あげてるものとかで知るっていうのもあるし、
あとはなんかこう、学問関連のものとかは、
それこそモロ口コミっていうか、
誰々さんが新しく本出すんだってみたいな感じで聞いて、
っていうのはある。
だからそれこそなんか、
口づけに聞いてからネットで調べて、
何月に刊行されるんだとか、
表紙こんな感じなんだっていうのを知るみたいな流れがあったりとか、
それはめっちゃ、
りょうちゃんのガソリンみたいな。
だからめっちゃ、
だからなんかその置かれてる立場的にそういうことを、
特にやっぱ、
なんか研究とかってなると、
ある程度論文になった後、
最終的には本になるみたいなものがある程度、
一順としてあるっていうのもあって、
やっぱりその本の情報はそういう形で聞く、
その分野の中では。
っていうのはあるし、
それはたまたま今そういう状況にいるからっていう話でもあるんだけど、
でもなんか音楽はそれこそ、
多分私はずっとループしてる気はするし、
なんかあんまり新しいものをそれこそ見出せてないかもと、
今思ったかな。
ていうかもともとなんていうの、
結構好きになったら、
ずっととことん聞くみたいな、
あんまり飽きもせず繰り返し聞くみたいな、
多分自分の性質もあって、
なんか頑張って探そうとしてないっていうのもあるのかもしれないけど、
だからずっと割と同じようなジャンルの中で、
ループしてるのかもっていう感覚はちょっとあるし、
なんかそこからなんかやっぱ別の、
全く自分が触れてこなかったものに触れるっていうのが、
なんか逆に難しいかもって思っちゃう。
なんか似たようなジャンルとか、
何かしら関連のあるものがオススメされすぎて、
なんかその情報量の方が圧倒的に多いから、
それ以上に別の全く触れたことのないものの情報にたどり着こうという、
なんか意欲が染まれている気がする。
それすごいわかる。
なんかそのオススメだけでもすごい量じゃんだって。
永遠に出てくる。
永遠に自分の履歴とか雰囲気とか、
今までのそういう音楽の選択をベースにさ、
ものすごい量がオススメされてきてて、
もちろんその中にすごいいいものもたくさんあるんだと思うんだけど、
なんかそこから一歩出るのがめちゃくちゃ難しいよね。
だからなんかさっきムーちゃんが言ってたみたいに、
そういういいなって自分が思った人が、
しかもなんかこうインタビューしてるのがめっちゃいいよね。
なんか単純に好きですって言ってるんじゃなくて、
まあそれでもいいんだけど、
なんか本人に話を聞いて、
なんかそのインタビューの内容もこっちは聞けるわけで、
なんかそれを踏まえてその人の音楽を聞けるっていうのが、
またたまたまであった以上のもの、
以上の見方ができるみたいなのはありそうだよね。
なんかそのインタビューの中でも、
そのインタビューされてる人たちも、
自分がどういう音楽を聞いて育ったとか、
どういう音楽にインスパイアされて、
自分は今そういう活動しているかみたいなことについても話すから、
すごくそこからどんどんまた広がっていく感じはあって、
そうだから今リョウちゃん言ったみたいに、
そのインタビューあるっていうのはすごくいいし、
なんかそのさっき言ったけど、
私もなんか10代の頃なんかスクールオブロックっていうラジオを聞いてて、
なんかそのラジオで結構知ったアーティストもいて、
でなんかそこから結構音楽雑誌を私は買うようになって、
なんかその音楽雑誌とかで、
そうそのさっきあの今その言ったみたいにそのインタビューを読むと、
そのインタビューの中で自分がどういう音楽を聞いてたとか、
なんかその今すごい自分がいいと思っている音楽とか、
アーティストについてこう言及している部分があって、
でそこからまたその人を調べて、
またちょっと違う分野のものを聞いてみたりするみたいな感じで、
結構そういうことを繰り返していたから、
それこそそれっておすすめが自動的にフィードに出てくるような楽さはないじゃん。
なんか自分で結構能動的に、
ここから自分はこれを検索するんだとか、
調べるんだってこう一歩出るんだみたいなものを、
まあ自分からやらないといけないから、
なんかちょっとこう負荷がかかるっていうか、
なんかその簡単にその出てきたフィードの中のものをクリックすればいいっていうものではないから、
なんかちょっとそうだね、
まあ元気がある時じゃないとあんまりできないんだけど、
それを今年は私はもうちょい自分で意識してやっていきたいなっていうのはすごい思っていて、
そうだからなんか人、
なんかさっきリョーちゃん言ったみたいに、
信頼してる人とか友達とかが読んだ本を知るっていうのもすごくそういうものの一つだと思うし、
誰かの本棚の写真を覗くとかも私結構好きだし、
