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皆さんこんにちは、獣医師の前田亜也子です。 本日も亜也子イズムをきっとお伝えしちゃうんじゃないかなと思いながら、収録をスタートさせています。
で、何を喋ろうかなーって思っておりますが、 うーん、ちょっと3秒くださいね。
ティッティッティッピーン! きました。
えーとですね、私ね、 オーナーを置いてきぼりにしないということをよく言うなーって、今ちょっとピンときました。
で、それってどういうことなのかというと、あのね、結構、一般の病院で、これはもう仕方がないことなんですね。
限られた短い時間の枠で症状を聞いて、先生がそれに対して診察結果、診療プランというのをバーッと立てていって、処方してあるいは処置してということをやらなくてはいけないので、
それがオーナーの気持ちまで掘り起こして聞いていくということは、なかなかちょっと難しいんです。これ一般の病院ではね。
だけれども、私はベースに伝統注意学というのをして、ベースにしておりますので、これはね、注意学的視点から言うと、オーナーのその気持ちだったり、そのペットの気持ちを
代弁しているのがオーナーの気持ちだったり、反対もあったり、オーナーの気持ちをペットが代弁していたりとかっていう、そういうものもあるので、そこを聞き取っていくというのが診察のうちの一つなわけですよ。
問診と言われるものなんだけれど、これ人だったら問診は直接本人に聞いて痛いとかかゆいとか辛かったとかなんか聞けるんですけれども、ペットなのでこれをどうやってそれを見抜いていくかっていうのをやっていかなきゃいけないので、実はペットの注意の
この注意というのは、問診がいかにできるかというところで、なかなか官法の処方もうまくいかなかったりうまくいったりという問診がとても大事だというところがあるんですね。
ですので、オーナーを置き去りにしないという私の信念というのは、問診をたくさんすることで、当然オーナーは置いてきぼりにしてないんですよ。
なんだけれども、とある方でちょっと今思い出した方がいらっしゃるんですけれども、別の一般の病院に通っていらっしゃいました。猫ちゃんでした。猫ちゃんは若い子だったんですけれども、どんどん弱っていくし、もともと虚弱な子だったので、そういう子が食べれませんとかっていうのでどんどん弱っていく。
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その時に、見るからに弱っているわけですよね。その回復の見込みっていうのがちょっとなかなか難しいなぁと思われる状況なんですよ。オーナーから見てもね。
でもオーナーが一般診療の先生のところで、先生この子はもう長くないですかっていうふうに質問をしたら、先生がそんなことないですよ頑張りましょうねっていうふうに答えをくださったと。それはもちろんそれの答えであってるじゃないですか。
ただでもそのオーナーが求めていたのは、後からわかるんですけど、その方が一般診療の病院から私のクリニックへ転院をされてきたんですよ。
だいたいパターンとしていつも症例を挙げるのにいつもこの話をするかもしれない。そちらの病院で決して不服とか不安とかがあったわけではない方が多いんですよ。
だけどなんかもう一歩何かっていうので私の意見をセカンドオピニオンとして聞きに来るみたいな方が多いんですけれども、その時に大抵の方がやっぱりオーナーの心なんですよね。
オーナーの気持ちなんですよ。それが聞いてほしかったとかそういうパターンが本当に多いんです。つまりはオーナーが置いてきぼりにされているというね。
これは別の従事さんをディスっているわけではないですよ。先生は一生懸命やられていて、目の前のペットを救うということをやっているわけですよ。
それは西洋医療としてオーナーの気持ちっていうのを汲んでいくっていうその時間がない。それはそうですよ。西洋医療ってだって緊急に対応するものだから。
心理状態っていうのはこれは慢性的なものなので、それをいちいち見ていく時間もないし見る必要がないから。
オーナーは置いてきぼりにされたのでもないし置いてきぼりになっているというだけの事実なだけなんですけれども。
そういう転院されてきたその方ご夫婦でいらっしゃってましたね。私は同じ質問をかけられたんですよ。
先生この子はもう長くはないんでしょうかというふうに聞かれたので私ははっきりとお伝えしました。
この子は今のこの状況であるとそのゴールが近いと思います。
だからそのゴールまでの時間をいかにこの子らしくきちんと過ごさせてあげるかそれは私がサポートしてあげられるその担当ができると思いますというようなお話をさせていただきました。
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これを言い切るというのが実は私にもできなかったんですよ。
なぜならこれって嫌われる勇気がなかなか出ないんですよ。
だってこのこうやってはっきり言ってる私でさえもうたった本当に5、6年前ですよ。言えるようになったのが。
5、6年前かなそうですよね。
2023年の12月にお寺で死についての講演を頼まれてしたんですね。
講演の題名が逃げていませんかペットとの別れというそういう題名でお寺で講演をさせていただいたんですね。
だからその2023年にその死のことを語れるようになった。
その数年前に私がそのオーナーへの嫌われる勇気を発動させてその死というものをちゃんとそれこそ死も置き去りにしないということですよ。
ペットもオーナーも置き去りにしない死も置き去りにしないというふうにしてやれるようになったのが。
獣医師がなんで嫌われる勇気を発動しなきゃいけないのというのはこれは本当に難しいところであり必ずあると思うんですけれども。
オーナーというのはお客様なわけですよね。
お客様にはっきりしたものを言うことによりもしかしたらなんてこと言うのこの人っていうふうに言われてしまうかもしれないという恐れがまずある。
あとはもうこれは勝手なイメージですよ。世間的なイメージでしょうね。
医者というのは生殖者でありそして死というのは意味嫌うものであり口にしてはいけないというこういう勝手な先入観だったりイメージだったり固定概念っていうそういうものがもうみんなにあるじゃないですか。
私にもありましたよ。
