アスチャンネルのアスです。 今日、交通ルールのことを話したいと思うんです。
私は運転がすごい好きで、よく意味もなく、目的地もなく、
運転をしています。 車もそうなんですけど、
バイクも乗ります。 車は
初めて免許取ったのがマニュアルで、その後、 オートマ乗ったりマニュアル乗ったり、マニュアル乗ったりオートマ乗ったりして、
今はマニュアルに乗っていて、バイクの方は、高校生の時に50ccの原付の免許を取って、
あと40の時、39だったかな、39か40歳の時に原付二輪っていうのを取って、
結局その後、中型、中面っていうのも取って、 今は125ccのバイクを2台と、
50ccのバイクを1台所有しています。 その時々に応じて、
乗りたいやつに乗って遊んでいるんですけれども、 結局一番乗りやすいのが、高校生の時に取得した50ccの
スクーターなんです。 自転車みたいに気軽にピャピャッと乗れるし、小回り効くし、燃費いいし、
とにかく手間がかからない、場所も取らない、 駐輪場にさっと停めれる。
自分の住んでいるところは、東北だからか、 他の地域がどうなのかわからないんですけど、
施設にバイクを停めるところが、 設けられていないことが多い、
ように感じています。 そういうこともあって、
125ccとはいえ、多少大きいバイクで行っちゃうと、 停めるところに困りそうな気がして、
そういう面倒がないのが、結局原付50ccだなぁと思って、 乗っているんです。
特に、駐車場のパーキングの料金の高いような、 市街地に行くときは、
だいたい雨が降ってても、 風が強くても、さっと
スクーターに乗って出かけることが多くて、 とても気に入っています。
で、50ccのバイクに乗ったことがない人、 あるいはバイク自体に運転した経験がない人は、
わからないかもしれないんですけど、 この50ccバイクだけ特有のルールがあります。
それが二段階右折っていうものなんです。 私は一番最初に取った免許が、
車よりも先にこの50ccの原付免許だったので、 身に染み付いているんですけれども、
どういうものかというのを説明しますと、 直線の車線と右折車線を含め、
3車線以上ある信号機のある交差点では、 直接右折してはいけないっていうものです。
じゃあどういうふうに曲がるかっていうと、 一旦交差点の真ん中まで直進した後、
左側に寄せて、 もう一度信号を待って直進するっていうものなんですけど、
これ言葉で説明するの難しいな。 伝わりますでしょうか。
右折したい交差点から見て、 左側の車両に混ざるみたいなイメージなんでしょうか。
車体が小さいので右折するときに、 他の車両に巻き込まれる可能性を鑑みて、
そういうふうに運転するっていうルールなんだと思うんですが、 信号を2回待つことになりますので、
多少時間はかかってしまうんですけど、 学生の時から当たり前にそういうルールに乗っていて、
特に違和感なく、最近買った50ccのバイクでも、 そのように運転をしています。
最近、そのルールってこの道路でどうしたらいい? っていうところがちょいちょいありまして、
運転してそこの場所に行くたんびに、 ここってだからどれが正解?なんてずっと疑問に思っていたんですよ。
いるんです。 だけどそれを誰に聞けばいいのか。
あんまり周りに50ccバイクを乗っている人がいなくて、 聞けずに行ったんです。
が、ついに警察署に行って聞いてきました。 最初は管轄の法番に行ったんですけど、
人がいなかったんで、警察署の方まで出向いて、 交通課の方に質問したら、
奥から交通ルールのブック持った人がわざわざ出てきてくれて、 詳しく説明してくれたので、
本当にお忙しいところ申し訳ないなって思いつつ、 すっきりしたから良かったなと思って、
皆さんに展開しておきたいなと思います。
2つ場所があって、1つはT字路をカタカナの都にするとすると、 その都の下の方から右に曲がりたい場合の話なんですけど、
