保育園の現状
あなたは保育園にどんなイメージを持っていますか?
笑顔の先生、元気な子どもたち。
でもその裏側には、球体依然とした経営と見えない苦労があります。
実は多くの保育園は、30年前とほとんど変わっていません。
人手不足、紙と電話の業務、親の不安。
AIが保育園を変えるでは、元NTTエンジニアで30年の経営者である私、近藤が
子ども環境アドバイザーの安藤さんと一緒に、AIとDXで保育園をどう変えたかを語ります。
テクノロジーは暖かさを奪うのではなく支えるもの。
未来の保育に本当に必要なこととは保育園を変える。今こそその時です。
こんにちは。社会福祉法人みなみ福祉会の近藤です。
子ども環境アドバイザーの安藤です。よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
今回のテーマは、親の負担感はなぜ増え続けるのかということなんですけど。
昔に比べると便利なものがとても増えているのに、子育ての負担感が増えているような感じがするという。
これは子育てに限る話じゃないですね。
そうですね。本当にそういう意味でいくと、何でしょう。
例えばここで出てくると、昔の洗濯が洗濯板でやってた時の洗濯機があって、
それから料理に関してもレンジでチンとすればできてしまう。
本当にありがたいというか便利な時代にはなっている。
ですよね。それがそれだけ便利になってたら、
例えば洗濯をするのも川でやるわけではないにしても、
例えばずいぶん前だったら井戸水を使ってたところもあったかもしれない。
それが水道になることで水を汲みに行くとか、そういった手間もなくなった。
洗濯機も洗濯を手でずっとやるわけではない。
しかもお湯を使わなくても、そんなことをやらなくてもボタン一つ押せば、
あとは全部自動でやってくれる。めちゃくちゃ便利じゃないですか。
めちゃくちゃ楽になるじゃないですか。楽になっているんですかね。という話ですね。
そうですね。
仕事なんかでもそうですよね。
簡単に言うとパソコンがない時代。
パソコンがない時代。考えられないですね、今では。
例えば私たち建築の世界でいくと、まず図面というものがありますね。
あれは基本手書きだったわけですよね。
そうですよね。私は図面を書く仕事をやったわけじゃないんですけど、
大学の時に設計図みたいなものを書く練習はやりました。
それをやって、当然ですけど打ち合わせの度にですね、
基本設計図というものは書き直しさせられていくわけですよね。
そうですよね。あれコピーできるような大きさじゃなかったような気がします。
そこにかける手間というものはすごい時間がかかっていたんですけれど、
今はすべてコピー&ペストで全部できてしまうというですね。
だから変な話ですけど便利になりすぎてしまって、
考えずともなんとなく図面らしきものができているので、
宙に浮いている柱とかですね、そういうのが頻繁に出だしたというのが一時あったんですね。
それが便利とどうのという話とは違うかもしれないですけど、
非常に考えなくても物事として成立していくような時代は一時あったなという気がします。
私は個人的に趣味で集まっている活動の中で、
製造に関わっている人たちが、図面というのは3方向で書かなきゃいけないのに、
今はPCでパソコンで勝手にやっちゃうから、こんなものをどうやって作れるんだっていうものが、
どんどん図面で上がってくるっていうことを愚痴られてて、
面白いなと思いながら、具体的に私は想像ができていないんですけど、
エッシャーの絵みたいな感じなんですかね。
そういうものが出来上がっちゃってる。
例えばじゃあそういう不適切な結果が出てくるっていうのは一つの面としてあるにしても、
今度はそういうものが出てくるというものと、楽になる、忙しくなるという軸とはまた別の話ですよね。
そうですね。
便利なものがこれだけ出てきているんだったら、
それは時間に余裕ができて、私たちはもっとゆとりを持った生活ができるようになるはずなんじゃないんですかっていうところはどうなんですかね。
それは私たちの親の世代からそう言っていましたもんね。
これから未来はこういう時代が来るんだと。
そうすると人は働かずとも生きて生きる時代が来るんだと。
要はロボットが代わりにやってくれるんだから、
俺らは働かないぞって言ってた人が猛烈社員という形で働きまくってたわけですからね。
そういうことですよね。24時間働けますかみたいなところがあって、
