1. あのさ、
  2. #51 わたしたちの直感を取り戻す
2026-02-01 50:33

#51 わたしたちの直感を取り戻す

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アルゴリズムに選択させられている?/「おすすめ」機能/「おすすめ」のない時代/一挙手一投足がデータ化されてしまう/選んでいるつもりが選ばされているのでは/好みや価値観はどこまでが自分の選択?/閉鎖性の主体が見えない怖さ/インタビューを通じた音楽紹介/生身の人間からの「おすすめ」/口伝え・人づての情報/「おすすめ」の情報量の多さと疲労/購買意欲刺激され続ける/比較する対象が多すぎる/直感を信じきれなくなる/完全に脱却することは不可能/人の感情や想いを介した「おすすめ」/アルゴリズムには逸脱や裏切りがない/人のおすすめには予想外がつきもの/「あのさ、」は「好き」を語る場でありたい/SNSではなくあなたの声で聞きたい/些細な「好き」「よかった」をシェアする



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感想や質問は⁠⁠⁠こちら⁠⁠⁠へ。ありがとう、大切に読みます。

[収録日:2026年1月6日]

サマリー

ポッドキャストのエピソードでは、アルゴリズムが日常の選択に与える影響について考察されています。特に、オンラインショッピングや音楽ストリーミングサービスでのおすすめ機能が好みや選択をどのように操作しているかに焦点が当てられています。このエピソードでは、情報過多の時代における直感の喪失や、それを取り戻す方法が取り上げられています。特に、過去の音楽やアートとの関わりを通じて、自身の興味や欲望を再認識することの重要性が強調されています。また、彼らは現代の情報社会における直感の喪失について考察し、アルゴリズムや技術の影響について語っています。加えて、他者との関わりや人間的なつながりの重要性にも触れ、どのように選択が影響を受けているかを探ります。さらに、日常生活での素敵な体験やお気に入りの料理をシェアし、自分たちの直感を大切にする重要性について話しています。SNSではなく、直接的なコミュニケーションを通じて体験を共有する価値も探究されています。

アルゴリズムの影響
こんにちは、りょうこです。
のぎほです。
ポッドキャスターのさは、日常の些細なことから社会のこと、自分自身や人との関係性にまつわることなど、
結論も解決策もないけど、そんなグレーな話をそのままに語っていこうという番組です。
はい。
今日も始まりました。
いえーい。
いえーい。
早速、テーマ入る?
うん。
雑談しちゃうのは。
そう。
いつもなんか、最近どう?みたいな感じで、なんか近況とかについて話してて、
あ、で、今から始めようみたいな。
そうそう、収録前に雑談済ませてるからさ。
そうそうそうそう。
いざなんか、このお決まりの文章を読み上げた後に、おっと!みたいな感じになっちゃう。
雑談から全部収録しといて、で、そのままそこをカットして、
イントロの文章の後に持ってくるみたいな。
その方が絶対いいよね。
絶対いい。
っていう感じだけど、もう早速テーマ入る?
うん。入りましょう、じゃあ。
入りましょう。はい。
今日のテーマは、私がテーマ表に入れさせてもらったんだけど、
タイトルからいくと、アルゴリズムに何を決めさせて、
何を自分で選ぶかっていうのが大きなテーマで、
その中のもうちょい細かい部分でいくと、
おすすめとか、ああいうサイトとかに出てくる、
おすすめとかのシステムと、それに対して私たちがどう思うかとか、
それとどう付き合っていくかみたいなことについて話したいなっていうのが、
今日一つあって、
そうだね、私がこれ考え始めたのは、
仕事柄IT系の仕事をしていて、
今の会社に転職したときに最初にいたチームが、
検索とそれこそおすすめ機能とかのエリアを担当するチームだったんだけど、
そこでどういうふうにそういうおすすめみたいなものが、
特にそういうeコマース系の商業サイト的なところで利用されてるかとか、
どういうふうに作られてるかみたいなのを見て、
そういうのを見て、
自分自身も結構、例えばAmazonとか、
オンラインでもたくさん買い物して、
そこから出てくるおすすめを見たり、
あとは、これはまたちょっと違うけど、
Spotifyとか聞いてても、音楽のおすすめとか、
似たアーティストとかっていう感じでおすすめが出てきたり、
私たちのポッドキャスト自体もSpotifyの中でおすすめ、
誰かの聞いた履歴をベースに、
私たちのものがおすすめされたりする対象としてあって、
だからそういうふうに、直接的には目に見えないんだけど、
私たちのこういう普段の行動とか、
選択をもとに、
そういうおすすめみたいなのが、
たくさんいろいろなエリアでされているっていうのが、
そもそも自分たちにとっていいことなんだろうかとか、
そもそもこういうシステムができる前、
おすすめってどうやってたっけみたいな、
人間同士で直接やってたっけとか、
どういうふうな形で存在してたんだろうみたいなのを結構、
なんていうのかな、細かくじゃないけども、
ざっとそれに対してどう思うかとか、
どう付き合っていきたいかみたいなのを話せたらなっていう感じなんだけど、
選択の自由について
それが私のバックグラウンドなんだけど、
りょうちゃんどう?
