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2026-02-26 29:10

2026/02/04 アートカフェ・ブルーテラス

狩野永徳の作品

サマリー

このエピソードでは、狩野永徳の作品、特に「唐獅子図屏風」に焦点を当てています。永徳は狩野派の画風を大きく変え、それまでの水墨画中心から、権力者の自己顕示欲を満たすような豪華絢爛な金箔を用いた作品へと転換させました。特に豊臣秀吉に重用された永徳は、その権力と財力を背景にダイナミックな作品を生み出しましたが、多くは失われてしまいました。現存する「唐獅子図屏風」は、その歴史的背景や技法、そして失われた多くの作品への思いを馳せながら語られます。

アートカフェ・ブルーテラスの紹介と狩野永徳について
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、
アートと音楽に包まれ、何やらわいわい楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
こんにちは、ブルーテラスマスターの伊藤です。
今週も美術の話で一時をともにお過ごしください。
2月に入りましたが寒いですね。
まだまだ寒い。
本当に寒い。皆さんはどのようにお過ごしでしょうか。
今回はですね、前回取り上げました、
落中落外図屏風植えすき本を描きました、
加納英徳の作品を取り上げて話を進めていきたいと思います。
「洛中洛外図屏風」の迫力と狩野派の変化
先週の落中落外図屏、本当にすごい迫力で。
そうですね、描いてある絵もすごく細かかったし、
京都全体を捉えてすごく面白い内容でした。
スタジオで全体を見るよりもあまりにも大きすぎて見ることができなくて。
部分部分ずつ見て、でも金閣寺が描いてあったり、皇居が描いてあったり、
ちゃんと皇居の中も武根の桜と橘が描いてあったりで。
そうですね、京都にお好きなフローラさんをいろいろ見つけて楽しめましたね。
喜んでおりました。
その中でいろいろな有名な作品を作られたわけですけれども、
この加納英徳、加納派の中でもとても重要な役割をした人と言われています。
何かというと、加納派の絵の画風を大きく変えたということなんですよ。
今回は唐獅子寺屏風ということで獅子を描いた作品なんですけれども、
この作品自体が、あるいは前回の楽中楽外寺屏風に関しても、
それまでの加納派の作品とは大きく違っているということなんです。
どんなところが違っているかということなんですが、
まずそれまでその時代の権力者の屋敷に飾る襖であるとか屏風であるとか、
描いているということに対しては変わらないんですよね。
ところが描いている絵のテーマが大きく違うということなんです。
かなり時代的背景もあるということですよね。
そうですよね。
小田信長とか豊臣秀吉に可愛がられたというか、重宝してもらって。
もう一つは、代々の武器も名門であるとか、
その時代時代をずっと継承してきた、
治めてきた一族の流れの中があるんですけれども、
そういうところで好まれたのが、中国の山水画のような、
水墨画ですね。山水図であるとか、中国における古字であるとか、
当然その中にはいろいろな教えとか物語があって、
その物語を絵にしていったというのがそれまでの加納派の作品の中である。
でもこんなに大きく禁断のものをお城の中に飾るって、
時代背景と権力者の価値観の変化
時代的にはあまりなかったんじゃないですかね。
そうなんですよね。
それでここのところがね、小田信長も終わりの小さな豪族ですよね。
そこから成り上がっていったという。
そこから始まって全国的に、そして統一を進めていったということなんです。
で、秀吉に関してはもっと。
そうですよね。では農民ですから。
そうですね。ですからそうすると今までの、
伝統的なものから新たなものという。
価値観が表に出てきたということですね。
そうなんですよね。ですからそういう点で、
ある種の教養というか、この世はこういう意味でこうですね、というようなことではなくて。
見た目?
見た目というか、ここに私がいるんだという存在感。
自分を、なんていうんですか。
主張するというか、見せるため。その装置のような。
自己顕示欲がここに出ているということですね。
そう言ってしまうよ、そう。まさしくその、そういう感じですよ。
またね、意味での作品が、その最も特徴的なのが、
「唐獅子図屏風」の制作背景と技法
今回ですね、取り上げて話をしている、金寿寺廟ということなんです。
この絵は誰が描かせたんですか?
