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【前編】盆踊りが盛んな尼崎で、盆太鼓を始めて48年の虹亀さんにお話を聴きました。
2026-07-08 24:47

【前編】盆踊りが盛んな尼崎で、盆太鼓を始めて48年の虹亀さんにお話を聴きました。

前編では、虹亀さんの「48年間の一人の太鼓人生」だけでなく、長屋・商店街・顔役・マンション・騒音問題・ホール化という、尼崎の盆踊りを取り巻く地域コミュニティの変化が語られています。

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はい、どうもヒデドンです。今日はオンライン収録で、もしかしたらちょっと音質がいいかもしれないんですけど、これは普段と違ったアプリで、
天ヶ崎の虹亀さんのためにちょっと用意したっていう。 僕自身、盆踊り始めて、
やっぱり天ヶ崎周辺って特に盛んだなっていうのがあるんで、そこで太鼓の中心に携わっている虹亀さんに是非、
その周辺の話も含めてお話をぜひ聞きたいとお願いして、今日はオンラインで繋がっています。虹亀さんよろしくお願いします。
はい、すいません。よろしくお願いいたします。 こちら天ヶ崎で盆踊りの太鼓をやっています虹亀と申します。
まず最初48年前に盆踊りの会に参加しましたが、その会も地域の商店街の方が盆踊りを始めたいな、で近くに大きな公園もありましたので、その公園で始めますと。
で、若松公園というとこなんですけども。 それは天ヶ崎ですね。
そうです。天ヶ崎の橘町というとこです。その公園が若松公園なんで、蓮の名前は若松蓮。
そのときに商店街の方で、11歳ぐらいの男の子を商店街から散出したいと、出したいと。
その頃に盆踊りの太鼓を叩いてほしいということで、その当時なんですけども、
当時は仏壇屋の息子と僕、お風呂屋さんやったんですけども。
お風呂屋さんの息子の僕がちょうど11歳で、2人で初めて参加したんですけども。
で、まず最初の練習は天ヶ崎にピッコルシアターという劇場があるんですけども、
そこのショーホールをまず始めたいという皆さんが言うことで、寄付が結構集まったんですよ。すごい金額が。
盆踊りを始めたいっていうことですか。
そうですね。商店街の人たちがみんなお金を出し合ったので、結構金額があったので、
一番最初のときはホール、ピッコルシアターというホールがあるんです。
そこのショーホールを3日間借りまして、
そのときに民部の先生がずっと仲良くしてもらってて、もうお亡くなりになられたんですけども、
その先生が最初に盆踊りを担当するという場所になりまして。
民部っていうのは民用ですかね。
そうですね。民用の先生ですね。
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もう48年前の話なので、先生もまだ30代ぐらいの若い先生だったんですけども、
民部から参加しまして、それから約30年続いたんですけども、
その年の方はやっぱり30年も続くとみんな年齢的にも上がりますので、
もう矢倉を建てるその他の用意で終わり、片付けがもうちょっとしんどくなってきましたので、
その年の方は30年で終わりました。
盆踊り自体は大きい矢倉だったので、
終わってからはその矢倉は近くの公園の盆踊りに寄付しました。
ああ、なるほど。
あと太鼓のほうを、当時の太鼓マサで中古の太鼓を30万円で買って、
盆踊り自体はそれで賄っておりました。
なるほど、まさかの、最初からすごいですね、48年前に盆踊り大会をその商店街で始めたい。
そうですね、商店街で縁を作っても盆踊りしたいという話で。
たまたま任命されたというか。
そうですね、商店街の一角に絡んでましたので、
商店街の男の子を探した、11歳ぐらいの小学校5年生、6年生の男の子を探したら、
2人だけしかいなかったんですけど。
それでその2人になりました。
小学校6年生、5年生ぐらいですか?
そうですね、それぐらいですね。
6年生にはなってたとは思いますけども。
始めてみてどんな感じでしたか?
