1. あわい会議
  2. #32 「可愛がられる力」を養う..
2026-02-22 29:43

#32 「可愛がられる力」を養うには ゲスト:えーちん、ともや

なぜ彼らはいつまでも「少年」のように愛嬌があり
そして幸せそうなのか…?

そのルーツを探ると、親との長電話、反抗期を選ばなかった合理性
そして『感動の鮮度を保つべく、あえて言語化しない』という
独自の感性が見えてきました。

MIYAMUなんていい景色見ても
すぐに「なぜすごいと思っているのか」「何と比較して良いと感じているのか」
と言語化して、感動を“標本”みたいに固定する癖があるんですよね。

生の感情をそのまま浴びる才能が欲しい!ないものねだり!

※機材トラブルでいつもより聞き取りにくい音声です…!

【出演】

おっきー
・X(旧Twitter):⁠⁠@uvwuvw⁠⁠
・Instagram:⁠⁠@okidokit2⁠⁠

MIYAMU
・X(旧Twitter):⁠⁠@muyamiyamu⁠⁠
・Instagram:⁠⁠@muyamiyamu⁠⁠
・著書『ホワイトカメリア』『愛、執着、人が死ぬ』(講談社)

【ゲスト出演】

えーちん
・X(旧Twitter):⁠⁠⁠@eichaaaan13
・Instagram:⁠⁠⁠eichin1313

ともや
・X(旧Twitter):⁠⁠⁠@tomoyakun1106
・Instagram:⁠⁠⁠tomoyakun1106

サマリー

このエピソードでは、「可愛がられる力」を育む方法について、ゲストのえーちんさんとともやさんを招いて探求します。お二人がいつまでも少年のような魅力と幸せを保っている秘訣として、親との良好な関係、反抗期を選ばなかった合理性、そして感動を「感動の鮮度」を保つためにあえて言語化しない独自の感性が挙げられます。MIYAMUさんは、感動をすぐに言語化して「標本」のように固定してしまう自身の癖を反省し、生の感情をそのまま受け止める才能に憧れを抱きます。 会話は、親との電話の頻度や内容、兄弟との関係性、そして「感動」をどのように捉え、表現するかというテーマへと展開します。えーちんさんとともやさんは、親に感謝の気持ちがあったため反抗期がなかったと語り、親との関係を「友達」のように捉えるのではなく、感謝の念を大切にしていたと説明します。一方、MIYAMUさんは、感動を言語化することで理解を深めようとする傾向があり、その対比が興味深く語られます。 さらに、写真撮影という具体的な例を通して、感動をそのまま受け止める能力と、それを言語化して分析する能力の違いが議論されます。えーちんさんたちは、感動をそのまま写真に収めることで、感動の鮮度を保ち、写真の技術だけでなく感性を磨いていると語ります。MIYAMUさんは、感動を言語化し、その理由を分析することで、より深く感動を理解しようとしますが、その過程で感動が薄れてしまうこともあると述べます。最終的に、感情や感性を大切にすることの重要性が強調され、特に子供の感情を育むことの意義について語られます。

