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2026/04/22 アートカフェ・ブルーテラス
2026-04-25 29:10

2026/04/22 アートカフェ・ブルーテラス

 日本で活躍した外国人絵師たち

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サマリー

このエピソードでは、日本で活躍した外国人絵師たちに焦点を当てています。特に、フランス生まれで3歳から日本で育ち、日本の浮世絵師や画家から指導を受けたポール・ジャークレイが紹介されます。彼の作品は、日本の伝統的な技法を用いながらも、西洋絵画の影響を受けた独特の表現が特徴です。また、アメリカ出身のヘレン・ハイドは、日本の女性と子供の日常を優しい眼差しで描き、当時の日本の社会には見られなかった視点を提供しました。イギリス出身のチャールズ・ウィリアム・バートレットは、鎌倉の風景を描いた後、ハワイに移住し、サーフィンを描いたダイナミックな作品で知られています。これらのアーティストたちは、日本の版画技術を学び、自身の文化や視点を融合させることで、国際的な芸術の発展に貢献しました。番組の後半では、彼らの作品が展示されている三菱一号館美術館の建物についても触れられています。この美術館は、かつて銀行として使用されていた建物を復元したもので、歴史的な建築としても魅力的であることが語られています。

アートカフェ・ブルーテラスと新版画
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、 アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さんこんにちは、ブルーテラスマスターの伊藤です。
今週も、美術の話で一時を共にお過ごしください。
4月の後半に連休も間近となっていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
前回は、新版画のことで三菱一号館美術館に行ってきました。
川瀬波水の作品を色々と語らせていただきましたが、
波水ブルーというのは本当に美しいというか深い色だなということをね。
本当に素敵な作品がたくさんありましたね。
その中に外国の方の作品が何点かあったと思うんですが、
ポール・ジャークレイ:日本で育ったフランス人絵師
今回は外国人絵師ということで作品を色々調べてみました。
外国の方が絵師として日本で版画の絵を描いたと。
当然、彫ること、することにおいては日本人の職人が技を発揮したわけなんですけれども、
外国の方の絵というとやはり日本とは少し違う。
そうですよね、表現が違いますね。
そうですね、やはり油絵であるとか西洋の絵画の流れを受けて、
そしてそれを日本の版画と結びつけて昇華していくということなんですが、
ただ一人ね、外国の方なんだけども、日本で美術教育を受けたというか、
日本の画家から学んだという方が一人いるんですよ。
これはフランスで生まれて3歳で来日して、そして日本で亡くなったという方なんですけど、
ポール・ジャークレイという方なんです。
なんで日本に来日したんですかね。
どうしたんでしょうかね。
年齢的には3歳なので。
母親に連れられてということなんです。
両親ではなくて母親という記述がありましたので。
それで10代で浮世絵師と日本の画家である池田てるたかと松原、奥さんなんですね。
奥さんもやはり浮世絵の絵師で日本画家ということなんですが、
その夫妻に学んで浮世絵の技法と美術を習得したということなんです。
ぜひラジオ沖縄の皆さんもポール・ジャークレイということで調べてみてください。
どんな作品があるんですかね。
カフェでは今ここに出してますけど、なかなかですね、
どうなんでしょうか。
わりと真半画ってね、明暗なんかが、あと微妙な中間のトーンがあったりして、
すごい立体感があるんだけど、今私たちが見てる、これはあれですね、踊っている絵ですね。
オアラ風の盆ですかね。
わりとでも色も単調で、背景の方にはグラデーションがあるんだけど、
手前の人物は単調な色彩。
でも綺麗ですね。
すごく日本的な絵というか、これ外国の方が描いたとは見えないんですけど。
ですから、かえって外国の人にとっては、これが平面的な表現がすごく新鮮だったのかなって感じます。
と言いながら、このポール・ジャークレイは3歳から日本で住んでますから、果たして外国の方と言っていいのか。
なんともね、難しいんですけど。
他の作品なんか見てもですね、とても魅力的な作品がありますね。
これはバンガサをさした浴衣を着た女性ですかね。
全てが藍で表現されていて、藍色のお店のノレムとかすごいですね。
そして、北斎の作品を絵を描いているというような。
三浦置きですか。
そうですね。
お店の運動に北斎の浮世絵が飾ってあったり、あとはお皿ですかね、焼き物とか。
何のお店ですかね。