それはダメでしょっていうのでコンプラが広まってきて働くな働くなでも成果をあげろって言って、
どうすりゃいいねんみたいな線量がありましたよね。
無理をするな、成果を出すと無理を言いみたいなそんな線量があって。
これだけいろんな便利な道具が出てきているのに、どうしてこんなにも忙しい状態になっちゃってるんでしょうね。
親の負担感の根源
本当に不思議。それはどう思われますか。
いやなんだろうやっぱり一つには評価をし合うっていうところがちょっとあるのかなっていう他人軸に晒される。
例えばSNSでもそうですけど承認欲求がみんな強くなりすぎてしまって、
あそこにいいねボタンを押してもらわないとなんか自分を否定されたかのように思ってしまうっていう。
それが心の寂しさっていうかそんなところにつながってるような気がしてですね。
だからあのやはり何でしょう。いい加減、いい加減じゃなくていい加減で適当であればよかったものが適当ではなくて、
これが正しいですよっていうのがあらゆるところで身の回りにありすぎちゃうっていうのが辛いのかなって気がしますね。
正しいのはこっちですよっていう圧力っていうのがもちろんいいことなんです。
悪いことの方に向かうんじゃなしに一つ一ついい方に向かうっていうのはとても大事なんですけど、
正しくなければいけないっていうプレッシャーっていうのが圧力がものすごく強くなってきて、
それの一つがカタカナで言えばコンプライアンスですね。コンプラコンプラ。
コンプラを正しく保つために何が起きてるかっていうと仕事量は莫大に増えてるんですよね。
チェックのものにしても、もう一つ一つ、私たちは保育園ですので保育のところでいくと、
一つ一つ細かく個別の要件に適するような制度を設計できるようになってきた。
いろんなPCだとかいろんな補助があった。補助が出てくるようになった。
これが昔のような手作業だったら、そこまではやってられなかったものが今人間一人でできるようになった上に、
どんどんどんどん仕事量が増えていって、そうするとその仕事量に暴殺をされている。
そういう面は否定できないのかな。
例えば本当に昔々なんですけど40年50年になるのかなの頃の保育園の行政の監査なんて本当に意味があるのみたいな
本当に役所の担当者が来て、園の中を一緒にぐるっと回ってお茶飲んだらおしまいみたいなことを
先代父が園長だった頃には言っていました。
それがどんどんどんどん細かくなってきて、
監査の担当者は敵だみたいな、帰ったら塩をまいて清めろみたいなことを言いかねないような状況になっていって、
今でもとても厳しく細かいところまでついていく。
施設長だとか他の法人によっては本当に荒探しネタ探し細かいところまでついて何か少しでも
指摘事項を設けないとノルマが達成できないと思ってるんじゃないかとかいうぐらいに言われている他の法人の施設なんかもあるんですけど
そうじゃなくてそういったところを見逃して何かあったときの行政への社会的バッシングがあまりにも強くなりすぎたっていうところが
私は原因だと思っていて、原因というのはそれが悪いわけではなくて
そういうことがあるがゆえに行政の担当者も丁寧に一つ一つここの保育園にもし何かそういった
社会的に大きな問題が発生することがあるんだったらそれは早いうちに問題が大きくなる前に改善しておかないと
ここの施設としても困るし行政としても困るから今コンプラがこういうふうに流れてきたらそこに合わせて一人一人みんなやってくださいねって
もうお願いしながら回っていってるって私は思いながら
うちの法人の施設長にも行政の監査担当はあれは敵ではなくて味方なんだから徹底的に利用して
うちが少しでも何かおかしいものがあったら全部洗い出してもらわないと大変なことになるよ
むしろこっちからいろんなものを提示していいねいいね向こうがいいって言ったら何か言われたときに行政の人がいいって言ったもん
それぐらいの盾にするつもりできちんとクリアにしていかないといけないんだよっていうことをやってるんですけどそれは何かというと仕事が増えるってことなんですよね
記録記録記録なんですよだからなんか先ほどお父様の時の監査のように本当にフラッと来てお茶飲んで帰るって
多分あの時代っていうか多分それでもちゃんと感じてたと思うんですよそこで流れる空気感ってあるじゃないですか
あるんですそうなんです難しいところだと思うんですけどある意味それぐらい空気感で判断をしてたっていうところもありますし
