こんばんは、むぎほです。 りょうこです。
ポッドキャスト あのさは、日常のささいなことから社会のこと、自分自身や人との関係性にまつわることなど、
結論も解決策もないけど、そんなグレーな話をそのままに語っていこうという番組です。
はい。今日も始まりました。
はい。えっと、早速テーマに行く?
はい。行く?
行く、行く、行く。えっと、これは、どっちが提案したっていう感じになるのかな?
別に、なんか組み合わさったっていう感じ?
そうだね。うん。じゃあ、とりあえずそのテーマ、トピック表に入ってる題名というか、そのザクッとしたテーマで行くと、
今日のテーマ、オンラインコミュニティにおける匿名性の役割っていうので、私が入れたんだけど、
私がこのテーマを提案した理由としては、自分、長らくこのムーっていう名前、MUUっていうので、
本当に結構長く、それこそ中学とか、高校の雨風呂時代から同じ名前を使ってきていて、
で、なんかここ近年はちょくちょく本名とかも使っていたりしたんだけど、
なんか、でももうちょっと匿名性のある方に行きたい、戻りたいなみたいなふうに思い始めて、
ちょっと名前を変えたり、ブルースカイとか、静かなインターネットとかでは、ちょっと違う名前を使ってみたりして、
その過程で、名前とはとか、それこそオンラインでの自分のアイデンティティを、どうその名前が体現してくれるかとかについて結構考えてて、
なんかそういうことについて、りょうちゃんとも話せたら面白いなーっていうので、私はそういう個人的な理由から提案したんだけど、
りょうちゃんのほうは、どうだろう?
私、なんかめっちゃそのMUUちゃんの言いたいこともめっちゃわかるって思うし、
なんかこのポッドキャストもさ、お互いがお互いのこと本名でさ、認識し合ってるから、なんか本名でやってるけど、
なんかポッドキャスト用の名前あるのいいなーとかって思ったりもするから、なんかそういうのめっちゃわかると思うし、
で、なんか私が、なんかちょっと違う方向性からでか、なんか、まあさっきMUUちゃんと話してたと、トーキーのなんかきっかけもそれもそうなんだけど、
なんか普通に自分の名前が嫌っていうのがあって、
そうそうそう、で、なんかその一応今回のこのテーマを、あのお互いのそれぞれの関心から決めたんだけど、
なんか私側からのその直接的なのは、なんかポッドキャスト自分もやってるけど、めっちゃ聞いたりもしてて、
で、なんか私クイアに侵入っていうポッドキャスト結構好きで、毎回ではないけど結構コンスタントに聞いていて、
で、なんかそれのナンバー110、名前の旅路っていうタイトルのエピソードを聞いたんだけど、
なんかこのエピソードがもろその名前、自分の名前っていうのは自分が親から名付けられた本名の名前の方なんだけど、
その名前をどう感じてるっていう話で、まあなんか名前を呪いだっていう風に感じる人もいれば、
すごいその名前が自分とフィットしている、あんまり相互がないっていう風に感じられる人もいて、
で、なんかそういう話を聞いてた時に、なんかその名前は呪いっていう方に私は結構その共感する側の人間っていうのもあって、
で、なんで私が自分の名前嫌なのかっていうと、めっちゃなんか女性性を背負わされてるみたいなのが結構あって、
なんかその字もそうだし、字がちょっと漢字表記するとちょっと珍しいんだけど、
まあなんかめちゃくちゃなんかその女性性っていうか、なんか親二人、あ、えっと二人っていうか、親、私のお母さんもおばあちゃん、どっちの方のおばあちゃんもみんな子で終わるの、名前が。
あ、そうなんだ。
そうなの、だからなんかそれがすごい、なんかなんていうの、そういう、なんていう、その世代ごとのつながり、ひっくるめての家族、
