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こんばんは、こんばんは、こんばんは、僕です、こんばんは。
今日はですね、えー、日曜日が終わりました。
やっぱほんとに、一週間か、もう、早いというのはね、当たり前すぎて、
いやもう、一週間前は昨日じゃないかみたいな、
朝ごはんを食べたのは一時間前じゃないかみたいな、そんな感じがあるよね。
しかし、これはさ、多くの人が一週間早いよねって言っていることと、
もうちょっと起き始めて、朝食何食べたかもわかんないみたいな、朝食とかね、
夕飯食べたんだけど、もう一時間後には、なんか夕食食べたっけみたいな、物忘れというのかな、そういうものがね。
えー、まあなんかね、昨日もちょっと話したときも、まあなんかちょっとオシャレモードに入って、
今日もなんか一日ね、まあ色々本を見てたりしたので、
そのユニクロもそうですし、ユニクロを今一度ちょっと見てみたりとかね、
まあミリタリー系ラウターとか、あとそのアメカジーの古着とかね、
ああいうものを紹介している人のものをずっと見てたりしたの。
そうすると、なんか初めて見るなっていうね、
そういうファッションをレビューしているユーチューバーみたいな人がさ、何人かいて、
で、それがのきなみ、割とおっさんなんだよね、
40代とか10代くらいなのかな、それくらいの感じの人が何人かをレビューしているの。
で、初めて間もないんだろうね、ユニクロの新商品とかコラボ商品の紹介をしているんだよ。
で、ユニクロのアイテムごとに動画がないかなと思って、
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で、そのワードを入れてYouTubeに検索すると、ほぼ8割方、
そのおっさんレビュアーの人の動画がさ、上がってくるんだよね。
で、2、3回はヒットしたから、まあなんか参考になるかなと思って見始めたりしたんだけど、
全く参考にならない、むしろ悪い印象しか残らないっていうね、ものがあって、
まあ一つは、色味とかってものすごい大事なわけじゃん、
使い勝手とか着心地とかね、形とかそういうものもあるんだけども、
色が大事であるにもかかわらず、なかなか暗い照明の部屋で撮ってたりもして、
いや、黒って言ってんだけどグレーにしか見えないよなとかさ、
ブラウンって言ってんだけど黒にしか見えないよなとかね、そんな状態なんだよね。
だから、まあ全く参考にならないなっていうのがあってね。
そういうことって、いやこのネット時代、SNS時代になってものすごい増えたなっていうことの一つでもあるんだよね。
誰しもが情報を発信できるようになった結果、本来何かあえて言うと、
情報を発信する値しない人とかね、見つかわしくないとかね、
もっと言うと、ああいうファッションであればブランドのイメージを寄贈するような人のレビューとか発信とかそういうものっていうのは、
いやむしろブランドイメージを著しくね、損なわせるよなって思ったの。
だからさ、その人が見ているものを見ると、前からレビューしている人のものを見ると、
ああ何かいいなとかね、そのレビューにのせられるかのように、
ああちょっと欲しいなとかね、実際に手に取ってみたいなとかさ、
思うんだけど、そのおっさんがレビューしていると、
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いややっぱこれダメだなとかさ、100%このアイテムはちょっとダメだなっていう印象しか持たなくなる。
つまりさ、こういうレビュアーの人によって、
本来メーカーが打ち出したいコンセプトやメッセージやデザインなど、
そういうものが正しく情報発信されていないことがまあ多いっていうことなんだよね。
だからさ、その結果、例えばユニクロならユニクロCとか言うて、
今年の秋冬はあんまり良くないんだなとかさ、思う人も出てくるわけじゃん。
だからね、メーカー側からしたらかなり、
そういう情報、特にYouTubeあたりなんかで言うとね、
情報発信するにあたりしないだけのクオリティでしかない動画がアップされると、
むしろ悪印象を与えるっていうことがあるなって思う。
この間もお笑いの人が炎上したでしょ、仕事は。
なんかああいう発信するなみたいなことで炎上したんだけど、
当たらずも遠からずみたいなところがあるかもしれないなっていうさ、
だっていいんだよ、誰しもが思ったことを期間なく発信できる場所であるしさ、
そうであって欲しいと思ってるからね。
ただメーカーやブランドのさ、
ああいう企業側であるとか、
例えばインフルエンサーのファンとかね、