だからこれを口にする死というのを口にするということがタブーである。
そのタブーを口にすることたとえ真実だとしても口にすることがオーナーに嫌われたらどうしようという本当に小さな人間なんですよね。
獣医師もね。
医者もね。
だからその嫌われる勇気を出さないといけなかったんです。
これがとってもハードルが高くてね。
でもそれを私がどうやって払拭したかって言ったらじゃあ誰が言うの。
この死のことを伝えなくて私が伝えなくて誰が言うの。
だって生死というのをどちらもずっとたくさんのそれを見てきた。
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それを何枚としている私が言わなくて誰が言うの。
何を嫌われたらなんてそんなちっぽけな自分のプライドを気にしてるのっていうふうに自問自答していって何度も何度もチャレンジするんだけど何度も何度もくじけるんですよね。
でもそれを何度も繰り返していってとうとう壁をぶち破ってその死ということを言えるようになっているんですけれども。
言えるようになってオーナーの方にそうですよとこの子はゴールテープを着るんです死ぬんですっていうふうに伝えられるようになってから。
それからが私が勝手に嫌われたらどうしようと思ってたけど嫌われるということはほぼほぼなかったです。
嫌われるどころか私がその後に死をお話ししてその後に自分が体験したことをお話しするんですけれどもそれが結果やっぱりその死ぬゴールテープを着るっていうふうに受け止めていただくと必ずやっぱり生きるということが輝き始めるわけですよね。
必ず物事って表があったら裏があって闇があったら光があって陰があったら陽があって月があったら太陽があってそういうふうに世の中はできているのでやっぱり生きるというそちらばかり目にしてその死というのを存在が分かっているのに一つも意識していなかった。
してるくせにしなかった。口にできなかったしなかった。それは私はたかなか自分の小さなちっぽけなプライドでしなかったんですよ。できなかったんですよ。でもそのプライド捨てました。捨てて嫌われるんだったらいい。
私は動物たちをその子たちがその子たちらしく生き抜くその生き抜くためのサポートをする獣医師だからそんなものは私が嫌われる勇気を出せば済むんだっていうちっちゃなプライドかもしれませんが大変だったんですけれどもでもそれをすればいいんだっていうふうに思ってやった結果なんですね。
ちょっと今その死についてのお話にちょっとなってしまいましたがこれはまた綾子イズムで死についてはもっとたくさんお話ができるので皆さんにこのお話を伝えたらそのペットがその子らしくゴールテープを切れる子たちがたくさん増えるのでまたお話しさせていただこうと思いますが
今回のこの回では女を置いてきぼりにしないというのがテーマですのでその猫ちゃんの例でまた戻らせていただきますがそのご夫妻は私がそうですねこの子は死というのが近いです私が許させていただきますということをお伝えしたら
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そのお母さんがやっぱり涙を流されたんですよ何の涙かって私ちょっとドキドキしましたよ嫌われる勇気っていうのがまたちょっとあの怖くなっちゃってどうしようって思ったけれどそのお母さんの涙は感謝の涙だったんですよありがとうございます先生って言ってなんでここで感謝されるんだろうって思ったら
そう言ってほしかったんですっていう風にお母さんがおっあのおっしゃったんですねでそれはどういうことかなと思ったらその前の病院でもう明らかにオーナーの方でさえもお母さんがおっしゃってたけど素人の我々でさえももうこれは危ないなって思ってたんですと
でそのプロの先生にお尋ねしたらその励ましのお声をお声掛けをいただいたとだけれどまあそのお母様はね
死にますよということをだからそのお母さんにとっての共感をしてもらいたかったっていうのがあったのかもしれませんねこの子はもう死ぬんだなって思うでそれに対してそうですねっていう風な勇気を持って言ってもらうことによって共感をしてもらいたかったっていうのがオーナーの気持ちだったのかなっていう風に感じたんですけれども
お母様は涙を流されて先生ありがとうございます私もそう思っていたんですそうですよね何度も私に尋ねるので私は何度もそうですそうですよってこの子は死が近いですそうですよだから今こうやって目の前にいてご飯を食べないということも食べるということでエネルギーが消耗してしまうだったら食べないということを選択しているこの子なんですよ
だからそれは尊重してあげましょうそしてこの子らしくその死を迎えるためのお手伝いを私と一緒にしましょうという風にしてお母さんのお母さんにお父さんとお二人に私がご提案をしてそしてよろしくお願いしますという風に言っていただけたので最後まで
お母様とお父さんとそれから私とそれからその本人の猫ちゃんね猫ちゃんを真ん中にしてそうやって最後まで本当にその子らしく生き抜いたっていうそういう奨励でオーナーの気持ちを置き去りにしないということ
そしてオーナーの気持ちがふわっと晴れたときそうですよねこの子は本当にこう死が近いんですよねそうですよというこの共感を得たときのオーナーのから出てくるこの底力パワーこれがその猫ちゃんにとっての生きる力になるわけですよ
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だから生きるということが生き続けるということだけではないということ死に向かって生きるんですよそしてその死というのが最後ゴールテープなのでどうやってゴールテープを切るかっていうのはその子が自分のタイミングと自分の切りたい切り方でテープを切るんですよ
それがオーナーが置き去りにされないことでパワーが出てそのパワーを猫ちゃんが受け取ってそのエネルギーをゴールテープを切ることに使っていくというそういう風な奨励を私は体験をしたんですね
ですのでアヤコイズムではオーナーを置き去りにしない置いてき掘りにしないそれがイコールペットを置いてき掘りにしないということですそしてやはり死を置き去りにしていないということです
イコール生を置き去りにしなく生がメインに寄り添っていくというアヤコイズムなんです
今回も最後までお聞きくださりありがとうございました
また次回のアヤコイズムをお楽しみなさってください
それでは失礼します