「可愛がられる力」の源泉:えーちん・ともやの魅力
あわい会議、はじめまーす。
今回もお二人来ていただいております。
前回でね、お二人がどんな少年かっていうのは
どんな少年かwww
いや、ほんまに
ずっと俺年齢聞いて、知ってたんじゃないか、その
前に聞いたことあるなってなったけど
やっぱずっと25とか6とか、それぐらい止まってるのは
なんだ、子供にともあれで
19の時から会ってる子やから、ほんまに
一緒に仲間とか友達やねんけど
弟すぎない、なんか
弟って感覚?
弟じゃないねんけど、横並びやねんけど
なんかその、可愛らしい感覚がずっとあるから
どっちかというと母性に近いのかな
二人とも、ほんまに
えいちん一歳しか変わらんけど、母性
あ、もうこんな子たち?みたいな
ずっとそのままでいていいみたいな感じの
大人になりすぎたらえいちん嫌いもんな
趣味とかオッサンやん、競馬とか野球とか
ボクシングとか
ボクシングとかオッサンやな
オッサンやけど
オッサンやねん、子供が食べてるみたいな
グミな
あ、グミ
ラムネか
あ、キシリ取る?
あ、そう
お弁当が出てくる
島嶼を描いて
島嶼
10年くらいずっとあるんだよね
ほんまに変わるなっていうのがあって
僕聞いていきたいのは
さっきの回でも
我々大人になって連れてしまった
ポッキーとミヤムが
本当にこんな2人みたいに育つには
どうしたらいいんかね
友達がさ、この前の福岡旅行でもあれやけど
子供が出て始める
そうね、子供が出て始める
そらこの2人みたいに育ったほうがいいよな
いや、思う思う
ほんまに2人のちはねさんなんだけど
どうやったらこの2人になるのかっていう
本とか書いたらこれ絶対買うし
めっちゃ売れると思う
絶対決まっちゃうよ
もうシリーズ書いたほうがいい
どうやって育てるの
それはほんまにそう
それはほんまにそう
ここ、なぜ2人がこうなったのか
日の取りでいきたいなっていう感じ
親との関係性と反抗期
僕らはよく友谷の小っちゃい時のムービーを見てるやん
何回も見てるやつ
何回も見てるやつ
妹と一緒に
家族仲いいねやろなってめっちゃ思うな
あーそうね
家族はマジでめっちゃ仲いいし
未だに旅行ももちろん
今日もお母さんと4時間
3時間ぐらいしちゃう
えー
今日お母さんとデビューして
あ、マジで
祖母の葬儀がある
そんな喋らなくて
すごいな
どういうきっかけで電話があんの
それこそ毎回後晴れの企画とかで関西帰ったりするから
あんた次いつ帰ってくんのみたいな話から
こんなことがあってあんなことがあってって
お母さんがめっちゃ喋ってきて
そうなそうなみたいな話をする
大きいと喋る?
お母さんと
喋る機会があったら喋るけど
1年に1回も帰ってないし
うん
喋らへんだ
機会があんまない
一応喋る
めちゃめちゃ喋ります
喋るんややっぱ
それ
あなたは
喋らない
この2人が反抗期とか考えられへんもんな
あった反抗期?
反抗期っていう反抗期はなかったですね
めっちゃヤンキーの髪型してる
全然ヤンキーじゃなかった
反抗期あった?
これでも反抗期ないね
あった?
これもないね
反抗してる暇が無駄やと思って
同じような感じかもしれない
あんま別に反抗とかってない
無駄やと思ってた
すごい
そういう感じ自然とってよりかは
反抗してるって何やろうみたいな
無駄やん結局ほんまに
まあ確かに
2人がでもそんな感じじゃなくて
もう人に反抗したことなさそう
そんなことないよ
反抗した言うてるの聞けないんだけど
例えば親に反抗なかったのも
どっちかというと親に感謝があった
っていうのがあって
結構お世話になってるとかも
いろんなことしてもらったっていう経験があるから
変に反抗すると
自分の感謝が崩れてっちゃうから
そういうのも含めて
そんなのずっと深く考えてるわけじゃないけど
傷つけちゃうのめっちゃ嫌や
みたいなのあったからずっと
その時には自分の欲が先行することはない?
イラッとするとか
イラッとはします
お母さんめっちゃうるさいんで
そんなん言われんの?