ユーザー発信でもよくあったりするんだけど、
その人はそんなつもりが全くないんだけども、
妙になんか宗教化していくようなね、
発信者っているんだよ。
そんなことはやめてくれって言うんだけど、
でもその人を応援しているリスナーが、
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まあある種集団化してね、
専用化していって、
でちょっと過激になってくるというのかな、
その人のなんかね、
配信上で悪口を言うようになりすぎて、
みんなでぶっ叩くみたいな、
そういうことがあったりするんだけど、
ああいうものもさ、
配信している人からすると、
本来はそんな風にやってくれるなとはね、
他人を攻撃してくれるなっていうさ、
思いがあるんだよね。
でもそれを配信の中で話したとしても、
もう聞いてくれないんだよね。
もう自分の力ではもう何ともならないみたいな、
そんな状況になってたりして、
もうそういうことと一緒なんだよね。
だから、じゃあああいうブランド、
ビトンがあるとかさ、
エルメスがあるとかさ、
ああいうブランド、
もう何百年かけて
ああいう風にブランドイメージとかね、
確立してきたりしたんだけど、
でもそういう商品がさ、
明らかに見つからしくない人たちが
購入して、
それをSNSに上げるであるとか、
レビューするっていうことは、
ブランド側からすると、
特にああいうハイブランド系なんかで言うと、
いやもうちょっと勘弁してくださいっていうね、
ものがきっとあるんだろうな。
例えば、ハリー・ウェイストンっていうさ、
ジュエリーのメーカーがあって、
最初銀座にあの店舗が来たときって、
東京、日本にもさ、
ハリー・ウェイストン来たかと思ってたくらいで、
で、しかもあそこはなかなか、
最初のときって、
いわゆる一元客とかお客さん入れてなかったように思うんだよね。
で、それが時間とともに、
ああいうユーザー配信で、
もう、なんていうの、
クズ配信者と言われるようなね、
配信者の男とかはさ、
まあその配信者の女の子とかね、
いや、ハリー・ウェイストンの何か呼び合いが欲しいとか、
そういうことで、
いや、今日彼女にね、
あの、ハリー・ウェイストン買いに行ってさ、
プレゼントしたんだとかさ、
配信してるんだよ。
でも本来、ハリー・ウェイストンからすると、
ああいうさ、もうユーザー配信して、
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もうわけのわかんない、
いわゆるもう輩みたいなさ、
ああいう人たちに、
本来は身につけて欲しいと、
思っていないんじゃないかな、
っていうことがあるんだよね。
特にジュエリーとかさ、
ああいうハイブランド系であればなるほど、
ある意味そのお客を選ぶっていうことをね、
当たり前にしてきて、
で、そのブランドイメージを確立してきたものがあるからさ、
そういう歴史があるからさ、
いや、今や誰しもが買えるようになったはず。
まあそれでも、
一元には占いとかね、
あの、何ていうの、
常連となるような顧客にしか、
占いっていうものはあるんだけども、
でも、それ以外のものは、
まあ大体買えるわけだよね。
さあ、そうしたときって、
いや、いたしかりしだよな、
っていうものがあるよね。
ああいう、じゃあブランドにしろ、
まあユニクロのようなね、
ああいうその、
ファストブランド的なものであったとしてもさ、
まあやっぱりブランドイメージみたいなものが、
あるわけじゃん。
で、そうしたときに、
まあああいうふうに、
そのファストファッションになるともう、
ターゲットを絞り込むっていうことが、
そもそももうできないっていうね、
前提があるんだけども、
それでもさ、
まあやっぱり、
ユニクロUであればこういう装にとか、
JWアンダーソンであれば、
こういう装にとかさ、
そういうものを想定しているはずなんだよね。
で、そういう人になかなか届かないで、
うーん、まあ言ってしまうと、
ちょっとなんかそこら辺のスーパー、
ママチャリでね、
ユニクロのなんかね、
リダコとかさ、
あんなようなものを着てさ、
買いに行くような、
そういうおっさんが、
ああいうふうに、
いや、サムファッションの、
俺は伝道師だなみたいな、
大人世代の人たちに、
ファッションの何だろう、
徳はみたいなさ、
ああいう感じで発信しているものを見ると、
いや、ブランドというか、
メーカーからしたら、
いや、それはやめてくれっていう、
思いになるんじゃないかなって、
俺がこういうふうにね、
配信の中で話しているようなことも、