右折車線が1車線あって、直進車線が2車線あって、 合計で3車線の道です。
ルール通りに行くならば、2段階右折をするべきところなんですけど、 T字路なので待機する場所がないんですよ。
そういう場合って、直前の標識に2段階右折禁止っていう標識が設けられているはずなんです。
あれば、そこは普通に右折していいっていうことで、 そういうところって結構あるんですよ。
なので、そこは右折していいんだなっていうふうに判断するんですけど、
とある場所にそれがない交差点がありまして、 つまり2段階右折を禁止されてもいないし、
退避する場所もないし、 なんか何と曲がるのが正解なのかがわからない。
無理に待機すると後ろから来る車の交通の妨げになるし、 自分の命も危ないっていうふうに感じていて、
これ何が正解なのって思っていました。 それを聞きましたら、なんかよく見つけましたねって言われたんですけど、
なんかここは、オトルンであれば、この無理無理端っこに、 左端っこに寄せて待機すべきなんだけど、
本来であれば手前に、
2段階右折禁止の標識があってしかるべき場所であるっていうふうに 警察署の方がおっしゃってました。
ですよねって言いそうになりましたが、 そういうところもあるんだなっていうふうに思いました。
だからルール上は、危ないからそこは右折しちゃってくださいっていう場所にも関わらず標識がないから、ちょっと危ないけど、
左隅に寄せて待機しておかなきゃいけないっていう、 ちょっとあんまりよろしくない交差点っていうふうに私は感じまして、
そこはもう通らないように、手前で曲がるか奥で曲がるか、 そこの交差点を回避して通った方が、
運転する側の身からしたら自分の命優先ということで、 それが最適解なんじゃないかなっていうふうに思いました。
いずれそこに標識ができて右折できるようになることを、 なるといいなって思っておきますっていうふうに伝えました。
もう一箇所は、右折車線が3車線あって、 あと直線車線が1車線と、あと左車線、左折車線が1車線の、
合計5車線あるところを右折するときの話なんですけど、 この道を皆さん平気で右折していくんですよ。
そこを通るたび私いつも不思議に思ってたんです。 なんで自分ばっかりがいちいち左側の交差点に寄せて待ってるんだろうって。
そことっても広いんで、待っているときに、 背後には7車線ぐらい車線があって、
自分だけがそこにポツンと待ってるみたいなのを、 ジロジロ見られているような感覚に陥るんですよ。
みんな曲がっていってるのに、なんで自分だけここに行儀よく待ってるの? みたいな感覚になって、
自分が間違っているのかなって不思議に思いながら、 何が正解なのかと思いながら乗っていたんですけど、
ついにそれも聞きましたところ、 それは2段階右折をするので正解だっていう場所だそうで、
だからその右折していく人たちがみんなルール違反だっていうことでした。
なんだと思って、にしてもそこを、 私と一緒に2段階右折で待機している人を見たことがなかったので、
あまりにもみんなルール違反しすぎじゃね?って思って、 すっごい不思議っていうか。
私なんでこれわざわざ聞きに行ったかっていうと、 こういう場所でみんなと一緒に曲がっちゃえみたいなことをするとするじゃないですか。
そうすると、 なぜか私は捕まるっていうパターンが体感としてあるんです。
なんでなんだろう、本当に不思議なんですけど、 みんなは平気で違反しているルールを、
みんなそれでいいってやってるからじゃあ真似してやろうってやると、 いきなり自分だけがお咎めを受けるみたいなパターンってよくあって、
それがすごい悔しいから、嫌だから、 ちゃんとルールは守りたいなと思って聞きに行ったわけです。
でもこういうのを聞きに行くと、 なんかそれが野暮になることもありますよね。