すごく日本的なお店で。
朝顔もほら。
ちゃんとこの青い絵の鉢に入って。
そうですね。これがなかなかですね、遠近法みたいなのがしっかり描かれている。
すごく女性が美しいです。
このジャプレイですね、いろいろ作品を作るんですけども、
いわゆる絵師をやりながら、ホリシとスリシを自ら指導すると。
こうしてくれ、こうしてくれって指導というか指揮をするんですね。
新版画というと、日本人が企画して外国でこういうものなら受けるだろうということで描いたわけですけども、
逆に言うと受けるであろうという対象だった外国の価値観を持っている方が作品を作るわけですから、
まさしく日本のこういうものを見たい、こういうものを作品にしたいという流れができるんですけど。
でもこれすごいですね、木の影といい、本当に夏の暑さを浴衣もそうだし帯もちゃんと絵柄が描き込んであって、
これすごく素敵な作品で、実物見てみたいです。
非常に風を感じるような作品だなという。
すごく涼しげな作品ですね。
そしてですね、この人また面白くてですね、日本だけではなくてですね、
サイパンダとかね、そういう海外の、それから中国ですね。
これは満州の宮廷の王女たちという、そういうシリーズの作品を作っています。
色数が相当たくさん。
何十回だったか、そんなような記録がある。
細かいですね。
本当に細かいですね。
版画で表す中国のこの時代の女性たち。
そうですね。
ですからちょうど1942年ですから、日本が満州ということですから、
まだまさしく本当にそういう時代の中で、彼はこういう作品を作っているということなんです。
サイパンに行ったというのもですね、同じような状況だと思いますね。
ですから日本が中国大陸であるとか、南方に進出していった。
その時代の。
その流れの中で描いているということなんですね。
なかなか非常に色が鮮やかで、ちょっと日本の作品とは全く違いますね。
版画なんですね。
というような。
ヘレン・ハイド:女性と子供を描いたアメリカ人版画家
ですからこの方は本当に先ほど彼も言ってますけど、3歳からですから、ある意味日本の価値観の中で色々影響を受けるんだけど、やはり感覚としては日本と違いますね。
それからですね、女性の画家もやはりいらっしゃいます。
どんな方かというと、ヘレンハイドというですね、画家です。
素敵な方ですね。
そうですね、なかなか素敵なですね。
アメリカのですね、版画家です。
で、明治期のですね、日本に滞在して浮世絵のね、版画技法を取り入れた作品で知られているという。
1899年頃からですね、約15年間日本に滞在して。
テーマはね、日本の女性と子供の日常を描くということをですね、描いてますね。
ですから、多分あの日本人が企画して、版画としたらあまりそういうテーマでは描かれなかったですね。
描かれないようなんですよね。
ほんと女性と子供を、なんかすごく優しい眼差しで色合いで描いてらっしゃるっていう。
そうですよね。
やはり構図の取り方なんかも、どっちかというと水彩画とか洋画の構図を感じる作品だなっていう気がするんですね。
フェレンハイドでですね、検索していただけるとですね、母親と子供、子供だけとかね、そういう作品がですね、出てきます。
これどこに作品があるんですかね、日本にもあるんですかね。
えっと、そうですよね。やっぱりあの欧米の方に、特にアメリカにたくさんあるようですね。
ぜひ、これを調べていただければなと思いますけども、非常にやっぱり女性ならではの視点なのかなって気がするんです。
そうですね。すごく表情も柔らかくて、子供たちに対する興味とか、なんかすごく優しさが出てるような感じがしますね。
これはあの、私が見るよりも女性としての視点で見るとまた見え方違ってくるのかなって気がするんですけども。
常にあの、見つめ合うんではなくて、子供とその母親のある視点がすっと進むところにつながってるっていう。
この時代って女性や子供をあまり、男性はこう大事にしなかったじゃないですか。
大事にと言うかどうかなんですけども、男性優位の社会の中で、それをこの女性と子供にスポットを当てて、こうやってなんか一つの作品に仕上げるっていうのは、なんかこの時代にはない日本の視点ですよね。
そうですね。ただこの、そういう意味ではね、ここで描かれている女性って着物にしても、子供の着物にしても随分、裕福な感じですよね。
絵柄なんかもすごいですよね。
でもそれでもやっぱりこういう風な作品が、対象物として描かれるっていうことは、今まで日本の中ではあまり見なかったというか。
そうですよね。そういう点では、当時のいろいろな子供の服であるとかね、そういうものを知る上でも貴重な作品ではないかなって。
資料になりますよね。
ナジオ15巻の滞在の中で、この作品をたくさん作った方です。
さあ、それからですね、もう一人いるんですが、チャールズ・ウィリアム・バートレット。
チャールズ・ウィリアム・バートレット:国際的な浮世絵復興運動
これも外国の方の作品で、鎌倉ですか?
