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こんばんは、そしてお目覚めの方はおはようございます。自分に優しくする™︎ラジオ、ソフィーです。
文章が頭に入ってこないのに、返事だけは急かされる日ってあるでしょ?
数字も追えない、考えるのもしんどい。でもご判断お願いします。バクる。
いやちょっと今、判断する側の脳が、まだ開いてないんですけど、っていう日ね。
今日は、そういう日にどうやってとどまるか、そんな話をしていきます。
生き延びるための哲学②、今日は決めない主権回復としての保留。
どうぞ最後までお付き合いください。
前回は、手段からの解放というお話をしました。
東大の国文工一郎先生の手段からの解放、シリーズ哲学講話から出発しましたね。
人って何でもかんでも何のためで回収され続けると、そのうち自分まで手段として扱い始めるよっていう話だったんですよ。
役に立て、止まるな、迷うな、返事しろ、前に進めっていうね。
で、ちゃんとしてろ、いや何なんでしょうねこれ。
人間に求める稼働率高すぎませんか。
で、今日はその続きです。
今日の主張はかなり明快で、今日は決めない、は逃げではない、主権回復である。
これ結構大事だと思うんですよね、ここですね。
世の中決断を美化しすぎなんじゃないかなと思って、決断力?決断力。
即断即決、迷わない人、動ける人、強い人。
でもその決断論を振りかざしてくる人、大体その日のコンディションいいんじゃないかなって。
いやでも見せてない人もいるかもしれないけど、結構それ割と見逃せないポイントだと思ってて。
なんか体調良くて睡眠も足りててご飯も食べてて、誰にも採測されてない日に語る、迷うな、決めろって、それ言えるでしょうよと思うんですよ。
でも現実はそうじゃなくって、なんか病気がね深刻化している時があったり、
薬飲みながら会社行ってる人もいるだろうし、頭が働かない日だってあると思うんですよ。家族で喧嘩したとかね。
あとなんか文章がやけに入ってこない日とかあって、数字がもうただの記号にしか見えない日もあると思うんですよ。
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採測されたり、相談できる人がいないなっていう人もいたり、なんかシュワスみたいになんか世界全体がなんか世話しないなって思う時もあって、そういう時に限ってくるんですよ。
お返事いただけますか。教授にお願いできますか。早めにご判断くださいとかね。
いやちょっと今精神が年末進行どころじゃないんですけど、年越せなそうなんですけど、みたいなことってあると思うんですよ。
私実際会って、本当怖い話なんですけど、シュワスになんか出て行けって言われて、ちょっと笑い事じゃないんですけど、私のことは置いといて、
怖いのはそこからで、追い詰められてる時って自分が追い詰められてることすら認識しづらいんですよね。
だって追い詰められてるから。ここ本当に厄介で。だから私はこの話をね、理念だけで終わらせたくないんですよ。
主見回復ってテーマにあったんですけど、いい言葉ですね。でもそれだけ言っててもダメで、必要なのは定時条件なんですよね。
それを作っておくことが大事。つまり私は今判断できる状態下を見抜く仕組みが大事だと思うんですよ。
なんで今日はそこをちゃんと置いていきたいです。
まず一つ目の思考停止サイン。
同じ文章を何度読んでも入ってこない。契約書が情報じゃなくて壁紙に見える。やばいですよね。
数字を見ても現実感がない。メリデメを書き出せない。メリットとデメリットね。
考えるのがしんどすぎてもう何でもいいから終わらせたい。
結構危ない状況だと思うんですよ。
今やろうとしているのは判断じゃなくて苦痛終了ボタンの可能性があるんですよね。
とにかく逃避したい。ここものすごく大事で、一手ちゃんと考えて決めたいと思い込みたいんですよね。
でも実際にはもうこの苦しさから早く降りたいっていうだけでね、押してることがあったりするんですよ。
それは決断じゃなくて終了処理なんじゃないかなと思うんです。
そして次にね、判断不能サイン。このサインをね、見逃したくないなって。
普段なら確認することを確認したくない。誰かに見せればいいのにそれすら面倒っていうね。
本当は保留した方がいいのに、まあ一回まで流したくなるとか、一人で終わらせたい。
今日は考えたくないからむしろ決めたいが起きてるとかね。
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これも危ないと思うんですよ。判断ってしんどいと聞くほど雑になる。
