はい、ありがとうございます。
僕が読んでいて思ったのは、後書きの方ですかね、書いてあったモモの話があったじゃないですか。
はい、モモですね。
モモの話って時間泥棒っていう敵がいるけども、だけど芸術社会には敵が存在しないんだと、そこにあるのが資本主義という憎たらしくもありがたい社会の仕組みですっていうことが、僕はこれがすごい僕の胸に刺さって、
そうではなかった、敵、なんかとんでもないなんかクッパみたいな敵がいてそれを倒せばよかったみたいな風に思いがちなんだけど、だけどそうじゃなくて社会の仕組み自体が課題であったりとか、そこにある構造が課題だったりするんだよなと思って、
っていうのが一つすごい感じたところで、夫婦の話でもあるなと思ったんですよね。
そうですね、本題は後でじっくりお話しすると思うんですけれども、夫婦とか家庭っていうところで言うと、まさに今の敵じゃないよっていうのは結構大事かなと思っていて、どういうことかっていうと、
これ聞いてくださっている皆さんの中には、もう既に夫婦っていう形の生き方をされている方もいれば、まだこれからの方もいれば、お子さんがいる方もいれば、まだお子さんはいないけど夫婦っていろんな属性の方がいらっしゃるかなと思うんですが、
いずれにせよ、例えばうちのように子どもがいる家庭をイメージしたときに、資本主義に自分自身がどっぷりつかりすぎるとか近づきすぎると、やっぱり家庭とか子どもとの関係とか夫婦の関係がなかなかうまくいかないことももちろんあると思うんですよね。
あまりに自分が資本主義に近づきすぎて、仕事とか資本主義における成功だけを追い求めていると、それでうまくいかないことももちろん一方ではあると思いますが、ただ他方で、うちなんて本当に子どもが今4人いるのでわかりますけれども、いかに資本主義の力を借りて時間を作ったりとか楽をするかとかっていうのも大事じゃないですか。
そうですね。
夫婦であったりだとか家庭、子どもも含めた家族全員の幸せにつながる。
そのためには、距離感を調整するためには資本主義っていうものをもうちょっとよく知らないと、多分うまい付き合い方でできないと僕は思ってるんですね。
人も同じですよね。
その人がどんな人かってわからないと付き合い方って難しくて、だからそのためには僕がこれまでずっと研究というか好きで調べていた歴史とか思想っていうものが資本主義っていうものをよく知るためにはものすごく使えるので。
なるほど。その信長さんご自身インターネットや資本主義の力を使っていろいろ働いているわけじゃないですか。
働きながら日本で大分県っていう自然豊かな場所でご家族と一体と暮らしているっていう側面もあって、そこをうまく資本主義を使っているっていうところなのかなと思ったんですけど、
ご自身もそういった働き方を選んでいる感じなんですか。
そうですね。僕は出身は東京でして、妻とは学生時代に京都で出会って、その後結婚と同時に東京に家族でというか夫婦で引っ越してというか移って、その時は子供はいなかったので東京で働いていて、
しばらくそこで弁護士として働いた後にまた東京のベンチャー企業で働いていたんですよね。ただ子供が3人目が生まれた段階で、やっぱり子育てするっていう時に東京でしかも男の子だったりもしたので、やっぱり東京のマンションで住んでいると下の階に足音がみたいな話とかもずっと気にしなきゃいけなかったりするので、
大変だなぁと思って、じゃあ移住しようかって。これは妻の方から発案してくれて、それもありかみたいな。フルリモートで働いていたので、というところで移住先を探して大分県に決めたんですけれども、それも確かにおっしゃる通り、資本主義との距離の取り方の一つの事例というか方法という感じですね。
地理的に距離を取るっていう。東京に住んでいるのと、やっぱり大分に住んでいるのって地理的な距離が違うと思うんですよね、資本主義との間で。
なるほど、そっか。東京は資本主義の中心みたいなところだけど、大分はちょっと違うところになるっていう。
ただ、僕たちの場合も、これ何度も出てきますけど、資本主義を否定したいわけでもないし、便利なところはどんどん使っていけばいいと思っているので、僕は今大分県に住んでますけど、別に大分の超どいなかに住んでるわけではないんですよね。
なので大分県の中心部に近いところに住んでいるので、山とかはバーンと近いので、山も川も近いですけど、便利な大きなお店とかショッピングモールがあるところにも車で行けば行けるみたいなところがちょうど、そこが自分たちにとってはちょうどいい距離とか。
あと一方で、大分県に住んでもこうやって自分が好きなところで働ける、働けているのは、これはまさにさっきのインターネットの話じゃないですけど、こうやってオンラインでの、あれが便利になったからっていうところは、そこは享受をしつつっていう、その恩恵を享受しながらっていう、これも一つの距離感の取り方だと思っていますし。