中でもその中でも女性という一撮りみたいなものをめちゃくちゃ意識させられて、なんかすごい嫌だって、なんかもう小さい頃から自分の名前が嫌で、
なんか自分が名前を変えられるとしたら、どんな名前がいいだろうみたいなのを一時期めっちゃ考えて、
で、こんな名前が嫌な名前がいいみたいな感じで、それこそめっちゃキラキラネームみたいなのを小学生のときとかよく考えてたわけ、いいなーとかって思って、
そうそうそう、と思ってたぐらいにやっぱなんか自分の名前と、っていうかなんていうの、名前とフィットしないというか、
その名前に覆されている考え方とか、そこに紐づけられている価値観みたいなものが、なんかやっぱ明確にあるっていうふうに感じて、なんかそれがすごい嫌だなぁと思って、
で、なんか今年じゃないや、もう去年か、去年描いたジンとか、そのジンをやっぱ自分で何か一つ描くっていうときに、
なんかもう自分の本名を使いたくなくて、なんか別の名前を作ろうというふうに思って、結局作ってやったんだけど、
なんか名前を、多分そのオンライン上で名前を作るときとかもそうだと思う、というかまぁ全く私のこういう感じ方に全然共感しない人ももちろんいると思うんだけど、
なんかその名前って、なんか私は自分の名前めっちゃ嫌って思う反面、なんかその自分の名前を通して、その呼ばれて、呼びかけられて、答えてっていうことの繰り返しにおいて、
気づいてきた関係性とかがやっぱ大事な人たちとあって、なんかそれ故に名前好きじゃないんだけど、一方でその響きに愛着は確かにあるって思って、
だからなんか全く音も全然似てない名前で呼ばれても、自分のことだと認識できないって思って、
だからなるべく響きが近いんだけれども、なんかそのジェンダーの記号を覆されていない名前がいいみたいな、
本当に思って作ったっていうのがあって、だからなんかそうそうそう、こういう経緯で一応こういうテーマを出したよっていう話。
いやでもなんかその、やっぱ自分の名前、やっぱそのオンラインでその本名を出したくないとか、
みんなそれぞれその匿名性を保つためにこう違う名前を使う理由はそれぞれあると思うんだけど、
私は自分の名前は割と結構気に入ってはいるけど、やっぱりその結構そこまである名前ではないし、
なんていうのかな、その自分のやっぱりオンラインでのアイデンティティと、ちょっとその例えばその日常でのアイデンティティとやっぱり違う部分もあるから、
そこを分けるためにも、もちろんその本名で活動してる人とかもいっぱいいるし、それが仕事とかだったらわかるんだけど、
私の場合は別に全然そんなんじゃないから、逆にそのオンラインではオンラインで自分なりのそういう違うアイデンティティとして確立させたいみたいなのがあって、
でも同時にそのりょうちゃんが出たみたいに、普段っていうかやっぱり自分と結びついてる名前からかけ離れた名前にしてしまうと、
なんかそのオンラインでの自分もやっぱり自分だから、なんかそこのバランスをどう取るかっていうのめっちゃむずいなと思って、
本当にその長い間それこそ、中学からさっき言ってたけど、ムーっていう名前でやってきてて、
それともすごい結びつきがあるし、その名前はわりと自分の本名と近いからすごい変わってきたけど、
いざそれで、何今から新しい名前を考えるってなると、なんかめっちゃむずいなと思って、なめてた名前。
オンラインで使うだけだから、なんかちゃちゃっと作れるだろうとか勝手に思ってたけど、全然そんなんじゃなかったっていう感じ。
そう、だからなんか結局さ、なんか特にオンラインを通じて会って関係あるって気づいてから、
オフラインで会うっていうような機会が多くなってから、
なんかそれこそ私も一番最初、そういうアメブロやってた時代とか、ツイッターの初期とかは、
もうなんか自分でもあんま覚えてないんだけど、何にしてたか。