始めてみて楽しかったですね、やっぱり。知らない状態で始めたので。
にじがめさんはそこから出会って、たまたまで会って、盆太鼓というかそっちの方にハマっていった感じなんですか?
そうですね、ハマっていった感じですね。
それは48年ずっと続けるってやっぱなかなかすごいことだと思うんですけど、途中で。
途中では、ちょっと時間が空く頃はありましたけど、
やってるうちに中学生、高校生になったときは、夏場に他のどこでも盆踊りをやってるので、
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自分僕はもう8月の頭3日間だけやったんですよ。
その他他の日は空いてますので、他の盆踊りのとこに行って、
叩かせてもらえますか?言って、アルバイト感覚で夏場はやってましたね。
にじがめさんは盆太鼓の何が魅力に感じたんですかね、そのにじがめ少年は。
そうですね、やっぱり叩いてみたの迫力が、叩いたドンという迫力がやっぱり良かったので、
ハマりましたね、その辺は。
ちょうど48年前とかだったりしたときに、
たぶん日本の景気がすごいいいときだった。
いいときですね。
盆踊り会も。
そうですね、商店街も元気がありました。
寄付も結構集まったので、
今はもう縮小して金額もあれですけど、
昔はだいたい1日盆踊りやるのに100万かかったので、ほとんど飲み代ですけど。
酒代が100万ぐらいかかったってことですか。
ほとんど酒代ですね。
お客さんに振る舞うとか、終わってから打ち上げをするとかで。
3日間とも十分に100万は集まったので、
祭りしかやるのに300万ありましたので、それ以上ありましたけど。
だからその頃は良かったですし。
僕も他のところに、ちょうど近くに借り替え公園の盆踊りが途中で始まったんですよ。
2、3年後ぐらいに。
当時は結構祭りのときだけ現れる変な人というか、敷き入れる人が当時はいまして。
その人が、「今日はここは大丈夫やから借り替え公園の盆踊りが始まるので、ちょっと人貸してやー。」って言って連れて行かれてました。
2、3年は。
日に日的に重なってたもんで、あれですけども。
同じ日にやってたので。
ってことは、同時期に天ヶ崎だと、日本全国かもしれないですけど、盆踊りをやっていこうみたいな、始めようっていう感じだったんですかね。
天ヶ崎は特に地蔵お盆を大切にするとこなので、盆踊り開催するとこは少なかったんですけど。
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なので8月の頭ぐらいが多かったんですよ、他のところも。
ちょっとずらしてってことですよね。
そうですね。地蔵お盆は普通のお菓子を子どもらに渡すだけをやってたんです。
この頃は地蔵お盆に兼ねて盆踊りやるとこも結構ありますけども、昔は数的には少なかったですね。
地蔵お盆っていうのは関西を中心とした、地域のほんと小さな町内でのお盆のお祭りを地蔵お盆っていうふうに。
はい、そうですね。地蔵お盆は。
それって多分関西だけしかないんですよね。
そうなんですね。
地蔵お盆を兼ねて、15、16ぐらいがそうなんですけど、今はずらして1週間後ぐらいでも、それまでもまだ地蔵お盆なので。
旧正月とかですよね。
そうですね、旧正月の感じですかね。
8月の中盤から後半にかけての盆踊りも今は結構多いですね、地蔵お盆に。
っていう中で、途中でちょっと距離を置いたところもあるようなんですけど、その48年の中でずっと盛り上がってたわけでもないんですかね、同じような。
盆踊り時代の盛り上がりは、昔のほうがお金がかかってた分盛り上がりは大きかったですね。
その頃にやってて、その2、3年後からだいぶ減ったという盆踊りもありますしね。
約50年前に盆踊りの中で仮装の盆踊りをやってたところもありましたし。
仮装って、ハロウィンみたいな仮装をしてってことですかね。
そんな昔からあったんですね。
昔からそこは一箇所だけでしたけども、いろんな仮装をして参加するという盆踊りが当時もありました。
今では結構いろんなとこで仮装をして踊りましょうというのもありますけども、
当時は格好としては、ゴミ袋かぶってそれで仮装やという人も結構おられましたし。
まだハロウィンとかそういうのがそんなにない頃でしたから、本当に好きな格好で参加してましたね。