鎌倉ですね。ポール・ジャクレがですね、パリで生まれた方。
そして、ヘレン・ハイドはアメリカ人。
で、このチャールズ・ウィリアム・バートレットはイギリス出身なんです。
結構、いろんな国からいらっしゃって、日本の反応を学んだんですね、皆さん。
でもこのですね、今私たちが見ているのは鎌倉という。
なんか永谷家に出てきそうだよ。
永谷家。
これが浮世絵漫画みたいな。
本当に非常にね、割と黒い輪郭があったりして、浮世絵の伝統的な作り方で、絵描き方ですね。
なりながらグラデーションも綺麗だし、構図なんかも非常に遠近法がしっかりと取れているということなんですけれども。
このですね、イギリス出身の画家、それで版画家なんですけれども、この作品はね、シカゴ美術館とかメトロポリタン美術館が収蔵されているそうです。
そうなんですね。
さあ、このことについてはですね、後半にですね、もう少し詳しくお話をさせていただければと思います。
それではフロアさん、今日の音楽をお願いいたします。
はい、本日の曲はミシナサチさんの愛しい想いです。
正しく輝いている
揺れる
愛しさだけが増してゆく
恋は花びらのように
優しく包み込むけど
想いは遠く消えてゆくように
ひらひら舞い散るように
あなたの腕に抱かれて
優しく包まれるように
愛しさは切なさに
触って青い光
call your name
won't you know this secret heart
優しく光る白い月が
I'm alone standing here
all wind is cold to me
想いは儚く白く
あなたの腕に抱かれて
優しく包まれるように
愛しさは切なさに
触って青い光
優しく光る白い月が
私の心を優しく照らす
想いは切なく白く
ただ今の曲はミシナサチさんの愛しい想いでした。
前半の最後のところで
チャールズ・ウィリアム・バートレットという方の名前を出しましたけども
後半はこの方について触れていきたいと思います。
イギリス出身だということでお話ししましたけども
シカゴ美術館にあるってことでひょっとしたら見たかもしれませんね。
いや、日本館の方は見てないから。
そっかそっか、行ってないか。
見てないですよね。
そうなると残念なところもあるんですけども
そしてこの方は国際的な浮世絵復興運動に寄与したという
これが浮世絵復興運動っていうのは新版画ってことになるわけなんですけども
ロンドンで美術教育を受けた後
フランスやオランダで印象派の影響を吸収してから
1909年以降にアジアを旅行して
そしてインド西論の情景を描き
1915年に日本に滞在したということなんですよ。
世界中を旅行して
そしてそこの土地の風景を描いた人なんですね。
横浜とか鎌倉、京都などを訪れて風景をスケッチした経験が
そのことが彼自身の作風が変わったそうです。
日本に滞在してですか?
それまでは印象派であるとかね
西洋絵画の流れの中で描いてきたものが
日本に来て絵の描き方、それがですね
作風が変わってきたということなんですよ。
そうなんですかね。
ゴッホとかいろんなその時代の方たちが日本に憧れて
日本の作品を吸収してまた自分たちの表現を出していった
その次の時代の人たちは実際に日本に来てまた影響を受けていった。
すごい良いですよね。
それはなんかね、ストーリー感じますね。
それでね、作品、鎌倉という作品を見てるんですけど
これなんかね、そのまま日本の情景、雪の中のね
そのままですね。
いやー、こんな作品を作ってですね、いたくているんです。
ところがですね、意外に早くですね、また日本から別の地に行きます。
どこ行ったかって、ハワイに。
しかし、先ほども言ったように
日本に滞在することで作風が一変して
そしてハワイに行き
すごいですね。
今の現代の作品のようなんですけど。
そうなんですよ。これ何を見てるかというと、サーフィンのね。
すごいこの波の表現、海の表現というか。
そうなんですよ。このね、なんと動きのある
どちらかというと浮世絵としても止まってるっていう意味なんですけど
このバートレットのね、ハワイでのサーフィンの作品は動いてるんですよ。
非常に綺麗なグラデーションで。
波の描き方がすごいですね。
人物が描かれてるんだけど、人物はほとんどシルエット。
ぜひこれをね、検索してみてください。
それ以上言葉ではなかなか合わせない。
すごいですね。日本の版画がここまでなんか。
そうなんですよ。
変化してまたすごく精度を上げていくっていうんですか。
そうなんですよね。
変化していくこの様は。
そうなんですよ。このなんともね、
どちらかというと鎌倉を描いた作品なんかの黒い線が割と強調されてたんですよね。
ですからそれは伝統的な。
でも、ハワイとかに移住して、
で、版画として作品を残したってことですよね。
そうですよね。
そうなるとやっぱり、
掘り紙とかすり紙とかは?