あんまりその裏側のは私はわからないんだけど、
でもなんか今もさっき言ってたみたいに、
そういうSpotifyとか、
音楽系もそうだし、
ショッピングもそうだし、
動画とかSNSとか、
あらゆるものが自分が一つ何か選んだら、
そこからもうわーって全部つながるものを、
なんかこう肝付けさせられて、
おすすめされるじゃん。
もうあらゆるものが。
だからなんか超直近で言うとさ、
なんかインスタで、
私が飼ってる犬がミックスなんだけど、
全体が白っぽい、
白っぽいというか真っ白な犬で、
鼻がなんかちょっとピンクっぽい鼻をしているんだけど、
なんかインスタでも、
あのなんていうの?あのフィード、
わかんないんだけど、
検索して、
検索のなんかとこがあって、
その下にいっぱいおすすめが出るじゃん。
あー出る出る。
そうそうそう。
それでなんか似た犬を見つけて、
うちのワンコに似てるって思って、
で、一回タップしてみて、
それでこう下にスクロールすると、
また似た犬が別の犬なんだけど、
出てきて、
で、それ一回もインスタ閉じるじゃん。
で、また別のタイミングで開いたときに、
そのわーっておすすめのフィードのところに、
白い犬ばっかりが出てきて、
なんかかわいいんだよ。
めっちゃかわいいんだけど、
なんかめっちゃ自分の選択一つによって、
なんかこのこいつは白い犬が好きなんだっていうのを知らせて、
あ、めっちゃおすすめされてるんだっていうのがわかって、
犬たちに罪はないんだけど、
ちょっとしたゾワッとする感じはあるなと思って。
私たちのオンラインでの、
一つ一つのアクション、
それこそリョウちゃんとみたいに、
一つの画像をタップするとか、
別にそれをいいねしなくても、
それをただ見たっていう、
その履歴さえもが、
おすすめのためのアルゴリズムの中に、
どんどんどんどん入ってって、
だから多分、
どこまでが自分の選択?
で、どこからが自分、
そういうものによって、
いろいろ選択させられてるのかみたいのは、
結構考えちゃうし、
そのラインが、
今どんどんどんどんわからなくなってるな、
みたいのは、
オンラインにいる以上、
そのラインのどこにあるかみたいのって、
わからないままだな、
みたいのはすごいあって、
だから、
リョウちゃん今言ったみたいな、
ゾワッとする感覚っていうのは、
すごいわかるし、
それから逃げられないみたいな感じのが、
すごい怖いかも。
そこの中にとらわれてるみたいな、
今言ったけど、
そこの線引きがわかんないから、
自分が選択してるのか、
選択をさせられてるのかっていうのを、
常に考えちゃうし、
それが、
絶対はっきりわかることがないっていうのが怖い。
のもあるね。
確かに。
結局、
あなたの好みはこういう傾向でしょっていうものを、
SNSでも、
ショッピングサイトとかでも、
見せられて、
なんか、
提示された選択肢の中から選んでるから、
選んでいるとも言えるんだけれども、
そもそものその、
挙げられている選択肢そのものが、
自分のこれまでの好みとか、
なんだかの傾向に対応して、
出されている選択肢だから、
なんかそれってやっぱり、
選択しているとも言い切れないみたいな、
だし、
自分の好み、
それこそ何が好きかとか、
何が嫌いかとかもそうだし、
なんかどういう考え方に、
自分が賛同するのか、
どういう考え方は受け入れられないのか、
みたいな、
そういう思想の言葉でも、
なんかある種、
自分の傾向に沿ったものしか出てこないから、
なんか、
なんかそれによって、
どんどん人と人との分断とかも、
煽られているような気もしちゃうし、
でもなんかその煽っている主体が、
なんかそういうアルゴリズムだとしたら、
なんか主体があるようでないというかさ、
そうだよね。
なんかずっと踊らされてるみたいな、
何かわからない主体に踊らされてるみたいな現状に、
なってしまうんじゃないかとか思ったりして、
それもめっちゃ不気味だなと思って。
音楽の発見
ねー、確かに。
なんかさっき言ったみたいな、
その似たような思想ばっかりがこう、
集まってくるみたいなやっぱり、
SNSとかですごい、
私たちも話してきたけど、
そのエコーチェンバー的なもの、
でも本当に最近はそれがひどいし、
なんか自分で、
なんかその思想的なものだけに限らず、
私が最近すごい感じていたのは、
音楽をなんか、
まあこの年になって、
結構こう新しいものを聴くみたいなことがあんまり、
ずっと自分の昔聴いてた曲とか、
なんか自分のお気に入りをずっと聴くとか、
ずっとお気に入りのアーティストを聴くみたいな感じで、
なんかそこの、
それが例えば私の履歴だとすると、
それをもとにおすすめの機能が、
おすすめのアーティスト的なものをピックアップしてきて、
あんまりその似たような、
ジャンルとかその似たような、
そういう雰囲気みたいなところが抜け出せなくなってる感じがすごいして、
だからなんかその、
音楽とかすごい、
20代中、中頃くらいまでは結構、
ブログとか、
