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2026-03-14 29:10

2026/03/11 アートカフェ・ブルーテラス

 河鍋暁斎(幕末から明治期の絵師)

感想

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サマリー

このエピソードでは、江戸末期から明治期にかけて活躍した絵師、河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)に焦点を当てています。番組では、彼のユーモアあふれる作品、特にカエルをモチーフにした「風流カエル大合戦の図」や、虫たちが楽しそうに宴を開く様子を描いた作品などが紹介されました。これらの作品は、当時の庶民の暮らしや楽しみ方を反映しており、生き生きとした描写と鮮やかな色彩が特徴です。暁斎は、浮世絵の技法と狩野派の伝統的な絵画技法を両方習得し、独自のスタイルを確立しました。幼少期から絵を描くことに情熱を注ぎ、カエルや自然の観察に没頭するエピソードが語られ、その「描く鬼」と称されるほどの探求心と集中力が、彼の豊かな表現力の源泉であることが示唆されています。晩年まで絵を描き続け、カエルを愛した彼の生涯は、芸術への情熱と探求心の象徴として描かれています。

アートカフェ・ブルーテラスへようこそ
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、
アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さんこんにちは、ブルーテラスマスターの伊藤です。
3月も穏やかな日差しが感じられる頃となりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
今週も、美術の話でひとときはともにお過ごしください。
改めまして、こんにちは。
こんにちは。
先週はね、長寿儀が取り上げて、
私調子よくね、どうだどうだって言って寝てたんだけど、
この中でカエルを嫌いな人はいませんでしたね。
中にはね、え?なんて言う人もいるんでね、
後でね、あ、しまった、なんか無理やり見せたかな、とかね。
可愛かったです。
良かったです。あやちゃんがちょっと黙ったんで、ひょっとしたら。
あやちゃん、冬眠会の時目覚めてばっかり。
そういうことですか。
もう目が覚めました。
目が覚めました。
では、嫌いな人はいないということなので、
河鍋暁斎「風流カエル大合戦の図」
今週も長寿儀がの、
たぶん流れを汲んだろうなっていうことで、
カエルばかり描いた。
ばかりじゃないんですけどね、
カエル尽くしの作品を用意しました。
今ね、ちょっとこれ、すごく大きな作品なんです。
どのくらいのサイズかわかんないんだけど。
カエルばかり。
カエルがね、戦ってるんですよ。
ゲロゲロしてる。
色付きですね。
そうそう。
これ戦争してるってことですかね。
そういうことですね。
風流カエル大合戦の図という。
川鍋教祭というね、絵師の作品です。
江戸末期から明治にかけて活躍をした人なんです。
国際的にはね、北西だとかと並ぶぐらい評価されてる。
あんまり知らないですよね。
知らないですね。
でもこの教祭の作品、なかなか面白いんですよ。
それでちょっとね、どうしてもスタジオって言いますか、
この場所によってね、ちょっと少し拡大したものを探してきました。
はい。
かわいい。
ちゃんと槍持って鎧かず、服着てる。
そのところをね、見ると。
そうなんですよ。
この槍はガマの穂ですね。
そうなんですね、ガマの穂なんですか。
鎧はこれ、草の葉っぱ。
葉っぱですね。
で、乗ってるのはヒキガエルですか、馬のおかわりとか。
そうだよね。
ウシガエルって言うんですか。
ウシガエルなのかな。
乗ってるのが大将ですか。
かもしれないですね。
大将なのかね。
行けー!っていう感じで。
そうですよね。
すごい勢いでね。
尋なお。
尋なおってね。
で、もう一つ、これ見ててね。
あれ、長寿木がちょっと違うぞっていうのがあった。
まあ色がついてるっていうのは当然違うんだけど、目なんですよ。
カエルの目。
表情がありますね。
表情がね、特にね、すごい厳しいというか、戦うぞっていう。
真剣な。
真剣な。
でも考えてみたら、カエルの目ってこんな感じもするよなっていう。
こんな目してますね。
非常に細かな描写がされてます。
なんか生き生きとしてるっていうかね。
色もいいですね、これ。
色もね。
色も綺麗ですね。
そうなんですよ。
手のところとか確かにカエルのってこんな色してるなって。
そうなんです。
で、これは半画なんですね。
半画。
だからちょっと見てもらうと、線と色がちょっとずれてるでしょ。
本当だ。
で、この黒い線があるっていうことは浮世絵の木版の。
半画。
これを半画すごい。
細かいですね。
っていうことは江戸幕末で言いますかね、江戸末期ですから浮世絵の流れを組んでいる方。
へー。
っていうのが川鍋教祭なんです。
面白いね。
知らなかったですね。
ユーモアあふれる虫たちの宴
他にもどんな作品を残してたんでしょうかね。
そうですね。じゃあちょっと見ましょう。
かわいい。
いいな、これ。
これは虫。
虫ですね。虫といってもコウモリもいるしね。
セミもいるし。
でもなんだか楽しそうですね。
楽しそう。大合唱。
楽器、太鼓持ってるじゃないですか。
あとラッパですかね。
あれはハスの実ですよね。
あれを太鼓のようにしてね。
叩いてるんですね。
叩いてるっていう。
面白い。
セミもいるし。
ですからこれはね、お祭りのときに人々が楽しんでいる姿を虫とかに置き換えて表現しているというふうに思いますよね。
なんか歌って踊って。
かわいいですね。
だから江戸の庶民がこんなふうに楽しんでたというものをここで表しているという。
だから人が踊ったり歌ったりしてるっていうのは当たり前なんだけど、こういう形でカエルとか虫とかなんかに置き換えるとまた楽しみ方が、見え方が違ってくるなっていう。
なんかすごくユーモアがあるっていうか。
そうなんですよね。
さあ、それからね、このこれ。
イノシシ?