そこのところはね、もう少し調べてみますね。
ただ海外ではそういう意味での掘り紙とかすり紙はいませんから、
自分の作品として全部自分で掘る人もいるんです。
掘ってする人もいるんですよ。
描いて、すって、掘るの一人でなんですか?
やる人もいるんです。
ですからその辺のところはちょっと調べて。
でもこれ掘るのすごく技術いるじゃないですか。
ただ日本との関係がありますから、
日本に絵を送って、
日本で掘ってするということも起きるわけですね。
そういうことできるわけなんですよ。
でも広重のドラマを見たときに、
その色、色はやっぱり、
すり紙が最終的に色を重ねてくるんですけど、
元の絵の色をどう表現するのか、
それとも元の絵はあったとしても、
その後はすり紙たちの色の重ね方でまたその作品が変わってくるから、
共同、一つのチームで作り上げるものなのかなという見方もあるんですけど。
だからそれに何の手紙を書いて送るということもあるかもしれない。
これはちょっと調べてみると面白いなと思うんですよね。
それでこのバートレットなんですけども、
ハワイに移住して、
今、この色の美術館に多くの作品が収蔵されているそうなんですよ。
見てみたいですね。
また行きたいところができましたね。
このことで、実はハワイの芸術館に相当影響を与えたそうです。
ですからこのなんとも言えない透明感とかね、
こういうものっていうのは、
その後の作品に見ることができるかなという感じもするわけなんです。
何しろ外国の人たちに向けて始めた新版画なんだけど、
それを外国の人たちが描いていくことで、
自分が見たいもの、描きたいものというものを
ある面ではそこで融合していくというか。
広がってきますね。
日本だけのものではなく、
それが海外の方の視点が入って、
そしてこのモチーフが変わっていくことで、
そして色もすごく色々その国々の、
例えばハワイだったらこの海の色とか、
これ日本じゃないですよね。
そう、この色はないね。
この波もないと。
そんなところが面白いなっていうことを感じます。
こんなふうにジャークレーは人間を描いて、
版画制作の技術と国際的な広がり
ハイドは生活を描いて、
バトレットは自然を描いたということなんですけども。
もう一つ今回興味があったのは、
美術館なんですよ。
素敵な建物ですね。
三菱一号館美術館。
名前がね、
もともと美術館のために作られた建物ではなくて、
実際には今回美術館に行った建物というのは、
2010年に開館しているんですよ。
美術館として開館したのは2010年で、
それ以前には違うものだったっていうこと?
これ1894年に建てられて、
一旦老朽化で、
1968年に解体されちゃったんですよ。
それをまたそのまま再現した。
当然現代的な工法も、
特に耐震構造なんかも考えながら復元されたっていうことなんですね。
でも本当に中のドアとか、
入口とか階段とか、
とても時代を感じる造りでした。
整形図が全部残っているので、
そのまま復元したんですかね。
だからすごく温かみのある。
そうですね。
同時にあるでしょ、天井の高さとか。
そんな非常に改めて見ると、
また建物自体がとても歴史的な。
そうですね。残念だったのは、
レストランに入れなかった。
併設しているレストラン。
一回外に出なければダメなんですけど。
レストランの部分が三菱の一号ですから、
あそこに三菱が建っていた最初の建物で、
銀行だったところです。
レストラン。階段が高くてね。
銀行のレイアウトを使って、
そこにカフェ、レストランが作られている。
だからもしこれから行く方は、
先にレストランを予約してから、ゆっくり見て。
それが一番いいと思います。
お勧めいたします。
ちょうど昔、江戸時代は大名屋敷だったところ。
そうですね。皇居近くですからね。
幕末で、あそこがですね、
どんどん大名屋敷がなくなって、
そしてそれを三菱、
いわせきがたらんが購入して、
そしてあそこに三菱が原というような、
荒れた土地をああいう形にして、
今の繁栄している万能市が生まれていた。
東京駅のすぐそばですからね。
そうですね。
三菱一号館美術館の建物と歴史
そういう中に生まれた新しい建物、
そしてそこに生まれた新しい花。
ということで、作品がそういう意味があるかな
ということを改めて感じました。
ビューアービルストの心の中にある
増田瑞彦でした。
ご視聴ありがとうございました。
29:10

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