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2023-07-03 46:16

#496 夫婦の心を成熟させる「自己分化度」とは?

夫婦がお互いに素直な気持ちを受け止め合うために必要なもの。


その一つが高い「自己分化度」と言われています。


自己分化度とは何か?


夫婦関係とどう関係しているのか?


自己分化度を高めるとどうなるのか?


どうやって高めるのか?


詳しくお話しします。


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サマリー

夫婦の心を成熟させるための自己分化度についてお話しします。高い自己分化度を持つ人は、相手の気持ちを受け止めることができ、自分の思いを表現し、コミュニケーションが容易になります。夫が能理的な話をしたがっている時には、自己分解度を高めて能理的な提案をする必要があります。関係性と個別性の葛藤により夫婦問題が起こることがあります。自尊心の問題と自己分化度の関連も重要です。夫婦関係の研究では、自己文化度が高い人同士の結婚と自己文化度が低い者同士の結婚の2つのパターンに大別されます。夫婦関係の問題は、両者の自己文化度が低い状態になっている場合に起こりやすいです。自己文化度の高い人間は感情的にも論理的にも自由に振る舞うことができるため、成熟することができます。番組を続けるモチベーションと、夫婦関係の研究のサポートを募集しています。

自己分化度の概念
夫婦関係を考えるということは、より素敵な人間になるためのステップなんじゃないのかなって思うときがあるんです。
二人の関係性を見つめ、自分自身を見直す、痛みを伴う時もあるけれど、その苦しみを乗り越えた先には、今とは違う自分がいるんじゃないのかなって、そんな気がするんです。
アツの夫婦関係学ラジオ、このラジオでは、夫婦関係をより良くしたい、そんな方のために、関係改善のヒントをお送りしています。
今回は、夫婦の心を成熟させる自己分化度についてお話ししようと思います。
えー、なんか難しいって思うかもしれないんですけど、これすごい簡単な話なんですよ。本当はすごい簡単な話なので、わかりやすく話をしていきます。
自己分化度については、以前も確か取り上げた時があると思うんですけど、今回は、その時と今の僕の間では、いろんな経験したことが違かったりとか、いろんな方のお話を聞いたりとかしてて、僕もいろいろ思うことがあるので、今の僕が思う自己分化度についてお話をしていこうと思います。
今回の放送を聞いていただけると、夫婦がお互いに分かり合えない。なんであなたそうなの?なんでお前そうなんだ?っていう時ってあるじゃないですか。これが、より相手に対して近寄りやすくなったり、自分が相手の気持ちを受け止めやすくなったりとかしやすくなるんじゃないのかなって思っています。自己分化度の理解を通して。
まず、この自己分化度って何なのかというと、家族療法家・ボーン園さんという方がいらっしゃって、よく心理学系の本とかに出てくる方なんですけど、この方が提唱した概念なんですね。自己分化というのが。まず、自己分化って言葉だけでわかりづらいなと思いますよね。何を言ってるんだろうって思うと思うんですけど、すごい単純で、人って感情的になりやすかったり、あと論理的になりやすかったり、
人によってバラバラじゃないですか。なんかすごい理屈ばっかりこねてるこの人っていう人もいれば、なんかこの人いつも怒ってばっかりいるとか、なんか気持ちばっかり間に入れて何言いたいか全然わかんないっていう人もいると思うんですよ。こういった人それぞれみんな違うじゃないですか。
で、これが感情的な機能と知性的な機能に人って分かれていくんですよね。それを文化って呼ぶんですけど、これが分かれていってるんですよ。分かれていってすごい感情的な方がすごい尖ってる人もいれば、知性的な論理的な方がすごい尖ってる人もいると思えば、どっちも上手い具合にバランスをとってて、この人感情的な話もできるし、
知性的な話もできるんだな。論理的にも慣れるし、人の気持ちに思いやることができる。すごい人だなっていう人もたまにいるじゃないですか。こういうたまにいるすごい人のことを自己分化度が高いって言うんですよ。感情的な方向にも伸びているし、知性的な方向にも伸びている。両方とも伸びている。この状態が自己分化度が高いって呼ぶんですね。
逆に自己分化度が低いっていうのはどういうことなのかというと、どっちかに寄りすぎてるってことなんですね。すごい、なんで私のことわかんないのとか、なんで俺のことわかんないんだ、なんで俺の気持ちわかってくれないんだとか、なんで私の気持ちわかってくれないんだっていうふうに、すごい感情ばっかりになってしまう。
