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2026/03/18 アートカフェ・ブルーテラス
2026-03-21 29:10

2026/03/18 アートカフェ・ブルーテラス

田中一村記念美術館その1(奄美大島)

感想

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00:09
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、
アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さん、こんにちは。ブルーテラスマスターの伊藤です。
いかがお過ごしですか?
春目入ってきて、桜の樽にもちらほらというところですが、
今、私たちは天海大島に来ております。
天海大島というと、田中一村の美術館があるところですね。
以前、田中一村については番組で取り上げましたけれども、
どうしても天海大島に来て作品を見なくてはという使命感を持って来ております。
よかったですね。
素晴らしかったですね。
素晴らしかったというのが、美術館も当然素晴らしかった。作品も素晴らしかった。
しかし、それ以上に作品が生まれた場所ですね。
こちら、天海大島。
ここがですね、こういうところだから、あの作品の色彩は生まれたんだなということをね、
強く実感したというところです。
何しろ海ですね。
いい色ですね。
水の色というのは、太陽の日差しによって変わるということが頭の中ではね。
実際に山梨においても、山の中の湖とかですね、
いろいろなところで水に出会って、その色の深さということを感じるんですけど、
ある種限られた範囲なんですよね。
ところが、海というところの変化を改めて見ると、この広さと深さって言いますか、広がりですね。
それも色彩の本当に幅広い、ある角度によってどんどん色が変わっていくという。
そうですね。今の季節って夏の海水浴の季節ではないので、観光客も少なくって、
とても落ち着いた感じのこの南の島っていう感じを受けて、
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またその海の色、太陽がある時と曇りの時とそれぞれ表情が違うっていうのを今回見て取れて、
どれも素敵。
そうなんですね。何しろいろいろどっかの観光施設を巡るとかというよりも、
まずは田中一村の作品を見たいということ。
それから浜見大島って一体どんなところなのかという風景を見るということが大きな目的でもあったわけですので、
そういう点では風景の色の移り変わり。
海岸線を車で走ってもすごく素敵なところがたくさんあったし、
またちょっと寝道路に車を止めて海に降りれるようなところもあったりとか、
直接砂浜に降りて海を近くに見たり、また遠くから眺めてみたりっていう。
そうですね。近づいたり離れたり、高いところから低いところからいろいろなアングルで海を含めた風景を見ることが今回できた。
そうですね。海だけではなく、田中一村が描いた南洋の植物たち。
木や花。それもこの時期でも見て楽しむことができて、本当にいろいろな視点から楽しめる島なんだなって思いました。
何しろ時間とともに、あるその一時なんですけど、海の広がりによって南北の色の違い。
そうですね。
太陽が動いていって、いよいよ日が沈むその寸前の色の変化。
それが当然西に沈むわけですから、それが東の方の色と西の色の違い。
そうですね。あと空の上に雲があるかないかで、雲があるところはちょっとグレーがかって、雲がないところはブルー。きれいなブルー。
なんか境界線があるような感じで、本当に空の写り込んでるんだなって。
あれは本当不思議でしたよね。ここから真ん中から自分を中心にして、右を見ると左を見ると色が違うっていうね。
同じ海なんですけど。
こういうね、やっぱり広さ。何しろこれはやっぱり海という広大な面積ですね。
それから山に遮られない空の広さ。
そうですね。やっぱりこの海の中に生命がいるんだっていう。生命を育んでるんだっていう。生きてるっていうんですか。
06:12
そうですよね。
