2025-11-07 36:30

#76 日本人コミュニティに救われた海外研究生活【UJA代表/シンシナティ小児病院 松山さん 前編】

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2025年11月のアメゴーは「UJA論文賞コラボ」の1ヶ月。海外日本人研究者ネットワーク(UJA) が企画する「UJA論文賞」に関連したゲストをお迎えします。


第1週目は、UJA代表理事兼会長で、シンシナティ小児病院研究員の「松山 聡子」さん(⁠@satokoFM7⁠) を迎え、日本人研究者が海外で活躍する上での、留学コミュニティの役割について掘り下げています。


UJA論文賞【2025/11/30〆切】

https://cheironinitiative.wixsite.com/uja-award


海外日本人研究者ネットワークUJA

https://www.uja-info.org/


UC tomorrow

https://uctomorrow.wixsite.com/uc-tomorrow/


CHEIRON INITIATIVE

https://www.cheiron.jp/post/cheiron-gifts-2025-2


🗽トピック🗽 

小児泌尿器科/臨床医からの米国留学と研究への転身/シンシナティ小児病院/存在価値がわからなくなった/UJAとの出会いと活動/子育てとポスドク研究の両立/家族を持つ研究者への支援/UJA論文賞


本配信は個人的な見解であり、所属する組織とは全く関係ありません。


★番組のX ⁠⁠⁠@ANG_2024⁠⁠⁠

⁠⁠⁠メッセージはこちら⁠⁠⁠

★パーソナリティ ⁠⁠⁠NAKAMURA ⁠⁠⁠

★雑務 ⁠⁠おニューのわら人形⁠⁠

★オープニング: ⁠⁠⁠Trick style(まんぼう二等兵様)⁠⁠⁠

★エンディング: ⁠⁠⁠Night trip(Make a field Music様)⁠⁠⁠

★ジングル:

気分一新 (otologic様)

OP/EDジングル41 (t12ya様)

サマリー

シンシナティ小児病院で研究を行う松山さんは、アメリカ留学やUJAとの出会いについてお話しされます。彼女は神奈川大学の医学部を卒業し、希少な小児貧血機械の専門家としての経歴を持ちながら、日本人コミュニティに支えられた生活を振り返ります。松山さんのシンシナティ小児病院での留学経験は、日本人コミュニティのサポートによって大いに支えられています。彼女は困難な基礎研究に挑む一方で、UJAの活動を通じて自信を持ち、成長していった様子をお話しされます。 また、松山さんはシンシナティ小児病院での海外研究生活について触れ、家族の支援やコミュニティの重要性を強調されます。特にKのイニシアチブやUJの活動を通じて、育児と研究を両立させるためのサポートを受けた経験を共有されています。松山さんはアメリカ留学中にUJとの出会いを通じて、大きなサポートを受けたことについてもお話しされます。今年のUJ論文賞は全ての分野からの応募を歓迎しており、参加者にはさまざまな特典があります。

