1. 破壊と再生 -枠をぶっ壊す「本音」ラジオー
  2. 好きなことが見つからないのは..
好きなことが見つからないのは探す場所が違うから
2026-04-16 24:08

好きなことが見つからないのは探す場所が違うから

00:06
こんばんは、あきらです。 今日は好きなことについて、
私が最近たどり着いた、 自分の本質の好きっていうのはこれなんだろうなっていうのに、
気づいたポイントがあったので、それをシェアしながら、 こういったタイプの人はここから見つけるといいですよっていう質問も
この音声の中で入れておくので、そこから本当に自分が好きなものっていうものを見つけてもらえたらなと思います。
好きなことって何ですかって、 コーチングとか自己分析とか、あとはキャリア相談とかでもね、必ず出てくると思うんですよ。
旅行が好きとか音楽好きとか気功が好きとかね。 気功はまあ私になってくると思うけど。
私自身も去年の10月に認知科学コーチングを受けて、 自己分析、まあ自己理解って言ったらいいのかな?分析よりも理解だね。
っていうのをすごく深めるワークっていうものをやって、 実際に自分の持っている
なんだろうなぁ、武器。
もともと持っていた武器っていうものを 言語化したりとかしてきたんだよね。
でもなんか違うなーっていうのは若干、なんか違うまでいかないんだけど、なんかこう 最後の最後はうーんみたいな。
この微妙な本当にちょっとのところがなんかハマってないよねっていう感じがあったんだよね。
でも実際、 コーチングの中で出した自分自身の自己理解からの自己機能っていうのは
すげー言語化されてるし、すごいそこは細かくピンポイントで言ってるんだけども、
でもなんか本質じゃないんだよねみたいなっていうのがあったんですよ。 なんか違うっていうのがやっぱりずっとあって、
ずっとあってって言っても、なんかそうなんか違うんだよね。 それがなぜそれが起きてしまってるのかって言ったら、
通常は、大体は別にあなたが好きな行動は何ですか?という問いからで問題はないんだけども、
感受性が高い人とか、結構感性で動いているタイプの人っていうのはもうちょっと 解像度を上げなきゃいけないんですね。
03:00
この行動が起点からの好きなものっていうのは、ちょっとその感性で生きている人からしたら、
解像度が低いんですよ。 それだと、なんかざっくりだねみたいな感じになっちゃってるんですね。
なぜかというと、その感性のタイプの人というのは、 その動機っていうのが行動の中にあるんじゃなくて、
近くのパターンの中にあるんですよね。 ちなみにね、私50前になるんですけども、
前美容室行った時に、 この感性とかの話をしてたんですね。
で、 私本当に今の今まで自分が感性のタイプで生きてるなんて思ってなかったんですよ。
本当に。
で、美容師の人と話したら、「え?あきらさんって感性の人ですよね?」って言われて、「え?どこが?」って。
なんか私の中で感性で生きている人って、すごい芸術とかそういった才能を持っている人だっていうふうに勝手に思い込んでいたとこがあって、
私本当に、何だろう、絵も下手だし、みたいな。 思ってたから、まあ程遠いんだろうな、そのタイプの人とは。だからすごいねって、いつも思ってたんですけど。
まあ私は、 そう、感性で生きて、まあ感性で動いている人、
人種らしいです。 まあそれをね、
夫でもあるダイちゃんに言ったら、「はぁ?」みたいな。 「何今さら言ってんの?」みたいな顔されてて。
まあね、面白いちょっとエピソードだったんですけども。 このね、感性のタイプの人っていうのは、さっきも言った通り行動じゃないんですよ。
そう、感知しているところからの行動に移るので、 ちょっとね、違うんですよ。
ちなみに、私の中で、人生をこうね、生きてきて、生きてきて、まあ過ごしてきて、生きてきて、
で、こう、直した方がいいなぁと思ってた癖っていうのが、実はあるんですよ。 それが、
えーとね、違和感を気にするってことですね。 で、そこから、違和感からそれが何なんだろうっていうのを、すごくね、探索する癖っていうのが、
まあ結構あるんですよ。 特に違和感とか、なんか気持ち悪いとか、まあこれはネガティブですよね。
