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2026/08/05 アートカフェ・ブルーテラス 
2026-08-08 29:10

2026/08/05 アートカフェ・ブルーテラス 

ブーダンとモネ2・師弟関係から見る空間と光の表現の変化

感想

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サマリー

このエピソードでは、アートカフェ・ブルーテラスのマスター伊藤さんとフローラさんが、画家ブーダンとモネの関係、特に師弟関係から見る空間と光の表現の変化について深く掘り下げています。当初、ブーダンはモネに出会い、屋外で絵を描くことを勧め、モネの才能を見出しました。モネは当初、似顔絵で生計を立てていましたが、ブーダンの指導により風景画へと転向し、後の印象派の誕生へと繋がります。 番組では、ブーダンの初期の作品が港や空を写実的に描いていたこと、そしてモネの影響を受けてブーダンの作風も変化した可能性について考察します。一方、モネは光の表現を追求し、「印象、日の出」の発表をきっかけに印象派の中心的存在となっていきました。ブーダンはモネの革新性に影響を受けつつも、自身のスタイルを貫き、特に空や気象現象を描き続けたことが強調されます。最終的に、二人の画家はそれぞれの道を歩み、フランス画壇、そして世界に大きな足跡を残したことが語られます。

ブーダンとモネの関係性の再確認
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さん、こんにちは。ブルーテラスマスターの伊藤です。
今週も、美術の話でひとときをともにお過ごしください。
本日は、フローラさんと2人で話を進めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さあ、今日のテーマなんですが、7月の第4週、武壇の話をさせていただきました。
モネのお師匠さんということで、松本市立美術館で現在展覧会が行われていますが、
いろいろ番組の中で質問を受けたり、いろいろな疑問を受けたり、
番組を終わりまして、改めて考えていくと、あれ?ということがいくつかありました。
そこで改めまして、この武壇とモネの関係について、時間を少し遡りながら、
時代について、ちょっと年表のようなものを作ってね。
再確認ということですね。
学生時代に戻って、夏休みの宿題をやっているような感覚でしたけども。
さあ、それでですね、なかなか面白いことが出てきました。
武壇がね、モネに出会って、そしてモネに外で描くことを勧めた。
ブーダンの初期作品とモネとの出会い
そういう意味でね、武壇がモネの先生なんだということなんですけども。
まず最初、若い頃の武壇というとですね、
モネに出会う直前ということですけど、1850年から1860年代。
海辺の秘書のお客さんですね。
それから港とか雲、そして空気ですね。
雲ですから、風とかですね。
そういう動きですね。大気の動きね。
そういうものをね、ずいぶん丁寧に描いていた時代があるんですよ。
で、その先月の第4週の時に、
印象日の出、モネの作品ね。
これに非常によく似た作品ということで、
カンチョウという作品を話題にしたんですけども。
実はこのカンチョウというのはですね、
モネの作品に影響を受けて、約12年後に描かれていると。
そうなんですね。
このところがあれれということで、大変申し訳ないなと思いまして。
そこからいろいろ調べてみたわけなんですけども。
非常に細かくですね、描いていました。
いろいろね、港の様子ですね。
それは空がものすごく大きいんですよ。
いろいろなものがあるんだけど、空を描くっていうことがまずあって、
その下に何があるかっていう。
すごくこのブータンの絵って、その時代時代を的確に捉えて、
歴史的に見ても面白いかもしれないですね。
この時代はこういうふうな港の感じだったとか、
一緒に来ているお客様たちがこんなふうな様子でっていうのが、
すごく写実的というか。
これままね、その歴史の資料になるというかね。
ですよね。
その時代はこんな服装でこんなことをしてましたよという、
そんなものを感じる、非常に丁寧に描かれているという時代です。
これがですね、その頃ですね、モネに出会いまして、
17歳のモネを連れ出してですね、モネが描いた作品があるんですよ。
すっごい素敵ですね。
青いボートがなんとも印象的な。
そうなんですよ。
ですからね、こんなようなね。
最初ね、モネ自体はもうすでに画家として、
画家といってもカルカルチャーといって、
似顔絵ですね。
日本なんかでも雑誌とか新聞とかで似顔絵ってありますけど、
その似顔絵を描いて、もう成形を達したそうです。
17歳ですね。
結構ね、稼いでいたそうですね。
当時のその時代の人たちと比べるとはるかにいい生活をしていました。
似顔絵というのは貴族の方たちとか、
肖像画ってことですか?
