2025-04-04 08:18

努力とは

努力とはなんでしょうか。するのかしないのか、どうしますかという話です。


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サマリー

このエピソードでは、「努力とは何か」というテーマについて探求しており、努力を強いる必要はなく、自然に行動する時期が来るべきであると述べています。また、努力の概念に対する内面的な考え方や、情報収集の重要性についても考察しています。

努力の定義と考え方
はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。
まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、努力とは、という話をしていきます。
努力とは、努力という言葉に関して、ことに関してですね。
よく言うじゃないですか、努力をした方がいいとか。
努力はしないといけないとか。
コミュニケーションで言ったらね、もっとコミュニケーションのことを勉強したらとか、
もっと人と話した方がいいよとか、会話は場数を踏まないとできるようになりませんよとか、
そうしたことを総じて努力と言って、第三者から言われるようなことを。
もしかしたら、あなたもね、そのようなことを言われたことがあるかもしれないですね。
努力ということに関しては、結論から言うと、
したければすればいいし、しなくてもいいということなんですね。
どっちつかずの答えだと思うかもしれませんけれども、
努力というものは、時期がくれば、自ずとするようになるんですね。
それは、望もうが望むまいが、時期がくればというようなタイミングと言いますか、
人それぞれ、何かこれをするべき時が来たというようなタイミングというものがあるわけですよ。
それは知ってか知らずか、自分自身が努力をしなければいけないと思っていたことが目前に迫るのか、
もしくは努力をしようとも思っていないことであったとしてもやる必要が出てきた時だとか、
やるべきことが必然的に発生すると、それを努力と呼ぼうが呼ぶまいが、
やるべき時にやるべきことをやるようになるんですね。
情報収集の重要性
それは誰かに言われたからということではなくて、
真に受ける必要はないわけですよ。誰かがそういうふうにあなたに言ってきたとしても、
努力しないとダメですよと言われていたとしても、真に受ける必要はないわけです。
頑張り屋さんというか、しっかりしないとなというようなタイプの人に多いかと思うんですけれども、
努力というものをしなきゃいけないというような考え。
本当は努力をしたくないことなんだけれども、でも目の前に来たから、
そんなことに全力で取り組まないといけないから、気力を振り絞って努力してやるということ。
別にこれが得意な人というか、努力をしなければと思った上でパフォーマンスが発揮されるというような人であれば、
意識して努力をすればいいと思うんですけれども、そういう人ばかりじゃないですからね、世の中は。
何をもって努力とするのか、何が努力をたらしめるのか、そのようなことですね、いろいろありますけれども、
コミュニケーションのことであっても、必ずしも努力をしなければいけないということではないわけです。
したいと思ったらすればいいんですよ。
したくないなと思っているうちは、やったところで本腰が入らない、中途半端な気持ちになる。
結果として、やらなくてもよかったかなというようになる。
だいぶは初めから努力しない方がいいですよね、そういうことは。
やらない選択をするということも一つあるわけですよ。
何でもかんでもやらなきゃいけないとか、そういうことではなくて、
たとえコミュニケーションとかよくわからないし、どうやったら人とうまく話せるのかもわからないし、
人間関係がどこ行っても悪くなる、それもよくわからんと。
その上で、現状それでいいかなと思っているのであれば、無理に努力する必要はないわけですね。
というか、努力を努力と思っているうちはやらない方がいいんですよ。
真にやるべき時期がくれば、努力だなんだと考える前に行動するはずなんですね。
ひいては考えているうちはやる必要もないんじゃないかというようなことですね。
ただそうは言っても、何か動きが欲しいと、何か行動しないとなど、
そわそわするなどというようなことがあるのだとすれば、
ここで一つ言えることは、なぜそう考えるのかを考えるということです。
あなたが今、努力ということに関してするべきなのか、それともしないのか、やりたいのか、やりたくないのか、
右往左往、問々していると。
であれば、なぜ今自分はそれを考えているのかということを考える。
表面的な思考からさらに一歩、自分のことですから内側に入り込んでいくんですよ。
自分のさらに内側に入っていく。
なんでそういうことを考えているんだろうということ。
それが分かるのは、自分自身、あなた自身なわけですよ。
というよりは、あなたしかいないわけですね。
それは誰かに何かを言われたからといって、分かるようなことではないわけです。
もう絶対に分かりませんね。その本人しか分からない。
それの気づきを得るために外部から情報を取り入れて、話を聞いてみたりして、
気づきのきっかけとして活用するというようなことはやりますね。
それは文章なり、本なり、音声なり、何でもいいですけれども、
情報を主体的に取りに行くということですね。
こればっかりは、受け身でいると、ずっとそのまま現状維持ですから、
現状維持でもいいということであれば、それは別にいいんですよ。
努力の邦画が現れるといいますか、序章ですね。
努力とまではいかないにしろ、なぜそう考えるのかを考える、それもよく分からない、
ただ何かが動かないとなれば、情報を取りに行く。
その情報を取りに行くというようなところが、いわゆる努力というものの始まりになるかもしれないわけですね。
決断とその影響
最初の一歩は非常に小さいというような。そういうこともあるのでね。
というように努力とはということで話をしてきましたけれども、
つまり何が言っているのかというと、努力とは。
結論から言うと、したければすればいいし、したくなければしなければいい。
それは第三者からもっと努力した方がいいとか、なんやかんやと言われたとしても、
真に受ける必要はなくて、やるべき時期が来たら、
タイミングが訪れたら、自ずとやるようになる。
努力を努力だと思っているうちは、やらない方がむしろいいんじゃないかと。
やらない選択をするということですね。
やった方がいい、努力した方がいいと、なんとなく感じてはいるんだけれど、
でも、できないなということであれば、どっちつかずですからね、ずっと。
いっそのことを、これはやらない。それを決めてしまうということですね。
その上で、この努力というものに関して一つ言えるのであれば、
なぜそう考えるのかを考える。努力ということに関して、
それを今自分自身は、そのことについてどう考えているのか、
何を思っているのか、それを考える。
さらには、それの分野に関しての情報、
今はね、検索すれば何でもすぐ出てきますから、調べる。
情報の収集をしてみるということですね。
そもそも情報の収集すら何にもしたくないんだったら、
それはもうしなくていいんですよ。しないという選択をするんですね。
結局は、何かを決めてしまうということです。
これはこうというように。
そうすれば、悩まないですからね。
努力がどうだろうこうだろうというように。
決断というものをね、大なり小なり、その場で、
自分のことにまつわるほどに決済を落としていくというようなことを
繰り返しやっていくと、楽になっていくというような感じですかね。
ですから、努力はね。
したければすればいいし、したくなければしなければいい。
そういうことですね。
はい。
ということで、以上となります。
ありがとうございました。
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