人からおすすめされてとかで見つけたアーティストが何人かいて、
そういう人たちがすごい結構自分の中で、
すごい大切なアーティストなんてすごいずっと聴いてて、
それはそれでいいんだけど、
いざ自分が新しい音楽を聴きたいとか思っても、
どこからどういうふうに、
今いるループみたいなところから抜け出せるんだろうみたいなのをすごい感じて、
で、いろいろ調べ始めたら、
たまたまこのオーストラリアのシドニーで、
ラジオ番組をやってる人がいて、
その人はずっと音楽関係の業界で仕事をしてきて、
プロデューサー的なこともしてきたし、
いろいろな違うラジオ番組のプロデューサーみたいなこともしてきた人なんだけど、
その人が、
最初はたぶん私がたまたま見つけたのはTikTokで見つけて、
その人がすごい自分の家にアーティストとかを招いて、
インタビューして、
自分の家に、自分のアパートかどこかの一室のアーティストを招いて、
一緒に音楽聞くみたいな感じの番組をやっていて、
その人がそういうラジオ番組とかもやってて、
毎週くらいアーティストへのインタビューを公開したりとか、
自分が今聴いている音楽みたいなのを紹介したりして、
その感覚、誰かからおすすめを聞くとか、
この音楽いいよっていうので、
誰かが、人間が選んでラジオで曲を流すみたいなその流れが、
すごい私の10代を思い出させて、
こういう形で結構、
私は昔音楽を見つけていたなみたいなのをすごく思い出して、
私はその人のアカウントみたいなのフォローして、
だから毎週毎週プレイリストみたいなのを作ってくれるの。
その中の音楽のジャンルが、
私のループしていたところの、
本当に全然違う世界で、
本当にいろいろなジャンルの音楽も入っていて、
だから本当にそのプレイリストを一つ聞くだけでも、
すごい音楽の幅が広がるというか、
こういうジャンルもあったんだとか、
こういうアーティストがいたんだみたいなのをすごい発見できて、
めちゃくちゃ楽しいみたいになって、
それを経験して、
やっぱり人から聞くおすすめとか、
これいいよみたいな感覚って、
めちゃくちゃ大事だなって、
すごい最近実感したんだよね。
だからなんかすごい、
一つ私が嫌だなと思っていた、
ループから抜け出せるきっかけになったっていうか、
だからなんか、
りょうちゃんにもそういう何かへの出会い方、
そういうアルゴリズムではない、
何かへの出会い方とかで何かエピソードあったりとか、
話したいこととかあったら聞きたいなと思ったんだけど、
えーなんだろう。
りょうちゃんおすすめというか、
新しく何かを見つけるときって、
割とネット?
ネットが多いかも。
口コミ読むとかそういう感じ?
新しいもの何で見てるんだろう?
ふと、なんか、
全然考えたことなくて。
でも何かそれこそ本とかは、
人の紹介というよりも、
誰かが読んで、
その感想をあげてるとか、
一般的にその口コミがいいぞみたいなっていうよりかは、
自分がフォローしてる人とか自分の友達とかが読んだって言って、
情報と直感の関係
あげてるものとかで知るっていうのもあるし、
あとはなんかこう、学問関連のものとかは、
それこそモロ口コミっていうか、
誰々さんが新しく本出すんだってみたいな感じで聞いて、
っていうのはある。
だからそれこそなんか、
口づけに聞いてからネットで調べて、
何月に刊行されるんだとか、
表紙こんな感じなんだっていうのを知るみたいな流れがあったりとか、
それはめっちゃ、
りょうちゃんのガソリンみたいな。
だからめっちゃ、
だからなんかその置かれてる立場的にそういうことを、
特にやっぱ、
なんか研究とかってなると、
ある程度論文になった後、
最終的には本になるみたいなものがある程度、
一順としてあるっていうのもあって、
やっぱりその本の情報はそういう形で聞く、
その分野の中では。
っていうのはあるし、
それはたまたま今そういう状況にいるからっていう話でもあるんだけど、
でもなんか音楽はそれこそ、
多分私はずっとループしてる気はするし、
なんかあんまり新しいものをそれこそ見出せてないかもと、
今思ったかな。
ていうかもともとなんていうの、
結構好きになったら、
ずっととことん聞くみたいな、
あんまり飽きもせず繰り返し聞くみたいな、
多分自分の性質もあって、
なんか頑張って探そうとしてないっていうのもあるのかもしれないけど、
だからずっと割と同じようなジャンルの中で、
ループしてるのかもっていう感覚はちょっとあるし、
なんかそこからなんかやっぱ別の、
全く自分が触れてこなかったものに触れるっていうのが、
なんか逆に難しいかもって思っちゃう。
なんか似たようなジャンルとか、
何かしら関連のあるものがオススメされすぎて、
なんかその情報量の方が圧倒的に多いから、
それ以上に別の全く触れたことのないものの情報にたどり着こうという、
なんか意欲が染まれている気がする。
それすごいわかる。
なんかそのオススメだけでもすごい量じゃんだって。
永遠に出てくる。
