アツの夫婦関係学ラジオ、このラジオでは、夫婦関係をより良くしたい、そんな方向けに関係改善のヒントをお送りしています。
自分の気持ちなんてわからない。自分の気持ちなんて聞いてほしくない。夫や妻の感情を聞いたからって、それが何になるの?何か解決するの?
そう思ったことはないでしょうか?もしくは、言われたことはないでしょうか?
今回の夫婦関係学ラジオでは、感情に対する恐怖についてお話をしていこうと思います。
何なのかというと、夫婦がお互いに強い絆を作るためには、自分たちの気持ちの共有というのがとても大切だと僕は感じているんですね。
自分はこう感じた、こう思った、それを相手に伝えることができて、そして相手がそれを受け止めてくれることができて、
お互いに自分たちの気持ちを分かり合えている、そういった実感が夫婦の親密性を作り上げていくんじゃないのかなって思うんですね。
その時に障害となるのが感情に対する恐怖なんですね。
なんで気持ちを言わなきゃならないの?自分の気持ちなんかわからないしって思う人って多いと思うんですよ。
これがなぜ起こるのか、そしてどうしたらいいのかということについて今日は話をしていこうと思います。
今回も夫婦カップルのためのアサーションという本もとにお話をしていきます。
とても良い本なので概要欄にリンクを貼っておきます。
まずですね、なぜ人がこのように自分の感情を過小評価したり、感情に触れることを恐れてしまうのか。
これについて本書で書いてある説明は、この本だけじゃなくて他の本でも大体同じようなこと書かれてるんですよね。
あと上藤さん、臨床親密さんですね。何度か出演いただいている臨床親密さんも同じようなことを仰ってて。
何かというと、生まれ育った現家族での体験、これが大きな影響を与えていると言うんですね。
本当にいろんなところでそう書かれていたりとか言われたりとかしてるんですよね。
僕自身も思い当たるところがあるので、その話も今日はしていきたいなと思っています。
これ何なのかというと、自分が育った家族、自分の両親とかおばあちゃんとかおじいちゃんとかと一緒に住んでいたと思うんですけど、
そういった自分が生まれ育った家族を現家族というふうに呼ぶんですね。
漢字が何か2パターンあって、元々の元っていう漢字、元って書いて現家族っていうのと、
あと源のより友の源と書いて現家族って書く、何か2パターンあるんですけど、
どちらでも同じ意味なんですが、自分が生まれ育った家族のことを現家族と呼ぶ。
そしてそこで感情を抑制されてきたことが感情に対する恐怖を植え付けてしまったということなんですね。
例えば、自分が育った家族ですっごい怒る人がいるとかね、例えば父親がすごい怒る人で、
なんかそっち怒ってたんだよねとか、アルコール中毒で飲んでるか怒ってるかしかしてなかったねとか、
もしくはアルチュールではないけど、アンガーマネージメントが苦手で、
昔のアンガーマネージメントなんて言葉すらなかったんで、
昭和の世代って怒ることがしつけみたいなところあったじゃないですか、うちもそうでしたけど、
そういった部分があるので、怒ってばっかりな人が家の中に必ずいるって、
大体父親が多いと思うんですけど、母親がそういう方もいたかもしれないですけど、
そういった家庭結構多かったと思うんですよね、昭和の時代って、僕らみたいに。
こういうふうにすぐ怒る人がいたりとか、精神的に不安定な人が家族にいた場合っていうのは、
自分自身の感情を出すことに対して悪いイメージを抱きやすくなりますよね。
なんであんなすぐ怒るんだろうとか、なんであんな怒ったり泣いたりとか不安定なのって思ってしまったりとか、
父親が喧嘩ばっかりしていた場合とかね、
それとお互いの感情を出し合うことが悪いこと、ネガティブなことだというふうに結びつきやすくなってしまうんですよね。
あとは子供の頃に自分が思っていることとかを親に伝えるんだけど、
何言ってんのあんた、いいから勉強しなさいよとか、だいぶ間違ってる、
これはこういうものなの、こうすべきなの、こう思うべきなのっていうふうに、