あとはその感情にすごい振り回されて、論的な話し合いができない。だって嫌なんだもんとかね、よくあるじゃないですか。だって嫌なんだもんっていうのは結構、僕昔聞いたことあって、なんて言ったらいいかわかんなくなるんですよね。だって嫌なんだもんって言われたらどうにも言えないなと思っちゃうんだけど、こういうふうにすごい感情的に寄りすぎてる人もいれば、なんか理屈ばっかり言ってる。
なんか、いやそれ正しいのはわかるんだけど、理屈的に正しいのはわかるんだけど、だけど人の気持ちに配慮しないと物事って進まないよねって言いたくなる人もいるじゃないですか。
これが自己分割度が低い状態。分かれてないってことなんですよ。知性と感情が、両方の機能がそれぞれ枝を伸ばしていってない。どっちかしか伸びてない。なんかすげえ右の枝しか伸びてないとかね、すごい左の枝しか伸びてないみたいな状態が感情的になりすぎていたり、知性的になりすぎていたりする。これが自己分割度が低いって呼ぶんですね。
こうやって言うとすごいわかりやすいじゃないですか。自己分割度っていうのは知性と感情のバランスのことを指してるんですね。それがどっちもこううまい具合に、いい販売でどっちを持ってるっていうのが自己分割度が高いっていうふうに言うんですよ。
これが自己分割度が低いと感情的になったり知性的になりすぎたりして、どっちかしか使えない状態。
こうなると自分の思った通りにことが進まないじゃないですか。みんな自分と同じような人ばっかりじゃないわけなので、感情的な方向に配慮しないと話を聞いてくれなかったり、理解してもらえなかったりする人もいる。
かといえば、能理的な話をしないと、物事を順序立ててわかりやすく、能理的な話をしないと全然わかってくれないって人いますよね。全然伝わらないって人もいると思うんですよ。
それがそういう状態のどっちかしか偏ってない人っていうのは、ストレスとか不安に弱くて、不適切な言動をしがちだというふうに言われています。
これ冒頭で言い忘れたんですけど、今回も夫婦カップルのためのアサーションという本をもとに話をしています。すごい良い本なのでおすすめです。
話を戻しまして、自己文化度というのはそういうふうなものなんですよね。2つに分かれている感情と知性の機能、それぞれがうまい具合に綺麗にスパーンと枝分かれしている状態が自己文化度が高いと言われていて、そういう人は話し合いがしやすかったり、相手の気持ちを配慮するのが上手だったり、自分の思いを素直に表現できたり、
時には脳裏的に、時には感情的に、時にはそれぞれおりますながら上手に自分の気持ちを伝え、相手の気持ちを受け止め、そして自分たちの答えを作ることがとても上手な人、それが自己文化度が高いと僕は思っているんですね。
その状態が理想なんだけど、誰も彼もがそうじゃないじゃないですか。僕だってそうなんですよ。もうこんなこと言ってますけど、僕だってどっちかに寄り過ぎちゃう時があるんですよね。
昔の僕は、脳裏的すぎて人の気持ちをちゃんとわからなかったりした時もあったし、かと思えば感情に寄り過ぎてて、脳裏的な説明が下手くそだったりとかした時もあったんですね。
復野で働いている時は感情的な機能ばかりすっごい飛んがっていたので、感情、人の気持ちを配慮しながら動くということがメインの商売だったんですよね。
だけどその後に商社に就職して転職してからは、知性的な機能がないと全然仕事にならなかったので、無理やりそっちを伸ばしていったんですよね。
結局僕はそっちがそこまで得意じゃなかったので、その会社はクビになってしまったんですけど、その後は自分にそれが足りないということを暴かしていたので、
知性的な機能、脳裏的な話し方とか知性的な機能を伸ばすためにそっちの枝を全部伸ばしていったんですよ。
伸ばしていっている最中に妻と出会ってという話になるんですけど、ここは話が長くなるので一回止めます。
みんなそれぞれ違うと思うんですよ。知性的な機能、感情的な機能、みんなそれぞれバラバラで、今はこっちが伸びているけど、昔はこっちが伸びていたという人もいると思うんですね。
これは自分の中で自己分化度のメモリーを意識して、今俺感情的な機能に寄りすぎているなとか、理性的な機能に寄りすぎているなと思ったらメモリーをクルクルクルって回して、ちょうどいい真ん中のところに合わせるように意識すると相手とのコミュニケーションがすごい楽になるんですよね。
そうは言っても実際やってみると難しいということもあると思うんですよ。
感情と論理のすれ違い
本書の中ではこの自己分化度について3つの問題が起こると書いています。3つの問題。何かというと感情と論理のすれ違い、2つ目は関係性と個別の葛藤、3つ目はディソンシーの問題と言われています。
