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2026/07/08 アートカフェ・ブルーテラス
2026-07-11 29:10

2026/07/08 アートカフェ・ブルーテラス

 ショーン・タン『アライバル』 言葉のない物語が語る「出会い」と「共生」

感想

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ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さんこんにちは。ブルーテラスマスターの伊藤です。
今週も美術の話でひとときはともにお過ごしください。
本日も、あやちゃん松浦さん。
こんにちは。
元気ですね。
元気ですよ。
7月の暑さにも負けず。
はい。
フロアラさん、今日もよろしくお願いします。
はい。おいしいコーヒーを入れましょう。
今日はね、先週はサクラダファミリアを話しましたけども。
次はどこの国かな?
あの建物がまるで絵の中にあるっていうか、そんなような本を探してきましたので、今日は紹介したいなと思います。
ショーンタンというですね、オーストラリアの絵本作家の方の書いたですね、アライバルという本です。
多分あの皆さん初めて聞くんじゃないですか。
初めてです。
今日はね、カフェにこの本を持ってきましたけど、全く文字がない、言葉がない絵本、絵本といいますかね、物語ですね。
絵本にしたら分厚いですよね。
そうですね。だから絵本というイメージではなくて、全く文章がなく絵だけでずっとストーリーが続いていく。
解説してますよね。
私たちは日本語でこれが解説できるし、英語の人は英語で解説できるっていう、言語に関係なく読み込まれますよね。
絵での説明って。
しかもこれはフィルムのコマ送りみたいな感じの絵ですよね。
トーキーのサイレントですね。サイレントの映画を見てる。
そんな感じ。しかもこれモノトーンでしょ。
セピア町に描いてある。
セピア町。でもなんか色が感じますね、ずっと見てるとね。
色を想像しちゃいますね。
色んな国の何か少しずつが入ってるみたいな。どこの国って言えないような。
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でも地球じゃないような気もしますよね。
ただその中で見てるとね、オーストラリアという国が移民の国でしょ。
そういう意味ではそういう思いを持った人が世界中から来て、希望もあるんだけど不安も当然あるわけです。
ここで生きていけるだろうか。
それからなぜ自分の国を出てここに来なくちゃいけなかったのかっていう背景もあるし。
そんなようなものも感じるんですね。
ちょっと戦争みたいな不安な描写もありますよね。
ですからね、ちょっと本当に不思議な世界を見てるんだけども。
なんかでも家族の歴史みたいな。
家族で帯でやってきて、最後はまた新たな別れなのか旅立ちなのか。
子供の成長によって家族の帯が変わっていくみたいな。
何しろ相当長いストーリーなんですよね。
長いですね。
多分これを文章にしていったら相当長いストーリーになるかなと思うんだけど。
絵もすごい枚数描かれてますよね。
そして細かくて。
これ何で描いたんですか?
これはね、自分やモデルを使って写真を撮るんです。こういうポーズとかね。
それを今度鉛筆で描き直す。
そして描き直した後は架空の建築。
だからそれこそさっきの桜田ファミリアンのような。
あの建物だって一種、今までに我々にない建物としてあるもんね。
同じものはないですよね。
それをそこの中に背景に加えたりしていって。
そして最後は古いアルバムみたいなセピア町に変えるわけですよ。
異世界行く。
動物とかを全然見たことがないような、地球上にはいないようなファンタジーの生き物。
みたいな描かれ方をしているけど。
登場人物はどこかでいそうな人ですね。
そうですよね。
人に関してはすごく、どこの国の方かも分かるぐらい地球人ですね。
でもいろんな国に入っている。アジアだったりとかヨーロッパだったりとか。
ショーン・タンさんっていうのはオーストラリアの方ですけど、ルーツはどこなんですかね。
タンっていうから。
アジア系?
アジア系の人?
この方ですね。写真を出してくださいましたけど。
なんか普通の若者じゃないですか。
若いですね。
マレーシアですね。
マレーシア?
父親が移住してきて、そこで生まれたという。
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1974年生まれ。
本当にまだまだ。
自分の年だよね。
代表作としてはアライバル。2006年に描かれていて。
あとは第83回のアカデミー短編アニメーションの賞を取ってますね。
いろいろそういう点では受賞している、評価を受けている作家。
リマスターはどこで出会ったんですか?
たまたま本屋に行って手にしたというか、見てこれ面白いと思ってね。
本屋さんで出会いなんですね。
そうなんです。
その後では好んじなかったんですか?
全然知らなかった。
初めてこれ。
何これっていう。
この本は松浦さんはよく行かれる?
