1. ミッドライフは憂鬱で~お転機雨の降る世代
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2026-01-19 28:07

わざわざ最適化しなくてもちゃんと活きる

ライフキャリア・エコロジーエディターとして活動しています仲西ミナツです。

 

「位置の回復」状態整理のセッションは60分5,000円

 

まずは✉

welcome.dai3sessyoku@gmail.com

 

言葉になる前の違和感を出していく時間です。

話が散らかる。

途中で止まる。

「よく分からない」が出る。

この状態で大丈夫です。むしろそういう方をお待ちしています。

元の線(現在地)に戻るプロセスです。

 

このセッションでは、ヒューマンデザインのリーディングは行っていません。

サブツールとして確認のために使います。

 

今後、深いレベルでの自己認識、理解を人生で照合させていきたい方、人生で活かしていきたい方は、

まずは状態整理のセッションを体感してからネクストレベルセッションにお越しください。

 

ミドルからは自分の選択で、心地よくライフをデザインしていける世界の実現を。

 

内観と内省で、自分を使い切るのではなく、循環させていく生き方を選びませんか?

 

イキイキガイズ➡イキGUYSを増やします。

 

サマリー

このエピソードでは、「最適化」という概念を探求し、その考え方が生活や仕事にどのように影響を与えるかを検討している。また、自然の循環や調整作用と人間の最適化思考の違いについても述べられている。自己理解の重要性がテーマとして取り上げられ、無意識的な態度や環境が別の形での自己実現に影響を与えることが強調されている。そして、最適化を不要とし、自分自身を自然に活かす方法について考察されている。

