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こんばんは、そしてお目覚めの方はおはようございます。自分に優しくするラジオソフィです。
先日あるSNSで、そんなによく知りもしないのに、本当は好きじゃないんじゃないの?っていうふうに投稿してあるのを見つけて、
なんかふと思ったんですけど、どうして私たちは好きを知識量で測りたくなるのかなぁと思って、
なんか好きって主観だから、なんかその人それぞれの好きがあると思ってて、なんかわかんないけど好きとか、
まだよく知らないけど、あー好きだなーって思ったりとか、そういうことってありませんか? でも一方、本当に好きならそれくらい知ってるはずだよねーとか、
なんかそういう言葉には知識量を好きの証明として扱う考え方があるんじゃないかなと思って、
なんかもちろんその背景には理由もあるんだと思うんだけど、例えば専門性を大事にしたいとか、長く関わってきたその文化をね、
軽く消費されたくないっていう、なんかそういう事情とか、なんか叱りしてる人を見抜きたいとかわかんないけど、
なんかそういう気持ちとか事情とか、そういうのがあるってことは理解できるんだけど、でもその時測ってるのは本当に好きなのかなーって、
こんなこと考える人あんまりいないかもしれないんだけど、なんか測ってるのは知識量なのか経験なのか、それとも何ていうか所属、共同体への参加みたいなもの?
何なんだろうと思って、でここを区別しないまま好きっていう一語でね、なんかたった一言でね、なんか異なる概念っていうのがそこ混ざり合っちゃって、
なんか違うレイヤーで語り合う、そしてなんか否定し合う、しまいには人格否定するみたいな、なんか怖いなと思って、
だから好きには複数の形があるし、好きは決して一種類ではないんじゃないかなと思って、例えば音楽に惹かれる人がいるとして、
なんか音そのものに惹かれる人もいれば、文化背景、文化になんだろうな、ヒップホップとか言ったらなんかカルチャーとか、そういうものに惹かれる人もいるし、
背景とかね、あとはある作品に人生を支えられた人もいるだろうし、誰かとの思い出と結びついて好きって思ってる人もいるだろうし、
あるいは研究対象としてね、何でもそうだけど深く学ぶ人もいると思うの。でもどれも好きじゃない?だから違うのは好きが成立している理由であって、
さっきヒップホップって言ったけど、私もそんな詳しくないけど、ショットガンダンリーさんっていう人に教わって、大好きなヒップホップのことをもっと知りたいなと思って番組やったんだけど、結構大変で、
ダンリーさんには申し訳ないんだけど、やっぱ編集がちょっと大変になっちゃって、途中まで収録しているものがありますので、そちらのポッドキャストもぜひお聞きください。
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で、あのヒップホップについてね、例えば、例えばだけど、まず最初、どうしようかな、1、音楽としてのヒップホップね、この音楽理論から語る人もいれば、このビートだけ気持ちいいっていう人もいると思うんだけど、
音楽としてのヒップホップって言っても、要素がめちゃくちゃあって、例えばリズム、フロー、ライム、ビート、サンプリング、あとDJ文化、主義とかだよね、あとミックスとかスクラッチもそうか、主義になるのかな、こういうものとか、
あと2番目はカルチャーとしてのヒップホップ、さっきもちょっと言ったけど、音楽ジャンルっていうことじゃなくて、時代とかそういう文化についてすごく、なんていうのかな、造形が深い人もいれば、興味がある人もいると思うんだけど、
なんか、なんだろうな、1970年代のブロンクスで生まれたと、ここが誕生の地だ、みたいなそういうアパートメントがあるのね、そこでどんなふうに何がきっかけで始まったのか、そしてどうしてここが起源とされるのかみたいなのがあるんだけど、
MC、DJ、ブレイクダンス、グラフティーっていうね、4大要素って言われてるものがあるんだけど、こういうものと、さらに付随して拡張してファッション、スニーカー、スラング、コミュニティーとかね、ここまで含めてヒップホップだっていう考え方もあるし、
あと3つ目ね、さっきもちょっとかぶったかな、なんかヒップホップを好きっていう人でも、ある人はグランマスターフラッシュから聞く人もいれば、トゥーパックから聞く人もいれば、やっぱなぜだよねっていう人もいるし、最近はなんかケンドリックラマンか、ある人は日本語ラップしか聞かないとかね。
