#92 ノートで「冴えない女」から脱却した話🌟
2026-05-18 11:34

#92 ノートで「冴えない女」から脱却した話🌟

自分のことをずっと「冴えないやつ」と思ってきたのがどう変わっていったか、何をしたのかを話しています

【タイムスタンプ⏰】
冴えない女の変化の過程
   ①冴えない認定をしていた理由
   ②何をしてから変わったのか
書き出して事実として過程を見る
   頑張りを認めないからこそ「冴えない女」で
   あり続けるのだ!
事実をしっかり見ること。
   妄想で消す人が多すぎ
成長に指標はない、半歩も成長だぞ?
褒められても納得できない冴えない女
他人の評価に左右されない
   揺るがない安心感を育めるのがノート📚✨
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こんにちは、好かれる人の悪口ノートあおいです。 今日はずっと自分のことを冴えない私って思ってきた
自分に対してのイメージというか、どうしてそういうふうに思っていたのか
っていうことと、あとはそれがどう変わっていったのかっていう2点でね、ちょっと話をしていきたいなと思います。
これノートを始めるようになってから、できるようになったことの1個でもあるんですけど、まずその1個目なんで自分のことをめっちゃ
特徴のない、冴えない奴だって思っていたかっていうと、やっぱり人と比べるからなんですよ。
で、人と比べること自体そんなに悪いことでもないと私は思うんですけど、でもなんかこう厳しい
自分に対してね。だから高い目標とかを持つのは全然いいことだと思うんですけど、
自分ができていることを認めた上で、さらにもっとこうがいいっていうのを目指すのと、
できていることも認めもしないで、ほらできない、もっとやれよみたいな、どうせお前なんて、みたいなのって全然違うじゃないですか。
私はどうせお前なんての方で自分をずっと見てたんですよね。だから別にできてないこと、できてることもあるし、
頑張ってきたこともあるんだけど、でも自分より上って絶対いるじゃないですか。
上っていう言い方がちょっと語弊がありますけど、見るとこ見ればもっとすごいって言われるような人とか、
もっと何かを成し遂げてる人とかたくさんいるから、なんかそういう人たちを見て、本当私ってまだまだっていうか、全然できないし、
マジ冴えないみたいな、本当冴えない奴ってすごい思っていて。
でね、これがどう変わっていったかっていうと、やっぱりそのノートを書き始めたからなんですよね。
で、何が変わっていったかっていうと、私の場合、だから人と比べるのが得意なので、
自分のしてきたこととか、自分が今までできなかったんだけど、一歩できるようになったこととかをいちいち見ないんですよ。
ゴールはここなのに、お前まだここかよ、みたいな見方しかできないんだけど、それをいちいち自分で見るっていうことをし始めたんですね。
それにはやっぱり書き出すっていうことがすごく大事で、じゃないと、
一歩前に進んだことすら、結構道の途中だから、道の途中って自分でもなんとなく思ってるし、
なのでその道の途中の成長を、やっぱり見るのって難しいんですよね。
すごい思いました。なんか書き出すようになって、言葉にしてね、書き出すようになって初めて、なるほどというか、今日もやったなとか、
うーん、なんかこの間の失敗を生かしてまた先へ進んだなとか、そういうことが見えてくるんですよ。
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事実としてね。妄想とかじゃなくて。でも、ノート書いてないときは、やっぱりゴールはもっと向こうの方にあるし、
頑張った自分がやったことすら、ちょっと幻に見えるっていうか、いやいやお前やってないから、まだまだやってないし、
ほらほら、またすぐ休んじゃうんだから、みたいな、なんかそういう捉え方をしてたから、
全然ね、しんどいというか、しんどかったんですよ。そうなんですけど、やっぱ書くように書き出すようになって、
で、あの事実として自分がやってることって絶対あるので、なんかそれをまずちゃんと見てあげること。
それっていうのは別に、ただノート書けばできることなんですよ。そんな難しく、何だろう私の今日の成長は、とか別に考えなくても、
今日こういうことをしたとか、そういう日々自分がしてきたことをちゃんと見てあげる中で絶対に気づくんですね。
事実としてあるから。別に幻とか妄想とかではなくて、あるので絶対見れるんですね。
の上で、今のが2個目です。どうやって変わっていったかっていうと、ノートに書き出してあげる。自分がやってきたことをちゃんと言葉で出す。
視覚的に出す、みたいなことをしていって、
やったんだなっていう事実をちゃんと見れるようになったんですよ。で、さらにもう1個言うんだったら、
例えばその半歩進んだっていう事実があった時に、なんか今までの私だったらいやまだまだだし、みたいな。
やったうちに入らないわ、みたいなさ。なんかそういう感じで見がちだったんですけど、それをわざわざ別にあの
成長って、なんていうんですか、温度とか角度とかスケールとか何かがあるわけじゃないじゃないですか。
それって目に見えないものだから、どんなことも別に成長って呼んでよくないですか。
ね、なんだけどやっぱり理想が高いとかね、とかまあ社会的にこっちの方が成功してるとかいうのがいろいろあったりすると、
その自分のちっこいっていうか、自分の成長をなんか大したことないってしちゃうんですけど、でも成長って別に何を成長って呼んでもいいじゃないですか。
前に進んでいれば、半歩でもね。なので、今までそれを成長と呼んでいなかったことを、なんか私はわざわざ成長って呼ぶようにしたんですよ。