最適化の意味と心情
Hello my friends and beautiful souls. こんにちは、ライフキャリアエコロジーエディターの仲西ミナツです。
今日は最適化っていう言葉について話してみます。
今日は新月ということで、午前中に車で神社に行って参拝してきました。
いつも1月1日にすごい混んでる時に行ってるんですけど、
人が多すぎて、参拝とお見口だけやって帰ってくるんです。
子どもたちは出店で色々買って食べるっていうのが楽しみで来るって感じなんですけど、
私は落ち着いた状態で自分にたっぷり時間を与えて参拝したいという気持ちがあるので、
後日また一人で行くっていうのを、そういうやり方を見つけたのね、自分で。
その時にお守りとかもゆっくり買っているんですけど、
今日は新月か今日って思って、天気もお日様が時々照りつける感じで、よし行こうって思って朝決めて行ってきました。
そしたら意外と全然人多くて、お正月ほどではないんですけれども、
平日で月曜日の朝こんなにいるんだっていうくらい人がいたので驚きました。
参拝もゆっくりできて、お守りも買って、ようやく落ち着いた感じ、新年を迎えたなっていう気持ちになれました。
近くの幼稚園かな、バスで来てたけど、園児が小さい子供たちが神社にお参りに来たみたいで、手を繋いで列になって歩いてちょうど出てくるところ、私とすれ違ったんですけれども、
本当に可愛くて、神様って絶対子供好きだよなとかって、ちょっとスピリチュアルな話になっちゃうんだけど、
数年前までは神様と同じところにいた彼らだろうから、すごく近い存在で、
自然と幸せっていうか、嬉しいっていうか、愛おしいっていう気持ちが自然と湧いてきて、
朝の気持ちよさと、神社っていう場所もすごく行って気分がいい状態になるし、
小さい子たちの自然に愛しさっていうのも出てきて、すごくいい参拝でした。
いいものになりました。
最適化の効率と問題
山道に本殿に向かう間にも小さい鳥があって、そこにも私は一つ一つお参りするんですけれども、
そこもすごく静かに集中力高い状態で参拝できて、
カサカサカサって音がするから、何だろう、お掃除の人かなって思ったんだけど、鳩とか鳥がツンツンカサカサ歩いてるっていうことだったんだけど、
そういう自然の気配っていうのも感じられるので、人がわーわーいたら全く感じ取れない部分を感覚研ぎ澄まされた状態で参拝できたので、すごい良かったなって思っています。
最適化っていう話なんですけどね、
自分を最大に活用している状態、最大限生かしているっていうね、
この最適化っていう言葉にはそういう感じがしませんか?
もっと自分らしく生きるための最適な正解、一番ぴったりの正解を探すみたいな。
仕事とかでもね、自分を最適化させるパフォーマンスを一番いい状態で仕事をするとか、すごく良いことっていうふうに思うと思うんですね。
今はAIとかがすごく出てきているので、
AIが来る前は、だったらExcelの数式を覚えてそれを活用して仕事を短縮させるとか、
あとすごい詳しく知っている得意な人が教えてくれたりとかして、
すごい効率よくできる仕事をね、
ありがとうっていう感じで、教えてくれてありがとうっていう感じで、
すごいお得感だし、効率良いパフォーマンス、
それがいいって思ってて、いいんだけれど、
空いた時間、できた時間でまた違うことをやって、
どんどんやり方を一番効率よく、一番短縮できる、
最短のやり方みたいなのを常に考え続けるっていうのがいいこと。
それがパフォーマンスを、自分を最大に会社で社会で活かせる状態っていうふうに思ってて、
私もかつてはそうだったし、時間を作ってもっと違うことをやっていこうとかってね、
それってすごく会社にとっては、すごい頑張ってくれてるとか、
いろいろね、どうやったらうまくできるかっていうところで、
頑張ってるねって評価されたりもするんだけれど、
効率を上げるとか、成果を最大化させるためにとか、
無駄を減らすとかね、
やっぱり一番いいやり方が正解になりがちだから、
時間をかけないでここにたどり着くっていうのがいい、
それが最適化っていうふうにされてると思うんですね。
そんなに別にいいとは思うんですけど、
今より短縮してできるようになった、
じゃあもっと短くできる方法がないかとか、
もっと効率を上げられないかとか、
さらに、さらに、さらに、みたいなね、
これがゴールじゃないよ、ここまでいけたんだからもっと短くできるはずとか、
結局たどり着いてないっていうのかな、
もっともっとガンガンガンガン、もっとないかな、
まだないかなみたいなところに行ってしまって、
終わらないっていうのかな、その探求が。
ちょっとそういう暴走しがちなところをスローダウンして、
止まってもいいんだけれども考えてみる、
それって本当に最適化してるのかなっていうところなんですけど、
自然を見てみると、私はすごく自然が好きで、
時々遠くの自然の豊かなところに行きたくなるんですけれども、
最適化された川とか最適化された森とか自然っていうのは、
これは聞くことがないと思うんですけれど、
自然ってやっぱり循環している、巡っている。
例えば最近はやっぱり話題になっているのは山火事ですかね。
山火事が頻発していて、
あと未だに沈下していない森林火災とかあるんですけれども、
偏りが出ている状態、バランスが崩れてるっていうのかな。
無理が起きてるから火災が発生して止められない、
人間には止められないっていうその状態ですよね。
これ私の意見なんですけれど、
やっぱり自然界っていうのは自然に別に人間が関与してなくても、
自然に調整作用っていうのがあって、
例えば山火事が起きてる、
これは地球に私たち人間もいるから、
人間も関わってるんだけど、
