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2026/08/26 アートカフェ・ブルーテラス
2026-08-29 29:10

2026/08/26 アートカフェ・ブルーテラス

 モディリアーニはなぜ肖像画の瞳を描かなかったのか

感想

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サマリー

このエピソードでは、イタリアの画家アメデオ・モディリアーニの作品、特に肖像画における瞳の描写に焦点を当てています。モディリアーニの絵画には瞳が描かれていないことが多いですが、その理由について、初期の作品から晩年の作品までを比較しながら考察します。初期の作品には瞳が描かれているものもあり、ピカソの影響や、彼がパリに出てきたばかりの頃の様子も語られます。また、スーティンやピカソといった他の画家との比較や、子供のような純粋な表現を求めるモディリアーニの姿勢についても触れられています。 モディリアーニが親しい人や魂を感じた相手には瞳を描いたという逸話が紹介されますが、調査の結果、必ずしもそうではないことが示唆されます。瞳を描かないことが、作品に神秘性や捉えどころのない不安感、あるいは独特の表現をもたらしている可能性が議論されます。さらに、モディリアーニが彫刻に没頭した時期が、瞳のない作品が増える転換点となったこと、そしてアフリカ彫刻からの影響についても言及されます。彼の作品は、依頼者の似顔絵ではなく、彼自身の表現したいフォルムや色を追求したものであり、それが彼の作品の価値を高めていると結論づけられています。

モディリアーニの瞳の謎:初期作品から晩年まで
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、 アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
みなさん、こんにちは。
こんにちは。
今週もよろしくお願いします。
また、楽しみですね。
松浦さんの映画から受けた影響、いいですね。
この番組を作るために、どんどん出してもらえるじゃないか。
それを、たぶん、聞いているジャンヌモデリアには、 そうじゃないのよって、どっかでするんじゃないか。
そっちですか。
あやちゃんも、なかなか面白い視点を、また今日も出していただければ。
楽しみですね。
はい。
さあ、フローラさん。
先週は、瞳の話でずいぶん。
そうですね。
今日は、なぜ目を描いたんだけど、瞳を描いていないのか。
このところを掘り下げて。
だって、瞳が入っているモデリアーニの絵って、 見たことないですもの。
あ、そうですか。
じゃあ、それをまず見ましょう。
初期の頃ですか?
そうです。
初期の頃から。
それから、ちょうど彫刻に凝っていた頃。
そして、晩年の作品なんだけど。
水彩の?
いや、油です。
油絵?
23歳頃の作品です。
まだ、モデリアーニ風の作品ではないんです。
そうですね。
白い。お顔が白い。
白くて。
色が青で、
ピカソーの青の時代ってあるんですか?
それも影響があるかもしれないよね。
なんか、ちょっとそんな感じしますね。
パリに出てきて、
1906年にパリに出てきてますから、
ちょうどまだ出てきたばっかりですね。
でも、綺麗な女性ですよね。
多分、この時からモデリアーニ、いい男ですからね。
面倒見たくてしょうがない女性が周りにたくさんいたようです。
まあまあ、そんな。
それからね、
一目でいくとそうですね、これもあるんだけど。
これは、本当に亡くなる前。
先週も見ました。
モデリアーニの自画像がありましたけど、
それと同じ時に描いた奥さんの顔ですけど。
写真と全然似てない。
そうなんですよ。
ところがね、こんな…
目が。
目があります。
これ本人ですか?
これはスーティンという画家です。
技術仲間でね。
目がある。
目があります。
でもなんか、画家が描いた絵ですけど。
私も小学校、高学年から中学校の時に
こういう絵を描いたぞ、ぐらいな。
思いました。
私も。
今私は何も言えずにお二人の話を聞いてました。
先生に背景は一色じゃないですよって言われて
何色か使いましょうみたいな。
肌の色も何色か使いましょうって言われて
描いた絵っていう感じ。
だからそれまでの画家が描いた、
画家と言われるプロが描いた絵とは全く違うわけですよ。
ピカソだってそうでしょ?