その空気感で今判断できなくなったっていうことでは多分ないと思うんですよね
これをまたここのポートキャストのチャンネルの中で何度も出してるんですけど
大阪教育大学の小崎先生がセミナーの中で言ってたんですけど保育の位置付けが高まったがゆえに社会的な視線が強まった
昔は不適切な今で言うと不適切な保育をやっててもそんなのはあんたが悪いんだわねって言って子供が叱られてたのに
今は50年前と同じことをやると保育者の方が怒られるような不適切と言われるような時代になった
それの一例として出したのは押入れの冒険の絵本の話ってご存知ですか
前も確かそうなんですよそういったところから昔はそれで大丈夫だったものがどんどんダメになっていってるっていうのが
仕事を増やす要因にはなってそれが当然いけないわけじゃないんですけど
便利になればなるほど視野をより高くして品質を品質っていう言い方になるのかな
どんどんどんどん上げていかないといけないそこは忙しさにつながる
それは多分子育て保育だけじゃなくって一般企業で働いている他の会社の労働者の人たちも社員の人たちも同じだと思うんですよね
エビデンスをもって説明ができないとダメだっていう話になっちゃってるので
そうですよねだから記録を取らないといけないそこに対して第三者の意見をもらってないとダメということを常に万が一のために蓄積をしていくってことはやってますね
そうですよねそうすると保護者の方々も会社の中でもしくは世の中の流れの中で
どんどんどんどん忙しくなっているっていうとそれだけで親の負担感ってどうしても増えますよね
もう仕事っていうだけで負担感が増えれば家庭の中から子育てに関してのリソースがどんどん社会に吸われていってるので
じゃあ残ったリソースそれは時間かもしれない精神的な体力かもしれない
気力っていうところも含めてあとは考えなきゃいけないことっていうのも含めて
家庭の中からの家庭の中のリソースをどんどん吸収された残りのところで子育てをやっていくっていうと
それは負担感って増え続けるようなと思うんですよね
面白かったのは先日ある会社の担当者が打ち合わせで来てくれたんですけど
1歳と3歳のお子さんを育てられている保護者の方だったんですけど
私はもともと子どものことがとても大好きで子どものことも本当にいろいろ気にかけているんだけど
子育てをやってると本当に思うようにいかなくって子どものことが大嫌いになっていますっていうことを言われてて
そういうなんていうのが親である以上子どもはこういうふうでなきゃいけないっていう
親の負担感の増大
社会的なこれを今度社会的な視点としての親はこうあるべきっていう正しさのプレッシャーもあるのかなと思うんですよね
そこの正しさに触れて自分もそんな思いを持ちながら正しくなきゃいけない
でもそういうふうに子どもが思うように動けれるわけではないというと
それも精神的なプレッシャーになっていくのかなという気がしています
なんかそうですねなんか今お話聞いてて一般の人大衆もタレント化してしまってるっていうか
ありますあります
世の中からそういう目で見られてしまっているっていうようなのを感じているのかなと
見られてるっていうことを自分でまた見てるんですよね
多分他の人にこう思われてるんじゃないかって自分で思う
というところがさらに子育ての負担感を増やしていってる
例えばレストランなんかに行ってよく話するんですけどレストランなんかに行って
子どもがちょっと退屈して騒ぎ始めちゃったりする
そうすると隣のテーブルでチッて舌打ちをされると私のことを言ってるんじゃないかなと思っちゃう
例えば子供が泣いている横で全然違う話しててもダイレクトに思っててもそうなんですけど
親がいるのにっていう言い方を仮にしてきてその言葉が入っちゃったりしたら
社会的に批判されてるとやっぱり思いますよね
多くの人たちはそこでうるせえバカ野郎みたいなことを言える保護者は子育ての負担感を
あまり大きくせずに進めれるのかもしれないけど
同じような観念を持っている人たちがいるとっていうのかなそういう観念と同調している人たちは
もっときちんとしなきゃいけないっていう思いになったりするのかなっていう気はするんですよね
今の話も何か合わせていくと時間的余裕がなくなってるとかっていうこともあることながら
やはり気持ちの部分でかなり私たちは自分で自分の気持ちを余裕をなくしていってるっていうか
大きいと思ってます
そこであるんでしょうね