そう。
周高堂書店。
そうです。
交付の。
ありそうですよね。
ありそうです。
周高堂さん。
あそこにはあるっていうね。
それでこれを手にした時に思ったのは、
今の自分はそれなりの年齢を重ねてきて、
例えば戦争であるとかって直接体験はないわけですよ。
でも映像であるとかいろいろなものを聞いたりした話とかっていうものが、
一応経験と言えるほどないかもしれないんだけどイメージとしてはあるわけですよね。
それで見て、それを一生懸命投影しながら見ていくという。
見たことがないようなドラゴンみたいなものが出てきたりするんだけど、
そういう意味では宇宙の話とは思えなかったの。
身近なもの?
外にある世界と内にある世界をそのまま2つに合わせてみたいな感じがしてね。
先ほど無線映画っていうかサイレントっておっしゃってたけど、
この本を見ながら子供にその都度読み聞かせるときにいろいろ物語が作れるから。
これガウディの建築みたいじゃないですか。
たぶんショーンタウンもそういうガウディの建築なんかも当然影響を受けていると思うんですね。
ページを見ると大きな絵もありながら、
コマ割りのようなアニメーションのコマ割りのような表現もあるんですね。
手の動きが一つ一つ描かれていて。
そして大きな人物が向き合っているとかね。
不思議だですね。絵本というか劇画みたいですね。
絵本というと子供をイメージしてしまうんだけど、大人向けの絵本と考えていいんじゃないかと思う。
人の表情がすごく豊かで。
柔らかく描いてありますよね。
どういうことを感じているんだろうみたいなのがかなり感じられてくるよね。
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自分自身に投影されるってことですよね。
そうですね。
じっと見ているとこの中に入っちゃいますね。
そんな感じ。
松浦君はどの人かなみたいな。
本当にその辺に昔こういう人がいたなみたいな。
こういうおばさんいたなとか。
あの時の友達こんな顔してたみたいな。
そういうことを思い出すような感じがあるんですね。
ですから絵でこれだけ自分を投影できる、入り込むことができる絵ってなかなかないなと思ってね。
美術館なんかでも見ているとこれはと思ってなんとなく入り込むものもあるけども、
やっぱりなかなか中まで入れない。
でもこれはいろんなページを見ていくたびに入り込んでいくなって感じがします。
基本的な物語としては主人公は家族を残して新天地に向かう。
見知らぬ国に到着して、でも言葉が分からない。文字が読めない。
それから習慣も文化も理解できないという困った不安の中にいる。
でもその中で助けてくれる人が現れて、同じような経験した人と出会って、
少しずつ新しい生活を築いていくというストーリー。
でも最後の方では紛争のような場面があって、
そしてそれが終わってまた家族との再会とか、
そしてまた新たな別れみたいな、そんなような場面もありますよね。
本当に不思議な世界観を出していて、
どうなんですかね、オーストラリアというと新しい国ですし広大な国ですよね。
だからそういう意味ではここに描かれているような、
中世ヨーロッパとか、そういうような建物はほとんどないはず。
でもそれに対するオマージュというか、そんなような思いもあるのかなという感じもして。
幻想的なね。
知らなかったらオーストラリアの人とは思えないですね。
そうなんですよね。
ヨーロッパのイタリアかフランスか、あの辺りの生まれかななんて思っちゃう。
そうなんです。私が手を取った時にチェコだとか、あっちの方かなって。
そうだよね。
改めて見てオーストラリアなんだっていうね。
でも移民って考えるとやっぱオーストラリアですよね。
オーストラリアの奥地にはそんな動物が。
これカンドルみたいじゃないですか。
まだ発見されていない動物が。
何しろいろいろなものを想像して楽しむという。
子供時代にいろいろなことを妄想するというか、こんなふうだこんなふうだという夢のようなものを楽しむという。
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そんなものがこの本の中にあるなと思って。
ファンタジーの要素もすごく大きいですもんね。
でも今ライバルって調べたら到着者、到着したものってことですよね。
だからやっぱりこの国にやってきた人。
ですから例えば今日本に、観光で来る人たちは楽しみがあって、
それこそ今はいろいろなものを調べて、あそこに行こう、ここに行こうということなんだけども、
全くそういうものがなくて、そこに行くということで、そしたらそこで初めて見ていくというね。