自分の感情をせっかく素直に表現したのに、それを否定されて、
何だろう、その親の言う通りに思いなさいみたいなね、自分の感情さえもコントロールされてきた人とか、
こういった場合って、自分を守るために感情をシャットアウトしちゃうんですよね。
これってその人が悪いわけじゃなくて、生き残るためのその人の戦略だったと思うんですよ。
無意識のうちに自分が行っていた生き残りをかけたサバイバルだったんだと思うんですよ。
自分が育った原家族の中でサバイブするために必要だった感情抑制だったんだと思うんですよ。
そういった習性だったと思うんですよ。
それを原家族の中で身につけてしまったっていうことなんですよね。
これはですね、奈々さんだけじゃなくて、他の方からも話を聞いたことがあって、男性の方だったんですけど、
妻が何を考えているのか、何を感じているのかがわからない。
夫婦関係を改善したいんだけど、いろいろとね、今までやってなかったような家事とか育児とかをやるんだけど、
なんかめっちゃ煙たがれると。なんでこんな煙たがるの?って思うじゃないですか。
どうしたらいいの?ってなりますよね。どうしたらいいの?とわかんない。こんなこと本に書いてないしってなるじゃないですか。
夫婦関係の改善本を開けば家事育児やりましょうとか書いてあるけど、なんかやらんでいいって言われるし、なんなん?って思うじゃないですか。
その時にこの方は自分の妻をよく観察したんですよ。何を望んでいるのかな?何をしてほしいのかな?
どこまでやったらいいのかな?ここから先はダメなんだな?とかっていうのをよく観察することによって、
自分の駒をどこまで進めたらいいのか?っていうことを把握したんですよ。
家庭の中で自分が、例えば将棋だったらね、将棋だったら自分のこの駒をどこまで進めたら相手が引くかな?とか、
相手の王将を取れるかな?とかって考えながらやるじゃないですか。これを何も考えずに全部の駒をバーンと進めていくと、
どんどん捉えていったりとかするじゃないですか。そうじゃなくて、相手の思考を読みながら駒を進めていったんですよ、この方の場合。
で、それと、ここまでなんだな?とか、ここでよかったんだ。うちの妻の場合はここまでしてほしかったんだ。
というのが分かるようになってきたそうなんですよね。これも観察なんですよ。
夫婦関係の改善方法をしようと思った時って、ネットでめっちゃググるじゃないですか。めっちゃこうバーってググって、
僕のノートの記事にたどり着いたって人もいるし、他にいろんな記事を読んだって人もいるし、やってみた。
だけどうまくいかない。うまくいかないケースが多いんですよ。
これ何でかって言ったら、向かい合うべき対象はパソコンやスマホじゃなくて、自分のパートナーなんですよ。
自分のパートナーをググんなきゃダメなんですよ。ネットの海をググっても大した答えは見つからないんですよ。
みんなだいたい同じですからね。言ってることをはっきり言って。
夫婦の絆を作るためには親密性が大切。これ僕がずっと言ってることですけど、結論はだいたいみんな同じなんですよ。
それをいくらしたところで、自分の妻に応用、自分の妻に対して書いてあることをそのままやっても意味がないんですよ。
家事をやりましょう。育児をしましょう。
でも自分の妻が何を求めているのかっていうのがわからない限り、適切な夫婦関係の改善ってできないんですよ。
自分の妻にとって何が必要なのかっていうことは、ネットの海には落ちてないし、Kindleにも書いてないし、ノートの記事にも書いてないんですよ。
それはあなたが自分で自分の妻を観察することでしか見つからないんですよ。
これは男女逆でも同じだと思うんですよね。
自分の夫が何を考えているのか、何をしてほしいのか、これはいくらネットで検索しようが、占いに行こうが見つからないんですよ。
自分の夫を観察しない限り見つからないんですよ。
自分の夫をよく観察して、この人は何を考えているんだろう、なぜこういうことをするんだろうということを観察、想像することでおぼろけながら見えてくるんですよ。