でもなんかその時さ、中学とか高校ぐらいって、なんかめちゃくちゃアメリカのポップカルチャーにキラッてたから、
そうだそうだ。
なんかもう、ザ・ミ・ハみたいな感じだったからさ、
それはあって、なんか英語名っぽいのをつけてたなっていう記憶はあるんだけど、
結局なんかそのフェイストゥーフェイスで会うっていう状況ができるようになってから、
なんかさすがにそれで実際チョイに出して名前を呼ばれるのはちょっとあれ恥ずかしいみたいな、
なんかもっと日本語でなんか創作した名前だったらまだ良かったんだけど、
めちゃくちゃ英語名としてあるものを使ってたから、
それで呼ばれるとちょっとなみたいなのもあって、
なんか会うっていうくだりになってから、
本名はこうこうこうで、みたいな感じの、なんかチャットのやりとりがあったなと思って、
なんかそういうのがあってから、
なんか結局やっぱオンラインにいる自分も自分だし、結局会ってからの自分も自分だから、
なんかそれもあって、なんか結構オンライン上の名前も本名の下の名前使ったりとか、
それの文字表記、詩音だけとかさ、っていう風にしてたんだけど、
ただなんかやっぱり統一したら下で居心地が悪いみたいな。
そう、そうなの。
名前難しいなって思うし、なんかその、
りょうちゃんさっき言ってた、
自分のやっぱり名前が好きじゃないっていう、
まあその背景とか理由もやっぱりすごい個人的なものがいっぱいあって、
人によってもやっぱり全然違うから、
なんかそういうのも含めて、なんか名前に含まれる意味とか、
物語とか、その他もろもろついてくる、
そういう家族の呪いとか、そういうものってすごい重いなって思って、
だから、名前って気軽に普段使っているけど、
いや、めちゃくちゃいろいろ詰まっていて、
開けてみると、なんかもうほんといろいろなところから、
いろいろな角度でほどけてくるじゃないけど、っていう感じがあるなって、
すごい、りょうちゃんの話聞いてても思ったし、
そう、私は名前は、名前自体は割と気に入ってるんだけど、
なんか結構、小1?なんかあの、割とちゃい頃、
それこそ幼稚園小1、小2は、オーストラリアの現地校に通ってて、
で、なんかやっぱりその、私の名前は、割と簡単に読める、
英語で書いてそのまま読めばいいんだけど、
なんかやっぱりその、日本語でも、そこまでよくある名前ではないし、
なんかそれもあってか、なんかやっぱりその、読めない、
なんかどう発音していいかわかんない、みたいなケースがすごいあって、
なんかほんとに、結構最近までは、
割とこう、名前、自分の名前を言うときに、なんかめっちゃこう、聞き返されるのが嫌だし、
なんかそれを聞き返されないために、
なんかそれこそ、ほんと、割とこっち、
ほんとこっちで生まれ育ってる、名前が英語名ではない人たちは、
みんなその英語名を持つか、
ほんとにもうほんと英語名だけで、こう暮らしている、みたいなパターンがすごいあって、
割とだから、留学生とかでも、中国系とか韓国系の子たちは、
割と英語名を持つんだけど、
なぜか私は英語名、
まあ別に、この親も別にそんな、
多分あんま考えてなかったし、その呼びやすさとか、
だからなんかほんとに、毎回毎回自己紹介するたびに、
え?っていうのを、っていうやり取りを、
なんかもう永遠にこう、今に至るまでやってきて、
なんかこう今になってこそ、割と慣れてきたけど、
なんかほんとにもうそれこそ、小中高の時に、
自己紹介するのがほんとに地獄で、
なんかもう、もうそれこそ自分で勝手に英語名作って、
それでやっていけばいいなと思ってたんだけど、
でもやっぱりそれだと、オフィシャルな場面で名前呼ばれる時とかは、
確認する場合とかで、パスポートとかIDになると、
