分嫌だなって思ってたら、
これは魂に沿ってないってことなんですね。
24:02
遅刻をしてしまう自分もキュートで可愛いなと思えれば、
魂に沿っているってことなんだけど、
遅刻そのものが良いか悪いかっていうのは今脇に置いての話なんですね。
それで人に迷惑かけて申し訳ないみたいなのだったら、
それはやっぱね考えた方がいいし、
でもそれ何が迷惑なのかみたいなところもあるのかもしれないしね。
ちょうどたまたま広雪さんとなんか若い男の子が遅刻な話をしていて、
2人とも遅刻をするっていうところで、
遅刻を正当化する話が繰り広げられていて、
結局どこを軸に考えるかで、
OKになることとNGになることがあるっていうね、
面白いなと思って見てました。
だから結局ね本当にそういう意味で自分次第になっていく、
なっている時代なんですね。
自分次第っていうことは自分で責任を取るっていうことだから、
今までの社会はどっか人のせいにできたんですよ。
どっか人のせいにできた。
社会のせいとか会社のせいとか誰かのせいってできたんです。
でもこの世界、この時代、個人の時代っていうことは
誰の責任にもできないわけです。
自分で生きるっていう至極真っ当な話でしかないんだけれど、
そこがある種の厳しさに感じる部分があるかもしれないですね。
自由ってある種の束縛の中での自由が
たぶん一番楽な自由なんですよね。
本当に自由っていうのは全部自分で決められる、
全部自分で決められるっていうことは結構大変で、
自分で全部やっていくっていうことでもあり、
そこに人に手伝ってもらうとか、
そういうのももちろん入ってくるわけなんだけど、
今までの価値観が変わるので、
その価値観のシフトにちょっと今もやもやする時期ではあるかもしれないですね。
その時期ではあるかと思います。
とにかくね、
努力、イコール、頑張る、我慢する、
自己否定、自己犠牲、これはもうね、古いですよーと、
それはもう捨ててしまってください。
捨ててしまってください。
名古屋だとほかしてくださいかな。
昔ほかすって言われて、ほかすって何だろう、
27:01
ほかすって言うんだなって思ったことがあります。
面白いよね、言葉ってね。
最後は私の言葉の話で、
もうほんと年を取ると物忘れがやっぱりね、多くなりますね。
やっぱりエストロゲンが活用で、
減る、減らないっていうところでいろんな話があって、
そこはよくわからなかったんだけど、
エストロゲンはね、減っていくという話を採用し、
そうすると会話とかにも影響が出てくるのでね、
記憶が飛んじゃうわけですね。
あとはね、もう習慣でやっぱり変換、文字変換がね、
パソコンとかスマホに依存してしまって、
スマホとかパソコンマックだから余計なんだけど、
変換正しくしたはずなのに、
隣のボタン、文字を押して変な語色でなってしまったり、
まあいろいろ。
もうほんとね、画数が多いやつは見にくいしね。
見にくいしね、ほんとね。
まあまあ、それもまたユニークな体験ですよ。
何の話かって、3回目ぐらいだけど、
努力は頑張ることじゃないんだよと、
魂の流れに沿って続けていこうねと、
諦めないってことだよ、みたいなそんな話でございました。
まあその中にね、マニアックな話をぶっこんで、
一人でちょっとその話がしたくなりすぎて、
頑張った私がいます。
うわーと思いながら話したいと思いながら、
でもその話しだしたらもう誰もついてこれないと思って。
一部の人はね、聞いてくれるだろうけど、
もうハテナがいっぱい出ちゃうだろうなと。
お金がなくなる話と像様の話でハテナが出ちゃう可能性がまだ高いですからね。
もうちょっとしたらね、だいぶそういう話も浸透していくんじゃないかなって思いますけどね。
まあまあ面白い時代に、私は別に社会学者とか、
歴史学者とか、学者さんではないんでね。
本当スピリチュアル、なんかでも書いたり言ったりしているけど、
スピリチュアルを思考、気上の空論というか、
30:02
思考で理解、言葉で理解しようとしている段階でも、
なんだろう、頭理解はある程度できたとしても、
そこまでだなと思ってしまう立ちなんですよね。
やっぱ実践してなんぼというか、現実に生かしてこそ、
なんかそれは栄養学でこういう栄養が体にこうこうこうこういいからって言って、
インスタントラーメン食べてたら意味ないじゃんみたいな。
いやでもこのインスタントラーメンにはこの栄養素とこの栄養素届かない。
サプリで生きている人みたいになっちゃうじゃんみたいなね。
それはなんかね、生きられるんでしょうけど、
天敵だけで命を紡いでいく方、どうしようもなくそうなっている方というのも
世の中にはいらっしゃるわけだけど、
でもやっぱり生きているっていうその実感っていうのをね、
やっぱ味わっていきたいんじゃないかなと思うんですよね、ほとんどの人がね。
わかんない、最近の人はもう合理的に考えすぎて、
ヒロユキさんと若者の話で、
うんこが食べれるかどうかみたいな話題があってすごく面白かった。
大人になってもやっぱりその手の話題は楽しいんだなと思うんですよね。
子供の頃ってね、なんか楽しいって。
それは子供にとってのね、生作物、生産物っていうところで結構重要なポジションにある存在なんですけどね。
だからうちの猫さんたちが今朝も立派なうんちをして、
私は臭いなと思いながらも健康でいいなと思って、
もう可愛くてしょうがないなと思いながら、
もう同時にしようとすんな、やめてくれと思って。
これから体がまだ2倍以上になっていくところでね、
2人で一緒にはもう入れなくなるぞなんて思いながら、
成長が楽しみでございます。
はい、というわけで今回のテーマは、
努力はどこまで必要か、魂に沿った努力の話ということでございました。
今日のお話があなたの人生の扉を開くヒントになりましたら嬉しいです。
ポッドキャストのラジオ番組、魂に目覚める魔法の知恵袋、
こちらもぜひ合わせて聞いてみてください。
33:00
ポッドキャストの方が非常にわかりやすいと思います。
スタンドFMはたまに橋本の至高の海にみんなで潜らされるという時間になりますので、
睡眠効果は抜群じゃないかなと思っております。
というわけで、今日もご視聴いただきありがとうございました。
では皆さんまたお会いいたしましょう。
ではでは。
33:31

コメント

スクロール