だから、距離感を取るために必ず移住しなきゃいけないとか、必ず転職しなきゃいけないというわけでは全くないですけど、例えばそういう取り方も取れますよということですね。
なるほど。僕がすごい気になっていることがありまして、品川さんのキャリアをちょっと調べましたら、京都大学法学部ですよね。哲学部か法学部に移られて卒業。
法学部ですね。
京都大学、法科大学に進学し、大学院の在学中に外国人旅行者と文化体験をマッチングする事業を作られたりとか。
はい、そうですね。すごいよく知られています。ありがとうございます。
すごいな、大学院の陰性、しかも、そうですよね、この時多分奥さんも既に出会われていると思うんですけど、事業を作られて、そうですよね。
在学中に日本一優しい法律の教科書という本を出版されて、
はい、そうですね。
しかもこれ今でも法律を学ぶ学生たちの教科書になっているという、参考書になっているという、ロングサイトじゃないですか。
はい、意外とそうなんですよ。
本屋さんにも。
ですよね、その後法律事務所で弁護士として働いて、この時に法律に関する本をさらに2冊出版されて、人材系ベンチャーで勤務をその後しますよね。
そこで弁護士、法務担当者、エグゼクティブ、そういうようなキャリアコンサーティングをやられて、
会社全体の最高文化責任者として人事領域の責任者も務めるということで、すごいめっちゃ忙しかったんじゃないのかなって思ったんですよ。
4人のお子さんをさらに育てているというので、どうやってやってたんだろう、ご夫婦で揉めることとかなかったのかなとか、
キャリアを築いていく中で、何かパートナーシップで気をつけることとか、何か課題だったこととか、
何かあったのかなと思って、ちょっと話してもらったんですよね。
ありがとうございます。たくさんありましたね。
結婚されたのは、
いろんなことを経て。
そうですよね。
弁護士になった年になってすぐ結婚したみたいな感じなんですよね。
だから基本、社会人生活がほぼニアリーイコール結婚生活っていう感じでして、
夫婦の関係とか家族っていうところでいくと、やっぱり自分の場合は結婚する前に付き合ってた期間が、
それなりにうちの場合は長かったですよね。
9年くらい。僕の場合は大学、学後卒業してから、ロースクールっていうのをまた行って、
その後に司法試験を受けて、その後に司法収集があって、
いわゆる社会人になるまでに、僕のほうは結構何年もかかってるわけですよね。
勉強期間が長くて。
9年くらい付き合ってる期間があって、結婚をしたんですが、
たぶんやっぱり一番大きな環境の変化というか、
由来だ、ところっていうのはやっぱり出産が大きかったかなと思っていて、
第一子ですね。
働いてどれくらいの頃でした?
それは、社会人になって、僕は弁護士事務所って1月から働き始めて、
その12月に第一子が生まれているので、
もうすぐだったんですね。
ちょうど1年くらい経った時ですね。
その時は、わりわりまだまだ弁護士として、新米弁護士というか、
1年くらいだとまだ仕事も分からないので、
一番何というのかな、由来だのはその時期で、
これもすごいあるあるすぎて、もしかしたら過去何度も取り上げてるかもしれないですけど、
簡単に言うと、その時は、僕の意識の中では、
もちろん子どもができて嬉しいなとか、子どもも自分も子育てをするんだという感覚は、
なかったですかって聞かれたら、ありましたよ、もちろん。
ありましたが、ただ、今こうやって子ども4人いて、
大分で暮らしている時の感覚とは全く違う感覚だったなと思っていて、
簡単に言ったら、やっぱり子育ての大変さとか、
母親としての大変さとか、そもそも子育てとか家庭のことを
夫婦で協力してやるものだよねっていうことが、
率直に言ったら、1ミリも分かってないみたいな。
悪い人間だったわけではないと思うんですけど。
大体の方はね、そうから始まりますからね。
しかも多分それがね、僕の場合は結構、他の方よりももしかしたら大きかったんじゃないかなと思っていて、
何でかっていうと、今キャリアの話もしていただきましたけれども、
よくも悪くも、自分の中で仕事としてとか、
社会に対して成し遂げたいことってものすごくたくさんあったし、
今もありますけれどもすごくあったんですよね。
だから社会で、まずは弁護士としてめちゃめちゃ活躍しなきゃとか、
あとは弁護士としてだけじゃなくて、もっともっと企業をして、
事業を作って、より社会に対して価値を出せる人間にならなくちゃ、みたいなものが、
これはよくも悪くもですけどもものすごく強かった。
今もそれはすごく強いと思いますけれども。
そういう意味では、家庭とか子どもと一緒にいる時間とかっていうものは、
やっぱり意識の中では、ある意味では二次的なものになる。
なるほど。あまり関わりがなかった感じだったんですか、出産の時は。
そうそう。どうなんですかね。
これはとはいっても、もちろん赤ちゃんができた後に何もしなかったかっていうとそうじゃないんだけど、
意識として、意識の優先順位が低いと、