めちゃくちゃ喋るから
中学生の時とかは部活で疲れてて
休憩したいのにずっと喋りかけてくるから
ちょっと黙ってほしいみたいなのあったけど
でもそれでなんかめっちゃこう
ずっと何日も怒るとか
そんなんあんの
富山のお母さんも富山みたいな感じやもん
結婚式で会ってるもん
元やってたけどすごいヤンキーな感じで
そんなん言うの?
元々ヤンキー
俺が幼稚園の頃に
俺のこと髪の毛染めるみたいな
そんなグレてるよね
結構怖いよお母さん
そうなの?
めっちゃ怒られたイメージが
めっちゃ怒られる
何やろ
ポケモンカードを小学校の時に
公園に置き忘れてきて
何してるの
めっちゃシンプル
子供すぎる
そんなんとか言うけど
でも怒られたから
胸ぐらいパン掴まれて
家の玄関にバンって
ごめんなさい
言ってって感じやったから
怖いってイメージよりは
すごいやっぱこう親やなって
ちゃんと思わせられてた感じはしてて
反抗できひんかったし
こっちはそうね
感動の捉え方と言語化
逆にネタにされてて
ネタに?親に?
反抗しようと思ったら
反抗期来た
反抗期来たみたいな感じで
ちょっと慌てて恥ずかしくなって
反抗期来たみたいな感じ
関西のお母さんって感じ
関西のお母さんって感じ
あんまり親と喋るっていうのが
普通の話だけど
友達みたいに親と接してる人とか
結構いるやん
ここも電話3時間もするから
友達とでも電話3時間とかせえへんから
したことない多分人生で
そういうふうな関係性とかも
結構結構あんのかな
兄弟はいるよね2人
2人ともいるよね
俺は妹がいて
俺は兄貴がいるね
その兄弟も親とそういう感じ?
そうやな
自分と性格似てる?
性格はガッツリは似てないです
だから妹は友やん
そうやな
そう言われるとそうかも
妹は結構お兄ちゃんっ子で
俺の真似ばっかり
全部
感じやったな
確かに
エイチンとそのエイチンの弟は
お兄ちゃん?
うん
なんでそんな違ってんの?
そこまでおっきく違いはなくて
俺がどっちかって言ったら友やんの
俺が妹のほう
俺が弟でお兄ちゃんっ子やったから
お兄ちゃんがやってるスポーツ一緒にやりたい
お兄ちゃんがやってること一緒にやりたい
っていう側やったから
俺がお兄ちゃんに寄って行ってた感じは
お兄ちゃんもエイチンみたいな感じ?
めちゃめちゃ優しい
めっちゃ優しい
すごい優しいお兄ちゃんやなってずっとイメージ
愛されてはいるよね
俺らも別に愛されてはいるんだけど
なんか
幼少期とかじゃないんじゃない?
でもやっぱ親がめっちゃ喋るってのあるんちゃう?
どれも喋らんのだって
うちも別に関西やから普通には喋るよ
俺が親は親やと思ってるから
友達みたいに喋るって感覚は一切ないんじゃない?
そんな感じかも
俺はお父さんが趣味がめっちゃ似てるというか
プロ野球めっちゃ好きで
家でずっとプロ野球がテレビで流れてたくらい
ずっと野球で育ってきたから
野球の会話をめっちゃするっていうのが多かった
ちっちゃい頃から
昨日の試合どうやった?みたいなのを
ずっと試合の今投げてる背球とかの話とか
お父さんみたいに何も家で知ったから
それぐらい近かった
お前目に見えたものとか全部言うよ
目に見えたもの全部言いたいっていうのがあって
いい景色を見て感動する時にさ
僕は割とどっちかっていうと飲み込むの
内側でどう処理すればいいかを
感動するってこと?
感動しようとしてる感じが
分かる分かる
しようとしてる
これだけ開けていて
今住んでる東京とは対照的に
これだけ見えているということは
開放的なのか
一緒で言語化してようやく
感動っていう感覚に至るみたいな感じかもしれない
なるほど
感動に向かって言語化していってる
感動しようとしてる感じが
分かるし
逆のパターンもあるんだけど
いいって思ったかもってなった時に
いいって思ったかもを言語化して
だから良かったんだってなった瞬間に
より感動できるみたいな感じ
感動しにいってるやつそれも
それはさ
言語化はその場でしたいってなる?
即時性はどっちでもないな
俺に関しては