アメリカ旅行からの帰還
アメリカからこんばんは、NAKAMURAです。
この番組では、アメリカ研究留学4年目を迎えた私NAKAMURAが、
ゲストとお話ししながら、アメリカ留学の魅力を再発見し、
ご機嫌のあなたにおすそわけすることを目指しています。
この前の回で、あれ雑婆の時に言ったんですけど、
LAに旅行行って、ついこの3日前ぐらいに帰ってきたんですけども、
なかなかLAが楽しくてですね、
まだTwitterの方にあげさせてもらったんですけど、
レストラン、いいレストラン予約したんですけど、
基本的に僕が今回選んだレストランは、
全て友人の友人とか、LAで結構遊びまくってる子たちに、
いろいろ聞いて予約したんですけど、
今回予約したそのレストランが、
LAで一番位置的に高いレストランらしくて、
で、そこが71Aboveっていう店らしいんですけど、
そこが面白くて、料理は決まってて、
前菜と主食とデザート、3つセットが決まってて、
あとはドリンク好きに飲んでいいよみたいな感じで、
ただめちゃめちゃ料理の質も高くて、
あと結構飲み物、最初に普通にカクテル頼んだんですけど、
そしたらデザート、最初デザート、
謎に頼んだないデザートワインが出て、
で、カクテル飲んで、その後、最後に食後に、
白ワインと何かを混ぜたようなやつが出てきて、
めちゃめちゃサービスがさすがに良くて、
料理も美味しくて、結構いいなーって感じで、
その一晩過ごして、
で、その後いろいろ、ベニスビーチとか、
グリフィス天文台とか、いわゆる主要観光地ですね、
LAの都市を回ったんですけど、
個人的にびっくりしたのが、
サンフランシスコとLAと同じ間隔でいたら、
LAバカ広くて、
サンフランシスコだと一個一個たぶん10分ぐらいで着くんですよね、
移動、たぶん街の端から端まで行ってもたぶん30分ぐらいで、
なんですけど、LAはもう、
どこ行くにしても30、40分かかって、
毎回UBERで移動したんですけど、今回。
やーべーなーと思いながら、
天気も良く、すごい平日だったので人も少なくて、
結構楽しめたっていう、
旅行の前半でした。
後半はこの後ですか?
後半はまた後半に話しましょう。
ちなみに彼女さんはどういう感じで楽しまってました?
今日彼女はアメリカ本部が初だったんですよ。
だからなんか時差ボケもあんまりなくて、
そのドルから円の換算ができない、
うまくすっかってできないんで、
すごい値段気にせず楽しみました。
逆に?
逆に。×100してたんで。
あーいいですね。150じゃなくてね。
そうそうそうそう。
まあ、まあいいや。
松山さんの経歴
11月のアメ号はUJA論文賞コラボ。
私も所属している海外日本人研究者ネットワークUJAが企画する
UJA論文賞とのコラボで、
この賞に関連したゲストをお迎えする1ヶ月です。
まず1週目は現在のUJA代表理事兼会長の松山さと子さんをお迎えして、
アメリカ留学とUJAとの出会いについて伺っていきます。
今週もよろしくお願いします。
アメリカンナイトGOLD。
改めましてNAKAMURAです。
それでは今回のゲスト松山さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回松山さん簡単に自己紹介の方お願いします。
よろしくお願いします。
私は元々は神奈川大学の医学部を出て、
その後、石川県出身なんですけど、
そのまま地元の医学部に行って、
その後、小児貧乳機械、なかなか聞き慣れない感じだと思うんですけども、
貧乳機械の専門を取ってから、
小児貧乳機械を専門に子ども病院、
大阪母子療養センターで10年近く働いていて、
その後、やっぱり研究をしたいなというふうに、
なかなか子どもの診療とかで治らないこととか、
いろいろ思うことがあって、研究したいなと思ったので、
今、シーシャティのチューレールズホープスピカデルの
リプロダクティブサイエンスセンターで研究をしていると、
そういったような経歴になります。
どうぞ今日はよろしくお願いします。
お願いします。
シンシナティの日本人コミュニティ
松山さんは今UJの代表をされているということで、
僕とも何回かオンラインでお話しさせてもらって、
今回依頼させてもらったんですけど、
小児貧乳機械なんですね。
そうなんですよ。貧乳機械なんです。
今までUCSFで出会ったことないですね。
小児貧乳機械が日本の人口的に500人いかないくらいなんですよね。
そこも少ないんですか。
そうなんですよ。
そこから専門で小児貧乳機械、
やっている職業としては似たような形になると思うんですけど、
すごくレアな人材というか、