それってあなたにしか見えないんですよ。僕には見えないんですよ。
日々パートナーと接しているあなたにしかそれって見えてこないんですよ。
それが見えてきたら、じゃあこういうふうにすればいいのかなとか、相手に響く言葉に言い換えて伝えるとかね。
そういった応用ができるようになってくるんですよね。
逆に妻はすごい感情有意で、すごい伸び飛びしてるんですよ。好きなように話をして、好きなように自分の気持ちを表現して、楽しい、嬉しい、悲しい、つまんない、好きなように、本当に好きに生きてるなって感じて、
それがすごい羨ましかったんですよ。すごい羨ましくて、ああいいなあって、こういう人になりたいなあって、すごい感じたんですよ。
自分の気持ちをありのままに表現できるようになったら、どんだけ楽か、どんだけ楽しいかって思ったんですね。
これって僕がノンリー有意な脳にその当時勝者で働いたことによって切り替わっただけじゃなくて、僕の現家族での体験も大きく響いてたんですね。
僕の両親ってすごい厳しいタイプだったんですよ。比べる対象が当時周りに住んだ友人とかでしかないので、はっきり言っては分からないけど、だけどまあまあ厳しかったんですよ。
特に勉強に関してはね、とても厳しくて、なかなか好きなことにぽっとすることとかは難しかったし、自分の気持ちを言うことも禁じられていたというか、なかなか言えなかったんですね。否定されることが多かったので。
特に父はすごく厳しくて、ザ・昭和みたいな感じだったんですよね。僕が高校生ぐらいになる頃には、もうあまりうるさいこと言わなくなりましたけど、だけど小学生、中学生ぐらいまで、特に小学校の時とかですかね、すごい厳しいタイプだったので、僕は自分の気持ちを言うこと全然なかったんですよ。
学校とかでも大人しい方だし、あんまり口数が少ない。周りの子供たちが、友人たちが楽しそうに、うわーキャー、ヘイ!みたいな感じで、まあ小学生は楽しそうに感情表現バカさせるじゃないですか。
そういう風になっている友達を見ても、いいなーって思ったんですよ。なんでこんなに自分の気持ちを表現できるんだろうって、すごい不思議だったんですよ。
当時は、当時というか、結婚するまでは、これは僕が生まれもって、そういう人間なんだと思ってたんですよ。大人しい人間なんだとか、感情表現しない人間なんだって。
生まれもったもんなんだなって思ってたんですけど、多分ね、それだけじゃなかったんだと思う。それもあるんだけど、生まれ育った家庭からの影響は多分すごく大きかったんだと思うんですよね。
妻と出会って、妻がすごい感情有意なタイプだったので、めちゃくちゃ僕は惹かれたんですよ。ああ、こういう人みたいになりたいってすごく思ったんですね。
これがまさに感情有意な人と脳に有意な人が惹かれ合うという現象だったんだろうなって思うんです。
だけど、結婚すると相手の良いところが不満に切り替わるってよくあるじゃないですか。
すごく真面目なタイプでいいと思ってたのに、全然憂鬱が効かないとか、頑固だとかね。頑固って僕よく言われたんですけど。
あと、感情有意で、自分の感情を好きに表現してる人が、そんなことばっかりやってたら前に進まないじゃないかとかね。
家計が、ちゃんと家計管理しなきゃとか、真面目にやらないと家族うまくやっていけないぞとかっていう風になってしまったりとか、思ってしまったりとか。
相手に対する見方って不満に切り替わりやすくなったりするんですよね。
この話は、もうちょっと掘っていくと深くなっちゃうので、ノートの記事とかにしようと思うんですけど。
この間僕が家族で川越にある博物館に行ったんですよ。歴史博物館だったかな。確かそんな感じだったと思うんですけど。
なんで川越行ったかというと川越城っていうお城があって、今は跡地しかないんですけど、その跡地に行きたい。
城にみんながハマっているので、家族全員ハマっているので川越城に行こうと思って行ったら、たまたま博物館が目の前にあって、そこですごいおじいちゃんと出会ったんですよ。
これ何なのかというと、たまたまその博物館に行っていたのが、古代の鎧を再現したもの、再現作成したものが展示されてたんですね。