例えば妻と話をしていても、一応会話はしてるんだけど、
それがちゃんと頭とか心に入ってないとか、難しいんですけど。
自分の中で社会的に良いことをするぞって頑張るぞっていうことの方が優先度が高くて、
妻のケアとか子どものケアっていうのが、それよりもちょっと下の方に位置してた感じだったんですかね。
そうですね。そういうのって、結構会話の橋橋とかに現れるじゃないですか。
バレますよね、これはね。
今なら具体的などんなところだったかちょっと思い出せないところもあるんですが、
なんていうのかな。
例えば自分の時間の使い方、これ本にも書きましたけれども、
だから資本主義と生きていく、本の観点で言ったらその時は僕は、
あまりに自分が快適な距離よりも資本主義に近すぎたって言えるかもしれないですよね、その時の状態で。
なるほどですね。
そうすると資本主義的に、
どうぞどうぞ。
じゃあ僕いきますね。
それって資本主義的に考えたら、例えばですけども経済合理性で考えたら、
夫である僕が弁護士としてとか、違うビジネスでバリバリ働いて、
妻は家庭で子どもの世話をするとか、夫を支えるみたいな方が、
もしかしたら資本主義的には合理的だったりするわけじゃないですか、経済合理性で言ったら。
そうですね。
金額で言ったら。
っていうので、そこに対する疑問がなかったりとか、それで本当にいいのかっていう問いが自分には生まれなかった。
なるほどなるほど。
それが一応最初の出産の時だったんですね。
その意識はどうやって変わっていったんですか。
それはさっき由来だっていう話をしたんですけども、それは明確に妻から何回も何回もそれじゃ困るとか、
それじゃ悲しいっていうことですかね。
それはすごい悲しいみたいなことを断るごとに言ってもらったりとか、態度で表されるっていうのが、
結構何度も何度も経験をして、それは多分良かったのは妻がそういうのを悪い意味で抱え込みすぎないタイプの人間だったっていうのは良かったんだろうなって思うんですよね。
それは言ってくれたってことですか。寂しいんだよってことですか。
そうですそうですそうです。
多分僕の頭の中では、さっきの社会的に成功したいとか、そういうところで頭の95%くらいが埋まっちゃってると、
言っても届かないとか、やっぱり彼女が刺すみたいなこともできないわけですよ。
なんか偉そうに言ってますけど。
っていう時に、やっぱりちゃんと面と向かって言ってくれたのはすごく大きくて、結構それによって自分もへこむわけですよね。
僕もね。僕もへこんだりとか。
頑張ってるのにって変わりますからね。
そうそうそう。まさによくある典型。こっちはこっちで頑張ってるのにとか。
へこむし、時にはやっぱり自分の中ですごく怒るというか怒るというか、怒りが込み上げてくることもありますよね。
まさにさっき言ったような、こっちはこっちで頑張ってるのにとか大変なのにっていう。
そこが一番大きな揺らぎ。夫婦のそれまで8年とか9年とか付き合っていたっていう、その関係性とガッと一変しますよね。
やっぱり子供ができて。
そうですよね。
それに対するアジャストっていうんですかね。この適応するっていうのが、多分僕は結構そういうのは下手で、大きな環境の変化にうまく適応するのって、これ大げさじゃないんですけど、やっぱり3,4年とか4,5年かかるんですよね。
僕の場合。
そうですね。その大きな環境の変化、キャリアの変化もそうなんですか。
例えば法律事務所からベンチャーに転職したとか、そういうキャリアの変化とか。
人生の中でも、もちろんキャリアの変化も大きな変化ですけど、でも一番自分の人間性が揺らいだりとか、なんで自分はダメなんだとか思ったり、そういうのを伴った変化って、一人目の子供が生まれたときで全然適応できなかったんですよ。
僕はそれが1か月経っても3か月経っても半年経っても適応できなくて、なんならこれも笑っちゃうような笑えない話ですけど、本当にちゃんと適応できつつあるかなって思えたのって、一人目の子供が生まれてから、どうですかね、もう7年とか8年経ってからかもしれない。
だから本当に4人目の子供が生まれてから、そういうレベルの話。もちろん徐々にね、徐々に変化していってるので、あれですけども、だからこれは本当に正直な話。
一人目、でも4人奥さんが生まれるってことは、夫婦なんか悪いわけないと思うんですけど、一人目が生まれて、徐々に徐々に品川さんの中でもマインドチェンジが、たぶんちょっとずつ2人目3人目まで、中でもきっとちょっとずつ。
もちろんもちろん。だけどもたぶん、普通の人って誰が普通かわからないですけども、普通の人よりも多分遅いというか、一人目生まれてそれによってパッとすべて半年で劇的にマインドが変わりました、ではたぶんなかったと思う。それくらい僕の資本主義的な発想というか、社会的に価値を発揮したいとかっていうのもものすごく強かったから。
それってどうやって変わっていったんですか?そんなに強い、頭の95%を占めていた、それがどうやって変わっていったんですか?