そういうことをやっていたかなと思います。
UCSFとかは小児貧乳機械は強いんですけど、
シンシラティも強いんですか。
シンシラティの宣伝させていただいてもいいですか。
シンシラティは実はですね、
シンシラティ小児病院は全米1位の小児病院ということで、
最高。
そうなんですよ。
なってます。
なのですごくシンシラティ、
どこシンシラティって、
私は留学するときに親とかに言われたんですけど、
シンシラティってどこって。
実はシンシラティ小児病院ってすごい有名なんですよね。
私も自分が小児病院として働いていたときから、
やっぱりすごい憧れの病院で、
いつか留学したいなって思ってた場所でした。
シンシラティってどこら辺にあるんですか。
シンシラティはそもそもですね、
鹿児島の近くと私よく言ってるんですけど、
正確に言うと、
オハイオ州の一番南側にあるのがシンシラティです。
ということは東側のちょっと上らへんってことですか。
東側のちょっと上らへんです。
今寒いですか。
いや、あんまり寒くないです。
そうなんですね。
でも寒いのかな。
日本と比べると寒いのかもしれないですね。
夏があっという間に終わって、
結構もう秋冬みたいな感じになってきたみたいな、
私のイメージです。
じゃあ四季はあるんですね。
四季はギリあります。
そうなんですね。それいいですね。
西海岸って四季ないらしいですよね。
何にもないですね。
それは西海岸から来られた方とかに結構お聞きして、
あ、そうなんだって思ってました。
サンフランシスコは夏が1週間くらいしか、
たぶん1週間、2週間くらいしか。
夏1週間しかないですね。
それは結構ちょっと違うかもしれないですね。
そうなんですよ。
そこらへんは、私もともと石川県出身ですけど、
結構石川県と近い部分があって、
冬とか夏とかは雨が結構多いんですけど、
新品って。
留学はしてきたけど、
元々の地元とめっちゃ近いなと思って、
本当にすぐるっていう感じの生活をしてる。
そこは知らないですよ。
結構飯とかもうまいやつ。
新品って日本人多いイメージがあるんですよね。
そうなんですよ。新品って言って、
実はすごい日本人多くて、
まずオハイオ州が日本人が多いですよ。
実は日本人の割合が多いランキング、
第1位ってどこかっていうと、
オハイオ州なんですよ。
アメリカの中で。
そうなんですよ。実はめっちゃ多いんですよ。
そうなんです。
そういう意味では結構住みやすいというか、
日本食の工場とかもあったりとか、
それこそ宅配で出してる。
そういうの。
UJ大会の時でもね、
相談を宣伝させていただいたんですけど、
そういう結構日本食系のお店も多かったりするし、
シンシナティは、
特にシンシナティ小児病院って、
日本からの留学の方が多いのと、
あとは結構ダブル、
デュアルでされている、
例えばUJ大会にも来られた佐々木敏夫先生とか、
高部先生とかみたいな形で、
結構デュアルでされている方も多くて、
そういう意味でも結構日本人研究者多いですよね。
補足なんですけど、
デュアルっていうのは、
佐々木先生だったら、
慶応大学の所属とシンシナティの小児病院の所属があるみたいなことですよ。
そうです、そういう感じです。
そうなんですよ。
なので結構、
実はシンシナティいいぞという感じで、
宣伝をしたいなと思っている感じですね。
松山さん、
小児貧乳期間っていうのをまず選んだ、
っていうのは何か理由があるんですか。
私、これも結構人生って色々面白いなって思うんですけど、
私、医学部の6年生の時ですよね。
医学部って、6年生の時とかに、
自分の大学だけじゃない、
他の病院とかの実習とかに行ったりするんですよね。
その時に、
私、貧乳期間のその時の教授だった先生に、
ぜひ子供見に行ったらいいよって、
すごいお勧めしていただいて、
大阪星医療センターに見学に行ったんですよ。
そうしたら、その時に、
年でもなかなかないような手術をされてたっていうのもあるのかもしれないんですけど、
結構、子供病院での承認貧乳期間の診療に、
かなり感動を覚えまして、
行く時にはそこまでそういう分野があることも知らなかったんですけど、
帰ってくる時には、
承認貧乳期間になる私みたいな形で、
帰ってきて、
喋って、
それくらい結構心を動かされるような形でしたね。
そこで、日本で承認貧乳期間の先生として、
治療とかもされてたんですか?
そうですね。結局、私、
アメリカに飛べその前、
10年目とかで飛べしてると思うんですけど、
社会人になってから。
それまでの間は、承認貧乳期間として、
臨床医として働いていたという形になりますね。
