1. パリで学んだ「ブレない自分の作り方」
  2. Vol.361「0歳からモデル一筋。..
2023-02-23 28:00

Vol.361「0歳からモデル一筋。グローバルなスタイルコーチになるまでーAya Jeanさんインタビュー(1)」

スタイルコーチ・Aya Jeanさんへのインタビュー(前編)です。
モデル一家に生まれ、0歳からモデルを始めたAyaさん。多忙なティーン時代を経て、モデル事務所経営、スタイルコーチを始めるまでの道のりについてお伺いしています。

オープニングでは、東京滞在中に撮影した「新しいプロフィール写真」についてお話ししています。

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オフィシャルサイトは、http://projectsparis.com/


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こんにちは、あきです。今日もパリで学んだ「ブレない自分の作り方」の時間がやってまいりました。
2月もとうとう後半に入ってきました。
ね、もう2月最後の週になんですよね、今回ね。
実はですね、まあ2月にね、日本に行って戻ってきたっていう関係もあるんですけども、
その兼ね合いで私のSNSとは言っても、今のところFacebookとInstagramだけなんですけども、
プロフィール写真を買いました。その撮影もあって戻ってきたんですけども、
その撮影の中でどの写真をね、プロフィール写真に選ぶか、みたいな問題もあったんですね。
で、今回ね、まあいろんなパターンを撮ったんですよ。
で、そのうちの自分の中でも他の人から見ても一番自分にとってどういう言い方したらいいのかな、
セクシー寄りっていうんですかね、妖艶系っていうんですかね、そういったものをまあ今回載せました。
で、それはね、本当は全体の写真があって、その顔の部分、要は首から上の部分をアップしているので、
多分そのプロフィール写真を見ただけでは、全体の写真はわからないんですけど、全体の写真はかなり、要はセクシー系なんですよ。
それはね、まだ私のところではオープンになってないんですけども、一緒にやったスタイルコーチの彩さんのところでは見れます。
それ繋がってないと見れないかもしれないんですけど、で、今回この彩さんのインタビューを2回に分けてお届けする予定なんですけども、
まあその話は置いておいて、彼女の人の撮影の中で撮ったものを一部プロフィール写真にしたと、その中でもセクシー系のやつ、いろんなパターン撮ったんですよ。
セクシー系のやつ、セクシー系だから撮ったとかいうわけじゃなくて、私の中のありたいイメージっていうのをあらかじめ彼女に伝えたんですね。
こういう写真です、これです、これです、みたいな。
なのでちょっとこうかっこいい系っていうかね、ちょっとこうCEO系のキャリア系のものも撮ったし、ちょっとボイッシュなマニッシュ系のものも撮ったし、いろんなパターンがあるんですよね。
で、たまたま今回のプロフィールはセクシー系を載せたという感じです。
で、まずね、そのプロフィール写真は見れる方は是非見に行ってほしいんですけども、笑っちゃったのが、そのセクシー系の写真を全体を見せてないからね、首より上だけなので私の顔の表情とかぐらいしか見れないんですけども、
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そういう妖艶系とかそういうものを言ってくれる人もいるんですが、セクシー系というか妖艶系にもかかわらずですよ、コメントがね、かっこいいなんですよ。
これね、結構笑いましたね。私もともとやっぱりかっこいい系に見られるんですね、身長もあるし、まあもともとこういうマニッシュ系のね、ものも結構好きだし。
まあでも数年前にちょっとイメージチェンジで結構柔らかいものとかね、素材感のシフォンのものとかね、パリッとしているものよりもちょっと柔らかいものもすごく取り入れてたんですけども、でもね、どんなにフェミニーなものを着ても、フェミニーについてもね、いろんなフェミニーがありますけどね、私のイメージかっこいい系なんですよ。
で、まあその7年ぐらい前かな、まあ相談したお友達に、まあ私のかっこいい系はほっといても表に出てくるから、わざわざマスキングのね、かっこをしなくても、マニッシュ系をしなくてもかっこいい系出るから、もっとフェミニーな部分を出してもいいんじゃない、みたいなアドバイスをいただいて着るようなスタイルとかを変えてきた経験があります。
やっぱり実際に今回、セクシー系を出しててもかっこいいと言われることが明らかになりました。これはね、すごい不思議ですね。まあ私の内面が出ちゃうんですよ。すごい思いました。だから、ほっといてもかっこいいなんですよ、私のね。だってあんなセクシーな格好して、なんでかっこいいって言われるんですか、みたいな、なんかそういうイメージじゃないですか。