何も考えないで右折してしまえば、 逆に命の安全の方が優先されるわけだから、
それでいいんじゃないかっていうような気持ちにもなりますよね。
だからなんか、 世の中ってそういうふうにした方が気楽に生きれるっていうか、
私はいちいちそこをルールにちゃんと従いたいって思うばっかりに、
深みにハマっていってというか、 どつぼにハマっていってっていうか、
損をしているような気がしないでもないです。
本当にちっちゃい時の話なんですけど、 6歳ぐらいの時に県内有数の松島花火大会っていうのに連れて行かれたことがあって、
そういった人混みがすごく苦手だったので、 連れて行ってもらったっていう感覚よりは連れて行かれたみたいな感覚として残っているんですけど、
そこの花火大会に設置されていたお手洗いの記憶がものすごく強く残っていて、
それは花火が始まってすぐぐらいに、 私はものすごく手を洗いたくなったんです。
トイレに行きたいっていうよりかは、 その屋台のものを食べてベタベタになった手がそのままではいられないっていう性分で、
それは今もそうなんですけど、ちょっとでも手がヌルヌルするとか、 ベタベタするとかっていうのをそのままでいられないんですよ。
なので、花火が始まった途端に手を洗ってくるって言って、 私はトイレに行ったんです。
そしたらそのちょうどの列ですね。 私は真面目にそこに並んで手を洗うだけ洗って戻ったわけです。
そしたら並んでた後ろの人が、 「え、手洗うだけなの?」って言ってきて、
そうですけどって思ったけど、何も返せずに家族のところに戻りました。
そうすると家族も、 「え、手洗うだけでなんでこんなに時間かかったの?」って。
メインのなやがらも終わっちゃったよみたいな、散々バカにされたというか、 本当にバカじゃないって言われたんですよ。
手洗うんだったら、だけだったら並ばなくてよかったのに、 あんた真面目に並んでたんでしょみたいなことを散々言われて、
バカバカみたいなことを言われたんです。 手を洗うだけだったら並ばなくていいっていうルールはどこで学んだの?みたいな気持ちにもなりました。
並んでいるんであれば並ばなきゃいけないと思っていたから、 その並ぶというルールの中にこの場合は並ばなくていいですよみたいな、
なんか暗黙の了解、みんなだけが知ってる、 私はあんまり知らないルールがそこにはあった。
っていうのを、その6歳の時に思い知らされたというか気づかされて、 え、でもそんなのわかんないし、なんで教えてくれないんだろうって。
花火が見られなかったっていうことを残念に思うというよりは、 なんでそれをそんなに咎められなきゃいけなかったんだろうっていう気持ちの方が大きかったです。
こういう曖昧ルールみたいなやつって、第三者に教わらないとわからないじゃないですか。
特に小さい時や子供の時は、大人からこういう場合はこれでいいんだよとかって教わって、 だけどやっぱりダメだったっていうのを繰り返して、
だんだん自分の中でこれぐらいだったら違反してもいけるかなみたいな、 自分の判断でダメだったらやっぱダメだったかっていうふうに認められたりとかするもんなんじゃないかなって思うんだけど、
自分はそのルールが曖昧でわからないまま、 加減がよくわからないまま大人になってしまったような感覚がすごくあって、
だからこの交差点ってどれが正解なんだろうみたいな、 そういう悩みが発生してしまうのかなって思いました。
これをいつも行ってる美容室の担当のお兄さんもバイク乗るんで聞いたら、 そんなの考えたこともなかったとかって言われて。
だから私はそこの道路について、わざわざGoogleマップで確認したり、 標識ここないけどどうするのが正解なのかなって確認したり、
わざわざ車で行って、やっぱり標識ないよなとかって思ったりして、 さんざん不思議に思ったりしていたわけです。
あとその2つ目の例の右折車線が3車線ある場所も、 長い間一体何が正解なの?