そうなんだ。
そうなんですよ。
これ結構言うとびっくりされるんですけど、
私、アメリカ来て、
研究者になって初めてピュペット使ったんですよ。
そうなんですね。
留学のきっかけ
今回お話ししてない時に結構思ったんですけど、
結構、アメリカ、
この活動されてるのも、
結構アメリカとか、
意外に気楽に行けるよとか、
留学を推奨したいっていうようなことを
おっしゃられてたというふうにお聞きしたと思うんですけど、
結構そういう意味で、
私みたいに経験なくて、
結構勢いで、
勢いでというか、
そういう道もあるよっていうのも
お伝えしたいなと思ってた形になります。
研究は全く経験なしにアメリカに留学するっていうのは?
そういう、それが近いですね。
正確に言うと、
私、もともと処理品の機関の領域とかって、
すごくレアなディジーズとか、
そういう臨床的に難しい疾患とかは結構多くて、
そういったようなことを対象にして、
病理の研究だとか、
臨床研究っていうことはさせていただいてました。
なのでそれで、
EHDも持ってるんですけど、
だけどアメリカ来てからやってることは、
完全なベーシックリサーチなので、
今までのバックグラウンドと完全にマッチしてるかって言われると、
そういうわけではなくて、
私の中では新たな挑戦をしたっていうような形で思っています。
そうなんですね。
そこから研究者になって、
アメリカに留学するっていう、
日本でも、
日本だと難しいかもしれないけど、
アメリカに留学しようと思ったきっかけって何かあったんですか?
それも結構出会いが大きかったと思うんですけど、
私が働いてた小児病院とかの上司の人とか含めて、
全員留学経験があって、
やっぱり留学はした方がいいっていうことは、
ずっと周りからそういうふうに擦り込まれてたっていうのも一つあると思いますし、
あとはそれだけじゃなくて、
研究でベーシックリサーチを小児病院でやろうと思った時に、
やっぱり一番自分がやりたいなと思ったのが、
今のリビジョンでやっていることが、
すごく一番やりたかったので、
やりたいと思ったところに結構行っちゃうっていう性格が、
私は自分ではそういうふうに思っているんですけど、
やりたいところが新宿の小児病院でやってたので、
留学先としてその場所を選んだっていう形になるかなと思います。
あらためてなんですけど、
ベーシックサイエンスを志そうと思ったのも、
何か働いている中で、この部分が不十分だみたいな問題点を見つけたからみたいなきっかけなんですか?
基礎研究とその挑戦
そうですね、まさにほんとその通りで、
私臨床医として働いている時に、病理学の研究はしてたんですよ。
ただやっぱり病理学って結局その素晴らしいあれなんですけど、
その後、とにかくどうしてそう起きたかっていうふうなメカニズムのところまで、
やっぱりたどり着くことが自分の中ではできなくて、
そうなってきた時に、やっぱりそのメカニズムペースで学びたいっていうのがあって、
それができるところはどこだろうっていうふうなところで考えた時に、
アメリカの今の新宿小児病院でベーシックリサーチを一からやろうっていうところに決心したと。
そういったような形になりますね。
結構難しいんですが、お医者さんで医学のバックグラウンドあって、
基礎研究に行くっていうのはどうなんですか?難しいものなんですか?
私はやっぱり結構なので苦労したというか、結構やっぱり留学した時は結構しんどくて、
それが結構UJの活動を始めたっていうことに結構つながってくると思うんですけど、
やっぱり今まで一応日本でいた時には、
小児貧弱器官の専門医指導医も持ってて、小児貧弱器官の専門医も持っていてってことで、
一応自分がやりたいことを自分のやりたいように積み重ねてやってきたっていう、
自信でもないですけど、やっぱりそういうなんか自分が必要とされてるって思う部分はやっぱりあったんですよね。
でもそこから全く違うアメリカっていうような地域に来て、
多分留学された方とか結構感じる部分もあると思うんですけど、
やっぱり結構今までのキャリアが本当に全部一からスタートするっていう風に結構感じて、
英語もわからないし、でもベーシックリサーチも初心者なんで、
もう本当に全部一からみたいな形になって、
自分のその存在価値っていうのはちょっとわかんなくなっちゃった部分がすごい大きかったですよね。
そういった中で、結構UJAの活動っていうところに繋がってくるんですけど、
UJAの初代会長をされてた畑敦夫先生がなんとシンシナティに呼ばれて、
そのシンシナティでは、ユーシートモードという形でコミュニティ活動がすごい盛んなんですよね。