日々変化していくというか進化していくというか。
そういう中で海岸線に車止めておりましたよね。
そしたら白というのはベージュの砂浜なんですよ。
足元を見るとサンゴ。
貝殻の靴がたくさん落ちてて。
それを見てね、今まさしくフローラさんが言った、命、生命ですよね。
そうですね。
生命が循環の中で今私たちの足元にはそういう堆積したものがあって。
それらが土に変えるという。
そしてまた。
その上を歩くとまた気持ちいいんですよね。サクサクって感じで。
そうですよね。
ですからそんなようなね、いろいろな営みの中にほんの少しなんだけど関わることができたし。
我々自身もそういう点では大自然の中で営みの一部であるわけですよね。
そう考えると地球ってすごいんだなって改めて感じました。
そういう意味で地球の水平線を見るということ。久しぶりでしたんでね。
素晴らしかったです。
それからその色について考えてみるとベージュの砂浜それが徐々に海水に浸されて。
そしてその海水の色がベージュを感じるところから徐々にその先にはエメラルドグリーンなんですよね。
そうするとベージュとエメラルドグリーンが混ざり合ってちょっと灰色のような透明感がある灰色なんだけどそれがスーッと色が変わって。
青みがかった灰色というか。
でまたその先に空に雲があってその下は紫がかった青っていうかグレーというか。
ある部分がねウルトラマリンブルー深くなってそしてその紫色になって。
海青だけじゃなくてすごくいろいろな色がこう折り重なってというか。
そうなんですよ。
空も写ってるんだってすごく思いました。
そうですよね。
ですから朝日が昇る時がいる。
海の色とそして昼の午前中の色午後の色そして夕方の色そして夜の色。
本当にどの色を見てもですね魅力的なね。
そうですよねだから海と空と雲のその表情というか。
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水平線の彼方に雲があってそこにカーテンのような光が放たれていて。
あれは太陽の光なのかなと思ったら実はそうではない。
雲がちょうど落ちているような感じなんですね。
あれはスコフルが来ている。
本当に幅広い雲があるんだけどある部分では雨が降っていて。
カーテンの部分だけは雨が降っているとか。
これもすごく新鮮な。
そうですよね。
でもこちらでも太陽が照っているんですよね。
そうなんですね。
そういう点で空の広さということを改めてここで感じたところなんです。
ただこれは山梨ではやっぱり山に囲まれているということにおいて
自然の雄大さとか強さということを山梨でも感じるわけですけど。
山梨とは違った。
自然の楽しみ方ですよね。
そういう点での楽しみというのは改めて感じたところ。
そうですね。
ちょうど季節的には今こちら豆大島は梅雨が5月のゴールデンウィーク後から
その後台風のシーズンに入っていて
ちょうどこの3月というのは比較的穏やかな飛行だって。
ただ夜は寒いですね。
夜は寒いですね。
ですから実際に来るときにどんな服装で行けばいいのかなという。
当然山梨は寒いわけですから
それなりの格好をしてだんだんと飛行機の中で脱いでいくのかなということも感じたんですけど
空港に降りましたらやっぱり寒かったですね。
風があるとやっぱり寒いですね。いくら南国とはいえ。
そうです。ですからそれなりの服を持ってきました。
そうですね。でも地元の小学生は短パンにゴム通りで歩いていた。
ビーチサンダル。
ビーチサンダル。ごめんなさい。失礼いたしました。
そんな小学生を見たりすると
またやっぱり南の島へ来たんだなという感じがしますね。
でも本当に穏やかで良い島ですね。のんびりと。
そうですね。それで話を良い島だって話をずっとしているんですけど
天岷島。そこに田中一村が来て。
なぜ来たか。
ここら辺のところはまたちょっと触れてきましたね。
そしてここで何に魅了されて作品を描き続けたのか。
そうですよね。
あくまでも作品を見て今回いろいろ感じてきましたけども
それについては直接本人から聞くことができませんから
12:00
あくまでも私の一方的な妄想のようなものですけども
見解ですね。マスターの見解。
でも本当に色について目の当たりにして
