どちらかというと、オンラインで会って話をして。
あ、奥さん登場。
ゼロ日コンテ、本当にあるんだ。
でもオンラインで会って何回か、毎日やり取りしてるのかな?
オンラインで会って、やり取りしてるうちにアメリカに来てほしいと言われたので、
飛べして、一回アメリカに行って、会ってその時にも、会ったその日にプロポーズして、
なので交際ゼロ日コンと言えばいいですかね。
会って、今時間経ってるんで。
決め手は何だったんですか?
決め手。
あいつも行く前はプロポーズしようと思ってなかったんですか?
実はですね、会って次の日ぐらい、
オンラインで知り合って、その次の日にもう一回オンラインで話した時にも、
アメリカに来てくれみたいな話はされてて、
実際に行くまでの間に、気になることとか話して、
条件というか。
条件ではないんですけど、違和感がなかったというか、
表裏のない感じで、エネルギッシュで。
でも個人的には、ずっと日本にいらっしゃったわけじゃないですか、
急にアメリカに来てくれって言われて、行きますってなるもんなんですか?
さすがにアメリカに来てくれって、
オンラインで2回目に会った時にアメリカに来てくれって言われて、
さすがにちょっとというか、15分ぐらい考えました。
15分短い。
怪しすぎませんだって、オンラインで。
出会った経緯っていうのも、いわゆるちゃんとした相談所みたいなところで会ってたので、
バックグラウンドとしては、はっきりと情報が分かっていた上で、
お会いしてたので、その辺は心配はしてなかったんですけど、
オンラインで会って2日目か、2日目にアメリカにすぐ来てくれとは、
さすがに思ってなかったので、ちょっとお茶飲みながら考えて、
アメリカに行ったことないし、まあいいかと思って。
行ったことないですよね、速血で来たんですね。
いや、それがですね、そうなんですよ。
なんで速血で来たのかよく分からないですけど、
アメリカに行って、もし会って実際何か違うなと思ったら、
断って帰ればいいし、その分、初めてアメリカ旅行できたし、
いいかみたいな感じで、もうちょっと、結構その辺軽く考えてて、
あんまり深く悩まずにOKして。
で、そこでアメリカに行って、何日ぐらいステイしたんですか、そこに。
その時は、アメリカに4日ぐらいかな、4日ぐらいだけ。
でも、会うためだけに答弁したので、そこはそうですね、
自分の方だとプロポーズの準備と、
あとは婚姻届をどっちで出すかみたいな問題があるんですけれども。
プロポーズが成功するかしないかは、ちょっと置いておく前に、
もう婚姻届のことまで考えてるっていう。
自分のほうは書いておいて。
すごい。
でも、その場で書いてもらわないと、話で進まないじゃないですか。
日本で停止するっていう観点では、確かに書いてもらわないといけない。
アメリカで停止するってなったら、
今度はアメリカに何日ステイしなきゃいけないんだって話になってしまうので、
先にもそれは準備しておいて、
断られたら断られたで、別にこの神川を燃やすだけなので。
確かに。
すごい合理的。
もともとエンジニアだったんですか。
そうですね。もともと金融系のIT企業のサポートとか、
いろいろやってたんですけど、エンジニアと言えばいいですか。
ITエンジニアというのが一番多分適切だと思うんですけど。
エンジニアは10年間ぐらいしました。
なるほどね。
面白いな。そんな結婚の方法もあるんですね。
参考になるか分かりませんけどね。
スピード感はちょっと参考にできるんじゃないですか。
今のNAKAMURA氏の立場としては。
比較的年を30中盤とかそのぐらいでの結婚じゃないですか。
やっぱりそこで選択をしないと多分、
後々もダラダラ言ってたらダメじゃないですか。
そういう点では早い決断の方が多分いいんですよね。
そうですね。
全ての方にそういうのがあって、あんまり分からないんですけども。