そこで本当はベーシックリサーチ全くやったことなくて、
海外でやっていけるなんて普通信じられないというか、
私ももっと考えればよかったなと思うくらいなんですけど、正直なところ。
でもやっぱりすごいコミュニティの人たちがすごい助けてくれて、
一からいろんな点でサポートをしてくださったっていうのがやっぱり大きくて、
それで一つずつ積み上げることができて、
なんとか今アメリカも5年目になったんですけど、
UJの活動とコミュニティ
そういう形で研究を続けていれるっていうのは、
周りの方々に助けてもらったものはすごく大きかったというふうに思ってます。
その中で、今論文賞のチェアされている翔太さんとにも、
またいろんなことをたくさん教えていただいたりとかして、
そこで誘ってもらったんですよね。
まず論文賞の活動をしませんかということで誘ってもらって、
そこからUJの中に入っていったみたいな形で、
自分ができること、少しでも自分ができることを何かしたいというふうに思ったこと、
皆さん助けていただいたので思ったことと、
それをやることによって自分の自信にもなるじゃないですけど、
自分もこういうことをしていろんなことに役立てている部分があるっていうのが、
自分の存在価値っていう意味につながったので、
UJとして活動することでちょっと自信を持てたと、
そういうようなことが違うかなと思っています。
そうなんですね。
千山さんがUJにいることは知ってましたけど、その経緯は知らなかったんで。
そうなんですよ。
だから私もどういうふうになんでUJに今いるんだろうって、
私もちょっと思うくらいなんですけど、
もともととせばやっぱり結構、
新品のUJとものを助けていただき、
育てていただき、
いつの間にかUJの代表になっていたというような形が気がします。
結構UJに入られてすぐ代表になられた感じですか?
UJの経緯としては、
まず入学しに来て、
UJとものの活動を1年くらいしていて、
そこからUJ論文賞をやらないみたいな形で、
今論文賞をチェアされている石澤さんに誘っていただいて、
論文賞に入り、
その後1年入って、
私はディレクターで1年やって、
その後石澤さんがチェアになられて、
UJの論文賞を主催しましょうというふうになって、
そこから論文賞チームに入って、
その後2年目ですね。
いつの間にか1年目からUJに入って、
1年目で2年目の時にUJ大会がボッソンで開催されたんですよ。
そのボッソンで開催された時に、
私が発表させていただく機会をいただきまして、
そこでDIというか、
ワーキングライフバランスとか、
それぞれが輝く形での活動をできたらいいねということで、
その時ハーバードにおられた笹本さんと一緒に、
すごく意気投合したというか、
意気投合してワーキングを作ろうというふうになったんですよね。
それでワーキングをワーキングライフバランスということで作って、
そこのチェアということでさせていただいて、
それが1年くらいして、
そこでぜひUJの代表になりませんかみたいな話になって、
選挙とかいろいろあって代表になった。
そういうような経緯なのかなと私の中では思っています。
なので2年ちょっとですかね。
UJっていうのを多分視聴者の皆様は知らない人もいるかもしれないので、
改めて説明をしてもらってはいいですか。
UJのぜひホームページとか見ていただけるとすごい嬉しいなと思うんですけども、
UJのどういう活動をしているかということなんですけど、
UJは一応留学を検討する方の情報提供支援の場、
あとは海外の日本人研究者のキャリアにおける総合支援の場、
教育科学技術行政機関の情報交換及び連携の場ということで、
2012年の10月に発足してというような形になります。
なので今でも15年近く活動しているような活動になります。
その中でこういったUJの論文書の活動だったりだとか、
留学の勧めというような活動だったりだったり、
キャリアセミナーとスタートアップの支援だとか、
そういったような活動を幅広く行っている団体ということになります。
じゃあメンバーどれくらいかということなんですけど、
直接参加しているメンバーだけじゃなくて、
いろんなコミュニティという形で、
いろんな地域のコミュニティの方々がUJに所属してくださっていて、
そのコミュニティのメンバーを総勢すると
6,000人くらいをつないでいるというような形になります。
サッカーコミュニティも41コミュニティ、
2023年現在で41コミュニティ、今はもうちょっと多いと思います。
というような形なので結構実はでかい団体なんですよ。
なんか分析性別が深いとか、