いや、肖像画じゃないです。
雑誌なんかの似顔絵も、ある有名人とか政治家をちょっとからかうようにとか、
ある特徴をという、そんなようなものですね。
それから依頼を受けて描くんじゃなくて。
イラスト的なものってことですかね、今でいうと。
それはね、またね、その話になると横へ逸れていきます。
一度またじっくり話したいなと思うんですけども。
そういう中で、武団がですね、
その似顔絵を描く旨に出会って、あるひらめきがあったそうなんですね。
いろいろなものを一瞬にしてその特徴を捉える力。
だから風景画を見たわけじゃなくて、
この青年はすごい才能を持っているんじゃないか。
その視覚的なもの、比較で捉えたものをそこに描写する力がすごかったってことですね。
そうなんですよ。
それで屋外に出て、一緒に絵を描かないかって言って描いたのがですね、
モネの進化と印象派の誕生
港の絵としてあるんですけどね。
これなんかもね、なかなか。
すごく素敵ですね。
こんなモネーの作品としてはすごく珍しいというか、あまり世に出てない作品ですよね。
そうですね。残っているわけですから、やはり貴重な作品なんですけども。
サントアドレスの浜辺。
ということで浜辺に青いボートが残って。
それで空なんかはね、グレーが結構入ってますよね。
ブルーグレーのような空で。
その辺のところ逆にブーダンの色味に割と似てるのかなっていう感じがして。
まだモネのキラキラするような光ではない。
でも素敵な絵ですね。
素敵ですね。
そんな風にして屋外で描くことを覚えていただくんです。
でもこれだけを出されたらモネって分からないですね。
そうなんですよ。本当に分からない。
私たちが知っているモネじゃないですよね。
これ誰?っていうね。
誰の絵ですか?すごく素敵なんですけど。
だからちょっとアングルは違うんだけどそれこそ今ブーダンの話題を挙げてるんだけど
ブーダンがこんな絵も描いたんですかって言われてもね。
でもちょっと違うのがブーダンほど人物が細かく描かれてる。
そうですね。
本当に描写が細かいんですよね。
描いた年代も違うと思うんですけど。
そうなんですよ。
若干ね、実は一緒に描いた作品っていうのはありますので。
これもね、また話題にしたいんだけど。
でも年齢が違いますよね。ブーダンとモネって17歳、16歳くらい違いますよね。
ですから本当に30代初めのブーダンが20代半ばのモネに出会って
君、こういうものを描いた方がいいよ。
30歳と高校生くらいってことですね。
そう考えると。
そう考えるとわかりやすいかもしれない。
それで描いたんですけども。
それから実はモネがですね、大変な進化を届けます。
風景画に目覚める。
外で絵を描くことに目覚める。
ということで。
だから元々モネの素質を見出したのはやっぱりブーダン。
最初だからそういうふうに似顔絵を描いてた青年が風景画を描くようになって
そしてモネへと変化していったというか進化していったというか。
いよいよ我々の知っているモネに向かって本当に大きな変革をしていくというか進化をしていくというのがあるんですね。
だから1870年代になると筆の跡ですね。
筆なんかも非常に素早く。
そしてあるあらって大胆に色を塗っていくというような作品。
でも風景画ってこの頃って油絵ですよね。
待ってる、乾いてるの待ってるとどんどんここと変化していっちゃって。
だからサッサッサって描かなきゃいけないっていうのは。
多分それだと思うのね。
そんな悠長に描いてたら。
日が沈んじゃうわみたいな。
多くの画家は外で描くとしたら油絵具は持ち出さずに水彩絵具とかを持って行ってサッサッサッと描いていくつもデッサンをしたりとか。
印象的な色だけ水彩画で載せておいてそれを今度はアトリエでしっくり描くという。
そういうことをしたわけなんです。
だけどあくまでも外で。
そうですよね。やっぱり光の変化って外でなきゃわからないですよね。
だからどうしてもアトリエで描けばこれはこういうものだという概念がそこにあるしこれをこう表そう。
自然というよりも自分の中のイメージをもっとそこに強く出していくので確かにそこにある絵は存在感があるし重厚なんだけどちょっと実際に見たものとは違う。
光の中で風を感じてという風景とは違うという感じになるわけです。
そしていよいよ森が進化をしていって印象日の出というのを描くわけです。
これがいよいよ印象派の始まりということなんですけども。
実際にこの印象日の出って付けたんですかね。
印象日の出というのは第一回の印象派展、印象派展ではなかったんですけど仲間が集まってそして作品展をやった。
仲間というのはその印象派と言われる人たちの。
そうです。その後印象派と呼ばれる人たちが。
そしてそれを新聞記者が見てバカにしてなんだこのひどいのは。
それこそ絵の具を塗りたくてよくわからない。
それで印象日の出を見てこの人たちの会派というかそれを印象派と呼ぼうと言って新聞で印象派というバカにした名称だったんですね。
それを森たちはいいじゃないかと。
その冠が気に入ったんですね。
私たち森にしようという。
