アメリカからこんばんは、NAKAMURAです。
この番組では、アメリカ研究留学4年目を迎えた私、NAKAMURAがゲストとお話しながら、
アメリカ留学の魅力を再発見し、大きなあなたにおそわくすることを目指しています。
今、撮っているのは2026年ですけど、
2025年の終わりに、我らさん家で蕎麦を食べたんですけど、
やっぱり日本人といえば、蕎麦ですよね。年越し蕎麦を食べるんですけど、
アメリカ人って何してるんだろうっていうのを、友人とかに聞くと、
やっぱり家族で集まって、本当にチキンとかそういう系を食べて、
家族で過ごすっていうのがあって、
特に特別な食べ物はないっていう風に言ってたんですね。
で、僕らは年越し蕎麦なので、今回、年越し蕎麦屋さんがこのジャパンタウンのあたりにあって、
その蕎麦屋さんが年越し蕎麦を夜8時から売り出すっていう。
その話したことない。
あれ知った?あ、マジ?
うん。木寺先生前半編で。
あ、マジか。じゃあダメだ。
2軒はしごした話。
あ、ダメだじゃあ。
でもさ、アメリカの人に聞いてさ、特別なものはないって言ってたの。
そう、なんか特別に、一番アメリカ人にとってデカい休みっていうのは、
サンクスギビングとクリスマスだって言ってて、
そこはやっぱり違うよなっていうのと。
そうだよね、だってサンクスギビングだったらさ、七面鳥ターキー食べるとかさ、コーンブレッド食べるとか特別なタイプもあるもんね。
ただ最近食べないらしい。
あ、そうなの?
流行?でもなんか美味しくないじゃん、ターキーって。
思ってる、期待したほどではなかった。
てかなんかみんなやっぱチキンも食べるらしい。
あ、やっぱそっちなんだ今。
少なくとも俺の周りの若い子たちは、みんなもう七面鳥は食べないって。
あ、そうなんだ。
日本人だけじゃないんだね。
日本人も七面鳥なんか悪くはないけどね、まずくはないけど。
なんか僕それこそ、2024年にアメゴンにも出てもらった古川大井亭で、
サンクスギビングパーティーやった時にターキー焼いたんですよ。
で、クランベリーソースっていうのが食べるのが一般的だからってことで食べたんですよ。
みんな首かしげてて。
クランベリー合うんかな?合っちゃうんかな?
甘みが程よく。
ちょっと甘いくらいの。
そうそうそうそう。甘酸っぱい感じになって。
まあまあこれはこういうもんなんだなって感じですけど。
一回くらいなんかそういう、何て言うんだろうな。
オールドスタイルというか。
まあローカルなね。
ローカルなサンクスギビングを一回味わってみたいなとか思いつつ。
そんな感じで多分今回のゲストさんはエスノグラフィーって言うんですかね。
エスノグラフィーって簡単に言っちゃえばその国の文化に溶け込んで
実際にそれを体験してみるみたいな感じだと思うんですけど。
そういうのをやってらっしゃる先生なので。
アメリカにいる間にやっぱりそういうのも一回くらい。
繋がりがね、なかなかないよね。
サンクスギビングって家族で集まるんですじゃん。
僕らみたいなポス独みたいな。
スモールチームの留学だと企業とかはまた別として。
あんまりご家族のところに上がるとかってないですよね。
そうなんだよね。
クリスマスもなんだかんだ。
サンクスギビングは、サンクスギビング何やったっけ?