これね、夫婦関係悩んでいる方の話を聞いていると、本当によく出てくる話なんですよ。これあれだなって思ったケースがいくつもあったんですよね。
僕自身を振り返っても、あの時のこれあれだなって思うのがすごいたくさんあったんで、多分思い当たる方も多いと思います。今回の話は。
まず感情と論理のすれ違い、なんだろうというと、自分がすごい知性的な機能が強すぎて、パートナーが感情的な機能が強すぎたりするとすれ違いますよね。
なんでその論理的な話ができないんだとか、なんであなたは人の話が、人の気持ちが理解できないんだというふうにすれ違うじゃないですか。
こういうことってよく起こりますよね。こういう時って、なんであなたはそうなんだ、なんであなたは○○なんだって言うじゃないですか。
そこの言葉の裏に隠されているのって、そうじゃなくて、私みたいになればいいのにっていう感情が隠されていることが多いと思うんですよ。
実際、いろんな方とお話をしていて出てくる言葉の一つが、自分みたいになればいいのにというニュアンスのことをすごい言いたそうにする人とか、言ってる人とかもいるんですけど、っていうケースが結構多いんですよ。
なんでそうなんだ、こうすればいいじゃん、そうそう、こうすればいいじゃんっていう話がすごく多いんですよ。
確かにその人の中では、こうすればうまくいくと思ってるんです。こうすればっていうのは、自分のようになればいいじゃんってことなんですよ。
あなたが私と同じようになれば、すべての問題を解決するのに、なぜあなたはそうなんだ、あなたが私と同じように人の気持ちに理解ができるようになればすべて解決するのに、
あなたが私と同じように脳裏的に物事を考えられるようになればすべては解決するのに、って多くの人が思うんですよね。
だけどそうならないじゃないですか。そうならなかった時に多くの人はこう言うんですよ。人を変えることはできないって、だけどそうじゃないと思うんですよ。
これって自分と同じようにならないって言ってるんですよ。相手が変わらない、人は変わらないんだよねっていう。
その言葉の真意って、私と同じようにならないんだよね、俺と同じようにならないんだよね、あの人はっていうのが、裏に隠されてる時もあるんじゃないのかなって思うんですよ。
だけど、相手が自分と全く同じにならないじゃないですか。別な人間ですからね。別な人間だし、それぞれ違った文化具合をしているので、全く同じようにならないんですよ。
どっちが正しいっていうことはないんですよね。その答えは存在しなくて、感情も論理もどっちも大切なものじゃないですか。
どっちか欠けたら、どっちか欠けたらやっていけないですよね。人の気持ち配慮するっていうことができなくなったらダメだし、
自己分化度の問題
論理的に物事は解決できないとなっちゃうと、家庭の中で起こる物事のハプニングに対して対処できなくなりますよね。
だからどっちも大切なんですよ。そのバランスが大事なんですよね。お互いに相手に近づいていく必要があるっていうことなんです。
これが感情と論理のすれ違いで、本当によく起こっている問題ですよね。
思い返すとね、僕もあるんですよね。
昔、子供がまだ小さい時とかは、僕は知性的な機能の方が分化しすぎてて、論理的に物事を考えすぎちゃう。
妻が何か言いたそうにしている時、分かるんですよ。何か言いたそうにするんですよ。
で、ポツポツと話し出すんですよ。そこに対して僕はすぐに、こうすればいいじゃん、ああすればいいじゃん、
あの人にこうやって言えばいいじゃん、やめればいいじゃん、こっちにすればいいじゃんってすぐに言っちゃってたんですよ。
今でも気をつけないと出てくるんですけど、その知性的な機能に分化しすぎてて、頭がどうしてもそっちにスイッチがピーンと入っちゃうんですよね。
すると、ああすればいい、こうすればいい、なぜそうしないんだっていうふうに言いがちなんですよ。
今でもあるんですよ。すごい気をつけてて、そのスイッチが入りそうになった時は、自分の心の中のメモリをクルクルって回していくんですよ。
僕の自己分化度っていうメモリをクルクルって回していって、感情的な機能の方に寄せるようにするんですよね、メモリをこう回して。
5メモリぐらい今日は回すかな、みたいな感じでメモリを回していくんですよ。
すると、ああそうだ、今は感情的な機能を使わないと思って、ああそうなんだね、それは大変だね、それはつらいわっていうふうに言うんですよ。
でも知性的な機能に寄っている僕の中の一部の人間は、そんなこと言っても何も解決しないじゃんって言ってたりするんですよ。