自分も確かに似たようなことはちょっと考えてました。
お会いした人の中でこの人って思うような人と結婚するという風に考えたら、
決断は早い方がいいんですけど、ちょっと早すぎましたかね。
でもいい言い方ですから、目に狂いなしだと思います。
多分もう一番いい選択をしたんじゃないですか。
ありがとうございます。
次の質問としては勝手に質問続けてよろしいですか。
婚姻届け、そしたら次どこに住むかってなったら、
舞台はアメリカなわけで、そこを見通してアメリカに住みたいぞっていう気持ちで進まっていったんですか。
それはその時まだ具体的な方法を考えていたわけではなくて、
ただアメリカに来てくれと言われた時に、
例えば結婚した後アメリカに住むってなったとしても、
私がその時勤めてた企業はアメリカの会社だったので、
転属願いが出せば通るというのを知ってたんですね。
なので最悪それが通るだろうみたいな、ちょっと楽観的な見立てで考えてました。
むしろラッキーみたいな、今働いている会社はアメリカの会社だしみたいな。
そういった形で転属願いを出した人というのを自分は聞いてたので、
通るだろうと、その転属願いを出せば通るだろうと思ってたんですが通りませんでした。
通してくれないんだ。
これは会社にも理由があって、
ちょうどコロナの終わりかけの時期に転属願いを出していて、
その当時アメリカの企業、特にIT企業はコロナ終わりでリセッションが来るぞ、不況が来るぞってすごい言われてたんですね。
その不況の準備に入るために、いわゆる雇用も中止するみたいな、
ハイアリングフリーズするっていう話が結構あって、
その流れでその転属願いっていうのを出したんですよ。
どうも役員に却下されたみたいな、そういう流れがあって。
タイミング的に。
そんな感じでした。
じゃあそこで会社に見切りをつけて、こっちに来ようっていう風に変わっていくんですか?
それもなんかいろいろあって、会社としては転属願いは受け入れてはもらえなかったんですけど、
その時の上司の方がすごい親切で、大学院とかの受けるなら推薦状とかは書くよって言っていただいて。
上司の人からそんなこと言ってくれるんです?
いろいろ話はしたんですけど、結婚した後、一緒に住むのにどうするかみたいな、結構してたんですけど。
その上司も転属願いは通るだろうと、今までそれが拒否されたことはなかったので、通るだろうと思って、
結構みんな楽観的に考えてたのもあって、ちょっとうまくいかなかったこともあって、
会社で相談して、こういう形ならサポートできるっていうことで。
なんていい会社なんだろう。
結果的にね。
その時、直属の上司と日本で働いている日本の法人のトップですね。
2人の上司に推薦状を書いていただいて、すごいサポーティブな。
新品って一本ずりですよね。
そうですね。新品IT大学一本でやりましたね。
その前に、上司との会話の中で大学院って言葉が出てくるのが、ちょっと一般感覚だと違和感が少しあるんですけど。
そうなんですか。
大学院っていう選択肢がどこから現れたんですか。
これは佐藤さんのアイディアですね。
もちろん私も大学院に興味はあったんですけど、
具体的にどこのタイミングで大学院を受けたりとかするかとか、
あるいはそれで当然家族を養っていけるかとか、
そういう問題は懸念は出てくるので、
その時点であんまり自分は具体的には考えてなかったんですけど、
佐藤さんは具体的にこういう風にみたいなプランがあって、
さすがだな。
すごいエネルギッシュに。
いや、会長さすが。
確かにだって大学院入ってしまえば、ビザ問題もいけるし、場所も選べるし。
そうですね。
ビザが今度は。
今F1なんですか?
今は私実はグリーンカードも受け取っていて、
それまでは配偶者ビザっていう形で。
J2でも?
そうですね、最初はJ2でした。
学生になれる?
