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生き延びるための哲学③目的の外にある自由 Ep.113
2026-04-09 12:29

生き延びるための哲学③目的の外にある自由 Ep.113

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「今を楽しみましょう」

そう簡単に言われても楽しんでいる場合じゃなくて生き延びるだけで限界な時がある。



今回もふんわりした癒やしの話ではなく、余白はどうやって生まれるのか、

そして享受とは何かを話しました。



何でも「何のためか」に回収される社会。

休むことすら生産性のためにされる世界。

その中で、まず手段化から降りる。

次に主権を回復する。

その先にようやく生まれる余白。

そしてその余白の中で人は何かを“何かのため”だけではなく受け取れるようになる。



享受は、ご褒美でも、ToDoでも、ノルマでもない。

手段化から降り、主権が戻ったあとに開く自由なのではないか。

シリーズ最終回です。

【こんな方に】

・休息すら成果のためにしてしまう

・「今を楽しめない自分はだめだ」と感じてしまう

・余白や享受を、現実に根ざした言葉で考えたい

・哲学を、自分の生き方に接続したい



【パーソナリティ】

ソフィ(MC・ラジオDJ・ナレーター)

協力:RKB毎日放送株式会社 Podcast Lab. Fukuoka



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00:00
こんばんは、そしてお目覚めの方はおはようございます。自分に優しくする™︎ラジオソフィーです。
今を楽しみましょうって簡単に言うじゃないですか。でも病気が悪化してる、催促されてる、相談相手もいない、みたいなそんな時に、そんなこと言われても、いや今ちょっと楽しんでる場合じゃなくて、生き延びるのが精一杯なんですけどって、なりますでしょ?
だから今日は教授のお話をするけど、ふんわりした話にはしません。いつもの通り。余白はどうやって生まれるのか、そこから話していきます。
さてここまで2回にわたって、生き延びるための哲学。生き延びるための哲学。2回ね、やってきましたね。手段からの解法という話をしてきました。
第1回目では、ちょっと振り返っておきましょう。第1回目では、人が自分を手段として使い続ける回路について。で、2回目では、今日は決めないは主権回復であるという話をしましたね。そしてシリーズ第3回目、今日で終わりです。
今日はその先ですね。手段下から降りる。主権を取り戻す。その後、何かが開くんです。ここで出てくるのが、余白と教授。教授ってね、強い言葉っていうか、なかなか聞かないと思うんですよね。
ちょっと油断すると、今日は夕暮れを教授しております、みたいに。ちょっと意味わかんないようになって、急に文体が別荘を持ち始めるっていうね。今日はちょっとできるだけ普通の言葉で話します。
この国文広一郎先生の本には、教授っていう言葉が出てくるんですよね。教授。私なりに砕いていくと、教授って何かを何かのためだけにしないで受け取ることに近いと思ってます。
役に立つからじゃなくて、成長につながるからでもなくて、明日の自分のため、将来の改修のためでもない。そのこと自体に何かがある。それをそのまま受け取る。これが教授に近いと思います。
でも、今の社会ってこれが本当に難しいんですよね。本を読むのは教養のため、休むのは生産性回復のため、散歩するのはメンタル維持のため、寝るのは明日のパフォーマンスのためっていうね。
全部が未来の自分への業務委託なんですよ。今日の私、ずっと誰かの下請けなんです。しかもその発注先、発注主、だいたい明日の自分なんだけど、明日の自分も多分そんなに立派ではないんですよ。自分を振り返るとね。
03:12
それなのに、今日の自分だけずっと働かせるっていうね、かなりブラック企業です。だから私は余白って大事だと思うんですよ。ただしここで雑にね、余白を作りましょうとかね、余白を楽しみましょうとか言い出したくなくて、そことばすと本当に軽くなっちゃうと思うんですよ。
なんかちょっともっと言っちゃうと深刻というか。
精一杯詰まっている人にね、病気が悪化しているとか、本当に催促されているとか、相談相手がいなくて、金銭的にも追い詰められているとかね。実際あると思うんですよ、そういう人とか、そういう時って。
そういう時にもっと今を味わってって言われても、さすがに無理でしょ。今ちょっと味わってる場合じゃなくて、生き延びてるんですけど、それが精一杯なんですけどっていう時あるから。
っていうか私はある。だから順番が大事だと思ってて、ここ順番間違えると台無しになっちゃうんで。
だから、第1章からやってきたけど、まず自分を手段、主題。
自分を手段化、手段。ちょっと言えなくなっちゃった。一回落ち着こう。