言ってたりするんだけど、今はその時じゃないんですよね。解決する時じゃないから、感情的な機能を使う時だからそういった言葉を使うんだ、自分に言い聞かせながらメモリをクルクルよく回すんです。
これ意識できるようになるとだいぶ夫婦間のコミュニケーションでしやすくなると思うんですよね。たぶん女性も同じだと思うんですよね。
夫婦の感情的な提案
感情的な話に寄り過ぎている時に夫が何か能理的な話をしたがっている時に、そんなの嫌とか、だってそうは言ってもどうにもならないじゃんとか結構言いたくなると思うんですけど、
自分の気持ちをちゃんと伝えた上で、今はじゃあ能理的な話もした方がいいなと思ったら、自分の中のメモリをクルクルと回していって、
知性的な機能のメモリを回していって、自己分解度を高めていって、じゃあこういうのはどうだろう、ああするのはどうだろうというふうに提案をしていくとかね。
といった作業がたぶん必要になってくるんだろうなって思います。僕自身も振り返って、あといろんな方の話を聞いていてもそう感じることが多いです。
2つ目は関係性と個別性の葛藤というふうに言われています。これ分かりにくい、難しいなと思うかもしれないんですけど、すごい単純な話で、
もっと一緒にいたいって思う人もいますよね、夫婦でね。もっと一緒にいたいのに、なんでそんなあなたはいない、いつもいないのとか、
もっと一緒に、君と一緒にもっと一緒にいたいのに、なんでそんな離れていくのとか、もっと一緒にいたいのとかって思う人もいれば、
いやちょっと俺一人になりたいんだよねとか、私はちょっと一人になりたいんだよね、一人でちょっとやりたい人なんだよね、
一緒についてきてほしくないんだよね、みたいなふうになる人もいるし、そのレベルがレベル5とか、レベルが関係、もっと一緒にいたいっていうのが
0で、個別、例えば、もっと一緒にいたいっていうのは関係性なんですけど、その関係性のレベルが0から10あったら8の人もいれば、
個別性のレベルが0から10あったら3の人とか、いろんなパターンあると思うんですよ。
これが、夫婦で食い違っていると葛藤が起こりますよね。もっと一緒にいたいんだけど、
なんでそんな一人でどっか行っちゃうの?とか、その休みの日は二人で一緒に遊びに行きたいなとか、
だけどパートナーが、妻とか夫が誰かと一緒にどっか遊びに行ってしまったりとか、
何か習い事言ったりとかしちゃう、それが良いとか悪いとかじゃなくて、そういうふうに関係性と個別性っていうのがみんな人それぞれ違って持ってるってことなんですよね。
人によって異なるんですよ。だからこそ葛藤が起こる。だからこそ夫婦の問題が起こるってことなんです。
この関係性が強い人の話をもう一回していくと、もっと一緒にいたいって思う。
こういう人は、夫と妻、自分と妻、自分と夫、これを2個一致のセットで考えやすい人だと思うんですよね。
ワングループみたいな感じ。ワングループで考えるのは全然悪くないし、僕もその方なんですけど、
だけどそれが強すぎると相手を束縛したりとか、相手らしさを尊重せずに、自分たちっていう一つのグループの中に溶け込ませて、自分と相手が一緒に溶け込んでるみたいなふうに捉えがちだったりするわけですよ。
自分とパートナーを分けて考えるのが苦手だったりするんですよね。
同じように感じてるはずだよね。私とあなた、同じことを考えてるよね。同じことを感じてるよねって思いがちだったりするわけですね。
だけど実際はそうじゃないじゃないですか。
次に個別性の方を見ていくと、個別性が強い人っていうのは一人でいたい。
だって私、独立した一人の人間ですから、夫婦とはいえ別な人間ですよ。
夫婦も所詮は他人ってよく言うじゃないですか。よく言うかわかんないけど、そういうことを言う人いますよね。
夫婦といえども所詮は他人。
これって二人が分かり合えないことへの言い訳として使われるケースがあって、僕はすごいそういう時にもやめはするんですよ。
もっと心理的に近寄ることができるはずなのに、その努力を放棄して、
所詮そんなの無理よって。
所詮他人なんだからできるわけないじゃない。できるわけないだろうっていうふうに切り分けてしまうっていうのがすごくもったいないなと思ってて。
こういった個別性が強い人っていうのは、
私たちというグループ、そのワンチームで自分たち夫婦を捉えることができないケースが多いんですね。
関係性と個別性の葛藤
世代経営ノートを販売されている株式会社ロディスター代表、永浩さんご夫婦のインタビューを何度かさせていただいたんですけど、
あの人たちはですね、私たちって言葉をよく使うんですよ。私たちはこう考えています。私たちはこうしてますとか、
私たちとしての答えを作るってよくおっしゃるんですね。