割とそれが伴わない感動は
自分の中に飲み込んではいけないと
思ってるかもしれない
飲み込んでない
なんとなくいいを許せないんだよね多分
それは近いと思う
俺はそこに時間軸があって
なんとなくいう
すぐ言語化できるようになったらするけども
やっぱできないことの方が多いから
持ち帰って何が良かったんやろうっていうのを
やった上で
あ、宝か!みたいな感じでなる
こことかよく旅行行ったよね
毎日のとこ行ってるけど
こことは超絶怒涛っていう
冒険者たち
色々冒険しました
YouTubeをやってる時期があって
それもYouTubeやる前に
ほんまに男6人
いろんなとこ旅しようぜみたいな
旅行じゃないねん
旅行ってずっと友達が言ってたけど
旅っていうのは
要はもうその
野宿するとか
そんな
計画なく目的なく
いろんなとこ行くっていう
その場を楽しむ
計画性が全くないみたいな
っていうのをやった時とかにも
なんかやっぱ彼とかは
友達とかはすごく
感動してるねんずっと
朝日とか見て
毎朝感動してるのよ
野宿やからさ
太陽で目覚めるのよ
そういうので
めっちゃ綺麗な朝とか
っていう風にして
感動してるから
それ多分言語化してへんからさ
言語化してないかも
いいと思ったもの
めっちゃいいっていう風に
ずっと言って
写真撮ってたんじゃったから
そうやな
なんか言語化
もちろんな
なんかできるならしたいな
っていう感覚は
もちろんあるんやけど
なんかしちゃうことで
寂しくなっていくものもあるよね
思い込もうとしてると
現実っぽくなる
そうそうそうそう
言葉にしてしまうと
これ以上の
もう感動なくなるんか
みたいなのって
あると思うよ
分かるよ
ほんとに分かる
だからっていうわけではないんやけど
もうこの場でいいと思ったら
それでいい
感じで生きてるから
写真撮影における感動の共有と技術
セックスは
止めてんの?
いや全く止めてない
もうこの瞬間
うわ気持ちいい
みたいなのを
表現するだけ
今生きないやん
今を生きてる
我々やっぱその先の
これをなんか
どうやって再現性を
持たせようとか
なんかやっぱちょっと
先のことじゃないけども
なんか考えちゃう
なるほどね
でも割とエイチはさ
その良かったものみたいなものをさ
人に紹介しようとしてる
絶対言語化を通るはず
なんかあの
エイチは言語化というかは
事実の言語化をしてる
ほんまに写真みたいな感じで
伝えてくれてる
あったものが
あらすじ言ってます
あらすじ言ってるように見える
楽しい顔言ってる
そうそう
エイチの感性を通ってない
ミアムとかさ
なんかいいことがあった時
いつもトークみたいな感じでさ
こういうことがあったから
良いと思ったんです
俺も多分そうやんけど
エイチはここでな
こんなな
スイカ買ってな
めっちゃうまかったよ
みたいな感じ
めっちゃうまかったところが
大きかった
そういうことを言う
通ってへんから
エイチがどう思ったかは
そんなに通らずに紹介する
その事実を変えて
あなたはどう思うかは任せます
結構そこに興味はない
言いたかっただけやもんね
自分が思ったこと言いたかっただけ
多分その奥の人が
自分のレコメンドしたもので
行動を変えてくれたことに対してとかは
別にそんなに何も思わない
だからそうですね
その先にそれを見てくれたとか
やってくれたとかは
そこまで興味ない
俺と全く違う
俺はだから
人になんか物とかさ
テクノロジーとかも紹介するやん
その時って
その人が
そもそもその商品を
良いと思ってくれたかどうか
どっちでも良いの
どっちでも良くて
それが何でかっていうのを聞いた
俺がこんなに良いと思っているものを聞いた時に
まずそもそも
何が好きなのか嫌いなのか
良いと思ったのか悪いと思ったのか
使ってくれた上でも
同じような感想っていうのをやるから
結構相手が
自分が好きな価値観に対して
どう思ったかっていうのが
結構重要なんよ
全然違う
自分がこれ良いなと思ったら
これ見てみたいな感じだもんな
そう見て