集まったっけ?日本人って。
集まってないんじゃ。
なんかやってたんじゃないですか。
お好み焼きやってたんだ。
俺も行ってない今。
行ってないんだ。
俺もその日は研究室の仲良い人たちとお昼ご飯を食べに行った。
いいですね。
もうそれだけで。
それこそローカルの話だと、
我々の仲良し35歳、右に行くか左に行くかのマキさんが今年アメリカにいらっしゃって、
上司の人だったかな、会社の。
呼ばれてたね、ポッドキャストに。
そうそうそう。
DCまで行って、ローカルのサンクスギビングだったと思いますけど、
を過ごしたみたいなエピソードがあるんで。
やっぱそうだね、上司だよね結局ね。
上司が誘ってくれるかどうかで。
そうですね、うちも上司アメリカ人ですけど、誘ってくれないんで。
うちも誘ってはくれないんで。
でもどこかでそういう体験もできるといいですよね。
こんな感じで、今月1月のアメ号は日本人研究者のサバティカルをテーマに、
現在サバティカル制度でアメリカにいらしている日本の大学で活躍されている研究者の方をお迎えします。
第4週も明治大学国際日本学部専任準教授で、
現在スタンフォートでサバティカルをしていらっしゃる間島亜佑先生をお迎えします。
アメリカンナイトGOLD。
改めましてNAKAMURAです。今回のゲストも先週に引き続き間島先生です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
簡単に自己紹介の方をお願いしてもいいですか。
明治大学国際日本学部専任準教授として、
国際的日本研究を行っております。
2014年に肌ゆるの憂鬱近代日本の人種体験という本を中高総書から出しまして、
簡単字版の翻訳も出させていただいて、
今スタンフォード大学に在外研究でお世話になっております。
よろしくお願いします。
お願いします。
浦勝さんが多分この情報は全て概要欄かどこかに貼ってくれると思うので、
ぜひ皆さん読んでみてください。
ありがとうございます。
今はスタンフォードでサバティカルという中国制度で来ていらっしゃるという話なんですけれども、
サバティカルというのは、僕ら理系であまりポピュラーではないので、
簡単に制度を説明していただいてもいいですか。
大学によって違ったりすると思うんですけれども、
明治大学では在外研究制度がありまして、
一定期間仕事をしたして、
それで海外に見て研究生活を過ごすという制度があるんですよ。
それで私がアプライした頃は短期と長期というのがありまして、
それで今回短期でさせていただいております。
在外研究ってあまり聞かないですか。
ワードとしては知ってますけど、
多分僕らの分野でそれをやっている先生はあまりいないですね。
そうなんですね。
なので私は今サバティカルでスタンフォードでお世話になっております。
短期っていうのはどのくらい短期なんですか。
半年なんです。
結構長いっちゃ長いですよね、半年だったら。
そうですね、そうかな。
その間は日本のラボは閉じてるって感じなんですか。
文系って研究室はありますけどラボはないんですよ。
ネズミの実験とかもないですから。
確かに文系の研究室ってよくわかってないですね。
研究室っていうのは部屋があるんですか。
一応オフィスあります。
基本的には一人作業ですよね。
共同研究とかのスタイルもありますけど、ラボはないんです。
先生の部屋に学生さんが集まってやるみたいな感じですか。
学生さんが集まるときもありますけど、
本的には文系とステム系の大きな違いって
多分ラボの利用なんだと思うんですけど、
基本的には個人研究がメインですね。
独自にやっていくっていう感じなんですね。
その間は半年だったら学生さんが頑張ってねっていう。
ゼミ制は春学期にまとめて秋の分やりました。
申し訳なかったですけど。
だから今学期はそれぞれ、
例えば修書活動なりなんなりということで、
GDSでっていう学部祭も教員なしでやることになって、
ゼミ調とか大変だったみたいで申し訳なかったんですけど、
そんな感じで春学期にまとめてやりました、秋の分は。
例えば、よく知られたことでは、やっぱりパロアルトってすごく競争が激しすぎるので、
高校生の自殺の問題っていうのは何十年も社会問題になってるんですね。
要するに、その競争っていうものが子どもたちだけの問題じゃなくて、