永遠に自分の履歴とか雰囲気とか、
今までのそういう音楽の選択をベースにさ、
ものすごい量がオススメされてきてて、
もちろんその中にすごいいいものもたくさんあるんだと思うんだけど、
なんかそこから一歩出るのがめちゃくちゃ難しいよね。
だからなんかさっきムーちゃんが言ってたみたいに、
そういういいなって自分が思った人が、
しかもなんかこうインタビューしてるのがめっちゃいいよね。
なんか単純に好きですって言ってるんじゃなくて、
まあそれでもいいんだけど、
なんか本人に話を聞いて、
なんかそのインタビューの内容もこっちは聞けるわけで、
なんかそれを踏まえてその人の音楽を聞けるっていうのが、
またたまたまであった以上のもの、
以上の見方ができるみたいなのはありそうだよね。
なんかそのインタビューの中でも、
そのインタビューされてる人たちも、
自分がどういう音楽を聞いて育ったとか、
どういう音楽にインスパイアされて、
自分は今そういう活動しているかみたいなことについても話すから、
すごくそこからどんどんまた広がっていく感じはあって、
そうだから今リョウちゃん言ったみたいに、
そのインタビューあるっていうのはすごくいいし、
なんかそのさっき言ったけど、
私もなんか10代の頃なんかスクールオブロックっていうラジオを聞いてて、
なんかそのラジオで結構知ったアーティストもいて、
でなんかそこから結構音楽雑誌を私は買うようになって、
なんかその音楽雑誌とかで、
そうそのさっきあの今その言ったみたいにそのインタビューを読むと、
そのインタビューの中で自分がどういう音楽を聞いてたとか、
なんかその今すごい自分がいいと思っている音楽とか、
アーティストについてこう言及している部分があって、
でそこからまたその人を調べて、
またちょっと違う分野のものを聞いてみたりするみたいな感じで、
結構そういうことを繰り返していたから、
それこそそれっておすすめが自動的にフィードに出てくるような楽さはないじゃん。
なんか自分で結構能動的に、
ここから自分はこれを検索するんだとか、
調べるんだってこう一歩出るんだみたいなものを、
まあ自分からやらないといけないから、
なんかちょっとこう負荷がかかるっていうか、
なんかその簡単にその出てきたフィードの中のものをクリックすればいいっていうものではないから、
なんかちょっとそうだね、
まあ元気がある時じゃないとあんまりできないんだけど、
それを今年は私はもうちょい自分で意識してやっていきたいなっていうのはすごい思っていて、
そうだからなんか人、
なんかさっきリョーちゃん言ったみたいに、
信頼してる人とか友達とかが読んだ本を知るっていうのもすごくそういうものの一つだと思うし、
誰かの本棚の写真を覗くとかも私結構好きだし、
なんかその誰、そこにもうその人が選択してきた背景とか、
なんかそういういろいろなバックグラウンド的なものがすごい反映されてるじゃん。
だからなんかそういうものを集めて、
自分なりの次のステップを、
まあ選択ってほどではないけど、
こう選べていけたらいいなっていうのはすごいそう思ってるけど、
まあでも楽だよね。
自己の欲望を見つめ直す
おすすめ流れてくる。
でもなんか楽だけどさ、
なんか本来の目的見失うとかない?
特に買い物とかでさ、
買い物を言うな。
SMR買おうみたいな感じで、
例えば検索して1個カートに入れて、
そしたらおすすめですって言って出るじゃん。
その関連した商品とか、
この商品を買ってる人が一緒に買う商品とか、
なんかそういうものを出されて、
なんかこれもいいなとかって見てたら、
あれ何を買おうと思ってたんだっけみたいな感じで、
なんかもともと買おうと思ってたもの以外を買って、
本来買おうと思ってたものを買い忘れるとか、
なんかしばらく経ってから、
そういえばみたいな感じで思い出すとか、
たまにあって。
ある。
なんかすごい、
情報を一方的に与えられるのって楽だけど、
なんかそれに自分の集中力とか、
エネルギーとか、
なんか一方的に奪われてる感じもあって、
だからなんかそれ一回、
なんか一通り見て、
なんかもう見るの疲れたなとかって思うと、
閉じるじゃん。
で、閉じて、
なんか本来の目的を達成しないまま閉じたりとかするかな。
わかる。
なんのために今の時間だったんだろうみたいな。
そう。
めっちゃわかる。
すごいなんか、
虚無になるのそういう時に。
なんか自分は何をしてるんだみたいな。
なんか買うものだけをパッパと買って、
終わらせて次の作業とかすればいいのに、
なんかその出てくるおすすめの情報を見てしまって、
時間が溶けて、
で、なんか体も目も疲れて、
なんかもういいやみたいな感じになっちゃうの。
なんかすごい無駄なことしてると思って。
うんうん。
だからなんか楽なようでいて、
なんかそこに乗っちゃうとめっちゃ疲れるって思って。
うんうん、確かに。
多分本来は、
そうね、
まあでも結局は買わせるためだよね。
もっと。
もっと買え。
もっともっと買えっていう。
そうね、そこから、