全ての大学でどういう形になってるかは分からないですけど、
これはちょっとNイコール1と言いますか、私個人の話になるんですけど、
J2でも大学院に入れました。
どちらかというと、F1とかJ1よりも制限が緩くなってました。
配偶者のビザで大学に入っている人っていうのは少ないっていうのもあるかもしれないですけど、
登録さえすれば、大学側から何も言われない。
すげえな。
よく1本ずりで受かりましたね。
いや、これも実は。
受かんないですよね、たぶんそんな簡単に。
コネクションもないじゃないですか。
いろんな方に助けていただいて本当に感謝感謝なんですけど、
先ほどの上司の2人以外にも、
まず英語の試験あると思うんですけど、
大学院に受験するにあたって大事な要素として、
英語の試験、それからエッセイがあったんですけど、
まず英語の試験に関しては、もう佐藤さんがスパルタというか、
ものすごくサポートしてくれて、
これも劇的な話なんですけど、
大学院の入学要件の中に英語の試験何点って書いてあるんですね。
実はそのちょうど同じ点数を自分は取って、
それも1週間前は全然それに届かないような点数だったんですけど、
佐藤さんが慣れてないだけかもしれないから、
もう1回受けたらみたいな感じで言われて、
何の気なしにもう1回受けたら、
合格ラインというか、要件にちょうどの点数が取れて。
もともと英語は勉強させたんですか?
勉強してたのかしてないのか分からないんですけど、
自分は座学は苦手なほうだったみたいで、
どちらかというとアメリカの会社に入ってから、
社会人従業員やってたんですけど、
その時のほうが伸びたような気がします。
もちろん大学にいる間も、
私はICUという日本の大学の出身なんですけど、
英語で結構有名な大学なんですけど、
そこで、もしかしたら感覚は、
学ぶことがあったのかもしれないですが、
個人的には、自分の個人の感覚としては、
伸びたのは社会人になってからですかね。
でもある程度、素養というか、
チャレンジできる土台はあったっていう。
普通の方だったら、そこが大きなハードルになるところ。
けどアメリカの企業っていうのもまた運が良かったんですね。
そうですね。運が良かったですね。
運命だったってことですね。
かもしれないですね。
取りました、今。
取りました。
運命だったかもしれないですね。
運命でした、もう完全に。
で、今3年生。
今3年生、はい。
お子さんが、今10ヶ月とか11ヶ月?
今11ヶ月ですね、はい。
そうですね、去年の3月ぐらいになった。
どうでした?
そのアメリカ生活だって、
2年ぐらいして子供が生まれるんですよね。
はい。
結構なんか大変じゃないですか。
しかも学生で。
そうですね。
色々あるんですけれども、
学生という身分での主張家になるっていうところからすると、
意外と皆さん受け入れてくださる感じが、印象がありました。
確かにね、私のこちらにいる人たちで、
学生の時に子供を持ってる、私もその一人なんだけれども、
日本ではとてもレアケースだったのが、
こっちに来ると、私もよ、みたいな。
私自身が普通ケースになれました、アメリカだと。
だから、理解はありますよね。
はい。
なんか、そういうことが、
そういう印象というか、
珍しいことではないという。
はい。
今の指導教官の先生に、
子供の送り迎えがあるからという話をしたら、
理解は示してくれますね。
へえ。
ミーティングも、別にインパーソンでなくてもいいし、
必要な時にオンラインでっていう。
パターナルリーブとかもあるんですか、学生で。
これが難しいところで、大学ごとによると思います。
アメリカの大学って、本当いろいろ大学ごとに特色があって、
そういったルールも、実は多分大学それぞれだと思います。
私の大学の場合だと、大学というか、私の大学院の場合だと、
3週間かな、あったんですが、
結局、自分は取らないままになってしまいましたね。
なるほど、両立しながらっていう。
形に、はい、取りました。
でも、やっぱりテスト期間だったりすると、また変わってきますよね。
確かに。
3月となれば、もう5月で授業が終わるとなれば、
頑張れよ、みたいな気持ちにさせられませんでした?