それってUJで僕1回参加したことがあるんですよね。
そうですそうです。
そういうところで留学のお勧めということで、
留学ってこういう形だよみたいな形でつないだり
というような活動をしているような形になります。
確かなんかStruck Channelも入れるんですよね。
普通の留学したい人とか。
普通の留学されたい方とか、される前とか別にされてなくても
誰でもそのUJの会員になることはできます。
実際もう本当に是非なっていただけるとすごい嬉しいなと思いますし、
海外での研究生活の支援
結構その情報を今やっぱり留学するときに
今のアメリカ事情とかでもビザの状況どうなのとか
実際今どうなのとか、どういう今グラントがあるのとか
そういうこととか情報発信しているので
是非皆さん気軽にというか会員になっていただけると
嬉しいなと思います。
そうかすごいな。
Struck Channelさん結構Struckで毎日のようにやっぱり活動されてますけど
研究しながら、ポストクなんですよね今。
ポストクですポストクです。めっちゃ一生懸命やってます。
めっちゃ大変ですよね。
ポストク研究して、今お子さんもいて。
そうですね。そうなんですよ。
出産を3月末に今したので、今子供を生後6ヶ月ですね。
そういう家族をサポートするみたいなやつはあるんですか?
あります。そういう家族をサポートするっていうので
今年は私も夫が応募をしてくれて
Kのイニシアチブというものがあるんですけども
そちらを受賞させていただいてという形になります。
KのイニシアチブはUGAのいろんなイベントとかを
共済してくださったりとかされてるんですけども
それこそ2代目会長の足立さんが作られた団体でして
一緒に帯同する家族とかもサポートするというような団体です。
毎年4月に応募することができて
それは別に留学中であっても
これから留学するというだけじゃなくても
今から留学するというような人でも
誰でも応募できるというような形にされていると思いますので
そちらの方で私も夫の方が応募してくれて
今年受賞させてもらったというような形です。
結構デカいですよね。
こうやって金額的にもやっぱりサポートしてもらえるのは
そうなんですよ。本当にありがたくて
私自分の家族構成というかお伝えしますと
デイケアの課題
夫がもともと会社員をしてたんですけども
私はアメリカで
なぜアメリカでと思うんですけど
アメリカで私が留学してから結婚することになって
夫が留学というか
今まで10年間会社で会社経営で勤めてたんですけど
こちらに来るという風になって
じゃあどうやって来るみたいな話になった時に
本人もPHDにいつか行きたいと思ってたからっていうのもあって
アメリカの私がいる大学のPHDスチューデントになったんですよ。
PHDスチューデントになったのはすごくいいんですけど
その後私が妊娠して出産するってなったんですけど
結構アメリカのデイケアってものすごく高いんですよ
アメリカのデイケアいくらくらいだと思います?
高いって言ってるからな
5万とかそんぐらいですか?
1ヶ月ですか?
1週間5万なんですよ
1週間5万なんですか?
はい。1週間450ドルなので
1週間で7万ですよね
450ドルだったら6、7万くらい
えぐいな
1週間って言ったらもう5日間ですよ
そうなんですよ。なんで1ヶ月で30万がぶっ飛びます
デイケアも日本って本当に素晴らしい国で
結構そういう風な保障ってすぐあるんですけど
アメリカの場合はデイケアに入ろうと思って
じゃあすぐ入れるかって言われると
全然そんなことはなくてめっちゃ包括しない時なんですよね
いわゆる保育活動
デイケアに10カ所くらい登録して
私もやっと1カ所決まってみたいな形だったんですけど
それまで決まる間の時に
でも決まったのって制度が6ヶ月間で決まったので
それまでどうやって
でもかけて6週間とか2ヶ月で復帰しないといけないですよね
アメリカの制度的には
じゃあどうするかってなった時に
じゃあベビーシッターさんお願いしようってなったんですけど
その費用とかどうしようとか
そうなった時にこの経営のイニシアチブさんが
出す費用を申請してサポートしていただいたっていう形になるので
やっぱりすごくありがたかったですね
いやでかいですね
いやほんとでかいです
情報が働いてるとなかなか難しいですね
いやそうなんですよ本当に
結構そういう意味では
結構早く復帰しなきゃいけなくて
2ヶ月くらいで復帰しないと
保守局としての立場は
私の働いてる場所とか他の場所でもだいたいそうだと思うんですけど
半年間は居場所は保証されるんですよね
居場所は保証されるんですけど