買い物系は特にひどい。
ひどいよね。
おすすめとか、宣伝とか、
広告とか、
一回そういうショッピングサイトとかで買い物したらさ、
そこからなんかそういう、
定期的にこのセールごとにメール来たりとか、
なんかそういう、
なんかもう常にこう、
あ、じゃあ次これ、次これ、次これみたいのを、
こう刺激され続けて、
自分はそもそもそれが必要なんだっけっていうのと、
自分はそもそも何が欲しいのかみたいなのが、
全然わからなくなって、
それこそ自分の好みとかも、
年々感覚が鈍っていくというか、
わかる。
今までだったら、
あ、これ好きとか、
例えば洋服屋さんとか、
直接洋服屋さんとかに行って、
何かを見たときに、
私はこれ欲しいとか、
こういうふうにしたら着られるなみたいなのを、
結構自分でイメージできたけど、
今は本当に、
お店に行ったとしても、
それまでに、
例えばネットとかでたくさんの情報を見すぎていて、
あ、でももうちょい安いのがあるかもしれないとか、
あ、なんかもうちょっと高かったらいいのがあるかもしれない、
みたいなのを考えてしまって、
その目の前に、
今すぐ目の前にあるものと、
ちゃんと向き合えてないみたいなのが、
すごく実感としてあって、
それで、本当は自分にぴったりだったかもしれないものを、
買い逃してしまったりとか、
結局オンラインで検索しても、
あんまりいいのがなかったりとか、
オンラインで買ったとしても、
自分にあんまり合わなかったりとかっていうのが、
結構増えて、
それをもうちょい何とかしたいな、
みたいなすごい感じで。
そうだよね。
なんか自分の欲望が乱されている感じがする。
何が好きかとかもそうだし、
何が欲しいと思っているかとかも、
本当に欲しいと思っているのかとか、
たまたま、
そういうおすすめを連続的に見続けたことによって、
欲しいと思うようになっているような気もするし、
でもなんかこの自分が欲しいって、
今思っているようなこの気がする感じは、
何なんだろうみたいになったりとか、
好きだって思うものも、
これが好きみたいな、
自分の直感を信じれなくなってきているみたいな。
どうやったら鍛えられるのかな。
その直感を私は取り戻したい。
昔はあったはずなのに、
そう、絶対あったはず。
そう、なんか昔はこんなにたくさんの情報を浴びてなかったから、
なんかやっぱピンポイントで、
これが好きで、何かと比較しても、
それでもなおこれが好きみたいな感覚があったのに、
なんか実はまだここに提示されていないだけで、
自分が本当にもっと好きって思えるものが、
なんか他にあるだろうとか、
もっと欲しいと思えるものが、
これ以外にあるはずだみたいな感覚が、
なんていうか、ないとは言えないというか、
うっすらなんかそういう感覚がありながら、
あ、なんかかわいいなと思うとか、
いいなって思うみたいな。
これ嫌だよね。
嫌だよね。
私はその目の前にあって、
自分がいいと思ったものをただいいって思いたいだけなのに、
なんかそのうっすらとしたそういう感覚が、
常にこうつきまとっていて、
なんか気持ち悪いし、
あ、なんかもっと、
そこからどうしたら抜けられるかなみたいなのは、
すごい考えてるし、
なんかその欲望が嫌だ、自分の中で。
比較したらもっといいものがあるかもしれないっていうふうに思ってしまう自分が、
それもまた嫌で、
今まではそもそもそういう比較する機能なかったじゃん。
もうネットがなかった時代とかはそもそも、
人からの口コミとか、
昔の直感を取り戻す
まあそれこそ、
自分がたまたま見てよかったら、
それがいいっていうふうな感じで、
そこで止まってたけど、
なんか今はもう無限じゃん。
なんか比較しようと思えば、
永遠に比較できるし。
そう。
なんかもう比較しすぎて疲れてやめちゃうとかがめっちゃある。
めっちゃあるそれ。
しかも一回比較し始めるとさ、
抜けらんないじゃん。
ある程度の終わりが見えるまで、
比較し続けるから、
なんかもうその時点で、
バーンっていうか、
もういいです。
情報社会の影響
もう見たくない。
感じになっちゃう。
情報を得られることはいいんだけど、
なんかその情報、
それが、
それに自分がコントロールされてしまっているのが、
嫌だなっていう。
そうだよね。
なんか自分が調べたものとか、
検索したもの以上の類似品を出さないでほしいって思っちゃう。
本当に。
なんかそこでストップ。
もうそれ以上いいっていうのをね、
まあでも、
売ってる側は商売だから、
多分延々に進めてくるだろうし、
多分そのおすすめを作るために、
たくさんの人が関わって、
どうやったらこのおすすめで買わせられるかみたいなのを、
常に考えている人たちがいるから、
なかなか多分それがなくなることはないと思うんだけど、
使ってる側、
私たち側が、
何かしてそこから抜けるとか、
何かしらの形でそれを避けるみたいなことをしない限り、
多分、
永遠にその波は、
襲ってくるんだよね。
だから、
抜けられるのかな?