でも、なんかね、そう、アンバランス感っていうのがすごく、センサーがめちゃ働くんですよ、そこに対して。
それをすごいキャッチするのが、なんか、まあ自然と、なんかそうなってるというか。
06:03
子供の時から。
だから、まあなんだろう、例えば自分の中でさ、感覚の中で、なんか、なんだろう、こう、私、溝落ちとかに、
こう、気持ち悪い違和感が、モワッって残るんですよ。
それがずっと残っていると、すごく、な、何これ、変な感じと思って、あれ、私、これって何から来てるんだっけ?って言った時に、
あ、そっか、さっきこういった思考が流れてて、こういったところで、なんかすごく不快に思ったから、ここに残ったんだ、とかね。
私は結構そういうのはすごく多いんですね。
だから、なんかその違和感とかっていうものを、すごいこう、突き止めたいというか、本質をこう、見ていきたいっていうところの、まあ行動になっていくんですよ。
ただね、これに関しては、以前通ってた、まあその気功でも、気にしすぎですねって言われたことがあって、
そう、だからね、結構もう、なんだろう、止められないんですよね、これって。
気にしすぎ。そう、気にしすぎなんだよ。自分でも分かってるって。
で、しかもそっからの行動が、さらにその気になっちゃったものを、何なんだろう、みたいな。
で、興味持っちゃって、めっちゃ掘り下げちゃうんですよ。
これが結構一連のパターンなんですね、私って。
で、気にしすぎってあんま良くないなっていう風に思ってたから、直したいなと思ってるし、
掘り下げるっていうのも、いやいやもうやりすぎだろってぐらい掘り下げる時あるから、
それもあんまりよろしくないよね。
特に自分の感情とか、そういったなんだろう、内精とか内観っていうところになってくると、
まあまあ何回も言ってるけども、時間がね、いくらあっても足りないんですよ、これって。
本質部分にたどり着くんであれば問題ないんですけども、
分かってんだけどね、ずっと人には言うくせに自分で結構やっちゃってるなっていうのが、
自覚があったんですよね。でもこれって本当直したかったんですよ。
なんかあんまり良い癖じゃないなって思ってたんで。
でも最近対話の中で、ある気づきがあったんですけども、
私が行動を起こす時のその起点はいつも、今言ってたね、
違和感とか不均衡、いわゆるアンバラスだよね。
ともかくそれを察知する痴漢システムが強烈にそこに働いていくんですよ。
だから分かりやすいのは、例えば部屋が汚れてるとか、散らかってるとか、
09:03
変な匂いがするとか。
あと人だったら、エネルギーっていうのを私は扱える人間でもあるんで、
そこから、この人のエネルギーのずれが感じるとか、
その人のどっかの詰まりがあるとか、
その人自体が発している不安定なものとか、
そういったものがすごく強烈に気になってしまうんですよ、私は。
この答えは。
あと物事だったら、まだ誰も繋いでいない点と点があった時に気になったりとかね。
そこってまだ点と点だからアンバランスがあるんですよね。
線だったら、それってバランスが取れてる状態じゃないですか。
そうなので、そこからアンバランスっていうものを整えて、
さらに言語化して、そして発信っていうのが私の中でのパターンなんですね。
大枠のパターン。
つまり私の好きなことっていうのは、発信でも対話でも気功でもなく、
その場の不均衡を感知する、そのアンバランスさを感知して、
それを構造として見抜いていって整えて、最後に外に放つというサイクルだったんですよ。
これね、ぶっちゃけね、コーチング半年間受けたけどね。
ここは半年受けても出てこない領域だったんですよ。
ここは冒頭に言った通り、通常の行動からじゃないんですよね。
行動じゃなくて、要は感知とか、近くっていうところなんで、
もう一つ上の抽象度の高いところなんですよ。
ここは出てこなかったんですね。
自分でもすごいびっくりした。
そうじゃん、全部そうじゃんって思ったんですよ。
ここからね、その感性で生きているタイプの人、
感受性が高い人の、この近くのパターンを見つける質問ですね。
それをお伝えしていこうかなと思うんですけども。
まず一つ目、やらない方が気持ち悪いというものは何ですか?
