2026-01-06 07:43

疲労しているとき

疲れているとコミュニケーションの取り方も疲れているときの対応になってしまうことがありますよね。そんなときは自身の当たり前を更新してみては如何でしょうか?という話です。


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サマリー

疲労しているときのコミュニケーションの重要性を探ります。肉体的な疲れと精神的な疲れを分けて考えることで、相手への対応が改善される可能性があります。

疲労とコミュニケーション
はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、疲労しているとき、という話をしていきます。
はい、疲労しているとき、ですね。疲れているということですね。疲れているときに、人とコミュニケーションをとる際に、
あなたはどのような対応をしていますか、というようなこと。さらには、疲労しているときの、よくありがちな対応があって、
それを回避するためには、こういう考え方がありますよ、と。疲れているときというのは、人への反応ですね。
あなたが誰かから話しかけられたときに、する反応、振り返ってみていただくとわかると思うんですけど、
じゃけんにしたり、後で、後で、というふうにね。今ちょっと疲れてるから、後で話してくださいというふうにね、言ったり。
こういう対応をですね、誰しもしたことがあると思うんですよ。そんな場合に、
相手からすると、あなたが疲れているかどうか、相手から見るとあまり関係ないんですね。
今このタイミングで、相手があなたに話しかけてきたということは、何かしらの返答、反応が欲しいと、アクションしてほしいというふうな、そういうことですよね。
この相手の気持ちを考えた際に、あなたがじゃけんにしたり、後でというふうに言ったりすると、
がっかりするというか、わかっていても、あえて話しかけたんだけど、やっぱりそういう反応かというようになったり、
わかっていなくて話しかけたのであれば、何でそんな対応するんだろうなというふうに思ったり。
少なからず、奸役とまではいかないとしても、
もやもやした感情を抱かせることになりますね。これもまたコミュニケーションの妙と言いますか、相手の気持ちを考えるというのはね、そういうことができているようでできていない時に発生すること。
相手の気持ちを考える余裕がないから、とっさにそういう反応をしてしまったとかね、
若干ギクシャクするというか、そういうことも起こり得ますよね。
こうした疲労している時に相手から話しかけられて、
ちょっと思い当たる節があるなと、望まずして、
じゃけんにしてしまっている、後でと言ってしまったりしているということがね、もしあるのであれば、その疲労の種類を分けて考えてみてくださいというようなことなんですね。
まずそれを言うと、肉体と精神に分けて考えるということですね。
体が疲れているというのと、心が疲れているということ、この2つを分けて考えてみる。
2つで1つなんですけれども、ただあえて分けて考えてみるということです。
どういうことかというと、例えば体を動かす作業というか、そういうことをした後に来る疲労というものは、肉体が疲れていますよね。
それは当たり前なことで、例えば100メートル走を走って疲れないなんてことはないと思うんですよ、体が疲れますよね。
じゃあ今体が疲れている、これは当たり前であると。
で、もう一方で精神が疲れているというのは、例えば頭脳労働ですかね、何か物事を考えたりする、体は動かさないけれども頭を動かしているというような、
もしくは考え事をしていたりして、それで疲れる、そういう精神の疲労しているというような状況。
これもまた肉体の疲れと同様で、頭を使えば、たとえ体を動かしていなくとも、疲労するのは疲れるのは当然であると。
そんな当たり前の状況であるというような、自らの現状を認識する。
自然状態といいますか、何も考えていないで疲れているなというふうに、肉体の精神などがいずれかが疲れているなということも考えずに、
ただ疲れているなというふうになっている、漠然と考えているときに誰かから話しかけられて、そのことに反応するのがオックーな状況であるならば、
自然と、そうしたね、今ちょっと話聞く姿勢じゃないんで、ちょっと後にしてくださいというふうに思うのは、それもまた自然なことであると思うんですよ。
ただ自分の当たり前の状況を自分で理解をする。
体を動かしたんだから肉体が疲れているのは当たり前だ。頭を動かしたんだから精神が疲れているのは当たり前だ。
こういう自己認識をした状態で常に過ごしていると、例えば相手から話しかけられたとしても、そのことに返答する余裕が生まれるわけですよ。
自分の今の疲労の状態は自分の中で整理がついている。つまり若干の余裕が生まれるわけですよね。
自分の状態を認識しているわけですから、何もわからない、漠然とただ疲れているなというふうにふわっと思っている状態よりかは、今自分はこういう状態であるということは自分でわかっているわけです。
その状態の時に話しかけられたら若干の余裕があるからこそ、たとえどういう疲労であったとしても、相手の話に対して反応ができる、その場で対応ができる、ギクシャクすることを回避することができるということなんですね。
ですからもし彼に疲れている時に話しかけられて、よくない対応をしてしまったなというようなことがあるのであれば、さらにはそのことにおいて人間関係に何か影響があるのかなというふうに思うところがあれば、
こうした考え方を日々の生活の中に取り入れてみていただくと、またコミュニケーションの取り方、とりわけ疲労している時のコミュニケーションの取り方が変わってくる。
自己認識の重要性
つまり何が言いたいのかというと、疲労している時、疲れている時ですね。
こうした疲れというものをまず2つに分けて考えてみてください。
それは肉体と精神ですね。
体を動かせば肉体は当然疲れるし、頭を使えば心を使えば精神は当然疲れるし、それはもう当たり前のことであると。
今自分が感じている疲労は疲労として感じて当然のものである、そうした自分を理解するというような、その状態を保てる、平常運転で行うと。
当たり前というのはそういうことですもんね。
自分が平常運転であることを当たり前と言いますから、ですからこの状態を自分の当たり前にしておく。
当たり前のベースを上げておく。
このような状態であれば、たとえ疲れている時に話しかけられたとしても、邪剣にしたり後で後でというふうに言ったりすることがなくなる。
その結果、相手との関係性もギクシャクすることも減るであろうし、相手から見た印象というものも、たとえこの人は疲れている時であっても、
自分に対してしっかりと反応をしてくれる、対応してくれる、言葉を返してくれるなというふうな、そういうことにもなるわけです。
ですから、こうした疲労している時のコミュニケーション、何か思い当たる節があるのであれば、日常生活にこの考え方を取り入れてみてください。
というところですね。
こんなことを言ってますけれども、当然私も疲れている時にね、とっさの反応で今やめてくださいというふうにですね、良くない対応をしてしまうこともあります。
だからこそ自分に言い聞かせているというようなこともあります。
ですから、こうしたことを意識して見て、疲れていてもコミュニケーションがしっかりとれると、そういうところをお互いに目指していきましょうということですね。
はい、ありがとうございました。
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