給料出るのはだいたい6週間か2ヶ月っていうところが多いと思うんですよね
じゃあお金がなくなってしまうと
じゃあ生活どうするんだってことになっちゃうので
確かに確かに
そういう意味ではやっぱり
すごくそういう経営論の活動だとか
そういったような活動ってすごいありがたいなと思いましたし
そういうのって情報もまだ入ってこないじゃないですか
そういうUJだとか
そういったようなネットワークを通して
そういう活動があるよっていうこととかを
知れるっていうことも大きいと思うので
そういった意味でも
コミュニティ活動に皆さん入っていただけると
すごい嬉しいなと思ったりしています
そういっていろんな人からサポートを受けたり
経営のイニシアチブから金額的にもサポートいたりして
PostdocとUJの代表として
バランスを保ちながらやってらっしゃると思うんですけど
どうですか
多分楽しいことたくさんあると思うんですけど
楽しいことプラスちょっと大変だったこと
エピソードとか教えてもらってもいいですか
これはですね
やっぱりすごく
ありがたく楽しいこととかすごいいっぱいあって
4月にUJのギャザリングということで
シンシナティで開催させてもらったんですけども
そこの時にやっぱり結構
シンシナティの非日本人の研究者の方々にも
たくさん参加いただいたんですね
そこでやっぱりすごく
いつも働いている方々から
こうやって日本とつないでくれてありがとう
っていうふうにすごい言ってもらえたこととか
すごい嬉しかったですし
私の上司とか今のボスも
すごくそういう活動を応援してくれる方で
やっぱりすごくね
まさかそういう活動をしている代表が
自分のラボのボス族だなんて
すごい誇りに思うよみたいにすごく言ってくれて
それはすごく嬉しかったことではあるかなと思いますね
それいいですね
たまに批判的なPIもいますもんね
そうなんですよ
そこがすごい周りに恵まれてるなって
すごい思うんですけど
結構私の周りの方々とか
ボランティアで活動する
周りにコミュニティに貢献する
っていうことに対して
すごくポジティブな方々が多くて
そういった方々に支えられてるっていうのは
すごい嬉しいことだなと思います
逆にちょっと何が強かったっていうこととしては
結構今までパソコンで仕事をしたりしてたんですけど
結構子供がパソコンを開かせてくれないんです
携帯は開かせてくれたんですけど
パソコンは開かせてくれない
携帯でできる仕事はめっちゃできるんですけど
だから結構受入しないような携帯を触ってたりとか
そういう形で結構
好きな時間を利用して活動できるのは
私の支えにもなってすごい良いんですけど
結構そういうミーティングとか
そういう開催時間とか
そういうのとかもちょっと工夫しなきゃいけないなと
結構自分が出産したりしてから
結構思ってるんですね
確かにそうするね
なかなか人と人との繋がりなんで
時差とかもあるし
なかなかそういうのは大変そうですね
そういう意味でも
直接会うのもすごい大事なんですけど
好きな時に聞けるとか
好きな時に情報を得れるというのは
すごい大事だと思うので
たぶんこういうふうな今されてるような
ポドキャストとかもすごい良いなと思うんですけど
そういう何か
いつでも好きな時に情報を得れるとか
そういうような活動を結構力入れてくると
すごい良いんじゃないかなと最近
子供が生まれてから特に思いますね
確かにそうですね
けど今の段階でも
多分留学したい人だったり留学してる人でも
結構情報を得るのは簡単に得れますよね
ウェブサイトもあるし
困ったらスラックに質問したら
誰か答えてくれるし
そうなんですよ
そういう意味でも
何か上手く活用してもらえると
すごい嬉しいなっていうふうに思ってます
確かに
論文賞について
実際にこの
松山さんが最初UJでやられた
論文賞っていうのに
ちょっと興味があるんですけど
僕らもそろそろ
留学の4年目に入って
終盤なので
出していきたいなと思ったんですけど
論文賞の概要というか
内容
それ何なのかというのを教えてもらってもらっていいですか
もちろんです
論文賞はですね
海外で活躍する若手研究者を支援するために
ノーベルズ科学賞の2010年の受賞者であられる
寧吉先生が審査員を委員長を務める
インディアナ州論文賞として
2014年に始まりました
その後その活動がどんどん大きくなっていって
今現在は全世界で活動されている研究者の方々を対象に
優秀な科学論文を表彰しているというような形になります
こちらの方もホームページがありますので
見ていただけるとすごい嬉しいなと思うんですけども