いや、無理だと思う。
抜けられるしかないけど、
なんかそれを、
もう少しこう、
マシにしていく、
みたいなことはできるのかなっては思うかな。
だから、そういうのって多分、
意識していくことが、
最初の一歩。
それに対して例えば、
自分が何かをするとかではなくて、
意識的に、
自分は今これしてるなみたいなのを、
俯瞰する。
まず多分それやってるときってさ、
そのループに入ってるから、
自分でも気づかず、
永遠にその次の進めクリックして、
なんかずっとその、
何ていうのかな、
自動運転的な感じになってるけど、
なんかそこを、
それをやってるな、
自分みたいなのに、
まず気づくのが一歩かなっていうのは思うし、
なんかそれを止めることは多分、
無理だよね。
ネットやらないとか。
AIとかもさ、
なんかどんどんなってるしさ、
なんかもう、
この止められない技術進化と言っていいのか、
みたいな感じもあるんだけど、
なんかまあそういう、
技術の発達、
なんかもうポジティブな感じに、
どうしてもなっちゃうのがめっちゃ嫌なんだけど、
なんかその技術がどんどん変わっていく、
この流れをさ、
止めることもできないし、
既存のこういう、
なんかいろんなツールにさらに便利になりますよっていう形で、
どんどんそういう技術がこう使われていって、
でもなんかそれを止めることもできないし、
でもなんかその中でどう自分がその、
何ていうかコントロール不能な感じで流されていくんではなくて、
ある程度自分の価値観とか、
なんかその好きなものとか嫌いなものとか、
流されずに5つでも同時になんかオープンであるみたいな、
新しい価値観とか自分と違うものっていうのと、
なんかどういうふうに対峙できるのかみたいなのが、
なんかめっちゃ課題って言ったらいいんだけど、
なんか自分どうしたらいいんだろうなーみたいなのの一つとしてある。
ねー、なんかそうよねー、
そうよねー、なんかほんとそこから抜けることって多分、
この社会に生きている限り難しいしさ、
なんかただいきなりじゃあ今日から寝てやめますとかできないじゃん、
生きていく上で。
だからなんかそう、
そうねー、それ考えた時に、
じゃあそのネットとかそういう技術の世界の中に存在するのを前提として、
じゃあそこにいながらどういうふうな、
まあ自分が選択をしたら、
あんまりそういう、なんていうのかな、
どんなものに流されていくとか、
どうされていく方に行かないっていられるかみたいのを、
それぞれがそれぞれなりに考えないといけないのかなとは思う。
なんか多分その形で人によって違うじゃん。
しかもネットをどういう、
どういうふうに使ってるかとかも多分人によって全然違うからさ、
だからそれを多分人それぞれ、
みんなが考えることが結構重要なのかなとは思うし、
人間関係の重要性
どうすればいいのかわからんけど、
なんかそのどうするか問題置いといたとしてもさ、
普通にやっぱ気持ち悪いよね。
なんかなんでこんなにその自分が、
なんかコントロールされていく不気味さみたいのもあるけど、
なんかその自分がコントロールしない範囲で、
なんかおすすめが出るっていうのはさ、
その生身の人間を通じてもあるわけじゃん。
なんか自分の予想もしない方向から何かおすすめされるとかっていうのはあって、
でもなんかそれを不気味に思わないのと、
なんかそのネットの中で自分の好みに基づいて、
なんかそれこそさ、
なんか自分に何かおすすめをしてくれる人も、
全員が全員ではないけど、
ある程度自分がどういうものを好んでいるとか、
どういう価値かを持ってるとか、
ある程度知ってくれた上で何かをおすすめするとか、
してくれてると思うんだけど、
なんかもちろんその度合いは全然違うとはいえ、
なんか基本的にはなんかそういう方向性としては結構類似はしてるんだけど、
なんか一方はめっちゃ気持ち悪いとか不気味だって思うのに、
なんかもう一方はすごくポジティブに捉えられるっていうのが、
なんか何でなんだろうとかって思ってたんだけど、
なんかやっぱその結局ある程度自分のその傾向とか好みとかを、
両方というかネットの方もその自分の傾向をデータ化して分析しているんだろうし、
自分の友達とか知人とかもある程度自分がどういう人間なのかみたいなのを、
もちろんその全て知ってるとか理解しているとか、
データ化して分析してますとかそんなんではないけど、
なんとなく知ってくれていて、
それをもとにおすすめはするんだけど、
なんかやっぱそのアルゴリズムの方は、
なんかその傾向とか好みに沿って、
その道の延長線でおすすめをしているっていうので、
絶対にそこからそれることはない。
なんかその傾向に基づいて、
なんかこういう傾向だから、
じゃあ逆のものをおすすめしてみようっていうふうにはならないわけじゃん。
だけどなんか生身の人間の場合にはそれがあるじゃん。
なんかこういう人なんだろうなって思いつつ、
あえてのここをおすすめしてみようみたいなものとかも、
多分人によってはあって、
なんかそういう予想外みたいなものは、
すごい多分面白いと思えるはず。
だけど絶対にそれをしてこない、
その機械というか技術の方は絶対にそれをしないっていう、
なんかやっぱそこに不気味さがあるのかもなって、
なんか今話しながら考えてたんだよね。