その印象派の第一回の印象派展というのはブータンも参加しています。
そうなんですね。
ですから屋外に連れて行ってそして絵を描くことをきっかけを教えたというか作ったんだけどどんどんどんどん森が進化していくわけだよね。
今までにない表現の仕方を出していった。
ブータン自身は相当影響を受けた。
こういう描き方がある。
ショックだったでしょうね。
自分より年下の若い画家が自分が思いつかなかったようなものをどんどん作品化していくということが。
ブーダンの独自性とモネからの影響
ただそこのところがブータンの一つ懐の深いところかもしれない。
面白かったんですね。
これはすごいと思って自分を取り入れていったわけです。
ですからその頃の作品を見るとまだブータン自身は以前と変わらない描き方で相変わらず空を描いています。
海はあって人物も描いているんだけど空が大きなのですよ。
でも好きだったんですよね空が空間が。
そうなんですよ。まさしく空間なんですよ。
そんな風に描いていてこれが1872年に印象派の印象披露でというのが公開されて。
多分これも影響をすごく受けたと思うんですね。
そしてこれがいよいよ次の段階で次の時代になるとですね。
モネの影響は受けてはいるんですけどもこのモネについて徐々に変わっていきます。
ですからモネは自分の道に行くわけです。
ブータンにしてみれば自分はモネじゃないんだから。
自分の絵を描きつつもモネに影響される自分。
影響されないように頑張ってるけれど、でも知らず知らずのうちに影響される自分。
その複雑なものを見ながら自分の足元をじっくり見てたかもしれない。
そういう中で立場としては第一回の印象派展に参加しながら自分はここにいる旧神的な印象派の画家とは違うんだと。
ちょっと僕が違うからみたいな。
ちょっと違うんだ。
歳も違うし。
だから本当に若い人たちがそれぞれやりたい放題にやってるに対して非常に共感はするんだけど
でも彼と僕とは違うんだという冷静な部分があったようですね。
そんな風にしてですね。
ですけど色そのものは白とか淡い青とかピンクとか紫とかそんなような色も取り入れていきます。
やっぱり良いものは良い。
だってしょうがないんでしょうね。
だけど多分自分の古典的な形を崩すのってきっと苦しかったって難しかったでしょうね。
でも意外にね、面白いなって楽しんだかもしれない。
多分描こうと思って描いたわけじゃないけど影響を受けすぎちゃって自分では気がつかないうちに
ふと気がつくとそう描いてるみたいな。
でも僕は違うみたいな。
その時代に行って聞いてみないとわかんないよね。
聞いてみてもそうじゃないよって。
なかなか複雑なとこです。
さあそれではですね、後半にもう少し深めていきたいと思います。
ではフローラさん今日の音楽お願いします。
本日の曲はミシナ・サッチさんのラメールでした。
それでは後半ですね。
先ほど一体何なんだったね。
いろいろな若い人たちが、自分よりも15歳ぐらい若いわけですよね。
その人たちがどんどん変わってくる。面白い絵を描いてくる。
戸惑いながらもということだったんですけど、結局モネ化はしなかったという。
ブーダンがですね。
モネの光の追求とブーダンの空間表現
ブーダンはモネ化。もうモネはモネですからどんどんモネ化していくわけですよ。
結局ね、モネは何を描こうかっていうとその後の作品をずっと見ていくと光なんですよね。
一つのものに光が当たって朝見えるものと昼見えるものと夕方見えるもの。
夜になったら見えなくなる。
それで光を追いかけて描いたっていうのがモネの最も特徴ですから。
水蓮のシリーズがモネといえば非常に有名ですよね。
自分のジュベルニーのアトリエに池を作って太鼓橋を作って
そこに水蓮を育てながらそれを描いているわけですから。
常に時間が、季節が、ということで光が変わるっていう。
そうするとモチーフは実は同じなんだけども、常にその時その時の時間が変わることによって見え方が変わる。
そうですね。季節によって太陽の位置が変わるっていうのと一緒ですよね。
そうなんですよね。
その光を描くことによって物とは何なんだ、どう見える、何が真実なんだというようなことを捉えてきた。
でもモネの場合はごくごくありふれた日常のほんとすぐそばにある風景を
ああやって綺麗に描いていくっていうか、物の見方というか受け取り方。
だからなんかすごく共感できるんじゃないですかね、見る側にとっても。
そうなんですよね。
そこに行かなくても光のあるものがこんな風に見えるっていうのは
ジベリーの水田を見なくても私たちの生活の中で様々に物の見え方が違ったりして。
そういうものが身近にあるということを気づく気がつかないか。
そういう。
あ、綺麗だなと思うのか、いつも見える風景だなって見過ごしてしまうのかっていう。
それでそういう中で今水田を話題にしているんだけど
例えば積み藁なんていうのがありますよね。
これも本当にたくさんの作品を描いています。
同じようなモチーフなんだけど結局は光がどんな風に当たってどう見えるかっていう光を描いていますよね。
それからルーアンの大聖堂、これも有名なシリーズなんです。