こういう風に色が生まれてくるんだ。こんな風な色になるんだということを感じました。
本当にこれはそういう意味では今回作品を見に来る以上に
私自身が自分の作品の中でどんな色を使おうかということにおいて
これほど刺激を受けた経験はないなということを感じています。
そういう意味ではワクワクしているということなんですが
そういう環境の中で田中一聖という画家は千葉から九州だとかそういうところの経験を積みながら
最後は阿波見大島に来て
そしてどんな作品を描いていったのか
そんなところを後半はじっくり話をさせていただければなと
そんなふうに思っています。
フロアさんもいろいろ感じたところがあるようですので
その話もぜひ聞かせていただければと思います。
それではフロアさん、今日の音楽をお願いいたします。
本日の曲は三階さんのラメールです。
15:25
疲れ振り返す
ひとり
風に
空に
包まれて
でそわ
今の曲は三階さんのラメールでした。
前半は阿波見大島の話、自然の魅力とか海の色の話をしていきましたけれども
いよいよ、田中一村の作品について触れていきたいなと思います。
18:05
どうでしょうか。
なんて突然振ってもあれですけどね。
でもやっぱり私は今回の常設展にはなかった
個人像のものなので、なかったんですけども
やっぱりアダンの海辺
あれがやっぱりすごく記憶の中でも残ってますし
お店のね、美術館のショップでレプリカを買えたので
それがすごく嬉しいです。
そうですよね。
それでアダンの実がたくさんありましたね。
阿波見大島もたくさんありますね。
これはモチーフになるな。阿波見大島の象徴のようなものなんだろうなって感じがしましたね。
浜辺にありますよね。景色を。
そうですね。浜辺歩いたら随分ありましたね。
でも実際にどんな木なのかっていうのがわからなかったんですけども
今回この阿波見大島に来て、実際にこのアダンの木を見て
何か描きたくなるのがわかるような気がするって思いました。
本当にいろんな夕日が経って色が変わったりとか
実自体も青い固いものから熟すというか
時間の経過とともに色が変わってきたっていう感じのものもあって
木自体も面白い形ですし。
そうなんですね。だからアンリー・ルソーの世界を彷彿させるんですよ。
彼はパリから出たことなくて想像して描いたんだけど
まさしくそれがそこにつながるような。
ルソーの好きな私としてはそこで共通点というか
好きだなって思うのかもしれません。
だから田中一村の今回の阿波見の作品っていうものには
すごくいいなって思うのが
何がいいんだって言われるとわからないんですけど
でもすごく心を惹かれるものがたくさんあって
例えば彼の作品を見てると
緑とか青ってそんなに強く出てないんですよ。
ちょっと抑えてある。
その中にアダンのオレンジとか黄色ですよね。
そういう色彩がものすごく映えるんですよね。
映えることでバーって明るくなるっていうか
反対に葉っぱなんか光が当たるから
裏の影っていうか黒い感じで表現していて
そういう点では
どういうのかな、このアダンの実が
私は黄金色に見えるわけなんです。
ということで私の作品、今回作品見て
21:01
はーっと思ったのに実は
阿波見王子屋まで描かれた作品じゃないという作品に
ものすごく心惹かれたんです。
でもこのアダンの浜辺のこの海の景色も
阿波見の海を見て
この海だって
目の前に広がっているこの海は
アダンの浜辺の海と同じなんだって
そうなんですよ。
でもね、その原点、勝手にですよ考えて
原点になるのは実は阿波見に来るきっかけを作った作品
秋晴れっていう作品です。
千葉の時代
千葉の時代で本当に力を入れて描いて
それが
あの大根の作品ですよ
大根です。大根の作品
金箔が張ってあって
そして木があって
そして農家が描いてあって
その木の枝に大根を干してある
この作品
これはね
本当に可能派の流れを汲むような金箔の使い方
この作品はありましたね
ありました。
もうなんかそれを見てね
改めて
でもそのこの黄金の色が
僕はアダンの実に映っていったんじゃないかな
それから
あの空で夕焼けであるとかね
描かれた時の色
黄色
そうですね
これにつながっていくようなことを勝手に妄想してね
作品の前でしばらくね