親御さんの問題でもあって、
そうすると人間というものが人間というよりも、
数値化された価値に依存してしまうっていう傾向が、
やっぱり日本でも受験の問題でずっと言われてきたことですよね。
国力問題もそうですけれども、
それが相当なレベルで深刻な競争と化してるのがこのパロアルトなんですよね。
だからいろんなドキュメンタリーも出てますし、社会問題としても知られてますし、
異常なハイパーコンペティションっていうものがもたらすものとは何か、
その先にあるものは何なのかっていうことを、
このベイリアで考えたいっていうところが大きな一つの問題意識にあるんですよ。
なるほど。今それをこのスタンフォードで研究されてるっていう感じなんですね。
そうですね。いろんな研究室のプロジェクトがあるんですけれども、
その一つはそういう点に関心を持っています。
その関心に至った経緯っていうのはどういう経緯があったんですか。
そうですね。これ話すのも長いんですけれども、
競争の先に人間の幸福ってあるのかっていうのがすごく大きな関心にあるんですね。
勝ち負けっていうことに、勝つ人がいるっていうことは負ける人がいるわけですよね。
人間が果たして勝つっていうことに本当に幸せを感じるのかなと。
例えば富の話を言いましたけれども、富によって幸福を得るのであれば、
富によって本当に人間というのは満ち足りることができるのかっていう問いが、
今テックジャイアントたちの流れを見てても大きな問いになってるんじゃないですか。
っていうところが一つあって。
幼少期からやっぱりそういう競争に晒されるっていうことはどういうことかっていうと、
やっぱり親からの条件付きの愛っていうものに、
いかに向き合っていかなきゃいけないかっていうことにも向き合っていかなきゃいけなくなるんですよね。
子どもたちは。
そうするとここまで競争が激化して、例えば学歴問題、レガシーの問題もそうですよね。
アメリカの大学のレガシーを廃止するかどうか問題って今いろいろ廃止してるところもありますけれども、
やっぱり根深くて、そういったところもですね、学歴や富の再生産っていうところで何が起きてるかって考えたときに、
ここまでその富の格差、経済格差、そして教育の格差っていうものができていく過程で、
じゃあ恵まれているから幸せなのかって考えると、
決してそうとも限らないっていうところが一つの仮説としてあるのが、このパロアルトで考えられることなんだと思うんですよ。
親がどれくらい経済的な資本があって、社会資本があって文化資本がある。
それが逆に子どもたちにとって大きなプレッシャーになってるっていうことが一つの特徴なわけですよね。
そこでね、私の根本的な問いは、
どれだけ私たち人間は、この社会で無条件の愛というものをどれだけ体験できるのかっていうところが一つの鍵でもあるんですよ。
結構、その研究テーマ難しいなって感じるんですけど、
愛とか幸福とかって結構抽象的なものじゃないですか。
そういうものを研究するっていうのは、実際にどうやって、
方法論はどうやってやるのかなっていうのが気になるんですけど。
そうですよね。でもね、エスノグラフィーなんですよ、今やってるの私。基礎調査みたいな感じなんですよね。
だから、幸せをどうやって測るのかというと、
方法論とかっていう話になっちゃうと、
どこまでどうやって話せばいいのかなって。
例えば、そのプロジェクトを進めるにあたって、
こっちにいらっしゃって何かをしてるわけじゃないですか。
取材でしたりとかフィールドワークとか。
その辺の具体的にどういうイメージがあまりつかなくて。
じゃあ、その話すればいいですか。
私はですね、基本的には学際的日本研究っていうものをやってるんですけれども、
こちらのスタンフォードに来て、今後の研究プロジェクトの一つとして、
基礎的にエスノグラフィーを始めてます。
それを具体的には、このエリアのいわゆる富を獲得された人たちの
幸福感ですとか人生感ですとか世界観っていったものを、
インフォマルインタビューを通じて行っているっていうことをしています。
ですから、ビジネスで成功された方々や、
AI関係のCEOですとか、弁護士ですとか、
そういった方々でここに長く住んでいる方々に密に会って、
エスノグラフィーをやっているっていうところですね。