子供が生まれて、確か2日目か3日目ぐらいに中間テストがあって、
3つのターンがあって、それを受けに。
ただ、妻が出産した病院と大学院が近かったので、
妻の病室から教室まで歩いて帰って、
それは最高な幸せな通学。
で、ミッドターンだけ受けて、帰ってくる、みたいなことをしてました。
いや、けどすごいな。
なんか、学生、どうなんですかね。
今、学生と、さとくさん、ポス独なわけじゃないですか。
なんて言うんだろう、キャリアの両立というか、子育てもあると思うんですけど、
どういうふうに取っていってるんですか。
それぞれのキャリアが重要じゃないですか。
けど、そうも言ってられないじゃないですか。
そうですね、実はこの手のプランに関しては、
さとくさんに任せてます。
自分は中長期的な計画を練るのが、結構苦手な方のタイプなので、
彼女にそういうことは結構任せてるんですが、
共有している認識としては、片方が忙しいことはあるので、
両方忙しいことにはならないように、
なるべくその時期を見て練っていくみたいな話はしてますね。
短期的なところで言うと、
就任でベビーシッターを雇ったりとか、
そういう工夫をされたりしてるんですよね。
そうですね。
経営論イニシアチブさんからいただいた助成金をもとに、
ベビーシッターさんを来ていただいて、
ちょっと子どもが風邪ひいたりとか、
それでも先ほど話したようなテストの準備とか、
課題の提出期限とかあるので、
そういう時にちょっと来ていただいて、
なんとか回せてるという感じです。
しかし、ここで保育園のお金事情に移ってよろしいですか?
多分、リツナーの方はびっくりしますよね。
これね。
びっくりすると思いますね。
1週間に、じゃあクイズ出しますか、お二人に。
1週間におむつをつけているぐらいのお子さん、
例えば生まれたてから2、3歳、2歳ぐらいかな、
までの子どもの料金は1週間いくらでしょうか?
普通に当てにいっていいですか?
1000。
あ、1週間。
1週間。
1週間。
1週間1000。
いっちゃったから、上いっちゃったから。
でも、サンフランシスコ、サンディエゴ、ロサンゼルスになったらどうなるんだろう?
カリフォルニアだと多いと思います。
月3000ぐらいのイメージです。
そうかもね。
そうですね、かなり近いと思います。
近い、かなり近い。
週だと今。
今、週だと460とかなので、460ドルですね。
460。
なので、1ヶ月2000ちょいぐらい来ますね。
じゃあ給料飛んじゃいますね。
そうですね。
すごいでしょ。
しかも1人でですもんね。
1人でですね。
兄弟とかできた場合、今後大変ですよね、もう。
そうですね、兄弟で。
おむつとかが取れてくると少しずつ安くなっていくんですけど、
それでもまあ高いですね。
それでもね。
子供預けるってすごく怖くないですか?
グッドクエスチョンです。
でも、保育園とか決められたところは比較的安心して預けられたなって私は思ってるんですけど。
ベビーシッターとかなんかすげえ不安な気持ちがあるんですけど。
ベビーシッターはピンピンですね。
保育園とかはね。
保育園は州が認定したりとか、あるいは国全体で認定みたいなものがあるので、
そういったところを選んでいただくのがいいかもしれないですね。
ちょっとうろ覚えなんですけど、補活大変だったんでしたっけ?
そうですね、大変でした。
妊娠が分かってから、もうすぐ保育園の予約というか、町ですね。
町に登録するみたいな感じで。
それでも結局子供が入れたのは、子供が生まれて半年くらいですかね、経ってから。
大変な。
大学付属の保育園とかはなかったんですか?
はい、それも検討したんですけど、
その時は確か候補の一つではあったんですけど、
結局その一番最初に空いたところにもう判断しないと、もう次はない。
そうそう。
男として気をつけたところとかあったります?
子育て、特に出産前後もそうですし、
子供何もできないじゃないですか、身体的には。
何か気をつけた、心がけたこととかって、心がけてよかったなっていう。
これはちょっとどういうふうに説明したらいいか分からないですけど、
なるべく最初から育児には参加したほうがいいと思う。
それやっぱみんな言われるんですよね。
これは理由があって、
お母さんはいつのタイミングでも育児をして、
母親として成長する機会があると思うんですけど、
父親の場合は、自分が参加しないって決めてしまうと、
参加しなくても良くなったりする可能性があるんです。
参加しなくても母親がやったりとかするケースがあると思うんですよ。
そうなると、自分がその経験値を詰められないまま子供が大きくなってしまって、
いざお母さんがどこか1日いないですとかってなった時に、
その子を見ることができなくなってしまうんです。
経験がその時点ですでに差がついている。
なので常にお母さんと一緒に子育てを経験し続けるほうが、
家族としていいと思います。
かっこいい。
それすげえな。
かっこいい。
理想っすね。
理想って言うと、多分そうすべきなんですね。
そういうことはどこでいつ習うわけ?