だって半歩前出てるしね、みたいな感じで。で、最初はめっちゃ違和感あるんですよ。めっちゃ違和感あるんですけど、まぁでも事実として自分がやったことがあるっていうのが見えた時に、
あ、なんか私頑張ったなーでも、できたーでもいいし、なんか成長したーとか、超変化したーとか、別に何でもいいんですけど、
違和感あっても、その時々にこう自分にしっくりくるというか、私はできたとか、なんか大成長とか書いてたかな、
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っていうのをいちいち当てるようになると、当てるっていうか、まあ見つけた時には大成長だなーとか、あ、できたなーとか、頑張ったなーっていうのを一個一個当てる、
自分でね、気づいた時に書いてあげるとか、まあ私は反抗したりもしますけど、そういうことをしていくと、
あのー、なんかね、どんどん自分の成長が見つけられるようになるんですよ。だから今までもずっとあったんだけど、別に。
なんだけど、わざわざそれを成長と呼んでやらん、みたいな。こんなもん成長じゃねー、みたいな。こんなもん別に努力でもねー、って思ってたことを、別にこれで努力って呼んでよくない?
誰が決めたの?みたいな、その成長の幅っていうかね、誰にもわかんないじゃないですか。だから本人が成長してるって思えば成長してるでいいんですよ、っていうので、
あの成長とか頑張ったっていう風にしてあげるようになってから、まだまだ私はこういうことしたいとか、なんかありますけど、そこにたどり着かねえじゃん、いつまでもとか、別にありますけど、
でも、最初の方にも言ったみたいに、やれてることがある、頑張ってることがあるとか、努力してることがある上でもっとあっちがいいな、とか、もっとこういう風なのをしてみたいな、っていうのが見えるようになったんですよね。
これって、あるんだけど、もうすでにやれてるんだけど、でももっとこういう風にしてみたいっていうのと、どんだけやっても足りねえ、足りない、できてない、やれてない、頑張れてないっていうのって全然違うと思いませんか?
でもこれって、誰かに言ってもらっても絶対自分が納得しないんですよ。
例えば自分が目標があって、誰か、自分はまだできてない、まだ全然できてないって思ってるんだけど、友達とか親とかに、すごい頑張ってるじゃんって言われても、うんありがとうって思うけど、多分絶対自分が納得してるんですよ。
でも、みたいな、だけど、とか、いやあの人の方が、とかなっちゃうんですよね。
だから、どんなに他の人に言われてもダメなんですよ。自分が成長とか、自分が前進って認めてあげないと、ほんと意味ないんですよね。
それは、私がめっちゃ違和感とか思いながら、もう大成長とかできたって、あのやっていったおかげで、分かったんですよ。
だから最初はめっちゃ違和感なんですけど、そのうち、あ、これも大成長、これもできた、みたいな、っていうことがどんどん増えていって、
で、こう、ちょっとした変化とか、ちょっとした半歩とかをすごく認めてあげられるようになったんですよね。
なんかそれだけで全然違うし、でやっぱり、そのさっきの話で、誰か別の人に頑張ってるじゃんって言われても自分が納得しないみたいな感じで、
だからその逆が起こるんですよ。だから例えば誰かが、なんかいい、だって別に大してやってないじゃんって言ったとしても、自分の中で、なんか分かってるんですよ。
でも、頑張ってる自分がいるとか、でもどうにかしようと思ってる私がいるとか、なんかそういう、だから、ことにも逆に繋がるんですよね。ちゃんと認めてあげると。
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だから、なんか例えば、それがなかった時にあなたやってないじゃんって言うと、めっちゃ傷ついたりとか、やる気なくなったりとかしちゃうと思うんですけど、
うーん、自分で分かっていると、たとえそういう言葉をかけられた時も、あの、平気って言うとおかしいですけど、
うーん、なるほど、みたいな、なんか君からはそう見えるんだじゃないけど、なんかそうやって、
その言葉に振り回されないかなって思いました。多分私の場合は、若干イラっとぐらいはすると思いますけどね。
とか思いそうだけど、そうそう、でもなんかこうすごく傷ついて、なんか何もできなくなっちゃうとか、やっぱり、
あの、ダメなんだ自分ってなってめっちゃ落ち込むとか、そういうこともなくなるんですよね。だから、本当に自分で見て成長って押してあげる、
頑張ってるって押してあげることって、なんかもういいことしかなくて、そう、なので、本当冴えねぇな私って思ってたんですけど、
でも今でも別に冴えてると思ってないですけどね。全然冴えてると思ってないですが、でももう、あの、できてることとか、頑張ってることとかもあるなっていうのが自分で見れているので、
なんかこの安心感が育めたのって本当にノートなので、
今回は私の変わったポイントの1個として、今これを例として話してますけど、他にもいろいろあるんですよね。だから1個、
目標高いのはいいですけど、自分が、その目標の過程もね、どんどんどんどん自分で応援してあげられるようになると、本当に違うんで、
そうそう、ぜひノートに書いてみて、ちゃんと目で事実として書き出してあげてね、やってることを。
で、見て自分でちゃんとやってる、頑張ってるってことを認めていってあげるのってすごく大事だなと思います。
そして私、本当にやっといてよかったと思いました。
という感じで、今日はノートの良さをお伝え、1個ね、なんかこういう変化があったよっていうまた良さをお伝えできたかなと思います。
最後までお聞きくださりましてありがとうございました。それではまた失礼します。
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