見たって聞くのは嬉しいけど
それでどうやったとかは
そこまで興味はない
別に人の人生変えてやりたいとか思わへんねん
そこまで大きく思ってないです
誰かの人生に関われたら嬉しいと思うんです
でも変えてやろうとか
自分の価値観で
その人を変えようとか
そういうのはないです
特になんかスパでも
変えないっていうのはあるよね
あるかもあるかも
だからなんか
俺が良いと思ったものを紹介するって
それを良いと思ってほしいのが近いかも
感覚としては
良いと思ってほしくて
ダメだったら
なんでかを知りたいっていうのは
もちろんあるけど
だから2人が写真上手くなる理由は
そこにある気がしてて
僕らは言語に頼りがちやから
ノートに書くとか
小説に書くとか
言語に頼って
出力をそっちに寄せるけど
さっき言ってたよね
拾えへん感情は残しゃいいんやみたいなね
上手く綺麗に
なるべく綺麗に写真に残そうな技術が
発達した側の人間
2人ともそうやなって思った
我々全員ラグラフィーだからさ
あなたも本当にそうやったんですけど
カップルの幸せなデートとかに突き沿って
その瞬間写真撮るみたいなことをやってたんや
僕は今もちょっとやってるけどさ
それをやっていくうちに
もちろん全てのカップルが
幸せな瞬間と違うから
違うってのは分かってるんやけども
共通化して見えてきちゃって
徐々に感動が自分らが薄れてきたんやな
すっごいあるんや
昔はやっぱほんまに
2人の幸せな瞬間写真撮って
子供が笑ったとかも
撮った時に
毎回毎回新鮮な気持ちで
うわっめっちゃ幸せな瞬間撮れた
みたいな感じで喜んでたんやけど
後半それが
共通化されてきちゃって
自分今もう仕事で撮ってるというか
今これが目で綺麗って思ったから
抑えてるわみたいな感じになって
感動して撮れてへんわってなって
俺はこの世界向いてないわって
技術として綺麗な写真撮れるけども
そこに感情乗っけれへんわって
なった瞬間があって
そういう写真撮るのやめた
なるほど
公衆上で働いてる人みたいになったり
そうそうそうそう
どっか仕事でみたいな感じ
ここはずっと
毎回ほんのり心から幸せそうに撮ってるから
やばいって思う
どんな感覚で撮ってる?
俺?
俺はどんな感覚?
まぁでもどっちかっていうと
多分友だとちょっと違うって思ってて
俺は自分が
一人の役に立てる仕事をしたいって
ずっと思ったりしてるから
それが自分が
たまたまカメラが今
技術がついて
それで人に喜んでもらえることができてるなら
それをやろうと思って
向き合ってるって思ってたから
その目の前にいる人の人生を
より豊かにしようとか
その人に対してどうしようっていう
その強さよりも
自分が人の役に立てるなら
今目の前にいる人の役に立ってるなら
それが嬉しいっていう感じ
なるほど
幸せの定義と感性の違い
消防士になりたいとか
そういう人の役に立つ
カウンセラー
役に立ちたいってよくない?
なるほどね
役に立ちたいっていう
そうそっち
どっちかっていうとそっち
自分の技術もあるし
それで役に立ててるから
そうで
喜んでもらえる
テンション上がるなって思い流れてて
あー
こういうのは確かに違いそう
そうね
違うかも
だから俺的には
具体ラブグラフでいくと
いわゆる
例えばじゃあ
ウェディングでわかりやすいところで
ウェディングでいくと
この2人がここで
今目の前で愛し合って
結婚してるということを
事実に立ち会えてるのが
すごい嬉しいっていう
それをこの撮影を通して
共有してるのが
すごい幸せっていうので
感動して撮ってる
モカンでしてる
わかる?
わかる
わかるよな
モカンでしてる
尊いっていう感覚に近い
おー
わからんね
だからあれやな
映画とかでさ
結ばれる2人がいたのを見て
それを感動するみたいなのと
似てるし
幸せを感じている
目で見て
幸せを感じている
っていう具体的な
あれではないけど
そこの空間自体は
すごい幸せだよねっていうのを
共有できてるのが
嬉しいっていう感覚
だから結婚式もそうかな
結婚式って