それは佐藤さんに教えてもらったので。
2人の話し合いってこと?
しっかり話し合ってんですね。
毎日とか定期的に。
これに関しては、佐藤さんの仕事の復帰の時期とかも決まってたので、
この時期に計画的に私1人で見なきゃいけない時間があるとか、
例えばそういうこともすべて決まってたので、
その中でじゃあ、妻は承認医療機械だったので、
私よりも当然知識がある、こういった面で知識がある人だったので、
教えてもらいながら、子育てを一緒にやっていくみたいなことができました。
ただこれはちょっと、あくまで妻は詳しかったからできたところもあるので、
でも需要ですよね。
需要。
もしそうじゃない方だったら、多分2人で一緒に、
いろいろ育児のための本とか情報を集めたりしながら、
話し合いながらやる方が多分、
例えばお母さんが熱出した時とかに、
やっぱりお母さんも安心できる環境っていうのはできると思います。
そのなんか、両親教室みたいなやつはアメリカであるんですか?
そうなんですよ。両親教室みたいなのはあると思います。
というのは、その時点で私、妊娠が分かってた時点で、
もう佐藤さんの方針をベースにやるっていうふうに決めてたので、
両親教室っていうのはすごくサポーティブだと思うんですけれども、
結局、自分の奥さんと子供が一番幸せな形でサポートする、
父親がサポートするとか、サポートするのが多分正解なんだろうと、
僕は勝手に思い込んでたので、
なるべく一番知識のある、人生経験のある佐藤さんに寄せる形を取りました。
そうじゃない方は多分、両親教室に行って、
いろんな方の意見を聞いた方がいいかもしれないですね。
そういうのがあるっていうのがいいですね。
イリカさんはどうでした?
昔のこと過ぎて、今全然思い出せないでいるんですけれども、
日本で出産をし、そしてアメリカで2人出産をしと、
日米の比較ならばできるかなと思うんですけれども、
どう違うんですか?日米で。
何もかも違っていて、
日本で、私は佐藤さんのような知識があるタイプではなかったので、
日本でいろんなことを本を見て覚えたんですけれども、
研究者している中で、
母親向けの本っていうのが、
ここであまり毒を吐きたくないのですが、
大変科学的ではなかったと。
お母さんになるためにという、特に20年前ですからね。
お母さんになるためにで、
そこにはやっぱりお父さんっていう存在は、
ただのサポートっていう存在で出てくるし、
なかなかちょっとサイエンティストとしては、
理解ができないくだりが多いことで、
私はとても嫌な思いというか、困ったなと。
私にぴったりな本はないだろうかと思い、
ここはちょっと話が大きくそれるんですが、
私は当時、お猿さんの研究が好きだったんですね。
私の研究ではないんですけれども、
人が人となっていくために、
猿が猿として生きていくためにっていう、
人類の謎っていうものを、
猿に見出そうと思ってた大学院生の時代だったので、
それは私の研究では決してないんだけれども、
特にその時、今最近亡くなったチンパンジーのアイちゃん。
アイちゃんの研究をずっと追いかけたんですよ。
兄弟の。
兄弟の。
アイちゃんの研究が一番私の子育てとマッチしております。
一生懸命母になるためにというか、
科学者としてというか、
人として子供を育てるってことに、
自分なりに真剣に向き合ったのね。
すごい変な方法だったと思うけども、
それは実際は私の達さんもそういうことが大好きで、
私たち動物学をずっと勉強してきた間だったから、
ものすごく納得いきましたね。
一つの命を育てていくっていうことに対して、
一緒に勉強していって、
私たち独自のものの考え方っていうのを見出して、
すごく楽しい経験でした。
だから気持ちは分かります。
一緒に勉強していく。
一緒に関わっていくっていうことに関しては、
楽しかった。
全然それは誰かに参考になるN1です、本当。
話ではないけれども、
お二人の共通の趣味がありました。
変な話してるんだけどね。
一個なんか疑問に、
まだ子供がいないの分かんないんですけど、
母親って子供がお腹の中にいるから、