多分そこはとても大きくてじゃあそれを救うためにこういうふうにしたらいいんだよっていう子育て法っていうのを
一切教わってないんですよね
お子さんが誕生するまでに子育てに関して教えてもらえるっていうのは
たぶん保健センター保健所からミルクの与え方
授乳の仕方とお風呂の入れ方ぐらいのところであって
泣いた時のあやし方とか声のかけ方とか反抗期になった時の
指導の仕方なんていうのは教えてもらわないんですよね
そうすると自分が教わったもしくは体験したやり方でやらざるを得ないので
殴られて育った親は殴るしかないんだと思っちゃう
もしくは怒鳴りつけられて育った親は怒鳴りつければいいんだと思っちゃう
思ったかどうかは別としても
そういう手段に走らざるを得ないというところも
負担感を増やし続ける一員になるのかな
そういう意味での心の負担感を軽くするための支援としては
今世の中にいろんな子育て法っていうのがあるんですよ
子育て法の未熟さ
ノーバディーパーフェクト誰も完璧な保育なんかできないよだとか
スターペアレンティングだとか基本的には海外のものが多いんですけど
そうすると子育てをやる時に面白いんですよ
見たことある方もいらっしゃるかと思うんですけど
こういう場面で良くない例といい例というのをビデオで見て
じゃあこれに合わせてじゃあ皆さんもこの場でやってみましょうっていう訓練をやったりするんですよね
そうするとアメリカ発なのでアメリカのホームドラマみたいな
おいおいトニー何やってるんだよみたいなことをやってやるんですけど
名古屋弁大阪弁の過程の中でそれはないんですよねやれないよねっていうので
名古屋の青少年療育支援センター陽気会っていうところの杉江先生が
イライラしない子育て講座っていうのをプログラムを作られて
その子育て法っていうのは名古屋市の公式のホームページにも掲載されて
YouTubeにも載っているのでもしよかったら見ていただけるといいかなと思いますし
例えば名古屋の応援拠点子育て支援拠点っていうのは
その講座を受けて保護者にその内容を伝えることが一つの要件として定められているので
そういった子育て方法をお伝えをするある意味訓練をするっていうのはある意味
一つのパターンとしてのマニュアル化そんなマニュアル通りにきれいにいくわけじゃないですけど
こういう方法もあるんだよっていうことをまず知識として身につけてもらうっていうことは
ひょっとすると私たち保育園に限らず子育てに関しての支援をする施設ができる
保護者の心の負担を軽くする支援のうちの一つになるのかなという気はするんですよね
社会構造的にはこれから労働者が減っていく
でも業務はどんどん複雑化して細かい作業はどんどん増えていくとなると
負担はどんどん増えて時間がなくなっていくっていうのはたぶん止まらないと思うんですよね
時間がなくなるか仕事がなくなるかの両極端な感じかな
AIが進歩したおかげで先日出てたニュースでは
Amazonが3万人従業員を切るっていうニュースが出ていました
先日っていうのは今日の新聞なんですけど
たぶんAIはこれからどんどん進歩していっていろんな業務を代替していく
今年でも生成AIっていうところから話題はAIエージェントという機能が
AIが自律的にもう仕事を一人でやり始めるような時代に今年も入ったんですよね
そうするとよく聞くのはAIがこんだけ進んでいくと仕事を奪われちゃうわっていう言い方をする人はとても多いんですけど
AIが仕事を奪うっていうことはたぶんなくって
AIを使う人が仕事を奪うもしくはAIによってそういう使う人に仕事を奪われる
人間がその二手に分かれるしかない
そうするとAIを使って人の仕事を奪っていく人はまたさらにどんどん忙しくなっていくだろうし
仕事を奪われちゃった人は今度も何もできなくなっていく
もしくはAIやロボットがやるにはコストが高すぎるから
人間の安い労働力をやらせたほうがいいんだっていう大量のちっちゃな業務の塊になっていく
そっちはそっちでまた賃金が低くならざるを得ないので
生活を保つためにはどんどん仕事をやらなきゃいけなくって
そこでもまた時間がなくなっていく
時間がなくなっていくっていう社会構造は多分ここから消えていかないんだろうなという気はするんですよね
とても暗い話にはなるんですけど
そうするとどうやって機械を進歩させて効率的にやりながら
自分がやらなきゃいけない仕事を機械にできるものをどうやって機械に任せていくかっていうのを
突き進めていかざるを得ないんだろうな