確かに。
だから結局そのさっき言ってたみたいなループにはまっちゃうんだよね。
その機械とおすすめする方だと、
結局はその自分のそういう傾向とか、
自分に似た人と同じようなものを求めるだろうみたいな前提で。
だからめっちゃ内向きで閉じてるし。
そうね、確かに。
あとなんかまず、
まあそもそもAIとかって、
なんか人間の行動を勝手に分析してるけど、
人間ではないからやっぱりそこの中身空っぽでさ、
結局人からおすすめされるときって、
その人が相手のことをこう、
ある程度さっきリオちゃんが言ったみたいに、
知ってくれていたりとか、
こういうの好きなんじゃないかって思ってくれていたりとか、
っていうここに重いみたいな、
相手のことを考えているみたいなのもすごい見えてくるじゃん、
受け取る側からしたら。
でもなんかその、
そういうショッピングサイトとかに出てくるおすすめとかって、
なんか身近もないし、
なんかもう本当に商売のために買え買えみたいな感じのがすごいあって、
なんかそういう違いもすごいあるのかなって思ったし、
なんかそこに多分、
思いがあるみたいのは結構重要なのかもね。
特におすすめされるとき、
なんか紹介はまた違う、
紹介は結構大きく開けているから、
まあ誰が見てもあれだけど、
例えばこう直接的に、
誰々に勧めるとか、
リオちゃんに私が何かを勧めるっていうときには、
やっぱりリオちゃんのことを思っているし、
考えているから、
やっぱりそこに受け取る側からもそういうものが感じられるじゃん。
だからなんかそういうのもあるのかなって思うかな。
確かに。
なんか結局、
なんか私たちはものとかを、
その対象というか、
おすすめされているものを見ているというよりかは、
なんかそこに行き着く間に発生しているであろう感情とか、
なんかその相手の人間性みたいなものとか、
なんかそういうものを、
ポッドキャストの使命
なんか享受しているのかもしれないとか思った。
なんか実際のもの以上に。
そうだね。
思いを受け取っているっていうか。
そうだよね。
これなんか多分ムーちゃんのさ、
一番最初のその音楽をそのインタビューして紹介してプレイリスト作ってっていうその人とかも、
なんか単純にそのプレイリストだけがおすすめとして出てきたら、
全く同じものをこう紹介されて、
自分の目に入ったとしても、
多分受け取り方が全然違うじゃん。
うんうん。
なんかどういうふうに何がおすすめされているのかとか、
なんかそのインタビューを介してアーティストが何をどう思っているのかみたいな、
なんかやっぱそこの部分を大事にしているんだろうなって思ったし。
そうね。
なんかなんかラジオ、そのラジオ番組の方も、
なんかそのプレイリストの作った、
プレイリストに入っている音楽の背景とか、
なんかすごい音楽の知識も豊富だから、
そういうものについても結構解説してたりするし、
だからなんかラジオとか、
まあ久しぶりにああいうフォーマットで聞いたけど、
なんかポッドキャストみたいな配信してるの。
その番組を。
だからそのインタビューじゃない時でも、
結構自分でそういう音楽について、
本当に音楽が好きみたいなのが伝わってくるし聞いてる方も。
でなんか本当に自分も好きで、
いいと思うから聞いてほしいみたいな思いが、
聞いていて伝わってくるのが、
やっぱりすごくいいなっていうふうに思った理由の一つで、
そうだからなんか、
たとえ人間がそのおすすめについて喋っていたとしても、
なんかそこに、
なんていうのか、
それが例えば商業的な宣伝だったりとか、
なんかそこに思いがなかったりしたら、
別に人間が言ってても、
私には多分響かないだろうし、
だからやっぱりそこのおすすめとか紹介とかで、
そこに託された思いとか、
その人がこう、
それを目にする人たちに、
同じようなものを感じてほしいとか、
っていうふうな思いとか、
期待みたいなものがあるからこそ受け取る側も、
それにこうグッてくるものがあるんじゃないかなって思うし、
やっぱりこう、
なんかもうちょっとそっちの方を聞いてみようとか、
そういうものを、
そっちの方がもうちょい自分の中に残るなってすごい思った。
そうね、だからなんか、
私たちのポッドキャストとかも、
そういう場所になればいいなってすごい思うし、
なんかお互いが好きな作品を語ったりとかさ、
なんか私たちはそういうことやってるとき、
なんかそういうふうな思いがまた誰かに届けばいいなっていうふうに思いながら、
この作品が届けばいいなって思いながら、
もう話してるから。
なんか今全く同じタイミングで全く同じことを思って、
すごい今びっくりしたんだけどさ。
そう、なんか、
そうそうそう、なんか、
作品とかもそうだし、
なんか前回のエピソードで、
お気に入りのシェア
なんかうちらが愛用している文具とかの話もしたけど、
なんかそういう自分たちがいいなって思ってるものとかを、
なんか自分たちがいいと思っているみたいな、
でなんかそれを、
ここがいいからこれを紹介したいみたいな、
なんかやっぱそういう熱量が思って、
なんかその、
喋った時に、
なんかそれが人に届くといいし、
なんかそういう場の一つとして、
なんかここも機能したらいいなって思ってた。
ね、だからなんかそういう感じで、