誰も2段階右折してないけどでも行きたいとかって思いながら通っていました。
けど一方そんなの全く気にしないでガンガン無視して右折していく人が大多数で、 自分が異端なんだなって思いつつ、
でもこれがルールなんだし、これ多分私普通に右折したらすぐ捕まるしっていうのが、 なんとなく体感としてあります。
皆さんもこういう感覚ってありますか? 私はものすごくあります。
だから何にせよルールは守っとこう、みたいな。 融通が効かない?曖昧さが苦手?みたいなところがあるんですけど、
周りを見てるとそういうのは無視しちゃった方が行きやすかったり得だったり、 手っ取り早かったりするんだろうなっていうところも、
これだけ生きてると当然に考えます。
ですし、私もこうは言っても、 ルール違反っていうのをある面ではたくさんしているはずだし、
どちらかというと、いろんな社会の場面で自分だけが特別扱いをしてもらっている場面が多く生きてきたような感覚も逆にあるんですよ。
例えば、中学をあんまり行ってなくて、ほとんど通わなかったまんま卒業したんですけれども、
もうそこからずれてるかなって思うんですけど、
学校にちゃんと行くことをしないで卒業したっていうのがまずルール違反というか、人と違うという感覚ですかね。
で、真剣ゼミを真面目にやって高校に受かったんですけど、
ここも人と違う方法で入学したっていう感覚があります。
その後、大学に行く時も直前までは専門学校に行こうと思ってたのを、
急に大学に行くっていうふうに切り替えたんです。
そしたら学校側が今から大学入試の勉強をしても間に合わないって判断したのか、
推薦枠を自分に確保してくれたんです。
たまたま生徒会とかやってたり、あと会金賞だったりとか部活でも賞を取ったことがあったりしたから、
そっちの方を評価することで推薦枠を取ってもらったんです。
だから私、何にも勉強をしないで、何のプレッシャーもなく普通に大学に行けてしまってラッキーみたいな。
そこも優先というか普通と違うっていう感覚があります。
で、大学行ってからほとんど授業に出てないです。
もうたまたま出席番号が近くて、入学直後に仲良くなった人たちが優秀な人がいたんですね。
3人ぐらいが優秀で、入学式の挨拶みたいなことをした人がいたんですけど、
その人となぜか仲良くなってその人のノートを借りたり、
その人は結局卒業式の時にも何とかの挨拶みたいなのを読んで卒業していったから、
多分出席だったんじゃないかと思うんですけど。
あとすごい気にして、自分がもう本当に授業に来ないから心配して朝電話かけてきてくれて、
今日は大事な試験だから絶対来ないとダメだよとか、これ来ないと単位取れないやつだよみたいなのも、
掲示板に出されてるのすら見てなかったのをわざわざ連絡して起こしてくれたりした友人に恵まれたりしたり、
ほとんど大学にはいかないで、バイトざんまいで、大学にいるためにアルバイトに必死になるみたいな、
本末転倒みたいな状況の4年間で、なんとなくギリギリではあるけれども卒業したっていう感じで、
これも他の周りにいた大学生とは違う感覚で、そこにいさせてもらった感覚があります。
このほか、次に就職についてもですが、私就職こんな自分にはできないだろうって思ってたから就職活動をしてなかったんです。
大学の時からしていたバイトをなんとなくそのまんま続けていて、卒業して半年後ぐらいに今の職場に就職することになったんですけど、
これもアルバイトのつもりで面接を受けに行ったら、なぜか正社員で採用されてしまったっていう入社の仕方だったので、
他の人と違うルールで就職したっていう感覚です。
だからどこも圧倒に普通の人の人生を送れていないっていうか、ラッキーというか謎の優遇を受けてここまで来れてるみたいな感覚があって、
実力なしみたいな、その運の良さというか、謎に渡ってきてしまった渡れたのを一つの実力っていうふうにも見ることができて、不思議だなって思う。
不思議だしありがたいし、ただこれがこの先も何者かのおかごなのか、
例えば亡くなった父が見守ってくれてるとか、先祖が見守ってくれてるとか、
そういうことでの運の良さなのか、生まれつきの何かなのか、
私が自覚していない何らかの実力があってこうやってやってこれてるのか、さっぱりわかんないけど、
この先もこうであるのか、はたまたこの先はそうじゃなくなるのかわからないですけど、
なんとなくこの運の良さは自分の強みだなって思ってて、
欲ばこのまま人生全うできたらいいなって思っています。