そういう意味ではね、あ、やっぱり私の内面的なもの、マインドっていうのが、やっぱりほっといても表に出てしまうんだな、というのは感じました。で、今回ね、その全体像の写真を見れば、まあまあ一発でわかるかもしれないんですけれども、これはね、私にとって結構チャレンジだったんですね。
そのセクシー系というか、何のイメージを自分で持ってたかってことなんですよ。いろんな写真をね、私こういう感じでやりたい、やりたいっていろんな写真を送ってたんですね。で、その中に非常に私がこだわりの強いイメージがあるんですよ。で、それは何かっていうと、ある香水のCMなんですね。
で、そのCMを見て、まあいろんなバージョンがあるんですけど、見た瞬間から私の中にスイッチが入って、もう忘れられないんですよ。まあいろんなね、CMあるじゃないですか。特に香水系のCMって、やっぱその人に互換に訴えるような、あるいはそのどういう女性につけてもらいたいかとかね、多分いろんなイメージが先行するじゃないですか。
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で、私はそれが大好きなんですよ。実際その香水持ってます。もともとその香水を持ってるからっていうわけではなくて、その広告のイメージの方が強くて、その香水を買ったんですね。で、それは何かっていうと、まあご存知の方はご存知かと思うんですけど、クリスチャンディオールのJADOTっていう香水なんですよ。ご存知でしょうか。
シャーリーズセロンがやっているCMです。ゴールドで、まあいろんなパターンがあるんですけどね。なんか最後裸になっていくっていうのもあるし、脱ぎ捨てて裸になっていくものもあれば、水の中に入っていくようなものもあれば、いろんなパターンがあるんですけど、私はこの彼女がすごく好きなんですよ。JADOTのシャーリーズセロンが大好きなんですね。
で、これをね、一回なりきるっていうところで、まあファッションの学校でやったことがあるんですけど、なりきれなかった。全然ダメだったんですよ。で、リベンジなんですよ。私の中で、今回。で、それは彼女のマインドとかそういうものも全部入れて、結構ね、やりましたね。マインドをセットアップして臨んだと思います。
なぜかというと、シャーリーズセロンのJADOTのCM見たことある方、多分どっかでは絶対見てると思うんですよ。でも、どういう感じかっていろんなパターンのCMがあるので、まあYouTubeとかで探してみていただきたいんですけど、ある意味ね、笑ってないんですよ。可愛らしさゼロなんですね。
で、人によってはそこが愛嬌の良さとかそういうのが全然出てこないので、冷たいとか怖いとかっていうイメージを持つ人もいるんですよね。でもJADOTは私の中では、笑ってなくても、その彼女の持っているセンシュアルな部分、要は五感がすごく表に出ている部分、セクシーさも入ってますね、センシュアルな部分。
それから知性、全部入ってるんですよ。笑わなくても彼女には愛があるっていうイメージが私の中であるんですよ。その五感が全部出てるからっていうのも含めてやりたかったんですよね。だから私にとっては、これは私の感想なんですけど、あのCMのシャーリーズセロンには冷たさはないんですよ。ないんですよ。人によっては冷たさはあるのかもしれないんですけど。
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で、それを自分の中で再現したかった、私なりのね、私なりのJADOTを再現したかったっていうのが裏話です。はい、ということでね、まあちょっとこの全体の写真をどういう形で公開するかってまだ決めてないんですけど、でもまあ肩から上はこんな感じみたいなものは出ていると思うので、良かったら見て、
この裏話を知りながら見ていただけるといいかなと思います。それでは本編スタートです。はい、本編です。
オープニングの方でも申し上げましたけれども、今日はスタイルコーチのアヤジーンさんをゲストにお招きしています。インタビュー2回に分けているんですけども、
彼女のそのスタイルコーチの仕事、今回ね、私は彼女にいろいろな面でお世話になったんですけれども、彼女の活動、もともとモデル、0歳からモデルをやっていて、そこからモデル会社も経営して、
で、今のスタイルコーチになる、まあその編成の部分をお伝えしているんですけど、その途中までのところを今日は聞いていただきたいと思います。
こんにちは、あきです。今日は素敵なゲストの方に来ていただいています。スタイルコーチのアヤジーンさんです。アヤさんよろしくお願いします。よろしくお願いします。
はい、アヤさんはスタイルコーチっていうことをやってらっしゃるんですけど、スタイルコーチって何?って聞かれたらどう答えてますか?