何度も何度もおっしゃってるんですよ。それって、私とあなたはもちろん違う人間ですよね。独立した人間ですよね。
あなたとあなたの妻は別の人間。あなたとあなたの夫はもちろん違う人間です。
違うことを感じているし、違うことを考えている。だけど、その2人が夫婦となっているならば、
自分たち、私たちっていう枠組みの中でどうすればいいのかってことを考えていく。
自分はこうしたい。あなたはこうしたい。私はこうしたい。いろんな考えが2人の中で、考えがもちろん違うと思うんですよ。
だけどそれをお互いに伝え合って、共有し合って、私たちとしてどうすべきかってことを考えていくっていうことがすごく大事だと僕は思っていて、
それが難しい人になっちゃうんですよ。難しいタイプなんですよ。個別性が強すぎる人っていうのはね。
これもバランスなんですよ。関係性と個別性のメモリーがあるとしたら、くるくるくるくる回して、ちょうどいいとこにくるように調整していく。
するとコミュニケーションがすごくしやすくなるんですね。そのちょうどいいとこにある状態が自己分化度が高いっていうんですよね。
感情と知性の枝葉がどっちも上手い具合に伸びている状態。
言い換えるならば、関係性と個別性の枝がちょうどいい感じで伸びている。
相手のことも自分のことも独立した個人として大事にしながら、自分たちフークってユニットのこともユニットとして自分たちを捉えるっていうこと。
この2つを両方とも大切にするってことですね。
自尊心の問題と自己分化度
3つ目がですね、その前にこの2つ目の話で思い出したんですけど、
子供が生まれる前の話なんですけど、僕はキャリアですごい悩んでた時があったんですよ。
あれはもう今には潰れそうな会社で働いてた時の話なんですけど、
その時はそのままそこの会社で働き続けたら、もう明らかに先が見えてたんですよ。
そこにいる自分の10歳、20歳の先輩社員が見ていて、俺ああなるのか。ここにずっといたらああなるのかと思ったんですよ。
嫌だって思ったんですよ。ああはなりたくないと思って、そこから抜け出すためにどうしたらいいんだろうってすごい色々考えてて、
グロービーしてビジネススクールに通うことにしたんですよね。単科生として入ったんですけど、毎週土曜日に授業があったんですよ。
結婚してたので土曜日は妻と一緒にいられる日だったんですけど、毎週土曜日だけは朝からずっと勉強してて、夜も懇親会とか参加して、
夜9時、10時とか、もっと遅いな、多分11時くらいかな、10時、11時に帰ってきたんですよね。
近くの美術ホテルに泊まったこともあったんですけど、その当時妻はあんまりその時は文句は言わなかったんですけど、何年か経ってから、あの時はすごく寂しかったって言ってたんですよ。
当時の僕は個別性がすごく強かったんですよね。
自分と妻は別々は人間で、それぞれが自分にとっての幸せを追求すべきだって僕は考えていたんですよ。
僕は僕の幸せを追求し、妻は妻の幸せを追求するっていう考え方が強くて、私たちっていうユニットとしての考えは僕の中ではすごく弱いものだったんですね。
その後、子供が生まれて、どんどんいろんなことが変わっていく中で、僕の中で関係性へのメモリーがどんどん増えていったんですよね。関係性にどんどん偏っていった。
偏りすぎてるわけじゃないですけど、今はたぶんちょうどいいとこに来てるのかなって思ったりもするんですけど、ここも自分たちがどうしたのかってことを
たびたび話し合っていくのが大事なんだと思うんですよね。その時々で自分がどうしたいかって変わるじゃないですか。
これ前回の放送のカジシア研究科のNPO法人タタイマン代表のミキトモアリさんのインタビューの中でもおっしゃってたんですけど、
自分が今抱えている不安とか不満とか、キャリア的にこうしたいとか、こういうふうに生きていきたいという思いを
テーブルに出すことが大事だとおっしゃってたんですよね。出さないと始まらないんだっておっしゃってて、怖いから言えないってこともあると思うんですけど、
それをちゃんと出すことが大事だと。その上でどうしたらいいかってことを話し合っていくっていうことをおっしゃってて、同じだなと思ったんですよね。
世帯系ノートの考え方とも同じだなと思って、やっぱりそこが大事なんだろうなって僕もすごく感じています。
最後はですね、自尊心の問題。自己分化度について起こる問題。3つの問題の最後の問題。
この自尊心の問題も、これは僕、いろんな方の相談を受けてて、ここ半年ぐらいで聞いた話とガッツするんですよね。
何かというと、自己分化度が高いと、つまり感情的な機能と知性的な機能の両方が伸びてて、いい感じにそれを使えている人っていうのは、
自分のことをポジティブに評価しやすいんですよね。自分のことを否定したりとか、
