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2026/09/09 アートカフェ・ブルーテラス 
2026-09-12 29:10

2026/09/09 アートカフェ・ブルーテラス 

モディリアーニ第4回「父を知らない娘が、父を探す」

感想

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サマリー

このエピソードでは、美術家モディリアーニとその娘ジャンヌ・モディリアーニに焦点を当てています。マスターの伊藤さんは、モディリアーニの肖像画における瞳の有無や、彼が女性にモテたことへの批判など、前回までの内容を振り返ります。今回は特に、両親を早くに亡くし、父親の記憶がほとんどないまま育ったジャンヌ・モディリアーニが、自身の父親の真実の姿を探求する過程を詳しく掘り下げます。 ジャンヌはフィレンツェの美術学校で美術史を学び、20歳頃から父親の研究を開始します。周囲からの様々な証言や、実家での断片的な記憶、そして父親の作品を通して、彼女は父の姿を組み立てていきます。一方で、ジャンヌ自身もファシズム下のイタリアで迫害を受けフランスへ亡命し、レジスタンス活動に参加、結婚と出産を経て二人の娘の母となります。彼女の人生もまた、激動とドラマに満ちたものでした。 番組では、モディリアーニの作品に見られる温かさや柔らかさが、一般的に言われる「破滅型の天才」というイメージと異なる点にも触れられています。ジャンヌが父親の真実を求めて行った研究は、1958年に書籍として発表され、同年に公開された映画「モンパルナスの灯」とも関連付けられています。このシリーズはまだ続き、モディリアーニの作品が日本にもあることが紹介され、次回への期待が寄せられています。

アートカフェ・ブルーテラスとモディリアーニ特集の導入
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さんこんにちは。ブルーテラスマスターの伊藤です。
今週も、美術の話で一時を共にお過ごしください。
改めまして、こんにちは。
こんにちは。
松浦さん、あやちゃん、毎週ありがとうございます。
いやいや、今日も楽しいお話、期待してます。
二人でこのカフェは持ってんじゃん。
いやいや、常連で。
フローラスもよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
モディリアーニ研究の進展と娘ジャンヌへの焦点
さあ、モデリアーニの話を2回にわたってしてきましたが、3回目もさせてもらいます。
おお、まだまだ続く。
なんかね、調べれば調べるほど深みにハマっていくなという。
まあでも、ハマって困ってるんじゃなくて楽しめてしょうがないということなんですけども。
第1回はね、映画モンパルスのヒットということで、悲劇の天才モデリアーニ。
それに対してね、娘のジャンヌモデリアーニが研究によって明らかにした父親の姿ということ。
そんなことをですね、話をしてきましたね。
第2回はモデリアーニの肖像画に描かれた瞳を取り上げました。
瞳が描いてあるかないかとかね。
目があるかないか。
なぜかとかね、そんなことについて。
いろいろな説があってね、あんまり知らない人については瞳を描かないんだとか。
でもそれはそうじゃないんだという話をさせてもらいました。
さあ、次にですね、今回3回目となるんですが。
モデリアーニというとね、女性に持ってたわけなんですよ。
イケメンです。
それはかっこいいですもんね。
ところが結構ね、持てたということに対してね、それを非常に批判をする人もいるんですね。
しょうがないだろう、持てるんだからっていう部分もあるんだろうけど。
持てないとひがむのかなとかね。
いろいろなものがあるわけですけども。
今回はね、持ってたとかいろいろな噂があるモデリアーニ。
その姿を、本当の姿を知りたいと思って探求してきた。
ちゃんぬんモデリアーニについて触れたいなと思います。
ジャンヌ・モディリアーニの出自と父親探求の始まり
もうそのままモデリアーニですから。
1歳の時ですね、両親が亡くなり、母親は自殺をしてしまったということで、両親を失ったちゃんぬんモデリアーニです。
娘さんの方のちゃんぬんですね。
そうです。
お母さんじゃなくて。
お母さんのはちゃんぬんエビテルンでいいですから、一応ちゃんぬんモデリアーニということで分けて。
ややこしいんでね。
ちゃんぬんだけだったね。
ちゃんぬんだけだね。
さっきも言ったんだけど、1歳だったんですよね。
父親についての記憶はほとんどない。
当然母親についても記憶がないわけです。
彼女はやがて美術史を学びます。
どちらで学んだかというと、
イタリアにモデリアーニの実家があるわけですので、そこに引き取られて行きます。
リボルノという港町です。
その近くにフィレンゼがあるわけですね。
フィレンゼの美術学校で美術史を学びます。
そして20歳の頃に何を研究しようかということを考えたときに、やはり父親のことを知りたい。
あるいは周りからも当然父親のことを調べるべきだろうというような条件もあったようです。
何しろいろいろな伝説というか、いろいろな方が
君の父親はこうだったんだとかいろんな話を聞くわけですよ。
いい話もあれば、やはりいろいろなお酒に溺れてたとか、麻薬とか。
それを聞くと、君の親はこうだったんだよと言うと、え?と言う。
ましてや自分がまだ知っていればいいんだけど、全く記憶がないわけだから。
そこにいろいろな人がさまざまな情報を盛り込んでくると、それをどう受け止めていいかわからない。
当然育ててくれたモデリアーニの実家の方ではこういう人だったんだ。
偽の中でモデリアーニの上着を切って、その上着でジャンヌの靴を磨いてくれたというような記憶がある。
おばあちゃんが靴を磨いてくれた。これはあなたのお父さんの副団の剥ぎれなんだよ。
それもすごい話ですね。雑巾にされてる。
古くなっちゃうし。
生活が最後は大変だったみたいだから。
だから全てのものを済むわけではないんだけど、そんなような話もあって。
そういう記憶しかないわけですよ。
ジャンヌエビテルヌさんとモデリアーニの結婚というのは、ジャンヌさんの実家の方からは歓迎されてる?
