歌詞の紹介と意義
始まりました、なんでも倫理ラジオ第3回です。
このポッドキャストは、動物と倫理と哲学のメディア、ASがお送りします。
ということで、今日のメンバーは、私、むらたと、
てはると、
かわはらです。
お願いします。
3人でお送りいたします。お願いします。
ちょっと今回、私がパーソナリティーにお収認して、
したのかな、して、初めての収録ということで、
まあまあ緊張してます。
ちょっと心拍数上がり目なんですけど、
まあまあまあ、それはそうとして、今回の話に入っていきたいんですけれども、
ちはるさん、かわはらさん、
最近、音楽聴いてますか?
どんなの聴いてますか?
ちはるは最近、K-POPにハマりだして、
K-POP聴いたりしてますね。
K-POPかっこいいですよね。
そうなんですよ。
K-POP、韓国語ですか?
韓国語です。
韓国語です。
だから、やっぱり曲調で好きになったりすることも増えてきて、
ただ今回は詞に注目するので楽しみです。
そうです。
そうなんですよ。
今回は歌詞についてみんなで話していこうということで、
そんな感じでね、みなさん曲調だけで曲を好きになったりとか、
この時代、
曲の一部しか知らないということも多い時代なんですけれども、
今日はちゃんと歌詞を読んで鑑賞していきたい、そんな回になります。
なので、今日は倫理的にどうなんだ、あーだこーだ言いたい、
そういう曲を集めたので、それについてみんなで話していきましょう。
お願いします。
今回は歌詞倫理会です。
本題に入っていきたいと思うんですけど、
一応、リスナーのみなさんに言っておきたいこと、分かっておいてほしいのは、
我々は倫理的にあーだこーだ言いますが、倫理の専門家ではないので、
優しい気持ちで聞いてください。
何卒お願いいたします。
近所の小学生がワイワイ言ってるのを聞く感じでね。
倫理的な考察の開始
お願いします。
では、まず1曲目。
1曲目は猫踏んじゃったです。
すでに怪しい香りがしますね。
私たち一応、動物と倫理と哲学のメディアですので、
動物についてもちょっと神経を尖らせておりますので。
バーン。
1曲目に。
ふさわしい。
なのではないでしょうか。
みなさん、まず知ってますよね、この曲ね。
知ってます。
やっぱり小さい時からね、気づいたら知ってたみたいな曲ですよね。
ピアノの猫踏んじゃったって、折り紙でいう鶴みたいなさ、
ピアノ習ってない人でも、猫踏んじゃったは弾けるよみたいな
本当に代表する曲だと思ってて。
私もが通る歌ですよね。
ピアノといえば猫踏んじゃったかもしれません。
でもでも、ピアノで弾いているということは、
みなさん実は歌ってないんじゃないですか。
みなさん、どんな歌詞か知ってます?猫踏んじゃった。
確かに知らなかったです、私は。
というか、香原さんは知ってました?