なんかイノシシがずいぶん小っちゃい。
逆に言うとカエルが大きいかもね。
実際のものとはずいぶん縮尺が違うんだけどね。
コウモリ?
ムチみたいなもちですね、何かね。
あおってるって感じですか?
でもイノシシのメンブレットちょっと、え、冗談じゃないよっていうのはね。
ちょっとマジですよね。
真剣な。
カエルの目も結構これすごいですね、目力が。
目力が。
なんかあの、ファイヤーって感じですか?暴れ馬に乗ってる。
そうそう、そんな感じだよね。
ですからね、この表現も本当に丁寧なデッサン、そして表情、豊かさ。
でも色が良くないですかね、青い花が後ろに。
貴嬌かな。
貴嬌ですよこれ。
ブルーの花が。
あれイノシシの尻尾に何かくっついてるのかな、何ですかね。
そうかもしれないですね。
それでね、この川辺共済が最初に死としたのは誰かということなんですが。
江戸時代ですか。
幸生の絵師として名を馳せた、宇多川邑義。
猫の描く人ですね。
ガイコスとかね、色々そういうものがあった。
これもですね、10歳になる前です。
暁斎の絵画のルーツと影響
この絵を描いたのは。
いやいや、描いたっていうのは弟子になってた。
なんかベラボーの世界でそういう若い頃、小さい頃から弟子に入るっていうのがありましたもんね。
そうなんですね。
でもこの絵、青がなかったらすごい沈むじゃないですか。
青がすごく効いてる。
バランスだよね。
左の上の方には、ムチのようにふっと曲がったものとか。
枝を持ったコウモリがいて。
それに対して今度はこちら側に青があることによって本当にバランスが取れてるという。
だから構図なんかものすごくしっかりしてるんです。
ところがですね、10歳になると死を変えます。
可能派に入門します。
だから可能派ですから、当時武家の正統な絵ですよね。
そこに入って徹底的にまた絵を描くこと、それを学ぶということなんです。
その絵を描くということの裏付けとして、こういう作品が生まれてきてる。
絵を描くのも修行なんですね。
これもそうですね。
これが可能派の影響を受けてるっていう。
確かに。
でもカエルがいる。
でもカエルがいるのね。
綺麗な女性が夕すずにしながらカエルの巣を見てね。
そしてそれを眺めてるというね。
上からこれ、ひょうたんでしょうかね。
ツルが。
そうですよね。
でもこの絵もやっぱり女性の足のところ、着物のところから、裾が割れてるところから、
ちょっと赤い襦袢が見えてるっていうお越しですかね。
色がね。
そうそう。
で、左見たらカエルが相撲をとってる。
だから絵そのものはね、やっぱり浮世絵の流れなの。
だけどしっかりとしたこういう描き方をするっていうのは、
やっぱりカノオ派でしっかりと絵を描くことをね、学んできた。
その江戸時代の、江戸の末期までにあった様々な技法であるとか、絵の描き方ですね。
それを川辺教祭は全部自分の中に入れて、
そして明治に入って作品を、江戸時代もそうなんだけど、この時代に作品を描き続けたっていう。
だからこの絵の中には本当に今までの日本の美術の流れが全部詰まってるっていうね、そんな感じもしますね。
なんかでもうちは持つだけで、季節がもう夏から秋に映るところなのか、周りなのツタ、ブドウなのか、なんですかね、わかんないけども。
ツタがね、スーッと左手下にスーッと降りて、そしてその下にカエルがいて腕を組んでるとかね。
カエルが取り巻いて相撲を見ながら、その中に女性がスーッと自然にね、それを見てるという。
構図もね、すごい構図だなっていう感じもしますね。
こんな作家がいたっていうのは、改めてちょっと驚いたわけなんですけど。
知らなかったですね。
知らなかったですね。
こういう、あと風刺画みたいなものとかですね、そんなようなもの。
そういう点では先ほどのね、カエルの合戦の絵なんていうのがあるし、風刺的なものもあると言えると思いますね。
「描く鬼」としての河鍋暁斎