偏っているから、偏りを修正させるためのサインというか、
その状態、回復しようとしている状態、偏りを調整しようとしている状態。
で、今山火事っていうのが起きているっていうふうに私はね、
結構そういう精神世界とか好きだからそういうふうに思ってて、
マクロビオティックでも陰陽っていうのをやるんですけれども、
哲学として陰があって陽がある、陽があって陰がある、
絶対これって切り離せないんですよね、表と裏ですよね。
山火事が起きて止められないその原因っていうのが必ずどこかにあって、
私たちは火事起きてるから消さなきゃって言って一生懸命あれこれやるんだけれども、
人間がどう関与したって、その調整を止めることはできない。
今なんか多分調整しようとしてるんですよ、自然がね。
ものすごいその今出ている結果として出ている山火事の状態のその反対側には、
何かそのくらいの規模の反対の何かがあって、
今山火事っていう状態で調整している。
あるいは山火事があって、その後に何か同じくらいの何かが待っているみたいなね。
自然界と人間の調整作用
まあこれ言うとちょっとわけわかんなくなっちゃうんであれなんでもうやめるんですけど、
いいとか悪いとかじゃなくてどうなっているのかどういう状況かっていうのが、
自然は最適化っていうのはないよっていうね。
この状態を見るっていう感覚が、
今私が提供している状態整理のセッションっていうのをやっているんですけれども、
60分5000円でこれを提供しているんですけれども、
フューマンデザインを使って行っていて、
フューマンデザインも最適化ツールではないんですよ。
自分をどうやったら最適化できるかっていう風な、
私も最適化させるのがいいって思っていたので今この話をしているんですけれども、
結局最適化っていうのは何かってわからないじゃないですか。
外側の基準で社会で会社だったらどう結果出しているかとか、
どういう仕事っぷりをしているのかっていうので、
最高のパフォーマンス、最大限のパフォーマンスで、
効率よく手際よく無駄なくやっていると最適化っていう風になるのかもしれないんですけれども、
それをフューマンデザインで教えるとかではなくて、
今のっていうか、そもそもの、自分そのものっていうのは、
どこで無理が起きやすいのか、
自分をどういう風に使った時に無理をしているのか、
他人の期待っていうものを追いやすい、受けやすいのか、
そういう構造を理解しやすいっていうのかな。
理解できると言いたいんですけれども、
結構人っていうのはマインド思考のブロックっていうのがあって、
よく言われるのはフィルターですよね。
フィルター、色眼鏡っていうものをかけて世界を見ているので、
その色眼鏡のバリエーションっていうのかな、
色合い、グラデーションっていうのは人それぞれだから、
価値観っていうのが人それぞれ違うと思うんですけれども、
無意識のフィルターっていうのを通して、
みんなそれぞれ違う世界を見ているので、
世界の見方っていうのかな、どう認識しているのか、
この世界はハッピーでいいことしか起きないよって見ているのか、
いやもう怖いものだらけだよ、
外を歩いたら誰かがナイフを持って私に向かってくるかもしれないし、
電車に乗ったら怖い思いをするかもしれないとかね、
怖い世界なんだっていう風に見てる人もいると思うし、
人によって持っている価値観というか、
無意識のフィルターを見ている世界が違うので、
例えば私みたいなヒューマンデザインをお伝えする、
ヒューマンデザインでその人のデザインをお伝えする人としても、
私も色眼鏡を持って世界を見ているし、
お相手の方も全く違うフィルターを通して見ているから、
言っても合致しないっていうのかな、ずれちゃう。
すれ違った受け取り方。
私はこう伝えたけど、受け取る方は、
ちょっと私が伝えたようには受け取ってくれないっていうことですね。
だからヒューマンデザインは、
あなたはこうで、こういう人だからこうした方がいいですよっていう答えとして私は伝えなくて、
参考、参照してくださいっていうふうに言いたいんですけれども、
そこは一方的に受け取ってほしくなくて、
言葉を私にも返してほしいなって思っていて、
言葉のやり取りで、少しずつやり取りがあれば、
ずれてるところを少しでも近づけるんですよね。
同じ高さに持っていけるっていうのかな。
あるいは、自分の解釈でもいいと思ってて、
今の自分の状態ではこういうふうに理解した。
それでいいんですね。
この解釈も人生のステージで変わるんですね。
例えば、50歳と60歳の視点は違いますし、
それこそ30歳と50歳の解釈っていうのも全く違うと思うんですね。
あの時は、もっと軽く意味付けしてたとか、
でも今だったらすごく大きくて深くて重く受け取れるみたいなね。
そのくらい違うんですよね。
自己理解の重要性
自分を最大限に活かすっていうのは、全然聞こえは悪くないですし、
いいよねって思うんですけど、無意識っていうのが入ってくるので、
人から見るとすごくやってる。
でも本人は、いやいやいや、まだまだまだ。
まだ、もっと活かせますから。
まだ活かしきれてないです。
いやー、もっともっと。まだ足りない。
できる、もっとできる。みたいなね。
そういうのがあったりするんですよね。
これって自分では意識してなくても自然に生まれてくる、持ってるもので、私もそうでした。
すごく頑張ってるって言われてたんですよ。
会社の人、会社の年がすごく上の女性から、
頑張ってるよね、本当頑張ってるよって。
偉いよ、すごい頑張ってるってね。
めちゃめちゃ褒められてたんですよ。
いつもね、ほんほんほんって。
ありがとうございます、みたいな感じでね。
当時の私はね、もうね、なんて言うんだろうな。