いや、僕はずっと猫踏んじゃったって言ってるんだと思ってたんですよ。
猫踏んじゃった猫踏んじゃった、だらららららららら
猫踏んじゃった猫踏んじゃった、だららららららら
だららららって入るじゃないですか。
確かに。
その後も猫踏んじゃったなと思ってました。
私は全く一緒です。
自分だけだと思いました。
永遠に猫を踏み続けている曲。
そういう言葉遊びの小さい子でも覚えられるような
ワンフレーズオンリーだと思ってました。
そうなんですね。
踏み続けているのか、ずっと反省しているのかはちょっと分からないんですけど。
確かに、ひたすら後悔を繰り返しているかもしれない。
あー、踏んじゃったー、踏んじゃったーって。
だんだんね、その後、後悔の気持ちがどんどん高まっていって
猫踏んじゃったーまでいって。
すごい責任感が強いのかもしれない。
でも猫踏んじゃったっていう、それを連発することで
全部、後悔の念とか責任を感じているなら、まだいいと思うんですけど
実はその先、猫踏んじゃったの、本当の歌詞のその先に
なかなか怪しい文言が結構出てくるので
一回ね、一回ちょっとその辺を皆さんに聞いてほしいので
音読させていただきます。
はい。
いきますよ。
猫踏んじゃった、猫踏んじゃった、猫踏んづけちゃったらひっかいた。
猫ひっかいた、猫ひっかいた、猫びっくりした、ひっかいた。
まあ、ここまではいいですかね。
ここからちょっと怪しくなります。
悪い猫め、爪を切れ、屋根を下りてヒゲを剃れ。
この猫びっくりした、ひっかいたの後のこの主人公の言い分が、なかなか強烈じゃないですか。
これはどういうこと、状況整理すると。
猫踏んづけたら、なんかひっかいたんですね。
多分あれですよ。
最初、主人公が間違えて猫踏んじゃったと。
で、それにびっくりして反射的に猫がこの主人公をひっかいたわけですよね。
で、猫は屋根の上に逃げたんじゃないですか。
だからその屋根の上に向かって、自分をひっかいた爪なんて切れ、
自分をひっかいた爪なんて切れ、てか下りて来いと。
そしてヒゲを剃れって。
ヒゲは良いんじゃないか。
本当そうですよね。爪に怒るのはまだ100歩いるって。
そうですね。剃らせないでいいし。
猫のヒゲ剃ろうとしたら、その辺の毛も持ってかれますよね。
確かに。
まあいいや。すいません、すいません。
ジレットとかで言ったら、だめ、そういうの想像したらなんか変になりますよ。
ガーって。
これを、これちょっともうちょっと倫理的にどうなんだって言っていきましょうよ。
そうですね。
はい。
これどうですか?倫理的にどの辺が気になりましたか?
まず、なんかやっぱ人の方が猫よりも上にいるんだなっていうスタンスを全体的に感じました。
確かに。
これそもそも一番最初にいけないことをしたのって猫ですか?
人ですよね。
人だと思います。
踏んでるからね。
それ言ってしまえば、ひっかいたのは生徒防衛みたいなものとも取れるかなと思って。
最初に人が踏んじゃって、それに怒って生徒防衛したのに、
爪を切れ、アンド、ひげも剃れと。
どうなんでしょうかね。
お、引っかかりました。
和解とその背景
引っかかりましたね。
猫からしたら、踏まれちゃって、人間が踏んできた悪い人間め。
足を切れですよね。
足を切ってひげを剃るですよね。
踏んじゃったんすよね。
まず、倒引きは猫を踏んだことですかね。
でも濃いじゃないんだな。濃いじゃなさそう。
踏んじゃったんですか?
踏んだじゃなくて。
踏んじゃった。
過失だったら、踏んじゃったの時点では、責任は逃れられるんですかね。
かもしれない。
かもしれない気がします。
過失であったとしても、謝るということは求められる?
謝ったほうがいいよね。
謝ったほうがいいですよね。
あ、でも待ってください。
この歌詞の先、言いますけど、ひげ恐れの後ですね。
その後、
となっています。
和解してる?
和解してますね。
和解してるよね、これ。
謝って、かつぶし差し出してますね。
まじか、知らなかったな。
謝ってる。
ただ、これ謝ってますけど、
今ちょっと最後の一文が気になって。
猫、かつぶしやるから寄っといで。
なんか、やっぱり上からスタンスじゃないですか。
歌と謝罪の反省
寄っといで、かつぶしあげますので許してね、仲良くしてね、とかのほうが楽しくないですか。
謝るっていう。
なるほど。
その2文字が。
せっかく謝ってるけど。
謝って落ちながら、
なるほど、ちょっと猫踏んじゃって、
なんか引っかかれてすごい怒っちゃったけど、
結局謝って、
で、お詫びの品も渡している。
けれども、
ちょっと終始この主人公は猫に対して上からの目線なのではないかという疑問が残りますが、
そんな感じですかね。
猫踏んじゃったに関しては。
倫理的な視点の考察
では2曲目。
2曲目は、
ビーズの愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけないです。
言えた。
この曲有名ですかね。
まあまあ有名かなと思って持ってきたんですけど、知ってました?