それはですね、いろいろあります。一つはやっぱりさっき言った、ちゃんと妻が時々フィードバックをしてくれたっていうのはまずすごく一番大きいと思いますね。
それと、それに対してやっぱり、それなりにちゃんとそれを受け止めてたとは思うんですよね。ちゃんと傷ついている、こっちも傷つくというか、言われたら悲しいじゃないですか、やっぱりね、当然ですけど。
そうですよね。
それをでもやっぱり一回ちゃんと受け止めて、ちゃんとへこむみたいなことは何度もあったりとか、でもそれを言いっぱなしじゃなくて、やっぱりその時にちゃんとかっこいい言葉で言ったら対話するというか、
こういう気持ちだったんだっていうのを言ってもらって、でも僕はこういう気持ちだったよっていうことを言う。
でもやっぱり彼女はこういう気持ちだったなっていうことを知るっていうことは、これ本当に毎回、ほぼ毎回あったんじゃないかなって思っていて、
でもやっぱりそれを大きく反省するんですけど、すぐなんか忘れちゃうわけじゃないんだけど。
その時はああって思うんだけど、忘れちゃうことがあって。
そうそうそうそう。さっき言ったのは、それがちゃんとつかめたのは7、8年経ってからですかねって言ったのは、
イメージとしては、一人目の子供が生まれたときは、その妻からのフィードバックとか、これはまずかったなって思うのが、
例えばですけど、1ヶ月に1回ありましたとか、それがだんだん2ヶ月に1回になりましたとか、3ヶ月に1回になりました。
その妻を傷つけてしまったりすることが、そういう出来事が。当初はそういう頻度だったとしますよね、例えばですけど。
でもじゃあ2人目ができて、2人目の子供が生まれたときには、また改めて反省をして、でもやっぱりまたやっちゃうみたいな、同じことやっちゃう。
でもその同じことやっちゃう頻度が、それが半年に1回になりましたとか、1年に1回か2回あるかないかになりました、みたいな感じにだんだんなっていって。
すごいですね。
ちょっとずつ、まさに僕はこの本で、時間はかかるが変えられるっていう説があるんです。
あれは結構僕は実感値があって、僕の場合はすごい遅い、1回ああって悔やんでも、それがちゃんと身に染みるまですごい遅かったりするから、本当はもっと普通の人だったら、
1人目の子供ができて、それでバチッと変われるかもしれないけど、僕の場合はやっぱりすごく遅い、何回も失敗しないとわからないタイプだけれども、でも時間かかっても変わってきたっていう、
それは自分の実体験があるので、これは僕は結構夫婦関係も、1回の出来事でものすごく良くなるとかって、あんまりない気がしてて、少なくとも僕の人生経験では。
その価値観が、2人の価値観とか、2人の見ているものが、1発でバチッときれいに変わるなんてことはあんまりなくて、よく聞かれるんです。
夫婦関係でもそうだし、資本主義との距離感に関しても、どういうきっかけで変わったんですかって聞いていただくんですけども、僕の場合はどんな領域に関してでも、やっぱり時間はかかるが変えられるっていう感じで、
3、4年かけてちょっとずつお互いに学びながら、僕もめっちゃ学ぶし、多分彼女も僕との付き合い方というか扱い方を少しずつ学びながらっていうのが、1年だけだと解決しなかった、2年でも解決しなかったし、3年経っていくとだんだんお互いに分かってきたし、
でもまだまだうまくいかないこともあって、それが4年、5年、6年、7年ってなっていくうちに、振り返ってみるとこんな感じが一番ちょうどいいんだろうなっていうことに気づくみたいな、そういうのの繰り返しだった。多分これくらいが一番長いバージョンなんじゃないかな。7、8年経ってやっとみたいなこと言ってるけど、そんなに聞いたことないんで。
いやそうですよね。その間、何だろう、奥さんが待ってくれるっていうのも結構珍しいなと思って。
お互いの気持ちは寂しかったんだよねとか、もしくはそれにプラスで、自分はこういう気持ちでやってたんだとか、仕事をやってて、家庭に対してはパワークラスがあったりとか、お互いの気持ちが寂しかったんだとか、
素直な気持ちを、多分奥さんも同じように素直な気持ちを言ってたのかなって思うんですけど、この対話をうまくやるコツみたいなのってあったんですか、お二人の中で。
そうですね、これは多分二つあるかなと思っていて、かつ多分そのポイントがおそらく振り返ると一番大事なポイントだと思いますね。
なんというか、素直に自分の悲しかったこと。だいたい夫婦における怒りって、その元には悲しみがあると思うんですよね。悲しみというか悲しさがあると思っていて、
