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2023-01-11 16:49

胸ってすぐに詰まるもの。言葉より先に思いが込み上げてしまう「あなた」へ【第119夜】

今夜の勝手に貸出カードは、井戸川射子さんの『この世の喜びよ』です。

ショッピングセンターの喪服売り場で働く主人公と、フードコートの常連の少女との出会いと交流を描いた短編小説。

芥川賞候補作の本作の二人称の魅力とは?

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真夜中の読書会、おしゃべりな図書室へようこそ。
こんばんは、KODANSHAのバタやんこと川端です。
真夜中の読書会、おしゃべりな図書室では、
水曜日の夜にホッとできて明日が楽しみになる、をテーマに
おすすめの本や漫画、紙フレーズをご紹介します。
【第119夜】を迎えました。今夜のお便りご紹介します。
黒豆さんからいただきました。
真夜中の読書会は、第1回目からずっと楽しみに聞いていました。
ありがとうございます。
私は現在育児給食中で、育児に追われながら幸せな日々を過ごしています。
そんな中、職場からいわゆる育休切りに遭ってしまいました。
もともと正社員で働いていたのですが、
産休育休後は時短勤務を申し出たところ、
パートAの切り替えを余儀なくされました。
今の職場はやりたかった仕事でもあり、
やりがいを感じながら楽しく仕事をしていたので、とてもショックでした。
何より一方的な人事を受け、不審感を抱きました。
そのため、育休復帰はせずに退職する方向です。
それはそれは、人事部長としては聞き捨てならぬ扱いですね。
そんな黒豆さんですが、
育児を楽しむ中で、今回の件を思い出しては胸がざわつき、
気持ちが落ち着かなかったりと、せっかく子供と過ごす時間なのに、
このままじゃダメだと自分の気持ちをどうにかうまくしようとしますが、
なかなかうまくいきません。
理不尽なことに直面した時に乗り越えるヒントとなるような本があれば、
教えていただければ幸いです。といただきました。
リクエストありがとうございます。
今夜の勝手に貸し出しカードは、
井戸がわり井子さんのこの世の喜び世にしました。
黒豆さんのリクエストにあった乗り越えるヒントには、
もしかしたらならないかもしれないんですけれども、
育児とお仕事の話ではあり、子育てにおける記憶の話なんですね。
黒豆さんがもし読んでくださったとしたら、
どんな感想を持つか聞いてみたいなっていう意味で、
この本を選びました。
さてどんな本かご紹介していきたいと思います。
井戸がわり井子さんのこの世の喜び世という本は、
3つの短編小説が含まれている短編小説集になっています。
表題作であるこの世の喜び世についてご紹介します。
ショッピングセンターのもふく売り場で働く主人公と、
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そのショッピングセンターにフードコートがあるんですけど、
フードコートの常連の少女との出会いと交流を描いた
短編小説になっています。
主人公の女性にも娘さんが2人いて、
その2人はもうすでに大きくなっていてすっかり大人なんですけど、
少女と話すことで2人が幼かった頃、
子育てしながら働いてた時のことを、
いろいろ思い出すっていう話なんです。
簡単に言うとそんなあらすじなんですけどね。
へーって後付きやすそうな本だなって思うじゃないですか。
そうするとちょっとそんなことはないので、
先にお伝えしておこうと思うんですが、
これ2人称で書かれた小説なんですね。
小説って多くは3人称だと思うんですよ。
彼は、彼女は、太郎は、花子は、どうしたこうしたっていうふうに書かれている、
第三者からの視点で書かれている描写が多いと思うんですけど、
たまに1人称もあるかな。
私はっていう独白形式なんていうのもありますけど、
例えば美菜とカナエさんの告白とかみたいな、
私はこうだったこうだった、あの時ああだったこうだったみたいに、
自分語りで進んでいくような1人称の小説っていうのもたまにあるっちゃあるけど、
2人称って確かにすごく珍しくて、あることは知ってましたけど、
正直私他に読んだ記憶があんまりないな。
久々か初めてかもしれません。2人称の小説。
このショッピングセンターのモフクーリは働いている主人公が、
あなたという書き方をされていて、
あなたは何々した、あなたは何々と気づく、
あなたは少女にこのように言った、みたいに書かれているので、
最初ちょっと戸惑いますね。
あなたって私のことか、みたいになって。