あまり歓迎されてなかった。
大反対で、お墓も別々でしたよね。
あまりいい話。
映画の中ではほとんど駆け落ちみたいな感じで。
ニスの方に駆け落ちしていくというか、モデリアーニが療養しているところにジャンヌが来て、そこで生活を始めて、そこにジャンヌ・モデリアーニが生まれるという。
そういうことですから。
そういう段階で10歳の時にモデリアーニとジャンヌエビテルヌのお墓が一つになったと。
たぶんそこで初めて自分の父親とか母親ということがある程度記憶として、こういう人がいたんだということが明確になってきた。
ところがどんな人だったかということは一切知らないわけです。
あくまでも聞く話であるなといろんな人がいろんなことを言っているから、本当はどうなんだろうという。
そういうことですよね。
何百年も昔の前の話じゃないから、まだ本人を知っている方もたくさん生きていたと思うので。
20年というとまだ大丈夫ですよね。
最近の話ですよね。
探せばいろんなお話が聞けそうですよね。
そういう意味で直接関係者に会って、そして話を聞いてみる。
そしてそれで自分なりに父親像というのをはっきりさせようというのが彼女の研究になったわけなんですよ。
父親像の探求における難しさと作品の視点
でも娘っていう近い距離だからいい話が多そうだな。
話す人もそこについてはいろいろな気を使ったかもしれないよね。
傷つけちゃいけないと。
あまり配慮があったかもしれない。
あまり悪いことは言わないようにしよう。
とは言いながらここが研究なのでできるだけ多くの人に会って話を聞くという。
でもあやちゃんが言うように当事者だと難しいかもしれないですよね。
第三者の方が深く突き詰められるというか。
だからそういう意味では彼女が本当に亡くなるまでずっと研究を続けてきたんだけど、
今現在はやはりそれに対して新たな視点でそれが訂正されているそうです。
今は確かに気を使っているというかね。
非常に注意深く話をしてくれたと。
でも貴重な資料にはなっているんじゃないかと思います。
そうなんですよね。
何しろ世界が知っている父親というのは、
酒と麻薬と貧困、そして女性、そして病気ですね。
それで35歳で亡くなった。
次の日に妻は後老いで亡くなったという。
まさしくね、映画だとか小説の題材そのものというか。
まさに破滅型の天才って言って。
しかもハンサムと着てたから。
ですからそういう中でいろいろな。
だから聞けば聞くほど本当なんだろうかとかね。
またいろんな方に聞いてもいろいろな形で気を使って話をしてくれるとしたら本当にそうなんだろうか。
確かにそこだったんだと思いながらも、
でも待てよ、待てよっていう。
そういうことの繰り返しかなと思います。
ディンラランの絵ってね、
破滅型の人が描いたようには僕は見えないんですけど。
結構温かい感じを受けるんですよね。
特に一組が入っている方の絵なんてね。
ジャンヌさんのことを描いている絵があるでしょ。
自分の奥さんの。
あの絵なんかすごく、これ本当にいい絵だなと思って。
そうなんですよ。
ですからね、当時のね。
例えばちょっと前で野獣肌とかね。
あの辺の作品なんかで見るとね、もっと荒々しいんですよ。
だけど本当に丁寧に描いてやる。
柔らかいんですよね。
本当だから奥さんのこと好きだったんだなっていうのが感じられるような絵で。
何でしょう、20枚も描いてますからね。
それも限られた年数の中で。
1、2年の中で20枚描いてるわけだから。
相当描いてるわけですよ。
すぐそばにいるモデルというような存在だったかもしれないけどね。
ですから、そういう姿と。