今、基礎的なところ、今後の研究プロジェクトに向けて、
基礎的な調査をし始めているっていうそんなところです。
ですから、人と会うことがかなり多いですね。
エスノグラフィーっていうのは、やっぱりそういうコミュニティみたいなものに入り込んで、
実体調査を行うみたいな感じですかね。
そうですね。
なので、人に会うことがかなり多いですね。
ほとんど人に会っているっていう。
そういう人に会うっていうのは、どういうきっかけで会うんですか。
つながりで広げていくんですか。
そうですね。
幸いなことに、私、初めに申し上げた、
父の元ビジネスパートナーがこちらにいるんですよね。
だから、その方を通じて交流ネットワーク、
いろいろお話を伺ったりするだけではなく、
あとは、夫の関係者、元同僚ですとか、そういったネットワーク。
で、私が元々会ったネットワーク。
それで、AIのCEOはヨガのクラスで会いました。
だから、そういうヨガみたいな娯楽と言いますか、
そういうのにも積極的に参加しに行って、チャンスを逃さないって感じですか。
それは、研究のためのところもありますけど、
本当にたまたま隣でヨガしたんですよ。
すごいな。
で、隣でかなり活躍されてるAI関連のCEOで、
それですごくいろいろ教えてくれてます。
そういうチャンスを自分の研究に変えるっていうのはやっぱり、
パールアルトだからできることっていうことでもあるかもしれないですね。
それは本当にそうですよね。
それはそうだし、人と関わることで、
学べることっていうのがかなり多いので、
私はこの短い滞在ではそれにすごく注力しています。
この6ヶ月の間でやるべきことは、
そういう繋がりを作って、実体の情報をどんどん集めていくっていう感じなんですかね。
そうですね。
特に先ほどNAKAMURAさんが問いかけてくださったように、
その研究ってどうやってやるのっていうね、
かなり抽象度が高いテーマじゃないですか。
すごく抽象度が高いんですけれども、
しかもこれだけYouTubeとかPodcastとかソーシャルメディアとかかなりあって、
そこに出向かなくてもある程度わかるようなところっていうのもあるのかもしれないんですけれども、
実際こっちに来てですね、やっぱりリアルにローカルの人たちと関わって、
そういうところですね、何が一番私にとってすごく印象的かっていうと、
間だったり、言葉選びだったり、これを言うときに何か詰まるとか、
そういう言語化されないような感情のところっていうんですかね。
そういったところを感じることができるって、
そこから私が得られるものってすごく多いんですね、自分の研究に。
なぜかというと、私、心ね、メンタリティとかマインドセットっていうものを一つのテーマ、
大きな主軸としているので、水主研究もそうなんですよ。
水主研究も日本の生活文化家族神聖っていう心ですね、心の性質の研究をやってるんで、
そしてその心が利用っていうものが、たぶんその行間だったり間だったり、
視点だったり振る舞いだったり、そういった言語化されない空間で共有されているものっていうところに、
すごく私は大きな情報を得れるところがあるので、そこをすごく大事にしてます。
なので、インタビューしますっていうよりも間をすごく大事にしてるっていうんですかね。
たぶんそれは、僕もそれをやらないといけない感じですね。
そうですか。
ただインタビューするというより、僕らからするとその人の巣を引き出すというか。
このポッドキャストで。
僕の場合はたぶんそうですね。
ちょっと研究の話で差し支えなければいいんですけど、今のこのパロワールとサンフランシスコの状況って、
かなりAIの企業にとっては、ものすごい世界最大規模の競争が起こっている状況だと思うんですけど、
そういう中で富と幸福を巡る問題を取材していくのって、学術的な価値がかなり高いというふうに考えた方がいいんですか。
それとも何かかなり得意点みたいなものを見ているっていうふうに考えた方がいいんですか。
私はその学術的な目的でこれをやってるという意識はなくて、むしろその学術的な目的っていうよりも、
先ほどおっしゃられたように、ここで起きてることっていうことが、一瞬にして世界に影響を与えるわけじゃないですか。
それが今後人類、この人間社会なり地球がどうなっていくのかなっていうのを、私はこの肌で捉えたいっていうところに関心があるんですよね。