そうすると、「おお、なんだこれは?」とかね。
驚愕するものとか、恐れるものとか、不安になるものというものがあるわけですけど、
なんかそれがそのまま絵になっているなという気がしますね。
これはちょっと読み聞かせというか、黙ってじーっと見ちゃう。
そうですね。ほんと、じーっと見るか。
それとも誰かとね、誰かが声に出してその人の物語を聞かせてくれると、
えー、そんな風に思うんだって。
人物だけだとね、なんかその人物の表情だとか、それにグッと入り込んじゃうんだけど、大きな絵ですよね。
なんか自分見ていくと、それだけを見てストーリーを考えて、
ここはこんな街でね、今こんなことがあってね、こんな風なんだよねっていうような。
ね、フローラさんの物語ともマスターの物語も違った物語が描かれてそうで。
ここ港ってことですかね。みんながいろいろ地図を見たりとか、なんか時刻表を見るかな、バスか何かの時刻表を見たりとか。
そうなんですよ。空が、船が浮かんでるわけですよ。
浮いてる浮いてる。
なんかこれ見るとね、ラピュタ思い出したね。
そうだね、これ。
なんかネイティブなティピーみたいな船頭が立ってますね。
そうすると彼自身もひょっとしたらラピュタの影響を受けてるかもしれない。
2006年の作品であるなら、ラピュタはもっと前ですから。
十分考えられる。
考えられますよね。
子供の頃見てたんだよ。
そんなようなことでね、見ながら自分の記憶とイメージ、それを結びつけながら楽しめる。そんな作品だなということです。
確かに。不思議な本です。
後半はもう少しそれを深めていきたいと思います。
それではフロロさん、今日の音楽をお願いします。
はい、本日の曲はミシナサチさんの道国です。
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今の曲はミシナサチさんの道国でした。
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作品を見て、この音楽を聴いている間もですね、ちょっといろいろな資料を見ながら、すごいなーって思っていたんですけども、
例えばね、全く台詞のない映画、主人公のちょうど後ろ姿、時々横顔を見ながらずっと、
ずっと物流れが展開していく。そんな感じなんだよね。
だから何をしたいかってことは分からないんだけど、それにずっと付き合っていく。
で、見る側は、たぶんこんなことを考えているんじゃないかとか、その行為とか行動で、たぶんこう感じたんじゃないかということを予測しながら次の行動を見ていくというようなね。
なんか非常にドキドキしながら、主人公に付き合って時間を過ごしていくというような。
そして主人公が見た景観を自分も同時に見るというようなね。
なんか今までにないようなものを感じるんですけども。
そうですね。
想像ですか?妄想ですか?
昔こういう人いたのか、こういう場面あったのか、そういうことを思い出しますね。
そうですよね。
こういう顔の人いたとか、こういうふうな目で見られたとか、こういう部屋の雰囲気知ってるみたいな。
そういう、なんかやっぱりこの絵の中に入っていっちゃいます。見てると。
そうなんですね。
言葉がなくなります。
本当にもう何十年も前に初めてアメリカの方をホームステイで受け入れたときに、
やっぱりこうやって言葉が通じなくて、絵で説明したっていうファミリーがいて、
まさしくそれがここの中でも本の中でも再現されてたりとか。
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ああ、そうだよ。今だったらね、簡単にもう携帯で翻訳してくれるけれど。
アナログはこうでしたよね。
でもそのね、カフェ絵画をどう乗り越えるかっていうときの不安なんだけど、
乗り越えて繋がったときの喜びっていうのは、これが大きいなっていうね。
確かに。
生地、言葉があると邪魔になっちゃうかもしれない。
そうですね。
だから全体で見るじゃないですか。
表情とかこう、なんかいろんなのでさ、情報をとってこうじゃないかっていうけど、
言葉が分かっちゃうとさ、なんかああ、分かったで。
言葉でやっぱり表面的に理解したと思ってしまうっていうかね。
その辺とか深めることができないっていうことが。
時には誤解もするかもしれないけどね。
顔は笑ってるけど目は笑ってないとかね。
逆もあるよね。
すごい怖いんだけど目はすごく優しいとかね。
そういうのって結構残りますよね。
ですからそれぞれの経験によって。
それを考えるとね、今ちょうどこのカフェにいる皆さんはちょっと離れた方もいますが。
年齢ですか?