西洋や中国、いろいろな近代日本の様々なものを取り入れていったという、そんなことで、彼のことをですね、ガキって言います。
ガってのは絵ですね。
で、鬼。描くことの鬼なんですよ。
という風に呼ばれてた。徹底的に観察をする。
そしてそれを描き込んで、その動きを記録していくという。
それをね、やってたようなんです。
エピソードとしてね、芸者さんのね、帯がすごく気になって、それをスーッと追いかけてね、描いてたらしいんです。
今で言うとストーカーのように勘違いされたというね。
その帯の方に。
そうそう。スーッと追いかけてそれを見ていくっていう。
それが子供の頃。
ガラガってことですね。
ガラガラ。
付いてってどこに行っちゃったか。自分も今どこに行くかわからない。
そう、そう。
何しろそういうね、何しろこれはって思ったときの集中力。
自重になっちゃうんですね。
その積み重ねの結果として、これらの作品がある。
だから、様々なところに目を向けても、すごくしっかりとして描かれてる。灯籠にしてもね。
そうですね。
すごいですね。苔蒸した様子とか。
蒸したところとかね。どこも、こんなもんでいいんじゃないっていう感じじゃないんですね。
カエルいっぱい捕まえてたんでしょうね。
ゲロゲロ。
カエル大好きなところはね、後半に少し触れたいなと。そんなふうに思いますけども。
でも、本当に色もしっかりしてる。
この色の使い方っていうのは、やっぱりカノン派の色かなって感じもします。
女性の表情もいいですね。
顔のね、表情いいですね。
そうですね。
こういうふうにちょっと薄めにさして。
そうなんです。では、後半には幼少期、どんな子供だったのかなんていうことも触れながら進めていきたいと思います。
幼少期のカエルへの情熱
それでは、フロアラさん、今日の音楽をお願いします。
はい、本日の曲はミシナサチさんのBorn to be Loveです。
歌いたい
声にならぬ声
ふたりは命を燃やして
生きることを
見つめ重ね
幸せになるために
私ここで耳を澄まして
あなた待ってる
目をかざしてみる
声に出して呼ぶ
ふたりは命を燃やして
生きるため
見つめ重ね
愛されたいの
だからこそ
針の恋が
真実ならば
愛に変わる
幸せになるために
私はここで
耳を澄まして
ずっと待ってる
Born to be love
カエルを描き続けた少年時代
I was born to be love
この歌
歌った今の曲は、ミシナサチさんのBorn to be Loveでした。
はい、それでは後半は、カエルを描いた川辺共済の幼少期に目を向けていきたいなと思います。
はい、カエルが大好きだった。
それでね、今カフェに出してるのはね、
幼少期の頃を思い出して描いた、自分の幼少期の頃を思い出して描いた絵なんです。
カゴに乗ってる?
カゴに乗ってます。
あ、じゃあ結構いいとこのおぼっちゃばだったんですか?
そうなんですよ、おぼっちゃばなんですよ。
カエルを捕まえて…
カエルをもらって喜んでるわけです。
すごい嬉しそうな顔でしょ?
そうやね。
それでね、これをね、お菓子を持ってた、入ってた袋にカエルを入れて、大事に家に連れて帰ったそうです。
その時にね、同時にこの人たちにカエルをくれたお礼に、なんか卵があって、
それにささを持ってきて、そのささを使ってカエルのような形を作って渡した。
またそれが大評判だったっていうようなことがあったようです。
で、この絵も実際に自分の幼少期の頃を思い出して描いてるんだけど、とてもしっかりしてますよね。
そうですね。
墨で描いてある絵、本当にこのしっかりとした、
なんか見てるだけで、あ、こんな気持ちよく描いてるなあっていうね、気がするんです。
そうですね。表情がすごくいいですね。
そうなんですよ。
で、カエルが大好きだっていうことで、もう一つね、カエルが好きだったっていう絵。
これも実際に幼少期こんなことしてましたって。
ガラスの箱に入れて?