そうなんで、どんどんグイグイ読める小説というのではなく、
本当に指で言葉をなぞりながら音読するように読んでいくような小説で、
ゆっくりゆっくり意味をとってなぞるように読んでいくと、
あなたっていう呼びかけが結構しっくりきて、
私がそのモフクーリ場で働いているような気がしてくるというか、
割と大きめのショッピングセンターなんだと思うんですけど、
スーパーがあって、2つのフードコートがあって、
2階に医療品コーナーがあり、
ゲームセンターもちょっと併設されてたりして、
そこにあるモフクーリ場で働いているんですね。
私はあなたはっていうか、
同僚の加納さんだったかな、
同僚の女の人がモフクーリ場で働いている人がいるんですけど、
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彼女とはちょっと気があんまり合わないし、
服も、モフクーのスカートちょっと短くして変なスニーカー履いてたりして、
見た目的には気が合わなそうだけど、
嫌な人とかではないって感じの同僚がいて、
2人の娘がいて、2人とも大きくなってるんで、
子供というよりはどうしのように今はなっているというのが、
私なんじゃないかっていう気がしてくるぐらいに、
しっくりしてくると、中にグイグイと入り込める不思議な小説になってます。
こういうちょっと純文学らしい純文学を、
久しぶりに読むぞっていう場合には、
少し頭に入ってくるまでに時間がかかるかもしれないんですけれども、
なかなか読み出のある味わい深い小説だなと思いました。
この少女と出会うことで、
自分の子供が幼かった頃のことを思い出しているっていうのが間に挟まれていて、
すごくこの小説の読み応えがある面白いところなんですけど、
この少女がね、すごく年の離れた弟がいるらしくて、
彼の面倒を見なきゃいけないんだみたいな話をするんですけど、
実は私自身も、本当の私ね、私自身も年の離れた弟がいて、
面倒見るのが面倒くさいとか思ったことはなかったですけど、
小さく砕いたり食べるものを小さくしたりとか、
温めたものをまた冷ましたりとか、
小さな生き物ってすごい手がかかるんだなって思った記憶があって、
そんなことをこの小説を読みながら思い出したりしました。
という意味で、あなたって言われるとすごく自分のことっぽくなるから、
読みながらまた別のことを思い出したりっていうね、
なんとも不思議な読書体験ができる本なんですよね。
この少女が弟の面倒を見ているっていう話をしながら、
自分はね、ダイニングで勉強しながら、
そのちっちゃい弟に食べ物を与えたりとか、
こぼしたものを拭いたりとか、いろいろしなきゃいけないんだっていうことを
主人公に喋っているうちに、
少女の目には涙が盛り上がっているように見え、
自分の思いを主張しているうちに泣いてしまうというのは、
若い時にはよくあった。
胸ってすぐに詰まるものとあなたは思い出した。
そうだよね。いちいちめんどくさいんだよね。
そんなに褒められもせずにやっててと答える。
っていうシーンがあるんですけど、
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いいシーンですよね。
文句を言っているつもりじゃないけど、
喋っているうちに胸がいっぱいになってきちゃって、
涙目になってくるっていうことって確かにあるなって思って、
自分の思いを主張しているうちに泣いてしまうというのは、
若い時によくあった。
胸ってすぐに詰まるものっていいフレーズだなって思ったんですよ。
それでちょっとまた思い出したんですけど、
ついこの間、就活生の質問会みたいなのに出たんですけど、
その就活生の子からの質問で、
好きなものとか好きなことを喋っていると、
いっぱいになって泣いちゃうことがあると。
面接で泣いちゃうのはよくないですよねっていうご相談だったんですけど、
確かに喋っているうちに好きな本とかエンタメ作品のことを
出版社って面接で結構聞かれたりするので、
それについて喋っているうちにちょっと感情が高ぶっちゃって、
涙声になる子って少なくないですよ。
よくあることだと思うんですけど、
それってダメですかっていう質問だったんですけど、
そうか、すごいいいなって思って、
そうやって喋っているうちに、
胸がいっぱいになっちゃうっていうのっていいことだと思いますよって答えたんですけど、
泣いちゃったっていう自分にショックを受けて、
その後真っ白になっちゃって話そうと思ってたことは、
すっとんじゃったりするとちょっともったいないというか、
ベストパフォーマンスじゃなくなっちゃうから、