似たり寄ったり、
じゃあ似たり寄ったりでは、
あるかもしれないんだけどね、
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だから人のフリ見て、
我がフリ直せじゃないんだけども、
なんか俺が、
じゃあニードルズとユニクロのコラボで、
いいんだよなとかね、
いや俺に似合うんだよなっていう、
この発信の寂しさっていうのがさ、
いや、いまいちのあるなと思って、
正しくないよ。
ニードルズはニードルズのね、
そうというか年代もあるしさ、
まあユニクロの趣味とか言うあたりは、
ある程度大人の人でもいいんだけども、
なんかああいうYouTubeをいろいろ見てるとさ、
やっぱりなんか、
もうビジュアルが見えてるわけじゃん。
そうしたときに、
いや明らかにこの人はオシャレだけど、
この人、
いや勘違いしてるよな、
自分でオシャレと思ってるかもしんないけど、
全然オシャレじゃないよなっていう、
人が発信してたりするのを見ると、
やっぱりちょっとげんなりしちゃうんだよな。
やっぱりああいうファッション系とか、
まあ何でもいいやん。
学習系なのが、
まあそういう教える系のもので、
なおかつ自分自身が出ているものであれば、
まあやっぱりそれに合うような、
演出の仕方があるよなと思うんだよな。
服装とか、配信している環境とかね。
ファッションであればさ、
ある程度なんか、
店であるとか、
まあ試着室であるとか、
そういうものをイメージさせるようなさ、
もののほうがいいだろうし、
ものすごい背景にさ、
もうなんか自分のデスク周りのパソコン系の、
自分でパソコンを組み立てちゃいますみたいなさ、
ああいう感じの背景で、
いや今回のユニクロUはとかさ、
またなんかわけがわかんない、
公園でさ、後ろにブランコがあるところでさ、
で、その人が着ている服もさ、
なんかもしもしのパンみたいな服でさ、
いや今回のこのパンツはね、
このラインが綺麗なんですよね、
って言われたところでっていう、
ものすごいあるよな。
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まあブランド側から、
やらないとはいえね、
あまりにも著しく、
そういう弊社のブランドイメージを既存するので、
配信をやめくださいとかさ、
そういう戦力みたいなものがあってもいいんじゃないかな、
ってちょっと思ったりしたな。
あまりにもかわいそうだもん。
褒め殺しがないね。
褒め落としはね、
まあ褒め落としって、
自分が気になっている女の子を褒め落とすみたいな、
そういうことではなくて、
褒めてそのブランド価値を落としていくっていう意味での褒め落とし。
そういうものがね、
いや結構あるよなって思ったりしたな。
まあただテレビと違うのは、
別にね、そういう人の発信のものを単に見なければいいわけだし、
まあ非表示にすれば出てこないからさ、
まあそれで対応すればいいだけのことではあるんだけどね。
それでもさ、
まあ初めてじゃあユニクロのファッションとかああいうものに興味を持って、
その服の名称を入れて検索して出てきたのがさ、
ああいうもうなんか捨てでこう履いてるようなおっさんたちのレビューが出てきたりすると、
いややっぱそれ嫌いになっちゃうよなっていうね、
感じになるね、すごい。
だからやっぱりこういうネットの時代になってさ、
本当に大きく変わったなっていうのが、
ああいう雑誌の時代はさ、
ちゃんと編集者というか出版社があって、
その雑誌にあるだけのモデルがいたり、
また一般の人から募集して読もうと言われる人たちがいてね、
でもそういう人たちって出版社というさ、
基準、それをクリアした人しかああいう雑誌には出なかったわけだよね、
テレビでもなんでも、すべてが。
だからある程度のクオリティっていうものは必ずクリアしてたりしたんだけど、
今こういうふうにネットの時代になってますますこのSNS時代になると、
もうその基準がないというのかな。
ある意味やったもん勝ちっていうところもあるにはあるからね。
ただそういうクリアしなければいけない基準みたいなものがなくなった結果ね、
いや、なかなか辛いわっていうものがあるんだよな。
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でもこれが面白いもんで、
ガジェットのレビュアーの人でもさ、
やっぱり見ててすごいわかりやすいし、
この人が発信しているものは精度が高いなとかね、
その情報の角度がいいなとかさ、
そういうものはあるし、
またそこに達していない人のレビューであっても、