何が傷ついたかとか悲しかったかっていうのをやっぱりその場に出せる。それは相手を攻めたりとか攻撃してるのまでいっちゃいがちなんだけど、別に本当はそれって実はサブのもので、本当の根本は一番悲しさとか傷つきだと思うんですけれども、
それをシェアできる場があったっていうのが一番大事だというのはまさにおっしゃる通りだなとまず思っています。それをどんな形で、でも本当それを繰り返し何回も何回もやってきたなっていう感覚があって、それをちょっと振り返ってみると二つあるんですけれども、
一つはやっぱりその時、その悲しいと思った時とか傷ついた時に、やっぱりそれはなんだろうな、そういう正直にお互いが話をする場をやっぱり都度設けてたっていうのが一番大きいと思いますね。
それは我が家の場合は意識的に場を設けましょうというよりかは、やっぱりそういう時ってどうしてもギクシャクするじゃないですか。
僕からしたら嫌なんですよ。絶対怒られるからっていうか。とか自分の一番未熟な部分をえぐられるじゃないですか。
えぐられますね。見たくない自分を。
わがままな部分とか、あともっと言うと自己中心的な部分ですね。
うんうんうん。めっちゃわかります。
それを言われるのって僕すごく嫌なんですよ。
わかります。めちゃくちゃわかります。
自分の自己中心的なところを指摘されるって一番なんていうか、そこだけは言われたくない領域な気がしてるんですけれども。
でもそれはやっぱり夫婦の中でギクシャクしてる方が嫌だし、それはお互いに。
で、僕も僕が感じたことを言うしっていうところではあるんだけれども、
それをやっぱり柔らかい場として、相手に対して言うというか、こうだったんだよねっていうのをテーブルに出しちゃうくらいでも十分だと思うんですけれども。
相手を責めるんじゃなくてっていうニュアンスですかね、テーブルに出すっていうのは。
そうです、そうです、そうです。
だからよく言いますけど、相手に対して言う必要すら多分なくて、
どっちかっていうと、自分はこう思ったっていう、いわゆるよく言うアイメッセージみたいな感じですかね。
私はこうだったんだとか、私はこう思ったんだっていうことを言う。
あなたはこうなってとか、それももちろん出ますけど、っていうのを言われる側はすごく嫌だけど、
何回かそういう経験をすると、そうやって嫌なんだけど、ちゃんと一回向き合う。
それは自分自身ともそうだし、相手とも向き合って、さっき言ったような対話の場をちゃんとそれを経験すると、
より二人の関係がもう一回強くなるみたいな経験でもあるんですよね、それって。
言われて嫌だなっていうだけじゃなくて。
繰り返していくと関係が強くなっていく。
そう、というか言われて、そうだなって反省して、今度こうしたいねっていうふうになっていくと、
よりもっと夫婦として、パートナーとして強くというか、良い関係になれるなっていうのも、
それも実体験としてあったりしたので、そういう場を設けてたっていうのが、ごめんなさい、これが一つですね。
もう一個は何かというと、今はもうそれほどそこまで必要なくなってきたから定期的にはやってないんですけども、
まさに東京にいてすごく忙しい中でも、でも今言ったような対話をするっていう時は、
3ヶ月に1回くらい、そういう夫婦で話す場みたいなのを、ちょっと良いランチを食べながらみたいな場をわざと作ってましたね。
子供を預けたり、平日とかに。
それは3ヶ月に1回くらい、ちょっと美味しいものを食べながら、気持ちとしてもね、美味しいものを食べながら、
普段はそんなに話さないようなこと。
僕は例えば、自分の場合だったら将来こういうことをもっとやっていきたいんだよねとか、
妻も妻でこういう活動をしたいんだよねとかっていうプラスの方も全然話していいし、
マイナスっていうか相手に対してもっとこうしてほしいみたいなものを、
普段だとやっぱりなかなかね、一日朝が始まって、夜子供寝かしつけてっていうところまで、
そういう話ってする機会ないじゃないですか。
なのでそういう会社とかと同じかもしれないけど、
3ヶ月に1回くらいランチで2人だけの時間を、例えば2時間とか3時間とか取って、
そういうプラスの方もちょっとマイナスの方もお互い場に出すみたいなことを、
本当に資本主義の中で生きてるときは定期的に強制的に置いてましたね、3ヶ月に1回くらい。
なるほど。さっき一つ目でおっしゃってた、
自己中心的な自分を直視するような、それだけは言われたくなかったっていうのは、
自分自身もそういう面があるなっていうのは何となく気づいていたから、
言われたくなかったってことなんですか?