10代の頃描いた。
美しい絵。
本当にデッサンも色も素晴らしい。
それがベースでアイ映画が生まれる。
だからそういう上手だよって絵描いていても
みんな同じような絵描いちゃうから
自分の絵、自分の色っていう。
これはもう中期、後期なんですか?
でも23歳くらい?
いやこれはもうちょっと。
でもね。
後ろのテーブルの大きさとか。
手もなんかちょっと、手の大きさとか。
でもなんかすごく伸び伸びした絵だと思うよ。
だからね、ここのところがもう20世紀に入ってるから
そのもの描く必要なんかないだろ?
山梨県知事賞とか。
中学校の部?
そうそう、中学校の部。
実際にそれをね、今中学生描いたら
すごいなと思う。
でもこういうの小学校で描きましたよね?
描きましたよね。
3年生とか4年生の頃に。
お友達の顔を描きなさいとかって言って。
そうか、それぜひ今度見せてもらいたい。
あの指がちょっとやたらとゴツゴツしてたりとか。
だからその辺のところは、
デッサンをしてその通り描くというものから
本当に変わってくるんです。
だからピカソが言った言葉あるじゃない?
子供のように絵を描きたい。
大人がこう描けるっていうことはすごいことなんですよ。
なるほど。
でもなんかその、
モデリアーニがこの釘が細くて長くて、
そして目が離れててみたいな、
で顔がヒューって長いような感じが
特徴として出てると思うんですけれども、
でもこれを買うかって言ったら多分買わないと思う。
賛成です。
ところがこれに目をつけて買った人は
莫大な利益を得てるわけですよ。
当時はね。
だからみんながなんだこれはって言ったんだけど
いやこれはすごいって言って
次の時代を感じて
買った人は、投資した人は
それなりに利益を得てるわけですよ。
まあそれでねちょっとね
変な方に話を戻します。
テーマは
なぜ瞳は描いてないかどうかっていう。
これ瞳入ってますね。
それでね、これね
こういう言葉がどんどん残ってたっていうことで
これちょっと伝説みたいになってるんだけど
親しい人には瞳を描いた。
だから君の魂を感じることができた。
その時には瞳を描くよっていうことを
彼は言ってたという言葉があるんです。
もくさんの。
もくさん入ってなかった。
ないでしょ。
なかった。
だから
まさしくその言葉そのものが伝説になってる。
誰かが勝手に後で言った。
つけて
それでねちょっとね
40作品
ちょっと調べました。
マスターの研究が始まってる。
モディラリー肖像画瞳調査一覧
すげえねこれ。
引っかかるのだけずっと出していってね。
面白い。
ピカソもモデルになってるしね。
ジャンコクトもいるでしょ。
それからシャイム・スーティン
今見てるのがシャイム・スーティンっていう
小学生描くよねえだって言って
スーティン
そうするとね
あり
結構あるんですよね。
途中でなしなしなしってあるんだけどやっぱりあるっていう。
スーティンなんかは
3つあるんだけども
そのうちの2つはある。
1つがないとかね。
で、あとジャンヌ・エビデル
これ奥さんのジャンヌですね。
これなんかありとかね。
で、と思ったら26番目のところでいくと
ないんですよ。
またないんです。
じゃあさっきの言葉。
同じ型でもあるのとないのと。
なんか喧嘩してたんですかね。
だからそうするとその言葉によって
親しい人に瞳を描いたってことは
喧嘩してるから
そういう憶測になっちゃうわけですよ。
そうですね。
ところが
スタイルとしては
彼は
これには
描くとき描かないときあるだけであって
別にそんな
親しいからとか
そういうこと一切考えてなかった。
ここではこういう形のほうがいいだろう。
作風というか
この作品にはこれがいいだろう。
これは先ほどちょっとした瞳なしですよね。
でもこれに瞳があったらおかしいかもしれない。
もうこれを見慣れちゃってるっていうのもあるかもしれないけど
でもあまりにも美術館とかで見る作品が
