2026-01-14 07:44

執着について

コミュニケーションにおいて執着をすることは推奨できません。するなら自分の今や未来にしましょうという話です。


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サマリー

今回のエピソードでは、執着について考察され、特に人とのコミュニケーションにおける他人や過去への執着が、どれほど健全でないかが強調されています。また、現在や未来への執着が人々のエネルギー源となることも提案されています。

執着の定義と影響
はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。
まずはおめでとうございます。ということで今回は、
執着についてという話をしていきます。
はい、執着についてですね。何かに固執するとか、とらわれるとか、こだわる、
そういう意味での執着という言葉がありますよね。
こうした執着というものは、人とコミュニケーションを取る上において、あってもいいのかどうかとずらずらと話をしていきます。
この執着というものは、一般的なイメージで言うと、どちらかというと、あまり良くないイメージで使われることが多いような気がします。
それこそ何かに固執するとか、とらわれるとか、こだわるは全然悪くないと思うんですけど、
そういうイメージもありますよね。
そうは言っても、この執着というものが完全にゼロであるというのは、あまり健全ではないと思うんですよ。
なければ何もやる気が出ないというか、エネルギーが湧かない、そういうことにもなりますので、
何にも執着をしていないというと、果たしてそれが良いのか悪いのか、
他人と自分の過去への執着
個人的には若干であれば執着というものはあった方がいい、こだわるという意味での、
こうしたいという欲求ですよね。そうしたものは若干あった方がいいんじゃないかなとは思います。
一方で、コミュニケーションにまつわる執着というものに関してなんですが、
他人への執着であったり、自分への執着というような、いわば人間関係な部分で、
あの人に執着をする、自分自身の過去に執着するとか、そういう時にこの執着というものが関連してくるわけです。
で、その最初に言った執着、何かこだわりがあるというような、
そういう部分に関しては若干であれあった方がいいというふうに思うんですけれども、
ことコミュニケーションにおいての人への執着というものはない方がいい。
とりわけ他人への執着であったり、自分の過去への執着、この部分ですね。
仮に執着をするのであれば、未来とか今現在にしましょうと。
さらに未来への執着というものも、未来というものはいつまでも訪れないですからね。
それを未来と思っていたらいつまでも訪れないですから、
執着するなら現在に、今現在にしましょうと、そういうふうに思うわけです。
他人への執着と過去の自分への執着、この2つはとりわけない方がいいというようなことなんですが、
それは他人への執着をしてしまうと、自分と他人を比べてしまうことになりますよね。
あの人に固執する、この人に対抗する、そういうね。
自分と相手を比べて、自分はどうだというな。
すごいとかすごくないとか、偉いとか偉くないとか。
そういうことを思ってコミュニケーションに臨むと、
言わずもがな、そうした態度が現れることになりますよね。
それは普段思っていることが日常のコミュニケーションに現れるということがありますから、
普段から他人への執着をしていると、対象の人物に対して、
普段あなたが思っているような対応をしてしまう。
まあ当たり前なんですけれども、そういう対応をするというな。
その相手からすると、なんだかこの人、自分にすごく当たりが強いとか弱いとか、
なんだかポジションを意識してコミュニケーションを取っているなというように、
健全な関係性ではなくなってしまうわけですね、そうすると。
利害関係を考えてコミュニケーションを取っているんじゃないかとか、
そういうふうになってしまうわけですよ。
あまり気持ちのいい関係性ではないですよね。
利害関係があるべくしてあるような、例えば仕事上の関係とかであれば、
それは別にいいと思うんですけれども。
ですからその人に対して執着をしているような関係性というもの、
これは健全ではないと。
まあそういうことですね。
そしてもう一つの過去への執着。
とりわけ自分自身の過去への執着ですね。
他人への執着というものは人がいるから、自分以外の人がいるから、
その関わりを持つからなかなか消すことは難しい。
そんなこともあるかと思います。
ただ自分自身への執着というものは自分自身でどうにかできるもの。
それはもう考え方一つ。
過去の栄光にすがるとかね。
昔の自分はすごかったんだぞというようなね。
こういうことを対外的に言うことほど痛ましいことはないですね。
思い出はいつまでも浸れてしまうがゆえに、そこにとらわれてしまう。
過去は解釈次第では認識は変わるんですけれども、
起きた現実は変わらないですよね。
その現実に対して自分自身はすごかったなというような、
そういう認識でいて、かつそれを対外的に言ってしまうと。
仮にあなたが誰かからそういうことを言われたとしたら、
今はどうなんですかというふうに思うと思います。
それを対外的にやらないということなんですね。
今現在がどうなのかと。
この人昔のことばっかり言ってるなと。
昔、過去どれだけすごくても、
今はどうなんですかと繰り返しになりますが、そういうふうになってしまう。
がゆえに、過去の自分への執着というものは、
他人への執着ももちろんそうなんですけれども、
とりわけ過去の自分への執着というものはよりなくした方がいい。
現在と未来への執着
もし仮に執着をするのであれば、
今現在、今どうしたい、こうしたいというようなこと、
もしくは未来ですね、この先どうこうしたいというふうな、
そこに向かって進むという、
そうしたことについて執着を持つといいんじゃないかなと思います。
何かに固執している、こだわっている、とらわれている、
そういうことがもし思い当たる節があるのであれば、
ないとエネルギーは湧かないですから、
ゼロなのはゼロにする必要はないと思います。
ただ対コミュニケーション、人間関係においては、
執着というものはなくてもいいんじゃないかなと、
そういうことを思ってみるのも一つですね。
つまり何が言いたいのかというと、
執着について、とらわれだとかこだわりですね。
執着がないとやる気が湧かないということもありますので、
未来や今現在のことに関しては執着をすることも、
自分を動かすエネルギーになりますから、
それはあってもいいですね。
その上で他人への執着だったり、
自分の過去への執着、
こうしたものはない方がいいですね。
それは人とコミュニケーションを取る上で表面化してしまうから、
執着を受けた相手はどう思うでしょうかというようなことなんですね。
仮にあなたが誰かから執着をされている、
もしくは相手が自分の過去の栄光についてペラペラとしゃべる、
それは受けたとしたらどう思うでしょうかというようなことですね。
ですから人と会話をする中においても、
仮に執着を披露するのであれば、
今現在のことであったり、
未来の展望であったり、
そうしたところに執着を持っています。
思い出はいつまでも浸れるから、
とらわれないようにしましょうということですね。
話していて私自身にも刺さる胸が痛いですね。
自分で言ってて刺さりますね。
ですから他人と過去への執着はなくして、
今現在と未来への執着をエネルギーとするということですね。
はい。
ありがとうございました。
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