そこはもう社会構造としての人間の温かさがどうのこうのではなくて
これから未来に向けて避けられない決定された道筋なのかなっていうのを思ったりしますね
AIの活用と未来
本当に私も思うんですけど
精々AIっていうのは肉体のない人としてパートナーとして付き合わないといけないと思っていて
本当にそうです
だから人手不足の中でそういう人たちがやってくれるんだと
今の私が身近に使えるようなものでいくと
どういうプロンプト要はどういう指示問いかけをするかによって
その帰ってくる制度なりはですね変わってくるわけですよね
ものすごく変わります
ですよね
ものすごく変わります
それはやはり人を育てると同じように私たちが時間をかけて問いかけをして
そこに対してまた問いかけをしてということを繰り返して
ここもある種のコミュニケーションを取っていくということが必要とされているんですよ
だけどそこに対して何だろうそこに視点が行かないと
何か奪われてしまうだけとかですね
そっちに行ってるのは何かもったいないなっていう気がしますね
それは世の中に世の中全体でのAIに対する全体のという言い方もおかしいですね
ごくごく一部の人たちで特にAIを使って世の中をリードしていっている人たちは
AIはこんなに素晴らしくてっていうのでフル活用していってるんですけど
AIを使っている人たちってまだまだ実は過半数にも満たなくて
そういう人たちはAIを否定的に見てこれで仕事を奪われるみたいなことを言いがちなんですよね
ただ多分AIっていうのは自分の言葉の鏡写しあくまでも壁打ちでしかなくって
それをうまく使いながら例えば子育てをやっていく中でストレスを感じた
もしくはうまくいかないなどうしたらいいんだろうっていう時にも
AIをうまく壁打ちとして使いながら自分の心がより軽くなるような考え方だったり方法だったりっていうのを
多分それは自分の中にあるのでそこと世の中にある情報等を掛け算したものを
うまく引き出してくれるのが今のAIの技術なのでそういったところも使いながらやっていくと
ひょっとするとそれも保育園ができる保護者の心の負担を軽くする支援の一つに入ってくるのかもしれないですね
そうすると世の中全体がAIの使い方に慣れていくまでの間は
ひょっとすると保育園はAI教室のプロンプト教室をやるっていうのも
ひょっとすると保護者に対する支援になるのかもしれない
今思ったのがお母さんたち働くトンボだらけのお母さんたちが多くなっています
子育てだから時間に追われてるわけですよね
すごく追われてます
時間に追われてる時ってそんなに不安感はないと思うんですよ
なるほど
寝静まった時に瞬間的に襲ってくるんじゃないかなと思ったんですね
それはあるかもしれないですね
その時に誰もいないじゃないですか
そうなんですよ
その時に答えてくれる何かがあると
そうなんですよ
いいような気するなそれ
私が期待をしながらとても懸念しているのは
そこの中で例えば
自分の子供が通っている保育園の
例えばゆり組さんのAIエージェントができてくるんじゃないのかな
そうするとAIがいろんな情報を蓄えることで
保護者1対1の保護者に対して
今日お子さんはこんな風でしたよ
今こういうことで悩んでいらっしゃるんですねっていうことを
ある程度オートに生成して返すような時代って
そんなに遠くないような気が私はしているんです
そうなった時に
じゃあ保育士の役割存在価値って何っていうのは
多分とても重要な話で
それで私が作った線流が
AIの進化で問われる我が進化
進化の掛け算っていうところなんですけど
それがとある投稿で採用されまして
ちょっといい気になっているところです
すみません余計なことでした
でも本当そうですよね
そうなった時に保育士さんたちがどうですか
でも実は言うと北海道のある幼稚園さん
園長先生が87歳かな
その方いろんな論文とか発表されていて
本も出されています
職員の方がそれを全部テキスト化して
縁頼りとかそういった
今まで園長先生が発露したっていうもの
それで園長先生の名前使って
何々先生AIっていう形にして
それは保護者っていうよりかはですね
現場の先生たちが園長に
やっぱり年の差があると
ちょっと有名な園長先生で
お話をしだすとですね長い
現場は忙しい
そうですよね
聞くと止まる
なのでそのために中堅道館の先生が
それを作って職員の人たちが
園長だったらこれ何て言うかなっていうのを
親の負担感の増加