瞳がない
瞳が入ってるのをさっきも見たことがないがゆえに
瞳がないものしか描かない
表情がない
で、同じくジャンヌを描いた作品
これ瞳が
二つ、三枚並べてるんだけど
一番左が瞳がなくて
あと二枚は瞳がありますね。
ないほうが神秘的ですね。
でもあるほうがなんかね
いいなあ。
安心するんですよ。
視線があるっていうことによって
その人の思いみたいのが現れるんだけど
瞳がないことによって
不安を感じるんだけど
でも多分これを
モデリアーには表現したかったんだろうな
もしかしたら本人が持ってる
そういう不安とか捉え所のないもの
人に見せない部分
瞳があるとそこから見えちゃう
感じちゃうとか
こっちが勝手に想像しちゃうっていうんですか
そう。
ですから
今瞳のある作品が二つあるんだけど
もしあれがなかったら
ちょっと違和感があるんですよ
なんか瞳のあるほう
ないほうの作品は
ないほうが
今のほうがやっぱり
ちょっとタッチが違ったりするとかね。
瞳を描かないほうがいいって不思議ですね。
そうですね。
その人らしさ。
もう一つは描くことによって
作品が
意味を持ってくる。
いかにも彼の、私の作品だっていう。
描くことによって?
描かないことによってですね。
そう。だから描くこと
描かないことで分けるんだけども
この形態にはこうする
ここにはこうする。ただ描き分けてるっていう。
眉毛もないかも。
眉毛もない。そうだ。
だからその時の
彼自身の
別に親しいとか
そんなことは関係なくね。
この絵だったらこれは瞳描かないほうがいいな。
もしかしたら見えてなかったんじゃない?
どういうこと?
本人が
瞳が見えてなかったっていうか
意識してないっていうか
描き忘れた。
忘れたじゃなくて
描いてる時に
瞳を入れるという
瞳が見えてなかったっていうか
でもこの
瞳ある方の2枚って真ん中のは
正面見てるでしょ。
一番右はちょっと横に
すごく表情がついてね。
結構これ
部屋に描けたら
視線を感じるような気がする。
ずっと見られてるような
視線。強いですよね。
そういう意味ではすごく
インパクトがあるけど
瞳がないと
そういうインパクトはないんだけど
全体として
でも部屋に描けておきたい。
なんかあれだね。
ちょっとそうだね。
何しろ
肖像画とか
あるんだよね
顔の写真
写真にしても絵にしても
どう置くかによって怖いですよ。
そうですね。
よく
こっちに向いたら
目がついてくるっていう
ついてくるみたいな。
でもおなかの絵は
飾ってもいいかもしれない。
というですね
人目があるかないか。
と言っても
これは本当に
描く側の形態で
こういう風に描こう。
だから似てると関係ない。
こういうフォルムで
こういう色でこういう風に描きたいんだ
と言って
それがたまたまモデル
がいてというような
見る方としてはなんでないんだ
という話題があるわけですけどね。
でもすでに
その話題があることが
その作品に注目
をするという
意味を持っている。
目ですから
そういう中で一つきっかけになったのが
これですね。
彫刻。
ちょうど1911年から
1912年の間に
彫刻に没頭した時期があります。
その時に作られた作品。
まさしくこれには瞳がないでしょうか。
ないですね。
なんか目を
閉じてるようにも感じる。
いろんな
角度によって影の付き方によっても
変わってくるんだけど。
なんか正面から見るとアフリカのお面みたい。
実際に
アフリカのお面に影響を受けている。
で、どうも
この辺のところを境にして
瞳のない作品というのは結構増えてきたんじゃないか。
ということも
あります。
とは言ってもそのご縁がある場合もあるのでね。
瞳を描かない理由と作品の解釈
さあ、後半はですね。
もう少しそこのところを
深振りしたいなと思います。
それではフローラさん、今日の音楽をお願いします。
はい、本日の曲は
ミシナ・サチさんのさよならを止めてです。