これはね、どうもいろいろな研究の中ではですね、秀吉ではないかということなんです。
そうなるとますます今、マスターが言った言葉が、そうなんだろうなってなってくる。
出来ますよね。自分を肯定するために、何もないところから来た。
何もないというよりも、身分が低かった自分が人の上に立つ上で、
その意向というか、相手を圧倒するための何か。
そうなんですよ。そういうね、そういう図柄なんですね。
それからもう一つ、技法的な大きな変化というのがあるんですけれども、
これはここでというよりも、新たに生まれたというよりも、
よりそれをクローズアップした方法として、金箔なんですよね。
そうですね。本当に金箔がふんだんに使われてますよね。
この色を見る限りに。
金箔、それまでは水墨画ですから、モノトーンのものですよね。
かなりお金もかかっているじゃないですか。
そうですね。当然その権力がある。お金がある。
財力と権力がないと描けない。
そうなんですよ。
描けない作品ですよね。
失われた作品と「唐獅子図屏風」の伝来
この金箔、実はもう一つが建物の中の照明装置のような役割をしていて、
当時の照明というと、ろうそくですよね。
そうですね。薄暗い部屋に。
そうすると、ろうそくの光を金箔が反射して部屋を照らすという、
そういう照明装置的な役割もあるということなんですよね。
ですからそれまでの水墨画の存在感、図柄も存在感があるし。
作品自体も派手ですよね。豪華見たんですか。
そうです。金箔なんていうと、金の茶室を作ってしまった秀吉ということなんです。
そういう権力者の下で、非常にダイナミックな作品を作ったわけなんですけど、
この金上徳の作品ってね、たくさんあったんですけども、消失しちゃってるんですよね。
それぞれのお城で。
そうなんです。一つは安土桃山時代ですから、安土城。
これはね。
あと大阪城。
大阪城、それから呪楽台ですね。
これは結局は、そこにあった作品が多くはなくなってしまったということなんですけど。
でもこの金寿寺屏風はですね、生き残りました。
屏風だったから、移動が可能だったということですね。
移動が可能だったんだけど、どこに移動していたのか。
今これがあるのは、どちらに所蔵されているんですか。
皇居ですね。三戸丸の方にあるわけなんです。
そちらの美術館にあるということですね。
なかなかね、国王なので簡単には見ることもできないんですけども。
昨年でしたか。山梨県で。
そうですね。やりましたよね。
県立美術館で。
さすがに国王なので来てませんでしたけど。
でも今は工事中で、この秋にはまた工事が終わってお披露目されるということですよね。
そうですね。今休館中ということで。
休館中なんですよ。
皇居三戸丸肖像館は、秋には新設の開館ですね。
全面開館って書いてありますね。
そういうことですね。
ですから、いろいろな国宝であるとか、そういう作品をより保管して、
そして見せるということにおいての新たな改築が行われてしまった。
楽しみですね。もしかしたら開館記念で、こちらの国宝が。
私たちの目にも触れることが可能ということですね。
それを楽しみに秋を待ちたいなと思うんですけど。
「唐獅子図屏風」の構成と作者
さあ、先ほど多くの作品が失われたということなんですけども、
この作品、この三戸丸の方に寄贈されるのはどこから寄贈されたかということなんですが、
これは毛利家から明治21年に公表に献上された。
じゃあ、秀吉が毛利家に差し上げて、最後は毛利家から天皇家に献上されたということですね。
そういうことですね。その屏風だけに先ほど運べるという話があったでしょ。
毛利責めに秀吉はそれを持って行って、そして秀吉の陣地のお城の中にこれを飾ったそこです。
そうなんですか。
そして、皇和を結んで、そしてその時に皇和の証として、
このカナシズビオブを毛利家に送ったということですよね。
だからこそ、焼かれずに現代に伝わったということですね。
本当にこの作品にしてみれば、そういう流れの中で今ここにあるんだというね。
時代の流れ、そして長い時間をこんな風に過ごして、今目の前にあるんだなということを改めて見るというか。
ちょっとその辺は今回まだ私は見たことがないので、見る時にはその思いを持ちながら眺めてみたいなと。
チャンスは秋ですね。
そうですね、秋ですね。
でも本当に見たことがないものを、いろいろなこういうものだということが別の絵師が描いたものを見るわけですけれども、
それをこういう大きな構図で。
背景はほとんどないですよね。
ないですね。なんか岩と雲なのか木なのか、それをこうキンキンと岩、岩、そうです岩ですよね。
これも栄徳の作品で、雲のようなものがあって、そこに隙間があって背景がちょっと見えるというね、この構図というのは共通するわけですけど。