いや俺ってどうせダメだし、みたいな風になったりしないんですよ。すごいポジティブなんです。肯定的に自分のことを捉えやすいんですよ。
俺ってまあでも頑張れるよなとか、僕がやってることは間違ってないとか、ポジティブに捉えやすい。失敗してもやり直しがしやすい。
そういう人っていうのは他者に対しても優しいんですよね。他者に対しても、他者も大切にできる人なんですよ。自尊心が高いから。
自分の中にある自分を大切にする気持ちが強いから、相手のことも大事にできる状態なんですね。
この自己分割が低いということは、
自己評価が高すぎてパートナーを大切にできない、自己愛の問題を抱えるケースがあるって言うんですね。
ちょっとわかりづらいと思うんですけど、自分に対する評価が高すぎる。
俺って自分のことを大事にしすぎる人っているじゃないですか。
周りの人間はみんな俺を盛り立たせるためにいるみたいなふうに捉えていたりとか、
自分が一番みたいな。妻が困っていようが知らないと。俺が一番だとか。
夫が困っていようがどうでもいい。私が一番だというふうに。私は何でもできる。
私は何も困ってないんだというふうに。自己評価が高すぎるという場合というのは、相手のことを大事にしないといけないですよね、そういう人って。
こういう人が自分を愛しすぎる。自分のことを大切にしすぎる。自分を愛しすぎる。自分だけを愛しすぎるという問題を抱える。
これが自己愛の問題なんですね。
さらに逆に自己評価が低すぎると、私なんか何やってもダメよとか、俺なんか何やってもダメなんだよってなっちゃって、
どうせダメなんだよ、もうみたいなふうに。もう世界に登れないみたいなふうになっちゃっている人は、パートナーに対して服従的になりやすくなる。
自己比喩の問題を抱えるというふうに言われているんですね。
DVとかアルコール依存症の問題とかあるじゃないですか。
夫が妻に暴力を振るう。もしくは妻が夫に暴力を振るう。パートナーが暴力を振るってくるというケース。
このDVの問題がよく起こりやすいんですよ。
自己愛を抱えている人と自己比喩を抱えている人が結婚すると、こういう問題が起こりやすいんですよ。
自己評価が高すぎて全然相手のことを大事にしない人が、酒をかっくらって依存症になって相手を殴ったり蹴ったりするという問題が起こりやすい。
殴られたり蹴られたりしている人は、もう自分に対する評価が低すぎるから全然逆らわないんですよね。
本人も無意識のうちに服従的になって、もうダメなんだ、どうせ私はそうなのよというふうに自分のことをすごく低く見積もりすぎてしまうというケースが起こる。
これは自己評価が高すぎても自己評価が低すぎても、つまり自己愛の問題も自己比喩の問題もどっちも自己文化度が低すぎることが原因なんですよ。
感情と知性のバランスがどっちかに偏りすぎている。自己文化度が低すぎるということが問題になっているわけですね。
この自己文化度って同じぐらいの文化度の人と結婚するというケースが多いんですよ。
なので自己愛の問題を抱えた人と自己比喩の問題を抱えた人の組み合わせ、DVが起こりやすい夫婦、DVが発生する夫婦というのは、どちらもが同じレベルの自己文化度だったりするわけです。
自己文化度が低い状態で2人が結婚している状態。だからこういったことが起こりやすいということなんですね。
逆に自己文化度が2人とも高い状態ならばそういったことが起こりづらい。
自己文化度のパターン分類
僕、この夫婦関係の研究をしていく中で思ったことがあるんですけど、すごい両極端に分かれているのかなって思うときがあるんですよ。
すごい夫婦関係が良くなっている良い人もいれば、すごく悪い人もいる。
なんで綺麗にスパーンと分かれるのかなってよく思うんですよ。
これがおそらく自己文化度が高い人同士で結婚しているパターンと、自己文化度が低い者同士で結婚しているパターンなのかなって思うんですよね。
それによって問題が起こりやすいケースというのは、自己文化度がお互いに低い状態になっているのかもしれない。
自己文化度が低いというのは、人としてダメだというわけじゃないんですよ。
その人の考え方の癖だったりするんですよ。
その人の考え方の癖によって自己文化度が低くなってしまっている。
自分に対する評価が低すぎるとかね。
あと、お前が自分のようになればいいんだというふうに思いやすかったり、感情的になりやすかったり、論理的になりやすかったりする。
これってその人の考え方の癖だったりするんですよね。
だから、人として踊っているとか、熱誠だというわけではないと思うんですよ。
わけではないんだけど、そこを見直すことによって、もっともっと素敵な人間になれると思うんですよ。
だって、自己文化度が高い人間って素敵だと思いません?