結局そこに自分の名前があるわけだから、
またそこでこう、複雑になっていくのもめんどくさくて、
なんかもうほんと毎回自己紹介のたびに、
そのやり取りをやるっていうのを永遠にやってて、
なんかそれがあって、
自分の名前割と好きだったんだけど、
なんかその過程を通して、ちょっとうってなる、
なんかその他者からのそういうやり取りを通して、
なんか嫌になってったみたいな過程があって、
今になって、なんか自分の名前いいなって思えるけど、
なんかそこに思えるまでの道のりが長かったみたいな感じは、
私はそういうので、
そう一時期結構、自分の名前に絶望しかけていた感はあるかな。
確かに、なんか名前を覚えてもらえないとか、間違われるって、
なんか自分も気をつけてるけど、
なんかそれって結構傷つくじゃん。
そう、めっちゃストレスだし。
ねえ。
そう、まあ今になってこそマシになったけど、
まあそれでもあるけど、
なんか今はもうなんかもう勝手に、
なんか何度でも修正するから、
ちゃんと読んでっていう感じで、
押していけるようになったけど、
なんか昔とかはもう適当にあしらってた、
なんか呼べなかったもん。
もうなんか勝手に英語名作って、
なんか私は基本、呼べない人とかには、
英語名マギーっていうので通してて、
だからなんかそれこそコーヒーとか買って、
名前何って書くじゃん。
あるね。
あれはもう全部マギーで通してる。
予約とかする時とかもそれで、
なんかIDとかがいらない予約とかだったら、
ほんとそれで通さないと、
なんか電話越しとかでさ、
その名前の発音とか修正してる場合じゃないから、
もうなんか適当に、
ああじゃあマギーお願いしますみたいな感じで、
やってるけど、
その辺の使い分けはうまくなったかな。
ね、自分で選んできたわけでもないのに、
勝手にもう気づいたら付けられていたみたいな。
そうそうそうそう。
だからなんかそれで、
なんか付けられた名前に、
自分がいい名前だって思えたりとか、
なんかすごい自分に合っているって、
自分で思える名前だったらすごい、
これはすごいいいことだなって思うけど、
なんかやっぱり親から、
まあ大抵親とか、
まあ親じゃない人もいるかもしれないけど、
から付けられている名前ってさ、
なんかいろんな欲望とか、
まあよく言えば願いとか、
こうなってほしいなっていうものだったりすると思うんだけど、
なんかそこと自分とのギャップがあるとか、
それこそなんか私の名前みたいに、
めっちゃジェンダーの記号が入っている名前とかだと、
やっぱり自分自身のアイデンティティと合わないってなきに、
すごいその名前自体が、
忌々しいものに感じられてくるみたいなのってあると思うんだけど、
かといって名前を変えるっていうのもすごい、
手続き上すごい難しいっていうのもあるし、
やっぱりなんか変えるか変えないか、
の問題だけじゃないってかさ、
なんかその嫌なんだけど、
変えるまでいくと、
私の場合だったらやっぱその名前を通じて、
なんか出会った人との関係地はめっちゃ大事って思ってるから、
なんかその名前を変えるという行為にも、
やっぱり一定程度の抵抗感があるってなると、
なんかすごい、
なんか名前との付き合い方が難しいというか、
なんかすぐやっぱ嫌だから変えよってなるものでもないし、
なんかそう難しいなって思う。
めっちゃ難しい。
なんかそのどう、
それこそなんかやっぱり気軽に変えられるものではないし、
こうなんとかしてそれと付き合っていかないといけないみたいなところが、
割とあって、
でなんかその付き合い方をどうするかっていうのも、
なんかその、
なんか自分でコントロールできないところが多い。
それこそリオちゃん言ってたみたいに、
その周りから年齢が上がるごとに、