具体的には、源義経っているじゃないですか。弁慶とかで有名な源義経。弁慶が自分の歌詞になったの。源頼朝の弟ですね。
その源義経が着ていた鎧をそのまま再現したものがそこに置いてあったんですよ。
本物の源義経の鎧って確か国宝指定されてて、国立博物館に飾られているらしいんですよね。飾られているのか保管されているのかわからないんですけど、それと同じのがあったんですよ。
赤いんですよ。義経の鎧って赤いんですよ。すごい派手なんですよ。赤いんだけど、なんかね、花柄なのかな。花柄か何かの文様が印刷されてるんですよ。お腹のあたりに。
お腹っていうのかわかんないんですけど、鎧の胴のあたりにお花、花じゃないのかもしれないけど、かわいい柄のプリントがされてるんですよ。
なんか武将って感じじゃないんですよね。かわいいんですよ、その柄が。で、鎧がね、めっちゃ赤いんですよ。赤くてすごい目立つんですよね。かっこいいんですよ。
それが置いてあって、鎌倉時代の他の人の鎧とか刀も置いてあって、最初僕、昔なものかと思ったんですけど、よく見たら再現して作ったって書いてあるんですよ。
しかも昔の作り方で再現したって書いてあって、すげーなーと思ったんですよ。
で、うちの8歳の双子の長男時代が歴史にめっちゃハマってるんで、室町鎌倉江戸時代の学習漫画を持ってきてて、それを見ながらすっごい大興奮したんですよ。
これが鎌倉時代の鎧かーって言って、これがあの刀だーとか言って、そしたらニコニコしてるおじいちゃんがそこにいて、鎧のとこにニコニコしてるおじいちゃんがずっといたんですよ。
なんか、めっちゃ中にニコニコニヤニヤしてるなーと思って、そのおじいちゃんが近づいてきて、うちの子にいろいろ話しだしたんですよ。
君よく知ってるねーって、勉強してるねーよく。
そうこれね、鎌倉時代の鎧なんだよ。いや、刀なんだよ。形違うだろう?
昔の鎌倉時代の兜っていうのは、この上のところはパッカン開いてるんだけど、戦国時代になるとね、みんな飾りみたいになっててね、変わっていくんだよ。
このパッカン開いてるのがね、鎌倉時代の鎧の特徴なんだよ、みたいなね。
おじいちゃんがすごい熱弁して、熱弁というか教えてくれてて、うちの子たちに。
やたら詳しいなーと思ったんですよね。あれかな、学芸員なのかなーと思ったんですよ。
たまにいるじゃないですか、博物館とかで学芸員の方がいて、ボランティアで説明してくれて、ボランティアかわからないけど説明してくれてるじゃないですか。
仕事なのかな?説明してくれてるのってあるので、そういう人なのかなーと思ったんですよ。
すごい歴史に詳しい地元の人なのかなと思ったら。
で、このいくつも重ねている鎧と刀。これね、僕が作ったんだよーって言うんですよ。
えー?と思って、この人が作ったの?と思ってすごいびっくりしたんですよ。
だってもう、見た感じ、当時の鎧がそのまま残ってるみたいな感じなんですよ。
もうなんか手作り感とか一切なくて、本物にしか見えないんですよ、それって。
その鎧と刀って。
で、えー?って思って、え?これ手作りしたんですか?って聞いたら、
そうだよ、僕が作ったんだよーなんてね、おじいちゃんが言うんですよ。
しかも当時の作り方を再現してて、鎌倉時代の鎧って、
なんか短冊みたいなやつがたくさん鎧に縫い付けてあるじゃないですか。
糸で縫い付けてあるんですよ、ちっちゃい短冊みたいなやつが。
あれって鉄だと思ったんだけど、鉄だけじゃなくて、
球状とか大事な部分は鉄を使ってて、
そこ以外は水牛の皮を使ってるんですって。牛の皮を使ってるらしいんですよ。
水牛の皮を灰で乾燥させて、何重にもするのかな?
めっちゃ分厚いんですよね。5ミリくらいあったんですよ、その皮が。
水牛の皮を乾燥させて、漆を塗って、穴を開けて、
糸でそのパーツを縫い付けていくんですよ。
長方形のパーツを、短冊みたいな長方形のパーツを縫い付けて、
鎧にしていくんですよ。
それを当時の作り方で作ってるおじいちゃんだったんですよね。
びっくりしちゃって、えー?と思って。
いろんなことを教えてくれて、