すっごい幸せな空間
それをみんなで共有してるのが
すっごい幸せっていう
感覚で
いつも感動するし
撮影の時もそんな感覚
だから幸せか幸せじゃないかで
大きい2つの箱にある
幸せなものは
全部幸せだから多分
そうやね
理由とかな
確かに確かに
性格的にも
性格で言うとさ
僕ら幸せのボックスを分けすぎて
ランク別みたいになっちゃったから
ここ以上にランクに入らんと
幸せとは呼ばないみたいな
勝手に決めちゃった側の人間やと思う
なるほど
だからそれを言語化していって
なんかその
違う箱の中でも
どれなんやろとか
なるほどね
例えば仕事終わりに
コンビニ行ってアイス買って
それをアイスをお家で食べてるのは
幸せじゃない
すごい急な答え
アイス買って
お家でそのアイス
買ってきたアイス食べてる時は
何を感じながら食べてるの?
美味しいな
幸せやなって思わない?
思わないかもしれない
そこに
例えばその日
旅行先で
めっちゃ楽しくて
帰り
たまたま
互い
パートナーと一緒にいて
食べたいねってなって
買ったアイスを食べてるとか
エピソードが必要になってくるかもしれない
なるほど
幸せになってくるね
単発でなんか
ご飯もそう
ご飯で
単体で美味しいとかって
あんまやっぱないからさ
何かに紐づいてないと難しい
エピソードがない
エピソードがあったら
こういう風な
エピソードがあったからこそ
自分は
幸せという風に感じたって
あとで言語化っていうか
理由付けできるから
物語性の中に
そうそうそう
僕がどっちかというと
幸せを
許容するスペースがめっちゃ少なくて
全部のこと耐えたと思っちゃう
耐えた?
耐えた
例えば疲れて
家帰って
アイス食べるとき
今日めっちゃ辛かったけど
一旦マイナスになってたものが
アイスって美味しくて
ゼロに近くなった
耐えたと思う
プラス以上にいかない
ゼロ以上にいかない
感覚が
美味しいご飯食べたとしても
例えば何だろうな
たまたま入ったレストランで
チャーハンが美味しかった
たまたま入ったのに
まずくなくてよかった
ネガティブかな
ネガティブ
ネガティブやな
だから
自分の特性的に
幸せな瞬間を
もっと幸せに
っていうのが
たぶん根本の思想と
違いすぎた
不幸せな人を
より
ゼロに近づけることは
できるんじゃないかな
失恋版みたいなのを
ネガティブを
ゼロに近づけるから
たぶん根本思想である
幸せっていうものへの
感度がめっちゃ低い
なるほど
そこも羨ましい
プラスの世界は
見たいのかもしれない
羨ましいことだらけ
感性を磨くことの重要性
ちょっとしたことで
幸せ感じちゃう
そうやな
確かに
そっちのほうが
いいものを
これはちょっと隅々だけど
いいものを引き寄せる
運気が強くなると思う
僕勝手に2人は
めちゃくちゃ運がいい
2人だと思う
さっきの晴れるっていうのも
それ
いいものを引き寄せる
だってこういう人
スイーツ2も
2つ当ててますから
しかも激戦やった時期にね
誰も手に入らへん
といった時期に
趣味でね
ポケモンカードとか
趣味当てるんですけど
とんでもないやつ
当てたりするの
この間20万度
ポケモン当てて
当たるわけないけどね
1個買ったとかじゃなくて
ほんまにこの
たまたま
1つだけ当たった
ボックスがあって
それを
たまたま買いに行って
帰り道に
ポカッて開けたら
金色のカードが来て
なにこれと思ったら
20万数カード
運はいいもんな
クレヨンしんちゃんの
エピソードやったな
運を引き寄せる
秘訣みたいなのも
聞きたいけど
意識してないもんな
意識してないっすね
意識はハッピーに
生きることなんやろな
再現性が欲しいです
どうにか導き出して欲しいです
どうにか
俺のいつか生まれるだろう
子供を
こう育てたいんで
どうやってなるんか
っていうところを
俺みたいになって欲しくないな
別にいろいろ考えて欲しくない
ほんまに
だってもう
こっちの人なんて
AIがなんとか救えるから
考えることなんて
AIが救えるやん
そっち人いいよ