母親としての自覚はあるじゃないですか。
父親って父親としての自覚というか、
子を持つ親っていう、
どういう時に自覚を持ったりするんですか。
やっぱり子育てを一緒にするっていう。
社会的なことだから、
営みとしては社会的な営みで、
やっぱり教育が必要な分野なんだと思うんです。
昔とかやっぱり、
僕は昔とかやっぱり手伝う。
男性は子育てを手伝うっていう表現じゃないですか。
今お二人は一緒にするっていう。
別にどっちがメインでやってるわけでもなく、
二人でやるっていうので、
そういうのはやっぱり、
佐藤さんがしっかり話し合ってくれる人だから、
そういうふうに一緒にできたっていう感じなんですかね。
そうですね。
それは本当に大きいと思います。
父親になるのをいつ実感するのかっていう話なんですけど、
実はまだあるのかないのか、
ちょっと自分でもよく分からない感じで。
少なくとも子供が生まれるまでは、
それはありませんでした。
私の場合はですけど。
ただ子供が生まれた後、
そうやって関わっていくうちに、
そういう自覚というか、
自分の振る舞いの中に変化が起きるんですね。
例えば、極端な例で言うと、
じゃあ今日仕事終わりました。
夜、同僚に飲みに誘われてます。
でも子供を何時までに寝かしつけないといけないから、
今日は早上がりで6時まで飲んで帰りますとかで、
その代わりちょっと遅くなったから、
奥さんと交代して、
自分が寝かしつけやるねみたいな。
多分そういうことを考えるかどうか、
考えるようになるんじゃないかなと思う。
自分の生活の中に、
そういう子育てというものが入ってくるっていう。
子供のことが頭の片隅に常にあるみたいな感じです。
なるほど。
だから自分だけの人生じゃなくなるってことなんですね。
もちろん自分の人生もあるんですよ。
でも自分の人生と一緒に子供の人生もあるみたいな感じですね。
かっこいい。
言うこと言うことかっこいい。
でもそういうことを、
佐藤さんに出会ってから、
たくさんの決断があったんですね。
会社を辞めてこっちに来るとか、
結婚して子供を産むとか、
で、アメリカの大学院に入るとか。
その決断それぞれ、
やっぱ15分ぐらいで決まっていくんですか?
確かに結婚に関しては15分で考えたんですけど、
それ以外のものに関しては、
佐藤さんのアドバイスというか、
影響を受けているところがあるので、
必ずしも自分が判断したというよりは、
まあそうなっていくよねみたいな感じな。
そうならざるを得なかったっていうのもあるかもしれないですね。
そうですね。
表裏一体みたいな感じですよね。
そうせざるを得なかったという側面もありますし、
そうすることが最も良い道だというふうに、
自分が信じられるだけの情報が揃っていたということでもあります。
合理的にどんどん進んでいっている感じなんですよね。
まあけど、しっかり2人で話し合っている感が良いですよね。
うん、すごく良い。
やっぱ大事なんですね、夫婦のコミュニケーションって。
達さんとゆかさんも仲良いじゃないですか。
仲良いです。
だから、やっぱずっと話し合ってきたんですね。
たぶん子育てとか普通の生活とかそういうのに関しても。
そうね。
だけれども、
いろいろな形って選択肢の中に出てくるじゃないですか。
例えば、仕事が日本にできちゃった。
だから日本に帰らなきゃいけない、どっちかが。
でもこっちはアメリカにいたいとかなったときに、
どういうふうに選択していくかっていうのは、
やっぱりその人の人生だし、
たくさんの例を私たち見てきていて、別々に暮らす人もいれば、
どちらかが違う方向に進むだとか、
そういうフレキシビリティっていうのは、
話し合ったり、時間が解決したり、
後から良かったと思えるかどうかは、誰も分かんないですよね。
そうですね。本当に今選ぶことが間違いのように見えて、
実は後から正解になっていくケースっていうのもありますもんね。
このセリフすごいね。
いいなぁ。
やっぱ社会人10年やってるだけのことはありますよね。
なんか受け答えが大人なんですよ。完全に。
かっこいいわ。
ちょっと失礼な言い方です。