でいくとね、モデリアニというのは一つ当時としても、
他の人のね肖像画なんかを見てもね、色が本当に柔らかくて、
あったかいんですよね。
そうですよね、とても破滅。
酒とマイクの破滅型の思想を描いてると、僕も見れなかったんで。
人模様の身としてはそういうことを思ったんでしょうかね。
そうでしょうね。
そんなはずないんじゃないかって。
と言っても周りの人はいろいろな、面白いおかしく話すっていうこともあるだろうしね。
まして直接聞くんではなくて、色々なものが残ってくる。
モディリアーニの作品に見る温かさと娘の研究の意義
同時にこの時にモデリアニの作品っていうのは相当高く評価をされているということです。
となると、またモデリアニの娘ということの存在も明確になる。
これは全く売れない画家だったら、無名の画家だったらね、そんなに話題にもならなかったかもしれないんだけど。
どういう人だったんだろうかということで。
フィレンツェルでですね、美術史を学んで、研究者として生きていくわけなんです。
父親を知っている人を訪ねて、証言を聞く。
それから手紙や資料を探す。
だから誰かに聞くとしたら、父はどんな人だったんですかとか。
と言うと、娘に対していろんなことを言うんだけど、手紙であるとかやり取りの書簡なんかを見てくると、
そこにはいろいろな言葉がやり取りされているわけですから。
娘に対して気を使った言葉とかではないふて。
その時のリアルないろんなやり取りが出てくるから。
書簡は残っているんですか。
みたいですね。そういうのを調べたということです。
それからもう一つ作品を調べた。
作品は残っていますからね。
自分の記憶にない父親の姿を一つ一つ組み立てていった。
どうですかね、自分の人生を。
NHKなんかでもね、ファミリーヒストリーって言いながら調べていますよね。
みんなそれぞれドラマがあるわけですけどね。
ですから調べながら、結局自分が生まれる前に親がどんなふうに。
それが多分ね、母親ジャンヌエビテルヌと父親がどんなふうに出会ったかというようなこともね。
いろいろと調べていると思います。
ですからそこの中には、例えば女性にだらしがないんじゃないかとかね。
いろいろなことを言われた子供、それはどういうことなのかって整理もしていくかもしれない。
この女性の色を見るとね、モデリアンにもし血格とか病がなかったらどうだったんだろうかとかね。
もっと長生きになったか。
でも限られた命があって苦しい中だからこそ、作品に向き合ったっていうこともあるかもしれないし、
これはね、なかなかもしどうなんだろうかっていうことは難しいかななんてそんなふうに思います。
はい、いろいろ語ってきましたが、それではまた後半の方で続いて話をしていきたいと思います。
ジャンヌ・モディリアーニの激動の人生と母性
フロールさん、今日の音楽お願いします。
はい、本日の曲はミシナサッチさんのブルームンブルーボサノバです。
今の曲はミシナサッチさんのブルームンブルーボサノバでした。
はい、それでですね、先ほど最初にね、第3回目なんて言ったんですけど、実は4回目でした。
結構シリーズ化してましたね。
これはね、まだまだ続きそうなんですよね。
そうですね、これね、モデリアニをどんどん出てきそう。
そうなんです。
エピソードが多いから。
若くしてなくなって、作品もそんなにない割には。
そうそう。何でしょう、いろいろな物語、ストーリーがね、本当にいろいろと。
特にこの、今日はね、ジャンヌ・モデリアニの娘の話なんだけど、
実はね、調べてみるとこのジャンヌ・モデリアニの生き方そのものもね、すごいんですよ。
物語性あるんですか?