もともとは結構
毎回各コミュニティだとか
限定して応募してたりというか
部員が限定だったんですけども
今年の論文賞からは
どの分野の方であっても
どのコミュニティに属していない方であっても
応募できるというような形になっています
その中で実際応募する論文としましては
応募資格としては
日本国外で研究に従事している研究者のこと
あとはもう一つUGAのサポーターメンバーになっていただきたい
UJ論文賞の概要
それだけですね
逆に言うとそれだけで応募ができます
あとは応募者が第一著者であること
コファー操作も可能というような形になります
過去24ヶ月以内に公開された論文であると
それだけで応募ができますので
ぜひ皆さんに応募していただけると
すごい嬉しいなと思っています
結構いろんな分野からできるんですか
そうなんですよ
今年はどの分野でもできます
じゃあ人文学とか
できます
今年からが初めてなんですけど
この2026の論文賞は
全ての分野全ての国地域からの応募を歓迎します
それすごいですね
そうなんですよ
結構この論文賞の最近の特徴として
毎回大会長の方針で開催行進に変わっていく
というような形になっていまして
今年は家田大学の方々が中心に運営してくださったんですけども
今年の論文賞の大きな特徴としては
全ての分野全ての国地域からの応募を歓迎します
というような形になるので
ぜひ皆さんから応募いただけると嬉しいなと思います
結構応募簡単そうですもんね
めっちゃ簡単ですね
やることはそんなになくて
ホームページとかでも公開されるようになるじゃないですか
そのページをリンクとして登録するだけぐらいですね
それで分野を選択してぐらいでオンライン申し込みができますので
応募はいつぐらいから始まるんですか
応募は10月10日から応募が開始で
締め切りが11月30日になります
じゃあめっちゃ時間ありますね
1ヶ月以上あるんですね
まだまだ時間ありますので
ぜひ皆さん応募してもらえればと思います
去年アクセプトされた論文でもいいですもんね
そうです
応募締め切りから過去24ヶ月以内に公開されたので
2年間遡れるので
例えば去年までは地域とが限定されてましたので
応募できなかったというような方も
2年前までの論文であれば出せるので
ぜひ今年出していただけると嬉しいなと思います
松山さんのアメリカ留学
留学終わった人でも出せるということなんですね
そうです
留学終わってからでも出せます
いろんな人が出せますね
そうですいろんな方が出せます
結構この論文賞の特典になるんですけど
論文賞受賞された場合は
盾と賞賞状がもらえます
結構かっこいい盾なんですよ
盾かっこいいんですよ
あとはそれプラス奨励賞という形で
将来の若手研究者が発表した研究成果を
両方の今年は受賞を設定しています
受賞された方はそれで終わりというわけではなくて
オンライン受賞式が例年5月にあるんですけども
あそこで受賞者の講師席をたたえ
その研究成果を幅広い分野の方々に宣伝していただく
というのが場になりますし
あとは今年4月で新調で開催された
UJグローバルキャラリング
今年はもう2月にロサンゼルスで開催することが決定しています
そちらの方に参加していただいたり
発表していただいたりとか
あとはそのUJノートとかで
インタビュー記事の掲載をしていただいたり
あとはその再演奏面をというようなところで
発表していただいたりとか
そういったいろんなオプションのイベントがありますので
ぜひそういったところでも
ご自身のご経歴とか発表された論文とかを
発表していただけると嬉しいなと思います
そうですね
ぜひ聞いている方々はぜひ申し込んでみてください
というわけでここまで松山さんの
アメリカ留学とUJとの出会いについて
伺ってきました
今回松山さんのことは僕は知ってましたけど
松山さんがどういうふうに
UJの代表になられたかとか
どういうサポートを受けてきたのか
というのを知らなかったし
UJ論文結構出すの簡単な割には
結構語ってもらえたり
いろんな人とつながれたりするんで
結構プラスが多いなという感じなので
論文が出たら出してみようかなと思います
お願いします
さてアメリカ内のGOLDは
毎週日本時間の金曜日の0時に配信を見ます
番組のご意見ご感想は
ハッシュタグアメゴをつけて
SNSで呟いていただくか
メールホームにお寄せください
皆さんからのコメントをお待ちしています
ここまでのお会いとはNAKAMURAと
松山でした
また来週
36:30

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