なんか見終えて全然内容がなかったなぐらいで追われるんだよ。
で、もう二度とその人のものがレコメンドされても見ないっていう風にね、
まあ単純にオフにできるようなところがあるんだけど、
なんか特にファッション系とかね、
クリエイティブに関するようなこととか、
で、もう自分が納得できないようなものを見たときに、
ものすごいなんか腹立たしさを覚えるんだよね。
この違いが何なのかなって思うんだよな。
別にすげえファッション重要視してるとか大事にしてるとかね、
そういうこととかすごい思いがあるっていうことでもないんだけども、
でもなんかね、ファッションとかデザインとかクリエイティブの部分では、
いや全然消せないわっていう結果として、
いやいやもう悪いねマークつけちゃうわみたいなことになるんだよね。
それはあれなのかな、期待していることと実際見てみたら期待よりも
遥かに下だったということへの行き通りなのかな。
まあでもそういうことはいっぱいあるもんね。
SNSとかYouTubeの中にはさ、いっぱいあるから必ずしもそれがということではないんだけど。
自分の中の美意識の基準みたいなものがあって、
いやお前が語るなよっていう、
そのお前がっていうのがきっとあるんだと思うんだ。
いやお前がファッション語るなよとか、お前がクリエイティブ語るなよとかさ、
そういう感じがあるんだろうな。
でもそういうふうにさ、お前がっていうふうな思考や思いになるっていうのは、
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ある意味見下しているわけだよね。
見下すっていうことはさ、それなりに自分に自信があるから見下すわけだよね。
何気にファッションとかそういうクリエイティブな部分に関しては、
何かあるんだろうね。何か自信があるんだろうね。
勘違いだろうな。でも勘違いこそが人を動かすことでもあるからね。
言い訳がましいんだけど。
それからさ、まあだいたい勘違いから始まるわけじゃん。
じゃあ昔小学校の頃にさ、野球やったりサッカーやったりして、
先生からとかね、周りからお前は本当に上手いよねとかね、足早いよねって言われて、
そこで勘違いして、その競技やスポーツにづっこり入っていくっていうことがあるようにさ、
まあだいたいは勘違いから始まるからね。
まあああいう、お前がそういうファッションレビューしてもっていうのは、
まあやがて成熟していって、ある程度の基準をクリアしていくものになってくれたらいいなという願いはあるかもしれないね。
ちょっとでもこの思考が面白いな。
人を見下すとか、何かそれを言われて怒るとかね。
そういう時っていうのは、まあやっぱり自分の中に何か自信があることを、
自分の中で基準に満たしていないものだったりとか、また自信があるからこそそれをね、規定されたりすると妙に腹が立つっていうのはさ、
まあやっぱり自分の中にある考えという自信が根強くあるんだろうね。
こういうさ、その勘違いの自信って何かあるか方がいいよなとも思うよね。
もう10代20代ぐらいの時までって、もう勘違いの自信しかなかったもんね。
仕事してても何してても、いやもう全然俺のがうまくいくわとかさ、俺のが稼ぐわとかさ、俺のが持てるわとかさ、
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そういうその意味のない自信みたいなものはあったよね。
そこに何か裏付けされているカッコたるものはないんだけども、
でも若いがゆえのその勘違いによる自信というものがあったよね。
だからやっぱりその自信でさ、人はどんどんどんどんこうね、前進していくっていうことがあるからね。
大いなる勘違いにおける自信は、これって何か10、20代の頃はそれでもうね、周りも許していたとかさ、
まあ自分自身でも振り返ると我が家の至りみたいな感じがあるんだけど、
でも大人になってくると、そういうものをあんまり表に出さないわけでしょ。
まあいろいろ水溜りも見てきてさ、いや明らかに俺よりも力がある人って世の中にはもうさ何百人何千人何万人といるわけで、
だからさ、現実というものを嫌というほど知らされた結果、なんか逆にね、そういう形のない自信というものが、
本来は形がないんだけども、まあなんとなく風船のあの皮一枚の自信というものがあって、
でも中は全く空洞みたいなさ、でも空気入れて膨らんじゃってますみたいなね。
ああいう自信が、まあね、社外経験をしてくるとパンって割られて、いやそんなに大したことないんだなとかさ、思うわけだよね。
でそれですぼんでいって、まあ周りと比べてみたり周りの人を気にしてみて、なんか自分がやりたいこととか好きなことができないような環境っていうのは、