それはもったいないかもしれないですけど、
胸ってすぐに詰まるものだよねって、
この世の喜び世の中に出てきたなってことをその時に思い出して、
私はすっかり胸がすぐに詰まらなくなっちゃったなって思ったんですよ。
こうやって人に好きな本を紹介したりしてても、
そんなに泣き出したりしないし、
人前で大人数の前で喋ったりしてると泣きそうになっちゃうっていうのは、
昔はあった気がするけど、今はそうならなくなったなっていうことに、
すごく寂しい気持ちになったっていうか、
だからいいと思いますよ、すぐに詰まる胸、
いっぱいになりがちな胸っていうのはすごい良いことだなって思ったっていう話でした。
ちょっと話がそれちゃった。
そしてこの世の喜び世はそんな風にちょっと思い出したりしながら行ったり来たりして、
話は進んでいき、
この一つ一つの描写が匂いの記憶とか、
例え話とかが絶妙なんですけど、
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子どもたちってパンを食べると口から小麦の発酵した匂いがするとか、
夏ならいつも麦茶の匂いがするみたいなくだりもあって、
確かに子どもって麦茶の匂いが似合うよねって思ったりしました。
そんなこの世の喜び世はですね、
芥川賞の今年の候補作になっています。
芥川賞の発表は間もなくですけれどもね、
もしよかったら発表になる前に読んでいただけたら嬉しいです。
今日はこの世の喜び世から紙フレーズをご紹介したいと思います。
自分が経験していないことでも教えてあげられたらいいんだけど、
私がどこかに通ってきた至るところに若さを取り落としてきたとあなたは思っているんだろうけど、
違うんだよ。若さは体の中にずっと降り積もっているの。
何かが重く重なってくるから見えなくなって、とあなたは言う。
若いってただ懐かしいだけなの。思わず少女の手を握る。
というシーンを読ませていただきました。
若さって若さを失うって言うけど、若さを取り落としてきたって珍しい言い回しだなと思って、
面白いですよね。若さを取り落としてきたとあなたは思っている。
でもそうじゃなくて、降り積もっている。
雪みたいに若さの周りにいろんなものが降り積もってしまって見えなくなっているだけで、
だからこうして懐かしく思い出したり、ある時降って出てきたりするっていう意味でしょうか。
このあなたっていうのは、主人公が少女に対してあなたって言っているのか、
主人公のあなたを指しているのか、果たして私ってどの私だとか、
読んでいる私自身にあなたはって呼びかけられているような気もしてきていて、
ちょっとよくわかんなくなるんですよね。
このあなたっていうのは少女のことを言っているのか、主人公のあなたのことを言っているのか、
だけど現代文の試験じゃないから、正確に捉えなくてもいいのかなって思ったりして、
なんとなく受け取るっていう読み方でもいいんじゃないかと思って、印象的だった箇所でした。
そうか、若さは取り落としてきたわけじゃないんだよな。
自分の体の中には若さはあって、単にちょっと今見えなくなっているだけなのか、と興味深い一節でした。
今日黒豆さんにこの本をご紹介したのは、子育てはどんどん子供が大きくなっていくから、
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一緒に過ごす時間を大切にとか言うつもりは全然なくて、でももしかしてお子さんが大きくなって、
この理不尽な目にあった怒りをちょっとなんとか頭の隅からどけようとしながらも、
子育てを楽しんでいらっしゃる、邁進していらっしゃった時期のことを思い出したりすることがあるんじゃないかなと思って、
その時に嫌な記憶としてよりは楽しさの方が、いい記憶の方が勝っているといいなって思ったのでした。
どんな風にこの本を読まれるか、もしよかったらご感想もお伺いしたいところですが、
なかなか手を離さないと次のものはつかめないから、もしかしたら元の同じお仕事をされるより違う素敵なものをつかめるんじゃないかなと思っております。
応援しています。最後までお付き合いいただきありがとうございます。
さて今夜もお時間になってしまいました。
真夜中の読書会おしゃべりな図書室はリスナーの方からのお便りをもとにおすすめの本や漫画をご紹介しています。
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それではまた来週水曜日の夜にお会いしましょう。
おやすみなさい。おやすみ。
16:49

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