知ってました。
僕知ってました。
よかった、よかったです。
タイトルがね、タイトルでもお腹いっぱい感ありました。
すべてを知った気になってました。
もうサビもこれでいきますからね。
そうですね。タイトルを音読して、
サビもこれなのでピンときてると、
リスナーの皆さんもピンときてるといいんですけど、
この曲はあれです。
愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけないみたいなあの曲です。
で、これで解いたいのはお分かりですかね。
僕は君だけを傷つけないイコール君以外は傷つけてよいというのは問題なのではないか。
これです。
愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない。
ちょっとこれ最後の方の一節を音読しますけれども、
太陽が凍りついても僕と君だけを消えないで。
今だから好きなんだから諦めながらは生きないで。
誰かの血が流れても一途な思いを振りかざそう。
このようになっております。
これさ、なんで血が流れる可能性あんの。
確かに。
氷主義でなんかありますよね。
各人間を全員ちゃんと一人として数えるみたいな原則。
二人の幸福合わせて二重を上げるために
その他数億人を数億人分マイナスしてるっていう。
みんな血流れてしかも太陽凍っちゃうけど
一緒にいれるよって言われて
そっち選ぶっていう歌なんだとしたら結構そうかもしれない。
確かにそうかもしれない。
すごいすごい天秤ですけど。
そうですよね。
二人だけのために他の人を傷つけるまでいかないとしても
極限状況で誰が血を流すことになるか
誰が犠牲になるかっていうときに
私以外、私だけの人たちと一緒に
誰が犠牲になるかっていうときに
私以外、私たち以外でなるってことは
自分たちの幸福を他の人たちより
マシマシに計算してしまっているという
そういうことになる気がします。
これでもさ、僕はちょっと傷ついても良さそうなノリ感じない?
自分自身は血流れてそうじゃないですか。
そういうドラマチックさを感じますね。
その点で言ったら人間として尊敬すべき人なのかもしれないですね。むしろ。
立派ですよ、この人多分。
なんか前ASの勉強会のときに
公理主義vsある一人への特別な愛の話出ませんでしたっけ?
まじ?
公理主義者の誰でしたっけ?
どこでしたっけ?あ、あった。
ゴドウィンとウォルストン・クラフトの話です。
ああ、究極の公理主義、そうですね。
そうです、そうです。
そうなんですよね。
この公理主義入門っていう本で
ゴドウィンっていう公理主義者が出てくるんですけど
これで一人一人の幸せを同じようにカウントしないといけない
そういう公平性をゴドウィンも説くんですけど
説くので、あるじゃないですか
誰か一人が犠牲にならないといけない状況で
家族を選んでもいいのかみたいな
その時にゴドウィンはそういう
自分の母親だからって言って
優先しちゃダメだよみたいなのを言ってたんですけど
なんか、でも大事な人に出会っちゃったみたいなやつですよね
確かにこの歌はそういうケース
そう、ゴドウィンさんがホルストン・クラフトという女性に出会って
結婚制度もすごいゴドウィンは反対してたんですけど
結婚しちゃったよみたいな
結局その一人に対する愛情みたいな
一人の幸福をちょっと多く見積もるみたいなのを
自分もやっちゃったっていう話をしてましたね
なるほど
本当の愛を知ったら考え方も柔軟に変わったんですよね、ゴドウィンさんって
でもあれですね、ゴドウィンさんの筋ではこれはいけないですね
なぜなら大切な人ができて優しくなるどころか
他の人には牙を剥けてしまっているという
確かにな
なんなら
牙剥いてるわ
そうするとやっぱりこの大切な人に愛を注ぐのは
とっても素敵なことで尊敬できることですが
誰かの血を流すのは良くない
手段は選びましょうみたいな結論?
手段は選びましょう
かっこいいんだけどな
かっこよかったですね、さっき
ライブ映像を見て
かっこよかった