これね、好きなことはやりたいより先に、やらないと落ち着かないという感覚で
現れることって本当多いんですよ。
すごい私のエピソードになりますけども、
実は私ね、先週の金曜日に夕飯を作っている時に、
スライス当たるじゃないですか。
あれで左手の親指の肉を思いっきり削いでしまったんですね。
12:03
いやもう初めてだったんですよ。
結構深くいっちゃったから、めっちゃ血が出てて、
あれこれすげー血が出てるみたい。
最初焦ってなかったんですよ、別に。
でもなんか全然血が止まらなくて、どうしようと思って。
で、その夫である大ちゃんまだ帰ってきてないし、
やばいと思って調べて、圧迫止血をしてたんですよ。
それでも1時間ぐらい止血したけども止まらなかったんで、
要は近くの救急病院に行って、時間外の料金結構払いましたけど、
それで、やっちりょう?しっちりょう?っていうか、
縫うこともできないと言われたんで、
なんか、何?止血シートみたいなやつ?貼って固定してもらったんですよ、包帯で。
で、親指なんで、すごいぐるぐるなんで、
親指超でかい状態なんですよ。
まあ、いいね、みたいな。
やったらすごい。
何言ってんだろう。
まあ、とりあえず不便な状態なんですね。
で、日曜日の夜に、
シンクに洗い物があって、すごいそれを見た時にめちゃくちゃ気持ち悪かったんですよ。
で、大ちゃんが次の日の朝やるから、やらなくていいよって言ってくれてたんですけども、
いや、ほんと無理だったんですよ。
もうね、その状態であることが私の中ではもうね、やらないほう、ほんとに気持ち悪くて、
なんとか、いつもゴム手袋をつけるんですけども、
左手の親指が額をしているので、入んないんですよ。
でもなんかこううまく入れて、ちゃんとはまってない状態だけども、
まあ、その状態で私は洗い物を、
しんどかったけ、しんどかったっていうか、やりにくかったけども、やったんですね。
で、しかも台所の掃除までしたんですよ。
これなんですよ。やらないほうが気持ち悪いと思うものってこれなんですよ。
無理だったんです、私。その状態にしとくのが。
だから別に掃除が好きじゃないんですよね、これって。
表面で言ったら掃除が好きな人なんだね、そうやって綺麗に保っているのが好きなんだね、じゃないですか。
でも違うんですって。
私は、そのアンバランスな状態が嫌なんですよ。そこなんですよね。
いやーでもね、本当にまだちょっと親指がね、全然使えないんで、すげー不便なんですけども。
そして次の質問です。
これがまあ、見落とされやすいポイントでもあるんですけども、
自分にとって当たり前すぎて、価値だと思っていないものなんですよ、これって。
でも他者との認識のギャップが出るところに、実は隠れたキーがあるんですね。
そして3つ目が、子供の頃誰にも頼まれていないのに自然とやっていたことは何ですか?
15:09
報酬も、まあそのいろんな何だろう、証人も関係なく動いていた頃の行動の中に、近くパターンのヒントってすごいあるんですよ。
いやまあそうだね、私もう全てそこからだったなと思って。
ギリのその実家にいた時にお好み焼き屋さんがあるんですよ。そこがまあまあね、飲食なのに結構汚れてて。
私はその気持ち悪いなとしか思えないんですよ。
で、そこはまああっちのそのお父さんのお城なんでね。
だからギリの母である陽子っていうのはそこは触らないんですよ。
掃除をするとかっていうのもしないんですけども、いやさすがにないでしょと思って、一生懸命掃除をしてピカピカにしたんですね。
そうでもこれって別に相手が喜びそうだなぁとかじゃないんですよね。
これって私がそのアンバランスの状態が気持ち悪いから、ただただ掃除して綺麗に整えただけなんですよ。
やってる時別にその、その何だろう、ギリのお父さんが喜ぶかなぁとか、まあ喜ぶは喜ぶとは思うけども別に何も考えてなかったですね。
そんなの。私がやってやりたいから、そう整えたいから整えてるだけみたいな。
こんな感じで子供の頃に誰にも頼まれてもいないのに自然とやっていたことっていうのをちょっとね記憶から探ってみるといいかもしれません。
で、まあこれのね、知覚パターンとかそれを知るとどう変わるのかっていうと、3つのことが変わります。
まずね、自己否定が構造的に終わります。
さっきも言った通り、私の中で欠点だと思っていたことが全部強みの別の顔だったと分かる瞬間が来るんだよね。
その私の気にしすぎもそうなんだけど。
気にしすぎが悪いじゃないですよね。
次に頑張るのが不要になります。
知覚パターンに沿った行動っていうのはやらない方が気持ち悪いんですよ。止められないんですよ。これだけは本当に。
本当止められないんですよ。私のさっきの洗い物もそうなんですけど。
勝手にやらないと無理っていう状態なんで。
だからそこに頑張るとか努力じゃないんですよね。
そして3つ目、エネルギーの使い方が根本から変わってきます。
18:02
好きなことをしていると疲れない、逆に元気になるっていう体験とかってありますか?