しかもその雑さって本人の中では早く片付けられて嬉しいみたいな顔をしてくるんですよね。
いや違うぞ、それは効率じゃなくて制度の崩壊に向かってるんではないだろうかっていうね。
次のサインが追い詰められサイン。もうちょっと結構わかりやすいと思うんですけど、
採測されてる、今決めてくださいとかね。病状が悪化してたり睡眠が崩れてたり、金銭的不安が強いとかこれ大きいと思うんですよね。
あと相談できる人がいないね。今を逃したら終わりだと感じている。
なんかそういう処方ってありますよね。これ複数重なったら危険じゃないかなって。かなり危険だと思うんですよ。
なぜなら人は外圧外からの圧と欠乏と孤立が重なると、長期的な合理性よりも
今すぐこの苦しさを終わらせたいっていうふうに引っ張られやすいからなんですよね。
なんかすごいわかる。そりゃそうなんですよ。だって余裕ないんだから。
余裕がない人に平時のいつも通りの制度、判断制度を求めるのはちょっと酷なんじゃないかなと思って。
で、後から人は自分を責めたりするんですよ。何であんな判断したんだろう。何で止まれなかったんだろう。
何で一晩置かなかったんだろうって。わかる。だって自分がそうだったから。
めちゃくちゃ失敗して痛い目を見た。痛い目にあったんですよ。
なんかそこ全部でも私は愚かだったで回収して、なんか罪悪化に苛まれるとまたどんどん自暴自棄で雑になっていっちゃうんじゃないかなと思って。
だから必要なのは人格評価じゃなくて条件の分析。私はその時判断できる状態だったのかっていうね、そこをまず見ないといけないと思ってて。
今日の本題に入るんですけど、もう結構時間経ってるので本題今からですよ。
こういう時に必要なのは気合じゃないです。停止です。
私はこれをかなり重要だと思っています。結構止まることってできないんじゃないかなって、現代。
なぜなら主権って何でも決められることじゃないからで、むしろ逆なんじゃないかなって。今は決めないと決める権利なんですよね。
相手の催促は止められない。シワスも止められない。病気が悪化する日だってある。世界の雑差も止められない。
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でもその圧の中で今日答えるかどうかは、まだ自分の側に残ってるかもしれない。
残ってる。ここ開け渡したくない。ここです。ここが主権です。
だから今日は決めないは、ただの保留じゃなくて、怠慢でもなくて、逃げでもないんですよ。
判断権を相手の速度に合わせて開け渡さないことなんです。
私これかなり品のいい話だと思っていて、品がいいって言うと硬いけど、でも本当にそうだと思うんですよ。
だって自分を雑に扱わないとか、自分を判断不能な日に無理やり稼働させないとかって、ある種の尊厳なんですよね。
最近よく言葉で自分軸とかね、自分軸が大事ですって言われるじゃないですか。
でも本当に自分軸がいるのって、カフェでアーモンドミルクにするとかそういうことじゃないんですよ。
そこも自由で結構なんですけど、本当に重要なのは、しんどい日に今日は決めませんと言えるかどうか。
私はこっちの方がよっぽど主権だと思ってるんですね。だから今日の結論はかなりはっきりしてます。
今日は決めないは保留ではない。主権回復である。そう言いたい。
そしてその主権回復があるからこそ、次にようやく余白の話ができるんです。
またこれ国文先生の手段からの開放につながっていくんですけど、何かのためだけじゃなくて受け取る話ができるんですよね。
主権回復があるからこそ、回復したからこそ、余白の話ができる。
そこを急ぐと雑談になっちゃうので、また次回やりますね。あんまり詰め込んでると眠くなっちゃうから。
次回は余白と教授の話です。ただし、いきなり今を楽しみましょう、みたいなね、表層の話にはしません。
そこを飛ばしちゃうとこのシリーズ台無しになっちゃうので、今日は判断できない時を見抜くこと。
うーん、大事なところで噛んじゃう。
あとは停止条件を持つこと。そして今日は決めないを逃げではなく、主権回復として扱うこと。
ここまでです。伝わったかな?ちょっと分かんなかったらもう一回聞いてください。何回でも聞いてください。
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もし、今で何かをすぐ決めなきゃいけない気がしている人がいたら、一回だけ確認してみてほしいんです。
その決断、本当にあなたの意思ですか?それとも苦痛を早く終わらせたいだけですか?
ここが別れ目です。
それでは、今日もお聞きくださりどうもありがとうございました。また次回の配信でお会いしましょう。またね。