今、めっちゃ上から目線で言っちゃいますけど。
けどやっぱこういうお父さんになるべきですね。
本当に大参考になるね。
いろんな方にアカデミアの世界に入ってきて、
いろんな方にいろいろ教えていただいて、
本当に今こうやって成長できる環境があって、
本当に感謝です。本当に。
UJでも活躍されてるじゃないですか。
活躍してるか。
大活躍ですよ。
佐藤さんも会長ですし、しっかり会長のサポートといいますか、
活動しやすいようにいろいろオーガナイズとか、
今回もされたじゃないですか。
そうですね。今回のグローバルギャザリングのほうでは、
ドキュメントの管理とか、ちょっと予定はなかったですけど、
当日の設営とかのお手伝いもさせていただいたりとか、
いろいろIT関係のところはサポートのほうに入らせていただいてました。
強いんだ、だから。
そういうのもあったんですか、裏で。
そうですね。
俺がスライドをリンクからアップしなかったっていう。
クソムーブ。
スライドとかもそうなんですけど、
当然、これも私も勉強になったことなんですけど、
会社と違って、こういった研究者の団体ですと、
いろんな研究の経歴とか、あるいはポジションとかで、
この人が偉いとか、この人に来ていただいたとか、
いろいろ複雑な関係性があるので、
そういった人たちに合わせて、
もちろんスライドのアップロードとかのフォームも作るんですけど、
手渡しとかでも受け入れ可能なように、
インフラを考えていくっていうのは、
会社にはない考え方で、結構参考になりました。
会社だと、お金を会社からもらっているので、
じゃあ、みんなある程度期待されている役割があって、
それに応えなければいけないって決まっているものがあるんですけど、
そういうものがない中で、
インフラを構築するっていうのは、
一つの楽しみかなとは思っています。
いや、すごいですね。
だって、これUJギャザリング、今もう終わりに近づいてますけど、
結構な大成功ですよね。
そうですね。今回は総勢約150名の方ですかね、
いらしていただいて。
僕、初めて参加したんですけど、なんか、
すげえいい会でした。まだ終わってないですけど。
オーガナイズしていただいたカリフォルニアのグループの方に本当に感謝と、
UJの理事の方や、サポートをいただいているスポンサーの方に本当に感謝ですね。
ありがとうございます。
今後どうなんですか。博士課程を終えた後っていうのは、
どういうことを考えているんですか。
難しいですね。
自分のキャリラ、一旦佐藤さんと子供を置いといて、
自分のキャリラ的にはどういう風になっていきたいとかっていう夢とかはあるんですか。
そうですね。
まあけど、アカデミアに行くのか、企業に行くのか、
そういう漠然とした選択肢というか、
そういうのは、アメリカの頃、日本はそれは状況によって変わるんですけど、
まあけど、アカデミアか企業か、多分どっちかじゃないですか。
それは、なんか、まだ決めてないとか、
それともどっちかが好きなの。
どっちかな、アカデミアかな、みたいな。
どっちですかね。
個人的には、企業に行ったほうがコンピュータサイエンスの先行なので、
給料は見込みがいいなと、
第一がいいなと思っているんですけれども、
ここがまた難しいところで、
企業に行ってしまうと、多分、
研究の内容とか、もしかしたら研究をやらないかもしれないですよね。
求められている役割はそこじゃないかもしれないので。
っていうことを考えると、
じゃあアカデミアに残って、
自分の研究っていうのを突き詰めたほうがいいのか、
どうしようかなと、いろいろ考えながら、
4年生、5年生をやっていこうかなと思っているところです。
今後楽しみですね。
とりあえず、まず卒業を取らないといけないっていう。
まずはディグリーから頑張っていきたいと思います。
また今後ともUJで関わりありになると思いますので、よろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
ありがとうございました。
この配信は海外日本人研究者ネットワークUJへの応援でお送りしました。