なんかさ、これは雑な話してたことだけど、
なんか私たちがいいって普段思っているものとかを、
もうちょっと話せていけたらいいねみたいな話をしてて、
そうなんか普段は多分結構、
本とか漫画のまあそういう読書会、
感想会的なものはしてきたし、
なんかちょっとまとめて最近こういうの見たとか、
聞いたみたいのは、
まあちょくちょく話してきたけど、
なんか日々の生活の中で、
なんか例えばこれ食べたらめっちゃ美味しかったよとか、
このレシピ作ってみたとか、
レシピは前紹介したかもしれないけど、
なんかそういう感じでなんかもっと違う分野で広く、
自分がいいと思ったものをただ話すとか、
紹介するとかっていうのも、
もうちょっとあってもいいかもって思ったし、
私ももっと他の人のそういうのを聞きたい。
これめっちゃいいとか、めっちゃ楽しいとか、
なんか別になんかその複雑な言語化もしなくていいし、
ただめっちゃこれ食べて美味しかったみたいなのとか、
このお店行ってよかったみたいなのを、
なんかSNSを通じてじゃなくて、
普通に喋って聞きたいっていう、
あなたの声で聞きたいですっていうのがあるかも。
確かにそれはあるかも。
なんか声からめっちゃ伝わるよね。
なんかその人がなんかすごい好きとか、
すごいこれに対して思っているっていうのが伝わってくる。
なんかやっぱり写真とかSNSだと、
ある程度の編集とかさ、
まあいろいろな角度でこういう形で出したいみたいなのが、
結構見えないところでされているから、
なかなかこう直接そういうのを受け取るのは難しかったりするかも。
なんかやっぱりこうフォロワーとかさ、
いいねの数とかさ、
なんかそういうものによっても左右されてしまうから、
なんかそうじゃなくて、
なんかそういうとこに書くほどではないけど、
でもめっちゃよかったみたいに、
私は結構前も言ったけど、
なんか結構うわよかったとか、
マムカップのときかな、
なんかよかったって思って一人で噛みしめて、
そういうとこでね。
みたいな感じになっている感じだから、
なんかね、そういうのを、
ほんと大したことないけど、
大したことないからあえて言うみたいなのを、
もっとやっていきたいよね。
ね、私はそういう感じでちょくちょく。
そうそう。
テーマの間に、あ、これめっちゃよかったとか、
ね、どんどん話していきたい。
え、じゃあさ、唐突に一個言っていい?
あ、言って言って。
早速実践。
そう、あの、なんか、
そう、今実家でなんか酒かすがあって、
もらえものの、なんか酒蔵のちゃんとした酒かす。
おー、え、すごい。
そう、なんだけど、なんかそれがあって、
なんか前にそれでかす汁作っておいしかったって母が言ってて、
で、まだその同じ酒かすが残ってたから、
酒かすのクラッカーを今日作ったの。
めっちゃおいしそう。
なんかね、まだ作って冷ましてたから、
味見しかしてないんだけど、
味見したらめっちゃおいしかった。
えー。
クラッカーってことはしょっぱいの?
一応砂糖は入れるんだけど、
でもクッキーじゃないから、
クッキーとかと比べるとだいぶ少ないかな。
結構こう塩も入れて、
そう、甘じょっぱいみたいな感じかな。
おいしそう。
で、なんか酒かすって、
なんか結構そういうクッキーとか、
クラッカーとかにすると、
チーズっぽい、なんか、
多分同じ発酵食だからだと思うんだけど、
チーズっぽい風味がして、
めっちゃおいしいんだけど、
久しぶりにうちにあるからと思って作って、
すごいおいしくて、
で、なんかね、それを参考にしたレシピが、
普通にネットに出てるんだけど、
みんなの今日の料理っていうサイトにある、
中島しほさんのレシピで、
酒かすクラッカーっていう名前でレシピがあって、
これを参考に作って、
めっちゃおいしかったっていう、
味見だけだけどまだ。
しかもめっちゃすぐできる。
そうそうそう、材料もシンプルだし、
なんか時間も本当ただ混ぜて、
成形して焼くだけだから、
簡単。
え、すごーい。
え、いいね。
ありがとう、教えてくれて。
おいしそう。
めっちゃいい。
こういうのバクバク食べられそう。
あ、そうなの?だからなんか、
このレシピだとなんかあっという間に食べ終わりそうだなと思って、
倍量作ったんだけど、
倍量でもなんかこれポリポリいけちゃうなと思って、
え、うそ?
なんかそんなに超大量みたいにはならなかったから、
うんうん。
そう、なんか多分デスクとかに置いてたら、
ちょいちょいつまんで気づいたらなくなってるタイプのお菓子だと思う。
なくなってるみたいな。
酒粕って手に入らないからな、多分こっち。
そうだよね。
日本ならでは。
そう、もし酒粕買える人がいたら作ってみてください。
めっちゃおいしいから。
私の代わりに作って、みんな。
じゃあ今日はそんな感じで、
料理の話
なんか毎回最後にこういうのシェアするのいいかも。
そうだね、なんかちょっとだけ良かったこと、ものみたいな。
もう短く、あ、これめっちゃ良かったよみたいな感じで。
いいね、それで毎回エピソードを閉じましょうか。
ね、いいアイディア。
じゃあ今日はりょうちゃんの酒粕クラッカーで。
はい。
はい。
終わります。
また次回。
50:33

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