なるほど。
それがいずれ学術的な活動に生かされることも多分にあると思うんですよ。
なので私はあくまで今ここでやっているのは、今後のプロジェクトの方向性も含めた意味でのかなり広い視野での基礎的な調査というと、すごく学術的っぽく感じるんですけれども、
今後私が日本っていうものを地球規模で捉えていく視野を構築するための一つの大きな材料にはなってますよね。
要するにだいぶざっくり言ってしまうと、世界を一瞬で動かす人たちのマインドセットを私は見たいと思ってるんですね。
で、そのマインドセットが世界をどう動かすのかっていうところを究極的には見たいと思ってるんですよ。
なるほど。
で、それが私の問題意識というか、学生的日本研究の捉え方ってウェザーニュースで捉えると、台風の目みたいにぐるぐる世の中が回っていて、
そういう中で日本を見つめるっていう捉え方ですかね、あえて言うと。
で、その日本っていうのはあくまで止まってるわけじゃなくて当たり前ですけど、すべてが有機的につながり合ってるので、
その有機的な連鎖っていうものを決定的な影響力を持っているこの米エリアで見ておきたいっていうところが一つあります。
なるほど。台風の中心で起こった変化が日本にどう波及してるかっていうのを。
要するに気象みたいにですね、すべてが有機的に動いてるじゃないですか。
それの確かに圧倒的な影響力を持っているのがこのエリアで、でも圧倒的に影響力を持っているのは根源的には人なわけですよ。
AIを作り出してるのも人、ストーリングを作り出してるのも人、その中で熾烈な競争に挑んでる人たちも人。
その人たちが何を求めているのか、何を目指して、何を得たいと思っているのかっていうところを私なりに捉えたいっていうところなんですね。
そこが富なのか、幸福なのか、それとも他のものなのかみたいな。
そこが根源的に言うと、競争っていうものが果たして人間社会に何をもたらしているのかっていうところが、
先ほど申し上げたパロワールドの問題や日本の受験問題、日本だけじゃないですね。
そして数値化されていく人間というものの価値をめぐるもので、そして究極的には条件付きの愛にどう向き合っていくのかっていうところに繋がっていくっていうことなんですよ。
だから実は全てが繋がってるんですね。
結局親御さんたちも無条件に愛してるんですよ。子供としてはね。
だけど、どれだけその子というものを理解できるかっていうのは別問題なんですよね。
その中で、やっぱりこの社会で生きていくためには、例えば中児問題って学生もやってるんですけども、どんどん受験も低年齢化して、
やっぱり小さい頃から将来の受験に備えて、改革に備えてって逆さわっていく親の愛としてね。やるわけですけども、それが結局子供に対しては相当なプレッシャーになるわけですよね。
子供ってやっぱりバカじゃないから、親が自分に何を期待してるかっていうのはすぐわかるわけですよ。言わなくたって。
言わなくてわかるわけですね。そういった時に、やっぱりそれがどれくらいのプレッシャーになって、それがどれくらいのその子の人格形成なり人生観なり世界観に影響を及ぼしていくかっていうことの問題ということまで通じてしまうっていうところなんですよね。
マクロはミクロに通ずと言いますが、かなり大きな視点でその競争っていうものをどう見ていくのかなって、このハイパーコンペティションが当たり前に繰り広げられているこの米エリアで人々はどう向き合っているのかなっていうところが私の一つの大きな関心ではあるっていうところですね。
そういう大きいクエスチョンに対してピースをどんどん集めていってるっていう感じなんですね。
そうかもしれないですね。
あと、やっぱり競争の果てに、果たして心の平安っていうものは存在しているのかっていうところでもあるし、心の平安って言った途端にね、それはスピワークだからっていう風になっちゃいがちなんですけれども、どこに向かっているのかなっていうところがすごく私の関心にあります。
それはやっぱり先生がそうやってやっぱり動力されてるというか、外に出てどんどん自分の情報を集めたりそういうことをされてるからっていうのもやっぱりあるかもしれないですね。
情報を集めてるっていうよりも、
人との繋がりというか。