ダメですね。
今、もうダメって言いたくないけど。
未熟?未熟っていうのかな。
事の重みを全く。
自己理解とか全くしてない状態だったから、知らない。
潜在意識も知らなかったんで。
もうね、全然こんなもんじゃないから、みたいな。
そういう感じだったんですよ、態度が。
もっと広く世間を見たら、こんなの頑張りに入らないですから。
もっとすごい自分を意識高くね。
持って、もうすっごいバイタリティっていうか、もっとパワフルにやってる人いますから。
こんなの全然よくやってない。まだまだですっていうのを心の中で思ってた。
だから表面的には、ありがとうございますとか言って、なんかちょっとすごい気まずいっていうか、
みたいな感じでありがとうございますって言うんだけれども、めちゃめちゃその言葉を跳ね返してましたよね。
態度悪い。態度の悪い女でした。
ということでね、こういう無意識っていうのが影響してくるので、
自分っていうのをね、
なんていうのかな。
やっぱ分かる、理解するっていうのはすごく大切なんですね。
人のレベルで見ちゃってるから、
特に自分が憧れるような人とか、すごいなって思うような人を見てるから、
休んでる状態とか、抑えてるとか、動かないっていうのを選んでる。
自分がそういうふうに選んでるのに、
もうね、私はね、休んだら負けだ、休んだら終わり。
自然な自己実現
座ってたらもうダメ、遅れちゃう。
動けないから座るな、みたいなね。
でもさ、それ休んでるっていう状態とか、今ちょっと控えめに抑えてるっていう状態。
抑えてるっていうと、自分を遠慮している、遠慮させているような感じがするけど、そうじゃなくて控えてるっていうのかな。
チャージしてる、休息、エネルギーの省エネモードみたいなね。
あとは動かないって今選択をしているっていう状態も、自分がちゃんと生きてるっていう証、そういう状態なんですよね。
ちょっと分かりにくいかもしれないんですけど。
こういうのをね、しっかり伝えるのってすごく難しくて、
もうなんか私、どうやったら伝わるかなとか、ちゃんと文章化、言語化して伝えようとか、
それもうやめたので、もう感覚でお伝えでいいやって思って、復帰出てしまった2026年なので、そのまま言ってるんですけれど。
だから私はね、最適化するっていうのもお手伝いしますっていうのではなくてですね、
それはやっていなくて、自分を消耗させていないか、エネルギーを消費させていないかっていう、
そういうところに身を置いていませんかっていう状態から、ちょっとね、動かすっていうんですかね。
例えば、囲碁の番ありますよね、囲碁。
コマを置いた、私囲碁やらないんで、ルールとかじゃなくてね、囲碁の番みたいな、例えでね。
囲碁の番があって、コマを置いたその状態が、その場所がね、環境が自分を消耗させている状態だったら、
ちょっとだから斜め右の方に動いてみるとかね、環境を、位置を変える、環境を変えるっていうことなんですけど、
そうすると、動いたその先の環境が自分に合ってて、すっごい力が、今まで私こんなことできたんだって思うようなくらいの力が発揮できたりすることがあって、
なんで今まで動かなかったんだろうとかってね、不思議に、疑問に思っちゃうんですよね、そういう時って。
ずっとそこにいたんだけれども、勇気を持って動いてみた。思い切って動いてみた。
そしたら、すごいなんか、わーって開放されたかのように、自分をめちゃめちゃ活かしてるよ、みたいなね、力が出て。
それは、自分を最大化、自分で一生懸命そうさせたわけではなくて、
ずれてるところがようやく良いところに、合うところになって、自分が合うところになって、自然に発揮できるっていうのかな、
っていうことだと思います。
もしね、自分をね、もっと活かさなきゃ、もっと活かせるはず、一番ぴったりの、もうマックス最高の、絶対の正解を見つけなきゃってなって、
なんかもう、息が詰まりそうになっていたら、これあの、呼吸が浅くなってるかどうかで判断できると思います。
でもこれね、すごく難しくて、呼吸が浅くなってるって気づかないんですよね。
もう、それにすら気づかないくらいの中で生きてると、気づかない。
ちょっとこう、自分に意識を向いてもらって、もしこれをね、聞いてる方が、肩で呼吸を意識したことがないよって、そういう中で悪せく働いてるような人とかは、
あのちょっとね、これ聞いて、私が言ったことで、ちょっと自分に意識を向けてみると、呼吸が浅くなってる時がないかっていうね。
呼吸なんかずっと吸ってる、吸ってることが多いとかね、深く吐いてないとか、なんかそういう感覚がもしわかったら、
最適化っていうのを狙わない、目指さないで、そういう選択をしてほしいなって思います。
最適、最適っていうことを目指さない。
自分は直すものではなくて、調整、調整していくものなんだっていうね。
故障してるわけじゃないんで、不具合が出てるわけじゃないんで、調整ですね。
ちょっとこう、ありますよね、いろいろ調整ありますよね。
自分の、使いやすいようにいろんなの、スマホとかデバイスもそうですけど、調整しますよね。
そういうのをね、そういう見方もあるんだっていう、そういうところで終わりに着地したいと思います。
ちゃんと自分を循環する、循環できる場所っていうところに、これはね、探すとか、新たなところ、そういう場所に行くとかそういうんじゃなくて、戻る感じ。
循環する場所に戻るんですよ。
かつて循環してたはずなので、戻れば、人は自分はもう自然にね、生かせる、生き生き生かせますので。
はい、ありがとうございます。ではでは。
28:07

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