仲山さんオフ会参加とワークショップ体験
この番組は、主婦であり木工作家である鈴木健太が日々感じたこと、考えたこと、大切にしたいことをトツトツとおしゃべりするポッドキャストです。
先週の土曜日に東京に行ってたんですけど、中山真也さんの大石器アプローチを実践で学ぶみたいなオンライン講座に参加していて、
その参加している人たちでオフ会をしてリアルに会おうみたいな会があって、
それに参加するために東京に行ってました。
そこに中山さんも来ていただいて、初めてリアルでお会いして、本にサインしていただいたりとかして、
すごい嬉しかったというか、あんまりお話はできなかったんですけど、
実際会うと何を話していいのかみたいな感じになって、あまりお話はできなかったんですけど、
リアルでお会いできてよかったなっていうのと、
そのオフ会では大石器アプローチっていう答えを教えない教え方を学んでたんですけど、
その中でプチワークショップを作るっていうのがあって、
それを実際に集まってワークショップをやってみようみたいなことがあったんですけど、
その一つに岩手県に住んでいる方でホースセラピー、馬と一緒に暮らしている方がいて、
その方のワークショップ、本来は馬を使ってやるワークショップなんですけど、
今回は馬ではなくて、本来は馬のリードを使って一緒に歩くっていうワークショップなんですけど、
その時は馬はいないので、二人一組になって馬役の人とリード、
馬を連れる、馬を引っ張る役の人、二人一組でワークショップをやったんですけど、
馬役の人は目を閉じて片手を前に出した状態で、リード役の人が馬役の人の腕を掴んでただ歩くっていうだけのワークショップなんですけど、
実際どっちもやったんですけど、馬役もリードする側のどっちもやってみて、
これは何を学ぶためのワークショップかというと、中導体について学ぶというか、中導体を体感するワークショップだったんですね。
中導体っていうのは能動体、能動的何かを自分でするのとか、
あとは受動体、何か受け身の状態、何かさせる、されるみたいな状態、
どっちでもない状態みたいな感じかな。
する、されるの、中間って言ったらいいのかな。
どっちでもない状態を中導体っていうみたいなんですけど、それを感じ取るというか体感するワークショップで。
実際馬でされてる動画は見たことあるんですけど、
本当に馬は人の緊張感というか感情とかストレスを敏感に感じ取ってて、うまく歩いてくれなかったんですよね、その動画の中では。
でも今回は人でやってるので、うまく歩けないってことはなかったんですけど、
目を閉じてる馬役の方が中導体というものを感じ取りやすかったなと思って、
目を閉じてるからやっぱり視覚が遮断されてるので、五感を一つ遮断してるので、
相手を感じ取る方に集中しやすかったなと思って。
リード役の時はやっぱり視覚があるのでぶつからないようにとか、
視覚に引っ張られて馬役の人への意識が途切れる感覚がありましたね。
このワックショップは2回やったんですよね。
中動態の体感と関係性の探求
1回目は腕を掴むというか持ってくださいくらいの指示でやったんですけど、
1回目やって中導体というものがありますよという説明を受けて、
2回目、今度は腕を掴むのではなくて腕の上に手のひらを乗せるくらいの、
触ってるくらいの感覚でやってくださいという風に2回目やったんですけど、
掴まれてない時の方が相手がこっちに行きたがってるなっていうのを
手で感じ取りやすかったなっていうのがあって、
ギュッて掴まれてると人の動作の予備動作というか、
こっちに行きたいという予備動作を感じにくかった気がしていて、
手を乗せているだけなんですけど、
そっちの方が相手の意識というか意思を感じやすかったなって思いました。
論語の「仁」と仏教哲学との繋がり
この中導体という感覚を聞いた時に、
僕は今論語をちょっと勉強しているというか、
論語について少し本を読んだりしていて、
その中で、論語の中で人という言葉がよく出てくるんですよね。
人弁に関数字の2って書いている人というんですけど、
その中導体というものと人というのが僕の中ですごくつながっていて、
人というのはいろんな解釈があるんですけど、
人は愛って言われたりとか、
イデアって言われたりとか、いろんな解釈がある中で、
僕の中でしっくりきている解釈が、
人は間の命だという考え方が僕の中で今しっくりきていて、
人間が2人以上いる時に関係性の間に立ち上がってくるもの、
自分と相手との関係性の間に立ち上がってくるものを
人というふうに捉えている方がいて、
その捉え方が僕の中でしっくりきているんですね。
まさにこの人、その間の命という捉え方が
中導体というものにつながったりしているのかなと思って、
あともう一個仏教哲学の空腹とか有意識という考え方も
その間の命、論語で言う人にすごい近いと思っていて、
その空腹とかというのもすべての物事は関係性の上で成り立っている。
私という存在や私以外のものがあるから
私というものが存在できてというか、
相手との関係性で私というものも変化するし、
有意識という自分が意識したものが世界に現れているという考え方、
中導体という言葉を聞いた時に結びついてて、
仏教の空とかという考え方は今の言葉が正確かどうかわからないんですけど、
僕の中での解釈というか話しているので正確かどうかわからないんですけど、
そんなふうに思っていて、
自己中心的利他と関係性の全体像
その中で中山さんが言っている自己中心的理他という考え方も
中導体というか相手と自分との関係性の間に立ち上がってくるものの近しいものと思っていて、
自己中心的理他は自分がやりたいこと、ついついやってしまうことと得意なこと。
それで相手に喜ばれるものが一応自己中心的理他という考え方をされていて、
ついついやってしまうことと得意なことは自分であって喜ばれる相手が喜んでくれること。
なので相手と自分の間に立ち上がってくるものみたいなイメージが僕の中では全部がつながっていてまとまっていないんですけど、
最近は自分と相手との関係性で全てが成り立っているみたいな考えてはいるんですけど、
ただそれが自分の生活に何か活かせているのかと言われるとわからないので、
あれなんですけど、ただただいろんなことがつながっているなと思っているだけの回になりそうなんですけど、
とりあえずオフ会が楽しかったですよというとまっていないんですけど、こんな感じかな。
最後までお聞きいただきありがとうございました。