むしろなんか一周回ると、それがすごい邪魔だなっていう時が来るよなっていうのをね、すごい最近感じる。
なんかこの年だから恥ずかしいじゃんとかさ、その年じゃもう無理じゃないって言われることに抗いたいというか、抗うということでもないんだよな。
単純に自分がやりたいというだけ、そういうふうに言ってくる人に抵抗しようっていう気もさらさらもうないんだよ。
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もう1個としての自分になって、自分がやりたければっていう、要は自分自身を説得しているというのかな、そういうところになってくる気がするな。
だからさ、ファッション系のYouTubeを見ていくと、なかなかの確率で、いやおっさんはこういうファッションダメみたいなね、そういう動画がよくレコメンドされるんだね。
どういう感じなんだろうというふうに見ていくと、それはそれで面白いんだよ。面白いっていうのは、こういうファッションがダメだから参考にするっていうことよりも、
その中で、今はこういうファッションの流行りがあるとかさ、俺が知らないものがそこにいっぱいあるけどさ、そういう情報、新たな今のトレンドの情報を得るという意味で面白いなというふうに思ってね、見てたりするんだよ。
でも結局ああいう動画が何本もあるっていうことは、ある程度やっぱり再生数が稼げるっていう背景があるんだろうね。
だからまあ俺みたいなおっさん世代の人は何気にああいうものを見ているんだなとも思うんだよ。
ただ一方で、まあ仮にそれを見てものすごい参考にする人もいるとは思うんだけど、でもどうなんだろう。
俺の体感としては8割か9割ぐらいは、まあ見るには見たけど、別になんかそれを頭の中に残して参考にして、
こういうファッションをしてみようとか、こういうブランドのものを買ってみようというふうには、ほとんどの大人は思わないんだろうなと思うんだよね。
要はもう自分が確立されているからさ、確立されているといえば気がいいんだけども、面倒くさいっていうものがあるから、
いや別にそこまでファッションをこだわらなくてもいいわとか、あったかければいいわとか、そういう感じだったりもするからね。
だからああいう人たちはあんまりファッションがよくわかっていないおっさんたちに向けて、
ああいう動画というものをあげてるんだけど、でもそれを見ている大半のおっさんたちっていうのはさ、別に参考になるということもないというのかな。
そのものを見て、いやこれを買おう、あれを買おうっていうところまではいけないんじゃないかなと思ったりするね。
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だから俺はああいうのを見て、俺の知らないブランドを今とか最近のブランドの話とかが出てくると、
その人が紹介している相手のきっかけにそのブランドを見に行って、自分がいいなとか、よくないなというのを見極めるぐらいなもんでさ。
だからのれんに、おでおしだっけ、じゃないんだけど、おっさんたちをよりファッショナブルにしてあげようみたいな、ああいう発信というのはそんなにおっさんには届いてないんじゃないかなと思うんだけどな。
むしろおっさんたちを敵対している下の世代の人たちがそれを見て、
じゃあ会社とかね、自分の父親とかそういう人たちにアドバイスするとかね、またそれをネタにおちょくるとかさ、そういう見られ方なんじゃないかなと思うんだけどな。
だからね、よく40代、50代、60代の男性に向けた紹介をしている人がいるんだけど、まったく俺は参考にならないなというものがあるね。
さっきも言ったように、今のトレンドとか今の流行りを知るっていう価値はあるんだけどね、その人たちが言っているアイテムを着て、その通りに揃えて、いや、俺はオシャレでしょうとはならないよなという感じがすごいあるな。
だからあの人たちは誰に向けて発信しているんだろうと思って。
だから最近思うのが、その無価値な価値ということがね、ものすごいあるんじゃないかなって思ってね。
結局YouTubeとかSNSでもそうなんだけども、誰しもが自由に発信できるようになった結果、その発信しているものって中には価値があるものもあるんだけども、でもそのほとんどは無価値だよね。
何なら見ないで通り過ぎたとしても、またその情報を取りに行くだけの価値はないわけだよ。通り過ぎて一瞬こうパッと目についてホーンと行って通り過ぎて一日も経てばもうそれを忘れているっていうね。
だから残らないんだよね。残らないものには価値がないからさ。
