息子の反抗期と鑑定での気づき
こんばんは、真面目に働くを手放したアラフィフ会社員、安葉ようこです。
今日はですね、前、友達とかには話をしていたんだけれども、なんかこう、忘れていたような話があったので、ちょっとね、その話を皆さんにもシェアしておこうかなと思いました。
はい、それはですね、生き寮の話なんですけれども、その生き寮がね、私だったっていう話なんですよ。
私ね、息子が2人いて、下の子は今17歳で、本当に中学校に入ったぐらいの時から、めっちゃ反抗期がひどくって、もう本当にね、毎日のように喧嘩っていうか、本当に戦ってるっていう意識がすごいあったし、
本当に憎たらしくって、本当にムカついて、泣かされたこともあるし、泣いたこともあるし、本当にこう、何だろう、叩いたり、何だろう、ってのはないけど、本当にこう、一触即発みたいな状態にも何回もなったことがあったんですよね。
私はもうずっとそれで悩んでいて、年齢とともに落ち着くかなって思って、確かに落ち着いては来てたんだけれども、それでもね、なかなかこう、まだ反抗期ひどいなーってずっと思うような状態が続いてたんですよね。
多分この財布でも何回も言ってると、話はしてきてると思うんですけど、そんな親子関係にすごい悩んで、私はとある鑑定を受けて、私のこととか息子のこととかを見てもらったんですよね。
もう本当に藁にもすがる思いというか、そんな感じで。そしたらね、その方が、その鑑定してくれた方が、息子に疫病が取り付いてますと言ったんですよ。
それを聞いた時にね、私もその言葉を聞いた瞬間に、その疫病は私だなって、なんかすぐピンときたんですよね。
理想の子どもを押し付けていた自分
というのも、私がすごく意識をしているわけではないけど、私はもう本当に四六時中、息子のことを気にしていたし、ガミガミ言ってるわけでもないし、
ちゃんと距離は置いてるつもりなんだけれども、やっぱりいつも息子のことが気になるんですよ。
どうしようどうしようみたいな感じだったりとか、ムカつくイラつくだったりとか、とにかく常に息子に心をかき乱されてるみたいな感覚があったので、
それを聞いて、その疫病の話を聞いた時に、これ多分私だと思って、よくよく話を聞いてみたら、やっぱり私だったんですよね。
ちょっと私の記憶が定かじゃなくて、それで息子にどういう影響を与えてるっていう話はちょっと忘れちゃったんですけれども、
とりあえずそれを払ってもらうようなことをしていただいた時に、やっぱり自分がそんなに疫病になって息子に取り付くほど、
なんで私はそんなに息子のことを気にしているのか、四六時中考えているのかみたいなことを、やっぱり自分でもちょっと考えてみたわけですよ。
そしたらやっぱり私の中にあった息子を、私の子供をちゃんと育てなきゃとか、しっかりした子にしなきゃとか、
学校はちゃんと行かせないとか、親にこんな反抗ばっかりする子じゃいけないだろうとか、
私の中にある理想の子供みたいなのをすごく押し付けていたというか、そういう方向に持っていこう、持っていこうと私が一生懸命やっていたということに気づいたんですよね。
息子にとってはきっとそれがプレッシャーだったりとか、うるさいって思う原因にもなったはずですし、
子どもを別の人間として尊重する
そういうことで、息子の反抗期が終わらないとか、息子がいつまで経ってもその時の言い方をすればまともにならないっていうのは、私のせいだったんだなっていうのをちょっと気づきました。
まともっていうのは言って言葉にしてちょっと語弊があるかもしれないけれども、まともなんですよ。まともっていう言い方の意味がちょっとよくわかんないくなってきたけど、
そんなに人のこと外れてるわけでもない、道外れてるわけでもないし、ただ遅刻が多いとか、学校に行かないとか、学校は嫌いだとか、勉強嫌いだとか、それを私の中ではまともな子供ではないっていうふうに決めつけていたっていうことですね。
だけどそういうことをしたら、将来的に困るのは息子だし、親である私はそれをなんとかしなくちゃいけないっていう思いがめちゃめちゃ強かったんでしょうね、きっとね。
だからそういうふうにずっと押し付けていた。
だけどさ、よくよく考えてみればとか、あとは今まで自己投資っていうことをしてきた中で、マインドの話とかを今まで聞いてきた中で、やっぱり私は私だけど他人は全部他人なんですよ、私以外の人は。
だからたとえ子供であっても夫であっても親であっても、やっぱり人間としては別の人だから、私がどうこうできるわけでもないし、私が彼らの考え方を変えることはできない。
私が話をしたり意見をすることができたとしても、それをどうするって決めるのはやっぱり彼らなんだっていうことを何回も今まで聞いてきていたはずなのに、なんかそれをね、何だろう、理解していなかったというか、実践できていなかったというか、それでもやっぱり子供だからとかっていう思いで私は動いてしまっていたんだろうなって思います、今ならね。
息子に任せて自分も楽になる
まあ本当にね、それに気づけてすごく力量の話って私の中ではすごいインパクトがあって、やっぱり私的には衝撃で、そこまで自分がなってるなんて、みたいな感じであったから、その時に気づけてよかったと思うし、
確かにその後からは、やっぱりちょっと息子のことにおいては、やっぱり自分がこうであるべきっていうのを少しずつ外していって、息子の意見を尊重してみたりとか、息子に任せてみたり、彼の判断を待ってみるっていうような、ちょっと待つみたいなところができるようになってからは、
私自身も楽になっているし、なんかそういう気持ちがね、すごくできて、反抗期が多分その後ぐらいからちょっと私自身も気にならなくなったっていうところがあるので、今に至っているので、
すごくよかったんじゃないのかなっては思っています。
何が言いたかったって言えば、私というか、やっぱり自分のこうであるべき、こうあらねばみたいな思いが、やっぱり私はすごい人よりもきっと強くて、大人だからとか親だからみたいな、
世間一般に言われているようなことイコール私の意見というふうに思い込んでいたりするところがいっぱいあって、
そういうね、いい、それが目に見えた、目に見えているかどうかわかんないけど、現実的に起きた例として、生き量っていうのがあったっていうのはすごく私の中では、自分をもう一度客観的に見る一つのいいきっかけになったななんて思っていて、
ちょっと今日はその生き量になることってそうそうないかもしれないし、それもちょっと一つ面白いかなと思って今日は話をさせてもらいました。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
今日は以上になります。アンバユコでした。