なんか一人一人の関係性が深いっていうか、すごく一般化はできないですけど、
人生に生きてる、じゃあ日本に人生に生きてるっていうか全然そんなんじゃないですけど、
なんていうのかな、ノイズがやっぱり少ないですよね。
NAKAMURAさんともちょっと話しましたけど、ノイズが少ないんじゃないですか。
集中できる環境が揃ってるみたいな感じですかね。
ノイズも少ないかもしれないし、確かに皆さんよくしてくださってるっていうところも多分にあると思うんです。
多分にあると思う中で、その真剣さっていうものもやっぱりあるのかなって。
ちょっと言葉どうやって選んだらいいかわからないんですけど、一瞬一瞬すさまじい真剣さで生きてる人たちが多いんですよね、ここ。
確かにそうしないと生きていけないっていうのもあるかもしれないですね。
そうしないと生きていけないっていうところもあると同時に、邪魔なものを見ないっていうところもあるんじゃないですか。
ちょっと3時間で言い切れなくて、ちょっと名残惜しいところあるんですけど、
なんて言ったらいいんだろう、表現としては、本気で生きてるって言うんですかね。すみません。
いやいや、なんとなくわかります。
本気で生きてるから、ある意味でも飾られなくていいところが、言い訳も不要っていう、なんていうのかな。
ちょっとこれね、もっと説明が必要なんですけど、本気で向き合ってるっていうところに安心感があります。
うん、なるほど。安心感ですね。
いや、なんとなくわかります。
なんかね、飾らないでいいんですよ。
僕も言葉にはできないんですけど、ニュアンスとしてはなんとなく伝わります。
本気で生きてるっていう、だから日本社会が本気じゃないって言ってないんですよ。
じゃないとは言ってないんですけど、NAKAMURAさんにちょろっとね、多分私次のエッセイで書こうと思ってるのが、
やっぱり評価圧、女性としての評価圧が低いっていう話とか、こうあるべきとかね、そういうのが求められてなくて、
本気で何考えてんのっていうところが求められてることが、
確かにな。自分らしく生きていけるというか。
本当に象徴的な恥ずかしい話なんてあれなんですけど、
AIのCEOをね、私ヨガクラスで会ったって言ったじゃないですか、
朝9時のヨガだったんで、すっぴんで行ったんです。すっぴんボサボサ。
パジャマみたいな格好で行ったんです。
本当恥ずかしいんですけど、体に肩こりのなどがあったんです。
それで行って、本当にどすっぴんで行って、隣に座って、話し始めて、話盛り上がって、
それでヨガやってたんですけど、ホットヨガだから暑いんですよ。
だから単独みたいになって、それでヨガのポーズでこっち向きになったら、
私の背中が丸出しだったわけですよ。
肩こりが張っちゃってる。もう死ですよね。死。
私はもう2度死んだんです。そこですっぴんで死んだ。
ヨガのポーズで肩こりパッドで死んだ。
もう2度死んで、ホット死んで思ったのに、彼は全く笑顔をかれず、
連絡先交換してって本当に爽やかな笑顔で、
その後私が化粧してヨガに行こうと、何だろうと、全く変わらないんですよ。
それってね、私の人識問題って言われちゃ終わりなんですけど、
多分日本だったらあんまりこういうことないと思うんですよ。
確かにな。何か言われそうですよね。態度も変わるだろうし。
それで彼と話すことって、本当に本質的な本当に確信ついた話しかしないんです。
で、関係ないんですよ。
すっぴんだろうと髪ボサボサだろうと、何考えてて何をやろうとしてて、
そこに関心があるんですよね。
何を考えてて、どういう考えを持って、どういうアイデアを持ってんのって。
だから私に肩こりパッチがよく貼ってあったって、
全然関係ないっていうか、わからない。私が思ってるだけかな。
あんまり気にしなさそうですよね。こっちの人は。
全然気にしてない。
確かに確かに。そういう点ではだいぶ違いますよね。日本とは。
そうですよ。だって東京でそんなことしたら、
どれだけディスられるかって思いますよ。本当に。
確かにそうだな。
余計なことも考えなくていいって意味でノイズが減る。
そういうことです。余計なこと考えなくていいんですよ。本当に。
確かに。それはそうかもしれないですね。
いや、男子あんまりね、わからないかもしれないですけど。
僕らも日本だとワックスとかつけるじゃないですか。
ワックス?髪?