だからその歴史を知れば知るほど、あの一説は昔の曲へのオマージュなんだとかね、そういうリリックとか歌詞まで、あと背景とか、サンプリング文化とかあるから、その見え方も増えてそこにはまっていく、そういう人もいると思うのね。
4番目は社会とか政治ね、ヒップホップって貧困、差別、暴力、警察との闘争とかね、格差とか、あとアイデンティティとかね、そういう現実を歌ってきた歴史があるわけよね。
なんかストリートで育った子供たちがドラッグを打って世紀を立てるみたいな、だからただかっこいい音楽では終わらない側面もあって、あとケンドリックラマンとかそうだけど、一曲が、その曲が社会批評になることもあったりして、なんかそういう側面を、なんていうのかな、見てぐっと来る人もいると思うし、すごいまだまだあるよ。
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だから本当ヒップホップが好きって言っても、別にこれ全部網羅している人って、本当まさにそれこそショットガンダンリーさんぐらいじゃないかなって思うんだけど、よく知らないけど、いろんな人がいると思うけど。
あと5番目ね、ラップって、私ね、慶応の論文で、慶応義塾大学の論文で、あの人、あの人、あの人がね、日本人のラッパーのあの人、なんか授業もやってるんだけど、なんかラップは文学でもあるみたいな、教育に取り入れたらいいみたいな、なんかまあアメリカとかで詩の授業があるのね、オーストラリアもあったかな、子供たちがやるんだけど、
それ表現の一つであって、言語を学ぶ語彙力とか、なんか勉強になるよね、みたいな、読んだことがあって、そのラップも文学であるという説もあるわけよ、説っていうかそういうふうに唱える人もいるわけ。
英語だったらスラング、あと日本語なら漢字とか同音異義語、知らなくてもなんかこう楽しめるっていうか、知ると2度楽しめる、もっともっとなんかこう楽しみが広がったりとか、そういう言葉遊びとしての側面もあるし、
あるいはなんかこの今まで、これからまだあるんだけど、6、7ってあるんだけど、その一つの要素に限らず、こことここみたいなのもあるだろうし、そうすると本当無限に好きがあるわけよね、その人の数だけ。
で、すごい飛んじゃうけど、6番目はビーフね。ビーフを喧嘩って言っていいのか、ショットガン・ダンディーさんに怒られそう。なんかダズンズっていうのが起源なんだよっていうふうに教わったんですけど、詳しくはダンディーヒップホップをお聞きください。
で、そのビーフっていうのはディスだよね、ディス。そういうディスり合いっていうね、そういう文化もあるでしょ。私がさっき言ったみたいに外から見ると喧嘩なんだけど、中を見ると競技、なんか言葉の格闘技として見えたりもして、
これが原因で危険な対立とか発展した歴史もあるのかないのかちょっと覚えてないんですけど、過激になったりする場合もあるかもしれません。
そして7番目が地域ですね。これもね、ダンディーヒップホップでやったんだけど、同じヒップホップでも発祥の地が違えば、その土地のカルチャーに影響されてて、なんかジャンルも分かれたりして、
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例えばイーストコーストとウエストコースト、あとサウス、UKのドリルとかフレンチラップもあるし、最近だとKヒップホップ、すごいよね。女の子とか進出して。
あともちろん日本語ラップとかね、全部なんか空気感が違って、土地が変わると言葉も、あとビートも変わるなっていうのがあって、すごいある、本当ヒップホップだけでも。
あと8番目がビジネスの側面。レコード会社とか、インディーズとか、ストリーミング、あとブランド、アパレル。なんかヒップホップってもう巨大産業になってて、成功したラッパーとかもいるじゃない。
なんか受賞式とかで、こういうふうになれるんだよって子どもたちにメッセージ送ったラッパーもいるし、なんかそういう面では産業ビジネスとしてのヒップホップっていうのもあって、あと9番目が哲学ね。
なんか自分らしさとか、成功とか仲間とか、なんかヒップホップを哲学的視点で受け取る人もいるんじゃないかなと思います。そして最後が個人の記憶ね。私結構これが強いかもしれない。
なんかある人は受験勉強中に聴いてたとか、失恋した日に流れてた曲とか、これで元気出してたとかね。あと初めてライブに行った日の興奮。