それで右側にオスとメスの獅子が描かれています。
なんか縦紙があるんでね、オスもメスもみんなオスじゃないかなと思ったんだけど。
でもやっぱり体の規模がオスってことですよね、きっと。
まあそんな風にですね、描かれてね。
左側はまたちょっとなんか違う感じで。
ちょっとね、違うんですよ。どうもこれは栄徳ではなくて、常信ですか、が描いたという。その後になって描いたという。
でも続いているような感じですね。
そうですね。
この橋の。
ちょうどちょっと雲のようなところが。
金彩で描かれているけれども、なんか木の枝のような。
ですからそれをね、でもよく見るとやはりちょっとタッチが違うのかな。
獅子の顔が、また体の色が違いますよね、模様が。
若干その、あくまでも今モニターで見てるから細かなところまでわからないんだけど。
金の色も、なんか左側の方が少し明るいのかなっていう感じもね、するんですけど。
これは実際並べているのをじっくり見たいなという。
この構図で見ると、2極一層に見えるんですけど。
でももしかしたら違うかもしれないと思うんですね、それぞれが。
並べて描くということを目的として描かれたのかもしれないけれども、描かれた時代と作者が違うという。
そうですね。
さあ、そんなことをですね、語ってきましたけど、また後半この話を続けていきたいと思います。
音楽紹介と「唐獅子図屏風」の解釈
それではフロアさん、今日の音楽をお願いいたします。
はい、本日の曲はミシナ・サッチさんのAfter the Rainです。
After the rain 人影少ない 海辺に一人きり
After the rain 波の音だけが 切ない
With the end 今も覚えている
海のキャンバスに あの日を描いた
Good bye days あの日に戻れるのなら
Good bye days あなたに触れられる
ためらいもせず I love you
過ぎてく季節が 淋しいと目を伏せた
After the rain 重ねた唇
切なく離れた Last thing
今も覚えている 空のキャンバスに
未来を描いた
Good bye days あの時に何を言いかけたの
Good bye days あなたを取り戻せ
何もいらない 抱きしめたい I love you
ただいまの曲はミシナ・サッチさんのAfter the Rainでした。
「唐獅子図屏風」の解釈と制作背景の考察
はい、前半ではですね、カラジスローブというのが
カノン派の中でね、大きな、いろいろな点観点の象徴的な作品だということで
物語ではなく、その子にある存在、そしてその空間に住む人の意向といいますか
その存在を示すものとして大きな役割を持ったのではないかということをですね、話をしていきましたけれども
なかなかね、これ誰が最初に発注したかというのはね、まだ研究の途中だそうです。さまざまな説があるようです。
まあ文献が残っているわけではないですからね。手紙でも発見されれば、もしかしたら。
わかっているのは、毛利家から天皇家に献上されたということが、それ以降のさまざまな経緯というのは、たぶんこうじゃないかということで。
まあ、古文書が出てくればですね。
そうですね。ですからその専門の方々がですね、いろいろ研究されているということで、また別れ次第いろんなものが出てくるんじゃないかなと思うんですけれども
それでも、この本当に迫力のある動きですよね。
右と左の中で描かれてはいるんだけれども、やっぱり左の方がね、躍動感がある。
そうですね。
一頭のシシがだけなんですね、左側。
背景には滝のような風景があって、それに動きがあって、そこに飛び跳ねているという、走っているということで、非常に躍動感があるという、そんな絵なんですよね。
ですからまた、最初に描いた右側の二頭のシシの絵に対して、この一頭で躍動感があるという。
でもここに何かね、作者のね、ある思いとかストーリーみたいなのがあるのかなという感じがするんです。
描いてあるこのシシは有毛というか、そういう風な象徴なんですけれども、
右と左は本当に生と同で、またこう違う空間を作り出しているのかなって。
ただ、今これが別々に描かれたと聞いたので、そう見えるんですけど、
最初にパッと見た時には、同じ方が一つの作品として描き上げたのかなと思っていたので、
何か物語があるのかなと思っていたんですけど。
でもこれをね、見ながらね、見る人がその通り物語を作ってみてもいいかなと思うんですよ。
そうすると右側のオストメスのシシ、そして左側はその子供という風にも、見てもいいかなと。
ですから色彩なんかも左側の方が若々しい感じがするんですよね。
右側の方はどちらかというと色が少し抑えられていて、そして右側の方がまだ緑であるとかグリーンですね、緑であるとか。
それから大きな動きがあるという若さというものを示しているので。