そう、もうこのまま映画にしてもいいんじゃないかと、小説にしてもいいんじゃないかと思って、
ひょっとしたらそうなっているかなと思ったら、なってませんでした。
いや、それでどんなことかというと、今ね、父親の本当の姿はっていうそれを求めて、
研究をしたということだったんですけど、
ジャンヌはですね、成人して、そして結婚をします。
それから成人したところ、イタリアでしたよね。
イタリアでいうとちょうどファシズムの時代を迎えるわけなんですよ。
ムストリーニの時代ですね。
ですからユダヤ系の家系を持っていますので、彼女もやっぱり迫害されます。
そして迫害を受けて、行ったんですが、フランスに亡命するわけなんですよ。
ですから、またここも一つね、激的なものがあるんですけど、
フランスに亡命して、そしてレジスタンスの活動に参加します。
すごいですね、レジスタンス。
レジスタンスというね、抵抗運動ですね、入るわけです。
最初の結婚はですね、経済学者、そしてジャーナリストであった方とですね、結婚します。
非常に知的なレベルの高い家庭だったそうです。
その妹さんというのは、イタリアを代表とするような、
イタリアの20世紀を代表するような作家なんですよね。
そんなような非常に知的なところなんですけど、
フランスに亡命して、レジスタンス運動に関わるわけなんですが、
そこでやっぱり運命の出会いがあるわけです。
そしてどういうことかというと、レジスタンス活動を通じてね、
2番目の旦那さんと出会うわけなんです。
この時にまだ結婚してましたので、一応協議離婚をしたということで。
そして2回目の結婚をして、そしてここでジャンヌ自身もですね、
アンヌとロールというね、2人の娘の母親になります。
自分はね、1歳の時に両親が亡くなっているわけですけど、
ここで初めて自分の子供を持つことで、
親とはどういうものかということを実際に体験するということなんですけれども、
母になる人生を生きていくということなんです。
それでもね、同時に父親を探す旅をするわけなんですけれども、
やっぱりどうですかね、自分の知恵は。
私自身はね、ずっと父親の生き様というか、生きているのを見てますから、
私が生まれる前にどんな生き方をしたかというのは分かりませんけど、
生まれてからの父親の姿というのはそれなりに知っているわけですけれども、
全く分からなくて、ましてや有名な存在というのは。
しかも人によってきていろんなことを言われたんでしょうね。
とんでもない奴だったと言ったり、すごくいい人だったと言ったり。
そうなんですよね。
だからいろんなことがあればあるほどね、本当なんだろうかとか、
それを知りたくなるのかなという。
その人となりだけではなくて、
親の残した絵というものがあるじゃないですか、
それがあることによってきっと、ただ両親が亡くなって、
どんな人たちだったのか知りたいというのと、
実際に自分がまた違う形で目にするもの、可視化するものがあるから、
また違う感覚なのかもしれませんね。
私たちには想像できないような。
ジャンヌの研究発表と映画「モンパルナスの灯」
それはモデリアーニについていろいろ調べたりしているのは、
どこかで発表とかしていたんですか?
発表はしていたと思います。
それを1958年の2本として、今でものをまとめて。
発表することによって、多分いろいろなモデリアーニを知っている人たちが
それを見ることで、自分の知っているものが描かれている場合、
自分の知らないものが描かれている場合、
そこでまたいろいろな意見だとか考え方が現れてくる。
そのためには、それがあることによって、
またいろいろな考え方が出てくると思います。
そういう意味では、とても重要な発表だったと思いますね。
同時にその年に、モンパルナスの日という映画が発表されるわけだから。
このタイミングはどうなったんですかね。
分かったように。
分かったようにね。
モデリアーにそのものがどうも映画が作られているという情報があって、
そしてそれに合わせてまとめようと思ったのか。
そういうきっかけになったかもしれないね。
なるほどね。確かにぴったり合いすぎているというか。
そうなんですよ。
だからお互いには題性がありますよね。
本の方もそれなりに映画がある。
映画の方がはるかに広まる速度とか広がり方というのは広範囲ですよね。
早いでしょうね。
本は読まないけど映画は見るという方が多かったと思います。
ですから遠い日本でもその映画は。
はい。
私はリアルタイムで見たわけじゃなくて、まだ3歳の頃ですからね。
ここまで目が立てにいましたね。
目が立てね。
やった俳優さんがとてもかっこいい俳優さんだし、ジャンルの役をした女優さんも素敵な方だったので。
そうなんですよね。
とても破滅型の人というか、なんかそういうのはありますね。
フランス映画ってことですか?
フランス映画です。
結構かっこいいんですよ、モデルの役は。
でも写真見るとモデル自身もかっこいいよね。
そうですよね。ご本人かっこいいですね。
そうです。
そういう意味ではね、ある程度それに合った俳優で来てると思うんだけども、
でもそれはその姿ではないんだっていうところで、本当に見事にそれに合わせて来たと思うんですけど。
でも私もあの後、映画見ましたけどDVDで、全く生活感のない、全く恋愛の悲劇物で終わっとるわなって感じでした。
確かにね、そうだけど、やっぱ俳優さんが良かった。
そこだけかな、みたいな。
でも結局映画ってそんなもんでしょ、その部分だけでね。
一部を切り取ってるんですからね。
モディリアーニの広がりと次回への予告
そんなことでですね、第4回目をずらずらと話をしてきましたが、実はまだもう少し話をさせてください。
第5回目、お楽しみに。
ということで、どこまで続くんでしょうかということですが、
でもね、モデリアには本当にそういう意味では短い実践だったんだけど、それに関わるこの広がりと深み。
これはね、是非ね、面白いな。
あやちゃんが調べてくれて、作品が日本にあるんですよね。
中野島美術館にありそうなので、見に行きたい!
女性のやつだよね、ヌードだよね。
ヌードを飾っておいてすぐそこで。
映画の中でね、風景を見出すっていう。
そんなような映画ですから、まだまだ日本にはそういう点では作品に出会う機会がたくさんあると思います。
それでは第5回、お楽しみに。
美は見る人の心の中にある。
次回も会うとを巡るひとときをご一緒にマスターの移動でした。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りしました。
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