もう人間
感じれる
ずっと幸せに感じれる
みたいな
感情を育てるのは
人間やろな絶対な
感情を育てたいな
感情育てるなって思う
めっちゃ大事にしてるし
それこそ
後あれでも
感性磨くっていうのを
授業でよくやる
勉強部でやってて
知識よりも
感性磨こうぜ
っていう話をしてて
コンセプト的にも
一人で好きを
みんなで好きに
っていうコンセプトで
やってて
写真自体も
なんかこう
気持ち
心が動いた瞬間
いいと思った瞬間に
写真を撮る
いいと思わないと
写真撮れないから
いいと思う瞬間を増やすために
感性磨こうね
っていうのを
教えてんねんけど
僕はいい感じ
触り方
これ飲んで
ここからは
先にね
みたいな感じで
具体一個言うと
写真を見て
言語化しようみたいなのも
よくある勉強で言うと
なんか構図がどうとか
レンズが何使われてるか
みたいなんで
言語化していくねんけど
俺らの勉強会は
まずこれを見て
どう思った
何感じた
とかでの
いうところからスタートするのが
勉強会でよくやってて
それも正解じゃなくてもいい
感じたことをやる
アウトプット感謝って
よく言われんねんけど
それをやるのがすごい
俺らも大事にしてるからこそ
感情とか感性とかを
すごい大事にしてるね
2人から見てても
この感想はすごいな
みたいな思うことが
めちゃくちゃ多いです
結局自分が
その写真を見ても
思わなかった感情とかが
感性が
メンバーから
たくさん出てくるたびに
そう見えるんやっていう
新しい発見になる
その視点が
自分にもちょっと増えていく
だから今後また
似たような写真が見えた時に
その視点がちょっと
乗った状態に
まだ見れるようになるから
どんどんどんどん
感性が磨かれてる感じがある
それと言語が違う?
やってることとして
俺らはそれを
言語に落とし込んで
なぜこれをこういう風に
感じたのかやってくるけど
違いそうやなってのは
聞いてて思うやん
どうなん?
結構似てると思うけど
言語が違うっていうのは
深く
言葉にしていく
やってることにしてないから
俺らでずっとやってるから
違うんやろって思っちゃったんだけど
確かに
淡い回答始まった
ついに淡い回答
アドブと感性
僕が一回入ったとしたら
この二人に
感動させたくて
皆さん的なことを
言いたいそうな気がするな
そういう
頭で考えちゃう
なるほどね
まだ言ってないやろ
誰もみたいな
物語を作って
こうなんじゃないか
と思いますねみたいなのを
僕の性格が悪さやったら
言ってもらう
IATPはね
いないんです持ち張りに
入りません
そんなことない
でもなんかその
物語を作る
そういう想像も
感性の人みたいな
それをそれでむしろ
受け入れてる
ご想像力みたいな
感覚と
確かに
宮本さんは小説書いてる
すごい感性やろ
感性やろ
そんなことない
自分の中に
ルフィがいないの
いないの
答えそうやもんね
基本的にニコロービーしかいないからね
ずっと安定に考えてる
だから色んな
こういう人たちを
思い浮かべて
こういう人たちが
言いそうな言葉を
書く
なるほど
だから宮本さん
感じたことよりも
どっちかというと
この人だったら
こう言いそうだなって
頭で考えて
落とし込んでる
もちろんアートプットとしては
作ってるかもしれないけど
小説の中で
ギャルを書かなきゃいけないから
ナッツとか
エッグとかの
ギャルのYouTube
ついてみてる
みたいなことも
なるほど
インプット材料
インプット
面白い
確か写真とか
何か見ても
こっちだったら
何言うのか分からない
この2人に
ハマりそうな言葉を
提出しよう
テクニックで
ここから先は
言語化できてないんですけど
までセットで言うの
の方が
上手く
その手でいいよ
って言ってもらえたら
すごい
嫌な制度
確かに
ダサい的に
言われてる
確かに
いやー
何か紐解けそうな気がするけど
もう
まだ必要です
紐解かせてください
一旦じゃあ
また次回
待っててください
はい
29:43

コメント

スクロール