誰にどう呼ばれるかみたいなのがだいぶこうやっぱり変わってくるし、
そこってやっぱり自分では割とどうしようもなかったりもするじゃん。
だからなんかそういうところってすごく、
なんか自分でコントロール外にあるから、
なんかこうすれば、
こう呼んでもらえるとかっていうふうに解決できるものでもないから、
めっちゃ難しいなと思うし、
ね、なんかどうする、別にどうするのがいいっていうあれではないけど、
なんかやっぱりその名前ってすごい難しいなって思う。
なんか別にそのそれがオンラインでの名前を考えるとかでも、
なんかその自分の普段の名前でも、
やっぱり自分にこう、
最初にこう付けられてしまったそれ、
なんか選べなかったその名前っていうのは多分、
たとえ変えたとしても、
一生多分自分にこうつきまとうものだなっていうのはあって、
それこそさっきリオちゃんが言ったみたいな、
その自分の名前を通して、
その自分とつながってくれている人たちとのそういう関係性も、
やっぱりそれはそれとしてこうあるわけで、
だから名前を変えたとしても、
もちろんそれもなくならないけど、
やっぱりその自分をその名前で知ってくれているみたいなところは、
やっぱりあるわけでさ、
なんかそこはやっぱりなくならないじゃん。
なんか多分読んでる側もやっぱりその、
その名前としてその人を認識してるから、
なんかすごい結構、
頭の中でだいぶこうリセットとかなんかしないと、
なかなかそういう変化でこうなれないと思うし、
ね、なんか難しいよね。
なんかすごい本当にいろいろなものが詰まってると思う、
その名前一つに。
そうそうそうそう。
なんか最近のさ、
なんかやっぱりみんなこう価値観とか少しずつ変わってきて、
その何かの集まりに行くとか、
まあなんかの予約をするとかでも、
別に必ずしも本名が必要ではない場合って多いじゃん。
で、なんかそういう時に、
呼ばれたい名前で登録してくださいとか、
呼ばれたい名前は何ですかっていうふうに、
聞かれる機会が結構増えたと思ってるんだけど、
その質問は質問でちょっと困るみたいなのがあって、
別になんか呼ばれたい特定の名前があるわけではない。
まあなんかせめてニックネームで呼んでもらえたらとは思うが、
別になんかそのニックネームを是非これでっていうのもめっちゃ恥ずかしいから、
自分でやりたくないし、
そう、だからなんか、
自分の名前が嫌だからといって、
その大体の名前として、
すごいこれがいいっていうのがあるわけではない場合に、
呼ばれたい名前を尋ねられることがすごく難しい。
なんか何て答えればいいんだろうと思って、
迷いに迷って本名を答えちゃうみたいなのが結構あって、
でもなんかその名前で結局やっぱ、
例えばその場で初めて会う人とかだったら、
なんかその名前を通して自分が認識されるわけだから、
なんかやっぱ最初の印象肝心っていうかさ、
やっぱそういうふうに認識されてしまったから、
それを経て後々、やっぱそれ嫌なんですって取り消すのもなんか難しくて、
なんかいつも難しいって思う。
なんかそういう本名の自己紹介が求められてない場での自己紹介もやっぱ苦手っていうのがある。
確かに。
最初肝心だよね。
なんか最初でもうなんか全部が決まってしまうじゃないけど、
なんかもちろんその関係性の進み具合によっては、
後々なんかこう呼んでもらった方がいいっていうふうなことが言える関係性になる場合もあるけど、
多分ほとんど関係性が多分その場1回限りだったり、
それこそ特定の距離を保ってのまんまだったりするから、
なんか最初に言ったその名前が名前としてこうやっぱりある程度の期間続くわけで、
そう考えるとこうなんか最初の最初にそれを言う時のなんか、
もし例えば違う名前で言うとした場合のプレッシャー?
なんか何を選ぶのか?
