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2026-01-16 13:32

ものがたりの出番のこと

屋島の境内には、たくさんの狸が肩を寄せている。けれど源平合戦の時代、その席はまだ空いていた。弁慶はいつ物語に呼ばれ、狸はなぜ近代になって現れたのか。うどんの出汁の匂い、静かな海、瓦投げの軌跡をたどりながら、僕は物語の配役について考える。歴史と伝説のあいだで、誰が舞台に立ち、誰が待っていたのか。読後、世界の見え方が、ほんの少しやわらかくなる一篇。

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こんばんは、ひとりごとの時間です。 今日は、物語の出番について話そうと思います。
少し前なんですけど、前から行ってみたかった八島に行こうと思い立ちまして、
それであの観音寺の海沿いを車で走ってたんですよ。 そうしたら、あの好きなうどん屋さんが目に入りまして、
まず腹ごしらえをしようということで車を止めて、のれんをくぐったんですけど、 ここのうどんのいりこだしがほんと美味しくて、
だしを一口すすったら、ふーっと息が緩むんですよ。 あのしっかりしているのにスッと引いていく過度のない味で、
その地味がゆっくりと体の内側へ広がっていくんですよ。 店の中に漂うだしの匂いに包まれていると、これから向かうあの八島の海が、
かつて荒々しい戦の舞台だったということなんかも、なんだか別世界の話みたいに思えてきたりしました。
それであの、食べ終えて八島寺へ向かったんですけど、 境内に入ると音が一段と落ち着くんですよね。
あの立派な門員や建物が並んでて、七福神の石像なんかも静かにそこに立ってました。
冬の夕方ということもあって、参拝者の数もそれほどは多くなくて、 場所そのものがゆったり流れている感じがしました。
それでですね、本堂のすぐ脇に一際強い存在感を放つ一角があるんですよ。 多砂風呂の目音像なんですけど、
日本三大狸の一角に数えられる名狸だそうで、 思っていた以上に大きくてどっしりとした姿で立っていました。
三大狸はあの八島の他にも 佐渡島と淡路島にいるらしいです。
その目音狸に挟まれるように朱塗りの鳥居が連なってまして、 奥へと細い道が続いていくんですよ。
さらにあの進むと石碑の周りには大小様々な狸の焼物だとか、 石像だとかが並んでいまして、
形も表情も揃ってないのに肩を寄せ合うように集まっていて、 まるで狸たちが一堂に会して何か大事な相談事でもしているかのような不思議な賑やかさがありました。
参拝を終えてそのまま奥の展望台へと足を運んだんですけど、 冬の夕方に差し掛かっていて、高松の市街と瀬戸内海が少しずつ色を落としていく感じがすごく優しかったです。
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穏やかな海なんですけど、あのここが原平合戦の舞台だったんだなという目で見ると、 見えている景色の奥に別の時間が重なっているように感じられるんですよね。
都を追われた兵家が、西へ西へと向かう途中で一時陣を敷いて軍を立て直そうとした場所。 それが八島だったんですよね。
展望台では河原投げが行われてまして、 小さな円盤状の小皿を山に向かって投げるんですよ。
八島の戦いに勝利した源氏の武士たちが、 兜や絵星なんかを投げ捨てて、勝利を祝ったという小地に由来しているらしいです。
あれだけ投げて舌は河原だらけにならないものなんだろうかって、 あの僕はふと余計な心配をしていまして、
でもあのこれ屋根瓦のような類ではなくて、 瓦家と呼ばれる上薬を塗らない素焼きの皿なんだそうです。
雨や風に晒されて、 やがて砕けて土に帰っていくんだとか。
あまりにも多い時は回収したりもするみたいです。 それではここで一曲。
夕暮れ時
レンジが薙ぎを染めて
大きな影が一つ
静かに岸を離れる
遠くで響いた汽笛
耳をかすめる風
帰る場所を見失いそうな
あの日見ていた夢をそのまま乗せていく
白い波の行方
僕はただ眺めている
かじかんだ指先でなぞった水