そこで検索していくっていう
AIがちゃんと答えてくれるってやってるみたいです
それってとても今有効な活用の方法で
私も自分のアカウントでずっと話をしてるので
私のアカウントはもう私の息打ち通信のような
私の考え方をとても反映した回答を出してくれるんですよね
そうすると私のアカウントを子どもたちに
自分の子どもたちに伝えると
私が例えばこれで今日帰りに交通事故であって
亡くなったとしても
親父だったら何て言うかなって
死んだ人と会話ができるように
生成AIで再現ができたりするような
時代って多分そんなに遠くないんですよ
そうすると人間の死って何っていうところにも
関わりかねない
実際にそういう話も出てるぐらい
AIってこれからどんどん進んでいくんですよね
つながりっていうことが死そのものもそうなんですけど
肉体的にはこの世から亡くなるんだけれども
常に本来はつながり続けてると思うんですよね
それがAIによって
ひょっとしたら視覚的にまだ
とか聴覚的かもわからないですけど
違う形でつながり合うことができるものが
もう一個できるかもわからないっていう
そんな感じのイメージで僕はいるので
なんかでも良さそうですね
面白いところもあります
AIとかそういういろんな技術の進歩
時代の流れが保護者をものすごく忙しくさせてるのも事実ですし
逆にその進歩が保護者の負担感を減らすように
使うことも可能性としては十分あるんだろうな
その軽くするところの一部だけでも
ひょっとすると縁が保育園だとか
子育て支援拠点だったり
それは社会的な他のリソースもそうかもしれないですけど
そういったことをやっていけれるといいのかな
それは単にプログラムや機械の使い方っていうだけではなく
先ほどお伝えしたようなイライラしない子育て講座のような
体系化した学問として提供する機械も含めて
チャンスっていうのも含めて
そういう人生も常に学びの連続なので
そういったことの子育て版っていうのかな
いうのがうまく構築されていくと
将来的にも何らか役立っていけれるのかな
そこに加えて社会的なパッケージとして
子育てを各家庭の中に各家族で
孤立の子育てにするのではなく
社会的な支援の中で子育てをみんなで共有していこう
共同していこうという流れもできれば
それはとても強力な子育て支援になっていくのではないかなと
そんなことを夢見たりしています
いいですね
いい未来像が描けましたかね
と思います
自画自賛かもしれませんけど
そうですね
聞いていただいている方がどのように感じられるかというところは
またお伺いしたいなと思っているところですけど
そんな話を聞いていただいて
皆さんどう思われたか
またお便りなり直接声をかけていただけると嬉しいなと思います
保育と社会支援の重要性
今回は親の負担感はなぜ増え続けるのかというテーマで
また様々な方向にAIを含めながら
いろんな多岐にわたったテーマでお話をいたしました
社会が変わり家庭が変わり
保育園との関係も変わる中で
親たちは誰にも頼れないという
効率を感じやすくなっている部分もあろうかなと思います
だからこそ園また保育園だけではなく
様々な機関がともに子どもを育てるパートナーとして
存在することはとても大切ではないかなと思います
それが保護者の安心につながり
子どもたちの育ちを支える大きな力になるのではないかなと思っています
次回はこの関係をどのように築いていくのか
親と保育士の信頼関係について
深く掘り下げていければなと思っておりますので
またお楽しみにしていただけると幸いです
この番組はAIとDXで保育がどのように変わっていくか
これからの保育 未来の保育について語っていく番組です
いろんな視点を踏まえながらお伝えできればいいかなと思っております
各Podcastアプリで番組の評価 レビューをお待ちしております
また番組へのご質問ご感想もお願いします
番組公式X AIが保育園を変える
にダイレクトメールを送っていただく
もしくはハッシュタグ AI保育でご投稿ください
AI保育はアルファベットのAI それから漢字の保育にしていただけると
私たちもそこを見ていこうかなと思っておりますので
どうぞよろしくお願いします
リスナーさんとのコミュニケーションも大切にしていきたいと思っております
皆さまからのお声もぜひお聞かせください
この番組は毎週火曜更新予定です
以上社会福祉法人南福祉会近藤と
子ども環境アドバイザーの安藤でした
ありがとうございました