そうですね。それはもう何回も言われるので気づきますよね。
だからシンプルに言ったら家族とか子どものことよりも、
自分の仕事のところとか自分の都合を優先させて、
スケジュール組んだりとか行動したりとか発言したりしちゃうみたいなところですね。
本当に端的にそこだと思うんですけども。
これ悩んでる人めちゃくちゃ多いと思うんですよ。
自己中心的な自分から家族をケアできるようになっていく。
どうやってアジャストしていったんですか?そのマインドって。
もちろん奥さんがたびたび言ってくれたっていうのはあると思うんですけど、
ちょいちょい言ってくれて、
僕の中ってことですよね。
そう、佐賀さんの中でどうやってそれが変容していったのかなと思って。
はいはいはい。
多分それは、どうやってっていう方法論の前に、
おそらく人間観というか、
ものの見方があるかもな。
自分に対するものの見方があるかもなと思ったんですけれども、
今聞かれて。
何かというと、
これはマインドセットですね。
マインドセットとして、
大前提、やっぱり自分はいろんな経験によって、
転ぶこともあって痛い思いをすることもあるけれども、
何かそれによって、
もっともっと良くなっていく存在であるっていう感覚が自分の中にあるんですよね。
いろんなことを経験する中で、
自分はもっと成長できるというか、
より良くなっていくみたいな自信がある。
そうですそうですそうです。
自信っていうか、
そういうものであるっていうふうに思ってるってことだと思うんです。
そういうふうに捉えてるってことだと思っていて。
なるほど。
だから、例えばそうやって耳が痛いこと言われるんだけれども、
でもそれも一つの経験だと思うんですよね。
経験なので、その経験によって、
それをちゃんと飲み込んで吸収して、
味わって咀嚼して、
体中にその経験を生き渡せることができれば、
生き渡すことができれば、
それによってもっと自分は、
より良い自分になれるだろうし、
家族とか子供との関係性もより良くなれるだろうなっていうふうに
思ってるっていうのが多分ありますかね。
なるほど。マインドセットとしてそれがある。
固定的に思ってない。
そうそうそうそう。
なるほど。
だから、逆に言うと固定化された自分だと、
自分が固定化されたものであるって思ってしまっていると、
なんかこう批判されたり責められたら、
もう自分がどうしようもないから、
それはただ悲しいとかただ怒るっていう風になっちゃうと思うんですけど、
なるほどなるほど。確かにそうですね。
ある意味ではそれは材料なので、そうそうそう。
自分がより良くなるための材料っていう捉え方をしてたんですね。
そのマインドセットだけで変わっていったんですか?