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でもああいうYouTubeにしろXにしろ無価値が集まらないと、ああいうサイトというものが成り立たないわけだよね。
だから無価値の集合体であるっていうものがすごいあるんだよね。
だから無価値なんだけど一応価値はあるっていう。
その無価値の価値っていうことがね、いやすげえあるなって思いつくづく思うな。
だからこの俺のこういう特に雑談みたいなこういう話も無価値の価値があるんだよ。
だって残らないでしょ。
これをさ、じゃあ3年後、いやまた今日話しているこれをまた聞こうっていう気にはならないし、
なんなら俺が3日前に話しているものをね、じゃあ今思い出せって言っても思い出せないわけだよね。
俺自身も思い出せないし、俺が思い出せないものをさ、なおすら聞いている人は思い出せないだろうからさ。
無価値が時間を占めていくっていうのはね、いやなかなかに価値あるものにね、本来はしたほうがいいんだけど。
でも今俺も含めてスマホを手にしている人もそうだしネットにつながっている人たちすべてが無価値なものに、
何らか品の価値を見出してそれをありがたがって楽しむっていうものがあるからさ。
頭で価値には気づけたかもしれないけども、でもここから距離を置くっていうその実際に行動に移すまでっていうのはなかなか決意が必要だなとかね。
まぁ決意がなかったとしても、いい加減体が体調悪くして、いやもうちょっと見るのもしんどいって言って離れていくぐらいしかないのかもしれないね。
でもね、価値があるさ、動画があるんだよ。もう何回も見てしまったというね、動画があって。
TikTokの中にさ、餅をついている動画があるんだよ。若い男の子と女の子が餅屋さん、団子屋さんかな?
なんかね、餅をついている動画があって、はい、よい、よい、よいしょ、はい、よい、よい、よい、よいしょっていう、もうただこれだけ。
餅をついているだけのね、動画があるの。で、これがさ、なんかいいねが1700万件ぐらいついてるんだよ。もうとんでもない数なの。
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で、なんかね、調べてみると海外の人がその動画を見て、いやアメージングで面白いっていうことでいいねを押していくんだよ。
で、その結果1700万件っていうね、まあいいね数を叩き出してたりするんだけど、俺もね、その動画をなんか見ててね、なんていうんだろう。
癒されるとも違うんだけど、一つはリズムがすごく心地がいい。はい、よい、よい、はい、よい、よい、よいしょ、はい、よい、よい、よいしょっていうだけなんだけど、
ものすごいテンポよくね、餅ゆい付きをしてるんだよね。だからああいう、多分あれって、まあ音遊びから入ってのことだとは思うんだけど、
でも案外こうやって歴史をたどっていったりすると、ああいう餅付きのような単純な作業の中には、日本人の心を打つようなテンポというものがあったのかもしれないよね。
だからそれを現代風にアレンジして、ああいう割とノリのいいテンポでやることで、なんかその音遊び的に面白いっていうね、動画になったんだろうなって思ってね。
まあ流行語大賞のナミネートが発表されたりしたんだけどさ、これが入ってないんだよな。はい、よい、よい、よいしょ、はい、よい、よい、よいしょっていう。もうかわいいわ。
だからね、まあ昔の中にも、たまになんかね、退屈なこの日常の時間を楽しませてくれるようなさ、発信もあるからね。
まあそれもある意味の出会いだからさ、大事にする、大事にするっていうほど大げさではないけども、まあでも、なんかそういうものがあるから見続けられるっていうことでもあるんだろうな。
そういうものが千に一つ万に一つあるから、だから人はこういう風にSNSとかまあいうものをね、見続けるっていうことだろうな。まあユーザー配信もそういうのとすごい似たところがあるもんね。
普段は別になんかまったり雑談してるのは、それはそれでまあ楽しめたりはするんだけど、でも一年に一回とかさ、二回くらいね、大盛り上がりをするようなさ、配信ってあるんだよね。
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それを僕が期待しているから、なかなか毎日見続けるっていうものがね、あったりするのと似たところがあるんだろうな。
俺のこの方角脱ぎはさ、もうホームランになるようなことはないね。もうなんなら、せいぜい振り逃げか、バントぐらいしかないわ。送りバントぐらいしかないわ。
ということで、今日もこの辺でおやすみなさい。