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こんばんは、あきらです。 昨日はね、
大終点が幸せの近道、科学視点で考察してみたっていうタイトルになってるかと思うんですけども、
私がね、なぜ大終点が好きで、そして情報場の移動にどうやって使っているのか、なぜそれが大終点が
情報場の移動と関係していくのかという点と、あと人間の脳にはね、DMN、デフォルトモードネットワークというものが
回路としてあって、そしてそこには2つのモードがある。 サバンナモードと、
ユニバースモード、自由発想モードっていうのがあるんですよっていうのをお伝えしたかと思うんですよ。
今回後半なんで、前半聞いてない人は多分ね、ちょっと繋がらないんで話が。 絶対前半を聞いてから後半を聞いて欲しいので、
そんな流れでね、聞いててください。 で、今日なんですけども、今日はね、人間の幸福感はどこから来るのかっていう話と、
そして大終点をすることが、なぜ幸せになるのかっていうのを話していきたいなと思います。
この人間のね、幸福感ってどこから来るのって私は漠然と思ったんですよ。 いろんな話を聞くじゃないですか。
何をすれば幸福感が得られるとか、感情のこれをやったら幸福になるとか、それこそもっと安っぽく言えば、
じゃあお金がいっぱいあって、そういう何不自由なく生きているのが幸福感があるとかね。
いろいろあると思うんですけども、いやそこじゃないよねって私は思ってたんですよ。 もっと本質的な部分って別のところにあるよねと思ったんですよね。
認知科学コーチングを去年の10月から半年間受けて、そこから自己理解とかってすごいやっていったんですよ、ワークの中で。
認知科学コーチングって、役割としては自分ができるっていう感覚っていうのを高めるのと、
あと自分自身を知って、何が好きでどういったことをしてたらすごい幸せで行動量が上がるのかっていう点からだけだったと思うんですよね、認知科学コーチングって。
自己理解っていう部分がすごい大きいんですよ。
実際その認知科学コーチングと私はその間に、そこで主催している2日間のセミナーにも受けたんですけども、そこも自己理解の部分だったんですよね。
この幸福感って、自我と関係ないんじゃないかなって思ったことが実はあって、全然違う領域にあるんじゃないかと思ったんですよ。
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昔チラッと見た、本は見てないよね。
アメリカの神経解剖学者の女性の方がいるんですよ。
すごく有名な方で、本が有名なんですね。
ホールブレインかな、たしか。ジルボルト・テイラーさんですね。
その人が37歳の時に、たしか脳卒中を体験して、作能の機能が一時的に低下をしたんだよね。
その時に何が起きたかというと、私っていう自我という境界線が薄れたことによって、自分と世界の区別がなくなった瞬間に、この上もない幸福感を感じたっていう、それを起点とした本だったと思うんだよね。
これって何でだろうと思ったんですよ。
表面的に見たら、自我と外側の世界の境界線がなくなったから、幸せを感じた、幸福感を感じたって思いますよね。
実は私はそう思ってました。
だから悟りとか、悟りも自我をなくすじゃないですけども、自我と自然を一体にさせることじゃないですか。悟りの境地って。
瞑想もその一環ですよね。
全てに対してそこなんですよ。
だから、そこは全部、スピリチュアルも気功もエネルギーとかもインドのヨガとかの世界は、そこを全部最終というか、終着点みたいな感じになってるんですよね。
私もずっと思ってたんですけども、でも実は違かったんですよ。
最近知ったんですけど。
それが、昨日言ったDMNですね。
DMNのサバンナモードが止まった瞬間、もっと言うと、そのモードがユニバースモードになったからなんですよね。
DMNっていうのは、デフォルトモードネットワークを略した言葉ですね。
人間って、おぎゃーって生まれるじゃん。
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子じゃん。
生まれた瞬間に脅威が始まっているんだよね。
サノーが、自分はここで始まり、ここで終わるっていう境界を定義した瞬間に、自分の外側にある全てが、自分ではないものになるんだよね。
だから、子の境界が生まれるんですよ。おぎゃーって生まれて。
で、まだ字がないんですよね。ちっちゃい頃って。