いやいや。
どう言ってもね、多分経験とかっていうことになると、
多分40過ぎるといろいろな経験ってある程度共通してくる、重ねてくると思うね。
例えばこれを10代とか20代、あるいは元、その後幼児とかとなるとまた違った見え方がするし、
これ以上入り込めないかもしれない。
ただ全く違う面で、なんか面白いものがいると言って、それを喜んで追いかけてみていくかもしれない。
だからそれぞれの経験とか興味関心によって、この本のストーリー展開っていうのは変わっていくんだろうなっていうね。
確かにね。
例えばね、いろんな経験してくると次はこうだなってことを考えて、今の経験を照らし合わせながら見ていくんだけども、
例えば幼児が初めて幼稚園に行った、保育園に行った、あるいは小学校に行ったときの日々がひょっとしたらこんな感じなのかなって。
どんな人に出会うんだろうかとかね。
不安と、そして同時に喜びと関わっていって関係ができていくっていうような。
そんな風にも見えるし、いろいろな見方ができる。
それぞれの世代に。
正解がない物語ですね。
大人の日本ですね、これ。
そうですね。
大人にとっては毎日がそのものだからって。
そうですね。だからそういう意味ではこれね、教科書にすると私いいなと思う。
教科書ね。
だから文字でこう書いてあるからこう理解しなさいではなくて、書いてないからこそこれでそれぞれ物語を作りましょうというような。
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でもそれは絵本ですよね。
そうそう。
文字が少ない中でその絵本に、絵に書いてある背景で私たちはまた新たな物語を作ったり、中に隠されているものを子供と一緒に探したりとかって。
ただ完全に文字がないっていうことは、そういう意味では絵本だと少しそこのところについては解説。
ただし用字が見た場合、字が読めなければそれはまた違った話になるんだけどね。
だから心理用法というか、その感じありますね。
そうですね。
絵を見てこのストーリーを作ってくださいみたいな、なんかそういうのあるんですかね。
そうそう、そこに出てくるのはやっぱりそこにある、その人の思いが出てきますからね。
会話型鑑賞、私が会話型鑑賞をやるときとかも、大人の方がやると、大人の方と一緒にやると過去の経験とかそういったものを持っている知識とかが言葉に出てくるんですけれども、
子供とかね、幼い子だと若ければ若いほど想像力とか、空想の世界とかそういったもので言葉が紡がれていくっていう感じがありますね。
それと同じだなって思いました。
そうですね。だからある程度もう破綻のないものを繋いでいく場合と全く新たな、全くそれとそれが繋がるの?っていうようなものができてくるとかね。
できればその辺をいっぱいしてほしいなと思うんだけども。
だから正解はないから、自分の感じたままを出してみていいんだよっていう。
でも意外にそれって難しいんですよね。
そうですよね。
特に外に出せない。
自分の中で楽しむ分にはいいんだけど、これ外に出しちゃったらどうなんだろうっていって躊躇する場面っていうのはあるんだけど、
それを楽しめるようなね。
なんだろう、なんだこの感じっていうのは残るんだけど、それが何なんだっていうのはよくわからないことってあるでしょ。
子供なんかそういうのあると思うんですけど、
そういうのがある程度年がいってくると、それがこういうことじゃないかってわかってきたり。
ちょっと深いですね、この。
すごい深いな。
10代、20代、それぞれのところで節目節目でこれを見ると見え方が変わってくるかもしれない。
でも20代の時にこれを見てどう感じるかな。
興味を示すか、何これみたいな。
私たちはこの時代をある意味生きてきて、ちょうど同年代がちょっと上じゃないですか、作者の方たちからすると。
特に今ショート動画みたいなのが見慣れてるとね、ちょっとなんだこれみたいになっちゃうかもしれない。
でも逆にショートの動画のようなものではないね。
もう少し自分が投影できるものとして新しいものを発見するかもしれないしね。
人間の表情がすごいと思ってね、視線とかね。
本当にパッと入ってくるような視線表情なので。
ずっと見たら問題の中に入っちゃうよ、これ。戻ってこれなくなっちゃう。
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だからこのショータンが短編映画を作ってるということで、ある意味ではこれもう絵コンテですよ。
そうですね。
それを描いていて、そしてそれでアニメを作る。
でもその絵コンテを逆に我々は見て、そして頭の中でアニメを作る。
なるほどね。
そんな感じかなっていう。
やっぱりディスカッションするのが大事ですよね。
そうですよね。
ただ見て感想を言い合うだけではなく、それについての。
今日見た物語と明日作る物語はきっと違いそうですね。
まさにって絵コンテと作品って分かりやすいね。
自分の中で作品を作るんだよね。自分が監督になって、俳優になってやるわけ。
だからそこには演出が変わってくるわけ。誰が監督になるかによってね。
だから全てこれは絵コンテで、見る人が監督でストーリーを展開していく。
そんなような。だから経験によってまた変わってくるし。
そうですね。
そうなるときに材料があまりたくさんあるよりも、限られた中でやる方が幅が広がるってことですね。
そうですね。
楽しかった。
なかなか面白い本ですので、このショータウンの作品はこれからも追いかけてみたいなと思います。
自分自身の人生と重なる何かを見つけることができる。そんな本ではないかなと感じました。
ビューは見る人の心の中にある。次回もアートをめぐるひとときをご一緒に。マスターの伊藤でした。
この番組は大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りしました。
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