ただいまの曲は
ミシナ・サチさんのさよならを止めてでした。
はい。
瞳がですね、あるかないかね。
前半盛り上がりましたけど、もう少しそれを。
じゃあなぜね、彼は
こういう風に
独特のフォルム
で描いたのか
ということなんですけど
やはり20世紀入って
人と同じものを
描かないという
誰が見てもそうだね
じゃなくて、なにこれ
というような
まだ誰も描いたことがない
ものを描くということが
大きなテーマになってきている。
そういう時代ですよね。
ですからそういう点では
彼は自分独特の
フォルムを作り出している。
それがちょうど彫刻に
没頭した時期を一つ
大きな境になったんじゃないかな
ということ。
でもそれに
親しい人には瞳を描くとか
その人の魂を感じたときには
瞳を描くとかね
というような逸話がいっぱい
残っちゃっているというのがあるわけですよね。
彫刻といっても
これは
アフリカの彫刻と仰ってましたね。
アフリカのオメンの彫刻。
ピカスなんかも
描いてますよね。
アフリカの彫刻
というかオメンを
参考にした作品
なんかも結構描いてますから。
やっぱり当時
アフリカからの
いろいろなものが入ってきている。
それが
新しいものを
ちょうど
ジャポニズムで日本の浮世絵が
入ってきて
ヨーロッパの絵画に影響を与えたように
アフリカであるとか
エグゾチックなさまざまなものが
入り込んで
新しい表現に影響を与えている。
その一つじゃないかなと。
なるほどね。
そう考えると
細長い顔と
シュッと伸びた首って
なるほどとも言いますね。
そうなんですよね。
さっき出たスーティンの
山梨県知事賞。
これなんかすごく
のみのぶしていい絵だとは思うけど。
本当にいい絵だと思いますよ。
これ小学生描いたら天才だよね。
小学生、中学生くらいですよね。
才能感じますね。
もしかしたら
うちの子が描かれるんじゃないかしら。
親が誤解する。
うちの親もそうでした。
途中でブレーキかけたけど
もう遅いとかね。
でもやっぱり
実際にこれを
計算して出したら
すごいと思います。
偶然
出ることも当然あるわけですよ。
でもそれがずっと継続しているかとか
ある表現として裏付けが
意図的にされているかどうかによって
これは
本当に分かれるとおくんですけど。
でも子どもたちの中には
本当にある種天才的な表現が
一瞬にして現れることがあるのでね。
ただそれを感じるのは
見る側の感じ方なんで。
こんな絵ですけど
でも本当にモデリアニの絵って
独特ですよね。
だから多分他の人が今
あんな風にフォルムを描いたら
モデリアニですよねっていうくらい。
もう代表的な
描き方になっているわけだから。
あともう一つね
ちょっとこのことに
前にも触れたんだけど
モデルを描いてその人に似ていることに
関しては
モデリアニは一切
考えていなかった。
僕は好きなように描く。
肖像画の依頼と画商の役割
だから実際に
依頼を受けて
依頼者の前にして
モデルにして描くでしょ。
ずっと描いて
ちょっとお酒も飲みながら
描いて
そうするともうこんなんぐらいですね
と言って見せる。
そうすると中には
なんなんだこれはって言って受け取られてもらえなかった。
でしょうね。
私じゃないってなると。
肖像画でしょそれ。
だからモデリアニに
肖像画頼んじゃいけないんですよ。
そもそもそこでその人が
間違っている。
ところがここにはもう一つね
ズボロスキーっていうね
モデリアニに
本当に援助した画賞がいるの。
彼に何した仕事をと言って
紹介するわけですよ。
肖像画の仕事。
そうするとその紹介を
受けて
じゃーって言って描いてもらう。
なんだって。
彼は大変
申し訳ないって言いながら。
でもその先が残るわけですよ。
残るってことは
何かというと
この先
それによって利益があるという。
だからその
画賞の人は描いてもらえばよかったんだ。
彼に描かせるという行為を
してもらうことが大事であって。