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僕なんかでも、先ほど言いました、仏壇屋の息子から軍服を借りました。
そういうのが好きな月というか。
それで参加しまして、足元にゲートルというものがあるんですけど、
それはまだ子供でしたから負けなかったんで、当時戦争に参加された人が知り合いにいたので、
その人に巻いていただいたりとかして、その仮装の盆踊りに参加しましたね。
その50年前から数年経って、ちょっと勢いがなくなったっていう時もあったんですか。
そうですね。高度成長期の切り替わりがそれぐらいになってきて、
団地というよりもマンションとかそういう宿泊住宅が建て続けに立ってきたので、
近くの人とのつながりがやっぱりちょっとずつなくなってくるんですよね。
もう隣組というか、そういう感覚から。
長屋が壊されて、高層というかマンションが立ち出したので、
今まで一緒におった人がまた別のところに行ってしまうと、
地域でやってたことがちょっとなくなったっていうことがあるんですよね。
長屋の人たちがメインでやってたんですけど、
もうみんなバラバラになると、
まだそれだけのために集まるということは、
ボンドリのためだけに集まるということはやっぱり少なかったので。
なりましたね。
なるほど。興味深いですね。
住む家とか携帯が変わったことによって、地域コミュニティの在り方も変わるみたいな。
そうですね。今まではそこの長屋とかの集まりの方が
夏になるからボンドリやろうかっていうのになってましたんで。
今はもうほとんどなくなってきたんですけど、
長屋の前の道路を仕切って、
そこの真ん中が空間ができるところでボンドリをやってたというところも、
クイセのほうとかでもありましたし。
今はもう3年ぐらい前に完全にやめられましたけど、
ああいうのは残しておいてほしかったなと思いますけどね。
じゃあその中で現在に至るまでで、
虹亀さんから見たら、
ちょっと抽象的な話になっちゃいますけど、
どんな流れがあったのかなっていう。
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流れ的はですね、
昔はマンションの中庭とかでも結構多かったんですけど、
この頃マンションの中庭でやるところもないですし、
結局騒音問題というか、
新しい人が入ってくるとやっぱりその人が、
その方たちがすべてボンドリをやってるんですね。
ボンドリに参加しますということがやっぱり少なくはなってきたので、
やっぱり公演を出す方もおられますから、
場所が限定される形にはなってきていることが多いですね。
近くに公演があれば公演を借りて、今でも。
公演を借りてるところのボンドリは結構長いこと続いてるところが多い感じがします。
ああ、公演、なるほど。
人が集まりやすいというかボンドリしやすい環境が。
そうですね。
あとは一番公演のところで借りるときに、
カオ役の方がどれだけ力があるかというか、
その方が周りのユーニーさんに一件一件挨拶回りして、
この日にボンドリをやるのでお願いしますという。
カオ役さんが少なくなったのもあるかもわからないんで、昔に比べると。
なるほど。
その分ね、集まった人たちが各個人というか守ってやってるところも今ありますけど、
昔はカオ役さんが強かったところが結構多かった感じがしますね。
ボンドリを開催するお祭りごとですね。
なるほど、なるほど。
確かに地域コミュニティのつながりが強いイコールカオ役がいるっていう。
そうですね。
田間赤崎でも一時期ボンドリ辞めましたけど、
また何年か経ってからこの公演借りてやりましょうかっていうときでも、
カオ役さんが少ないのもありますし、
入れ替わってるところも結構あるんで、
そこなんかは昔やってたんで始めますって言っても、
それは昔の話でしょってなるんですよね。
夜で大きい音を出してやられと、
うちらはもう参加しないのでやめてもらえますかっていうところが多いかもしれないですね、今は。
なるほど、なるほど。
今はもうホールですね、プラザとかホールを、
当時はボンドリをやってましたけれども、
長年続けて皆さんの年齢も上がって、
昔は結構木の太い大きい矢倉のボンドリ多かったんですよ。
どういう意味ですか?