キャンバスを何枚も置いておいて朝、昼間、午前、午後に分けて
こういう風に描き分けていくというのがね。
そんなようなシリーズがたくさんあるんですけど
何かを描くのではなくて光を描いているという。
光が当たる角度によって建物の見え方が違ってくるっていうのを
色とか貝の出方とかっていうのをきっとモネは楽しんでいたというか。
追求して。
例えばルーアンの大聖堂であれば全てルーアン大聖堂。
でも時間によって光が変わり見え方が変わるんだ。
それを全部描こうっていう。
そういう光を描いている。
それに対してブーダンスのモネは光は立ち方なんだけど
光によって見える雲だとか
大きく割れれば物が見えるというか光があるから見えているわけですよね。
その光を反射する様々なものを描くんだけど
特に雲の動きに対して非常に興味を持っていた。
ブーダンの絵を見ているとその景色のある場所に行ったことがないんだけれども
行ってみたいなというか綺麗だなというか
そこに思いを馳せれるような絵ですよね。
さっきフロラさんが生活の中で色んな色の変化とかそういうものに気が付くんだけど
もう一つブーダンの空を見ていたりすると
例えば雲の動きを見るとブーダンの描いたような雲だなとか
景色だなとか
視点によってある意味で気象を描いていた。
海がまずベースなんだけれども
同時に雲を描いて
気象現象を一生懸命描いていた。
その時の一瞬の夏なら夏のとか
海辺とか港とか
だからボードレールなんかは
気象の美なんて言って
ブーダンのことを称賛しているんですね。
同時に彼の雲を見ていると素晴らしい。
表現が
まるで気象学の資料になるんじゃないか。
そのものを緻密に描いていたんでしょうね。
光とか風景を。
前半にフロラさんが
師弟関係の功績とそれぞれの道
ブーダンが空間をっていうことを言ったんだけど
フロラさんは普段空間を描いていた。
モネは光を描いていたということ。
モネが似顔絵を描いた時に
一瞬にして各モデルの特徴を捉えるというように
ある種光の瞬間的なものを捉えるということにおいては
モネの才能。
多分そこのところにブーダンは気づいたのかな。
すごいですね。
その視点では目の付けどころっていう
モネの目の付けどころっていうか。
そうなんですよ。
そういう才能を持っている青年だから
これは外に連れ出すことによって
もっと素晴らしいものを描くんじゃないか。
色んな刺激を与えて
多分人の顔だけではなく
違うものを見て
それをどう捉えるかということを
ブーダン自身も楽しんでいたのかもしれないですね。
変化がね。
刺激を与えた青年がどんどん変わっていくということによっては
すごいと思うと同時に
彼は何をツインしてくれるんだろうか。
その苦い性を。
それが年長者の人を育てるという意識が与えてかな。
楽しみですよね。成長を見ていくというのは。
見事に成長した。
でも私は彼ではないということで
ブーダンは自分の原点である空をずっと描き続けた。
やっぱりそこが経験値の違いじゃないですか。
そうですよね。
その時代、そこに年齢差があるというか
これが同じくらいの年齢だったらまた違うかもしれないんですけど
でもやっぱりその十何歳の差というのは
その十何歳の差というのは確かに
大きなフランス革命を経験したのと
それ以降に育ってきたというものもあるかもしれないし
自然科学のいろいろな発見だとかってあるかもしれないですね。
そうですね。
それはまた深めていくと面白いものが見えるかなと
そんなことも感じるんですけども
もちろんモネにブーダンが外で描くことを伝えた。
モネはブーダンから外で描くことを学びました。
彼がいるから私はいるんだということが
モネの言葉からあるんですけどね。
でもそういう点では指定関係あるいは弟子と
保生さんというような感じなんだけども
保生さんと保生さんのところはそれぞれ別れて
それぞれがフランスの画壇の中で活躍する。
特にモネの場合は世界的な画家になりましたよね。
ブーダン自身もフランスではとても有名な画家で
勲章ももらっているし
フランス国内ではきっとブーダンのほうが
立場的にも有名だったかもしれないですね。
当時はそうでしょうね。勲章ももらっていますしね。
何しろそういう点では名声を得た画家ということなんですけどね。
ルーブルにあったんですかね。ブーダンの絵って。
ありました。
あったんですか。見ましたか。
何となくかな。
いや、そう思うともうちょっと見ればよかったなという
反省しきりというところですけどね。
これはね、まだ松本には行っておりませんが
何とか見たいなと思いますね。
そうですね。やっぱり来ている間に行かないとですね。
何しろそんなことでね。
ブーダンともう少しね、肩股実習ということでお付き合いください。
美は見る人の心の中にある。
次回もアートを巡る人たちをご一緒に。
マスターの伊藤でした。
この番組は大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りしました。
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