まず自分を手段化することから降りる。次に主見を回復する。その結果ようやく余白が生まれる。
それでその余白の中で教授が可能になってくる。教授の可能性が出てくるって感じかな。
必ずできるとは限らないけれども、余白ができたおかげでね、そこが可能になってくるんじゃないかなって。
だから教授は最初からあるご褒美ではなくって、かなり後ろの方なんですよね。この順番すごく大事だなと思ってて。
余白ってただ予定がないことじゃないんですよね。暇なことでもないし、何もしてないことでもなくって、
むしろ自分がずっと何かのために借り出されてない状態なんじゃないかと思うんですよ。
今日は決めない。今日は返さない。今日はこの件を保留にする。
今日は何かを結果に変えるためだけに自分を使わない。こういうことってすごく小さいことに見えるでしょ。
でも小さいことこそ大事なんじゃないかなと思うんですよ。
06:00
いきなり人生に大平原みたいな余白は来ないから、まずは小さな余白。
まず来るのは返事を1日遅らせたことで生まれる数センチの余白。結構焦っちゃうと思うんですけど、
何かしないことの決断。その数センチの余白がないと人って息ができなくなっていってしまうから、
もうしないって決めることね。私は最近この余白って自由とかなり近いと思ってるんですよ。
自由って何でもできることじゃないんですよね。むしろずっと何かのためでなくていいっていうことなんじゃないかなと思うんですよ。
ずっと役に立たなくていい。ずっと前進しなくていい。ずっと決めなくてもいい。ずっと成果に換算されなくてもいい。
それってかなり大きいことだと思うんですよね。特に現代って本当に人間を常時稼働させたがるでしょ。
常時稼働、常時接続してるじゃないですか。感情も稼働、休息も稼働、経験も稼働、趣味も稼働、
恋愛まで何かの学びにされたりする。もう全部回収しないとダメみたいなね。
全部に意味をつけるなよって思いますね。疲れたので寝ます。でいいじゃない。
私はそれかなり大事な自由だと思う。だから今回のシリーズで言いたかったのは、結局こういうことなんですよね。
まず自分を手段、手段であってる?日本語が。自分を手段として使うのをやめる。
次に今日は決めないという主見を回復する。その結果として余白が生まれる。
そしてその余白の中で人はようやく何かをただ受け取れる状態になる。これが教授の入り口なんじゃないかなと思ってます。
だから今日の結論はこれです。
教授は頑張って獲得するものじゃない。
手段からおり、手段が苦手。手段っていうのが苦手。
もう一回。教授は頑張って獲得するものじゃない。
手段からおり、主見が戻り、余白が生まれた時にようやく可能になる。自由である。
ここを急がないこと、ここを混同しないこと、かなり大事です。
今を楽しめない私はダメだとか、そこまで行くともう本末転倒なんですよ。
楽しみまでノルマにしたら終わりです。
終わりですとか言いたくないけど、しないで。楽しみまでノルマにしないでって思うの。
教授をトゥードゥリストに入れた瞬間、だいぶ様子がおかしいぞって。
09:06
だからまずはね、降りること、そして止まること。
まずは自分を何かの道具みたいに扱うのをやめる。話はね、そこから始まると思うんですよね。
手段ってすごい言うのが苦手ってことがわかります。
ということで3回にわたって、生き延びるための哲学、手段からの解法というテーマでお話ししてきました。
第一回目は手段下の病理。難しい言葉で言うと、なんていうのかな。
手段下の病理。急にめんどくさくなって。
第二回目は主権回復としての保留。
第三回目は余白と教授。
ここまで来ると、自分に優しくするってやっぱり気分の話じゃないんですよね。
かなり実務だし、かなり倫理だし、かなり生存の話なんですよね。
この倫理と生存は、やっぱ自分に優しくするラジオを始めたきっかけというか、
私にとってはかなり切実で、その哲学を実務レベルに落として生き延びることっていうのが課題っていうか、そこに生きることを見出していたんですね。
なのでなるべくそれを言語化してアーカイブして残しておきたいなと思ってるんですよ。
なんかね、すいません。かわいいアロマの話で終わらなくて。
アロマに罪はないけど、こちらはもう少し切実な現場でやっておりますっていうね。
生きるっていうことが課題というか、そういう感じでおります。
またこの続きを別の角度からも話していけたらなと思います。
自分の核になっているものがね、だんだんアロワになってきて、それが思想になって、ゆくゆくはね、IP化していきたいという。
手段からの解放って言ってるのに。
いいんですよ。できないからこそ、私はちょっと自分に言い聞かせてるってところもあるので。
今日も最後までお付き合いくださいまして、どうもありがとうございました。
それではまた次の配信でお会いしましょう。
またね。
ありがとう。
12:29

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