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今でしたら鉄パイプの矢倉で結構。
そうですね、だいたいレンタルになりますけど、
昔は本当に15センチぐらいかな、四角の大きい木で立派な矢倉が結構多かったんですよね。
年齢を重ねるごとに、その一本の木も重いですので、
それを矢倉にするようなのがどんどんできなくなって、
衰退されてボンドリやめましょうかってなるところも多かったんですけど、
今はホールとかがやっぱり増えてるので、
雨が降ってもホールとかでは中止になりませんし、
なんで今そっちのほうに移行してるとこも結構何件かありますね。
本来の公園を使ってたボンドリをやめて、ホールでボンドリらしき。
あんまりボンドリはボンドリに変わらないので、
ボンドリをやるところも増えてきますね。
そこでしたら雨が降ろうが、槍が降ろうが、空調も効いてますし、
そういうところが何件か出てきましたね。
主体になるところがなくなっていくこともあるんですけどね。
つながりというか、商店街とかの、
やっぱり代表の方の力は昔はすごかったですね。
住民とかにもその方がお願いしに行ったら、
もう1日だけ、2日だけ、3日だけはかめへんよということが、
やっぱり人のつながりが昔は強かったんですかね。
その中で、浜ヶ崎でボンドリに参加する、
いろいろ会場あると思うんですけど、
参加者っていうのは増えたり減ったりっていうのは感じたりするところはあるんですかね。
今年予定とかも見てるんですけども、
重なってるところが多いもんで、分散されるんですよね。
例えば8月の後半の22、23ぐらいですと、
1日7件ぐらい重なってるんですよ。
すごい。
浜ヶ崎で。
ちょうどその中にも向こう側の河川敷を使ったボンドリが昔からあったんですけど、
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昔はすごい大きさでしたけども、
今は規模的にはちょっと小さくなりましたけども、
そこやと夜店もいっぱい出ますし、
やっぱり子どもらが喜ぶのもありますので、
そこに行かれる方が結構多かったりしますけども、
同じ日なのでだいぶ分散されて少ないところは、
今年はだいぶ少ないんじゃないかなとは思ってますけども。
ボンドリに関わる人数というか、
1回でもその夏に行くっていう人数自体の、
昔からは減ってるかなみたいな感じ。
踊られる方は、
ボンドリだけをやるとこういう風になると、
やっぱり踊られる人も少なくなってますけども、
それに関連してというか、
お店踊るところは各家族になってますので、
小さなお子さんがおるとこなんかは、
お店をメインというご家族の方は目立ちますね。
だからボンドリは後ろで音が鳴っていて、
ボンドリ屋になりますけど、
お子さん自体も踊られる機会がないというのはあると思いますので、
見てるうちはいいんですけども、
結局はお店がメインになって、
お店を一通りやったら帰っちゃうご家族はよく見ますね。
夏祭りっていう視点から見ると、
結構な人数がやっぱり参加してて、
踊りの輪に実際に加わるってなるとちょっと人数が減ってる。
人数はそうですね、やっぱり減ってますね。
夏祭りの出店だったり、そういうところの場には参加するっていう感じですかね。
何十年も、もう5、6年前に一応止めたんじゃなくて、
一時停止という形にしてるボンドリがあるんですけど、
そこはおでんをかかりの方がメインで作って、
夏におでんなんですか。
夏におでんなんですけど、
大きい鍋に2つ3つを作って、
ボンドリの時間に売るということをやってたんですけども、
熱々のおでんってことですか。
熱々のおでんですね。
後半のほうでは、先におでんを1個50円で売ってたので、
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晩のおかずにしようという形で、
おでんだけ買っていく人は結構おられましたね、当時。
お祭りが始まったら、もうちょっとしたらおでんが売り切れましたっていうことはよくありましたね。
先に買っていっちゃうんですよ。
ボンドリが始まる前に。
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