感情的にも、論理的にも、どちらにも振ることができるんですよ、自由に。
メモリをクルクルって回してね。回して、ちょうどいい塩梅でコミュニケーションを取ることができる。
今は感情の方を強くしようとか、今は論的な方を強くしようとか、自由に上手い具合にグルグル回すことができるんですよね。
どっちにもなれる。ちょうどいい塩梅に落ち着くことができる。相手に合わせてそのメモリを変えることができる。
それができると、すごいコミュニケーションがスムーズになるじゃないですか、目の前の相手とのコミュニケーションが。
問題の要因とは
そして自分に対して自尊心も高まるし、自分に対して評価も自己評価も適正な位置まで高まって、自分のことをポジティブに捉えることができる。
自分のことをもっと好きになれると思うんですよ。
僕はよく思うんですけど、夫婦生活というのはお互いの自己文化度を上げる旅なんじゃないかなと思う時があるんですよ。
その夫婦がうまくいっていないケースというのは、その背景にはこういった自己文化度の問題が隠れているケースがすごい多いんですね。
どちらかの自己文化度がすごく低いがために起こっている。今日お話したこの3つの問題って、いろんな夫婦の中で起こっている問題だと思うんですよ。
僕らにもありました、こういう問題が。いろんな方の話を聞いていても当てはまるケースってすごく多いんですよ。
それもこれもどれも全てがその背景には自己文化度問題がある。感情と知性のバランス、これだけなんですよ。
ここをうまく意識することによって自己文化度を高めることができて、妻と夫とコミュニケーションをスムーズに取ることができるようになる。
そしてもっとこう、よりしなやかでポジティブで素敵な人間になることができるんじゃないのかなって思うんですよ。
人は変わらないってよく言うじゃないですか。だけど自分の自己文化度を上げることによって、それがパートナーに良い影響を与えると僕は思ってるんですよ。
するとパートナーの自己文化度も上がっていくと思うんですよ。
2人で一緒に自分たちの自己文化度を上げていく、それが夫婦生活なんじゃないのかなって思うんですよ。
夫婦関係の向上方法
お互いの自己文化度を上げるたび、それが夫婦生活なんじゃないのかなって。
自分の素直な気持ちを伝えたり、自分ばっかりじゃなくてパートナーも大切に扱ったり、嫌なことは嫌と言ったり、
2人の時間も両方大切にしたり、感情と自然のバランスをとったりする。
こうやって夫婦関係を見直して自分自身を見直すということは、素敵な自分になるたびに繋がっていくんじゃないのかなって思うんですよ。
人として大きく成長できる機会が夫婦関係で問題を考えるときにはあるんじゃないのかなって思ったりもしています。
前回、NPO4Gでただいまのミッキー友愛さんにインタビューさせていただいたんですけど、
その時に収録したスタジオが東中野にあったクラフトビーディアンドポッドキャスト雑談というバーだったんですよ。
5時からバーになって、5時前まではスタジオとして使えてて、ポッドキャストの収録は普通にできるんですよ。
もちろん5時以降も使えるんですけど、5時以降はガラス張りのスタジオで収録して、そのガラスの扉の向こうで普通にみんながお酒飲んでるんですよね。
バーの中で収録するみたいな感じで、すごいオシャレな場所があったんですよ。
で、僕ここにすごい行きたくて、実はミッキーさんとの収録が決まる前からここのことを知ってたんですよ。
雑談のことを知ってて、月曜ときましてすごいめっちゃ有名な、すごいファンが多いポッドキャスト、伝説的なポッドキャストがあるんですけど、僕もすごい好きなんですけど、
そこの方がオープンしたバーなんですよね。雑談というバーなんですよ。
そこにすごく行きたくて、その時に僕すごい気持ち的に参っている時があって、自分が好きなことをしたいな、リラックスできることをしたいなと思ってて、
つまり、俺ここ行きたいんだよねって言ったんですよ。雑談って行ってみたいなって。月曜ときましての人が作ったんだよね、話をしてて。
あいちゃん行ってきなよって言ってくれたんですよ。だけど、なんだろう、ちょっと家、内側ちょっと遠いのと、特に用もなかったんで、行く機会があまりなかったんですよね。
見逃してて、あと一人でバーに行くって結構勇気がいて、僕その勇気持てなかったんで、なかなか行けなかったんですけど、
今回ミキさんとの収録が決まって、あそこスタジオもあるなと思って、ミキさんに聞いたんですよ。どこがいいですかって聞いて、じゃあこの辺でって言った時に、ちょうどその辺りだったんですよ。
これはちょうどいいと思って、これ良かったと思って、これで行けると思って行ったんですよね。すごい良かったですね。
ポッドキャストを収録するときって、Zoom P4っていう、PodTrack P4っていう機材を僕使ってるんですけど、それが最初から置いてあるんですよ。
あとマイクが最初から4本ついてて、しかもいいマイクがね、SHUREってブランドすごい良いマイクが4本ついてて、
そこで収録するとSDカードを持っていくだけでいいんですよ。
僕は自分のパソコンでそのまま録音したかったので、自分の機材持って行ったんですけど、マイクはその場のやつを使えて、
便利だし雰囲気良いし、なんかオシャレな飲み物とかいっぱいあるし、楽しかったんですよね。
そこにミキさんとお話できたことももちろん楽しかったんですけど、そこに行けたことも楽しくて、楽しさの2倍、2乗みたいになって、すごい楽しかったんですよ。