確か、何歳?2歳?3歳ぐらいかな。
自分と自分の以外っていうのが分離されるじゃないですか。
自分以外は潜在的に自分を脅かす存在になり得る。
って、脳が定義するんですよね。
で、脅威の監視が必要だね。
で、そこから、昨日言ったDMNが危険がないかっていうのを自動的にスキャンし続ける。
それが機能として脳は、人間の中ではその回路というか、機能がずっと動いている状態になる。
進化的な生存戦略というふうにも言えるんだけども。
人間は子で生まれた瞬間に生まれて、そして自分はここで始まりここで終わる。
分離しているっていうふうに定義した瞬間から、このサバンナモードっていうのが発動するって言ったらいいのかな。
私これとかをさ、ずっと調べる、深掘っていっている時に思ったんだよね。
すげーマニアックなことやってるな、みたいな。
でも人間が本当に欲しい、一番欲しいと思っているこの幸福感の本質が私は知りたかったんだよね。
まだでも到達していないかもしれないけども、今伝えられることってあると思うから撮ってるんだけど。
ジュルボルト・テイラーさんが、作動の機能が限りなく低くなった時って境界線がなくなったっていうふうに言われてるんだよね。
自分とその外の世界との認識ができなかったっていうふうにも確か書かれていたような気がする。
本は実際読んでないんだけども。
じゃあこの境界線がなくなるっていうことは、脳にとってその自我っていう認識がないんだよね。
その自分と自分以外を分離していない状態なんだよね。
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サバンナモードが出来上がる前の状態なんだよね。
分離がない状態なんで、結果サバンナモードっていうのがシュッと静かになる。
弱まる。
そしてその結果、ユニバースモードっていう風なモードに切り替わるんだよね。
私を守らなければいけないっていうところが、限りなくなくなった状態って言ったらいいのかな?
それが人間には開放感、幸福感、この上もない幸福感なんだっていうのに、
私はまあ気づいたというか、知ったというか。
実際、瞑想とかやってる方だったら分かると思うんだよね。
瞑想って本当にこの自我っていう境界線が薄まっている行為なんだよね。
境地に行ってるって。
私もすごいそれがやっぱ好きで、あれってなんか幸せなんだよね。
本当に、何か食べて幸せとかじゃないんだけど、その状態が幸せなんだよね。
それがもう幸福って言ったらいいのかな?
なんか言語にするの難しいんだけど。
そう、だから、それが脳のDMNのユニバースモードなんだよね。
だから瞑想も悟りで自我の自然との一体っていうのは、あれは手段なんだよね。
そのDMNのユニバースモードになるための手段の一つでしかないんだなって。
そう気づいたんですよね。ちょっと伝わってますかね。
なかなかここね、すごく分かりにくいよね。
で、最後に大終点をすることがなぜ幸せになるのかって言ったら、
大終点ってその前半の冒頭部分で言ったんですけども、意識を使って強制的に見てる視点を上げるスキルですよね。
この意識の視点を上げるもそうなんですけど、意識の拡大?っていうのが科学的に何をしてるかっていうと、
私っていう自我が薄れてるんですよ。だから大終点をすることによって、
自分という認識しているところから強制的に距離を保つって言ったらいいのかな。
強制的に、剥がされてるって言ったらいいのかな。
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だから自我が薄れている状態なんですよ。
だから自我が薄れるっていうのは、D面のサバンナモードが沈まるんですよ。
結果、ユニバースモードに切り替わるんですね。結果幸せになるんですよ。
幸せ感、要は幸福感っていうのが高いんですよ。
なるほど!って私思ったんだよね。
だから本当に、機構の技術の中で私は大終点だけでいいっていうのは、ある意味理にかなってるんですよね。
人間の科学視点で見た時に。
割れながらすごいなと思ったけど。
人間って、前は意識してたのは、自分が認知しているものによって全て捉え方って変わるんだよね。
捉え方が変わるとなると、捉え方次第で世界って映ってる景色って全部変わるんだよね。
これが本当に面白いんだけども。
その捉え方次第っていうのは、分かりやすい例があるけど、それだと分かってもらえないような気がするんだよな。
人って様々な一つのことに対して捉え方って、人それぞれじゃん?