はい、整量。
整髪量ね。
つけなくなりました。こっち来て。
そうですよね。しかも目線もそっちにいかないの。
身なし並みに別に気をつけてないわけじゃないですけど。
そこは確かに気にしなくなりましたね。
そうなんですよ。だからすごい嬉しい。
嬉しいです。私純粋に。だってその肩こりパッドに目がいかないんだもん。
だって多分ね、日本だと、え、何ちょっと美容院行ってないの?とかね。
目線が頭に行くとか、何その服とか。
なんか目線がね、多分動く回数が多いんじゃないかなって思うんですけど。
なんかほんとにすっぴんなのと全然関係ないっていう。
ロサンゼルスとかね、ちょっと違うみたいですけど。
なんかね、そこがすごくありがたいっていうか、嬉しいです。
というわけで、ここまで真島先生のサバティカル機関の活動やご研究について伺ってきました。
僕らの留学が見つめ直すきっかけになりましたし、
今までできた人と人との関係性っていうのも、やっぱり日本とは違うなと思うんですけど、
それを今後どうやって活かしていくかっていうのと、
もう少しより良い人間関係を作っていけるようにするにはどうしたらいいのかっていうのも
ちょっと考えさせられた回には個人的になったかなというふうに思っています。
2回にわたってありがとうございました。
ありがとうございました。
今回の参加していただいていかがでしたでしょうか。
NAKAMURAさんと浦形さんの志が、これね、老害発言かもしれないんですけど、
いやほんと素晴らしいなって思いました。
ありがとうございますっていうのは、やっぱりね、先ほどちょっとお話ししましたけれども、
やっぱり留学っていうだけですごくキラキラとか、表面っていうんですかね。
ばかりがすごくフォーカスされがちだと思うんですよ。
やっぱりね、私すごくこれでもサバティカルでね、
伺ってこんな偉そうにお話することすごい申し訳ないなってすごく思うところがすごくあって、
っていうのはやっぱり学位取得とかでいらしている方っていうのはとんでもないプレッシャーできてるんですよね。
だから私の知り合いも、大昔修士課程でいらした時も延期脱の所で聞いたっていうくらい、
かなり大変な思いをされているので、それでね、私の身分でね、いろんな話をするっていうのは本当に恐縮なので、
あくまで私からの視点というところなんですけれども、
ただやっぱりその留学ってものすごいしんどいところもあるし、とんでもない暗闇もあるし、
なんていうのかな、キラキラだけじゃ全くないですよね、当然ながらね。
こちらに来て私もすごく怖い思いもしたこともありますし、
私本当にデジタルデバイドの本当にかなりしんどい方にあるんで、
とっても怖い思いもしたことあるんですけれども、周りにもお世話になったり迷惑かけたりしてるんですけれども、
それでもこの地球に生きるっていう感覚を、
アメリカじゃなくてもいいですし、アメリカでもいいですけれども、
どんなところでもローカルの人たちと沿ってそれで共に生きるっていう感覚を得ることができると、
かなり大きな財産になってくるんじゃないのかなって思ったりしています。
岡村さんと浦方さんの取り組みって大変な時間と労力がかかっていると思うんですけれども、
大変な社会貢献になっているんじゃないかなって、すごく私自身の感銘を受けて見習いたいなと思っております。