気持ちって。
自分のものの捉え方とか考え方とか認知の仕方の変化じゃないですか。
自己中心的な自分から他者への啓発っていうのは。
あとはさっき、
例えば僕の子供とか家族に対する在り方に対して、
妻からフィードバックがあったときに対話をしたっていう話をしましたけれども、
多分大事な点はそれ以外のこと。
だから別に僕の自己中心性じゃないこと。
例えばですけど、
今このままこの東京の家に住み続けた方がいいのか、
移住した方がいいのかとか。
もしくは、
うちの場合は長女が生まれてから何年か後に
障害があるってことが分かったりしたので、
じゃあこの子供の障害っていうものをどう2人で向き合っていくかみたいな話とか。
僕のマイナスの面じゃないところでも、
ある意味ではさっき言ったような率直に思ってることを話すみたいなことを
やってたのは結構大きいかもしれない。
それが本当に大きなマイナスがあって、
さあ初めて対話しましょうって結構難しいじゃないですか、2人とも。
だけど2人の大事なことに関しては、
会議ですらなくて、
お互いこう思ってるってことをシェアする場としての対話みたいなものをしてたっていう。
そのうちの1つがさっき言ったような、
僕の子の行動に関することだったっていう感じですかね。
それも大事だったかもしれない、1つ1つ。
マイナス面だけじゃなくて、
プラス面とかについてもちゃんとお互いにシェアし合って認識し合って受け止め合っていて、
分かってお互いに分かり合ってた。
そうですね、それが大きかったんじゃないかな。
それってやっぱり信頼だと思うんですよね、ちゃんと。
対話とか正直な気持ちを話しましょうっていうのって結構意外と難しいと思うんですよ。
本当に正直な気持ちを出すって怖いことだし、
相手が拒絶されるかもしれないし、怒り出すかもしれないと思うんですけども。
でも、そういう関係が揺らいだりとか、
関係に亀裂が入った時にいきなりしましょうではなくて、
それ以外のテーマでやってると、
ちゃんとこの二人の間では本当の気持ちを言っても、
いきなりもう頭こなしに怒られたりとか否定されたりとか、
罵倒されたりすることはないんだなっていうことが分かる。
分かったりとか。
あとは、自分が言ったら相手も言ってくれるんだなみたいなことが、
だんだんと分かっていくと思うんですよね。
そうやって信頼の積み重ねだと思っていて、
それがあるからこそそういう時にも、
喋れるっていうのはあったかもしれないですね。
信長さん自身が自己中心的な悪魔みたいなものだったっていうわけじゃなくて、
家族のために行動している部分もいっぱいあって、
奥さんはそれをちゃんと見ててくれて、
信長さん自身もそれをちゃんと気持ちを伝えて、
相手も分かってくれてっていう、
無数のやり取りが積み重なっていったっていう感じなんですかね。
そう思います。
やっぱりそれってさっきの第一史が生まれてから、
じゃあ本当にこうだっていう感じになるまで7年っていうのは、
それは全く何もなかったわけでは全然なくて、
やっぱり日々の正直な気持ちをシェアするという意味での対話が、
それは別に僕が怒られてたっていうだけではなくて、
それが1週間に1回とか1ヶ月に1回とかされてると、
そうやって信頼が積み重なっていくわけですよね。
積み重ねていくっていう。
それが大事だったのかもしれないですね。
振り返るとですけども。
積み重ねですよね。
お互いの素直な怒りっていう表層的なものじゃなくて、
その奥にある悲しさとか寂しさとか恥ずかしさとか罪悪感とか、
そういったものをちゃんとシェアして、
相手からもそれを出してもらって受け止めあってっていうのを、
本当に繰り返してきたんだなっていう話聞いてて感じましたね。
そうですね。それですね。
それがあれば、やっぱり1回ミスってもそれはね、
その信頼の上のミスと信頼がないときのミスって全然違う。
クッション材があるかないかで、物が割れるかどうかって違うと思っていて、
そこかもしれないなって今ご質問いただいて思いましたね。
なるほど。
最後にちょっと1つお聞きしたいんですけど、
信長さん自身は人文字の仕事にするっていうことで今独立されて、
自分の叶えたいことのために仕事をされている。
奥さんもご自身のやりたいことのために今動かれていて、
のつはるみんなの家作りってあってますかね。
はい、あってます。
新たな拠点を作られたり、NPO法人を作られたりとか、いろんな活動をされている。
お二人とも自分の夢や叶えたいことのために動かれている。
どうやってそれってうまくご夫婦で両立されているんですか。
夫婦二人ともがそういうのをうまくやっているコツって何なのかなと思って。
そうですね、これはすごい。
本当にたぶんうちの夫婦はそれぞれ好きなことをやっていると思うんですよ。
すごいですよね。
本当にやっていて、
それは一つ共通しているんじゃないかなって思うのは、
もちろん妻もそうですし、僕も子供は結構好きなんですよね。
普通に好きっていうか、普通に可愛いなって思うっていうか、それは大前提としてあるし、
すごい二人とも子供好きなんですけど、