そうですね、私もなんか最初、どんなラベルでみんなにわかりやすいラベルを探してたときに、ちょっとスタイルコーチが一番しっくりきたんですけど、普通にスタイルコーチって聞くと、多分一般的にはイメージコンサルタントとか、そういうものが浮かぶ、もしくはショッピング同行だけしてくれる、
そういうスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、スタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコ
コーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは、本当にスタイルコーチっていうのは
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ヘアメイクさんとかいろんな業界のトップにいろんなことをしてもらうんですけど
メインはもちろん写真撮影なんですけど
なぜ眉毛サロンが例えば大切かとか
なぜポージングレッスンが写真撮影の前に大切かとか
なぜ頭からつま先までのトータル顔コーディネートやヘアメイクを自分で事前にできないことには
プロのカメラマンでもできることが本当に限られてしまう
なのでそこを事前準備とかを指導させてもらって
後日も自分で写真撮った時にでも自信があるように
みんなをコーチングさせていただいています
はい、じゃあその話をね
もちろん後でちょっとゆっくり聞きたいんですけども
そこに至る、今ちょっと話をしてくださったじゃないですか
生まれた時からモデルって言ってたじゃないですか
おじさん様がすごく有名なモデルだったんですよね
そうなんですよ、ママが18歳かな
ハーフだったんですけどアメリカと日本
でもすぐに資生堂のキャンペーンで爆発
大爆破、大ブレイクして
だから私が2年後、20歳の時に生まれたんですけど
うち4世代、おじいちゃんおばあちゃんまでもモデルがしたことがあるので
なんだろう、それがノーマルだったんですよね
だから本人も自覚ないところからモデルがスタートしてたってことですよね、あやさんもね
ごまされどりとかで海外ロケとかしてたし
家に人が来て撮影する時もあるし
パパもおじいちゃんもおばあちゃんも妹も弟もみんなモデルしたことはあるので
なんだろう、ちょっと不思議な空間に生まれて
ただ本当にモデルってやりたくて
後でハイティーンとかでなることとちょっと私の場合は違う感じで
やりたくてなったものではないので
とにかく学校でも友達に好かれたいためにも
部活からいろんなバイトや他のバイトとかもしながら
ノーメイクでオシャレしないでモデルじゃない
自分を見てみたいな、なんだろう、目立たないように頑張ってきたんですけど
すごくあのちょっと本当にどこのビルボードにもガーンってノンノの拍子とか
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ガーンってなんかトヨタのキャンペーンとか載っちゃうから
みんな知っててすごい嫌な体験だったんです、私にとっては
みんなにとって羨ましい体験が
じゃあ何、仕事として割り切ってやってたの?