そこ間違えたらなんか全てその後ダメになるじゃないけど、
みたいなレベルのプレッシャーはすごいあるし、
そんななんか簡単にね聞かれても思い浮かばないよね。
そうなんだよね。
だからなんか前になんかイベント?全然本名じゃなくって、
とりあえず登録者の人数を多分運営側は知りたいから、
その登録のための名前で呼ばれたい名前で記入してください、
っていうフォームがあって、
私その時何を入力したか忘れちゃったんだけど、
そういう時にとりあえず入れるなんてことのない名前がいくつかあって、
多分そのうちの一つを入れたんだけど、
いざ会場に行ってその予約したっていうことを確認しなきゃいけないから、
何の名前で登録してますか?って言われて、
何の名前で登録したっけ?ってなっちゃって、
すいません、なんか全部名簿見せてもらっていいですか?って言って、
見て、でも見ても分かんなかったの、
なんか多分パニックに若干なってたから、
見ようとしてただけだと思うんだけど、
どこにも自分がいつも候補として使っているその名前のいくつかの一つもないみたいな、
でも予約はしたみたいな時に、
なんかすいません予約したんですけどすいませんみたいな感じで、
なんかひらやまりして入れてもらえたっていうのがあったんだけど、
なんかもうこういう時に適当に名前つけんのやめようって思って、
なんか自分でメモしとかないと、
あ、なんかコロンイベントはその名前で予約してるんだ、
でもそれはパニックになるわな、
なんか名前聞かれてるのに本人分かんないのかみたいな、
しかもさ適当につけた名前をさ、
自分で〇〇ですっていうのめっちゃ恥ずい、
っていうか多分恥ずい名前しかつけてなかったからさ、
ね、難しいね、やだそれでも、
なりたくないしなりたくない、
自分の名前分かんない、しかもなんか分かったとしても言いたくない名前みたいな、
そう、なんかそれで目視で分かればよかったんだけど、
なんか結構数があったから分かんなくて、
分かんない、やばいやばいって思ったらなんか余計に多分焦っちゃって、
やばいない、なんかないんですけど予約はしたんです、みたいな感じの言い方をして、
絶対予約はしてるからっていうのをして、そっちで、
そうっていうのもあり、だからすごい名前問題難しくて、
なんかSNSとかも記号にしてるのしばらく、
いいね、
なんか名前、その発音できる名前で、
自分がフィットするものがあんまないなみたいなのが、
書く、何か書くとき用の名前は作ったんだけど、
なんかとりあえずSNSと書いたものっていうのを、
ちょっと境界線入れてるみたいな部分もあって、
なんかSNSの名前を何か決めかねて、結局記号のまんまでやって、
だから何かたまにリップくれる人とかがさ、
なんかすいません変な記号をコピペさせてみたいな気持ちになる、
発音できない名前をさ、
いやでも、やっぱり人の名前見ると何か自分でも何か知らないうちに、
勝手な想像とかジャッジは多分していて、
だから記号っていうのは多分すごい逆に、
そういうのが見えないからいいのかもって今聞いてて思った。
多分自分でもこう知らず知らずこう人のハンドルネームとか、
まあそういうニックネーム的なSNS上のものを見て、
いろいろ自分、
なんかそこには出てないこういう背景的なものとか、
どういう人かみたいなのを勝手にイメージしているのは、
多分自分でも感覚としてあって、
だからそういうのがあるから、
自分自身もやっぱりその名前を決めるときとかも、
なんか何がいいんだろうみたいな考えて、
一番何もわからなさそうな名前っていうのを考えるのはめっちゃむずいと思って、
なんかとりあえず私は、今だからその名前のローマ字で書くとMから始まるから、
そのMと、あとなんかそのオーストラリアの動物でエミュっていうなんかダチョウみたいなのがいるんですよ、
足がめっちゃ速いやつ。
で、私はその鳥がすごいお気に入りなのね、小さい頃から。
なんか牧場に住んでたときに、オーストラリアの牧場に住んでたときに、
なんかめっちゃその牧場にいて、
なんかその辺を走ってて、
すごい一時期ハマってた、
なんか自分の想像上のシナリオがあって、
なんかそのエミュさんと電話ができる、なんか電話がかけられるみたいなストーリーがあって、
なんかその卵の箱の後ろにこの番号を書いて、
それが電話、
なんかどこ行くときもその電話を、
その卵の箱を持って、
なんかいつでもそのエミュさんと通話ができるみたいな感じのに、
一時期すごいめっちゃハマってて、
そう、なんかそれと、
なんかそのM、頭文字Mっていうふうに文字を呼ぶのとかけて、
私のそのとりあえず今年から使う名前、
だからMって読む、
読んでもいいし、エミュって読んでもいいし、
そもそも人間じゃないから、いっかみたいな、
鳥らしくて、
だから、なんかそういう感じでつけてみたんだけど、
なかなかやっぱりでも何もわからない感じで、
でもなんか自分と何かしらつながっている形で名前をつけるっていうのは難しいなってすごい思ったし、
ねー、名前ねー、
ねー、みんな名前どうって感じ、
ねー、どうなんだろう、
名前とフィットしてるんだろうか、
え、なんかそのりょうちゃんは、
もう親からそういう、
何名前の由来とか、
なんかそういう意味的なものは結構、
なんかそういう何かを託され、その名前何かを託しているみたいな感じのはあるの?