売れる、今の時点で
売れる売れないは
関係ない。
誰にお金が入るかが
違ってきちゃいますよ。
でも画賞もいろいろあってね。
映画の中で出てきた画賞は
ズボロスキーは本当に
生活を援助してるんですよ。
ニーズに
食ったらお金を出したりとか。
売れなくてもいいんだ。
今の時点では。
才能として
将来を買ってたわけだから。
今生活費を渡して投資してるってことですね。
そういう風に考えればね。
非常にドライな見方だけどね。
多分その画賞の人もそれなりに
潤沢な資金があったんですよね。
要は若い学を育てるということで。
そういうことだよね。
才能を感じてるからだと思う。
そしてそれは見事に的中した。
画賞は映画にも出てきましたね。
ひげ生やした方の
悪い方のね。
悪い方のね。
悪いって言っちゃうけどね。
でも確かに
商売をする上では
ごく当たり前のことなんですよ。
やっぱり儲かんなきゃダメですもんね。
それを別の見方からすると
お金を持ってる画賞が
売れない画家を
本当に評価しない。
でも
亡くなったとたんに
それは今後生まれてこないから
それを今度
売り出していくという。
このモデリアーニさんも
亡くなった後に
売れたのか。
じゃあ
娘さんとかが
にお金が入るような。
いや、お金はね
ほとんど入ってないと思います。
ですよね。
年齢的にも若くなくなってるし
ましてや亡くなり方も
すごい劇的じゃないですか。
その時に投資している画賞もいるわけじゃない。
たぶんその人が絵を引き取ってますよね。
じゃあその画賞さんたちが
儲けた。
まあ当然。
結構、映画でもその辺のこと
なんかね、ちょっと
死んだ後こっそり絵を持って行っちゃってるとか
あれだよね。
あの部分もどうもね
モンパラセンの日の
作った監督は
その部分を見せたかったみたいな。
現実はこうだったんだって。
早く死ねとか言って
死ねば目が出るみたいな。
初めての古典の
場面で。
お亡くなりになってから
古典とかも開いたんですか。
最初は
せいぜいにやってるんだけど
ラフを
ギャラリーの店先に飾っておいたら
売接だって言って
警察が来てこれを片付けろって
言って。
そうなると奥さんの死も
分かんないですね。自殺かどうか。
なるほどね。
実験性が。
そういう設定は
考えてもなかったな。
そうか。
だって生きてれば奥さんになって
権利があるわけじゃないですか。
ただまあ
奥さんの
ジャネーヴィテルの
実家に
すぐ連れてかれて
両親が連れて行って
もう本当に遊兵してるから
閉じ込めてたんですよ。
だからそこから
飛び降りてるってことがあるから。
全く自分の家にいるとか
誰かに突き落とされるとか
ってことはない状況なんで。
事件性は。
ただそういう悲劇ですよね。
遊兵されてて
そりゃあまたあれですね。
また違う亡くなり方ですね。
後を追ったというよりも。
果たして
そこから出ようとしたのか
分かんない。でもそれが落ちて
それは自殺になる。
いろいろあるですね。
いろいろなね。
ミステリアス。
35年の中
21からパリで生活して
約14年
のフランスで
作品を作った
イタリアの画家
ということなんですけども
モディリアーニの生涯と作品のミステリアスさ
非常にミステリアス。
その娘が
また先ほど
伝説なきモデリアニを描いた
その娘の話
なんかももう少し触れていきたいなと
思います。
しつこくまた来週も
いやいやまた楽しいですよ。
絵に対する見方が変わりますね。
そうですね。
何しろその背景には人がいるんだということです。
ビア見る人の心の中にある
次回もアウトをめぐるひとときを
ご一緒にマスターのいとこでした。
この番組は
大きな暮らしができる
小さな家
小沢スタンダード
株式会社小沢建築工房の提供でお送りしました。
29:10

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