どういう気持ちでやってたんですか、その10代の時って
普通にうちの幸いうちの親は仕事のために
学校休むは一切NGだったので
小学校へ上がってから8歳からマーガレットの検証ページで修理者で始まって
その前も仕事してたのかな
多分15、6までは夜いつも埼玉県に住んでたんですけど
1時間ぐらい放課後スタジオ入って撮影して
帰り8時過ぎちゃうとタクシーで1時間ぐらい所沢とかまで戻ってきていて
疲れちゃってたの、覚えてる
20歳の時かな、不眠症になったり
あとはすごく大きなスキンケアの制度のアベノーターっていう
キャンペーンをやって大きなお仕事だったので
肌荒れしちゃったの、いっぱい仕事してて
でも若いし、そういうモデルになりたくなかったから
痛くても赤くなっても我慢してたのね
どんどん肌が荒れちゃって
何食べても、ナッツは例えばビタミンBと鉄分にはいいけれど
この油分で肌荒れしてるんじゃないかって
神経質になっちゃって、過食症になっちゃって
多分プレッシャーに耐えられなくて、でもモデルは今しかないし
大学も同い年の友達たちと大学行きたかったから
全部詰め込みすぎちゃって
しかもモデルの工学講師になりたくないために
結構いろんなバイトしてたのね
本当に若い時はキディランドやロッテリアから英語を教えたり
20歳ぐらいから通訳・翻訳とか
なんかすごい無理してて
大きな仕事を断ってまでそういう仕事をしといて
バイトをやってたんだ
やってたの本当に信じられないんだけど
ちょっとすごく自分にプレッシャーをかけすぎて
やっぱモデルっていつまで続くもんじゃないって分かってたから
今のうちに流行りが変わったら私にも飽きられるかもしれないし
自分もババンなったら仕事もないだろうと思って
結構仕事詰め込んでて
やっぱりモデルの仕事って本当に体にも精神的にも
寒い時に暑いフリしたり
美味しくない時に美味しいフリしたり
ハンバーガー40個目食べるとか
コココ40本飲むとか
本当食べ物とか飲み物とかは特に辛いんだけど
やっぱりシーズンも違うし
基本的にはみんなに売れるダサい服を着るのが仕事だから
それを綺麗に見せてみんなに買ってもらうっていうのも仕事だから
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あまり綺麗な写真はなかったんだな本当に
それもすごいコンプレックスに繋がる
そういうのに限って全国で1年使われるコマーシャルだったり
なので今本当にだからもうモデルじゃないから
すごい楽しい女性であることも楽しいし
今の方がいろいろヘアメイクとかも自分でしなくちゃいけないから
特にスタイルコーチ始めて
この4,5年で本当にすごく楽しみも増えたし
自分が元気で綺麗でいることもお仕事に繋がるから
お仕事にもやりがいを感じる楽しいやりがいがあってモデルと違って
なるほどモデルってやっぱり表からね
表っていうか私たちが見ている世界と
本人が見ている世界が全く違うってことよね
みんなに今回去年のオンラインのコースでも話したけど
皆さんって早朝5時に寒いとこで震えないで撮影したり
もしくはすごい真夏にタートルネックで毛皮着て
やりたいですかって聞きたいよね本当に
それも含めて
でもそれも含めてずっと続けては来たわけじゃない
他のバイトもしながら学生の時も続けてきて
で学校卒業してからも続けてたわけでしょ
フルでやってたんですけど
そうそれで大学へ一応2つインターナショナルスクール大学受けて
城地とテンプル大学受けて両方受かったのね
で城地は10月が新学期でテンプルは8末だったから
6月4日とかに卒業したのハイスクールで卒業したら
城地のが4ヶ月仕事できると思って城地選んで
その4ヶ月結構ガーンと働いて
で一応城地の城地に行っとけば
また後日やりたいことが見つかった時に
いい大学を出ていい成績を取っておけば
やりたいことができた時に見せれるものがある
ただのモデルじゃありませんっていう
なんていうのかな一応そういう資格とかを取っといたほうがいいかなと思って
通ってたんだけど大学出てからもやりたいことが見つからなくて
結構汗汗してて
で25になった時にモデル外国人のモデル事務所やろうかなっていう
ちょっとアイデアがあって
当時のモデル事務所の社長にその話をしたら
彼女はちょっとバブル崩壊した後でやる気なくしてたのね
彼女に家でマネージャーとしてバイトしてみたらって言われて
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それもいい経験かなと思って
時給800円で2年バイトさせてもらって
2年後にその会社が彼女売ってくれるって言って
株評価0円だったんだけど
1000万で彼女のいいねで
なんかモデルにお世話になってるから
400万の現金と600万の彼女の不才能を受け取るっていう契約で
みんなにすごいストップされたんだけど
もうめんどくさいし失敗したら他のことやればいいやと思って買っちゃったの
そうしたらもちろん彼女社員とかももちろんオフィスも全部
2ヶ月ぐらいで自転車創業になっちゃって
モデルをリタイアするために買ったんだけど