あとはスピリチュアルの文脈とかでもあるよね。
そういった好きなことって別になんだろう。
どんなに時間がかかってても、時間の概念を忘れるぐらい集中してるし楽しいしみたいな。
これ実は偶然ではないんですね。
ここでドーパミンの話をしたいと思うんですけども。
ドーパミンって快楽を生む物質だと思ってる方が実はすごく多いんですけども。
2026年の、先月3月に発表された最新の研究では、
ドーパミンっていうのは快楽を生む物質ではなくて、
体を調整に備えさせエネルギー資源を動員する発霊システムだということが分かってきたらしいんですよ。
だからドーパミンって気持ちよくするではなくて、
体と脳にさあ動け!っていう命令する物質なんですよ。
スポーツ選手が試合前に心拍数が上がって体が軽くなった集中力を研ぎ澄まされる感覚もあると思うし、
あれっていうのはドーパミンがやっているんですよ。
楽しいという感情より先に体が前のめりになる状態って言ったらいいのかな?
そしてその自分の知覚パターンと一致した行動をしているときに、
このドーパミンの発霊システムが自動的に起動するんですよ。
結果として疲労感がドーパミンに上書きされるので、疲れにくい。
不老状態に入ったりとか、時間感覚、疲労感、自意識っていうのが消えるんですよ。
エネルギーが消費ではなく循環増幅のループに入るんですね。
気功的に言えば自分の気の流れの方向と一致した行動っていうのは、
やればやるほど気が満ちていく状態になるっていうことにもなるんですよ。
実際私この感覚すっごいわかります。
本当に自分が好きなことを行動として、今言った気の流れの方向と一致した行動をしているときって、
なんかね、全然疲れないし、なんかまだいけますみたいな。
もっと来いや!みたいな。それこそ。
なんでこんな燃えてんの?みたいな。
あとお腹が空かなかったりっていう、わかりやすい現象が起きたりするんですよ。
だから好きなことで疲れないのは、意思が強いからでもなく、体力があるからでもないんですよ。
21:03
このドーパミンの発生システムが起動して、エネルギーが増幅されているからでもあるのかなって、私は今思いますね。
好きなことを探しているのに見つからないとしたら、探す場所が本当に違うのかなっていうふうに、
私は自分の体験を通して今回理解をしたんですけども、
行動の中ではなく、自分がいつも無意識に感知しているパターンの中に実はあったりしたんだなと。
特に本当に感性が豊かな人は、特にその傾向っていうのが顕著に出ているのかなと思います。
私、感性タイプだって。
でも感性タイプの人って、誰が悪いとかじゃないんですけども、最初に言っておくと、
ある意味子供みたいに純粋な部分があるから、
アホな子じゃないけどもっていうのもあったんだよね、イメージが。
だから、理論とか数値とか言語とかを扱うそういったものをスマートに使っている人ってかっこいいなって私は思ってたんですよ。
だからあんまり認めたくないっていう部分もあったのかもしれないですね、今思えばね。
でも私は感性のタイプで動く動物っぽいですね。
なんで、まあいいですよ、それで。
無理に言語とか数値とかそっちのところに自分を寄せていく。
最適解を探せば探すほどめっちゃ苦しいんですよ、私。
分かってんのにそっちに行きたがるんですよ、なんか。
嫌だ!みたいな。
でもね、もうなんか本当無駄だったんだなと思いますね。
でもまあ、またもしかしたらそっちに寄る可能性もあるかもしれないけども、
とりあえず私は感性で生きてるっていうことと、
あとはさまざまなアンバランスからすごく気になって、
そこからいろんなものを掘り下げて本質を知りたいっていうところの行動パターンになるんだなっていうのを理解したんで、
聞いてる皆さんもね、自分の知覚パターンでどこにあるのかっていうのを探してね。
そこからいろいろやってみたらね、もっともっとエネルギーも増えていくし、楽しいし、
もっとより毎日がね、豊かになっていくんじゃないのかなと思います。
はい、ということで今回は以上となります。またでーす。
24:08

コメント

スクロール