でも家庭が良くなるためには子供を最優先で考えすぎないのもすごい大事だなと思っていて、
たぶんこれは僕、妻とも共有している価値観かなと思っていて、
やっぱりこの夫婦がちゃんと好きなことをするとか、
自分が幸せなと思う人生を進んでいくっていうことは、
たぶんこっちが先に大事だと思っていて、
彼女もたぶん思っているし、だから僕らも自分を犠牲にしないってことですよね。
だからさっきの大石が生まれて、子供のためが良いんだと思ったから、
自分が本当にやりたいことを犠牲にして、子供のため、子供のため、子供のためって思って、
僕はめちゃめちゃ子供との時間を増やしまくりました。
でも僕は心の中ですごく自分を犠牲にしたりとか、やりたいことを諦めてやってますってなったら、
それってトータルとして全然幸せじゃないと僕は思うんですね。家庭としては。
それは妻も望んでいない、全く望んでいない姿だと思うし、逆もしっかりですよね。
僕も自分がやりたいことがあるからって言って、妻が自分のいろいろ活動したいことを全部諦めて、
じゃあ家を支えます、子供だけに集中します、夫を支えます、だったら、
妻も幸せじゃないし、そうすると僕も幸せじゃないと思うんですよ。
確かにそうですよね。
今回は子供がいるっていうところに限って話になっちゃうけれども、
まずは自分自身それぞれが最高にやりたいことに進んでいける方がいいし、そっちが先だっていうこと。
それは自分のやりたいこともすごく大事だし、相手のやりたいこともすごく大事だから、
お互い超臨機応変にお互いのやりたいことを叶えられる方に融通しまくるみたいな。
時間もそうだし。
調整がすごいやられてるんですね。
そうそう、めっちゃ調整する。
例えば今日は朝、昨日は長女を妻がしばらくリハビリのための施設に送って、
僕が三男を保育園に送り、二男を今年入学なんですけども春休みなので学童に送り、
三男保育園、二男を学童、そして長男をその後30分くらい車でかけてフリースクールに送りみたいな。
お互い調整して調整してやるみたいな。
でもそれってちゃんとお互いに分かってれば大変じゃないっていうか、
それで預けた時間で僕らそれぞれ、彼女は彼女でやるべきことをやるし、僕は僕でやりたいことをやるっていう。
だから犠牲にしてなければ全然苦じゃないんですよね、自分を。
そっか、ちゃんとそれぞれがやりたいことをやってるんですね。
自分は無理してない、自分は犠牲にしてないからやってきるんですね、家族も仕事も自分の夢も。
そうそうそう、犠牲にしない、自分を絶対犠牲にしないし、やっぱり夫婦トータルでの幸福度が結構大事だと思っていて、
スースクールめっちゃ思いますね。
もちろん自分の幸福度もめっちゃ大事、やりたいことがあるっていうのも大事だけども、
自分が100で例えば妻の幸福度が10だったらトータル110じゃないですか。
それって結構全然自分としても幸せじゃないと思っていて、
100でどうやったら200になるかっていうことを考え続けるって感じ。
分かりました、分かりました。
お互いの幸福のバランスがトータルでうまくバランス取れてるかっていうことなんですよね、自分だけに偏ってないかみたいな。
バランスというよりかは、2人の幸福の総量が最大になるようにベストな組み合わせを調整するっていう感じ。
だから調整ですよね。
なるほど、なるほど。
究極そこができてれば、子供の幸せは自然に乗ってくる気がしてて、2人がそうやっていい人生を送れていれば。
心に余裕が生まれますよね。
そんな感じがしてます。
そうそうそう、そうなんです。
ケアされ、余裕が生まれそう。
そうです、そうです。
なるほど、変わりました。
ありがとうございます。
その最後にお聞きできたことが、僕にとってもすごい参考になったので、
早速今日から夫婦の幸福総量をちょっとモニタリングしていきます。
ありがとうございます。
でもすごいそれが一番大事な気がするな。
だから子供の幸福度でもないし、自分の幸福量でもなくて、
夫婦の幸福総量を考える、それが最大になるように各種調整すると、
勝手に子供の幸せとか家庭の幸せとか、何なら自分の幸せも自然についてくるっていう感覚がありますね。
なるほど、調整し続けることがすごく大事ですね。
お互いに、お互いのことを考えながら、夫婦がお互いに考えながら調整し続けるっていう、
辞めない、諦めないっていうのがすごい大事そうですね。
そうそうそう。
僕多分ね、自分の本の最後にも、人生とは調整のプロセスであるみたいなことを書いた記憶があって、
確かそんな一文があった気がしてて、すごい僕調整だと思います、人生って。
特に家庭がある場合はね。
確かにそうですね。
わかりました。
ありがとうございます。
これきっと夫婦関係の悩む方の参考にもきっとなると思いますし、
あとご調査ですよね。
はい。
生物主義と生きていく、概要欄の一番上にリンク貼ってありますので、ぜひお読みになってください。
しながわさん、今日はありがとうございました。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございました。
ありがとうございました。