ガラスの箱にカエルを入れて、
ガラスって書いてありますね。
そしてそれを観察しながら絵を描いてるわけです。
あれだけリアルに描けるわけですね。
ガラスってあれに書いてあったわけじゃなくて、
そういうもんだってわかるように説明的に書いてある。
そうなんです。これガラスだよって説明してあるわけだよね。
本当にじっくりまず見て、そしてそれを描いていく。
だから前半に見ましたね、カエルの動きとか表情とか。
もうそれが本当にリアルに。
かえって長寿記画のときは確かにカエルとかなんだけど、
動きなんか人間に見せて動きでしょ。
だけど教祭の場合はまさしくカエルの動きがそこに描かれてるわけだから、
何かに例えるというよりもカエルが描きたい。
そんな作品なんです。
何しろ一つのものに夢中になると徹底的に見るということで、
こんなエピソードもあります。
幼い頃川遊びをしている最中に、川辺で人の骨を見つけたんだって。
それを普通、ああって思うでしょ。そんなの見たらね。
なんだって思って家に持ち帰って観察して絵を描いてた。
何か恐ろしいなって感じがするんですけど、
でも教祭自身ですね、そういう妖怪であるとか恐ろしいものなんかも
たくさん作品として描いてるそうです。
ここのところはまた違う機会作って作品見てみたいなと思うんですけど、
最初についた先生が双川邦吉ですね。
そうすると、彼も外骨の絵と。
想像できますね。
描いてますよね。
そうなんですよ。一生懸命描くんだけど、
10歳で今度は先生が変わった。
家納派になった。
家納派になった。それはなぜか。
実は本人の意向ではなくて、父親が邦吉のところにいると、
邦吉がまともなことしてないから心配だって言って。
そこが悪い。
ということで、こっちへ行きなさいと。
看過されても困る。
困ると。そんなことで家納派に移ったそうです。
いろいろね、父親も心配だったんでしょうね。
カエルへの愛と墓石
でもそれができるっていうのはやっぱり、
先ほどの家納の絵にしてもそうなんだけど、
経済的には恵まれていたということですよね。
こんなことでいろいろなものを描いていく。
何しろ観察する。何しろ見るっていうこと。
その以前にやっぱり好奇心が旺盛で
徹底的に探求していくという。
それがあって、ここに絵があるという。
そんな幼少期を過ごしたわけですけど、
たぶんその幼少期の様子は大人になっても変わらないんでしょうね。
ずっとそうだったということだと思うんですよ。
これが本人の写真です。
あとお墓もすごいですね。
そうなんですよ。
石を。
カエルっぽい。
そう、カエル。
カエルが座ってる。
確かに。
破壊石がカエルのような形。
まさしくね、そういう点でのね、
教祭が何を言ったかというと、
破壊石に庭のこの石をカエルのような形をしているから、
もっとカエルらしくして破壊石にしてくれというような言う言を残したそうです。
カエルになりたかったのかな。
生まれ変わったらカエルになりたい。
ちょっと言ってみたいですね、こちらのお大事に。
古代らにあるというようですね。
生涯を貫いた芸術家
ところが実際には、今写真でも見てます。
この破壊石になっているのは、
庭にあった石ではなくて、天然の石を持ってきて置いたそうです。
これ掘ってというのは大変なことですからね、
家族もとんでもないことを言っているなと。
でもカエルに見えます、この石。
見えるように。
だから多分それに見えるような石を探したんでしょうね。
そしてこういう。
あったあった、ちょうどいいのになっている。
ですから本当にカエルに始まり、そして最後はカエルにで終わるというか。
カエルにカエルって感じじゃないですか。
終わるとこですか。
いやいやいや、すみません。
ありがとうございます。
でも画期、描く鬼ということにおいては、
本当にそれを貫いて、亡くなる直前まで描き続けたということなんですね。
確かにこの写真のお顔もすごいですね。
ちょっとただものではない。
笑ってますけどね。
笑ってますけど。
なんか目がすごいなと思って。
そうだよね、ガッとね。
ただものではないように。
出っ歯ですね。
一目見たら忘れられない。
写真なんですね。
今だとこういう写真があるとAIで動かすことができるから、何かもね。
そんなようなこともできるかなって。
勝手にそんなことするなよって思っているかもしれません。申し訳ありません。
でもやっぱりこの時代にこれだけの写真が残るということは、お墓も見ればそうですけど、経済的には。
そうですね。
何しろ幼少期からずっと思ったことを貫き通して、そして一生を得たという。
なんか画家の鏡のような仕事だったということだと思います。
またいろいろ作品を調べてみたいと思います。
美を見る人の心の中にある松田の伊藤でした。
この番組は大きな暮らしができる小さな家
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りしました。
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