それによって、その後の作られていく現実って変わってしまうんだよね。
意識しているものが目の前の現実を作っている。
すごく抽象度が高いよね。この表現だと。
高いよね。なかなか難しいな。
もっとね、足が綺麗に言語化できたらいいなっていうふうに思ってるんですけども。
要は本当に昨日と今日の話をまとめると、人間っていうのはこのユニバースモードに切り替わった時、要は自我が、境界線がなくなることによってサバンナモードが静かになるんですよね。
その脅威がなくなるって言ったらいいのかな?
その時に人間ってこの上もなく幸福感を感じるっていう生き物らしいです。
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それが瞑想で、瞑想によってモードが切り替わったりとかするし、
その瞑想とかヨガもそうだと思うし、
いろんなサバンナモードからユニバースモードに切り替わる手段がたくさん世の中にはあるんだよね。
それを自分はどれが好きなのかっていうのも人それぞれだと思うから、
そのモードが切り替わる手段をうまく使って幸福度っていうのを上げていったらいいんじゃないかなと思う。
だから自我があまり形成されてない子供って、すごくクリエイティブっていうふうに言われるじゃん。
本当になんか、私はずっと前から言ってる通り、子供って自然だなっていうふうに私は捉えてるんですよ。
まだ自我が形成されてない子供の年齢のことを指してるんですけども。
あれがユニバースモードで生きている状態なんだよね。
これにたどり着いた時に、なかなかビジネスの世界とかだとサバンナモードが強固に働くから、なかなか幸福度って上がらないんじゃないかなっていうふうに思ったりもするし、
その経営者がすごくお金を稼いで、世間から満たされてる状態なのに、本人はすごく悩んでいて、満たされてない、そうじゃない、何かが違うっていうふうに悩んでる人もいるって言われてるじゃないですか。
それって、このモードなんだろうなっていうふうにも、今の私の視点からだと捉えられることができるのかなっていうふうに思うんですよね。
いかにユニバースモードになるかなんだよね。
悟りもそうだよね。悟りは多分、この本当にサバンナモードが消えるって言ったらなんかあれだよね。
静かになってる状態?必要がない状態になっているから、すごく幸福感が高いのかなっていうふうに見えるのかなと思うね。
いやでも本当シンプルにさ、人ってさ、何が欲しいってさ、幸福感だし、幸福感を感じてたいし、幸せなんだよね。
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どっかのお寺で毎月一言書いてあるものってあるじゃん、メッセージが。
この世には人間がいない、幸せというものを欲している妖怪しかいない。
妖怪とは言ってないけど、そこに近い表現で言ってた感じがする。
でも実際それは本当にその通りで、その通りだねみたいなのはだからって思うんだけど。
本当になんかこのサバンナモードによって幸福感っていうのが若干少なくなったりとか、
まあ人によってはね、そこがサバンナモードが24時間の中でたくさんあればあるほどやっぱり幸福感を感じる感じで、
憎いのかなと思うし、そうだね。
だからってなんか瞑想したらっていうふうに私は言わないっていうか言えない。
その人が人によってなんだろう、ユニバースモードに切り替わる手段って色々なんだと思うんだよね。
だからこそちょっと言えない部分っていうのがあるし、興味あるんだったらやってもいいと思うんだよね。
本当に瞑想って、深いとこに入った時、ユニバースモード、サバンナモードが弱になった時って、
この上もなく本当に幸福感に満たされてるんで、それでハマる人っていうのも、
まあわからなくもないなと。
それこそ世間でいうね、すごいちょっと違法だけども、お薬の力を借りてね、
そういったトリップした状態になるって、あれも多分サバンナモードから解放されてるから、
めっちゃ幸福感って高いんじゃないのかなと思うんだよね。
何を手段にして、このサバンナモードかユニバースモードに切り替えるのかっていうのは人それぞれなんで、
それを見つけてね、日々取り入れてってもらえたら、もっともっとその幸福感っていうのが高くなっていくのかなって思います。
はい、ちょっとね、なかなかまとめるのがすごい大変でしたけども。
はい、なので私は大終点が好きです。ということで、今回はこれで終わりにしたいと思います。
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それではまたでーす。