座り込んで見てました
ある意味失意で認められなかった
本当に素晴らしい作品だと思うんですよ
素敵な作品だと思います
特にこの
暗い
暗いというか
木にしても農家の家にしても陰影で描いてるじゃないですか
そこにただ大根の白と緑だけが木に吊るされた色を放っていて
あとは黒とその屏風の黄色で表されているだけの作品
シンプルなんだけどすごく目を引くものでした
だから金箔と白が全然ぶつかり合わないんですよ
やっぱり金属のような色と
白の大根の色
大根を干すっていうのが生活の中の一部じゃないですか
農家の中の貧しい農家の人たちが畑で採れた大根を
夕空に干してたくあんにつけるのかわからないですけど
そういう生活の一部を金箔派のような表現で描いて
でもそれが受け入れられなくて
失意の下にこの南の島に来たわけですよ
24:01
でも受け入れられなかったのは一部の人にですよね
結局自分が出したコンクールの中で
評価されなかった
評価されなかった
これがやっぱりすごく大きいみたいですよね
だからもしそれが評価されていたら
ひょっとしたらここへ来なかったかもしれない
そうですよね
天見での田中一相の作品はなかったかもしれない
本当これは皮肉と言えば皮肉だし
やっぱりそのことによって
天見での彼の作品が生まれてきた
でも本当にこの美術館に来て
最後亡くなった時の様子
最後の写真の一枚残ったけど
本当に痩せてて
食べることよりも絵を描くことに
生活の全てを入れてて
紬工場で働いて賃金を貯めて
そしてまた貯まったら絵を描く生活っていう
すごくそれが何て言うんですか
海外で言ったらごっほとか
そういうふうに亡くなった後に認められた人たちの
その姿と重なって
すごく切ないような思いで見ました
それはある
だからちょうどゴッホとゴーヤンは大師
ゴーヤンの場合は相当いろんなことを大師でやったんだけども
その2つが重なったのが田中一相っていう感じもして
本当に勝手に妄想して
そうなんだなと思っているわけですけども
アンデルーソンもそうだったじゃないですか
ルソンも亡くなった後に認められた
そうですよね
だからその次の時代を作る画家は
どうも亡くなった後に評価されるっていうのがね
そうですよね
田中一相の場合はそんなに昔じゃないんですよね
そうなんですよ
改めて美術館の開設なんかを見ると
やっぱり亡くなってしばらくしてから
LHKの番組などで取り上げられて
徐々に広がっていったというね
そんなところがありますから
ですからある意味私たちは
同時に今起きていることについて
ほとんど触れることなく知らずに暮らしていると
そういうマスコミとか何かによって
報道されたり伝わることによって
初めてそこで知るという
これ誰もみんな同じだなと思うんです
ですからもしここで
27:00
私自身も絵を描くことをしていますけども
表現をする人が認められないからといって
そこに孤立することなく続けていく
たぶん今のほうが当時よりは
情報発信はしやすいかもしれない
それと同時にいろいろなものが
今存在できる時代ですから
そういう点ではラジオ大木の皆さんも
ぜひ自分が大好きな作家とか作品とかあったら
応援してもらいたいな
推しを作るということですね
美術の推しを
そういうことです
推しですね
まさしくそこのところが
すごく重要な要素があるんだろうなと思います
いやいや
このアマミでのお体験については
もう少しいろいろな機会を持って
話をしていければなと
そのふうに思います
いろいろ語り尽くしたいこと
尽くせないことですね
語り尽くせないことがたくさんあります
やっぱり絵を目の前にして感じるものって
たくさんありますね
そうですね
そんなことも楽しみながらやっていきたい
ぜひ本物を見てください
そうですね
またアマミは何度も来たくなる
という思いもありますので
良い場所ですね
そうですね
それは楽しみに
過ごしていきたいなと思います
美は見る人の心の中にある
増田美人でした
この番組は
大きな暮らしができる小さな家
小沢スタンダード株式会社
小沢建築工房の提供でお送りしました
29:10

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