モデルに復活することになって
だからモデルっていう手段が選択肢があったのは
すごいラッキーなことだったんだけど
ものすごいやりにくくて
20代で元モデルでモデルしながらモデル事務所経営者みたいな
その時初めて本当になんだろう
世の中は全員いい人って思ってたんだけど
今までモデルだけだときは優しくしてくれていた人たちが
なんかヤクザみたいになったり
もっとなんか安くしろとか
お前がって私がもっと安くしろとか
モデルたちも安くしないと仕事あげないぞとか
名刺破れたり破られたり本当にいろいろなことがあって
どんどんそれで強くなっていって
後日父親を雇用して
10年以上中の社員でマネージメントも手伝ってくれて
私日本語がちょっと苦手だから
結構会社を手伝ってもらったりして
社員も増やして最初私が会社買った時は
前の事務所の社長は営業リストに50人
手書きの50人しかいなかったんだけど
それを私は5000人以上にしたり結構自分のアイディア
例えばコンポジットカードっていう
モデルの名刺みたいなものがあって
このモデルさんこういうふうに見えますけど
こういうふうにもなれるんですよっていう証明
みたいな名刺みたいなものがあって
モデルはまずそれを事務所はそれをクライアントさん
オーディションの時にクライアントさんに送って
この子見たいとかいらないとか見極めるんだけど
それを例えばプリントアウトできるようにしたのも
私の会社が初めてで
当時は結構みんなウェブとかもすごく
なんでただでモデルたちの写真を
インターネットで見せる
昔は本当にテレフォンセックスとかで
私たちの写真が勝手に使われてた時代で
本当にモデルたちの写真の肖像権とか守る体制がすごい
でも私はなんかただで営業行かないで
そうやって事務所のモデルたちのことを知ってもらうのは
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ちょっとラッキーと思って
それをしたこともすごいウェブサイトも
うちが多分3社目ぐらいだったのね
だから結構それも言われて
なんでモデルの写真とかを出してるのって
あやちゃんみたいな結構やりにくくて
もう早く年取りたくてしょうがなくて
30とにかく早く30になりたくて
30になったらちょっと楽になるかなと思って
今度30、40になったら楽になるかなと
本当に今でも不思議なことに
年取るの大好きなの
変なんだけど
なんか年取って
今年取っていけてる方がプラスじゃない
若い子がいけるのも当たり前みたいなところがあるけど
年取ったりなんかお母さんなのにとか社長なのにとか
そういうみんなが思ってる52歳じゃない
社長じゃないお母さんじゃない方が
なんかポイントが高いと思うのね
個人的にはね
私は今日年取り早く60になりたいと思ってて
毎回30代になりたいって言って
30代も40代になりたいって思いながら
結局はモデルもやりながら
モデル事務所も続けてたっていうことなんですか
30代も40代も
30代で2番目の旦那が
専業主婦になってほしいっていう
会社も仕事もすごい忙しかったから
その頃にはモデルも30何人いていて
リタイアする頃
一番私が業界で信用してる芸能事務所もやっていながら
モデル事務所もやってるのが
オスカーの小川社長
モデル協会同じモデル協会で10年以上お世話になってる上
ママのことも知ってる
元マネージャーだから
彼もすごい可愛がってくれていて
だからリタイアするとき
うちのモデル事務所のモデル全員
プラス社員たちをオスカーに預けて
日本で初めて多分業務提携して
オスカーって7、8千人モデル
手たれからおじいちゃんおばあちゃんまでいるんだけど
ハーフが弱くて何人かしかいなかったんだけど
すごくドメスティックなイメージが強くて
音楽とハーフには弱い事務所だったみたいで
うちはなぜかハーフの事務所として
結構日本では有名だったので
そのままアンフラマンスルって入れてくれて
43でオスカーと業務提携するときに
自分もモデル辞めた43
43のときに辞めた
会社自体はあるけれど
全然モデル業はもうストップして
リタイアしてて
初めて専業主婦をずっと
やってみた
はいやってみました
いつも聞いてくださりありがとうございます
27:02
この番組は日本時間の
毎週木曜日の夜配信されています
同じく木曜日日本時間22時から30分
フェイスブックグループの
パリ式願望実現ラボというコミュニティで
中間ワークのライブを行っています
こちらはノート術の実践ライブ
パリ式願望実現するためのマインド
という願望実現が加速するコミュニティです
アーカイブでももちろんいいのですが
ライブで参加されると
より効果が高いとの声をいただいています
時間が合う場合は
アーカイブよりライブでぜひご参加ください
参加されるとノート術の教科書というプレゼントや
他の特典もついてきます
パリ式願望実現ラボは
概要欄のリンクからぜひご参加ください
よろしくお願いいたします
28:00

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