なんかその誰、そこにもうその人が選択してきた背景とか、
なんかそういういろいろなバックグラウンド的なものがすごい反映されてるじゃん。
だからなんかそういうものを集めて、
自分なりの次のステップを、
まあ選択ってほどではないけど、
こう選べていけたらいいなっていうのはすごいそう思ってるけど、
まあでも楽だよね。
どうすればいいのかわからんけど、
なんかそのどうするか問題置いといたとしてもさ、
普通にやっぱ気持ち悪いよね。
なんかなんでこんなにその自分が、
なんかコントロールされていく不気味さみたいのもあるけど、
なんかその自分がコントロールしない範囲で、
なんかおすすめが出るっていうのはさ、
その生身の人間を通じてもあるわけじゃん。
なんか自分の予想もしない方向から何かおすすめされるとかっていうのはあって、
でもなんかそれを不気味に思わないのと、
なんかそのネットの中で自分の好みに基づいて、
なんかそれこそさ、
なんか自分に何かおすすめをしてくれる人も、
全員が全員ではないけど、
ある程度自分がどういうものを好んでいるとか、
どういう価値かを持ってるとか、
ある程度知ってくれた上で何かをおすすめするとか、
してくれてると思うんだけど、
なんかもちろんその度合いは全然違うとはいえ、
なんか基本的にはなんかそういう方向性としては結構類似はしてるんだけど、
なんか一方はめっちゃ気持ち悪いとか不気味だって思うのに、
なんかもう一方はすごくポジティブに捉えられるっていうのが、
なんか何でなんだろうとかって思ってたんだけど、
なんかやっぱその結局ある程度自分のその傾向とか好みとかを、
両方というかネットの方もその自分の傾向をデータ化して分析しているんだろうし、
自分の友達とか知人とかもある程度自分がどういう人間なのかみたいなのを、
もちろんその全て知ってるとか理解しているとか、
データ化して分析してますとかそんなんではないけど、
なんとなく知ってくれていて、
それをもとにおすすめはするんだけど、
なんかやっぱそのアルゴリズムの方は、
なんかその傾向とか好みに沿って、
その道の延長線でおすすめをしているっていうので、
絶対にそこからそれることはない。
なんかその傾向に基づいて、
なんかこういう傾向だから、
じゃあ逆のものをおすすめしてみようっていうふうにはならないわけじゃん。
だけどなんか生身の人間の場合にはそれがあるじゃん。
なんかこういう人なんだろうなって思いつつ、
あえてのここをおすすめしてみようみたいなものとかも、
多分人によってはあって、
なんかそういう予想外みたいなものは、
すごい多分面白いと思えるはず。
だけど絶対にそれをしてこない、
その機械というか技術の方は絶対にそれをしないっていう、
なんかやっぱそこに不気味さがあるのかもなって、
なんか今話しながら考えてたんだよね。
確かに。
だから結局そのさっき言ってたみたいなループにはまっちゃうんだよね。
その機械とおすすめする方だと、
結局はその自分のそういう傾向とか、
自分に似た人と同じようなものを求めるだろうみたいな前提で。
だからめっちゃ内向きで閉じてるし。
そうね、確かに。
あとなんかまず、
まあそもそもAIとかって、
なんか人間の行動を勝手に分析してるけど、
人間ではないからやっぱりそこの中身空っぽでさ、
結局人からおすすめされるときって、
その人が相手のことをこう、
ある程度さっきリオちゃんが言ったみたいに、
知ってくれていたりとか、
こういうの好きなんじゃないかって思ってくれていたりとか、
っていうここに重いみたいな、
相手のことを考えているみたいなのもすごい見えてくるじゃん、
受け取る側からしたら。
でもなんかその、
そういうショッピングサイトとかに出てくるおすすめとかって、
なんか身近もないし、
なんかもう本当に商売のために買え買えみたいな感じのがすごいあって、
なんかそういう違いもすごいあるのかなって思ったし、
なんかそこに多分、
思いがあるみたいのは結構重要なのかもね。
特におすすめされるとき、
なんか紹介はまた違う、
紹介は結構大きく開けているから、
まあ誰が見てもあれだけど、
例えばこう直接的に、
誰々に勧めるとか、
リオちゃんに私が何かを勧めるっていうときには、
やっぱりリオちゃんのことを思っているし、
考えているから、
やっぱりそこに受け取る側からもそういうものが感じられるじゃん。
だからなんかそういうのもあるのかなって思うかな。
確かに。
なんか結局、
なんか私たちはものとかを、
その対象というか、
おすすめされているものを見ているというよりかは、
なんかそこに行き着く間に発生しているであろう感情とか、
なんかその相手の人間性みたいなものとか、
なんかそういうものを、