あー、なんかどこまで本当かわかんないけど、
なんか私の名前は、
なんか私、その兄がいて、
兄と7つ歳が離れてるのね、
だから結構歳が離れてるんだけど、
なんか、その、まあ、
できた、できたというか、私が生まれた直後とか、まあ兄も一人っ子じゃなくて兄弟ができるんだから、
まあ結構喜んでくれたらしく、
で、なんか音は、その兄がつけたと親は言っている。
あ、そうなの?
そうそうそうそう、
だけどさ、本当かって思うの私は、
なんか、なんでそれでまた子なんだよって思って、
そのまま思うんだけど、
そうそう、だってなんか周りのさ、母、祖母、たち、みんな子で、
そこに影響されたっていう考え方はできなくもないけど、
でも別に、家を出れば学校とか幼稚園とかの子たちは全然そうじゃない名前もある中で、
なんであえてそれなんだよみたいな、
でも親曰く、音は兄が決めたって言って、
漢字は父親が決めたので、
なんかその漢字は、その親が結構画数を気にする人で、
あー、あるよね日本。
そうそうそうそう、
だからなんか苗字と合わせたときの画数で、
なんかその演技がいい画数で、
だからもう子は固定よ、
子は固定ね、
その漢字をどうするかで、
いろんな多分候補の漢字があった中で、
画数で良いとされたもので決められたけど、
なんかそれも嫌だって思ってる私は。
なんかどの理由も嫌だ。
嫌だって思ってるし、
でもなんか本当に、なんかその画数とかさ、ひどいというか、
なんか母とかはさ、結婚して、
あの苗字を父親の方に合わせたから、
苗字を変えてるわけ。
で、そしたらなんかもう、
だから父親の父親、私のおじいちゃん、
なんか私は物心つくぐらいの時に亡くなってるから、
そんなに記憶ないんだけど、
そのもうおじいちゃんとかも画数を見る人で、
で、なんかその母が結婚して、
お嫁に来るっていう時に、
母の漢字、もともとその母の親たちから名付けられた、
その母の漢字が、その苗字を変えたことによって、
そのうちの苗字と、そのあなたの本名の漢字は画数が悪いから、
その公式の何か書類とかは、もちろん本名を書かないといけないんだけど、
そうじゃない時はこっちの漢字使いなさいって言われて、
そのおじいちゃんに。
だからずっと通名みたいな漢字で、
母はその役所とか行政関係のそういうもの以外は、
全部その漢字一字を、音は一緒なんだけど、
そのおじいちゃんに画数が悪いって言われて、
使うのやめろって言って、代わりに当てられた字を使ってたの。
なんかホテル予約する時とか、
まあその子供たちのなんか保護者の署名みたいな書く時とか、
そういうのも全部そういうのを使ってて、
ほんとに最悪って私は思っていたし、
ある時代はそういうの。
そう、めっちゃ保険的な感じだからさ、実家が。
それで、でもなんかもう何年前に、
10年ぐらい前に、そのおじいちゃんは死んで、
でもそっから死んでも、なおうちの母はずっとその字を使ってたんだけど、
まあもろもろ家族の中であり、母覚醒みたいな時があって、
もう私は私として生きるみたいなターニングポイントがあって、
そっからは、今まで通名的な感じで使ってた名前をもう使うのやめて、
もうおじいちゃんも死んでるしねって言って、
名前を取り戻して。
そう、名前を自分の本名を取り戻して、
もともと自分の親からつけられた漢字で、
今、日常生活を送っているんだけど、
そういうのを見ても、ほんと名前って呪いだと思って。