ですからこの子孫が次に描いたわけですので。
でもこの色使いがすごく原色ではないんですよね。
日本の岩絵の具って混ぜるのが大変だったという風に教えていただいたんですけど、
だからこれ本当に一つ一つ丁寧に色を置いていったというんですか。
ですからこれだけの画面の中で、例えば金箔を貼っていくことによって大半を金箔で塗りつぶす。
そして描きたい、主体となるものに色を付けるという。
絵を描くということにおいては非常に理にかなった方法なのかなという感じがするんですよ。
水墨画であるならまた大きなものにずっと描いていく。
当然濃淡とか色を付けないところもあるんだけれども。
こういう風な顔料を使っていくということにおいては、
これ全部を顔料で塗りつぶすというのはまた大変な作業だなと。
そうですよね。ということは金箔の方が手に入りやすかったということなんですか。
狩野派の衰退と権力との関係
金箔画ではあるけれども、そういう表現上のものも含めて、
この金箔の、描く上でのあるいは見せるための意味というのはあるのかなという気がしますね。
同時に細かなところは徹底的に細かく描くことができて、
金箔によってその部分がクローズアップされるという。
そんな感じもしますね。
でも加納英徳の家とか、そういうところはないんですかね、記録として。
そうですよね。加納派に関してはちょうど明治以降、
これはずっと代々、加納派ということで親子の関係の中でずっと欠演できていましたから、
それが途絶えてしまっている。
なるほど。
ですからその点、衰退してしまったと思います。
この辺のところで、今の加納派とか、もちろんその辺のところで調べてみるとまた色々なものがあるかなと思います。
そこで衰退してしまったというのは、時代が変わって擁護されるべき存在がなくなったということですかね。
そうでしょうね。
これは例えばヨーロッパの王公貴族というようなお城であるとか、
そういうものがなくなったために絵が小さくなっていったのとよく似ているかなと思います。
大きなお城の中を飾るためのものではない。
そういう点での権力者と結びついた。
結局経済的な裏付けがないと続けられないということなんですね。
経済的なものも大きな権力の象徴としての空間ですよね。
そことの結びつきというのがすごく大きな役割をしていて、
それがなくなっていくためにこの存在というのもどんどん小さくなってしまったということだと思うんですよね。
でも少なくとも徳川の300年間はきっとこちらのお城だったり、
そういうところを飾ったんでしょうね。
そういう点では江戸城が代表的な場所だったと思うんですね。
あと二条城とかね、いろいろ残ってますから。
そういうところで可能派の作品を見て歩くというのも楽しみとしているかなという気がするんです。
作品と時代の文化、そして狩野永徳への期待
といっても、この秋の新しくなる。
幸福三郎の所蔵家ですかね。
これがますます楽しみだなというところなんですけれども。
それでもやはりテーマが変わるというのはね、
やはりいかに作品というのはその時代時代の文化と結びついている。
特に権力者と結びついているということによって作風が変わるというのは、
歴史を見ていってその時代にどんな作品が描かれているかということを見ると、
その背景が見えてくるという。
ぜひNHKの大河ドラマで主人公として、
加納英徳を扱ってもらいたいですね。
なんかすごくドラマがありそう。
その視点で本当に面白いなと思うんですよ。
これNHKの関係者聞いたらヒントしてもらえないかな。
本当にその時代その時代にどんな権力者がいて、
それを一人の絵師の視点で見ていくという。
いいじゃないですか。令和8年は加納派が面白い。
日本国内にある加納派を巡るたび。
加納英徳ですけども、
狩野永徳の最期と作品の消失
呪縛帝王の中の絵画を巨大な絵を描いている時に
働きすぎて過労で亡くなったということです。
ある意味絵を描きながら亡くなったというと。
幸せですか?画家にとっては。
なんとも言えないんですけどね。
でもきっと制作途中だったら悔しいですよね。
終わってからみたいな。
ですからそれもあるだろうし、
加納派の、結局一人で描いているわけではなくて
諸集団ですから、統領が亡くなったということで
大変な状態だったと思うんですけど、
でも完成させなければいけない。
そうですよね。次は私側がいたかもしれませんけど。
そうですね。と言いながら呪縛帝王も消失してしまった。
壊されてしまったんですね。
そうですね。
残念なところです。
エンディング
残念な話をお楽しみいただきました。
次はイルストの心の中にあるマスター・デイトーでした。
29:10

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