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明日になれば
忘れてしまうことばかり
さよ
少し早すぎて傾く日差しに
この身を
とつりと灯る街の明かりが滲む頃
静かな
さよなら
少し早すぎて傾く日差しに
この身を預けてみる
とつりと灯る街の明かりが滲む頃
思い出は
静かな海へと
原平合戦の矢島、そして吉恒。
そう考えた時、僕の頭に自然と浮かぶのは
吉恒の傍らにいる
武蔵坊弁慶の姿なんですよね。
吉恒と弁慶は
僕の中では切り離せない二人組といった感じで
あの戦場の中心には当然のように弁慶がいたはずだと
いつの間にか思い込んでいたんですよ。
けどあの資料をたどってみると
ちょっと様相が違うんですよね。
当時の記録や初期の平平物語なんかでは
弁慶の出番というのは驚くほど少ないんですよ。
名前が出てくる程度なんですけど
今僕たちが思い描くような
右腕としての活躍はほとんど描かれてなくって
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矢島や弾の裏の場面でも
彼は吉恒の背後にいたり
背景に溶け込んでしまってるんですよね。
僕たちの知る
あの勇猛で豪快な弁慶の姿が形作られたのは
もっと後の時代になってからだそうです。
室町時代の儀景記や江戸時代の歌舞伎や浮世絵
そうした物語の中で悲劇の英雄である吉恒を
より立体的に浮かび上がらせるために
弁慶は強大な相棒としての席を与えられていたんですね。
同じことが狸の世界にも言えると思うんですよ。
矢島に祀られている多砂風呂狸や
彼と馬鹿試合をしたという愛媛の鬼材門狸
彼らのあの武勇伝や不思議な話の多くは
江戸から明治あるいは日露戦争の時代によっているんですけど
鬼材門狸が赤い神羽織を着て大群を率いて
若者たちを救ったという伝説もあるんだとか
国家や近代という個人の手には負えないほど
大きな力が社会を追い始めた時に
人々がその緊張から少し距離を取れる存在を
必要としていたんだと思うんですよね。
愛媛があってどこか不思議でどこか抜けている感じの
その物語の席に呼ばれたのが
狸たちだったんじゃないかなって僕は思います。
そう考えるとあの一つの問いが思い浮かぶんです。
なぜ原平合戦の戦場には狸はいなかったんだろうか。
それは狸が怠けていたからでも
当時はまだ化ける術を知らなかったからでもなく
ただその時代の物語には
狸のための席が用意されていなかった
それだけのことだと思うんですよね。
原平合戦の時代に人々が最も恐れて
同時に語り継がずにはいられなかった存在というのは
御霊だったり神や仏だったんだと思うんです。
断の浦の波間に沈んだ平家の武士たちの御霊が
今も平家谷の甲羅に宿ると信じられているように
あの時代が必要としていたのは
無情を象徴するものだったんだと思います。
そこに滑稽で愛らしい狸の出番はまだなかったんですよ多分。
勇猛で豪快な弁慶も
良い伝えられる狸も
それが史実かどうかということは
一旦は気に置いておいてもいいんじゃないでしょうか。
大切なのは彼らがいつ、どの物語に呼ばれて
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何を背負って舞台に立ったのかということなんだと思うんですよね。
八島のあの展望台から夕暮れの海を眺めていると
歴史も伝説も少し軽やかなものに思えてきました。
史実かどうかを測る重たい物差しではなく
誰に出番が与えられたのかという視点
時代という演出家がその都度必要な配役を決めていく。
そう思うと目の前の静かな海も境内に集まる狸たちも
全てが大きな一つの舞台の一部のように見えてくるんですよね。
かつては音量が立ってやがて弁慶が現れて
不安の中に狸がひょいっと姿を見せた。
投げた瓦がやがて土に還るように
物語もまたその役割を終えれば静かに姿を消しては
次の誰かのために席を譲る。
そうやって時代というものが流れていく。
次にあの舞台の席に呼ばれるのは誰なんでしょう。
今日は物語の出番について話しました。
それではまた次回。
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