あとは最近よく聞くのが、親と車で聴いてた曲、親が流してた曲に影響を受けてっていう人すごい多いと思うので、ミュージシャンの人でも結構いるんだけど、それがね、自分のヒップホップになるっていうことね。
だからヒップホップが好きっていう、その一言だけでは何もわかんなくて、そうだ思い出した思い出した。私あとあれね、なんかそのヒップホップの発祥が、ただただすごい乗りたいとか騒ぎたいとか楽しみたいとか、なんか本当楽しいっていうことで始まったと思ってるの私は。
だからそのシンプルに音楽を楽しむっていう、ただその一つのジャンル、他のなんかほら、ロックとか好きで楽しんでる人とかもいるでしょ。で、なんかルーツがどうだこうだとかじゃなくて、単純に乗れる曲を流して、いえーいってなんか楽しむ。
そういう人もいると思うし、なんかそこがなんか音楽の起源っていう話もあるじゃない。だからなんかそのヒップホップが好きっていうだけでは、この一言だけではね何もわからないと思ってて、なんかビートが好きなのか、韻が好きなのか、歴史が好きなのか、ファッションが好きなのか、あと社会的メッセージがあるところが好きなのか。
それか、あの日自分を救ってくれた一曲、それがねヒップホップだったから好きなのか。同じヒップホップでもなんか人が見てるヒップホップは全然違って、だから私はどこまで知ってるっていうことよりも何が好きっていうふうに聞ける人でありたいなと思って。
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で、その対話から自然にね、興味の幅が広がったり、新しいことを知れたりする興奮、歓喜があるんじゃないかなと思うの。
なんかその縄張り争いじゃないけど、自分の知識を誇示するためじゃなくて、別にそれでも別にいいんだけどってか関係ないって言ったらあれだけど、人は人なんだけどね。でもやっぱりその何だろうな尋問っていうか知識量だけじゃない隙もあるよっていうことをね私は思ってるの。
だから対象は一つでもそこに接続する入り口は無数にあって、今回ヒップホップを例にしたけれども、これだけでも調べていくと歴史思想技術、なんかいっぱいあるんだよね。
どこで生まれたのか、誰が何を始めたのか、どの曲が何を引用しているのか、これ結構好きなんだけど、どんな社会発見があったのかとかね、もちろんそれを知ることで音楽の見え方って断然深くなると思っているの。
でもさっき言ったようにヒップホップの始まりにあったのは知識ではなくて、音を鳴らすとか踊るとか言葉を交わすとか、人が集まってその場を楽しむこと。最初にあったのは楽しいだったと思ってるのね。
このビートが気持ちいいとか、このラップかっこいいとか、なんか体が動くとか、もうそれだけで十分に入り口に立ってると思うから、歴史を知らないから楽しんではいけないとか、有名な曲を全部言えないから好きと名乗れないっていうわけでもないと思うのね。
むしろ大して知らなくても楽しいって思えてしまうこと、そこに好きの本質があるような気がしてて、楽しむための入場券ではないんじゃないかなって。
好きになった後でもっと遠くまで歩くための地図みたいな感じ。地図を持たずに景色を楽しむ人もいるじゃないですか。地図を読み込んでね、道の成り立ちまで知りたい人もいるし、どちらも別にその場所にいることは変わらなくて、だからやっぱり好きっていう気持ちは知識量では測れないんじゃないかなって私は思います。
どれだけ知ってるかよりも、その音を聞いた時、その人の中で何が動いたのか、本当はそれだけでいいんじゃないかなって。
定義を分けることって人を理解することでもあるんだけど、好きっていう言葉は便利だから、その中に違う意味を詰め込みやすいんじゃないかなと思います。
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感情とか知識とか経験、技術、思い出、文化への帰属ね、全部これを好きっていう一語で表現してしまうじゃない。
なんかそれに変わる言葉が今のところ見当たらないんだけど、その結果、好きと詳しいが混同されて、詳しくないなら本当は好きじゃないっていうね、誤解、誤読が生まれることがあるんじゃないかと思います。
でも本当に必要なのは、好きかどうかを他人が判定することじゃないって思います。その人にとってのね、その好きは何を意味してるのか。ここにね、耳を傾けたい。傾けられる人でありたいと思います。いかがだったでしょうか。
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