もしお近くに、都内の方は気軽に行けると思うので、東中野にあるクラフトビール&ポッドキャスト雑談っていうところなんですけど、
もしご興味の方はぜひ訪れてみてください。すごく素敵な場所でした。
インタビューをする時によく思うんですけど、毎回僕の中で反省点があるんですよ。
今回でいうと、1本、2本、2本録ったんですけど、1本目の時にエアコンを付けっぱなしにしちゃって背景音が入っちゃったことだったりとか、
僕の声が小さすぎる、もしくはマイクに僕が近づきすぎてなかった、マイクと僕との距離が遠すぎたせいで、
僕の声が小さかったんですよね。そういった反省点があったり、ここでこういう質問すればよかったなとか、
ここでこういう切り出し方すればよかったなというのが、後から聞いていると出てくることがあって、
だけどそれを、例えばノートとかツイッターで言っちゃうと終わりだと僕は思っていて、それってダメなことだなと僕は思っているんですよ。
なぜかというと、もちろんその時その時の反省点とかはあるけど、あの時これをやっててとか、あの時エアコンの音が入っちゃってとか、
もっとこれ聞けばよかったとか、あの時合わすべきじゃなかったなとか、というふうに言い訳をすることって相手に対する失礼な行為だと僕は僕に対して思っていて、
その時その時でベストを尽くすべきだと思うんですよ。そのインタビューをするにあたっても、その時自分ができるすべてをその場で出していくべきだな、
自分のベストを尽くしてその人の中にある言葉を引き出していくべきだと僕は思っているんですよ。それをしたいなと思っているんで、
だからその場その場で僕はベストを尽くしている。そのベストが至らなかっただけなんだと。
じゃあそこを次は乗り越えて反省点として活かして、さらに良い高みを目指していけばいいって思って、
言い訳をしないようにしてるんですよ。言いたくなるんだけどね。こうやって今これまで言ってるんだけど、
それを文章として、こういった音源を発表する時のノートとかツイッターで絶対言わないようにしようと思ってるんですよ。
相手に対する失礼な行為だと思うので、え?ってお前は全力じゃなかったのかってなるじゃないですか。
別にそんなこと皆さんは言わないし思わないと思うんだけど、僕が思うんですよ。
僕がそんなことを言ったら相手に対して全力でぶつかってないことになってしまうので、その場その場で僕はベストを尽くしている。
次回はそれを超えるベストを尽くせばいいだけだと思いながらやってるんですね。
何の話をしてるのかよくわかんなくなってきたんですけど、インタビューの時にはよくそれを思うんですよ。
その場その場でベストを尽くしていきたいなって思っています。
また次は新立さんの方にまたお話ししたいなと思ってて、別の方いろいろとちょっと今探してるとこなんですよね。
いろんな方のインタビューをまたお届けできると思うので、その時は楽しみにしていただけると嬉しいです。
あと全然関係ないんですけど、うちバジルとトマトを一緒に植えて育てていたんですけど、
なんか育ちやすいって言われてたんだけど、同じ鉢の中で育てるとミニトマトがめっちゃ枝が伸びてきて、ミニトマトの枝の伸び具合が尋常じゃないんですよ。
もうブワーってミニトマトの枝がブワー伸びてきて、支柱を立てないと、支えを作らないと、もうなんかシダ植物みたいにブワー伸びていくんで。
子供が小学校1年生の時に使ってた朝顔の鉢植えの支えのやつ、4本の棒があって、周囲ぐるぐるっと回ってる、あれを使わないで取っておいてあったんで、
それを抜いてその棒を鉢植えに刺したんですよ。
ミニトマトの枝が回るようにしたんですけど、それをもう超えちゃって、あれ何センチあるんだろう、60センチくらいあるのかな、
それをさらに超えてるんですよね。どんどんどんどん伸びてきて、今、実がどんどんどんどんなってて、
毎朝4つか5つくらいミニトマトが収穫できるんですよね。毎朝ですよ。毎朝できて、
ミニトマトが今、1、2、3、4、4カップくらい植えたのかな。
バジリオも同じプランターで植えたんだけど、陰になっちゃったんですよね。
日が当たらなくて陰になっちゃって、全然育たなくて、もうちょっと硬い葉になっちゃったんで、別のプランターで今2株、
バジリオ植えて、バジリオだけのプランターで育ててるんですけど、あれバジリオとトマト一緒に育てるといいって言うけど、あれダメでしたね、失敗でしたね。
一緒に育てるとバジリオがダメになっちゃう。なんかトマトの生命力やばいですね。
めっちゃすごい伸びてきて、もう本当なんかヤバい人しか言いようがないくらい伸びてました。
もしプランター、家庭菜園とかいられてる方で、トマトはこう育てた方がいいよとか、バジリオはこう育てた方がいいよとか、
いやいやこういう植物は夏場オススメだよとか、あったらぜひ教えてください。ちょっともうちょっとやりたいなーって思ってるので、
よろしくお願いします。
はい、という感じですかね、今回は。
はい、今回も最後までありがとうございました。
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はっきり言ってしまうと、特典記事が読めるとか、特典音声が聞けるとか、後々やるかもわからないですけど、今はそういったものは一切なくて、
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ではまた次回お会いしましょう。さようなら。
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